PHASE−04『覚悟』
救命ポッドに乗っていたフレイを伴ってキラは食堂に向かう。食堂にはトールたちがキラの帰りを待ちわびていた。まずキラの姿を見つけて顔を明るくし、続いてフレイの姿を見て驚きを露にする。
フレイもサイを見るなり抱きついて胸に顔を埋めて泣き出す。キラは居た堪れない気持ちでその様子を見ていた。
「フレイ、どうして君がここに」
「あなたの友達に助けてもらったの。乗っていた救命ポッドが壊れちゃって……私、怖かった……」
泣き喚くフレイの頭を撫でるサイ。誰がどうみても仲の良いカップルであった。自分が勝てないことに気付き、肩を落とすキラにトールが声をかける。
「キラ、大変だったな。フレイのことはさ、気にするなって。もっとお前に合った女の子が見つかるよ」
キラはうん、と小さく頷く。ミリアリア、カズイもキラの周りに集まって恋の敗北者を慰める。子供たちが再び生きて合えた喜びを分かち合っているとマークとニキが食事を取りにやってきた。抱き合うサイとフレイを見つけるなりマークは口笛を吹く。
「いいねぇ、若いってのはさ。こんな最中、恋人と抱き合えるんだからな。全く、羨ましいぜ」
突然表れた大人二人に戸惑っている子供たちを一人一人上から下まで見ていく。一通り見終わるとカウンターに行って自分とニキの分の食事を手にして席に着く。ニキはマークと対面するように座り、子供たちに目もくれずに食事を始める。
マークは食べ物を口に運びながらキラに目をやる。彼がストライクのパイロットであることは二人共知っている。マークは最新式のMS、それも伝説のガンダムを操る少年に興味があった。宇宙世紀時代、ガンダムに乗った少年は多い。しかも偶然に乗り込み、多大な戦果を挙げている。またその多くがニュータイプと呼ばれる者たちであった。
ニュータイプと呼ばれてきた人たちは悲惨な人生を歩んでいる例が少なくない。優れた感性を持ち合わせ、人の心を理解する。その力が多大な戦果と悲運をもたらした。キラ・ヤマトもまた偶然ガンダムに乗り込み、さっそく度肝を抜くような戦果を挙げている。
キラがコーディネイターだから今まで戦えた、と言えばそうかもしれないが、相手もコーディネイタ―であり、さらに軍人として訓練も受けている。ジンとガンダムの性能差は確かにあるが、相手にだって奪ったガンダムがある。互角と言うには相手に失礼な話だ。戦うことにおいての経験、能力からいって相手が上なのは当然なはずだ。だがキラは何事もなかったように生きている。
「さっきからどうして僕を見ているんですか?」
キラが堪りかねてマークに言った。マークは考えを廻らせているうちに食べることを止め、半ば睨むようにキラを見ていた。キラに言われて我を取り戻し、フォークを置いて立ち上がる。
「そういえば自己紹介をしていなかったな。俺はマーク・ギルダー、ガンブラスターのパイロットだ。お前がキラ・ヤマトだな?」
「だから何だって言うんですか?」
キラは怒りを隠そうともしない。彼にとって軍人は災厄でしかない。自分たちの住むコロニーを戦場とし、自分たちを戦争に巻き込んだ大人たち。好きになれというのは酷なことだ。
「お前は何で戦っている? 民間人であり、コーディネイターであるお前が、何故ザフトと戦う?」
マークの言葉にキラは激しい怒りを覚えた。一歩二歩とマークに近づいていく。
「あなたたちが戦わせているんでしょう! ガンダムは大事な戦力で、僕にしか動かせないから戦えと言ったのはあなた達だ! 戦いたくて戦っているわけじゃない!」
「それでも戦っているだろう。民間人なんだから、嫌といえば戦わないことだって出来るはずだぜ」
キラとマークは目と鼻の先で睨み合う。サイとフレイは抱き合うのを止め、トールたちとキラを止めようと手を出した。しかしキラは手を払いのけ、怒りをぶつける。
「友達を守るためですよ! 僕が戦わないと負けちゃうんでしょ、この艦は! だから仕方がなく戦っているんですよ!」
食堂に嫌な空気が充満する。友達たちは「キラ」と呟くだけで手が出せない。ニキは動じることなく淡々と食事を済ませる。
何秒か沈黙が訪れた。それを打ち破ったのはマークの拳である。キラの右頬にマークの拳が吸い込まれ、キラは反応する間もなく吹っ飛ばされた。あまりに唐突な攻撃にキラは何をされたか分からなかった。ミリアリアとカズイがキラの傍に寄り添ってキラを立たせ、サイとトールがマークに噛み付く。
「何をするんですか!」
「キラが何かしたっていうのかよ! キラは俺たちのために戦ってくれているだけじゃないか!」
友達の代わりに応戦する二人をマークは睨みつける。サイもトールもマークの凄まじい気迫に圧されて後退せざる終えなかった。
「自惚れるな。何が自分が戦わないと負けるだ。仕方がなく戦っているだ。ふざけるんじゃねぇ」
サイとトールを左右に押しのけてやっと立ち上がったキラの見下ろす。
「ストライクがお前にしか動かせないのはお前がそうしたからだ。嫌なら今からOSを書き換えろ。俺が乗る」
キラはミリアリアとカズイの手を離れてマークの眼と自分の眼を合わせる。
「好きで戦争している奴なんてそうはいないんだよ。俺だってな、人が殺したくて戦っているんじゃない。お前と同じで、大事な物を守るために戦っているんだ」
一呼吸置く。誰もマークの声を遮ろうとはしない。
「だがな、守りたい物を守るため、仕方なく戦っているわけでもない。そんな半端な気持ちで人は殺せないんだよ」
子供たちにとって「人を殺す」という言葉は重い。キラは先ほどの勢いを失いながら声をあげた。
「僕は人殺しなんかしませんよ」
「それが自惚れているっていってんだ。戦争をする限り、MSに乗って戦う限り、いつか人を殺す羽目になる。殺さなければ自分が殺され、大事な物も守れなくなる。友達を守りたいと思うなら、仕方がないなんていう半端な気持ちは捨てろ。出来ないならストライクを俺に譲れ」
キラにとってストライクを渡すことなど何のことでもない。そうすれば自分は戦わずに済む。だがマークに、いや、ナチュラルにストライクを渡すことは出来なかった。出来ない、というよりは意味がないのである。
「OSを元に戻したらストライクの性能は一気に下がります。相手のガンダムに対抗できませんよ……」
「それでも半端な気持ちで戦っているお前が乗るよりはマシだ。性能が高くても退けることしか出来ないなら意味はない」
キラはこれ以上言い返すことが出来なかった。マークの言っていることが理解できたからだ。性能が高くても退けるだけなら敵はいつまでも襲ってくる。敵を残せばその敵はまた新しい武器を手に襲ってくる。それを繰り返しても意味がない。
がたっと物音がなる。静かになっていたところだったので子供たちはびくっとした。ニキが立ち上がって食器を片付ける。ニキはそ知らぬ顔で子供たちの間を通って食堂から出て行った。そして入れ替わりでフラガが入って来た。
フラガもまた食事を取りに来たのだが、中でマークとキラの戦いが始まってしまって入れずに話を立ち聞きしていた。困った様子で頭を掻きながら場に似あわぬ明るい声を出す。
「マーク、それぐらいにしておいてやれって。こいつを戦わせたのは俺だ、こいつは悪くない。友達を守りたいと思ったからなんだから、な? それにストライクのOS見てみろよ、あれはこいつにしか動かせないって」
マークは強張らせていた顔をほぐし、フラガのほうを向く。
「大尉は甘いですね。ですが、言い過ぎたのは確かです。悪かったな……キラ・ヤマト」
そう言い残してフラガに敬礼し、食堂を出て行く。残った子供たちはまだ動揺を隠せずに立ち尽くし、フラガは対処に困って頭ばかり掻いていた。
「う〜ん……まあ、気にするなって。お前は悪くないよ。気を落とすな」
キラの肩を軽く叩く。居ずらくなったのか、フラガは食事を取ることもせずに逃げるように去っていく。キラは俯いたまま一言も喋らず、また友達たちも喋ろうとしなかった。
そんななかで、一人だけ平気で喋り出す者がいた。
「ねえねえ、サイ。あのキラって子、コーディネイターなの?」
食堂は決して広いと言えるほどスペースはない。いくら小声で言おうとも、物音一つない状況ではよく聞こえる。友達たちははっとし、トールが声を張り上げた。
「お前何聞いてたんだよ! キラの気持ち考えろよな!」
「そうよ、今そんなこと言わなくなっていいでしょ!」
トールにミリアリアが続く。キラと直接交友関係がなかったフレイは事情を飲み込めず、怒られた事に不満を感じた。
「なによ、別に悪いことじゃないんでしょ。なら訊いたっていいじゃない」
「フレイ、今はそういう状況じゃないんだ。部屋に行こう」
フレイの肩を抱き寄せてサイが連れ添ってフレイを部屋に案内する。トールとミリアリアは互いに顔を合わせ、不安を共感する。カズイは俯いたまま黙りこくるキラを見て、「キラ……」と小さく呟いた。
食堂を出だマークは足早にMSデッキに向かった。フラガの言っていた「ストライクのOS」を見に行くところである。
マークは今さっきの自分の行動を悔やむ。民間人が嫌々でも戦い、自分たちを救っていることなどマークは分かっていた。それが不甲斐なく思えたからこそ、マークはキラに怒鳴ってしまった。本当ならば自分たちが民間人を、艦を守るべく死に物狂いで戦わなければならない。もちろん、命を賭けて戦っているが百年も前のMS、しかも当時と違った動力や材料のせいで本来の力を出しえてないMSで艦を守り抜くのは極めて難しいことだった。ストライクを除けばガンブラスター二機にフラガのゼロだけ。フラガがいくら<エンデュミオンの鷹>と呼ばれるほどの実力者でも、メビウスでガンダムと対等に渡り合うのは厳しい。だからこそ今、ストライクという戦力はアークエンジェルにとって必要不可欠なのだ。
MSデッキに辿り着き、ストライクの足元でOSを見ているマードックの元に行く。近づいていくとニキもOSを見ているのが分かった。
「ニキ、お前なんでこんなところに……」
「食堂でのことは、あなたらしくないですね」
冷静に言い放たれた言葉はマークの胸を撃つ。反論しようもなく、とりあえずストライクのOSを覗き込んだ。
「これ、本当にあのキラって子供が書き換えたのか?」
OSのあまりの凄さにマークは恐怖さえ感じた。マードックは手元のパネルを操作しながら頷く。
「たいしたぼうずですよ、あいつは」
表示されること一つ一つを見れば、ナチュラルが操作できないことなど簡単に分かる。しかも、そのナチュラルでは扱えないOSがストライクの性能を百パーセント引き出していることも言うまでもない。キラの言葉通り、OSを元に戻せばストライクはガンブラスターよりも多少マシな程度まで性能が落ちる。
マークはOSを見れば見るほどキラに言ったことを後悔した。半端な覚悟でもこの性能で戦うほうが、本気の覚悟で元のOSで戦うより艦のためになる。
マークはマードックに一言簡単に礼を言うと床を蹴って飛び上がり、ガンブラスターのコックピットに向かった。その隣にニキが着く。
「あなたらしくないことでしたが、あなたの言うことは最もです。半端な覚悟で戦うのは、いけません」
「それでもあの性能を見ただろ? あれなら、俺が乗るより、キラが乗ったほうが全然良い。半端だろうが、なんだろうが、な」
自分の機体のコックピットに入り、システムを立ち上げてOSを見る。一目見るだけでストライクのOSと天と地の差があるのが分かった。詳しく見るまでもないのでシステムを切り、シートに背中を預ける。
「これじゃあ、あいつに説教なんか出来ないな。全く、恥を晒しちまった……」
普段はフラガと同じように明るい性格のマークの変わりぶりを見て、いつも冷静なニキも心配な気持ちになった。MSのパイロット養成所のころからの同期で、随分と長い付き合いがある。態度の一つ一つを見れば、その落胆ぶりを知ることは容易い。
「あなたは一生懸命やっています。今までずっと一緒だった私が保証します。あの時も……」
「ニキ、それは言わない約束だ」
ニキが言い終えるよりも前に鋭い口調で割り込む。ニキも自分が失言しそうになったことに気付き、「すみません」と頭を下げる。
しばらく沈黙が続いていると、何度聴いても聴きなれたくない音が艦内に鳴り響く。
『ナスカ級一、ローラシア級一、接近中! 各員、第一戦闘配備!』
マークとニキを視線を合わせ、一度だけ頷く。二人の気持ちはこの時全く同じであった。
キラとマークが言い争いを始める前、ブリッジは一時の休憩時間であった。
マリューは疲れきった肩を回し、交互に揉み解す。それですぐに疲れが取れるわけではないが、やらないよりは気分的にマシであった。ナタルもまた、首を鳴らしながら回す。表情に出そうとはしないが、それぞれ艦長・副長という地位にあるだけ余分なプレッシャーがかかっている。疲れも他の者たちよりも多い。
気を抜ける状況ではないが、誰もが一時の休みをありがたく思っていた。戦闘続きで気を休めて飲み物を飲む暇もなかったのだ。しばらくストローが液体を吸い出す音や、肩や首を鳴らした時の無骨な音だけがブリッジを支配した。
ある程度時間が過ぎるとマリューがぽつりと呟いた。
「このまま何もなければいいけど……」
マリューの言葉を裏切るように、この時マークがキラを殴り飛ばしていた。もちろん、そのことを知ることはないが、この状態で平穏ということはないことくらいマリューも心得ている。
何もないまま時間が過ぎていき、もしかしたら戦闘なしでアルテミスに到着できるかもしれない。そんな思いがロメロの頭を過ぎり、虚しくも打ち砕かれた。アークエンジェルの高性能レーダーが二つの熱源を感知、それがザフトのナスカ級とローラシア級であることを告げる。
「熱源反応二! ナスカ級とローラシア級です!」
ロメロの声は悲鳴に近かった。マリューもナタルも緩んだ気を引き締め、戦闘態勢に移行する。
「左側にナスカ級、背後にローラシア級……。いつの間に近づいたの……?」
モニターに映し出された点を見て、マリューが顔を渋めながらこぼす。すぐに第一戦闘配備が発令される。
程なくして新たな熱源が四つレーダーに映る。表示された熱源の登録名は聞きたくもない名前だった。
「熱源反応五、MSです! これは……ローラシア級からX102<デュエル>、X103<バスター>、X207<ブリッツ>。ナスカ級からX303<イージス>です!」
ブリッジ内の緊張が一気に高まる。ジンならいいというわけでもないが、よりによってガンダムタイプが四機。アークエンジェルの戦力で相手をするには辛い相手だ。
マリューがキラやフラガ、マーク、ニキの状況を訊こうとする前にガンブラスターから通信が飛び込む。
『マーク・ギルダーだ。出るからハッチ開けてくれ!』
『ニキ・テイラーです。同じく出ます』
二人の準備の早さに驚きながらマリューは出撃を許可する。
すぐに二機のガンブラスターが弾丸さながらに戦場に撃ち出され、戦闘が始める。
第一戦闘配備を食堂で耳にした子供たちは身を強張らせた。キラははっと頭を上げ、席を倒しながら立ち上がる。
「キラ……行くのか?」
キラはマークに厳しく言われた後からずっと無言で俯いていた。だいぶ落ち込んでいる様子を見ていて、不安になったトールが立ち上がって心配げに訊く。続いてミリアリア、カズイも立ち上がった。
マークに言われた事を頭のなかで繰り返し繰り返し自分に問う。人を殺す覚悟が自分にあるのか。友達を守るために、殺すことが出来るのか。何度考えても答えが出ない。悩んでも悩んでも、答えが出ない。
今も出撃すべきなのか、しないべきなのか決めれなかった。友達を守るためになら戦う。自分はそうフラガに言った。今も友達を守りたいという気持ちはあるが、人を殺してまで自分が守るべきなのか、それが分からなかった。
全員揃って立ち尽くしているとフラガが顔を出した。
「何してるんだ、ぼうず。敵が来ているんだ、相手は奪われたガンダムらしい」
「奪われたガンダム……」
キラの脳裏に昔の親友の顔が浮かび上がる。奪われたガンダムの一機に彼が乗っている。友達を守るために友達と戦うべきなのか。彼の悩みの種が一つ増えてしまった。
立ってばかりで動く気配のないキラにフラガは焦り始める。
「マークの言ったことなら気にするなって。今、アークエンジェルにはお前とストライクが必要なんだよ。あいつとお前がいなきゃ、敵のガンダムに対抗できない。不甲斐ない話だけどな、俺じゃ相手にならないんだよ」
両手で強く握り拳を作り、唇をかみ締める。あまりに強く噛むものだから赤い筋が顎を滑り落ちていく。
「キラ!」
唇から流れる血を見てミリアリアが駆け寄る。トールもカズイも心配そうな顔をしている。キラは友達の顔をそれぞれ見つめた。不安そうな顔も昔は明るく輝いていた。これから先、明るく輝く機会だってあるはずだ。それは自分も同じこと。そうなるには生き残らなければならない。
生き残るためにすべきこと、それは何なのか。戦いなのか。キラは握り拳を解いてフラガと視線を合わせる。
「ストライクで出ます」
「よく言った、早く行くぞ!」
フラガの後を続いて食堂を出、トールたちもそれに続いて廊下に出る。そこにはサイがいて、キラの前に立っていた。
「帰ってこいよ、キラ」
「うん。行ってくる」
サイの言葉に強く頷き、トールたちの方に顔を向けながら力強く言い放った。
昇降機で降りていく二人の姿をトールたちは心配そうな目で見送った。
「キラ、死ぬなよ」
イージスに乗ったアスランは敵側に居る親友の顔を思い出していた。とても仲良かった友達、同じコーディネイター。それなのに連合側について剣を交える。彼にはそれが不思議で仕方がなかった。何故連合の味方につくのかが。
前に戦った時、キラは言った。友達を守るために、と。ならば、自分はどうなのか。戦う相手ということは、もう友達ではないのか。彼には不安だった。キラを説得し、連れ戻せなかったら……。
思案を巡らせているうちにレーダーに反応があった。熱源は二つ、どちらもストライクではなかった。
二つの熱源はこちらには来ずに、デュエルたちの方に向かっていった。今がチャンスかも知れないとアスランはスロットルを上げ、アークエンジェルに急ぐ。
デュエルのパイロット、イザーク・ジュールは余裕の笑みを浮かべていた。第二世代コーディネイター――両親共がコーディネイターの子らのこと――であり、母親が評議会議員ということで入隊当時からエリートの証である赤服を着、プライドの高い少年であった。今までの戦闘で手を抜いたことは一度もない。既に離脱しようとしている船でも、とても戦えない状態の機体でもお構いなしに破壊する。
連合のMS、MAなど物の数ではないと考え、今回もたった二機の相手に不満さえ感じていた。数が少なくては戦いがいがない。どうせなら奪えなかったガンダムと戦いたいとさえ思っていた。
二つの機影は<ガンブラスター>と示されており、連合が最もよく使う旧世代のMSだ。イザークも既に何機かと戦闘し、叩き潰している。つまらない相手だが、いないよりはましだと思い、ブリッツ、バスターに通信を入れる。
「ニコルはアスランと足つきを、ディアッカは俺とMSをやる。いいな!」
モニターの一つにブリッツのパイロットである緑色の髪をした幼げな少年、ニコル・アマルフィが映し出され、他のモニターにバスターのパイロットである金髪のオールバックの少年、ディアッカ・エルスマンが映される。
『分かりました。先に行きます』
『あんな旧式のMSとやるのはつまらないけど、分かった、相手をする』
宇宙に溶け込むような黒色のブリッツが加速していく。二機のガンブラスターが迫ってくるのも気にせず前進する。ガンブラスターから放たれたビームを次々と回避し、一気に通り過ぎる。
「艦を直接狙う気か。そうはさせないぜ」
マークは機体を反転させ、ブリッツの背後を撃とうとするがデュエルとバスターがそれを眺めているわけがない。バスターが肩の右側に装備されたレールガン<350mmガンランチャー>と左側に装備されたビーム砲<94ミリ高エネルギー収束火線ライフル>を前面に出し、二機を狙い撃つ。
舌打ちを鳴らしながらマークは飛来する高速の弾丸を回避し、続いてデュエルのビームライフルから放たれた光を避ける。ニキもバスターから放たれた強力なビームを避け、バスターに向けてビームを放つが、当たることはない。
二機のガンブラスターは次々と襲ってくる弾丸、光、ミサイルを避けるので手一杯だった。反撃にでる余裕が一瞬たりとも生まれない。
「ほう、やるじゃないか、連合のパイロット。楽しませてくれる」
イザークは思いがけない敵手に喜びを覚え、ディアッカと共に獲物を追い詰めていく。逃げる相手を撃つだけの行為に飽きて、加速して一気に距離を詰める。バックパックに装備されたビームサーベルを引き抜き、斬りかかるが、光の剣は同じく光の剣に受け止められる。だがイザークは動じることなく、膝蹴りを放つ。ただの膝蹴りでもMSサイズともなれば十分な攻撃になる。ガンブラスターは弾き飛ばされ、隙を生み出す。
ここぞとばかりにデュエルはサーベルを横に薙ぐ。切先が表面装甲を掠り融解させるが決めてにはならない。ガンブラスターはバルカンを乱射しながら後退し、左手のライフルを連射する。次々と来るビームを無駄のない動きで避け、再び接近を試みる。
「くそっ、ガンダムじゃ相手が悪いぜ!」
デュエルの追撃を凌ぎながらマークは流石に焦りを感じ始めていた。後方でアークエンジェルがイーゲルシュテルンやミサイルで残り二機を必死で食い止めているのが分かったが、いつまで持つか分からない。戻らなければならないが、そう簡単にはいかない。ニキもバスターの重装備の前に押され気味であった。砲撃重視のバスターには見る限りで接近戦用の武装がなく、そこを衝いて接近しようと試みるが分厚い砲火がそれを許さない。
マークはバルカンとビームを乱射しながら距離を詰めさせない。デュエルもビームライフルでガンブラスターを狙うが、紙一重で避けられ、致命傷を当てられないでいる。一進一退の攻防が続く中、救援が現れた。
五つの砲撃がデュエルを襲う。予想外の方向からの攻撃を避けきれずにデュエルは被弾するがPS装甲が弾丸を弾き、ダメージはない。それでも隙が出来、ガンブラスターを取り逃がす。代わりにメインモニターに映ったのはオレンジ色のメビウスである。
『ここは俺が食い止める! お前はぼうずと一緒にアークエンジェルを!』
了解と答える暇がなく、無言でマークはガンブラスターをアークエンジェルへと向かわせる。メインモニターの奥にエールストライカーを装備したストライクが見えた。
「やっぱり俺らだけじゃ駄目なのかっ!」
自分の力不足を歯痒く思う。ストライクより先に出て敵を撃破しようと考えていたのも無に帰した。百年前のMSで現代のガンダムに勝つことなど誰にでも出来ることではない。マークやニキの結果は当然であるが、それでも彼は自分が不甲斐なかった。民間人の少年を巻き込まなければ戦えない自分に。
エールストライクは二機相手に苦戦していた。その中に飛び込んでいったマークは黒いガンダムに目をつけ、ビームライフルを発射するのと同時にストライクに通信を入れる。
「俺だ、マークだ。こっちの黒いのは俺が相手する。お前はそっちの赤いのをやれ」
『マークさん……。その、僕はまだ……』
「そのことは後にしろ。今は、生き残ることを、守ることを考えろ」
『了解……です』
キラは強く頷き、ブリッツをマークに任せ、親友と対峙した。
『キラ、もう止めるんだ! こっちに来い。何故連合の味方をする!』
「僕は、連合の味方なんかじゃない! だけど、守りたい人が、友達があの艦に乗っているんだ。だから、負けられない!」
ビームライフルを撃ちながら接近してくる敵にアスランは通信を入れた。友を討ちたくないがために、戦闘中に説得を試みる。キラは聞く耳持たずと必死になってビームを撃ちまくる。殺すつもりはない、だが負けるつもりもない。攻撃は絶え間なく行われる。
いくら友を討ちたくないからといって素直に自分が討たれる気があるわけではない。アスランはキラの雑な攻撃を軽々と避けてみせ、牽制程度にライフルを使った。アスランの方は負けるつもりもないが、勝つつもりもないようで本気で攻撃をしかけない。
『やめてくれ、キラ! お前がこっちに来ないと、俺はお前を撃つことになる。俺は、お前を殺したくなんかないんだ!』
「僕だってアスランを殺したくないし、殺すつもりもない。だけど、仲間にはなれない。友達を見捨てるわけにはいかない!」
『なら俺は何なんだ。お前の敵である俺は、もう友達じゃないのか!?』
アスランのこの言葉がキラの動きを止めた。狙い撃ちされないように絶えず上下左右に動き回っていたストライクがふと止まったのだ。
キラはアスランのことを親友を思っていた。今でもそう思っている。だが、言われて見れば友達を守るために戦う相手は敵であり、友ではない。守るために戦う友はもう友ではないのか。キラは、動揺してしまう。
好機と見たのか、アスランは説得を続けた。
『そうだ、もうやめるんだ。こっちに来い、キラ。お前はコーディネイターだ、俺たちの仲間だ。そうだろ?』
「僕は……僕は……」
『キラ、動きを止めるな! デュエルが行ったぞ!』
二人の会話にマークの声が飛び込んできた。ブリッツと応戦しながらキラの動きを見ていたマークは、ゼロと戦っていたはずのデュエルが猛スピードでストライクに向かっていくのが見えて通信を入れたのだ。
キラは自分が動きを止めていたことなど頭の中から出ていて、慌てて上昇した。数瞬までいた空間を光の矢が飛びぬけていく。
『何をやっている、アスラン!』
「イザーク、邪魔をしないでくれ!」
ゼロの多角攻撃を逃れたデュエルは不甲斐ない動きのイージスに代わってストライクに攻撃を加える。イージスの攻撃とは違って本気であるから、キラは避けることに意識を集中せざるをえなかった。時折ビームライフルで反撃に転じるが掠る兆候もない。援軍にも期待できなかった。マーク機はブリッツ相手に精一杯であるし、ニキ機は既にバスターの砲撃によって左足を失っていた。そのニキ機をサポートするためにゼロは隙を作り、デュエルを取り逃がした。今もニキ機を援護するのが限界であった。
イザークはストライクの動きが単純で素人のものであることに気付く。ビームライフルを撃てば避ける方向が予測できた。次々とビームを放ち、ストライクを思いのままに動かす。わざと攻撃の手を抜き、ストライクに反撃させる。そこが隙になった。ただ撃たれただけのビームを避けるのは容易なことで、光の下にもぐりこみ、一気に加速すると右手のサーベルを振り上げる。
「もらった!」
振り下ろされたサーベルはアンチビームシールドに防がれて眩く輝く。キラは焦りながらライフルを投げ捨て、バックパックのサーベルを引き抜いて応戦する。攻撃は一方的でキラはデュエルの猛攻を防ぐのがやっとである。
「アスラン、何故撃たない!」
今イージスが攻撃を加えればストライクは簡単に倒せる。デュエルの攻撃を凌ぐのがやっとなのは一見してあきらかだ。しかし、アスランは友を撃つ覚悟が出来ず、イージスを大きな手のような形に変形させ、ストライク目掛けて突撃する。防戦一方のストライクの背後に回りこみ、巨大な四つの爪でストライクを鷲掴みにし、戦線を離脱しようとする。
『アスラン、なんのつもりだ!』
「ストライクは持ち帰る。これは、貴重な戦力になる」
説得に失敗したアスランは仕方なく強攻策を取った。鷲掴みにされたストライクは暴れてみるものの、逃げ出すことができない。
「離せ、離せ、離せ!」
『いい加減にしろ、キラ。お前はこのままヴェサリウスに連れ帰る』
「嫌だ。ザフトの艦になんか乗るもんか!」
『なぜだ、なぜなんだ。そんなに今の友達が大事なのか? お前だってコーディネイターだろ!』
「それでも僕は、ザフトなんかに行きたくない。僕らのコロニーを戦場にしたザフトなんかに!」
アスランは返答に窮した。キラのコロニーを戦場とし、崩壊まで追いやったのは確かに自分たちだ。だが原因はコロニーにある。中立コロニーと言い張りながら連合の肩を持ったのが悪い。しかしそれを今言っても連合に所属しているわけではないキラに効果はない。
やはり連れ帰るしかない、と速度を速めようとする。が、その前に幾つものビームが襲い掛かる。
「大丈夫か! お前を持っていかせたりはしない。俺が、俺が助けてやる!」
マークのガンブラスターがイージスに迫る。途中デュエルのビームを左肩に受け、アーマーが吹っ飛んでいる。それでもイージスだけに標的を絞って攻撃を加え続ける。ストライクを掴んだままでビームを避けつづけるのは困難だと踏み、アスランは悔しいながらもストライクを解放する。
解放されたストライクは瞬時にイージスから離れる。
「マークさん、ありがとうございます」
『そんなことはいい。お前は戻れ、ここは喰い止めてみせる。黒いのと砲撃用のはニキと大尉が抑えている。そっち行け!』
キラは反論する気であった。一人でガンダムタイプ二機相手するのは無謀としか言い様がない。だがマークの気迫に押され、その場から離脱し、アークエンジェルに戻る。
デュエルとイージスが阻止しようと前に出るがマークがそれを許さない。ビームとバルカンを乱射して足を止め、ビームサーベルを引き抜く。構わずストライクを追うイージスに狙いを定める。ストライクにもガンブラスターにも無視されたと感じたイザークは怒声をあげた。
「貴様ら、俺を無視するなぁ!」
デュエルの放ったビームがガンブラスターの右腕を貫く。それでもマークは止まらずイージスに斬りかかった。当然左手首から伸びた光で防がれ、お返しにと右手首から伸びた光で右足を斬り落とす。
その間にデュエルはストライクを追う。が、ザフトのガンダム全てに通信が入った。
『全機帰艦せよ。繰り返す、全機帰艦せよ』
「帰艦だと? ふざけるなよ、俺はまだやれる!」
『諦めろ、イザーク。これ以上離れれば戻れなくなる。どうやら俺も離れすぎたみたいだ。ヴェサリウスには戻れそうにない」
「くそっ……」
ストライクを落としたところで帰艦できなくなれば意味がない。イザークも諦めて、デュエルとイージスは途中でブリッツ、バスターと合流しガモフへと引き返す。
結果だけ見れば落とされずに済んだアークエンジェルの勝利と言えるかもしれない。だがそのために払った被害は大きい。ニキのガンブラスターは左足と左肩、ゼロはガンバレル一つを失った。一番の被害はマークのガンブラスターである。右腕に右足は完全に破壊され、左肩も損傷している。どうにか動くことは可能で、自力でMSハッチまで戻る。
アークエンジェルそのものに損傷はなく、全機収用後再びアルテミス目指して進み出す。
激しく損傷したマークのガンブラスターがMSハッチに戻ってくるのを見て、誰もが目を見開いた。重力がないために片足でもどうにか機体を定位置まで動かし、固定させることができた。
ハッチが開き、マークが出てくる。ヘルメットを脱ぐとまさに滝のように汗を流していた。マークはキラを見つけて、その方向に向けて装甲を蹴る。ゆっくりと近づいていき、傍にいたニキの肩を借りて床に下りる。
「マークさん、大丈夫ですか?」
自分が油断して掴まったばかりに、マークの機体は深い傷を負った。その罪悪感がキラを取り込む。
「ああ、俺はな。お前が気にすることじゃない。俺は、お前を守らなくちゃいけない。民間人を守るのは、軍人の役目だろ?」
疲れを隠して笑顔を見せる。キラが予想外の行動に驚いていると言葉を続けた。
「さっきは悪かったな。言い過ぎた。お前の友達を思う気持ちは半端なんかじゃない。仕方がないっていうのも、その通りだ」
「い、いえ、そんな。僕も自惚れていました。自分の力がないと、この艦が駄目なんだなんて。そんなことないんです。僕がいたって足手まといになるだけで、さっきの戦闘だって……」
「お前はよくやっているよ。お前がいなきゃ、ガンダム全てを喰い止めることは出来なかった。感謝している」
マークが頭を下げる。キラは素直に礼を言われたのが初めてで、頬を真っ赤にして言葉を上手く出せない。
「だが一つだけ覚えておいてくれ。いつか、必ず、戦うのなら人を殺さなければならない時が来る。その時はやらなければ、何かがやられるということだ。それはお前自身かもしれないし、この艦かもしれない。その時は、迷わず引き金を引いてくれ」
食堂の時とは違い、冷静に声を聞くとマークの気持ちが真剣そのものだということが分かった。本当に自分を死なせないために言ってくれているのだと。それでも素直に「はい」と答えられなかったのは、やはり民間人である分殺すことに強い抵抗があったからなのだろう。
それでもキラは頷いて、「わかりました」と答えた。すぐに、素直に出た答えではないがキラには精一杯の答えであり、マークもそれで十分だった。
事の成り行きを見守っていたフラガがひょっこりと現れ、キラとマークの肩に手を置いて笑ってみせる。
「ま、生き残ったんだから、それでいいじゃない。今は休もうぜ、次何があるかわからないんだからさ」
「そうですね。これで終ったわけではありません」
ニキが珍しく微笑んだ。永年付き合ってきたマークでさえあまり見ない光景であったが、キラはニキの微笑みを見て綺麗な人だな、と場違いな感想を思い浮かべる。それを読まれたのか、フラガがキラの髪を掻き混ぜながら小声で言った。
「恋するのは勝手だが、ほどほどにしろよ」
「ぼ、僕はそんなこと!」
キラの純粋さは分かりやすく、その場にいた誰もが笑ってみせた。
「それにしても、こりゃ修理できませんぜ」
一通り笑いが収まると、マードックが二機のガンブラスターを見て言った。旧式のMSは数が多くなく、予備のパーツはほとんどない。細かい部品や多少の損傷なら代品を立てて直しようもあるが、腕や足は完全に壊されると直しようがない。
整備士連中は誰もが直せないなと思っていたが、フラガがごくごく自然のことのように提案した。
「丁度良く壊れた手足は左右バラバラなんだからさ、どっちか解体して一機だけ直せばいいんじゃないか?」
「なるほど。それならやれますぜ。で、どうしますか?」
フラガの意見と言えど、乗り手の意向を無視して勝手にやるわけにも行かず、マードックはマークとニキに目をやった。
「俺のをバラしてニキのを直してくれ。俺のほうは結構無理したから、細部も修理が必要だろうからな。いいか、ニキ?」
「私は構いません。ですがその間あなたはどうするんですか?」
そう訊かれるとすぐに返事はできない。他に乗る物もないし、他に出来る仕事もない。顎に手を当てながら考え込んでいると、キラが目についた。
「戦闘には出れないがサポートなら出来そうだ。キラ、お前はこれからも戦うつもりなのか?」
思わぬところで自分に質問が来てキラは返答に窮したが、答えは決まっていた。彼の脳裏には友達の顔が焼き付いている。
「戦います。足手まといになるかもしれませんが、やれるだけのことはします」
「そうか。なら、俺がMSの操縦を教えてやるよ。いくらコーディネイターって言っても経験だけはどうしようもないだろう? マードック軍曹、確かガンダムのパイロット達を訓練するためのシミュレーターがあったよな?」
「ええ、ありますよ。すぐに使えるように出来ます」
フラガが手を叩き明るく言う。
「なら決まりだな。マークはこれからぼうずの教官役だ。ぼうずだって戦うというなら、死にたくないだろう?」
「はい。よろしくお願いします、マークさん」
キラが深々と頭を下げるとマークはやや頬を朱に染めて、鼻の頭を掻いて「よろしく」と答えた。
「そうと決まればさっそく行動だ。マードック軍曹、機体は任せた。俺たちは休むとしよう。次の出撃のためにもな」
フラガの一言に皆頷き、整備士たちは忙しなく動き出し、フラガはブリッジへ、マークとニキは個室に向かう。そしてキラは守るべき友達の待つ場所へ向かって行った。
あとがき
どうも、陸です。
なんか進み具合が遅いですね。この調子だといつ終ることか。
一話をもう少し長くするか、ペースアップできるよう努力してみます。
読んで下さった方々、ありがとうございました。
代理人の感想
・・・・やっぱ種って出来の悪い最強SSレベルの脚本&設定だったなあと今更ながらに再認識。
このSSでも、もー鼻につく鼻につく(苦笑)。
フラガ達も「キラでなけりゃ〜〜」などと言わずに、経験と意志の力と創意工夫で
スペックでは圧倒的に上回るコーディネイターにいいとこ見せて欲しいもんですが。さてさて。