〈ハーッハァ!!〉

「おおおっ!!」


 エターナルは辛うじてフォビドゥン・タイプの撃退には成功していたが、その代償は極めて大きい。
 ミゲルを筆頭とし、今やジャスティス以外のMSは総じて戦闘不能に追い込まれ、ジェネシス突破の際のダメージが残るエターナルにも、さほど迎撃手段は残っていない。
 今や最後の一刀と成り果てたアスラン。
 状況がより彼を強固にする。焦燥による熱が骨子を溶かし、痛みによって打直し、再構築を始める。
 超越的な存在。
 これに相対するために、父は周囲のあらゆる物を取り込み、最適化する事で立ち向かった。
 確かにそれで力は得た。しかし比例して巨大化した図体は格好の的ともなり、結局多くを傷つけるだけであって打たれ弱くなっていた。
 ならば、集約するべき。
 力の全てを一点に、今のように扱えるだけの量を最大限生かせる様に。


「……これだけ離れれば、十分だろう……!!」


 一時はフォビドゥン・タイプによって押し込まれた戦線を、アスラン達は押し戻した。
 今維持しているのはアスランのみで、一進一退どころか最初に逆戻りしていたが。


〈恥ずかしがり屋が……まあいい、気が済んだらとっとと死ねよ〉


 レールガンを弾幕とし、嬉々とした様子で鎌を振り上げるフォビドゥン。
 ジャスティスはビームライフルとシールドを投棄し、両腕にサーベルを携えて直線的に突っ込んでいく。
 驚異的な動体視力をもって弾道を見極め、二発のレールガンをサーベルで吹き飛ばす。
 爆炎目掛けてフォビドゥンがプラズマ砲を撃ち放つも、只空気を引き裂くだけ。


〈しつこいなぁ!!〉



 もう一発、レールガンに内蔵された歪曲システムでプラズマ砲の弾道を曲げる。
 地面に映っていた陰を見ての咄嗟の判断。
 上空で確かな手応えと共に爆散するパーツ……だが。


「もらう!!」


 本体は背後に回っていた。
 今しがた撃ち落されたのはリフターでしかなく、ジャスティスは足回りだけで肉迫していた。
 しかし不意を付くには僅かに遅い、大仰な動作で振り返りつつ、鎌が豪速で迫る。
 


“ガッ!!”


 ジャスティスのマニュピレーターから火花が散り、右手の小指と中指のパーツが吹き飛ぶ。
 左手は鎌の柄をしかと掴み、両腕の獲物を封じる。


〈お前なぁぁぁぁぁぁ!〉


 続いてビームブーメラン二基とイーゲルシュテルン全弾をもって、偏向装甲をアームから切り飛ばし、バックパックのプラズマ砲発射口に直接弾を叩き込んで、これを封じる。
 しかし同様のアクションをフォビドゥンも実行する。
 腕部機関砲とイーゲルシュテルンの同時斉射。
 ジャスティス本体へのダメージは位相転移装甲が中和するも、コクピットのみを周到に狙った射撃は内部に多大な激震を生む。


「がはっ!!」


 骨と内蔵ごと攪拌され、ミンチにされかねない衝撃にも、アスランは意識を手放さなかった。
 寧ろ強く抱きしめて放さない。
 最後の最後まで……残り火さえ許さず消し尽くす為。


〈……お前、まさかぁぁぁぁぁ!!!〉


 衝撃に翻弄されつつも、アスランは最後のキーを打ち終えていた。
 目前に表示されるカウントダウンは30秒。安全を考慮しての数値が今は疎ましい。
 鎌を離して離脱を試みるフォビドゥンの腕を抱き込み、足払いをかけて動きを押さえ込むジャスティス。
 その間にも、内部の核分裂炉の出力は、危険なほどに上昇しつつある。


「俺はシャイな上に寂しがりでね……一緒に殺(こ)い!!」


 相手とて、所詮は端末に過ぎないのであれば、持ちうる力も知れている。
 最低限、それを制する事が出来る事さえ叶うならば十分なのだ。
 ……例え、それで何もかもが終わっても。

















「却下」

















 ジャスティスの位相転移装甲が、落ちる。
 同時にジャスティスの首も落ちた。
 シャニが状況を打開した訳では無い。いや寧ろ彼にとっては打開どころか悪化も良い所だった。


〈お前、お前ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?〉

 糸が切れた様に動かないジャスティスを蹴り飛ばし、慌てて鎌を構え直し後退するフォビドゥン。
 絶好の機会を捨ててまで退く必要があった。
 考慮されていない可能性。
 神の裁断をすり抜ける事は、あり得ない……だと言うのに。


「そなた、此処を何処と心得る? ここは死者が眠る尊き地……一人や二人彷徨い歩いていても、不思議ではあるまい?」


 確かな足取り、確かな口調。
 とても物の怪の類とは思えぬ、艶を讃えた冷ややかな声色……しかし、そこには生があった。
 生々しいがまでの感情があった。
 余りに密々としたが為に、持ち合わせる概念では図りきれないそれを前に……この身体に宿りし“神の僕”は、その考察を放棄した。


〈ぁぁあぁああ……!!?!?〉


 しかし肉体は動いた。
 脊髄反射的に、元の精神が擦り切れるより前から染み付いていた本能が、身体を動かしていた。
 だが、空の肉如きでは耐え切る事が出来なかった。 
 


「だがそなたらは、逝ね」




 肩部のスラスターが金色の闇を前進させる。
 かと思えば蛇行を促し、ある時は直角に足を動かせる。
 ウイングとは独立したフレシキブル・スラスターが推進力を生み出し、それを脚で無理矢理慣性を殺しつつ制御している。
 我武者羅に振られる鎌を両腕のシールドが次々と受け流し、次の瞬間身体の各所が爆砕。
 ウイングが切り離され、二条の光が疾(は)しる。
 一条、背部より抜かれた片刃剣により。
 もう一条、シールドに隠されていた銀の小刀で。


 
「……此処は我らの優しき記憶だ。踏み入るでない」 
 


 袈裟懸けに断たれた上に、コクピットに突き刺さった小刀。
 咆哮の様な爆発で小刀は飛び、熱と衝撃で砕けた氷片の流れが、それを持つべき者へと返していった。






〈んん?! 何だよくたばりやがったかアイツ!〉

「えっ……?!」



 クサナギ上空からふと目を逸らすと、元々果樹園だったらしい方向で爆発が一度。
 飛散する破片からそれがフォビドゥン・タイプのものであった事が窺える。
 だが只のフォビドゥン・タイプでは無かった様だ。多大なダメージを負いつつも、どうにか立ち上がりエターナルへと向かっていた幾つかの機体までもが、動きを止めた。
 ……キラは一つの事を閃いた。
 メンデルにいたスーパーコーディネーターは、確かにハードスペックは高い。
 だが肝心のソフトが無い、心が、自意識が存在しない以上戦闘行為など出来る筈も無い。
 如何なるプログラムも自己認識からスタートする。
 それが無ければ、どれだけ行動をプログラミングしても挙動させるべき対象が見当たらず、無意味な羅列でしかない。
 先のフォビドゥン・タイプの一斉停止は、それを考慮に入れると不自然ではあった。
 只の人工知能として運用していたならば、隊長機が倒されてもそれに則した行動に移行する筈。
 だとすると……。


「……!! こちらキラ=ヤマト!! アークエンジェルに、敵Xナンバーの中の有人機を狙うように伝えて下さい!! それを倒せば……」


 恐らく、全ての同系列機体は停止してしまう。
 時間が無かったのか、信用をしていないのか、彼らはスーパーコーディネーターを最大活用している訳では無かったのだ。
 有人機からの指令……恐らくテレパスもしくは量子通信の様な高密度の情報によってコントロールする、操り人形……もっと言えばラジコン程度にしか使っていなかったのだ。


〈おお偉いねえ?! 優秀!!〉


 伝わったか否かを確かめるより先に、破砕球がフリッケライを襲う。
 直撃を避ける為に左腕を盾にしたが、不味かった。
 三連機関砲の砲身が歪な形に変形し使い物にならない。
 イージスの可変機能は、腕部の可動範囲を稼ぐ事に貢献しているが、システム的には位相転移砲発射時しか生かされない。
 レイダーは可変フレームを簡略化する事で強度とフレーム剛性を稼ぎ、高速での巡航を可能にしている。
 ところが対するフリッケライは機動性を重視する余り、最大速度で遅れを取り距離を引き離されるばかりか、衝撃に脆く肉迫し辛い。
 遠中距離での実弾・ビームでの砲撃戦を位相転移装甲とABC(アンチビームコーティング)で、実体・非実体剣による格闘戦を機動力で対応出来ても、MSでの大質量肉弾戦までは、流石に手が回らなかったのだ。
 


〈でも遅いね!! 何機か“露払い”に出した!!〉

「?!」


 クロトが乗るレイダーを含め、クサナギを攻めているのはたった三機。
 クロト機はキラが抑え続けている為、実質二機のみが敵なのだが……ヤキン・ドゥーエ攻略戦で多くの熟練パイロットを戦闘不能に追い込まれ、対応出来る人材はジュリらテストパイロット三人ぐらいしか居ない。他は迎撃どころか反撃され撃墜される始末だった。
 


〈基本的にこっちの大砲もジェネシスと似たり寄ったりだからねえ……“別の使い方”もある!〉

「“ライトクラフト・プロバルジョン”……?! あれを?!」


 ジェネシスの本来想定された運用法、それは遠方に位置する宇宙船舶に対し、大出力レーザーを放射する事で積載した推進剤を何倍にも爆発燃焼させ、驚異的な加速を生み出すシステムだ。
 ジェネシスの兵器転用が決定してからは、凍結された研究技術だったのだが……。


「拙い! プラントが……!!」

〈よれよれの死に体どもがどれだけ持つかな? 賭けて見ようか? 僕の人形が先に殺るか、バラルが先に殺るか?!〉


 エターナルや大天使が相対する機体数はおおよそ十数機。
 同じ様にレイダー・タイプにもそれだけの機体があり、この場に居る以外残り全機が向かったとなれば、例え片道切符であったとしても大損害を与える事が出来る。
 ……今思えば、ヤキン・ドゥーエを撃ち貫いたのは単なる脅しではなく、その前後に出撃したであろうレイダー・タイプの接近を誤魔化す為でもあったのだ。

「ぐっ……何ともし難いのか?!」


 今から全速で向かっても間に合う筈も無いし、此処を……カガリ見捨てる事になる。
 何もしなければ多くの命が奪われる。


「僕は……何のために……!!」


 最強のコーディネーターが何をのうのうとしているのか。
 犠牲の上に立つ以上、それに見合った働きだけはしなければならないと言うのに。
 
 それなのに何て……。


「何て……無様!!」










〈ああ、全くだ〉

 焚き付けた者が居た。
 無力と言う冷水を被った灯火に、油をひっかけた者が。
 だが再点火はしない。
 衰えていても火は火。
 焔に転じる筈と、理屈以外の場所で理解するが為に。
 


〈勝負はお流れだ。何故ならラジコン飛行機は全部俺が……叩き落とした〉

〈な、何だって?!〉


 大量の折れた白い翼の只中に映える、紅。
 そこから発せられる言は冷静であっても、帯びる気は激情そのものであった。


「貴方は!!」

〈気にはするな〉


 無理な話である。
 プロトアストレイ二番機の所有者にして、クサナギ他への補給依頼を遂行してくれたジャンク屋……そして師の……。


〈お前は今、一山賭けているのだろう〉

「え」

〈どうした、この程度のアクシデントで降りるつもりか〉


 キラは、笑った。
 そうだ……身ぐるみ全部どころか他から借金してまでも勝負に挑んだ以上、破産覚悟で札を出すしかないのだ。 
 躊躇うのは時間の無駄だった。
 この大博打に賭けているのは、何も一人だけではない。
 自分一人で世界の不幸を背負って歩く様な思い上がりは間抜けだった。
 勝負に賭ける想いが真摯である以上は……負債の数等問題では無い。
  


「いえいえ……気にしないで下さい」

〈そうか〉


 にこやかに返すキラ。
 紅いアストレイは黙って頷くのみ。


「じゃ……ターンアップと行こうか!!」

〈ほざいてろよ!! テメーみたいな肉塊なんざビタ一文の価値もねえ!!〉


 確かに価値は無いかもしれない。
 そもそも未だ、価値ある行動をしていたかは疑問ではある。
 人の背中を追い、或いは背中を押して矢面に立たせていただけではないかとも。


〈撃滅ッッ!!!〉



 何も築く事は無く、ひたすらに壊し続けた日々。
 微かに積み上げた日常と言う飴細工は無残に崩れ、何一つとして残る物は無い。
 それでも。


「衝撃のぉぉぉぉぉ!!」


 それでも決断を蔑ろにした事は無い。
 後悔もあり、悩みもした。納得しても問い続け、妥協だけはしなかった。
 この世の理があっけなく崩れ、変質するものであるならば……せめて、己の信念のみは確かでありたい。
 その確かなもので愛する者を……出来る事なら安息を繋ぎ止めたい。
 そう願い足掻く事を否定はさせないのだ。
 そもそも信念を、いや己さえも失った存在には。
 

   
 

 

 

代理人の感想

 

ちょっと待てーっ!(爆笑)

 

つーかここ最近こんな感想ばっかだな(爆)。