「相対速度合わせ……追いつきました!」

「了解よ、ナタル」


 大天使、主天使、そしてエターナルにクサナギ。
 バラルの本拠地たる、通称“バラルの園”へと到達したのは、結局この四隻のみだった。
 連合艦隊は月基地へと帰還し、ザフト軍はバラルによる第二波攻撃に脅え、まとまった戦力を送り出す事が叶わなかった。
 イザークの様に自発的に志願した将兵が、先の攻防戦で戦線離脱した人員の穴を埋めているものの、明らかに戦力は低下している。
 


「この席に座るのは数ヶ月ぶりの筈なのに、まるで何年もの間離れていた気がします」

「二度と戻れないと弱気になっていた証拠ね。無理が通れば道理は退くものよ」
 


 感慨深く、CIC管制室のシートを握るナタル。
 怪我を理由に主天使から降ろされかけたナタルだが、戦い続ける事を頑なに表明。
 だが彼女の希望とは裏腹に、彼女はあるべき鞘に戻された……一度は敵として相対した大天使に。


「しかし、お陰でこの大天使は最大の力を発揮する事が出来ます」

「ノイマン曹長……」


 彼は喜々とした表情でナタルを見つめ、頷いた。
 周囲からの目線も、何処か暖かだ。
 自分が望まれてこの場に居る事に、充足していた。


「頼り無い艦長で悪うございました……と言っては見るけどね、矢張り貴女が居なければこの艦は本領を発揮できない。死力を尽くすと言った手前、コレぐらいは当たり前」


 運命に弄ばれたとは言え、一度は殺意をもって挑んで来た相手に、この寛容。
 散々甘いと問題視していたマリューの性格も、此処まで戦い抜いた名艦長としては誇るべき器量の深さへと変質している。
 ある意味自分が知って居る大天使よりも、幾歩も前に進んでいる。
 そこに自らの経験を生かせるよう、ナタルもまた必死に眼界の脅威に向かう。






「なんて質量だ……ヘリオポリス型のプラント並みか……いや、それ以上?」


 キラはクサナギの艦上で、フリッケライと共に目標の監視を続けている。
 嫌な予感は、していた。
 クルーゼが土壇場で使った、量子通信による核ミサイルの誘導。
 プロヴィデンスを送信機とし、ミサイルに受信機を取り付けてナビゲートする方式だったのだろうが、どちらにも高度な技術と綿密な協力体制が必要となる。
 心当たりは幾つかあったが、彼らが関わった形跡は存在しない。
 巧妙に隠したと疑る事は簡単だったが、単純明快に再推理しなおせば……矢張り、クルーゼとその背後の影へと疑惑が移る。
 クルーゼ以外の陣営にはメリットが皆無なのだ。彼にとっては人類全てを苦しめれば満足だったろうが、他はそこから先を考えている。
 悪くある事は簡単だが、そこから先に見据えるものが無ければタダの“愚者”に過ぎないのだ。
  


「メンデルが荒らされていたのも気になるけど……」


 本来ならば独りで向かおうとも考えていた。
 クルーゼやアズラエルを使い、自分や多くの人々の悲劇をせせら笑っていた輩に、一撃食らわせないと気が済まなかった。
 そこに正義も愛も無い。只々憎いと言う生の感情しか無い。
 故郷を失った事も、友を亡くした事も、何よりカガリを悲しませた事を憎む。
 抑圧された感情を戦場でしか発露出来ない、不器用な自分が。
 放っておいても向かって来る以上、早い段階で潰さなければまた力を蓄えるだろう……そう、思っていた矢先のあの一撃。



「どんな理不尽が来ようと……僕は屈しない」


 カガリが居るから。
 何度言っても彼女は戦うと言う。友の敵を討つ為、何よりケジメをつける為に。
 彼女も中々に聡明だ。言われずとも、何の為にオーブがあの日まで中立を保ち続けていたかに気付いて居るらしい。
 悪逆に対抗しうる剣を見極め、彼らを戦場に送り出す為……その踏み台としてオーブは消えたのだ。
 その頑固さは流石姉弟、と言うべきか。
 もっともその件については、未だ話すべき機会を逸しているが。


「此処で屈したら、何にもならない」


 クサナギの横を、やや早い船速で通過していく黒い影。
 漆黒の船体に合わせた黒い翼を、優雅とも言える挙動で操り、所定位置に付く。
 ……かつて大天使が大気圏離脱に用い、サハク派がプロトアストレイと共に持ち帰ったブースター。
 この緊急事態に際し、彼らが主天使用に急遽送りつけてきたのだ。
 恐らくエルザムと“アポロン”の間で何らかの交渉があったのだろうが、それにしては対応が早い。
 以心伝心と言うべきか、こうした事態に対しては彼らも等しく脅威を覚えている様だ。
 だからしがらみを捨て、手を貸した。
 ……二つのオーブ。
 どちらが正しくどちらも誤りとも言えないが……この調子で行けばどちらも否定される。
 それだけは、阻止せねばならなかった。
 







「エルザム少佐!全艦配置完了しました!!」

「よし…頃合いだな。艦首超大型陽電子衝角、始動! 機関、最大戦速!」


 先鋒はエルザムが駆る主天使だった。
 バラルの園はアルテミス同様光波防御帯によって護られている。
 これを撃ち抜くには相当の手間がかかる上に、相手側に迎撃する大きなスキを見せる事になる。
 これを打開するために考案された作戦は、正に無茶の一言。
 


“大気圏離脱時に用いたポジトロニックインターフィアランスで、光波防御帯を貫く”


 元々大気圏離脱の際の熱量や反動を、この陽子の槍は元から帯びているエネルギーで吹き飛ばしていく。
 またこの際発生する推進力で、大天使も27800キロと言う超高速まで加速する事が出来た。
 宇宙空間において、そしてカグヤの様なマスドライバーも無しにここまでの速度は出ないだろうが、少なくとも光波防御帯を貫くには、主天使そのものの質量と速度によって十分過ぎる破壊力が生み出されるだろう。
 とはいえ、目測を誤ればそのままバラルの園に激突する事になる。かといって高度を取れば取るほど光波防御帯は強固になるであろうし、よしんば突破出来ても対空砲火に曝される事になる。
 飛び込んで終わり、ではないのだ。彼らは一番槍であり、最強の切り札を満載している。
 失敗は許されない。故に各部隊から集められた最高水準のスタッフも、緊張を隠せない。
 だが不思議と恐怖を感じていない。
 こんな無茶苦茶な作戦を提案しておいて、喜々として自らを筆頭に多くの命をつぎ込む事が出来る、この艦の主に比べれば、まだまだマシと思えるから。 
 彼は間違いなく“悪党”であろう。
 大きなモノを背負った上で、潰れる事無く更に背負い込める、底無しの忍耐者であり……。


「目標、バラルの園外周部! 主天使(ドミニオン)、突撃ぃぃぃぃぃっ!!!」


 人を惹いて止まない挑戦者でもある。
 今この瞬間も、人類が生み出した現時点での最強の盾に挑む。
 勢いこそ凄まじいが、見るからに主天使は苦しげである。
 固唾を飲んで見守る三艦の周囲に陽電子が撒き散らされ、主天使は激しく振動している。
 だがそれが確かな手応えの現れである事に、真っ先にキラが気が付いた。
 


〈エネルギーの流れを押し広げている!〉


 最初の一撃をもって、勝負は決まっていたのだ。
 後は主天使が有り余る推進力をもってしてその小さな一点を押し広げていく。
 最初は数メートルに過ぎなかった穴が、徐々に徐々にその規模を拡大させる。
 やがて悲鳴を上げるかの如く、光波防御帯に紫電が走る。
 


「駆け抜けろぉ!!」


 エルザムの叫びと共に、主天使はバラルの園内に踊り出た。
 だが速度を緩める事はない。徐々に戻りつつある光波防御帯を尻目に、真っ直ぐに中核部へと突貫する。
 ……いや、甲板上の三つの影が、露払いと言わんばかりに光波防御帯発生装置を砲撃し、破壊していった。


「フッ、友よ……本当の試練はこれからだ」







〈露払いはやっといたぜ!! オッサン!!〉

〈オッサンじゃねえっつってんだろ?!〉


 一部欠損した光波防御帯の合い間を、メビウス零式に先導される形で大天使が突っ込んでいく。
 エターナルとクサナギもこれに続き、フリッケライ同様エターナルからも先発機が発進する。


〈周囲は凍り付いているとは言え、鬱蒼と森が茂っている。何が潜んでるか解らんから、気をつけたまえ〉

「お気遣いは感謝しますが……多分、全くと言って問題はありません」

〈アスラン?〉


 その根拠の無い自信は一体何処から。
 そうラクスが問う前に、アスランはカタパルトを蹴る。


「アスラン=ザラ、“ジャスティス”出る!!」


 
 漆黒と金に彩られた機体が、霜を撒き散らしながら着地する。
 その機体は間違いなくマガルガであったものだが、もうアスランは意地でもその呼称を使わない。
 オーブの時も、マガルガはその身を犠牲にして彼女の命を守って来た。
 ならば此処にマガルガが在る訳が無い。
 此処にあるのは単に、核機関により戦闘能力が向上した殺戮機械に過ぎないのだ。
 


「さあ、何処に居る?!」


 満天の、何も遮るものが無い星空の下でアスランは叫ぶ。
 見渡す限りの静止した緑。
 その中で一瞬見えた赤に、アスランは目を見開いた。


「……!!! 矢張り、な……」


 門とも見えない事も無いモニュメントの奥に、暫しの石段の道の後、木製の本殿が鎮座していた。
 矢張り此処も、脇に柵と縄でめぐった大樹もろとも、凍結しているが。
 ……此処はそう、アスランにとっても止まった場所であった。
 永遠に失われないとばかり思い込んでいた、思い出の彼方の。
 此処に存在を許されたのは自分ともう一人ぐらい。
 後は忘れたかもしくは……。


「……この、不埒者どもがぁぁぁぁぁ!!!!」


 徹底的に殲滅するかどちらかでしかない。
 その為には彼自身、変質を躊躇わない。
 スラスターを使わず、深い踏み込みで下半身を固定して放たれた裏拳が、忍び寄っていた鎌を持った殻にめり込む。
 位相転移装甲を無視した打撃力にふら付く白い機体に、アスランは容赦無く手刀を繰り出した。
 呆気なく貫かれるコクピットには目もくれず、肩のビームブーメランを展開。自動追尾無しで直接投擲する。
 硬質の音と共に割れ砕ける森の向こう側、同じく鎌を持った二機のMSの頭部に突き刺さり、沈黙。
 息をつく事無く次の獲物に目を血走らせるその様は、悪鬼羅刹の如きだった。


〈“逝き遅れ”がウザイっ!!〉

「喧しいぃぃぃぃぃぃい!!!」



 過去の想いを、“死者の安息”を妨げる百鬼夜行にアスランは向かう。
 ……此処はかつて、ユニウス・セブンと呼ばれていた片割だったのだ。
 アスランの記憶の彼方にあった岩戸神社も、まだ此処にあった。







「成る程、即席でんなもん作れた訳だ……」

〈以前組合総出で行った事業が、こんな形で利用されるなんて……国際問題モノですよ〉

「気にする様なタマか? あれが」


 いえいえ、と首を振るラッセルのフュンフ。
 大天使に取り付こうとするカラミティタイプのMS相手に、連合のストライクダガー隊と共に交戦中の最中。
 先程のアスラン同様、クサナギにもレイダーと同型機のMSが複数襲撃している。
 恐らくこの三体がバラルの主力機種なのだろう。だが……。


「こんだけやれる凄腕を、ずっと抱え込んでたってのか?」


 だったら本拠地に攻め込まれる前に動いていれば、多少の損害はともかく容易く天下を取れた気がしてならない。
 状況判断能力が多少甘く、ストライクダガーでも複数で当たれば何とかなる相手ではあるが……かつて三機でフォーメーションを組んでいた時の様に各個分断されれば太刀打ち出来まい。


〈いや、どっちかと言えば呼び込んだのかもしれないな〉

「ん……黄昏野郎か」


 意外と戦線が近いのか、ミゲルのカスタムジンの通信が飛び込んで来る。
 エターナルにもこちらと同じく、ザフトの有志による部隊が編成されているが……。
 流石にXナンバーが量産され、大挙として押し寄せる事態は想定していなかったらしい。見事に浮き足立っている。
 


〈どう言う訳かアスランに戦力が集中しているお陰で、エターナル自体への攻撃は散発的だからな〉

「だからって油売ってるな! ヒマならこっちに手を貸せ!!」

〈そのつもりなんだけどな……っ!〉



 ノイズと共に通信が途切れる。
 何事かと冷たい汗が流れたが、返答は存外にも早かった。
 


〈ただ戦力的には貢献できないと言うか後方支援と言うか……〉

「落とされたんだろこのヘタレ!!」

〈いやいや、そうまでして確かめないといけない事があるんだ〉


 最も近くで識別信号が消えた機体をチェックすると、そこにはものの見事にフォビドゥンタイプと刺し違えたカスタムジンが見つかった。
 動かなくなったフォビドゥンタイプに取り付いているのは、ミゲル。


〈もし、アスランとそのダチの推測が正しければ、コイツの中身は……〉

〈中の“人”なんざ居ないから、心配すんな〉



 ミゲルがコクピットを覗き込んだその瞬間、背後の凍りついた湖を割ってカラミティが飛び出して来る。
 だが同時にカチーナのフュンフも飛び出し、ミゲルとカラミティの間に立ち塞がっていた。
 最初に使われた火器が衝角砲だったのは幸いだったが、続いて飛んで来たプラズマサボットバズーカは流石に不味く、回避する。
 必然的にフォビドゥンタイプとカスタムジンを吹き飛ばすコースだったが、爆発する頃にはとっくにミゲルは安全圏に居た。


〈カチーナ中尉!!〉

「チッ……ラッセル、お前みたいに背中を守るって事は、難儀だな」

〈慣れない事はしないものです!〉


 すぐさまフォローに入ろうとするラッセルだったが、カラミティとフュンフでは火力が違い過ぎる。
 一緒になって追い詰められる様は情けなくはあったが、それを笑う者は目の前の敵只一人。


「オイ黄昏野郎、一体何を見やがった!!」

〈あいつらの予想通りだった! アレには人なんて乗ってない!!〉

「無人機か?!」


 ミゲルが通信している位置を突き止めたのか、そちらに銃口を向けるカラミティ。
 今度はマトモに受けてやる義理は無い。装備するトンファーの一方を投げつけ、バズーカを叩き落した。
 


〈お前みたいな肉人形の出来損ないと言う方が、シックリ来ると思うがどうか?〉


 中に居るであろうオルガの、皮肉に満ちた表情を連想し、ミゲルもカチーナも心底嫌悪していた。











〈出来損ないのスーパーコーディネーターも、多少は役に立つもんだなぁ!!〉

「やっぱり……!!!」


 メンデルを離れ潜伏中の数ヶ月の間に、メンデル内部の研究施設に侵入者があったらしい。
 だが当時はプラント評議会の依頼を受けた人間が作業中であり、彼は無論周囲の施設にも被害らしい被害も無かった為、さほど問題にはならなかった。
 故に、誰も立ち入らなかった研究所内部の異変に気付くのが遅れたのだ。
 ……冷凍保存された、発育不全の胎児。
 それらは全て、キラと同等かそれ以上の処置を施された、“最強のコーディネーター”の成り損ない。
 それがかなりの数持ち出されていた事に。


〈まあ、何処まで行っても所詮はコーディネーター。使い潰すぐらいしか有効活用出来やしない〉

「お前……!!」

〈ジョージ=グレンもそのつもりで作ったんだけどねえ、何か手前勝手に暴走しやがったし〉

「!!」


 此処に至るまでの戦乱の歴史への、重大な暴露。
 それをクロトは、心底つまらなそうに語る。


〈ありゃあ地球の王になる事を拒んだ馬鹿だ。言う事聞いてりゃ世界に君臨出来たのに、変な気起こして突っ走って、挙句世界そのものに始末されたんだから……正に、道化!〉


 コーディネーター誕生前夜から、“バラル”は在ったのだ。
 虎視眈々と機会を伺い、スキあらば人類の“正しい”統制を狙った。
 恐らく今までは順調だったのだろう。
 だが神にも等しい力を彼に、ジョージ=グレンに与えたばかりに、全てが狂い出した。
 邪悪だの何だのを感じ取っていたとは思えない。だが、内に秘めた探究心と冒険心を、奴らは抑え切れなかったのだ。
 それは人が前へと進む為の起爆剤。
 ジョージ=グレンは、元々それを他よりほんの少し多く持ち合わせ、そして正直であった。
 更には誠実であり、決して何かに屈する事を良しとしなかっただけ……例え自分だろうと他者であろうと、自らの生みの親であろうとも。


〈いやいや、後は塵を掃除していけば良いだけさ! 此処でお前みたいなイレギュラーを、滅殺!!〉

「そうやって一々立ちはだかって、鬱陶しい事やってる訳か!!」

〈これ以上上等に成らなくて良いんだよ、家畜!!〉

「お前達こそいい加減、こっちの都合に突っ込んで来るなぁ!!!」




 
 最初のコーディネーターと、最強のコーディネーター。
 彼らの胸に去来する感情は、殆ど同じくしていた。
 自由を。
 何者の楔も必要としない、自由を。
 ひた向きにそれを求め、今に至っては牙まで携え……最古にして最大の理不尽にキラは挑んでいた。
   


  

 

 

代理人の感想

えーと、ノイマンって誰だっけ(爆死)。

本気で顔が出てきません(苦笑)。

 

しかしまぁ、最早情は無用。

キラも只、打ち貫くのみ! ですな。