人類と言うカテゴリーに括られた多くの者が、一丸となって破滅を避けようと戦い続ける中……たった一人の友の為、救えなかった友の為、命懸けで挑む者も居る。
今、マガルガはアスランの手の内にあった。
狭いヤキン・ドゥーエの通路を、つい最近まで彼が愛機としていたゲイツを引きずり、マガルガは疾走する。
目障りなガードシステムを無視し続け、目指した先は……
中心部の大規模動力炉。
ヤキン・ドゥーエの自爆システムは単純明快、これのメルトダウンである。
態々各所に爆薬を仕込むのでは、戦時のダメージコントロールがおぼつかなくなる為である。
元々ザフトは何もかもがありあわせなのだ。
地球が創意工夫を凝らし対抗したのに対し、こちらは何を創り出す事が出来た?
他者の成果を奪い、未来の夢を壊し……そんな破壊と消耗に彩られたこの戦いの日々。
虚しさばかりが募るだけである。
それでも。
それでもそこで戦い続け、逃げず、本当の意味での自立を果そうとしている己にまで、空虚さは感じ無い。
この高揚も、騒ぎが収まれば消え去り、周囲の空(から)に自らの中身は流れ出て行く事だろう。
その余韻を味わいつつ、生きて行くのだ。
防火扉を蹴破り、引きずってきたゲイツを動力炉目掛けて投げ飛ばす。
衝突の衝撃だけで機材が破損し、周囲から一斉に警告音が鳴り響くが、アスランは意に関さない。
リフターに搭載されたビーム砲が、ゲイツもろとも動力炉を貫く。
此処に至るまでの通路が次々と閉鎖され始めるが、隔壁が閉じていく前に、漆黒の機影は軽やかに駆け抜けていった。
後は、パトリックとククルにその行動は引き継がれる。
ユウキをサポートに回らせたが、その必要は無かったようだ。
それほどまでにスムーズに事が運んだ以上、彼らの思惑も良い具合に進みつつある。
動力炉を失った事で、補助動力に切り替わっている司令室。
やや薄暗くなったここで、パトリックらは保険をかけていたのだ。
コンソール上のプログラムにコードを走らせ、仕上げに前時代的なカバー付きのスイッチを押し込む。
途端、ヤキン・ドゥーエに鈍い振動が襲い、同時に一部ブロックがパージされていく。
それによりヤキン・ドゥーエの軌道が少しズレた。
画面のカウントダウンが丁度1000秒を切った瞬間、再び大爆発が引き起こされる。
今度は基地機能そのものに致命的だったのだろう。周囲の照明は真っ赤になっている。
ザフト軍の備蓄の数割を、先程の一撃で灰燼に帰したのだ。
その破壊力は本来、多くの艦艇と時間を要して曳航する筈の宇宙要塞を、強引に押し出してしまったのだ。
至極真面目な話をしている筈なのに、パトリックは自傷気味に笑う。
少し怒気が篭ったククルの言葉に、パトリックは黙り込んでしまった。
彼女には戦争の責任に対し弱気になっていると映っているのだろう。
当然、許されるものならばその罪は償いたかった。
しかし。
次に同じ失墜を繰り返し、それでも生きれるほど彼はタフネスではない。
パトリック=ザラもまた、少の為に大を見捨てる決断を下そうとしていた。
ジェネシスが目前ともなれば、必然的に敵機の密度も上がっていた。
まるで残骸の中を泳ぐように前進するのだが、当然まがら速度は落ちる。
そのスキをついて何機かのジンが伍式に取り付かんとしたが……。
それを引き剥がし、デュエルが並走して来た。
アサルトシュラウドごと引き剥がされた装甲も多いが、四肢そのものはまだ健在である。
残った唯一の火器であるビームライフルに貫かれ、また一機ゲイツが脱落し、視界の外に消えた。
そっけない返事だが、彼もギリギリの所で踏ん張っているのだ。
今もカラミティの追撃を振り切って此処まで馳せ参じたのだろう。余計な損傷がいよいよ彼に余裕を無くさせていた。
……が。
別方向から多くの横槍を入れられ、カラミティは一旦後退していく。
フュンフを筆頭としたストライクダガー部隊、そして……。
バスターが引き連れてきたジン部隊が合流したのだ。
大幅に削られていたジェネシス攻略の為の戦力は、ここで息を吹き返した。
更に、今まで命令に妄信的に従っていた将兵らも、この様な光景を見せられては流石に尻込みし、次々と撤退を始めていた。
とても複雑で、それでも愛嬌のある含み笑みを浮かべ、フレイは更に伍式を前に進ませる。
デュエルが抑えているのだろう。これ以上の追撃は無い。
とはいえ難題は目の前に鎮座し続けている。
戦艦の砲撃やミサイルすら無力化する、ジェネシスの位相転移装甲。
MSのバッテリー等ではなく、強大な機関によって支えられている以上、その強固さは比べ物にならない。
一体何太刀で突破できるのか?
此処まで辿り着く為に何度か振るったが、果たして腕はもってくれるのか……。
その時、巨大な真紅の牙が先行した。
全火砲を集中させつつ、最大船速で突っ込んでいくエターナル。
艦首構造物が盛大にひしゃげるも、ジェネシスの閉鎖されたハッチを突破する事には成功する。
そこから先には何重にもシャッターが連なっていたが、それらを順次砲撃によって破壊していく。
ハッチにめり込んだエターナルが、逆噴射によって後退していく。
ぽっかり空いた穴をフレイはくぐり抜けて行き、遂に……。
そこは神殿の様でもあり、祭壇と取れる事も出来た。
円形の劇場とも見る事も出来ない事は無い。
大樹の様に張り巡らされたシャフトを切り払って進んだその先、鈍い銀色のユニットが鎮座している。
その周囲は眩いばかりの鏡に囲まれており、青い武人の姿もまた、無数に乱反射している。
思いの他幻想的な、最期の場所であった。
映りこむ全てに、返り血の様にオイルを浴びて佇む、刃をもった大漸駄無が居る。
その背には、踏み越えてきた者達が死屍累々と積み重なっている事だろう。
此処に立った事は真の本意からだ。
力を知りながら、それを闇雲に振るう事しか考えない愚か者達から、弱き人々を守るには……盾となるだけでは余りに不十分だった。
ゆえに自ら、その力を見せ付ける他なかった。
疎まれようが、忌々しがられようが、それで踏み止まってくれる者が一人でも居るのならばと。
だが現実は全くの逆であった。
促した事も、引きずり込む事も……全てやって来た。
時代がそう望んだとか、幾らでも言い様はあろう。
戦の気運さえ無ければ、只の武芸者として終っていたかもしれないが……世界はそれほど安定を好まない様だ。
嵐の時代。居るべくして己は存在する。
地獄を招く為に、そして地獄を飲み込むために。
一人の武人として道を真っ当しようとした男、ゼンガー=ゾンボルトは、ふと懐かしい少女の声に手を止めた。
シャフトから転がり込む様に、真紅の伍式が現われていた。
ゼンガーが前にしているのは核反応カートリッジ。
ここで発生させたγ線を周囲で乱反射させ、最終的に一条のレーザーに纏め上げる、言わばジェネシスの心臓部。
最大出力で稼動している以上、少しの衝撃で大爆発を引き起こす。対艦刀を叩き込むなど、もっての他。
掌にこびり付いた何かを掴むように、大漸駄無は左手を握る。
そこにゼンガーは、踏み越えてきた様々を、見ていたのだ。
そう口走った瞬間、ゼンガーの道は見えなくなった。
立ちはだかる者が居るのだ。
全身全霊の力を動員し、目的を果たす為の“機関”となりつつあったゼンガーの守りを、完膚無きまで撃ち砕いた者が居た。
絶望を砕く為の構えが、崩れていく。
自然体でゼンガーに襲い来る、今ある真実。
それらを瞠目をもってして彼はそれを受け止め、看破した。
気丈だった彼女の姿は何処にも無く、歳相応に泣きじゃくる彼女のヴィジョンを、そっと撫でる。
その仕草はフレイにも見えていたのだろう。ふと、顔を上げる。
彼の岩山の様に深く無機質な表情が、淡い笑みに変わっている事に、フレイは気付く。
再び大漸駄無が向き直る。
圧倒的な破壊と死を呼び込む鉄塊に、同じく死を持って挑むのではなく……それを飲み込まんばかりの陽の気を、執念をぶつけようとしている。
言われるまでも無く、フレイは立ち上がって居た。
そして気が付いた。自分が彼の何に惹かれていたのか。
単純な強さ等ではなく、この何処までも真っ向に突き進む意志にこそ、魅力を感じていたのだ。
かつては無く、今この胸に宿っている輝く刃。
基本にして最大、終焉にして無限の戦い……“生”を勝ち抜く為に。
伍式の腕に光の龍が纏わり付く。
最後の一刀。限界を超えた極限の一撃を繰り出す為に、全ての力を振り絞っている。
大漸駄無も真紅の一刀を構え、伍式と共にカートリッジを挟み、対峙する。
昂ぶり続ける二人の精神に焦りを覚えたのか、カートリッジが一層唸りを上げる。
だが、遅い。
星を砕かんとする邪悪であっても、この二人を止めるには到底及ばないのだ。
消えていく。
あれだけの威容を誇っていたジェネシスが、内部からの光に飲み込まれ、消滅していく。
更に膨れ上がる熱量を、ゆっくりだが、着実に近付いていたヤキン=ドゥーエが受け止める。
まるで子供を包み込む様に、優しく、その乱暴な慟哭を許容している。
イザークもディアッカも、この光景を眺めていた。
これが多くの友を、同胞を犠牲にして成そうとした事の顛末だとすれば、余りに盛大かつ有意義なものだろう。
そこらで未だ憤る連中はともかく、彼らにはそう映っていた。
戦いの意味は誰も与えてはくれない。自らの手で掴むしかない。
今はまだ、無理な者も多いだろうが……何時かはきっと、手にする事が。
カチーナの檄で我に返ったディアッカは、早速インパルスライフルで岩塊だの資材だのを撃ち落していく。
巨大な火球の周囲で浮かぶ小さな光。
その中で命が潰える事は……もう無いのだ。
エリカの言う通りである。
集めるだけ集めた傷病兵の治療は、いよいよこれからと言って良い。
幸いにもザフト・連合両軍から病院船が駆けつけて協力してくれている。
彼らはきっと、静かな病室の中で平和を知る事になる。
それはアスハ家最後の生き残りへの問いだった。
オーブは半死半生。そしてその半身は未だ、宇宙にある。
サハク家の流れを汲む“アポロン”は、決して無視できぬ人物である。
今度は彼女らは膨大な通信に対応を迫られる事と成るだろう。
友を、或いは恋人の安否を気遣う悲痛な叫びが、ひっきりなしに届く。
それを無碍にする様な者は、国をどうこう論じれないだろう。
静かな声が、この場の邪気を払っていく。
月基地は未だ健在なれど、もう少なく共、この場に居る地球軍に戦う理由は無い。
一時的に、極局地的とは言え、融和は果されている。
これがしかと根付くまで、まだまだ同じ事は繰り返されるだろう。
しかしひとまず……終るのだ。確かにその場しのぎかもしれないが、終るのだ。
彼らを、この瞬間の為に戦い抜いた、彼らを迎える事で。
だから、“死者が甦った”事にも、ラクス=クラインはさほど関心を示さなかった。
今の彼女には身内よりもずっと、この時を分かち合いたい人が居るのだから。
彼女もバルトフェルドも落ち着きが無い。
此処まで来たならば、その功労者を一人たりとも失いたくは無かった。
報告を待てず、自ら立ち上がって遠くを見るラクス。
柔らかな声で肩を叩かれ、肩の荷が少し軽くなった気がするラクス。
しかしそれが気休めでは無かった事を、アイシャの意味ありげな目線で気が付く。
ブリッジを漂い、一気に先端部へと飛ぶラクス。
コンソールより更に上を行く彼女に、ダコスタを初め多くが訝しがるが、彼女の視線の先を追って、絶句する。
ひしゃげて原形を止めては居ないが、恐らくカタパルトと主砲の間ぐらいだろう。
エターナルの艦上で黒煙を上げ、今にもバラバラになりそうな四肢を……赤と青の機体が互いを支え合っていた。
彼女達の戦いは、此処で一度の終わりを見せた。
勇猛果敢なる、二人の戦士の帰還をもって。
時を同じくして、光が収束していく。
眩いばかりの光が消えた事で、先から現る故郷の姿は、何処か輝いて見えた。
それは正に……。
ヤキン=ドゥーエにはククルらが残っていた。
自らが招いた災厄の責任であるかのように、居座り続けた。
最悪の場合、一押しでジェネシスを粉砕できる様にと座標を合わせ、タイミングを計っていたが……どうやら無駄に神経をすり減らしただけだったようだ。
頭をしこたま打ったのか、渋い顔で溜息を付くククルに、パトリックは肩を貸していた。
あの時を考えると、奇跡の様な風景ではある。
あそこで理不尽を突きつけさえしなければ、もっと早く、もっと素直になれていたかもしれないのに。
とは言え今の現状をパトリックは悔いてはいない。
過ちは犯した。だがそれを、挽回出来る機会があるのだから。
そう、この瞬間に。
まだ、幕は引かない。
代理人の感想
・・・・・・・・・・・・・・・・フラガとキラがどこにもいない?
ってことは・・・。
むう(汗)。