〈あーあ、結局俺一人か〉


 前方、クサナギが立ち往生しているであろうポイントに立ち昇る爆発。
 クロトの戦果であるとは露も感じていない。
 性急な性格の奴ならば、間髪入れずクサナギを撃沈させるに決まっているのだ。
 余韻の様な静けさが全てを証明している……所詮、僕(しもべ)は僕(しもべ)でしか無いと。


〈まあ、だからこそ出来る事もあるんだがね〉



 地べたには残骸が、天には死に体の大天使。
 自分で落としたカラミティ・タイプの頭部を踏みつけ、余裕を持って見上げる。
 オルガが取った戦術は悪質そのものだった。
 随伴したカラミティ・タイプを全機突っ込ませておいて、後方から構わず制圧射撃を行ったのだ。
 回避しようにもカラミティ・タイプへの対応に追われそれもままならず、同時にカラミティ・タイプも攻撃で手一杯の状況で、巻き添えを食って沈んでいった。
 今動きがあるのはオルガのカラミティただ一機……否、もう一機。


「こ……この……! 何て事を……」


 伍式。
 フレイは大天使の剣として最大限努力をし、その役目を果していた。
 雨あられと降り注ぐ砲弾をもろともせず、零式対艦刀の一振りで複数のカラミティ・タイプの胴体を泣き別れさせ続けた。
 しかし如何せん、攻撃は激しすぎた。
 迎撃もままならぬまま次々と落とされていく機体が続出し、伍式は持ち前の分厚い装甲で辛うじて持ち堪えている状態であった。


〈お前らもやっただろう、アラスカでもヤキンでも。自分さえ良ければ他を巻き込んで良いって〉


 砲撃によって瞬時に蒸発した氷がまた細やかな形で姿を取り戻し、霧の様に双方の間を遮り続けている。
 その下には死屍累々と横たわるストライクダガー部隊があるのだ。ひょっとしたらフュンフもこの下に居るのかもしれないし、何処かに零式が落ちているのやもしれない。
 まるで、中世の合戦跡の様である。


「私はそんな外道には……!!」

〈勢いで真っ先に志願した分際で〉

「……!!」


 フレイ、それにミリアリアとサイの息が詰る。
 今でこそ自分達は生き残ってはいるが、それまでにはもう……。
 自分の意志ではあった。だがきっかけであった事は間違い無い。
 本来あるべき流れ、正道を進んでいれば此処には居なかった。
 誰も欠ける事など、ある筈も無く……。


〈吼えるなサブナック少尉!〉

〈おーおー怖いね元艦長殿。やっぱ脇で皮かぶって吼えてるのが一番良い〉


 ナタルの顔が怒りで歪む。
 直ちに反論の代わりにミサイルなり陽電子なりをぶつけたいのは、ブリッジクルー全員の願いだろうが、無理な相談だった。
 ここまで進軍する為に殆どの弾薬は使い切り、ゴットフリート他露出武装は真っ先に破壊されている。
 辛うじて左舷ローエングリンのみは機能するが、使いどころを間違えればたちどころに狙撃され、それどころか機体の回収さえままならなくなるだろう。
 


〈どうだい、ここらで肩の荷下ろしてみるのは〉

〈……何だと〉

〈いや俺も肩こっちゃってね……インスタントの神様に傅(かしず)くの〉


 伍式を無視し、シールドを持つ手を“お手上げ”と言った風に上げるカラミティ。
 頭に血が上り、今すぐ斬りかかりそうな伍式に対し、ナタルは小声で待てと言う。


「……何?!」

〈君は機会を見出せ〉


 恩師レーツェルでさえも及ばぬ“バラル”と言う存在。
 ほんの与太話でも価値はある筈だった。
 悪くても、フレイが構え直す時間は稼げる。






〈……どう言う意味だ〉


 静かに先を促すナタル。


〈あのガキが一気に歳喰ったのは神秘でも何でもねえ。単に細胞の新陳代謝が異常に早いんだよ……見た目こそ何とかなるが、どの道十年かそこらで内蔵が腐る〉

〈……!!〉

〈ま、お陰で事あるたびに適合者を捜索する手間は省けたがね〉


 まるでギャラリーの反応を待つかのように首を振るカラミティ。
 当然ながら反応は無い。
 


〈勿体無いか? そう思うなら尚々手ェ貸せよ。あいつの肩代わりを俺らがやっちまえば……まあ人並みには何とか生きれるんじゃないか? 必要な時だけ遊んでやって大事にするもよし、代わりを用意して使い捨てるのもよし、だ〉

〈……創造主を裏切ると言うのか〉

〈ハナから従った覚えなんぞ無いさ。元々ヤクでぶっ壊れかけた俺の精神に、いきなり奴らの僕が入り込んで自分のもんにしようとしたんだ……ま、俺だけは逆に喰ってやったが〉


 ここが違う、とカラミティが頭部を差す。
 オルガ=サブナックは、元々読書を嗜好する事をナタルは思い出した。
 生体CPUにされる前からの趣味なのかどうかは不明だが、これによって心理的な自由度が高かったのかもしれない。
 本を読むには、音楽やゲームと違い、受身では中々難しいからだ。


〈どうだい。こんだけでっかい“城”もあるんだ……そんなチンケな船の二番手で居るよりかは、イイ思いが出来ると思うぜ?〉

〈……ふむ、大変有意義な意見、感謝する〉


 ナタルの返事を肯定と取ったのか、凄惨かつ憎たらしい笑みを浮かべるオルガ。
 だが。



〈艦長、これで何とかなりそうですね〉

〈ええ……彼を含めた全てのシステムを破壊すれば、あの子は助けられる〉

〈あに?〉


 眉をつり上げるオルガに向かって、ナタルは毅然と言い放つ。


〈最早問答無用だ、オルガ=サブナック!! 貴様の矮小な野望に付き合う程私達はヒマではない!!〉

〈矮小! あっはっは……良いねその肝っ玉! 益々モノにしたくなって来たぜ!!〉


 カラミティの砲門が全て大天使に向けられる。
 力で得られるものは快楽……そう確信しているからこそ全く躊躇う事は無い。
 だがその短絡は、それ以外で動く者へは絶好の機会を与える。






〈〈トライ!!〉〉


 霧と残骸の向こうから真紅の影が飛び出していく。
 背後からの奇襲にも関わらずカラミティは冷静に対応。腕だけを後に向け、プラズマサボットバズーカと衝角砲を連射。
 二機のフュンフの膝から下を吹き飛ばすも、二機はスラスターを吹かしそのまま組み付こうとする。


〈これだから弱っちい輩は〉


 脅威になり得ぬと判断し、そのまま大天使への砲撃体勢を維持。
 一気にぶちまけようとトリガーを引いた、次の瞬間。


〈俺は奇跡を可能にするおと……!!!〉


 黒い機影が前面一杯に立ち塞がり、弾丸は全てそこに激突し、爆砕する。
 超至近距離での余波を受け、流石のカラミティも煽られる。


〈よくやった鷹野郎!!〉


 零式の残骸が降り注ぐ中、カチーナのフュンフが最後の動きを見せる。
 カラミティ・タイプとの激戦で折れ曲がったトンファーを、バールの様にカラミティの脚関節にねじ込んだのだ。
 


〈なっ……!!〉



 体勢を崩すカラミティ目掛けて、また新たな影が迫る。
 肩関節部を限界まで酷使した為に、今にもちぎれ飛びそうな腕を振りかざす、伍式。


〈味方ごとタタッ斬るとは良い心掛けだな!!〉



 それに準じて、と言う訳では無いだろうが。カラミティはバズーカで自らの左足を撃ちぬく。
 押さえ込み損ねたラッセルのフュンフがカラミティの左足ごと体勢を崩す。
 右足のカチーナ機は機能停止。構わずそのままスラスターで体を立たせ、位相転移砲を向けた。
 


〈刺し違えるか、試して見ろよ!!〉


 閃光が伍式に到達するのと、一刀が振られるのは僅差で伍式が早かった。
 が、零式対艦刀は数多の機体を両断し、疲弊していた。
 刃はひび割れ、フレームに致命的な亀裂が走りその形を成さなくなった。


“突!”


 しかしそれは、フレイとて承知の上だった。
 自分の握る物ぐらい、勝手は心得なければ。


〈くっ……クルーゼめ……だからコレは止めとけと……全く〉








 彼には遠いから。


「……」


 カラミティの腹部にえぐり込んだ、螺旋衝角。
 伍式がそれをゆっくり引き抜いた途端、カラミティは力無く尻餅をついた。



「……」

〈……お疲れさん〉


 飛び散った零式の残骸の一部、大気圏突入用としても設計されていたコクピットから、フラガが呼びかける。
 だがフレイは、まじまじと動かぬカラミティを眺めて何も言わない。
 


〈あんな化物相手だったんだ……やらなきゃ間違いなく……〉

「それでも」


 哀れむ様な、憎むような、しかしそれでも後悔は無い顔で。



















「……それでも血は紅いもの」


 螺旋衝角の表面から、粉末状に脱落していく紅色の何かを見送る。
 これだけの事をする意味が、これほどの罪を被ってもあると、フレイは頑なに信じるしかない。
 今も偽りの楽園の中心で、死闘を続ける師と共に。
 
  
  
 

感想代理人プロフィール

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代理人の感想

善哉善哉、などというシーンではありませんが、それでも原作から一番成長した彼女に拍手。

己の中の闇にも、牙を剥き詭弁を弄するオルガにも、

そして美味しいところをかっさらおうと目論むフラガ&凸凹コンビにも負けず(笑)、

握った剣を最後まで振りぬいた彼女に拍手。

キャラクターを生かすも殺すも書き手次第、ですね。

 

 

追伸

だ、だからドリルはよせと言ったのだ・・・・(謎)。