主天使(ドミニオン)。
今となっては、最も人を死へとかき立てる場所となっている。
その死に意味がある。
理不尽な最期を。
問答無用かつ傍若無人な振る舞いを、阻止出来るかもしれないのだから。
自分だけではなく多くの、顔すら知らない人々までをも、救う事になるやもしれない……。
苛む絶望に屈する事を良しとせず、逆に抑圧して押さえ込み、真の絶望を克服する。
……ザフト、連合問わず、得体の知れない戦力相手に交戦を決意した猛者達が集う。
頑なまでの覚悟しかない。
悲壮であろうと楽観であろうと、それしか周囲には見受ける事が叶わない。
生きたいのだ。
何もせずに終わる等、許せなかったのだ。
だからこそ、多くの者が集う。
屈してしまった者達の分までも、舞台に立つ事さえままならない者達の為にも。
プラントの臨時最高評議会は、現状に対応し切れて居ない。
逆に言えば現状維持に精一杯と言える。
プラント内部の混乱を収拾し、ともすれば反逆者としてジェネシス攻撃に加わった兵員を糾弾しかねない状態を鑑みて全軍現状待機を厳命しているのだ。
これだけこなせるだけでもシーゲル=クラインは立派だろう。穏健派陣営にはまだアイリーン=カナーバが居るし、中立を保ち続けていたタッド=エルスマン、そして強硬派を装っていたユーリ=アマルフィも手を貸している。
問題は、それらの頭脳を結集しても、目の前に横たわる問題を一向に解決出来ない事だろう。
だからこそイザークは、シホらに後を任せて此処に来た。
自らが難題に挑む為に。
主天使格納庫にはマガルガの姿もある。
“バラル”の攻撃の余波を受け、マガルガは遮光バイザーが砕け他のXナンバー同様特徴的な二つの瞳が顕わになっている。
その様は真の主の不在を嘆いているようにも見え、イザークはいたたまれない思いがあった。
本当だとしたら、酷い話ではある。
アスランはアスランなのだと言うのに、高望みも良い所だ。
……ただ、もし。
コーディネーターに降りかかるであろう災厄を、本当の意味で警戒していたのならば……過酷な世界へ実の息子を送り出す事に、後悔を覚えていたのかもしれない。
自らの力を継承させようにも、下地が駄目ではどうにもならない。
無理に断行しようとすれば容易かっただろうが、それでは単なる戦闘機械に成り下がるだけだろう。
目的の為に力を得るならいざ知らず、目的に備え力を押し付ければ自ずと歪みが出てくるものなのだ。
多分それは、コーディネーターそのものの存在にも、当てはまる事実。
多少の後悔はあっても、痛恨と言う表情はしていない。
何故? と問う前にアスランが訳を言う。
心当たりがありすぎて思わず頷きそうになる。
だが前提が変である事は間違いない。
ヤキン・ドゥーエの惨状は知って居る筈だ。
それなのにこの男、アスランは疑って居ない。
彼女が健在である事を。
黄泉の巫女がまだ、闇を払うべく舞を止めていない事を。
イザークは頷く。
ゼンガー以外にも、彼女に関してのみ理屈も条理も吹っ飛ばす奴は居る。
まあ、それを認めるのはどうあっても歯痒いのだろうか。
心なしかアスランの笑みが、引き攣っている様に見えた。
話が周延しそうになったので、慌てて釘を刺すニコル。
何の因果か、彼はエターナルのブリッジで、生まれて初めて母以外の女性を慰める羽目になっていた。
アスランのマガルガは攻撃に最も近い位置に居たために、被害甚大の為に即座に収容され、かと思えばあれだけの損傷を負ったと言うのに大漸駄無と伍式は何食わぬ顔で大天使に戻っている。
アスランであれゼンガーであれ、目の前の脅威を叩く事に専心している。
それはいい。
プラントの臆病な輩の様に、無意味に騒ぎ立てるよりかは遥かに建設的だ。
とはいえ、推進剤を使い切って立ち寄っただけだと言うのに、厄介な事を成すとは……納得している訳が無かった。
ククルが死ぬ。
そんな訳が無いと解り切っていても、言葉を聞くだけで耳障りだ。
もっとも本人なら、“死人は二度も死なん”と笑い話にするだけだろうが。
本来この場に居るべきであろうアスランに、一瞬同情するニコル。
こんなプレッシャーをかけられては、並みの男ではどうにもならない。
自分とてククルに出会っていなければ……目眩ぐらいはしたかもしれない。
切なげに目を細め、ラクスは俯く。
例えこの場を乗り切ったとしても、地球にコーディネーターを許す感情は広がらない。
近いうち、必ず戦火が燻る。
その時黙って見ている様な人ではないのだから。
返す言葉が無い。
ラクスは振り返り、ニコルを見据える。
その先に見据えているのは自分のみならず、“彼女も”である事ぐらい、流石に理解した。
次で試されるのだ。
彼が彼女から貰ってきたものは安らぎと幸福感だけではない。
それらを護る為の牙も、鍛えてもらったのだ。
例えこの場で折れ果てる事になってでも……その真価を、発揮せねばならない。
一方、大天使ではエルザムから現状で判断しうる可能な限りの情報が明かされていた。
第一に、人工物は地球圏の既存技術の集合体であり、宇宙クジラの様な外宇宙的脅威では無い事。
第二に、偵察衛星は戦中ザフトに破壊された為使用できなかったものの、プトレマイオスクレーターの観測所からによれば多数のMSらしき機影が映っている事。
そして最後に、月基地もこの様な要塞の存在は把握しておらず、対策を講じる為に会議の真っ最中であると言う事。
現状では余りに謎めいた存在である事は、依然として改善されていない。
ナタルの言及に対し、エルザムは難色を示すかのように眉をひそめる。
情報通で知られるエルザムでさえ、こうなのだ。
にも関わらず疑問は尽きない。
フラガの問いにゼンガーが答える。
ネート博士の持論も正にそれを危惧しての言葉であった。
悪戯に活動範囲を広げるのではなく、しっかりと足場を整える事で来るべき来訪者に備えるのだと。
愕然となり、ナタルは言葉を失う。
衝撃に打ちひしがれたブリッジの中では、ゼンガーやエルザムを除けば、フレイが最後の発言者となってしまった。
辛うじてだが、マリューは理解の上での相槌をうっているが。
マリューは気が付いてしまった。
圧倒的な技術力と、独自の政治体制をもって地球に反旗を翻し、地球に生きる多くの生物に、致命的とも言って良い攻勢を繰り広げてきた存在に。
そして最後、クルーゼ辺りの手引きで実際にプラントに乗り込んだのだろう。
何をするでもなく、無垢な少女のまま彼らの世界を渡り歩き……失望した。
とは言えクルーゼが導いた結果は甚大な脅威だ。
そこだけは蔑ろには出来ない。
話のスケールに圧倒されるばかりであったミリアリアが、ここで初めて口を出した。
ずっと集結しつつある友軍の誘導にかまけている訳にも、いかなかった。
唸り、顔を見合わせるナタルとマリュー。
ゼンガーとエルザムは瞑目したまま。フレイは睨むようにミリアリアを見据える。
フレイも目を閉じた。
世界の平和の為に一人の少女を人柱とする……そんな事の為に、自分達は孤立無援で戦い続けたのか?
だとすればその非道……結局はザフトや連合、否それ以下である事の証明となる。
だったら理不尽だろうが何だろうが、より一層の理不尽をもって叩かなければならない。
例え自らの良心が焼け焦げようとも、躊躇う事は許されない。
イルイのみならず、今まで散った多くの命の為にも。
ミリアリアは必死の形相で訴えた。
そして落涙と共に、ありったけの言葉を、吐いた。
暫しの沈黙。
時間にしては二十秒無かっただろうが、この場に居た人間には永遠にも感じられた。
答えは笑顔にあった。
今まで以上の意志に満ちた、プレッシャーすら発する決意の微笑みに。
自然と、ゼンガーの方へと一同の目線が行く。
最早決まり切った事だが、誰もが待っていた。
彼の一言を。
剣として切り捨てるのは何も、実体のある敵のみならず……。
不定形ながらも恐るべき闇、“迷い”すらも一刀両断する。
代理人の感想
我に断てぬ物無し。