PHASE−03『友の為に』
ヘリオポリスの目と鼻の先にある衛星に身を隠していたナスカ級高速戦闘艦<ヴェサリウス>に左腕を失ったシグーが帰艦した。誰もがその実力を知るクルーゼ機が負傷したとあって、多くの兵が耳を疑った。
ヴェサリウスのMSデッキには奪取したばかりのGの一機、イージスガンダムとオレンジ色に塗装されたミゲル専用のジン、ノーマルタイプのジン三機が収用されていた。クルーゼはコックピットから出て、イージスを目の端に捉える。先ほど戦闘したガンダムと同程度、もしくはそれ以上の性能があれば大きな戦力になる。仮面に覆われていない唇が僅かに釣りあがった。
クルーゼがブリッジに上がると既にイージスを奪取したパイロットであり、エリートの証である赤服を着ている有望な兵士アスラン・ザラとジンこそ大破されたが貴重な戦闘データを持ち帰ったミゲル・アイマン、他に三人のMSパイロットが待っていた。クルーゼを見るなりそこにいた全ての兵が敬礼し、クルーゼも敬礼で返す。
「クルーゼ隊長。貴重なジンを失ってしまい、申し訳ありません」
ミゲルが頭を下げる。量産型と言ってもMSは貴重な物なのだ。プラントの物資には限りがあり、無駄使いをするわけにはいかない。ジャンクになったMSでさえ回収できるなり回収し、分解して再利用できるものは余す事無く再利用している。そうでなければ物量に勝る連合に勝つことは出来ない。
MSの貴重さはMSパイロットが一番良く知っている。MSを蘇らせたことでザフトは連合に有利であるのだ。失うことは、すなわち不利に傾いていくということになる。
「気にすることはない。アレの性能は誰も知らなかったのだからな。むしろ貴重な戦闘データを持って帰って来たのだ、お手柄と言ってもいい」
クルーゼは笑って見せ、ミゲルを慰める。実際クルーゼですら左腕を奪われたのだ。幾ら通り名を持つほどのミゲルと言えど、初戦では勝つのも難しい。さらに言えばガンダムにはPS装甲があり、戦闘時の装備では傷をつけることすらできなかったのだ。
ミゲルはありがとうございます、と敬礼をして一歩下がる。クルーゼは頷いてパイロット全員と艦長であるアデスを呼び寄せる。
「最後の一機だが、奪取できない以上あの性能は脅威だ。このまま放っておくわけにはいかない、ここで撃破する。ミゲル、三人を連れて行け」
「了解。次こそ撃破してみせます」
ミゲルと三人のパイロットは敬礼し、ブリッジを後にする。その間にクルーゼはガモフに再度出撃することを打電する。
「……アデス艦長、私も出撃させて下さい」
普段なら命令に忠実に違うアスランの意見にアデスは目を丸める。アデスが返答する前にクルーゼがテーブル型のディスプレイを見ながら諌める。
「アスラン、君はもうガンダム奪取という重要任務を成功させた。休みたまえ」
「ですが……行かせてください」
アスランが今までにないくらい強く言い張ることにクルーゼは何かを感じた。今度はクルーゼが口を開く前にアデスが答える。
「ラスティのことならお前の気持ち分からないことはない。だがミゲルたちの悔しさも考えてやれ」
アデスの手がアスランの肩に置かれる。アスランは口を開きかけるがこれ以上艦長や隊長であるクルーゼに異を唱えるわけにもいかず、一歩下がって敬礼をすると大人しく自室に戻った。
その間にミゲルらを乗せた四機のジンが出撃した。すぐ隣に停泊しているガモフからも三機のジンが出撃し、合流して一同は崩壊寸前のヘリオポリスに向かった。
自室に戻ったアスランはベッドに仰向けに倒れ、荷物が置かれている隣のベッドに目をやった。そこは今ごろ任務成功の喜びを分かち合っていたはずの友であり仲間であるラスティのベッドであった。彼はもうこの世にはいない、これからもいない。アスランは天井を見上げ、助けられなかった自分を悔やむ。ジンが出撃したのか船体が上下に揺れ、体がそのまま宙に浮く。しばらく考えを巡らせた後、アスランはMSデッキに走った。
数分後、奪取したばかりのGを出すとは知らせれていなかった整備員たちを驚かせた後にイージスはアスランを乗せて許可なく出撃した。
「……イージスが出撃しました!」
「なんだと!? 戻るように伝えろ!」
通信兵が驚きをのせたながら声をあげると、すぐさまアデスの怒号が帰って来た。通信兵はびくっとしながらもその旨を伝えようとするが、クルーゼが止める。
「構わん、行かせてやれ」
「しかし……」
アデスはアスランの心配よりも機体の心配をしていた。アスランが沈められるとは思っていないが、奪取したばかりの機体が損傷されては困る。これからどうするかまだ決めていないのだ。
「データはもう吸い上げてある。万が一撃破されても問題はないさ。それに……」
唇を三日月状に歪める。仮面のせいで表情全てを察することができなくとも、それなりの付き合いであるアデスにはクルーゼが楽しんでいるということが簡単に分かった。
「連合のMS同士、伝説のガンダム同士の戦いとは面白い見世物ではないか」
そこまで言われたらアデスは引き下がるしかなかった。ヴェサリウスの艦長と言っても作戦行動の権限はほぼ全てクルーゼにあると言っていい。多少口出しするのは言いとしても、決定を覆すことはできない。
クルーゼの考えでアスランは引き戻されることなく戦うことができた。それがアスランにとって幸か不幸か、それは本人しか分からないことだろう。
MSデッキに向かいながらマークはニキに尋ねた。
「ニキ、あの艦長代理どう思う?」
脈絡もなく疑問を投げかけられたニキは表情一つ変えることなく冷静に答えた。
「不安ですね。階級は上だとしても、バジルール少尉のほうが向いているでしょう」
「俺もそう思う。ラミアス大尉はプロポーションは抜群だが、戦闘できそうには見えないな」
マリューの耳に入れば上官に対する侮辱と見なされ、罰を科されてもおかしくない発言を笑って言ってみせた。ニキは呆れて溜息を吐くことしかできない。本人は冗談のつもりでも、相手がどうとるか分からない。とりようによっては……という発言が目立っていた。
まもなくしてMSデッキに到着し、素早く自分のガンブラスターに向かう。マークは途中で整備班長のコジロー・マードック曹長を見つけて声をかける。
「マードック曹長、ビームライフルのエネルギーはあるのかい?」
整備員というのはMSパイロットと匹敵するほど辛い仕事である。命をかける度合いではMSパイロットに負けるが、労働時間という意味なら圧倒的に上だ。機体が戻る度に細かくチェックし、不都合があれば完璧に直す。損傷があればあるほど、大きければ大きいほど整備員たちの仕事は増え、きつくなる。マードックはストライクのOSを見ていたところで、半ば投げやりに声だけ返した。
「ガンダム用のが残っていたんで、それを流用してみましたよ。多分大丈夫でしょう」
「多分じゃ困るんだがなあ……ま、いいか」
今から死ぬかもしれないという戦いに出るのにマークの声や表情は気楽そのものであった。コックピットに入ってシステムを立ち上げる。全周囲モニターが外の世界を映し出し、出撃準備が整った。ニキのガンブラスターは既にカタパルトに乗っている。
「ニキ・テイラー、ガンブラスター出ます」
出撃の合図をするランプがオールレッドからオールグリーンに移行し、ガンブラスターは勢いよく弾き出された。続いてマークのガンブラスターがカタパルトに両足を固定し、出撃体勢に移る。
「ガンブラスター、マーク・ギルダー出るぜ!」
ニキ機と同様に機体は加速し撃ち出される。二機が出撃したころ遅れてフラガがMSデッキに入ってきてストライクに近寄る。
フラガがストライクに乗り込もうとしているのに気付いてマードックが聞こえるように叫んだ。
「大尉! ストライクは駄目ですぜ。あのぼうずがOS書き換えちまって、とても扱えるようなもんじゃねえですよ」
「なんだって?」
フラガはストライクの装甲を蹴ってマードックの隣に立ち、表示されているOSの内容に目をやった。
「なんだよこりゃ。こんなの普通の人間が扱えるわけがないじゃないか」
OSの中身は初期に設定された頃よりも大分違っていた。確かに性能という意味では遥かに初期のよりも良いのだが、ナチュラルが扱うには難しすぎた。幾らエースパイロットのフラガといってもコーディネイター用のOSを扱うことはできない。
頭の後ろを掻きながら自分の愛機ゼロに目をやる。元々乗艦予定だったのが幸いしてガンバレルの予備はあり、丁度今装備されているところだった。
「ゼロは使えるのか?」
「ガンバレルは予備のがあるので平気でしょう。ただ機体のほうが相当負担あったようで、今すぐには無理ですぜ」
「たくっ、こんな時に……。分かった、ありがとう。ゼロのほう頼んだ」
舌打ちを鳴らしながらフラガはMSデッキを抜け、個室で友達と休んでいるだろうキラの元に向かった。今はキラに、子供に頼るしかない。自分たちの情けなさからフラガは唇を強くかみ締め過ぎ、血を流した。
広いとは言えない個室にキラたち五人は押し込められていた。ベッドが左右に二つずつあるだけの簡素な部屋だが、彼らが文句を言うようなことはない。
キラもトールもサイも、ミリアリアもカズイも不安を隠し切れていない。開けっ放しの扉の脇にはマシンガンを持っている兵士が一人。とても気が休まるような状況ではなかった。
「俺たち……どうなるのかな」
ふとカズイが言った。誰も答えなかった、否、答えられなかった。保護という名目で監視されている自分たちに今後のことなど知りえない。無事コロニーから脱出し、安全なところで降ろされるのか。それとも、この艦と共に宇宙に浮かぶ屑の仲間入りをするのか。
「大丈夫さ、きっと。ラミアスって言う人が言っていたじゃないか。この艦とあのガンダムは軍の最高機密だって。それだけ重要なら援軍とか来るだろうし、敵が奪おうとするくらいだから凄い性能があるんだよ」
サイが力無く慰め様とする。そのどれにも根拠はなく、少しの慰めにもならなかった。彼らが不安を肌で感じていると、それを死という恐怖に繋げる出来事が起きた。
『ジン七機接近! 各員、第一級戦闘配備!』
敵の接近を知らせる艦内放送。扉の脇にた兵士も緊張したのか、左右を見回している。監視をやめて戦うべきか、それとも監視を続けるか、それさえも分からないようだ。
「また戦うんだね……」
ミリアリアがか細く言う。トールは不安で押し潰されそうなミリアリアの手を取って強く握る。笑顔を見せて元気な声を出す。
「大丈夫だって。サイだって言ったじゃないか。きっとこの戦艦は凄い性能で、ザフトなんて蹴散らしちゃうよ!」
空いた左手を振り上げて力強く言い張る。サイとは違って元気がある分、ミリアリアも励まされたようだ。涙を落としそうになりながら、うんと頷く。
友達たちとは別にキラは上のベッドに座り込み、自分がMSを操作していたことを思い出す。迫り来る鋼鉄の剣。降り注ぐ鉄の雨。爆発する灰色の巨体。何よりも強烈に印象が残っているのが、コロニーに大穴を空けた瞬間。自分の引いたトリガーがコロニーに大穴を空け、破壊した。自分の住む、家族の住む、友達の住むコロニーを破壊した。
体育座りをして頭を膝に埋める。友達たちの視線を跳ね返し、自分の行いを暗闇のなかで悔いる。そんな彼にかけられたくない声がかけられた。
「キラ、キラ・ヤマト! ちょっと降りて来い!」
膝から顔を上げて声の方を見ると、友達たちに混ざってパイロットスーツの男がいた。メビウスのカスタム機に乗っていた男だ。
「……なんですか」
嫌々ながらもベッドから降り、対峙する。フラガは弱々しく立っているキラの腕を取って引っ張っていこうとする。
「ガンダムに乗れ。敵が来ているんだ」
「……! 嫌ですよ、離してください! 僕はもう、乗りたくなんかない!」
フラガの手を勢いよく振り払う。目には怒りが映し出されていた。
「何言っていってんだよ。あれにはお前しか乗れないんだ。あれは今大事な戦力なんだよ!」
「だからなんだって言うんですか! 僕にしか乗れないから、僕に戦えって言うんですか! 僕は、僕は民間人なんです! 戦争が嫌で疎開してきた、民間人なんですよ!」
長い付き合いのトールも見たことがないほどの怒りだった。息を荒立たせ、目を引ん剥いて鋭い怒りを、殺気とさえ言えるだろう怒りをフラガに向けている。
フラガも負けじと鋭く睨み、キラの肩を握りしてめて叫ぶ。
「ならここで何もしないで死ぬっていうのか!? 友達と一緒に死ねば満足なのか!?」
「やめてくれよ、キラはもう十分戦ったじゃないか!」
「そ、そうよ! キラを戦わせないで!」
トールとミリアリアが固く手を繋ぎ合わせながら二人の間に割って入って応戦する。サイもカズイも間に入り、人の壁を造ってキラを守る。
友達の必死な攻撃にキラは嬉しさを感じた。自分のことを思ってくれている友達がいる。今の彼にとって支えはそれだけであった。だが、いや、だからこそフラガの「友達と一緒に死ねれば満足か」という言葉が引っ掛かった。
「お前はな、戦えるだけの力があるんだ。今戦っているマークとニキだけじゃいつまでも持たない。もし二人が負けたらこの艦は終わりだ。死ぬだけなんだよ。それでいいのか、お前は!」
「あなたは出ないんですか!?」
サイが目の前にいるパイロットに向かって言った。すると、フラガは耳が劈けるような強烈な声をあげる。
「出れないからここにいるんだよ! ストライクはキラが書き換えたから俺には使えない。ゼロは動けない。俺だってなあ、子供を戦争なんかに巻き込みたくないんだよ! だけど今は、今は仕方がないんだ。キラしかストライクは動かせられない、だから頼んでいるんだ!」
フラガの言葉に子供たちはたじろいだ。その凄まじい気迫もそうだが、自分の代わりに子供を使わなければいけない悔しさが全身から溢れ出ている。彼が本当に子供を戦争に巻き込みたくはない、と思っているのが子供たちには分かった。
友達の壁に守られていたキラがトールとミリアリアを下がらせて前に出た。
「分かりました。ガンダムに乗ります」
「そうか、やってくれるか!」
「だけど僕は人殺しを、戦争するために戦うんじゃありません。友達を……守るためです」
震えながら言うキラを見てトールたちは一斉に「キラ」と口にした。フラガはキラの宇宙の色をしたい瞳を見て、その意志の強さを悟った。
「ああ、それでいい。何も敵を殺せって言っているんじゃない。この艦を、お前の友達を守れって言っているんだからな」
元々明るい性格のフラガは先ほどとは一転して笑顔を見せ、キラをMSデッキに案内すると言って歩き出した。キラは少し躊躇ったものの、フラガの後についていく。
「キラ……死ぬなよ」
サイが言う。もう誰も止め様としなかった。自分たちを守るために戦場に出ると言うキラを、彼らは止めることができなかった。
キラは振り返って一度だけ頷き、戦場へと向かった。
ヘリオポリスは再び戦場と化した。外から堂々と七機のジンが侵入し、それを二機のガンブラスターが迎え撃つ。七機のジンのうち、二機が拠点攻撃用の重爆撃装備を装備していた。左右に二つずつ戦艦の装甲にも穴を開けられる強力なミサイルを装備し、両足には三連装ミサイルポッドがつけられている。二機は二手に分かれ、ガンブラスターに目もくれずアークエンジェルに向かった。
それにいち早く気付いたマークが通信を入れる。
「ニキ、拠点攻撃用の装備をした奴がいる。左右に別れたようだから、俺は右、お前は左でいいな!」
「分かりました。左を討ちます」
マーク、ニキが左右に分けれて重爆撃装備をしたジンを追う。だがそう簡単には行かない。残り五機のジンが三機、二機に分かれてマークとニキの前に立ちはだかった。マークに向かったうちの一機はオレンジカラーの特別機。
「D装備をやらせるか!」
ミゲルが吼えてマーク機を狙ってマシンガンを連射する。銃弾は吸い込まれるようにマーク機に向かうが、実際に吸い込まれることはなかった。マーク機はブースターを吹かして上昇し、ビームライフルを撃つ。ミゲル機がそれを避けている間に残りの二機が挟み込むようにして撃ってくる。
機体に無理をさせながら二機の攻撃を避けつづける。時折反撃に転じるが手数で言っても少なく、そうそう当たってはもらえない。
「さすがに三機相手はきついな」
頬を汗が伝う。戦闘が始まって数分しか立っていないが三機相手にすれば体力の擦り切れも激しい。さらに一機は色違いからエースであると分かり、致命傷でないしろ確実に攻撃を当ててきていた。落とされるのも時間の問題かもしれない、そう思ったマークは無茶な行動に出だ。
ミゲル機ともう一機のジンを無視して、残った一機に突撃した。無論ミゲル機ともう一機はそれを阻止するが、マークは致命傷だけを避ける最小限の動きだけをし、一機に攻撃を絞る。威力が落ちるのを承知でビームライフルのエネルギーを絞り、手数で勝負する。狙いを定められたジンは仲間と連携しようとするが上手い具合に動きを封じられて追い詰められていく。
「このっ、このっ、落ちろっ!」
焦ったパイロットは無駄に乱射してしまい、弾数を空にする。マガジンを取り替える一瞬の隙。それを逃がすほどマークは甘くも弱くもない。
「動きを止めるな!」
ミゲルの忠告も虚しく、マガジン取替えのために一瞬だけ動きを止めたジンは急速接近して来たガンブラスターのビームサーベルによって胴体を真っ二つに斬られ、数秒して爆発した。
「くそっ、やり手のようだ、油断するなよ!」
残った仲間に忠告を出して着実にダメージを蓄積しているガンブラスターに攻撃をしかける。致命傷でないしろ細かいダメージを蓄積したガンブラスターの動きは鈍くなりつつあった。
マークが猛攻を受けるのと同じくしてニキも二機のジンにてこずっていた。D装備のジンに向かおうとすれば間に割り込まれ阻まれる。一機を相手にすれば一機が割って入って決定打を与えさせない。
敵の手強さを悟ったニキも大胆な行動に移った。ガンブラスターの左手に仕込まれた信号弾を二機のジンに向かって撃つ。信号弾は二機の間で弾けて閃光を放った。
「なんだ、くそっ!」
二機のジンは突然の閃光に動きを止める。すかさずニキは反転してD装備のジンの背後を取って攻撃をしかける。重装備のジンの動きは遅く、程なく翼型のスラスターを打ち抜かれて爆発する。が、既に四つのミサイルは手元を離れた後であり、白煙を上げながらアークエンジェルに向かっていく。
「しまった!」
一発、一発とアークエンジェルから放たれるイーゲルシュテルンによって撃ち落されるが一発だけが激しい銃火をくぐり抜けて着弾する。
「う、ぐぅ。被害状況は!?」
艦長シートでマリューが問う。すぐに返答があり、さほどの被害がないことを知る。急ごしらえの通信士や操舵士はよくやっているほうであったが、ナタルの厳しい声がかかる。
「何をしている、迎撃だ! ミサイル発射管一番から七番まで開け……てぇー!」
ナタルの号令を合図にミサイルが次々と発射されアークエンジェルを狙っているジンと、マーク、ニキが相手をしているジンに向かっていく。だがD装備のジンにさえ当たることはなく、コロニーの破壊を進めただけになった。
「これ以上コロニーに被害を与えてはいけないわ!」
「なら大人しく沈められろと!?」
マリューが当たり前のことを言えば、ナタルも当然の反抗をする。コロニーを傷つけてはいけない、だが沈められるわけにもいかない。状況は最悪であった。
数秒の間マリューとナタルがにらみ合っているとMSデッキから通信が入り、艦長シーンの手元のモニターにフラガの顔が映った。
『俺だっ! ストライクを出すから指示を頼む!』
「ストライクを出すのですか!? 一体、誰が乗っているので?」
マリューが反応するよりも早く通信を耳にしたナタルが言う。言った本人も乗っているのが誰かある程度検討はついていたが、訊かずにはいられなかった。
『キラだよ、キラ! 今言い争っている暇はないんだ! 頼むぞ!』
それだけ言って通信が切れる。この状況でストライクを出さないわけにもいかず、マリューはストライクの出撃を許可する。
すぐにストライクに換装パックの一つ<エールストライカー>を装備するように指示が入る。追加のブースターパックが装備され、右手にはビームライフル、左手にはシールドが持たされ、出撃準備が整う。
程なくして少年の声が緊迫したブリッジに入る。
『キラ・ヤマト、ストライク、出ます!』
カタパルトが少年を乗せたエールストライクを戦場へ放り出す。キラは、自らの意志で戦場に出た。もう、戻ることはできないとも知らずに。
マリューやナタルはストライクの出撃を見送ると、すぐに意識を戦闘に戻す。D装備のジンは弾幕の厚さに近づけずにいたが、いつまで持つかは分からない。
「ミサイル発射管八番から十番まで開け、目標は拠点用装備のジンだ! てぇー!」
一機のジンをロックオンし、ミサイルが次々と白煙を上げて向かっていく。
「そこをどけぇぇぇ!」
ミゲルはD装備のジンにミサイルが向かっていくのを確認して援護に入ろうとする。今度は逆にマークがそれを防ごうと前に現れバルカンで牽制しながらビームを放つ。数本の光は機体を捉えることはなくとも、足止めには十分だった。D装備のジンが迫り来るミサイルの大軍を避けきれずに直撃し爆発したのが分かった。
「D装備が全滅したとしても、まだ落とせる!」
ミゲルは手持ちのマシンガンをガンブラスターに投げつけ、動きが止まった隙を突いて横を通り過ぎアークエンジェルに向かう。腰に取り付けた対艦バズーカを右手で取り、アークエンジェルの艦橋に狙いを定める。
「ちくしょう、間に合わねえ!」
マークはミゲル機を撃とうとするが必死に残りのジンが邪魔をする。ニキも二機のジンに挟まれて身動きが取れない。アークエンジェルの弾幕もミゲルの前には意味がなかった。
――沈んだ――
誰もがそう思ったとき、足元から三本の光が伸びてミゲル機を襲う。経験の賜物か、ミゲルは反射的にスラスターを全開にして飛び上がりバズーカをビームの先に向ける。そこにいたのはビームライフルを構えるストライクだった。
「ガンダム、今ごろ出てきて!」
『ミゲル、そいつは俺がやる!』
ミゲルのジンがバズーカを撃とうとすると同時に通信が入った。それは聞き慣れた声、待機しているはずの男の声だ。
「アスラン、なぜここにいる!」
『とにかく、こいつは俺にやらせてくれ、頼む』
突然表れた紅い色のガンダムに誰もが目を奪われた。奪取されたうちの一機、イージスだ。アークエンジェルの状況はさらに悪化する。
「あの機体は……アスラン……!」
キラもまた紅い色の機体に目を奪われた。誰とも違ってその理由は操縦しているパイロットにあった。キラはパイロットがアスランでないことを祈りながら、ビームを連射してジンに接近する。
「悪いがガンダムには借りがある。援護してくれ、アスラン!」
『ミゲル……分かった……』
食い下がりたかったがミゲルの声色からミゲルの本気を感じた。アスランは迫ってくるガンダムとジンの間に入り、腕を振ってビームサーベルを出すと猛然と斬りかかった。ストライクは盾を腕に装着し、左手でビームサーベルを抜いて斬り合う。
ビームとビームがぶつかり閃光が走る。アスランはパイロットの真偽を確かめるために接触回線を開き、ストライクに通信を入れる。本来敵との通信は禁じられており、下手をすれば裏切り行為と取られることもある。
「キラ、キラ・ヤマト!」
『アスラン……アスラン・ザラ……』
二人の嘘であって欲しい気持ちとは裏腹に互いに敵が親友であることを知る。言葉を交わす前にミゲルのジンがストライクの頭上に回りバズーカを撃ち込む。PS装甲とはいえ衝撃までかき消すことは出来ない。何発も対艦用のバズーカを受ければ中のキラが無事ではないだろう。
ストライクはイージスを蹴り飛ばして後退し、バズーカを避ける。キラはアークエンジェルの近くで戦ってはまずいと思って全力で離れる。ミゲルは頭に血が上っているのか、そのままアークエンジェルを狙えばいいものをストライクを追跡し、手当たりしだいにバズーカを撃つ。キラは戦闘のプロではないにしろ、機体の性能と書き換えたOSに助けられた次々と弾丸を回避する。だが回避された弾丸はコロニーのシャフトにあたり、また一つシャフトが破壊された。もう完全にヘリオポリスは崩壊する。
「くそっ、コロニーが……!」
ビームライフルを果敢に狙い撃つが経験から言っても腕のほうはミゲルが上。幾ら機体とOSに助けられてもミゲルほどの熟練者には掠りもしない。さらにイージスが常に背後を取るように移動してキラの気をミゲルに集中させない。
マークもニキもキラの手助けに行きたかったがジンの相手で手一杯だった。ジンとガンブラスターでは性能に差がありすぎ、MS戦の経験で言ってもザフトのほうが上だ。それでも必死に喰らいつき、対等に戦っている二人は並の腕ではない。コーディネイターと思われても不思議ではない戦闘力だ。
苦戦するキラに手を貸す役を請け負ったのはアークエンジェルだった。十数発のミサイルがジンとイージスに向かう。バズーカでは迎撃だけないジンに代わってイージスがバルカンとビームライフルでミサイルを片っ端らから撃ち落していく。だがそれはナタルの予想の範疇であった。本当の狙いはイージスの足を止めること、キラはその意図を察してミゲルのジンにサーベルを構えて突撃する。
振り下ろされた光の剣はほんの数秒だけ鋼鉄の剣に受け止められたが、すぐに融解して肩ごと斬り裂いた。ジンは右手のバズーカを向けるが近すぎた、弾丸が発射される前にサーベルで切り払われ、爆発する。爆風に巻き込まれた二機は反対方向に押しやられる。
「ミゲル! ミゲル、無事か!?」
爆風を突き破って左肩がすっかりなくなっているジンが出て来た。もうまともに動くことが出来ないのか、コロニーに残っている重力に引かれて降下していく。
イージスはストライクの方を見ながらもミゲルのジンを抱きかかえる。
「無事なのか、ミゲル!?」
『う、あ……ああ、大丈夫だ……』
サブモニターの一つにミゲルが映される。ヘルメットのガラスが割れ、ミゲルの顔は血だらけになっていた。
「これ以上は無理だな……撤退する」
ガンブラスターと善戦を繰り広げていたジンに通信を入れ、イージスはミゲル機を抱えて撤退していく。キラは撃とうと思えば背後から狙い撃つことが出来たが、やろうとはしなかった。彼は戦争をしているのではない。人殺しをしているのではない。艦が、友人が守れればそれ十分だった。
「どうにか耐え抜いたな」
「そうですね。ですがこれからが厳しくなるでしょう」
互いに傷ついたガンブラスターを寄せ合いながらマークとニキが会話を交わす。二人とも汗だくで、疲労困憊の様子であった。またアークエンジェルのブリッジでも安堵の息がそこかしこで吐かれて、一時の勝利を喜んだ。
「なんとか退けることができましたね。各機に帰艦するように伝えて下さい」
帽子を脱いで深く息を吐き、マリューが言った。すぐに三機に帰艦命令が出る。先にガンブラスター二機が帰艦し、MSデッキに入って修理を受ける。キラのストライクは、帰艦するどころかコロニーに空いた穴から外に出ようとする。
「ストライク、何をしている!」
ナタルの激が飛ぶ。すると息の切れた、途切れ途切れの声でキラから通信が入る。
『近くに救命ポッドがあるみたいなんです、保護してきます』
「おい待て! 誰がそんなことを許可した!」
ナタルの怒声もキラには届かなかった。意図的に通信を切ったのだ。キラのストライクはそのままアークエンジェルの視界から外れ、コロニーの外に出て行く。
「仕方がないわね……。アークエンジェルもあの穴から出しましょう。十分な大きさのようですし」
「そうだな、正面から出るのはまずい。そのほうがいいだろう」
フラガの納得を得る必要はないのだが、納得を得たほうが正しい判断のように思えてマリューはアークエンジェルを発進させる。ナタルは何度もストライクに通信を入れるが切られたままだ。
コロニーの外に出たキラは目を疑った。数時間前まで住んでいたコロニーが今ではもう巨大な残骸と成り果てている。周囲には吹き飛ばされたコロニーの外壁の破片や建物が浮いている。
「なんで……なんでこんなことに……」
モニターの隅から隅までコロニーの残骸で埋まっている。目を凝らして残骸を見ていると、その間をあてもなく救命ポッドがさ迷っていた。キラは残骸を避け、押しのけながら救命ポッドを両手で掴む。中に居た人たちは不安そうに互いの顔を見合い、成り行きに見を任せていた。その中に、キラが好意を寄せているフレイ・アルスターがいた。
キラはそんなことも知らずにコロニーから出て来たアークエンジェルに向かう。一応報告するために通信を入れるとすぐにナタルの怒りに満ちた声が飛び込んできた。
『ストライク! 勝手な行動をするんじゃない!』
「勝手な行動って、救命ポッドを保護しただけじゃないですか」
『いつポッドを保護していいと許可した! アークエンジェルはこれからも戦闘を行うのだぞ。こんな時に民間人をこれ以上乗せられると思っているのか!」
「ポッドは推進部が壊れているんですよ!? このまま放り出せって言うんですか!」
『許可できないものは出来ないと……』
『いいわ、ポッドの着艦を許可します』
キラとナタルの言い争いはブリッジ全体に流れていた。思わず語尾を上げながらマリューが割って入る。
『艦長、しかし……』
『これ以上言い争いをしている時間はないの』
ナタルは軍規を隅から隅まで守る軍人であった。上官の命令には絶対服従であり、不満があとうとも引き下がるしかなかった。
マリューの手助けがあってキラはポッドを抱えたままMSハッチに入り、ポッドを置くとストライクをハンガーに固定した。コックピットから出てくると、丁度一人の女の子がポッドから出てくるところだった。
「フレイ!? フレイ・アルスター!?」
「あなたはサイのお友達の……!」
思いも寄らない再会にキラは思わず大声をあげた。声に気付いたフレイは振り返り、床を蹴って降りてくるキラに抱きつく。キラは好意を寄せる女の子に抱きつかれて頬を真っ赤に染めた。だが頭の中にサイの顔が浮かび、肩を持って引き離す。
「サイは、サイは無事なの? なんで、なんでこんなことになったの?」
「サイは無事だよ。だから、安心して」
複雑な気持ちのなかキラはフレイを伴って友達たちが待つ個室に向かった。
「それで、これからどうするんだい? こっちにはユニウス7とは逆方向だぜ?」
フラガが席を立って艦長シートの隣に立つ。備え付けられたディスプレイには現在位置とユニウス7、アルテミスの位置やその他のコロニーや軍事施設が記されている。
ナタルも反対側になって今後のことを話し合う。
「今からユニウス7の方に行くとクルーゼに掴まるぜ。あいつはしつこいし、勘がいいからな」
「やはりアルテミスに行くしかないのでは?」
二人の意見に耳を傾けながらマリューは思案する。反対方向のユニウス7に向かえば敵に捉えられるのは明白であり、戦闘になることは必至だ。今のクルーや戦力で戦うのは利口とはいえない。かといってこれから必要になるであろうアルテミスを巻き込むわけにもいかない。
しばし思案の時間が続くとフラガが本気なのか冗談なのか突飛なことをいった。
「いっそ投降でもするかい? それも一つの手段だと思うがな」
「……投降はしません。最善の方法を考えます」
マリュー今までとは違った軍人らしい鋭い眼つきでフラガを睨む。何かあるのか、投降だけは絶対にしないという意志が感じ取れた。
「じゃあこのまま最大船速で引き離すか? かなりの高速艦なんだろ、これは」
「敵にも高速艦のナスカ級がいます。逃げ切れる保証はないでしょう」
ナタルが冷静に反論する。途中マークとニキを加えて二十分ほど話し合いをしたが、結局行き着く先は一つになった。
話し合いの結論をマリューが言う。
「本艦はこれからアルテミスに向かいます」
ブリッジクルーは唾を飲み込んだ。士官たちが近づきたがらなかった場所に向かう。緊張が走った。
ただ逃げるのですぐ捉えられてしまうのでとりあえず敵の目を晦ますことになった。ナタルの掛け声を合図に用意されていたデコイが発射され、続いてアークエンジェルが微速発進する。
「うまく騙されてくれればいいけどな。なにせ相手はクルーゼだ。そう上手くいくかな……」
フラガの懸念が現実のものとなるまでそう長い時間は必要でなかった。
アークエンジェルと正反対の方向で待機していた二隻のザフト艦が動き出した。目標はもちろん、アークエンジェルだ。
帰艦したパイロットのうち、怪我を負ったミゲルは医務室に運ばれ、残りはブリッジでクルーゼに報告をしていた。
「クルーゼ隊長。命令を無視して申し訳ありませんでした」
第一声はアスランの詫びだった。どんな罰でも受ける覚悟で頭を下げる。クルーゼはテーブル型ディスプレイを覗き込みながら素っ気無く許しを下す。
「構わんさ。アスランが出たおかげでミゲルは助かったのだからな。それよりこれからのことだ。今あるジンは全て損傷し、すぐに使うことはできない」
ジンのパイロットたちの顔が曇る。奪取こそ成功したものの、その後は全く良い所がなかった。プライドの高い軍人として彼らは自分のことが許せなかった。
クルーゼはアークエンジェルの進路を予測しながらアデスを驚かせる発言をした。
「次の戦闘、奪取したGを全て投入する。アスランは次に備えて休んでおくといい」
「奪取したGを全て使うのですか? それはどうかと……」
「なに、データは取り終えてある。使えるのだから使うべきだろう。ここで足つきを逃がすわけにもいくまい」
足つきとはクルーゼがつけたアークエンジェルの呼び名である。彼らは正式名称を知らないのでその見た目から名前をつけた。
「お前たちはもう行っていい。アスランは後で私の部屋に来い」
アスランとジンのパイロットたちは敬礼をしてブリッジを後にする。その後すぐに大きな熱源が移動するのを察知する。すぐにその進路がディスプレイに映し出された。
アークエンジェルと思われる熱源は早い速度で離れるように移動している。
「どうやら逃げるようですね。追いますか?」
アデスが問うも、クルーゼは答えないで静かにディスプレイを眺めていた。恐らくアークエンジェルは月の本部に向かっているのだろう。それは進路を予測して分かっていることだった。だがクルーゼには引っ掛かるところがあった。
「いや、これはデコイだろう。本命は……アルテミスだな」
「はあ……。しかし、一応ガモフに確認を取らせた方が」
「必要ない。恐らくあの襲撃でそう多くは物資を積んでいないだろう。となれば補給をするしかない。なら行く先は一つ、アルテミスだ。ガモフに打電しろ。これから足つきを追ってアルテミスに向かう」
アデスは疑問を感じながらも命令に従ってガモフに打電させ、二隻揃ってアルテミスに進路を取る。
クルーゼはブリッジを出て自室に向かい、机の引出しから薬を取り出して飲み込む。次に手元のノートパソコンを操作して今までの報告、状況を整理する。
程なくしてアスランが訪れた。自動ドアが開いてアスランが入り、敬礼をする。
「疲れているところ悪いが、訊いておきたいことがあってな。アスラン、あの残りのGに何かあるのかね?」
訊かれることは分かっていたようで、アスランはすぐに返答するが、口がもごもごと動くだけ言葉が出てこない。
「確かGを奪取するとき、あのGの近くにいたな?」
「はい。実は……その……。色々あって言い出せなかったのですが、あのGのパイロットはキラ・ヤマト、幼年学校時代の親友でコーディネイターです」
ほう、と興味を示して手元の作業をやめる。
「キラは優しすぎるんです。頭は良いけど、おっちょこちょいなところがあって、きっと、連合の奴らに操られているんです。それが分からなくて、それで戦っているんです」
「なるほど。そういうことなら次の作戦、君は外そう。昔の親友と戦うのは辛いだろうからな。仲が良かったのだろう?」
「確かにそうですが、行かせてください!」
「無理はしなくていい」
アスランは一度言葉を詰まらせるが、上官の前だということを忘れて興奮した様子で喋る。
「無理なんかじゃありません! 私にキラを説得させてください! 説得すればきっと分かってくれます!」
「もし説得に応じなかったら?」
その時は……、と言うことを躊躇う。だが意を決して力強い瞳でクルーゼの目を見る。
「その時は、私が撃ちます」
アスランの決意を聞いてクルーゼの口が歪む。
「そういうことなら許可しよう。だが、説得に応じなかった時は撃つんだ。でなければ君が撃たれるぞ」
「はい。ありがとうございます」
もういっていいと言われてアスランは敬礼をして出て行く。その背中を見るクルーゼの口元はたいそう楽しそうに動いていた。
あとがき
今回はほとんどかわっていません。ので次回にご期待ください。
代理人の感想
まだまだ原作からは離れていませんね。
離れたところが二次創作の見所であるわけですから、とりあえず感想は保留しておきましょうか。