――６――
カーラたちを出迎えたクルーの顔色は優れない。戦闘にこそ参加していないが、内容自体は分かっている。彼らの仲間でもあり、友でもあったアーバン・ノッド少尉が戦死したのだ。優れるはずもない。
パイロットの三人も憔悴していた。最初のジム・クゥエル四機はたいしたことがなかった。しかし、二機のジム・クゥエルとガンダムｍｋ－Ⅲは、彼らと同等の腕があり、その戦闘には極度の集中力を必要とした。疲れて当然なのだ。
ネスバーグはアーバンとシーマ艦隊時代からの戦友で、特に仲が良かった。酒を飲み交わしたり、談笑したり、時には殴り合いの喧嘩をしたり。パイロットとしての技術も似たようなもので、良き親友であり、ライバルであった。
その友が撃たれ、彼は疲労以上に怒りを感じていた。くそっ、と連呼しながらそこら中の物に八つ当たりする。整備するための工具が詰まった箱を蹴り飛ばしたり、機材を殴ったり、どうしようもない荒れぶりだ。
整備士や他のクルーは戦々恐々と荒れるネスバーグを見やるだけで、止めようとしない――いや、止められないのだ。元々荒くれ者であったネスバーグを止められるのは、友人であったアーバンか、カーラ、それかカリウスくらいのものである。
カーラはネスバーグ以上の怒りを腹に溜め込んでいたが、それを表に出すことはなく、無言で更衣室に向かっていった。上の方ではディアが心配そうにそれを見送ってる。
ネスバーグは尚も荒れ、また涙を流した。無骨な男には似合わない、綺麗な涙だ。整備士たちの中にもつられて泣き始める者もいた。
そんな、およそ元シーマ艦隊の隊員が指揮する部隊の光景とは思えない状況に歯止めをかけたのは、常に冷静沈着なカリウスであった。
「もうやめるんだ、マクエル少尉。お前たちも、泣くのはよせ」
カリウスがネスバーグの岩のようにごつくて固い肩を掴むと、彼はそれを乱暴に振り払い、カリウスの胸倉を掴んで叫んだ。
「大尉さんよぉ。あんたは、元々ガトー少佐の部下だったよなあ。だから、だからアーバンがやられても、平然とした顔してられるんだろぉ！」
言いがかりとしか言えない叫びを、カリウスは黙って受け止める。
「少尉が暴れたからといって、ノッド少尉は生き返らない。意味のないことはよすんだ」
彼の言葉がネスバーグの感に障り、思うがままにカリウスの顔面を思いっきり殴った。
「うるせえ！ お前みたいな、ご立派な軍人には俺の気持ちなんかわかりっこねえ！」
カリウスは体勢を整え、近くにあった機材を蹴ってネスバーグの胸倉を掴み返し、静かにしかし激しく言う。
「私にも仲間を失う辛さは嫌というほど分かる。私は、先の戦いでガトー少佐や、多くの仲間を目の前で失った。一年戦争の時もそうだ、目の前で何人もの仲間が命を落とした。それが悲しくないわけがないだろう？ だが、悲しめば故人が戻るわけではない。私に出来ることは悲しむことではなく、その故人の分まで生きることだ。違うか？」
彼の内側から発せられる気に、彼の瞳に浮かぶ涙にネスバーグは気圧された。反撃しようにも、口がまごついて巧く動かない。
「お前たちはシーマ中佐の部下、私はガトー少佐の部下。確かに忌み嫌いあっていた仲だ。だが、上官を、尊敬する人物を失った辛さは同じじゃないのか？ 私はその辛さを涙で流すようなことはしなかった。私は、ガトー少佐の分まで、ジオンの為に生きる。マクエル少尉は、泣くだけで気が済むのか？」
ネスバーグや整備士たちの涙が止まる。カリウスは胸倉から手を離し、「すまない」とだけ言い残してその場を去った。
上の方で聞いていたディアは、カリウスの言葉を胸に収めると、ブリッジに戻った。
格納庫に残ったのはやり切れない空気だけだ。それも未来永劫漂わせるわけにはいかない。仲間を失った悲しみを二度と味わわないよう、整備士たちにはするべき仕事がある。
「さあ、お前ら、いつまでも悲しんじゃいられねえぞ。大尉も言っていただろう、泣けば済むってもんじゃねえんだ。俺らには、やらにゃいけないことがあるだろ」
整備班長の言葉で各員は重々しい足取りだが動き始めた。帰還したとはいえ、二機のガザＣは全くの無傷というわけではない。細かい修理や整備は必須だ。
ガーベラ・ヘアレスもまた、無茶な速度で無理な動きをしたために、各部おかしくなっている部分があった。それを直さないことには、仇討ちもままならない。
普段とは違う、活気のない言葉が飛び交い始め、整備がゆっくりとだが始まった。
カーラは手早く着替えを終えると、自室に篭った。戻ったからには艦長として、隊長としてブリッジにいるべきだが、今はそれどころではない。
自室に入るなり服を脱ぎ捨て、シャワールームに駆け込む。水でもお湯でもいい、何かによって疲れや悔しさ、怒りを流さないことには、どうにもならないのだ。
目の前に突如として姿を見せた仇、ガンダム・タイプのＭＳ。仇はデラーズ紛争の時だけでも十分、仲間を殺しつくした。敬愛するシーマもまた、連邦に寝返ったというのに、ガンダムの前に命を落とした。その上、今度は目の前で大事な仲間をまた一人、殺された。
ガンダムと出会ったら、自分に譲れとそう言った。だがアーバンはそれを無視して単機で挑み、その結果死んだ。
本当にそうなのか？ 初めから自分が戦っていれば、アーバンは死ななかったのか？
自問しても自答は返ってこない。シーマの仇を、仲間たちの仇を取りたいのはアーバンも、ネスバーグも同じことなのだ。口では譲るといっても、実際に見て、衝動を抑えられる保証はない。元々短気者の集まりでもあるシーマ艦隊だ。どんなに厳しく言っても、無視したことだろう。
仮に自分が戦っても勝てるという自信が、今では薄れていた。遭うまでは必ず倒してみせる、倒せる自信があると確信していたが、銃火を交えてみると簡単にはいかない。ガンダムという名前は伊達ではない。それに伴った性能が、パイロットがいることを教えられた。
だがこのまま終わるカーラではない。心の中で次の行動は決まっていた。奴らの艦を追う。ボロ船でも全速力で追いかければ、もしくは追いつけるかもしれない。相手が逃げの一手ならば、それは敵わないだろう。
しかしカーラには相手が逃げるだけではない、という自信に似た勘があった。それは相手も四人、こちらに殺されているし、自慢のガンダムを傷つけられた借りがある。ガンダムが負けたままで終われば、折角の名も意味を失うに違いない。ガンダムは常に勝利者でなければ、格好がつかない。そういうことを気にするのが連邦だ、そうカーラは考えていた。
体を洗うこともなく、五分か十分か、とにかくひたすら水を浴び続けた。どうにか気持ちが落ち着くとシャワールームから出て、バスタオルで体を拭く。
自分の体を眺めながら、彼女はしばしば、女に生まれてきたことを悔いたことを思い出した。シーマ艦隊に女性はシーマしか似合わない。入隊初めは随分と苛められたものだ。それでも男勝りな気概と腕っ節、パイロットとしての技量が次第に認められ、信頼されるまで至った。
信頼されるようになってからは、逆に女であることを喜んだ。シーマと同じ女性でありながら、海兵隊で戦う兵士。それがかっこよく思えたのだ。シーマも彼女にとっては誰にも負けない英雄である。
今となっては自分が女艦長兼隊長。部下はシーマ艦隊のそれとは随分違うが、それでもシーマに近づけた気がしてカーラは嬉しく思っていた。
それでもこの戦いで、彼女はシーマとの決定的な違いを思い知った。シーマは部下が死のうとも、悲しむことはなかった。それが非情だとは思わない。むしろそれが普通なのだろう。隊長が一々悲しんでいるようでは、部下の士気に関わる。強気でいなければ、勤まらないのだ。
カーラもできるだけ表には出さないように堪えた。しかし怒りや悲しみは自然と伝わり、各クルーを不安にさせているのは間違いなかった。彼女は、隊長になりきれていなかった。
体を拭き終え、軍服を着ると、カーラは冷蔵庫から缶ビールを取り出した。任務中に酒を飲むなど、あってはならないことだが、ここではそれが許される。普通宇宙空間にいるのだから、飲み物はパックのものを使う。それをわざわざ細工してまで缶を持ち込んでいるのは、彼女の趣味だ。
缶を開け、中身を一気に飲み干す。辛い時は、いつもこれで紛らわせてきた。ちみちみチューブで飲むよりも、気持ちが入れ替わるのだ。それが缶である理由の大部分である。
飲み干すと、缶を投げる。居住区には重力が作用しているので、缶は綺麗な放物線を描いてゴミ箱に入った。
深く息を吐き、吸い、彼女は気持ちを完璧に出来るだけ近く整え終えた。もちろん、復讐する気持ちが消えたわけではない。むしろ、その決意を固めたといえる。ただ、怒りに任せるような真似はしないと誓っただけだ。
カーラの気持ちが整ったのを狙ったかのように、ブリッジから通信が入った。モニターには真剣そのものの、今なら冗談を無視しそうなディアが映っている。
『隊長、マディング大佐から、少ないですが、補給を受けれるようになりました。ポイントはもう決めてありますし、そちらに向かっています』
「そう、手際がいいのね、ありがとう。それで」
『分かって、います。補給ポイントは敵艦を追うコースの中に入れました。補給する物資が少ないので、高速艇で来るそうなので、どうにかなると思います』
ディアはカーラの言葉を先読みして、全て巧く運んでいた。補給する場所は敵艦を追うコースの途中。敵艦の予測進路もちゃんと立ててのことだ。
完璧と言える副官の働きに、カーラは弱弱しくも可憐な微笑みをプレゼントした。
「ありがとう、中尉。今度お礼に、歌を聴かせてあげるわ。いつもあなたが、聴きにきていること、知っているのよ？」
『お恥ずかしい限りです。楽しみに、しています』
いつもなら頬を赤く染めるところだが、ディアは平然と微笑みで返し、敬礼をすると通信を切った。
何があったのか。先ほどの戦いが原因か。ディアが一皮剥けたことに、カーラは喜びと安心、そしてなぜか不安を募らせた。
通信が切れ、一面闇の画面に背を向け、カーラはブリッジへと向かう。
――７――
＜クフェア＞の士官控え室で、モンシアは行き場のない怒りを壁にぶつけていた。
「なんなんだよぉ、あいつは。ガンダムですら、互角がやっとじゃねえか。ジオンはいつのまに、あんな化け物造りやがった！」
それは誰もが感じたことだろう。ジム・クゥエルは決して悪い性能をしているわけではない。特徴がないのが特徴、と言われるジム・カスタムが基であるだけに、これといった長所はないが、短所もない。量産機ということで見れば、立派な機体だ。
そのジム・クゥエルを颯爽と四機撃破した高速の紅い機体。数々の死線を抜けてきたモンシアでさえ、恐怖を感じずにはいられない。元々弱虫なキースなどは、今でも震えがとまらないようだ。
怒り狂うモンシアに怯え震えるキースとは違い、コウは黙ってあの機体のことを思い出していた。
どこかで見た淡い紅色の機体。＜クフェア＞に戻った時、コウはデラーズ紛争時、自分が撃破したＭＳの一つに似ていることに気づいた。あれは確か、シーマ・ガラハウが乗っていた機体。コウはバニングを死なす原因になったシーマを許せず、攻撃するなという命令に逆らい、一撃の下に葬っている。
まさかあの時の亡霊か。と一瞬下らない事が頭を過ぎったが、ある意味では間違いでなかった。もちろん、コウがそれを知るすべはない。
コウは考えながら、モンシアは怒りながら、キースは震えながら補給艦、護衛艦との合流をただ待った。
補給艦、護衛艦との合流は当初から予定されていたことだ。ただ予期せぬ戦闘のせいで、それが早まっただけのこと。
補給艦にはガンダムｍｋ－Ⅲの増加装甲、武装があるとコウは聞いていた。護衛艦の所有ＭＳなども聞いていたが、あれだけのＭＳと戦闘をした後では、心もとない。
どうせなら全速力で逃げ出したいところだが、そうもいかない理由がある。まず一つはガンダムｍｋ－Ⅲのフルアーマー状態のテスト。もう一つは、あのＭＳを野放しには出来ない、ということだった。
帰還してからすぐに、彼ら三人は艦長に呼ばれ、あのＭＳのことを聞かれた。三人ともが素直な感想を述べると、艦長はそれと戦う決意を固めたのだ。
「あれを野放しにしては、後々大きな障害になるだろう。幸い、我々には互角に戦えるガンダムｍｋ－Ⅲに、ウラキ中尉がいる。この機に叩く」
そう言われ、コウは実力を認められた嬉しさなど微塵も感じなかった。あの強敵ともう一度戦え、といわれて嬉しい者は相当の戦闘狂といえるだろう。
モンシアが必要以上に荒れているのは、もう一度あれと対峙する必要があったからだ。一対一で戦うのは、コウのガンダムｍｋ－Ⅲということだが、どうなるかは戦ってみないと分からない。
キースが震えているのも同じ理由だ。二度も相対したい相手ではない。一度でもその姿を戦場で見れば、その気持ちが誰にでも分かるはずだ。
モンシアはやっと諦めがついたのか、握った拳を解き、控え室から出て行った。
「なあ、コウ。お前、あいつに勝てるのか？ あれは、ガトーほどじゃないかもしれないけど、凄腕だろ？」
キースが今にも泣き出しそうな不安げな声でコウに訊いた。
しばしコウは黙って考え、ゆっくりと口を開く。
「勝てるかは戦ってみないと分からないよ、キース。でも、気迫はガトー以上のモノを感じた。ＭＳ越しでも伝わるほどだよ」
コウの弱気な発言にキースは泣き出す寸前だったが、コウがそれを慌てて阻止する。
「でもガンダムの追加装備もくるし、今度は完璧な状態で出撃できるはずさ。そうすれば、負ける相手じゃないよ。な、キース？」
「ああ、そうだよな。コウはあのソロモンの悪夢と互角に戦ったんだ。そうそう負けるはずないよな！」
空元気とでも言うのか、キースは無理やり自分を元気付け、その調子のまま別れを告げてさっさと控え室から出て行く。
一人残ったコウは、白亜の天井を意味もなく見上げ、呟く。
「無事にニナに会えるかな」
コウのささやかな願いは、そう時を待たずに実現する。
悪夢のような戦闘から四時間ほどが過ぎたころ、補給艦と護衛艦と合流することが叶った。
補給艦からは手早く物資が搬入される。中には＜ジム・クゥエル＞が一機あった。本来なら十分な補給と言えるが、あの相手を見た後では何の喜びも感じられない。
誰しもが一番喜んだのはガンダムｍｋ－ⅢのＦＡ用の増加装甲と武装だ。搬入されるなり、モーラの指示ですぐに装着が始まる。相手がいつ現れるか分からない状況で、余裕などはなかった。
戦闘がないと特にすることがないコウは格納庫で作業を見学していた。少しでもガンダムｍｋ－Ⅲを自分の物にしようと、必死なのだ。生半可な覚悟や機体で勝てる相手ではないのだから。
しばらく見学していると、額を輝かせたモーラが近づいてきて、明るく声を投げかけた。
「おや、随分近くにいたもんだね。ウラキ中尉、今あんたを探しにいこうとしたところだよ」
「僕をですか？ 何かガンダムｍｋ－Ⅲのことでありましたか？」
コウが真剣な顔で聞き返してくるので、モーラは少し笑い声を漏らしながら、自分の大柄な体の後ろに隠したプレゼントをコウの前に突き出した。
「ほら、恋人同士なんだから、恥ずかしがってないで、ニナ」
そう言われて、ニナが頬を薄赤く染めながら恥ずかしげに顔を覗かせた。
「ひ、久しぶりね、コウ」
「ニナ？」
コウは突然の再会に喜びよりも驚きが先に言葉に表れた。きょとんとした表情で、コウはニナを見つめている。
ニナは恥ずかしそうにしたまま、モーラの後ろから出ようとしない。これでも二人は立派な大人で、ちゃんとした恋人同士なのだ。
「ニナ、ニナなのか。良かった、会えてよかった！」
やっと嬉しさが驚きを押しのけて、コウはぱっと明るくなりモーラの後ろに回り込んでニナを抱きしめた。
それでニナも吹っ切れたのか、嬉しげにコウの名前を連呼する。他の整備士たちは横目でその様子を羨ましげに、恨めしげに見るが、モーラが一瞥を与えると逃げていく。
「でもどうしてニナがここに？」
一通り久しぶりの再会を喜び合うと、コウが当然の疑問を投げかけた。
ニナも落ち着きを取り戻し、人前で抱き合ったことを恥じるように紅くなりながら答える。
「ガンダムｍｋ－Ⅲの開発に私も関わっているの。それで、フルアーマーパーツについての説明と、実際にその効果を見るために来たの。まさか、戦闘に遭ってるだなんて、思わなかったけど。あなたが無事でよかったわ」
ニナの喜んでいる様子を見て、コウは少し心が痛んだ。
「ありがとう、ニナ。でも、僕はまたコイツで戦わないといけないんだ。今度の相手は凄腕で、油断したら負けるかもしれない。でも、ニナが居てくれれば、負ける気がしないよ」
照れくさそうにコウが言った。近くで聞いていたモーラの方が恥ずかしくなって、モーラは恋人たちを残して作業に戻っていった。
「あんまり無茶しないでね、コウ。あなたのために、私、頑張る。あなたは休んでいて」
ニナは人目を気にしながら、さっとコウの頬に口付けすると、モーラの後を追っていった。
「ニナ……」
「うらやましいねえ、ウラキィ」
不意に恐ろしい声がして振り返ると、そこにはモンシアとキースが立っていた。いつごろからいたのか、コウは恥ずかしくなって頬を真っ赤にした。
モンシアもキースも元気を取り戻したようで、モンシアはコウの首に腕を回し、首をしめ、キースはそれを見て笑った。
彼らは程よく緊張を解し、それぞれ決意を秘めて互いの顔を見合う。
「死ぬなよ、ウラキ、キース」
「大尉も、ご無事でいてください」
「そうですよ。大尉がいなくなると静かでつまらないですからね」
「なんだとぉ！」
キースの冗談にモンシアは首絞めでお返しをした。やられる側だったコウは、やられているキースを見てやはり笑った。
三人はしばし、作業で集中している整備士たちを無視して笑っていた――結局モーラに怒鳴られて逃げたことを誰もが知り、心内で笑っていることを、彼らだけは知らない。
――８――
アクシズからの補給艦と合流した＜サイネリア＞は手際よく補給物資を受けた。そのあまりにも少ない物資に、ディアは思わず口を開きっぱなしにする。
格納庫で積み込み作業を眺めていたディアは憤慨の様子で指示を出している男に詰め寄る。
「本当に物資はこれだけなんですか？」
補給艦の艦長でもある男は、無表情のまま突き放す。
「そうだ」
「そんな馬鹿な話があってたまるかっ。私たちは命をかけて、無謀な任務をしているのですよ？ 補給をまともに受けるのは当然だと思いますが？」
熱くなって喋るディアの方に男は向き直り、冷めた眼で一瞥する。
「俺らは命令を聞いて補給を持ってきただけだ。その内容について俺らに文句を言うのはお門違いだろ。文句は上に言え」
それだけ言うと男はディアから離れて部下たちを集め、そのまま撤収していった。運び込まれた物資は僅かな生活用品と、未完成と言われているロングレンジ・ビームライフル一つ、ジャンクに等しいＭＳ用のパーツだった。
ディアとて期待をしていたわけではない。ある程度量が少ないこと、質が悪いことは覚悟していた。それにしても酷すぎる内容のために、怒りを抑えることが出来ないでいたのだ。
なにせつい少し前にジオンの宿敵とも言えるガンダムｍｋ－Ⅲと戦ったばかりで、またそいつと戦おうとしているのだ。これだけの補給では心もとなすぎる。
「補給が受けられただけでも、よしとしましょう。アディング大佐は、やれるだけのことをやってくれているわ」
怒りが収まらない様子のディアの肩をカーラが優しく叩いた。
「しかし隊長、これでは」
カーラは首を振ってディアの言葉を止めた。それ以上は言わなくても分かっていることなのだ。
上官のカーラが了承した以上、ディアは何も言えなくなった。そもそも文句をぶつける相手がいない。
「あなたはブリッジに戻りなさい。私は例の未完成品を見てくるわ」
どこか華のない微笑みを見せて、カーラは整備士たちが群がるロングレンジ・ビームライフルの方へ歩いていく。
ディアはカーラの覇気のない、いや覇気を押さえつけている背中を見送って、渋々ブリッジに戻る。
「この武器は使えそう？」
カーラは未完成品を見ながら近くの整備士に声をかけた。整備士は数秒唸ったあと、率直な感想を述べる。
「使えるには使えます。威力、射程は問題ありません。ただ、未完成だけあって連発は出来ませんし、エネルギーチャージにも時間がかかります。最大の欠点は、効率が悪いために、戦艦に直接接続しないと撃てないことです。これでは、ＭＳ用の武装である意味がありません」
予想以上に使い勝手の悪い補給品に、カーラも溜め息をつかずにはいられなかったようだ。弱弱しい吐息が静かに吐かれる。
「まあ、仕方がないわね。それでも無いよりはマシでしょう。使えるように整備、よろしくね」
「出来る限りのことはしますよ」
整備士に向けて言ってからカーラはカリウスを捜し歩いた。普段彼が何をしているのか、カーラは全く知らなかったが、見当はついた。
今まで誰も使うことのなかったシミュレータールーム、そこにカリウスがいる。そう思って歩いていると、案の定シミュレータールームから出てくるカリウスに会った。
「やはりここに居たのね、大尉。こんな時も訓練を欠かさないのは、さすがね」
思いもよらない褒め言葉にカリウスは少しばかり驚いたようだが、表情にはほとんどそれを出さない。
「こんな時だから、かもしれません。何かをしていないと考えてしまうのです」
彼にしては珍しく苦笑を浮かべた。その気持ちが分からなくもないカーラも苦笑いを浮かべる。
「とこで、私に何か用でしょうか？」
「ええ、少し話したいことがあってね。とりあえず、部屋に入りましょう」
そう言ってカーラはシミュレータールームを指差した。カリウスは頷き、先に部屋に入る。
部屋の中には擬似コックピットが一つと、色々な計器が置かれている。元々なかった装置だが、新型ＭＳを扱うということで急ごしらえで造られた部屋だ。
カーラは扉の傍の壁に背を預け、どこかやりきれない表情を浮かべて、話し始める。
「例の敵艦に追いつくことが出来たら、当然戦闘になる。そうしたら、ガンダムともまた戦うことになる」
カリウスは壁に背を当てることなく、直立不動の構えだ。ここに彼の生真面目さが出ている。
「怒られるかもしれないけど、私はやはり奴に拘るわ。そして、私が奴を倒す。あなたと少尉には他のＭＳを任せるわ。それは、分かっているでしょう？」
「もちろんです」
「それで、私とガンダムが戦闘に入ったら、あなたは少尉と共に帰還して、そのままアクシズに戻るのよ。ディア中尉に言ったら反対されるから、あなただけに言うの。分かってくれるかしら」
自嘲するような笑みだった。カーラには似つかわしくない、悲しい笑みだ。
カリウスはじっと黙ってカーラの顔を見つめた。その表情には変化なく、ただひたすら見つめている。
「分かりました。少佐の言う通りにします。ただ、私の願い事も一つ聞いてもらいます」
「何？」
一呼吸間を置き、瞳に力強い光を込めながら、カリウスが強く言い放つ。
「生きて戻ってください。少佐が死のうとしていて、私たちを巻き込みたくないがために退けというのなら、その命令は聞けません。少佐が戻ると約束してくださるのなら、命令を聞きます」
普段、感情的なことを顔にも口にもしないカリウスだったが、今は他のクルーを代弁するように感情を剥き出しにしていた。
表情が変わったわけでもない。口調もいつもより力を込めているくらいのことだ。それでも彼の全身から譲れない感情が剥き出しになっている。
「もちろん、死ぬつもりはないわ。私にもやりたいことがあるし、恋もしないとね」
冗談を言って今度は明るく笑ってみせる。
それがどう思われたのか、カーラには分からなかったが、カリウスはたっぷり十秒ほど間を置いて頷いた。
「それじゃぁ、よろしくね、大尉」
友達に別れを告げるように軽く手を振ってカーラは部屋から出て行く。
カリウスはしばらくその場に留まり、棒のように立ち続けた。
――９――
＜サイネリア＞の普段は全く使われていない士官控え室で珍しく作戦会議が開かれていた。
中央に長方形のテーブルが一つ、その両脇に椅子が二つずつと両端に一つずつ。カーラは上座に座っていて、残りの席にカリウスとネスバーグが座っている。
「この隊初めての作戦会議を始める。会議といっても、もうやることは決まっているけどね」
「どんな作戦なんですか？ 置き去りとかいうなら、聞きませんぜ」
「そんなことはしないわよ。今度の作戦は言うだけなら簡単なもの。まず大尉と少尉が先行して囮になり、各ＭＳをひきつける。その間に私がロングレンジ・ビームライフルで敵艦を狙撃、退けなくなったところを、各個撃破。出来る？」
カーラの言う通り言うだけなら簡単な作戦である。だが実行するとなると極めて難しい。囮になる機体が二機なのに対し、相手は恐らく倍以上。下手をすれば死ぬ可能性もある、いや、死ぬ可能性のほうが高いだろう。
そんな危険な作戦を聞いて、ネスバーグは笑い飛ばした。
「なんです、そんなことですか。余裕ですぜ、姉御。囮どころか、そのまま撃破してやりますよ」
「無茶は禁物だぞ、少尉」
逸るネスバーグをいつも通りカリウスが忠告するが、ネスバーグは尚下品に笑っている。
「例のガンダムが出てきた場合は……出来れば、退いて欲しい。けど、無理よね。あなただって、仇を取りたいんですから」
笑い続けるネスバーグを止めたのは、カーラが続けていった言葉だった。
ガンダム、この言葉は彼女らにとって憎悪が向かう場所だ。
「分かっていますぜ、姉御。悔しいこったが、俺じゃぁあの野郎を倒すことは出来ねえ。仇を取れるのは、姉御だけですぜ。だから、姉御に任せやす」
意外と素直な反応にカーラは少し驚かされた。それよりもカリウスが驚いているようで、思わずネスバーグの顔を窺う。
「そう、それならいいわ。作戦のことで一つ言い忘れていたけど、ライフルは最大で三発限り。しかも一回撃つごとにチャージが必要で、十秒もかかるの。まともに撃てるのは恐らく一発。それで戦艦を落とせなければ、苦しい戦いになる」
「俺ぁ姉御の腕を信じていますぜ。失敗しても、実力でぶっつぶせばいい。俺ぁ、そのほうが好きですがね」
アーバンの死を怒り、荒れ狂っていた彼とは思えない穏やかさだった。冗談を言う余裕もある。
それが悪い方向にいかなければいいが。カリウスは胸のうちで心配せずにはいられなかった。
カーラは硬くなっていた表情を崩して、少し笑うようにして元気に言った。
「それじゃぁ、会議は終わり。各自コックピットで待機」
「了解っ。連邦のクソ野郎どもを、ぶちのめしてやりましょうぜ」
「了解。私も、ノット少尉のために戦いましょう」
三人は傍から見れば奇妙な組み合わせだが、他人には分かりえない絆で繋がっている。その証に、意味もなく笑いあっていた。
カーラはすぐにヘアレスのところに向かわず、自室に戻った。歌を作る時だけ使う机の引き出しに手をかけ、ゆっくりと開ける。
中にはＣＤが一枚だけ、寂しく置かれている。それを掴むと、しばらく眺めてから胸の中にしまった。引き出しを閉め、今度こそ格納庫に向かう。
足早に格納庫に入ると、誰というわけでもなく作業していた整備士を捕まえて、部屋から持ってきたＣＤを渡す。
「これ、私が出撃したら戻ってくる前に、ディア中尉に渡しておいてくれないかしら？」
突然の頼みごとに整備士は呆然とカーラの申し訳なさそうな顔を見ていた。
やっとのころで我を取り戻した整備士は、意味が分からないままＣＤを受け取る。
「別に構いませんが、ご自身で渡したほうがいいのでは？」
「恥ずかしいのよ、直接渡すの。頼んだわよ」
整備士の質問を突っぱねてカーラは次の質問から逃れるようにヘアレスに向かっていった。
ＣＤを受け取った整備士は訳が分からないようだが、難しい頼みごとでもないので気にせず作業に戻る。
無事にＣＤを託したカーラはヘアレスのコックピットに潜り込み、各種計器のチェックを始める。いつものように、歌を口ずさんではいない。
一通り終えて、機体のチェックをする。オールグリーン、どこにも異常はない。安心して出撃できるというものだ。
それからカーラはただ目を瞑って出撃の時を待った。歌うことも、誰かに話しかけることもしない。ただ、ひたすら沈黙を守る。
二十分ほどが過ぎた頃、ブリッジから通信が入った。いつものようにディアの顔が映っている。本来ならオペレーターの仕事なのだが、クルーは皆、ディアの気持ちを知っている。気を利かせてカーラの担当はディアに任せているのだ。
『隊長、敵艦を捕捉しました。艦の種類はミノフスキー粒子が濃いので分かりませんが、恐らく例の敵艦でしょう。こちらに向かってきてるようです』
「やはり、戦いに来たわね。なら、作戦開始よ。＜サイネリア＞はここで待機、カリウス大尉とネスバーグ少尉は出撃」
カーラの指示をディアの横で聞いていたオペレーターが二人に伝える。間もなく、二機がカタパルトによって射出された。
「私も出る。ロングレンジ・ビームライフルはどう？」
機体越しに放たれたカーラの声に、整備班長が応えた。
「艦との接続は出来ています。いつでもどうぞ」
「それじゃぁ、行きましょうか」
壁に吊るされているロングレンジ・ビームライフルを手にすると、カーラはヘアレスをカタパルトに乗せた。
後はカーラが声をかければ、ヘアレスは宇宙へと解き放たれる。だがその前に、ディアの声がカーラの耳に届いた。
『……隊長』
どこか懐かしささえ感じる弱気な声。アーバンの死を機にディアは成長した、そうカーラは思っていた。
事実ディアは成長したのだ。弱気な様子を見せないように強気に、副官らしく振舞っていた。
だが今は昔の、というよりは本来のディアが出ている。
「どうしたの、中尉？」
『生きて戻ってきてください。隊長の歌、楽しみにしています』
ディアが出来る限りの笑みを浮かべた。ぎこちなさがあるが、十分な笑顔だ。
カーラも明るい笑顔でディアの言葉に応える。
「もちろんよ。楽しみにしててね」
ディアはカーラのはっきりとした言葉を聞いて安心し、満足げに頷いた。
「待っています。隊長、出撃どうぞ！」
「カーラ・アディリス……ガーベラ・ヘアレス、出る！」
真紅の花が常闇の世界に明るさを与えた。
ヘアレスが出撃した頃、既に二機のガザＣは敵機と交戦していた。＜サイネリア＞が捉えた艦影は一つだったが、実際には二隻いた。カリウスはそれを艦に伝えようと試みたが、ミノフスキー粒子がやたらと濃く、通信が繋がらない。
敵機はジム・クゥエルが三機、うちに二機はやけに動きがよく、自分たちと互角に戦った相手だと二人はすぐに気づいた。他にはジムⅡが四機、敵機の数は彼らの倍以上あった。
それでも彼らは立派に囮の役目を果たしている。反撃は控えめに、ＭＡ形態で敵機の間を飛び回って注意を惹かせている。厄介なのは例の二機だけで、この二機に注意すれば被弾するような相手ではなかった。
彼らが立派な活躍をしている後方で、カーラは準備を終えていた。ロングレンジ・ビームライフルにエネルギーをチャージし終え、右脇でライフルを挟み、左手で銃身を支える。引き金には、右の指が今かと待ち構えている。
狭苦しいコックピットの中で、カーラは一つ息を吐いた。全神経を遠くに見える敵艦に集中させて、機会を待つ。
ガザＣとジム・クゥエル、ジムⅡが射線上で交戦しているので、中々引き金を引くチャンスが巡ってこないが、カーラは決して焦らない。
待って待って、二分か三分が過ぎた。決して長い時間ではないが、カーラには永遠にチャンスが来ないのかと思われるほど長く感じられた。
それでも神は彼女を見放さなかった。一瞬、射線上から機影が消える。その瞬間を逃さず、引き金を引く。
長い銃身から一筋に光が放たれる。遮る物は何一つなく、確実に、サラミス級の艦体を貫いた。艦体が中央から爆発し、大量のデブリを生み出す。
「やった……いや、違う？」
爆発した艦の後ろから別の艦が姿を現した。そっちが本命であったことに、カーラは遅まきながら気づいた。
「まだ撃てる、チャージ開始」
カーラは素早くロングレンジ・ビームライフルに二発目のためのビームをチャージし始めた。
十秒して、チャージが完了する。その間に敵艦からの攻撃を受けたが、距離があるために当たることはまずないだろう。
幾本もの光が向かってくるのを無視して、再び引き金に指をかける。標準は今度こそ狙いの艦につけている。
しかし再び射線上で戦闘が始まり、撃つ機会がない。敵艦が距離を詰めてきているのが目に見える。このまま待ち続ければ、＜サイネリア＞が危ない。
カーラはさすがに焦りを感じ、ほんの一瞬、機影が消えたことに反応して引き金を引いた。
だが二発目の光は、敵艦に届くことなく、その代わりにジム・クゥエルを撃ちぬき、破壊した。艦を庇ったのか、偶然なのかは問題ではない。艦が無事なことが何より問題であった。
「次が最後、か。大尉、少尉、悪いけどもう少し頑張って」
彼女が最後のチャージを始める寸前、彼女らの宿敵が戦場に姿を見せた。
「護衛艦が……。これ以上はもう、好きにはさせないぞ！」
ＦＡパーツを装備したガンダムｍｋ－Ⅲは見た目にして凄みを増している。分厚い装甲、両肩の増加スラスター、背中に装備している二基のハイパー・ビームキャノン。どれをとっても一級品だ。
彼が出撃した時には既に、ジムⅡ三機、ジム・クゥエル一機が撃破され、護衛艦が＜クフェア＞の盾となって散った。
その原因があの紅いＭＳであることは、考えるまでもない。重みが増したように見えるＦＡガンダムｍｋ－Ⅲは、それを補うためにスラスターやアポジモーターを増設している。そのため、むしろ加速力、機動性は増している。
閃光が放たれた先を見極め、コウはそこへ向けてＦＡガンダムｍｋ－Ⅲを疾駆させる。その速さはヘアレスに匹敵しようというほどのものだ。ガザＣ二機が止めようとするが、ジム・クゥエル二機とジムⅡに阻まれて思うように動けない。
あっと言う間に＜サイネリア＞との距離を縮めたコウは、次が撃たれる前にと半ば焦ってハイパー・ビームキャノンを撃った。
目の前にガンダムが迫ってくるのを見て、カーラはこれ以上留まるのは危険と感じた。＜サイネリア＞を巻き込むわけにはいかない、そういう思いが彼女を動かす。
チャージが完了すると同時にロングレンジ・ビームライフルを撃つ。眩く輝く死の光は直撃こそしなかったが、ＦＡガンダムｍｋ－Ⅲの体勢を崩した。それと同時に反撃のビームがヘアレスに迫る。
瞬時にロングレンジ・ビームライフルを捨てると、上昇してからＦＡガンダムｍｋ－Ⅲに向かって突進する。
ＦＡガンダムｍｋ－Ⅲから放たれたビームはロングレンジ・ビームライフルを破壊するだけに終わり、それを見届けることなくコウは機体をヘアレスへと向ける。敵艦は眼中になかった。
ヘアレスは腰の裏側に取り付けておいたビームマシンガンを右手で掴み、自分の真下に向けて放つ。そこには後を追ってきたＦＡガンダムｍｋ－Ⅲの姿が見えた。
出来るだけ＜サイネリア＞から離れるようにカーラはヘアレスを走らせる。もちろん、攻撃を行いながらだが、小刻みに発射される光の弾丸は素早いガンダムの動きを捉えきれない。
攻撃を当てられないのはコウも同じだった。ハイパー・ビームキャノンは威力こそ高いが、連射が出来ないという欠点があった。大きい二発を撃つだけでは、ガンダムの上を行くヘアレスの動きを捕まえることは無理だろう。
そこでコウは手にしたビームライフルで攻撃をしかけた。ビームライフルのほうがまだ連続で攻撃できるが、それでもやはり捉えきれない。
お互いはお互いの戦艦から離れるように移動しながら銃火を交える。どちらの射撃も正確で、並のＭＳ、並の腕前なら直撃は免れないだろう。
その二機の間に、一機のジム・クゥエルが割り込んできた。追いついたわけではない、気づいたら近くにいたのだ。
「てめえ、散々仲間をやってくれたなぁ！」
モンシアは叫び声とともにジム・ライフルを弾切れになるまで連射した。一発、一発、また一発。放たれた弾丸はヘアレスにかすり傷すらつけられない。
「邪魔よ」
カーラはＦＡガンダムｍｋ－Ⅲに向けていた銃口をジム・クゥエルに向ける。正確に、コックピットに標準が合う。
「大尉、下がって！」
モンシアが死を覚悟した時、コウがＦＡガンダムｍｋ－Ⅲの巨躯を二機の間に割り込ませた。そこから避けれるようなものでもなく、何発かビームの弾丸を体に受ける。
カーラはそんな形でガンダムとの決着はつけたくなかった。突然のこととはいえ、ガンダムを討ったことにカーラは喜べずにいた。
そもそもまだガンダムｍｋ－Ⅲはやられていなかった。瞬時にＦＡパーツをパージすることでそれを盾にし、ビームの弾丸を防ぐ。ヘアレスが勘違いしている間に、ガンダムｍｋ－Ⅲは上昇し、ジム・クゥエルは撤退していく。
「大尉たちは下がって、こいつとの決着は僕がつけます！」
「わ、わりぃな、ウラキ」
圧倒的な差にモンシアは自信を失いつつ、キースを連れて後方に退く。ジムⅡは、撃破されてしまった。
二機のジム・クゥエルが撤退していくのを見て、カリウスもネスバーグを連れて撤退を開始する。
ネスバーグが無視するかと思っていたカリウスだが、ネスバーグは黙ってカリウスに従い、＜サイネリア＞へと戻っていく。
戦場にただ二機、残されたヘアレスとガンダムｍｋ－Ⅲは最後の一騎打ちに入る。
ヘアレスは弾切れになったビームマシンガンを投げ捨て、ビームサーベルを抜くと限界を超える速さで迫る。
それをガンダムｍｋ－Ⅲは迎え撃った。残された右手のビームライフルでヘアレスを撃つ。一直線に向かってきているだけのヘアレスでも当てるのは容易ではないが、コウの腕前とガンダムの性能のかいあって、初めてまともに攻撃を喰らわせた。
ガンダムｍｋ－Ⅲのビームを受けてヘアレスの左肩がブースターごと吹っ飛ぶ。体勢が一瞬崩れるが、カーラは気にせず突き進み、斬りあいの距離に達した。
さすがに近距離過ぎて撃ちにくいビームライフルを捨て、ガンダムｍｋ－Ⅲもサーベルを抜く。右と左に一本ずつ、二刀流だ。
「ここで沈め、ガンダムッ！」
先に攻撃を仕掛けたのはヘアレスだった。ガンダムｍｋ－Ⅲが二本抜く間に接近し、横に斬りつける。ガンダムｍｋ－Ⅲは上昇することで直撃こそ避けたが、右足を切断される。
「みんなの仇だ！」
足が一つ失ったくらいでは、宇宙空間での戦闘に支障はない。すかさず急降下して右手のサーベルを振り下ろす。
カーラは一本目の斬撃を後退することで凌ぎ、二本目の斬撃を受け止める。すぐに先ほど避けた一本目が胴を狙ってきたが、ガンダムｍｋ－Ⅲの腹を蹴飛ばし、反動をつけて上昇することでやり過ごした。
離れたヘアレスをガンダムｍｋ－Ⅲが追撃する。右に左に薙ぎ払い、振り下ろし、斬り上げ、幾度となく光の刃を交えあう。
お互い決定的な一撃を決められないまま壮絶な斬り合いを続けた。ヘアレスもガンダムｍｋ－Ⅲも、所々切っ先を受けて傷を受けている。各部モーターも限界に近づいていた。
早々に決着をつけねば、帰還が危うくなる。両者とも生き残ることを考えていた。次の一撃で決めると、決意を固める。
先に動いたのはヘアレスだった。一度距離を置き、加速をつけて突っ込む。左手の機関砲を無造作に放ち、牽制する。迎え撃つガンダムｍｋ－Ⅲは多少の被弾は気にせず、ビームサーベルを両手にヘアレスに向かう。
機関砲を撃ち尽すとヘアレスは左手でもサーベルを抜いた。
「シーマ様の、みんなの仇を取らせてもらう！」
「うぉぉぉぉぉ！」
ヘアレスはガンダムｍｋ－Ⅲの目前で急上昇、急降下を素早く行い左のサーベルを振り下ろす。限界に来ていたガンダムｍｋ－Ⅲがコウの反応についていけず、右肘を失ったが、同時に左の光刃を放ち、ヘアレスの右肩を断ち切った。
一瞬の間を置いて、両者は同時に残ったビームサーベルを振るった。
ヘアレスの復讐の刃は、ガンダムｍｋ－Ⅲのコックピットの僅か上を薙ぐ。
ガンダムｍｋ－Ⅲの怒りの刃は、一直線に腹の中心を貫く。
二機はほんの五秒だけ静止した。今までの激しい戦闘が嘘のように、宇宙が静まった。
六秒すると二機の動力炉が雄たけびを上げるように爆発し、真紅と灰色の残骸が瞬く間に闇に広がっていく。
爆発する前、静止した五秒の間にガンダムｍｋ－Ⅲから脱出ポッドが射出され、爆風に乗って＜クフェア＞の方に流される。
ヘアレスからは、何も出なかった。爆発し、奇跡的に残った胴体部分は爆発の勢いに押されて彼方へと飛ばされた。
二機の壮絶なる戦いは、幕を降ろしたのだ。
――１０――
「ウラキィ！」
「コウッ！」
爆発と当時にモンシアとキースは叫び、そちらの方へ飛んでいく。小さくだが、脱出ポッドが流れてくるのをキースが見つけて、素早く捕獲した。
「コウ、コウッ」
涙目、涙声で脱出ポッドに呼びかける。数十秒の沈黙が二人を不安にさせた。
『キースに、モンシア大尉……。自分は、無事です』
弱弱しいが確かなコウの声にキースは涙し、モンシアも柄でもなく涙目になった。
「へっ、しぶとい奴だぜ。さあ、さっさと戻るぞ、キース、ウラキ」
『了解、です』
「了解ッ！」
脱出ポッドを抱えたキース機とモンシア機は急ぎ足で＜クフェア＞に戻り、二機を回収すると＜クフェア＞はすぐに今居る宙域から脱出した。
「そんな……隊長が……」
＜サイネリア＞のブリッジで一部始終を見届けたディアは、爆発と同時に崩れ落ちた。時を同じくして帰還していたカリウスとネスバーグがブリッジに入ってくる。
カリウスも、ネスバーグも黙ってモニター越しの爆発を見つめた。ネスバーグは静かに音もなく怒りを拳に込め、全身を振るわせる。
うっうっ、と躊躇いもなく涙を流すディアを、クルーたちは見ることが出来ない。他のクルーももちろんカーラのことを好んでいて、その死は何よりも辛い。だが、この艦で一番辛いのは、ディアであろう。そう思うと、ディアを見られない者がほとんどだ。
やっと立ち上がったディアは、二人のパイロットを睨みつける。
「なんで逃げ帰ってきたんだ。どうして、隊長の手助けにいかなかったんだ！」
吼えるような叫びに、ネスバーグが静かに貯めていた怒りを爆発させる。
「お前だったら、助けに行っていたのか？ 姉御の気持ちを無視して、助けに行けたのかよ！」
「三人で戦えば、隊長は死なずに済んだはずだ！」
「パイロットでもないお前に、何が分かるんだ、この野郎！」
やり場のない怒りのままにディアを殴ろうとするネスバーグを止めて、カリウスが叫んだ。
「やめろ、二人とも。とにかく、進路をアクシズに取るんだ。これは、カーラ少佐の命令だ」
目で操舵士に合図を送ると、＜サイネリア＞は反転してアクシズへの進路を取った。
「アクシズが何をしてくれるんですか、大尉？ アクシズは我々を見捨てた。だから、隊長だって、アーバンさんだって……」
「そうだぜ、アクシズに帰ることなんかねえ」
数十秒前まで言い争っていた二人は同じ意見を違う調子で吐き捨てた。
それをカリウスが一蹴する。
「確かな補給があろうと、僚艦がいようと、結果が変わるかは分からない。それは逆恨みだ、中尉、少尉。カーラ少佐はご自分のなさりたいようになさって、満足しているはずだ。ここで我々が言い争うことを、少佐が望むと思うのか？」
カリウスの正論に二人は黙るしかなかった。ネスバーグはくそっと床を蹴りつけ、ブリッジから飛び出す。
ディアも今回ばかりは冷静さを保てなかった。無言のままカリウスを睨み、ブリッジを出て行く。
「少佐。貴方はこれで本当に……」
カリウスはそれ以上何も言わず、ディアの代わりにブリッジに留まり指揮を執った。
ブリッジから飛び出してきたディアはとりあえず自分の部屋に向かっていた。
途中すれ違うクルーは誰も、沈痛な面持ちだ。誰も彼も、気持ちはディアと同じである。
自分の部屋に着いた時、扉の前で整備士らしく男が立っていた。手にはＣＤケースを持っている。
「僕に何か用？」
やけに刺々しく整備士に言葉をぶつける。
「これ、少佐が中尉に渡して欲しい、と」
整備士は居た堪れない気持ちの様子でＣＤケースをディアに渡すと、逃げるように去っていった。
ディアは訳も分からずＣＤケースを手にしたまま部屋に入り、とにかくＣＤを聴こうとプレイヤーにＣＤを入れる。
再生ボタンを押すと、恥ずかしげなカーラの声が流れてきた。
えっと、ね。歌のことなんだけど、まだ完成していなくて、生で聴かせるのは恥ずかしいから録音したので我慢して欲しいの。
ちゃんと最後まで完成したら、生で聴かせてあげるから。ごめんね、中尉。
曲名は【ガーベラ】。途中までだけだけど、後で感想聴かせてね。
それじゃぁ、聴いて、ください。録音でもやっぱり、恥ずかしいわね、ふふふ。
夕暮れの赤い色に染まった 花びらを散らすガーベラ
紅いルージュで塗り上げた 私のこの唇を思わせる
安らぎを求めて ただ 生き残りつづけた
私というガーベラの花が 色褪せてしまわないようにと
………………
………………
………………
この日からアクシズへ着くまでの間、ディアの自室から彼の泣き声と、カーラの【ガーベラ】が途切れることはなかった。
大きな戦争の裏側で起きた、小さくも悲しい【復讐劇】は、男の鳴き声と儚い歌で終幕を迎えた。
――ＥＮＤ――
あとがき
種を放置して他の小説を書かざるを得ない、陸です。
この小説は私が二年前に書いたものを書き直したものです。内容に自信がありません（苦笑）
設定もいい加減なところが少なからずありますし、自分でも微妙な位置にある小説です。
投稿するか悩んだんですが、少しでも感想を貰って向上したい、と思いまして、投稿しました。
どんな評価が下されるか心配しながら感想、お待ちしております。
では、次こそ種の小説で合いましょう。
代理人の感想
ああ、なるほど。
どうりで文体その他が違うな、とか誤字や係り受けの変なところが妙に多いなと（笑）。
で、内容のほうですが・・・まぁ「ガンダム」だなと（笑）。
冨野の重力に引かれたままでは、人はいつまでたってもニュータイプになれないぞって感じで（爆）。
冨野さんは凄い人だけど、破滅的な所はやっぱり好きになれないんだよなー。