PHASE−06『アルテミス(後編)』
ガモフのブリッジではミゲルを加えてアルテミス攻略作戦を立てていた。とはいってもテーブル型ディスプレイを前に頭を捻らせているだけである。
さすがのコーディネイターでもアルテミスの傘を破る術を考えるのは簡単なことではない。大艦隊でも連れてくれば傘が限界になるまで攻撃することも可能だ。もちろん、そんなことが出来ないのは誰もが分かっている。今あるのはガモフ一隻と四機のG、それに修理中のジンが二機だけだ。
中々妙案が思いつかない状況に飽きてディアッカがふざけた調子で言う。
「いっそのこと出てくるまで待ってる? どうせ何もできないんだしさ」
「ふざけるな、ディアッカ! クルーゼ隊長が帰って来た時、何もできませんでしたと言えるのか!?」
イザークの殺気さえ篭もっているような鋭い眼光にディアッカは口を閉ざす。今のイザークを怒らせると面倒なことになる、ディアッカは何度も身をもって知っていた。
そんな中、ミゲルとニコルは黙ってディスプレイを見下ろし、頭のなかで作戦を考える。しばらくしてミゲルが口を開いた。
「傘はずっと開いているのですか?」
まだまだ若い兵士たちを艦長シートから眺めていたゼルマン艦長にミゲルが声をかける。
「ああ。普段は閉じていて、敵の接近を察知すると展開する。展開する地点は……ここだ」
手元のパネルを操作してディスプレイに傘が開く地点が円状に示される。アルテミスからかなりの距離があり、艦砲の射程外であった。艦砲の射程内まで移動すれば確実に撃つ前に傘が開かれる。
ミゲルはしばらくディスプレイを眺めて何度か頷くと、同じように頷いていたニコルの方を見る。ニコルはミゲルの意図を察してまた頷いた。
「僕のブリッツならやれるかもしれません。あれにはPS装甲の他にもう一つ面白い装備があります」
もったいぶった口調にイザークが怒気を含んだ視線を向ける。ニコルはわざとらしく一つ咳払いをして説明を始めた。
「ブリッツには<ミラージュコロイド>という装備があります。これは簡単に言うとどんなレーダー、センサーにも反応せず、肉眼でも捉えられないようになるものです。これを使えばアルテミスに気付かれることなく、接近することが可能です」
「ふんっ。臆病者の貴様にお似合いな装備だな」
鼻を鳴らして小馬鹿にした笑みを見せる。ニコルはむっとして反論しようとしたが、ミゲルが間に割って入った。
「ならイザーク、お前はこれ以上に良い作戦があるのか? 馬鹿にするくらないなら、あるんだろうな?」
二歳とは言え、年上のミゲルにはイザークにはない冷静さと深みがあった。いつもならここでイザークは喰ってかかるところだが、ミゲルに言われたような良い作戦はない。反論しようにもできなかった。
煮え切らないイザークを見てディアッカが笑った。
「お前の負けだよ、イザーク」
「うるさい! 大体なんでお前が隊長面をしているんだ! 赤でもないくせに!」
「イザーク、それは失礼です! ミゲルさんは僕らよりよっぽど経験がありますし、隊長だって認めている人ですよ」
「だからなんだ。アスランもお前も、隊長に気に入られているだけじゃないか!」
イザークの刺すような視線にもミゲルは動じない。声を荒げることもなく、落ち着いたまま返した。
「確かに俺は赤ではない。第一、隊長面しているつもりもない。勝手にやりたいのなら、やればいい。隊長がそれで喜ぶのならな」
そう言いながらミゲルは隊長から預かった手紙を取り出してイザークに投げ渡す。怒り状態にあるイザークは乱暴な手つきで手紙を広げると、僅か数行の分をすぐに読み終える。読み終わった後の顔はより怒りに燃えていた。
「俺は隊長から指揮権を預けられた。隊長が留守の間、俺は命令する権利がある。だが、それを行使する気はない。お前にやる気がないなら、好きにしていい。ただ、ニコルの案は実行する。でなくてはアルテミスに入れないからな」
ミゲルは震えるイザークの手から手紙を抜き取ると、綺麗に折りたたんで懐にしまう。そしてゼルマン艦長のほうに顔を向ける。
「艦長、ミゲルの案を実行してもよろしいですか?」
「構わない。それが最良の策だろう。まずは艦を傘が閉じる位置まで下げさせる。そしたら出撃してくれ」
「了解です。ニコル、やれるな?」
ニコルは小さく頷き、敬礼をした。本来赤服は上官でも命令を無視したり、作戦を立てることがある程度は許されている。いくら年が上とはいえ、ノーマルのミゲルに敬礼をする必要はないのだが、ニコルはミゲルのことを尊敬していた。その証が敬礼だ。
ミゲルとニコルは先にブリッジを後にしてMSデッキに向かう。残されたイザークは怒りに震えながらも、隊長の意向を無視するわけにもいかず、ディアッカと共に遅れてMSデッキに向かった。
数分後、傘が閉じる位置まで移動したガモフからブリッツが単独で出撃、ミラージュコロイドを発動させて見事アルテミスに取り付いた。対した迎撃装備をしていなかったアルテミスはあっさりと傘の発生装置をやられ、ブリッツの侵入を許す。続いてデュエルとバスターがガモフから飛び出し、アルテミスの内部に侵入した。
ただ一人、ミゲルは友人から預かったイージスのコックピットの中で機を待った。デュエルとバスターが侵入したころになって、イージスをカタパルトに移動させる。
「ミゲル・アイマン、イージス、出る!」
弾丸の如く撃ち出されたイージスは瞬時にMA形態に変形し、全速力でアルテミスの内部――ではなく、進入口とは逆の方に向かった。
「悪いなアスラン。白いMSは俺が頂く」
ミゲルは不敵な笑みを浮かべると、ブリッツらが侵入した反対の進入口から出てこようとするアークエンジェルを待った。
食堂で敵の襲撃を知ったノイマンたちは慌てふためく兵士を叩きのめし、ブリッジに向かっていた。時折起こる爆発にマリューたちやキラの心配をしながら足早にブリッジに入ると、ノイマンが声を張り上げる。
「アークエンジェルを起動させるぞ!」
「しかし艦長たちがまだ」
各々持ち場に着きながらトノムラがもっともなことを言う。だがここでは、ノイマンのほうが一枚上手であった。
「ここに居ても的になるだけだ。艦長たちなら、大丈夫に決まっている」
根拠のないことではあったが、強気に言われると真実味を帯びてくる。それ以上会話が行われることはなく、ノイマンらは手早くアルテミス側にかけられたロックを外していく。
全てのロックは外れ、今まさに起動したところにマリューとナタルが飛び込んできた。二人とも額に大粒の汗を浮かべている。
「艦長、バジルール少尉、ご無事でしたか! アークエンジェル、いつでも出れます!」
「良い判断だ、ノイマン曹長。艦長!」
「分かっているわ。アークエンジェル、発進!」
ナタルが素直にノイマンの行動を褒めると、ノイマンは喜びを隠せずに頬を赤く染めた。行動のよさを褒められたこともあるが、それ以外にも何か秘めている顔をしている。
マリューの声に合わせてアークエンジェルは動き出す。進路は入港した時とは逆の出入り口だ。来た方向は既に戦場と化していて、突っ切っていくのは馬鹿としか言えない。
アークエンジェルが敵に背を向けて逃げ去ろうという時、厄介な相手が追ってきた。
「艦後方にMS確認! X207<ブリッツ>!」
各員に緊張が走る。何度聞いても好きにはなれない名。自分たちが勝利を得るために開発したものに、今も追われている。急速に接近してくるブリッツを振り切ることはできない。イーゲルシュテルンがブリッツの後を追うように弾丸を放つが、追いつくはずもない。
ブリッジ目掛けて突っ込んでくるブリッツとアークエンジェルの間に白い機体が割り込んだ。
『キラです! ここは足止めします、行ってください!』
キラの声がブリッジに入る。返答する間もなく、ストライクとブリッツが戦闘を開始する。その間にアークエンジェルは出口へと向かう。
ブリッツとアークエンジェルの間に割って入ったストライクは果敢に攻撃を仕掛ける。右肩に装備されたシュベルトゲーベルを抜き、斬りかかる。斬るといってもシュベルトゲーベルは一見して実剣である。剣の形をしているだけで刃はなく、斬るというよりも叩くに近い。
ブリッツのパイロットであるニコルはその形状から避ける必要はないと判断した。実剣ならばPS装甲で弾くことが出来る。巨大な剣を受け止め、ビームサーベルで斬り返す。頭の中で瞬時に行動が決定され、実行に移す。
互いに剣が届く距離まで接近する。シュベルトゲーベルが振り上げられた。ニコルはわざと隙を見せて、斬らせようとする。キラは相手の意志を感じたわけではないが、ふいに現れた隙に向かって振り下ろす――と同時にスイッチのうちの一つを押した。
「なっ……」
ニコルの予測とは違い、シュベルトゲーベルは鋸のような光の刃を生やし、襲い掛かってきた。不意に生み出されたビームを避けるために機体を後退させる。直撃は免れたが、胸部装甲に掠り傷が刻まれる。
ストライクのシュベルトゲーベルは対艦刀と言われるくらいなのだから、艦を切り裂くだけの威力が必要だ。だが艦を切り裂くほどのビームサーベルを生み出すとなるとエネルギーを大量に消費する。それを解決するために作られたのがこの対艦刀であった。今はほぼ消滅したといっていいアナハイム社から譲り受けたデータにあった武器を参考にし、実剣の中に十三本のビームサーベルを内臓し、普段の敵相手には実剣あるいは何本かのサーベルを起動させて攻撃、対艦時には全てを起動させて攻撃するという方法のもとに作られた。
今のキラには艦を守るという思いが強すぎて、武器のことにまで頭が回っていなかった。全てのサーベルを起動し、攻撃を繰り返している。折角消費エネルギーを考えた武器も、MSに相手に全て起動すれば簡単にエネルギーの底はつく。一撃で仕留められてこそ、全てを起動させる意味があるのだ。
奪われた四機のGのなかでも特に運動性の高いブリッツ相手に大ぶりの対艦刀が当たることはない。必死に斬りかかってくるストライクと適当に距離を開き、ビームライフルで攻撃をしかける。ブリッツの攻撃も避けられ、当たってもシールドなのでダメージはない。
経った三分ほど一進一退の攻防が続くと、突然太い光の柱がストライクを無視してブリッツを襲った。
『ニキです。貴方はアークエンジェルへ行ってください』
「ニキさん! ですが、相手は……」
『大丈夫です。私だって伊達にMSパイロットをやっているわけではありませんよ。行ってください』
落ち着いた諭すようなニキの声に負けてキラはストライクを後退させた。コーディネイターであるといっても、パイロットの技量としてはニキの方が上であるし、エネルギーも切れかかっていたので退くしかなかった。
遠ざかるストライクを追うようにブリッツは加速するが、ガンブラスターの左手に持たれたビームバズーカがそれを阻止する。
「貴方の相手は私です」
ブリッツはガンブラスターを飛び回る蝿のように扱い、無視してストライクの後を追うとする。だがそう上手くはいかなかった。ガンブラスターは常にブリッツの上を取り、左手のバズーカと右手のライフルを交互に放って先に行かせない。
「しつこいですね!」
痺れを切らしたニコルは機体をガンブラスターの方に向けると、得意の運動性を活かして接近戦に持ち込む。元々ミラージュコロイドを搭載したせいで銃火器を装備することができず、自然と武装は軽量化となり、大きな一撃を与えるには接近する必要があった。
さすがにニキも接近戦をするつもりはないらしく、猛然と迫ってくるブリッツにビームを撃ちながら後退する。手繰り寄せられるようにブリッツはガンブラスターの後を追っていく。
「マークの言うように、落ち着いてみれば、たいした動きではないですね」
誰もいないというのに丁寧な言葉で独語する。ニキは出撃前にマークに言われたことを思い出していた。
『さっき自室で戦闘データを見ていたんだが、あいつらの動きはたいしたもんじゃない。機体と身体の性能に助けられているだけだ。よく見れば動きを読むことはできる。落ち着いて相手を誘導してくれ。そうすれば……』
前に戦った時はガンダムに乗っているコーディネイターという印象が強すぎて、敵を過大評価していたことをニキは認めざるを得なかった。冷静な眼で見てみれば、ブリッツの動きは確かに素早く、運動性、機動性とも優れているのが分かる。だが動きそのものは分かりやすく、先読みするのも不可能ではなかった。
例えば今の場合でも敵がナチュラルなら行動を先読みして撃墜することも可能だ。だがそこはさすがコーディネイターというべきか、先を読んでも考えられない反射で攻撃を避けてくる。
動きが読めても油断できない状態のまま、ニキはブリッツをアークエンジェルとは反対側の入り口のほうに近づけることに成功した。既にそこには残骸と成り果てたメビウスが幾つもあり、ブリッジだけを破壊された戦艦もある。また新たな敵が二機、姿を見せた。
「ニコル、何をやっている! そんな旧式一機にてこずって!」
イザークがガンブラスターにいいようにあしらわれているニコルを叱咤しながらビームライフルを放つ。ニキは敵が増えたことに動揺することなく、迫り来る輝かしい光を避ける。続いてバスターが撃ったエネルギーライフルとガンランチャーを寸でのところで避けた。
「ちっ、ちょこまかと動き回って!」
ディアッカは吐き棄てるように言うと二つの砲をドッキングさせ、対装甲散弾砲を作り上げると素早く動き回るガンブラスターに狙いを定める。ロックしようにも一瞬も止まることなく動きつづける相手を捕まえるのは難しかった。止まったかと思えばデュエルかブリッツが割って入るので攻撃することができない。
「ディアッカ、援護しろ!」
「やりたくったってお前らが邪魔なんだよ!」
「そんなこと言ったってこのMS、やりますよ!」
全く連携を見せない相手にニキは少し安堵した。マークが言うには『あいつらは個人プレイが好きみたいだ。連携ってもんを知らない』だそうだ。ニキもそれは感じていたことであった。初めてアークエンジェルを襲ってきた時も個人で攻撃してくるだけで、協力という言葉は片鱗も見せなかった。
今もブリッツが接近してきたかと思えば、デュエルが仲間ごと撃つが如くビームを放つ。ブリッツが離れると、デュエルが接近し、割り込むようにバスターの対装甲散弾砲が飛んでくる。
一人が攻撃すると一人が邪魔をし、二人が攻撃しようと息が合わない。生まれつき高い能力を持ち、それを過信している者たちの弱点が露出した。
『ニキ、準備が出来た。退いてくれ』
「了解しました」
当然の通信に驚くこともなく、返事一つ返すとバラバラに襲ってくる三機を背にしてアークエンジェルと同じ方角に向かっていく。
「逃げる気か!」
イザークが怒声に近い声を張り上げながらフットペダルを強く踏み、機体を加速させる――も、ガンブラスターを守るようにコンテナらしき物が沢山浮かんでいて最大加速では突っ切ることが出来ない。
「さっきはこんなものなかったですよ」
遅れて続いてきたニコルが疑問を口に出す。すぐ後ろにはバスター、前にはデュエルがいる。ディアッカも同じようなことを口にした。
「後ろにもあるぜ。なんだこれ?」
「……まずい、退かないと!」
ニコルが気付いた時には遅かった。ガンブラスターが消え去った方から幾本ものビームが飛来する。三機は咄嗟に回避行動を取るが意味はない。ビームの狙いは三機を囲んでいるコンテナだった。コンテナはビームに貫かれるとたちまち爆発した。
一つ一つの爆発はたいしたものではないが、十数個のコンテナが次々と爆発していき、三機を飲み込む。
「ナチュラルめ、小癪な真似を!」
イザークが怒っている間にもコンテナは爆発し、視界を閉ざし、逃げ場を失わせる。そこへさらにビームが飛来する。今度は三機を狙ったものだ。三人とも自身と機体の性能に物を言わせて避けてみせるが、完全回避とは行かない。肩や脚、胸、次々と装甲が削がれていく。
「いい気味だな、まったく」
自分の作戦が面白いほど上手くいってマークは微笑みを浮かべていた。
彼の作戦とは至って簡単であった。ニキが囮になって三機の注意を惹きつけ、その間にライル率いるアルテミスの整備士たちが作業用MAミストラルで少量の爆薬を積んだコンテナをばら撒く。気付かれればそれまでだが、三機は己のプライドにかけて一機の旧式MSの相手をして気付かないだろういう予想が辺り、コンテナは上手く敵を閉じ込めた。後はコンテナを撃ち抜いて爆発させ、視界と逃げ場を抑え、ハーディガンご自慢のキャノンで狙い撃ちする。
とはいっても全てが上手くいったわけではない。ガンダムたちの装甲は予想以上に頑丈で爆発のなかでもさほどダメージを負ってはいないし、動きも狙いよりは鈍っていない。ここはさすがコーディネイターだなとマークも認めている。最大のミスはハーディガンそのものは完璧なのだが、ビームキャノンの調子がいまいちだった。最大出力で撃てないし、センサーも相手を捉えきれていない。全てが完璧なら爆発のなかうろたえる三機を狙撃できたものだが、今では勘頼り撃ちまくっていた。
それでもマークの腕と勘の良さが合間って、今までろくにダメージを与えられなかったガンダムたちに傷を負わせた。
「一機くらいは落ちてくれよな!」
マークが放った最後の一撃は、主人の想いの半分だけ応えた。爆発の中でビームを避けつづけていたデュエルの右腕を貫き、破壊する。
イザークにしてみれば恥につぐ恥であった。格下と見下していたナチュラルに出し抜かれ、小さいとはいえ傷を刻まれた。よりによって、右腕を丸々持っていかれるなど、彼にとってはあってならないことだった。
「くそ、くそ、くそ!」
イザークの怒りは頂点に達し、無謀にも爆発から飛びぬけて狙撃兵に向かおうとした。それが愚かなのは、出て来た瞬間狙い撃ちされてしまうからだ。デュエルの動きを見たニコルが忠告するよりも早く、より多くのビームが飛んでくる。
「そろそろ俺らもアークエンジェルに戻ろう。離れすぎると戻れなくなる」
『そうですね。戻りましょう』
狙撃し続けていたハーディガンは残骸と成り果てていた戦艦の背後から飛び出し、同じく狙撃に手を貸していたガンブラスターと共に、煙のなかへビームをありったけ撃ち込んでアークエンジェルに戻って行く。
雨のように撃ち込まれるビームの前にデュエルは進むことが出来ず、ブリッツ、バスターと共に避けに徹していた。爆発はとうに収まっていたが、爆発時に生じた大量の煙が彼らを進むことを許さなかった。
ビームの雨が止んですぐに煙も晴れる。目の前にあるのはメビウスの残骸がコンテナの欠片だけで、MSの姿はどこにも見当たらない。
イザークは行き場のない怒りを拳に込めて、シートを叩く。
「やられた。ナチュラル如くに、この俺らが、クルーゼ隊がやられた!」
「ああ、やられたな……」
「今は何を言ってもしかたがありません。そろそろバッテリーが切れます、ガモフに戻りましょう。きっとミゲルさんが足つきを落としてくれてますよ」
「それならそれで、余計に腹が立つ!」
一通り会話を終えると見るも無惨になったアルテミスから三機のGは撤退していく。
この時、戦っていたマークらは気付いていなかったが、アークエンジェルもまた待ち伏せていたガンダムと交戦していた。
無事にアルテミスを出たアークエンジェルを待っていたのは、赤い閃光だった。脱出と同時に巨大なビームが船体に直撃し、艦全体を大きく揺さぶる。それでもアークエンジェルには傷一つつかなかった。それはアークエンジェルの装甲全体が<ラミネート装甲>という特殊な装甲であったからだ。
ラミネート装甲とはビームを受けた時、その熱を全体に受け流し、排熱することでビームを防ぐという装甲だ。無論PS装甲と同じで無敵ではなく、大出力のビームではそう長く持たない。イージスに装備された580mm複列位相エネルギー砲<スキュラ>で言えば、三発が限界だ。
「このスキュラを喰らって無傷とは、連合は厄介な物ばかり作る」
しかしイージスの乗り手であるミゲルはラミネート装甲のことは知らない。スキュラが無効化され、それはつまりビームに対しては無敵だという勘違いを起こす。
折角の奇襲も無駄に終り、ミゲルはMA形態のままイージスをアークエンジェルのブリッジ向けて突撃させる。
突然の攻撃に動揺していたクルーたちはすぐに気持ちを整え、迎撃に移る。イーゲルシュテルンが起動され、ミサイル発射官がコリントスを撃ちだす。それでもイージスの接近と食い止めることができない。
『こちらフラガだ。出るからハッチを開けろ』
ブリッジに焦り気味のフラガの声が通る。
「しかし相手はあのイージスです。いくら大尉でも……」
『マークやニキ、ぼうずが頑張っているってのに俺だけ何もできないなんて、それじゃ立つ瀬ないでしょ! 早く出してくれ!』
「……分かりました。ゼロ、出撃してください」
マリューの声に応えてフラガのゼロがカタパルトから撃ち出される。機首をイージスのほうに向け、レールガンを連射しながら近づいていく。
「バリアント発射準備!」
「バジルール少尉!?」
今しがた味方が出たばかりだと言うのにビーム砲であるバリアントを準備させるナタル。マリューは反射的に名前を叫んだ。
「大尉は味方の攻撃に当たるような人ではありません。今は撃つしかないんです。バリアント、てぇー!」
マリューの答えを待つまでもなくバリアントが発射される。太い光の柱は敵にも味方にも当たることなく宙を進んでいく。
言い争いをしている場合ではないと考えてマリューも落ち着きを取り戻し、指揮を取る。しばらくゼロがイージスを食い止めていると、ソードストライカーを装備したストライクがメインモニターの端に映った。
「こちらキラ・ヤマト。フラガ大尉を援護します!」
通信は一瞬で入り、一瞬で消える。エネルギー残量が少ないのを承知でキラはストライクをイージスの元に向かわせる。フラガを援護するのは当然だが、イージスのパイロットであるアスランともう一度話したいということもあった。
フラガのゼロは高速移動をしながら四つのガンバレルとレールガンで巧みにイージスの足を止める。MA形態で本場のMAとやり合うのは不利と感じたのか、ミゲルはイージスをMS形態に戻し、腰にマウントしていたビームライフルを右手に、シールドを左手に持って応戦する。
「さすがはエンデュミオンの鷹か。だが、いつまでもMAでやれると思うな!」
ミゲルはフラガの通り名を記憶していた。大体のコーディネイターはナチュラルなど敵ではないと考え、敵のことを知ろうとしない。だがミゲルはそういう気持ちを持たずにナチュラルの情報を頭に叩き込んでいた。そのなかに連合屈指のエース、エンデュミオンの鷹のこともあった。
その名の通りに獰猛で素早い攻撃を繰り返すフラガであったが、コーディネイターが乗ったガンダムに当てるのは一苦労であった。当たったとしてもレールガンでは効果がないし、ガンバレルのビームはアンチビームシールドに阻まれる。次第に形勢はミゲルに傾き、放たれた四つの光のうちの一つがガンバレルを撃ち抜く。機体に近いところにあったため爆風がゼロの動きを鈍らせた。
「もらった!」
MAはMSと違って迅速かつ自由な動きが取れない。イージスのビームライフルから撃ち出されたビームは吸い込まれるようにゼロに向かう。
やられた、フラガが確信するのも無理はない。だが現実は思いとは別の方向に行く。強引にゼロの前に踊り出たストライクが小型シールドでビームを受け止めた。
「出て来たな、白い奴。愛機の仇、仲間の仇、取らせてもらうぞ!」
ストライクの形状を見るやいなやミゲルはイージスをMA形態にして、スキュラを放つ。ストライクは外見上接近戦用の装備で、射撃武器が見当たらない。遠くからの攻撃には避けるしかなかった。
体勢を取り戻したゼロと共にストライクは迫りくる赤い閃光を避ける。ストライクはイージスに向かい、ゼロはそれを援護する。
「結局ぼうずに助けられちまったな。これじゃほんとに立つ瀬ないじゃない、俺は」
ミゲルのイージスは襲いかかる四つのビームと一つの銃弾を巧みな動きで避け、接近してくるストライクから離れてスキュラで攻撃をしかける。
中々イージスに近づけず、キラは苛立ち始めた。
「イージスのパイロット、アスランじゃないのか……?」
アスランならむしろ積極的に近づいてきて自分を説得するだろう。キラはそう思っていたが、それとは逆にキラを避けるようにイージスは遠くから攻撃してくる。接近しようにも上手く避けられて近づけない。
ソードストライカーには射撃武器がない。いや、あるにはあるがイーゲルシュテルンではどうしようもない。あまりにも接近できないのでキラは苛立ったままマイダスメッサーを投げ放つ。
ビーム刃のついたブーメランは真っ直ぐイージスに向かっていくが、当たるはずもなく避けられる。しかしブーメランは背後に回ると進路を変え、再びイージスに襲いかかる。
「なんだとっ!?」
ミゲルは思わぬ攻撃を避けるもの、ストライクの接近を許してしまう。ストライクは実剣のままのシュベルトゲーベルを横に薙ぐ。小回りの効かないMAで近接攻撃を避けるのは難しく、直撃を食らうがPS装甲のおかげでダメージはない。
キラは接触回線でイージスに通信を入れる。その間も実剣のままで攻撃は続けていた。
「アスラン、アスラン・ザラ!」
「敵の機体から通信だと? どういうつもりだ、連合のパイロット!」
意味のない攻撃を繰り返すばかりか、通信を入れてくる敵のパイロットにミゲルは怒りを覚えた。命をかけて戦っているというのに、手加減されているような気がしたからだ。半ば無理やりMAからMSに変形させ、シールドで実剣を受け止めると右手首に内臓されたビームサーベルで斬り返す。
「アスランじゃない……」
「パイロットは子供? それにアスランを知っているのか?」
ミゲルは攻撃を防ぎ、反撃をしながらサブモニターに勝手に映った少年の顔を見る。子供といっても自分と二歳しか違わないのだが、彼はそんなことを知らないし、自分がずっと大人だと思っているのでキラを子供と呼んだ。
キラはアスランでないパイロットに驚き、焦ってビームサーベルを起動させた。てっきりアスランだと思って手を緩めていたが、それは大きな間違いであった。
実剣から突然幾つものビームが飛び出してきたのに驚きながらもそれを両手のビームサーベルで受け止めるが、全てを受け止めることはできず他の刃が装甲を裂きにくる。離れるしか避ける方法はなく、イージスは尖ったつま先でストライクの装甲を蹴飛ばして離れる。
<黄昏の魔弾>と呼ばれ、連合に恐れられるミゲルも敵のパイロットがアスランを知っていることの動揺を隠すことはできなかった。しばらくぎこちない動きでストライクの攻撃をやり過ごしていると、ストライクの色がガンダムカラーから灰色に変わった。
「しまった、もうエネルギーがない!」
キラは自分の無茶苦茶な行動を今になって呪った。ブリッツ戦のときにエネルギーを消耗し過ぎた上、またサーベルを全て起動してしまったためにエネルギー切れに陥りPS装甲がダウンする。ゼロは二機が接近戦を繰り広げているために援護できず、さらにPS装甲が落ちてしまっては、ゼロの攻撃でもストライクは落ちてしまう。
「ぼうずは逃げろ! こいつは俺がどうにかする!」
「でも……」
「いいから早く逃げろっての!」
フラガは通信をストライクに入れるのと同時にゼロを最大加速でイージスに突っ込ませる。いざとなれば相討ちも覚悟の上の行動だ。キラはどうすることもできず、フラガの指示に従ってアークエンジェルに退くしかなかった。その頃になってアルテミスから二機のMSが出てくるのを確認する。
逃げるストライクを追うイージスだが、横っ腹から突っ込んでくるゼロとの衝突を避けるために後退せざるを得なかった。その間にストライクは推進剤の限りを尽くしてアークエンジェルに向かう。入れ替わるように二機のMSが向かってきて、形勢が傾きはじめる。
さらに運が悪いことに、ガモフから撤退命令が出た。
『デュエルが右腕を損傷、ブリッツ、バスターも細かい傷だがダメージを負っている。それにこれ以上離れると回収できなくなる』
「ちっ、あと一歩だというのに。……撤退します」
ミゲルは苦渋を舐めながらMA形態に変形させて全速で離脱する。追ってくる者は誰もいない。フラガたちに取って敵を追って薮蛇になることほど愚かなことはなかった。
遠ざかるイージスを見てフラガは安堵に胸を撫で下ろした。
「危ない、危ない。そっちは大丈夫だったんだな?」
『ええ、マークのおかげで敵にダメージを与えることもできました』
「そうか。話はあとでゆっくり聞くとして、とりあえず帰艦するか」
フラガの声に従ってニキのガンブラスター、マークのハーディガン、フラガのゼロはストライクに遅れてアークエンジェルに着艦する。
彼らは一先ず危機を乗り越え、見るも無惨な姿になったアルテミスを後にした。
「こりゃまた、たくさんお仲間が増えたな、マードック曹長?」
ゼロのコックピットから降り立ったフラガが頭を掻きながら、唖然としているマードックに向かって言った。
三機が帰艦してみると、MSデッキには作業用MAミストラルが七機と幾つかのコンテナが置かれていて随分狭くなっていた。ちょっと前までは三機のMSと一機のMAだけで、随分と広く感じていたのが夢のような状態だ。
ライル率いるアルテミスの整備士たちは四機のMAでマークとニキの作戦に傘下し、三機のMAでMSの予備パーツや弾薬などを運んでいたのだった。マリューやナタル(主にナタルだが)は着艦許可を渋っていたが、マークの指示ということで仕方なく着艦させたという。
マークがハーディガンのコックピットから降りてくると、ナタルが待ち伏せしていた。顔全体が引き攣っていて、かなり怒っているのが一目で分かった。マークは逃げ出そうかと思ったが、マードックを初めとするアークエンジェルの整備士たちに囲まれて逃げ様がない。
「ギルダー中尉、これは一体どういうことですか?」
あたふたしているうちにナタルの顔が迫る。ニキとフラガは整備士たちの外で眺めているだけで、手を貸すつもりはないようだ。
「どうってザフトのGを撃退するための協力とパーツや弾薬を運ぶ協力をしてもらったんだが……」
「今アークエンジェルは水や食料が足りなくて困っているのですよ!? なのに何故また人手を増やすようなことを……」
マードックら整備士たち一同も頷く。すると申し訳なさそうな顔をして背を丸めたライルが割り込んでくる。
「あ、あの、もしお邪魔なら僕らはアルテミスに帰ります。ですから喧嘩しないでください」
子供のようなライルの声にナタルは少し言い過ぎたと後悔した。自分たちのためにアルテミスは犠牲になり、自分たちを守る戦いのために手を貸してくれた。それなのにアルテミスの人々の前で言うには大分行き過ぎたことだとナタルは感じた。
「帰るってアルテミスはやられちまっただろ。大丈夫さ、艦長なら分かってくれるよ」
フラガが気楽に言い放つ。その言葉を合図にしたわけではないが、艦長が姿を現した。
「確かにこのまま帰すわけにはいかないわね。それに整備員の数だって多いわけではないでしょう、マードック曹長?」
「ええ、まあ、そりゃ確かにそうですがね」
「なら決まりね。あなた……名前は?」
挙動不審者のようにきょろきょろ辺りを見ましているライルに声がかかる。びっくりして肩を上下させ、一瞬ライルは固まってしまう。
「あ、僕はライル・コーンズ技術少尉です」
「ではコーンズ技術少尉。あなたたちアルテミスの整備士を受け入れる代わりに、私たちに協力してください。悪い話ではないと思いますが?」
「え、あ、はい。分かりました。僕たちもそうしてもらえるとありがたいです」
そういいながら自分の仲間たちを見る。仲間一同は頷いて、アークエンジェルに新しい仲間が加わった。
「で、ここにあるミストラルやコンテナどうすんのよ? ここに置いてちゃ、邪魔だろ?」
「それなら左舷デッキに移せば大丈夫ですぜ。あっちにはミストラルが四機か五機かと物資があるだけでスペースが余ってますから」
「では決まりね。今からアルテミスの整備士たちはマードック曹長の指示に従ってミストラルと物資を移動させて下さい。どうやら敵は追ってこないみたいですから」
マリューの今までにないくらい余裕のある、的確な指示にナタルは驚き、見直した。
「フラガ大尉、ギルダー中尉、テイラー少尉、バジルール少尉は来てください。今後のことを検討しないといけないので」
そう言いながらマリューはMSデッキから出て行く。それに続いてナタル、ニキ、マークが続く。最後にフラガがついて行こうとすると、マードックに声をかけられた。
「ねえ、大尉。俺とコーンズ技術少尉ってどっちが階級上なんですか?」
「え? う〜ん、技術士官っていうのは普通の士官より扱いが低かったような……。ま、あんたのほうがここでは上でしょ。気にするなって」
マードックの肩をぽんぽんと軽く叩いてフラガもMSデッキを後にする。
「マードック曹長、これからよろしくお願いします!」
ライル以下アルテミスの整備士たちが一列に並んで頭を下げる。部下が増えたみたいでマードックは決して悪い気はしなかった。
「ま、いいか。これからよろしくな、お前たち」
アークエンジェルは大勢の仲間を新たに加え、再び月面の本隊と合流するために進み出した。
あとがき
陸です。
ちゃんとマークたちが良い所を見せられたか、心配です。
代理人さんの期待に応えられていればいいですが……自信なしです(苦笑)
さて一つ補足が。ライル・コーンズも地味ながらGジェネのキャラです。知ってる人は少ないでしょうけど(笑)
これからも所々でGジェネのキャラが出てくると思いますが、分からない人のためにその時はここで言うことにします。
ここから少しずつアニメと違うようにしていこうと思います。地上編から結構変更できるように頑張ります。
それでは、今まで読んでくださった方々、ありがとうございました。
また次の話のとき会いましょう。
代理人の感想
ムラマサブラスターッ!(笑)
暴走してピンチに陥るキラも、結構自然ですねぇ。
ニキとマークも
「貴様等の武器はなんだ!」
「「「知恵と勇気!」」」
ってノリで格好よかったですw
視界を奪うような爆発の中でどうやったらハーディガンが狙い撃ちできるのか、とかツッコミどころもありましたが(笑)。