主天使(ドミニオン)。
 今となっては、最も人を死へとかき立てる場所となっている。
 その死に意味がある。
 理不尽な最期を。
 問答無用かつ傍若無人な振る舞いを、阻止出来るかもしれないのだから。
 自分だけではなく多くの、顔すら知らない人々までをも、救う事になるやもしれない……。
 苛む絶望に屈する事を良しとせず、逆に抑圧して押さえ込み、真の絶望を克服する。
 ……ザフト、連合問わず、得体の知れない戦力相手に交戦を決意した猛者達が集う。
 頑なまでの覚悟しかない。
 悲壮であろうと楽観であろうと、それしか周囲には見受ける事が叶わない。
 生きたいのだ。
 何もせずに終わる等、許せなかったのだ。
 だからこそ、多くの者が集う。
 屈してしまった者達の分までも、舞台に立つ事さえままならない者達の為にも。


「……おい、アスラン」

「イザークか? どうして……」

「下らん事を聞くな。ジッとしていて何になる」


 プラントの臨時最高評議会は、現状に対応し切れて居ない。
 逆に言えば現状維持に精一杯と言える。
 プラント内部の混乱を収拾し、ともすれば反逆者としてジェネシス攻撃に加わった兵員を糾弾しかねない状態を鑑みて全軍現状待機を厳命しているのだ。
 これだけこなせるだけでもシーゲル=クラインは立派だろう。穏健派陣営にはまだアイリーン=カナーバが居るし、中立を保ち続けていたタッド=エルスマン、そして強硬派を装っていたユーリ=アマルフィも手を貸している。
 問題は、それらの頭脳を結集しても、目の前に横たわる問題を一向に解決出来ない事だろう。
 だからこそイザークは、シホらに後を任せて此処に来た。 
 自らが難題に挑む為に。


「……確かに。矢張り父上が居なくなると途端に愚鈍になるな、ザフトは」

「……」

「そんな顔しないでくれ。あの人は満足だったと思う」


 主天使格納庫にはマガルガの姿もある。 
 “バラル”の攻撃の余波を受け、マガルガは遮光バイザーが砕け他のXナンバー同様特徴的な二つの瞳が顕わになっている。
 その様は真の主の不在を嘆いているようにも見え、イザークはいたたまれない思いがあった。


「最期の最期、“バラル”打倒の為の歯車としてではなく“漢”として……好いた人の為に戦えたんだ」

「なっ……!?」

「出来の悪い息子とどうしても比べてしまって……そこに理想を見ていたんだろう」


 本当だとしたら、酷い話ではある。
 アスランはアスランなのだと言うのに、高望みも良い所だ。
 ……ただ、もし。
 コーディネーターに降りかかるであろう災厄を、本当の意味で警戒していたのならば……過酷な世界へ実の息子を送り出す事に、後悔を覚えていたのかもしれない。
 自らの力を継承させようにも、下地が駄目ではどうにもならない。
 無理に断行しようとすれば容易かっただろうが、それでは単なる戦闘機械に成り下がるだけだろう。
 目的の為に力を得るならいざ知らず、目的に備え力を押し付ければ自ずと歪みが出てくるものなのだ。
 多分それは、コーディネーターそのものの存在にも、当てはまる事実。


「父性愛に異性愛。想いの質は違えど、同じ女(ひと)に気を取られる辺り、親子なんだなぁ、って思うよ。だから少し、残念だ」


 多少の後悔はあっても、痛恨と言う表情はしていない。
 何故? と問う前にアスランが訳を言う。


「父が議会に挑んで、彼女を養子に取るのが先か、俺がラクスに謝り倒し、婚約を白紙に戻すのが先かなんて、そんな呑気な事を言ってる場合じゃない……もう二度と、彼女は戻って来ないだろう。“こっち”にはね」

「何……!」

「彼女は見て見ぬフリが出来るような、器用な事は出来ないから……それはイザーク、お前も嫌と言うほど思い知っているだろう?」


 心当たりがありすぎて思わず頷きそうになる。 
 だが前提が変である事は間違いない。
 ヤキン・ドゥーエの惨状は知って居る筈だ。
 それなのにこの男、アスランは疑って居ない。
 彼女が健在である事を。
 黄泉の巫女がまだ、闇を払うべく舞を止めていない事を。
 


「俺と同じ結論に至った奴は……多分、少佐以外だったら一人しか居ないんじゃないか?」
 


 イザークは頷く。
 ゼンガー以外にも、彼女に関してのみ理屈も条理も吹っ飛ばす奴は居る。
 まあ、それを認めるのはどうあっても歯痒いのだろうか。
 心なしかアスランの笑みが、引き攣っている様に見えた。





「ですから、彼女に常識が通用しない事は明らかなんですから……」

「物理法則と言うものは、非情なもんよ?」

「お願いですから“お黙り頂けませんか”、アイシャさん」


 話が周延しそうになったので、慌てて釘を刺すニコル。
 何の因果か、彼はエターナルのブリッジで、生まれて初めて母以外の女性を慰める羽目になっていた。
 アスランのマガルガは攻撃に最も近い位置に居たために、被害甚大の為に即座に収容され、かと思えばあれだけの損傷を負ったと言うのに大漸駄無と伍式は何食わぬ顔で大天使に戻っている。
 アスランであれゼンガーであれ、目の前の脅威を叩く事に専心している。
 それはいい。
 プラントの臆病な輩の様に、無意味に騒ぎ立てるよりかは遥かに建設的だ。
 とはいえ、推進剤を使い切って立ち寄っただけだと言うのに、厄介な事を成すとは……納得している訳が無かった。


「……仰る事は解りました。私もククルがあの程度で死ぬとは信じたくありません」


 ククルが死ぬ。
 そんな訳が無いと解り切っていても、言葉を聞くだけで耳障りだ。
 もっとも本人なら、“死人は二度も死なん”と笑い話にするだけだろうが。


「だったらそのまま信じてあげてください。貴女にとっても、ククルは大事な人の筈です」

「それはそうです。このまま決着が付き終いでは、お互いモヤモヤしますし」


 本来この場に居るべきであろうアスランに、一瞬同情するニコル。 
 こんなプレッシャーをかけられては、並みの男ではどうにもならない。
 自分とてククルに出会っていなければ……目眩ぐらいはしたかもしれない。


「でも私が涙を流すのは、そんな理由では無いのです……」 

「え?」


 切なげに目を細め、ラクスは俯く。


「……彼女から平穏が、ますます遠ざかってしまったから……」

「あ……」


 例えこの場を乗り切ったとしても、地球にコーディネーターを許す感情は広がらない。
 近いうち、必ず戦火が燻る。
 その時黙って見ている様な人ではないのだから。


「貴方では多分、一緒について行くでしょうしね……」


 返す言葉が無い。
 


「私が出来る事は、あの人が手放しで戻れるような世界を目指すぐらい……でもこのままでは、世界そのものが消されてしまうでしょう」


 ラクスは振り返り、ニコルを見据える。
 その先に見据えているのは自分のみならず、“彼女も”である事ぐらい、流石に理解した。


「私達も可能な限り戦います。ですが、矢張り貴方方こそが鍵となるでしょう」


 次で試されるのだ。
 彼が彼女から貰ってきたものは安らぎと幸福感だけではない。
 それらを護る為の牙も、鍛えてもらったのだ。
 例えこの場で折れ果てる事になってでも……その真価を、発揮せねばならない。

 










「……本日4時34分、地球衛星軌道上に全長数キロメートルの人工物が出現した」

「それがバラル……」


 一方、大天使ではエルザムから現状で判断しうる可能な限りの情報が明かされていた。
 第一に、人工物は地球圏の既存技術の集合体であり、宇宙クジラの様な外宇宙的脅威では無い事。
 第二に、偵察衛星は戦中ザフトに破壊された為使用できなかったものの、プトレマイオスクレーターの観測所からによれば多数のMSらしき機影が映っている事。
 そして最後に、月基地もこの様な要塞の存在は把握しておらず、対策を講じる為に会議の真っ最中であると言う事。
 現状では余りに謎めいた存在である事は、依然として改善されていない。


「言うなればバラルの園とでも言うべきか……ジェネシスとヤキン・ドゥーエを消滅させたシステムとおぼしき砲身や、周囲に都市の様な建造物も見える」 

「では、ここが彼らの本拠地だった……? それこそ、我々の知らぬかつての歴史の流れからずっと」


 ナタルの言及に対し、エルザムは難色を示すかのように眉をひそめる。


「“本来のバラルの園”は一射目のジェネシスで破壊された筈だが……」


「……エルザム少佐?」

「いや、全ては直接見聞せねば解らないだろう」


 情報通で知られるエルザムでさえ、こうなのだ。
 にも関わらず疑問は尽きない。


「じゃバラルは……いや、イルイは俺達人類にとって味方……それとも敵なのか?」

「何をもって“人”とするかが、問題となろう」


 フラガの問いにゼンガーが答える。



「彼女は……地球を外界の干渉から遮断すると言った。それはある意味星を護る為の究極的な手段だろう」

「究極的な、手段?」

「宇宙に文明の存在を誇示するにはまず、星間航行能力が必要となる。だがその過程で、技術・意識レベルがかけ離れた他文明との接触もありえる。イルイはそれを危惧しているのやも知れん」

「……確かに」


 ネート博士の持論も正にそれを危惧しての言葉であった。
 悪戯に活動範囲を広げるのではなく、しっかりと足場を整える事で来るべき来訪者に備えるのだと。


「この話は一旦置く……次に星の寿命だ。超新星爆発や小惑星衝突等のリスクは無論、人類クラスの文明を維持するには絶対的に資源が必要となる。しかし資源を浪費すればする程温暖化や環境破壊が深刻化する……文明とは、進めば進むほど破滅を避ける力を得ると同時に、災厄を作り出すと言う矛盾を抱えているのだ」

「ならば何故、人類を地球に封じようと!? 地球の資源が枯渇すれば人類の存亡に関わるのでは……?!」

「イルイは自らを“地球の守護者”と名乗ったが、“人類の守護者”であるとまでは言っては居ない」

「……!!」

「有機・無機資源等、マクロ的視点に立てば堆積物に過ぎず、人類もまた地球に生存する一種族に過ぎないと言う事だ」


 愕然となり、ナタルは言葉を失う。
 


「……それはそうと、何かに似てると思わない? 最初の構図」

「それは……技術・意識レベルがかけ離れた文明との接触と言う、アレ?」


 衝撃に打ちひしがれたブリッジの中では、ゼンガーやエルザムを除けば、フレイが最後の発言者となってしまった。
 辛うじてだが、マリューは理解の上での相槌をうっているが。


「そう……ついでに言うと少佐が言った、文明が災厄を作り出すって部分も」

「……?! そんな……!!」


 マリューは気が付いてしまった。
 圧倒的な技術力と、独自の政治体制をもって地球に反旗を翻し、地球に生きる多くの生物に、致命的とも言って良い攻勢を繰り広げてきた存在に。


「“コーディネーター”……あの子にとってみれば、彼らは同じ人間どころか単なる侵略者程度にしか映っていなかったのよ。最初子供だったのも、純粋に利得感情抜きで人類の真の脅威を見極める為……」

「……!! そうか、それでザフトから彼女の身柄が……」


 そして最後、クルーゼ辺りの手引きで実際にプラントに乗り込んだのだろう。
 何をするでもなく、無垢な少女のまま彼らの世界を渡り歩き……失望した。


「あの野郎……こうなる事が解っていて!」

「最後の最後に他人任せなんてね……存外、大した奴じゃ無かったのかも」 



 とは言えクルーゼが導いた結果は甚大な脅威だ。
 そこだけは蔑ろには出来ない。

 







「さて、これを踏まえて我らはどう動くべきか……このまま怠惰な生に甘んじるか、苛烈な死を乗り越え明日を掴むか。どちらにしてもあの少女を粉砕せねばならない事は必須だろう」

「そ、そんな! あの子を助けてあげないんですか!?」
 


 話のスケールに圧倒されるばかりであったミリアリアが、ここで初めて口を出した。
 ずっと集結しつつある友軍の誘導にかまけている訳にも、いかなかった。


「…………」

「彼女を助ける、か……」

「え、ええ! だって、イルイはあんなことを言うような子じゃ……きっと、あの子はバラルに利用されて……」


 唸り、顔を見合わせるナタルとマリュー。
 ゼンガーとエルザムは瞑目したまま。フレイは睨むようにミリアリアを見据える。


「あの言葉が彼女自身のものなのか、あるいはバラルのものなのか……それを確認する必要はあると思う」

「サイ……あんたね」

「でないと、俺達がやって来た事全部、否定されそうで……」


 フレイも目を閉じた。
 世界の平和の為に一人の少女を人柱とする……そんな事の為に、自分達は孤立無援で戦い続けたのか?
 だとすればその非道……結局はザフトや連合、否それ以下である事の証明となる。


「私もそう考えたい。でもね……イルイがバラルというシステムの一部だとしたら……子供の姿が、私達に心理的影響を及ぼすように計算されているとしたら?」


 だったら理不尽だろうが何だろうが、より一層の理不尽をもって叩かなければならない。
 例え自らの良心が焼け焦げようとも、躊躇う事は許されない。
 イルイのみならず、今まで散った多くの命の為にも。


「それでも私はあの子を信じたい! 私達と一緒にいた頃のイルイを! だって……!!」


 ミリアリアは必死の形相で訴えた。
 そして落涙と共に、ありったけの言葉を、吐いた。


「トールが命懸けで護ろうとした、子なんだから……」


 暫しの沈黙。
 時間にしては二十秒無かっただろうが、この場に居た人間には永遠にも感じられた。


「……全力じゃあ、甘いって言いたいわけ」

「……?」

「そうよね。ここまで来て、出し惜しみはいけないわ……死ぬ気でやれば、あの子を引きずり倒してキタムラ式説教をお見舞いするぐらい、造作も無いわ」

「! じゃあ……!!」


 答えは笑顔にあった。
 今まで以上の意志に満ちた、プレッシャーすら発する決意の微笑みに。


「エルザム少佐、私……天邪鬼だから、貴方の道には従えない」

「そうだと思った。何せ君は友の弟子なのだから……」


 自然と、ゼンガーの方へと一同の目線が行く。
  


「友よ、お前の意見は?」

 最早決まり切った事だが、誰もが待っていた。
 彼の一言を。
 剣として切り捨てるのは何も、実体のある敵のみならず……。


「…………不退転、それが我が流儀。我らやイルイを呪縛する者は例え神であっても……斬る!!」


 不定形ながらも恐るべき闇、“迷い”すらも一刀両断する。



 
 


 

   

代理人の感想

我に断てぬ物無し。