PHASE−07『悲劇の傷跡』



 戦闘を終えてストライクのコックピットから飛び降りたキラは溜息を吐いた。マークが整備士たちに囲まれ、ナタルに問い詰められているのを横目にMSデッキから出て行く。

 自動で動く手すりに掴まって廊下を移動していると、軍服を着込み、ロメロの後ろについている友人たちを見つけた。

「みんな、どうしたの、その服……」

 キラが驚くのも無理はない。自分と違うナチュラルで自分と同じ民間人である彼らが軍服を着ていれば、友達として気にならないはずがない。

 一番早く振り向いたサイが笑顔を見せながら答えた。

「キラ、お帰り。この服は、見たまんまだよ」

 遠まわしにサイは言うが、疲れきっていて頭が回らないキラはその奥の意味に気がつかない。振り向いた友達たちの顔を一つ一つ見て、みんな笑顔なのだけが理解できた。

「俺たちブリッジクルーとして働くことにしたんだ。キラばっかりに戦わせちゃ悪いだろ?」

 トールが遊びにでも行くような感覚で言った。キラの疲れきっていた脳は瞬時に活性化し、半ば怒りを込めて言い返す。

「なんでみんながそんなこと! もしかして、やれって言われたの?」

 早とちりをして関係のないロメロを睨む。ロメロは少年とは思えない鋭い視線に圧倒され、目を背ける。

 今にもブリッジに向かって抗議しそうな勢いを見てミリアリアが穏やかな声で説明した。

「違うわよ、キラ。私たちが自分で望んだことなの。友達のキラが戦っているのに、私たちだけ何もしないのはおかしいもの」

 同意してカズイが続く。

「キラがさ、精一杯俺たちを守ってくれてるのに、それに甘えて休んでるなんて出来ないよ。俺らも出来ることはやろうってことになって、それで志願したんだ」

 自分たちがしたことの重大さを知らないかのように友達たちは笑顔を浮かべている。キラは「みんな……」と言いかけて、言葉を飲み込んだ。トールが掌を自分の口の前に突き出したからだ。

「止めるなよ、キラ。俺たちとお前は友達だ。友達は互いを助け合うもんだろ? そりゃ俺たちはMSやMAには乗れないけど、ブリッジの仕事ならやってみせる。それでキラの負担が軽くなるわけじゃないけど、それでも俺たちはやるって決めたんだ」

 少年少女の会話に耳を傾けていたロメロが焦った様子で「早く行くぞ」と声をかけて先に進む。友達たちはそれぞれキラに声をかけてロメロの後に続く。

 キラは呆然とその背中を見送ることしか出来なかった。

(もしかして、僕がみんなを戦いに巻き込んだの……?)

 自問しても自答は返って来ない。複雑な気持ちを胸にしながら、疲れた心身を休めるために共同のベッドルームに向かった。




 一騒動あった後、ブリッジでは今後の方針についての話し合いが行われていた。モニターの一つに自分たちの位置と他の重要拠点などを示した地図が映されている。

 各々地図を見上げながら頭を抱える。簡単ではないにしろ、補給できると思っていたアルテミスでまともな補給が出来なかったことは思ったよりも辛いものだった。マークの機転でMSのパーツや弾薬などは積み込むことができたが、生活物資までは手が回らなかった。今、アークエンジェルはザフトよりも食料と水の危機に怯えている。

 アルテミスより先に連合傘下の拠点はなく、中立を維持している補給ドッグ<ラビアンローズ>が一基あるが、マリューやフラガはラビアンローズに行くことには反対であった。

「何故です、艦長。ラビアンローズなら補給を受けることができますし、ザフトだって攻撃はできないでしょう。ザフトもアナハイムと繋がりがあるのですから」

 ナタルが渋るマリューを問いただす。ナタルが言う通り、ラビアンローズを拠点にしているアナハイム社――社とはいってもザンスカール戦争終結時から縮小していって、今ではごく少数の生き残りが経営している程度だが――とザフトは繋がりがあるし、また連合も繋がりを持っている。アナハイムは宇宙世紀時代の頃から敵対する組織どちらともパイプを持ち、MSを双方に売っていた。今もそれは変わらず、宇宙世紀時代のMSデータや余っていたパーツなどを双方に売っている。割合としては連合のほうが圧倒的に多いが、少なくともザフトと繋がっているので攻撃をしかけることはない、はずだ。
 

この『はずだ』にマリューとフラガは決断を下せないでいた。中立コロニーであるヘリオポリスを何のこともなく吹き飛ばしたような軍(正式にはクルーゼの独断だが)なのだから、ラビアンローズの一基くらい平気で攻撃するのではないか、と疑っている。

 返事を保留にしてしばらくし、マリューが答えた。

「ザフトが攻撃を仕掛けてこないとは限らないわ。それにアナハイムとの繋がりは連合のほうが厚い。ラビアンローズを落とせば連合のバックアップも減り、一石二鳥と考えると思うの」

「艦長の言う通り。クルーゼの野郎なら攻撃してくる、間違いない。ラビアンローズには行かない方がいい」

 フラガの言うことにマークが大きく頷く。ニキは黙って訊いている一方で、微動だにしない。

「となると、行く場所は一つしかありませんね。あまり、気が進みませんが」

 マークが厳しい表情で手元のパネルを操作し、地図の一部を拡大する。大きく表示された文字の列はクルーの気持ちを重くさせるには十分であった。

「デブリ帯、か。あそこにはユニウス7の残骸がある。それが俺らの生きる為になる、か。なんだか皮肉だな」

 いつも明るいフラガでさえ言葉が重々しくなり、いつも厳格なナタルも落ち込んだ顔をした。ニキも無表情というわけにも行かず、陰を作る。

 マリューらはできるだけ声を潜めていたが、他のクルーの耳に入るには十分だった。先ほどからブリッジクルーとなった子供たちは戸惑いの表情を見せ、仲間同士顔を見合わせる。

 数秒の間、沈痛な空気がブリッジを飲み込む。意を決し、一際強気な声でマリューが命じた。

「これからアークエンジェルはデブリ帯に向かい、補給を行います」

 ブリッジクルーは各々頷き、嫌な思いを振り払うかのように自分の作業に打ち込む。入ったばかりの子供たちは自分の仕事を覚えるのに全力を尽くす。

 多くの犠牲を経て宇宙に飛び立ったアークエンジェルは、多くの犠牲の手を借りて生きる道を探す。




 アークエンジェルをレーダーから見失ったガモフのブリッジではクルーの溜息が幾つも洩れる。それはアークエンジェルを逃がしたこともあったが、ロッカールームで暴れるエースについてのほうが意味合いは大きい。

「なぜだ、なぜ俺がナチュラルに負けた! 赤を着る俺が、なぜナチュラルなんかに負けた!」

 ロッカールームでイザークは怒りを拳に預けてロッカーを殴る。それも一度ではない、何度も何度ろロッカーを殴り、八つ当たりにあったロッカーには拳の後がたくさん残る。

 今回ばかりはニコルも止めに入る気はなかった。プライドが高かったわけではないが、赤を着るという誇りはあった。穏やかな性格でこそあったが、ナチュラルに引けを取ることはないと、心の底では思っていたのだ。G三機がかりで逃がしたとなれば、誰だって落ち込む。

 ディアッカは心ここにあらずといったようで、部屋の長方形の窓から見えるMSを眺めていた。MSデッキではデュエルの吹き飛ばされた右腕を修理するために整備士たちが忙しなく動き回っている。

 ロッカーが殴られる音ばかり聞こえていた部屋に扉が開く、気の抜ける音が割り込む。一足遅れて帰艦したミゲルであった。

 怒りに震えるイザークを一目見、次に途方に暮れるディアッカとニコルを見て、ミゲルは突き放すように鼻で笑う。

「貴様、何が可笑しいっ! ナチュラルに負けたのが悔しくないのか!」

 イザークの怒りは炎となって燃え上がり、瞳にも浮かびあがる。燃える瞳で睨まれてもミゲルは動じることなく、淡々と着替え始めた。

「悔しくないわけがないだろ。俺は二度も機体をやられている。一機は愛機だ。悔しいに決まっている」

 それでも怒りや焦り、悲しみといった感情は一切篭もっていない。ただ事実をありのまま語っている口調だ。

「だがお前らが負けるのは当然だから笑ったまでだ」

「なんだとっ!」

 床を蹴ってミゲルに掴みかかり、ロッカーに叩きつける。ニコルはこれと非常に似た場面に出会っていて、その時は止めていたが今はその気力もない。

「なんで負けたのか分からないのか?」

 冷静な声がイザークの怒りを掻き立てる。右腕を振り上げて顔に狙いを定める。そして振り下ろそうとした瞬間、仲裁役のニコルではなく煽り役のはずのディアッカが止めに入った。

 いつになく真面目な顔でディアッカが言う。

「やめろ、イザーク。ミゲル、なんで俺たちは負けたんだ? あんたは分かっているんだろ?」

「ディアッカ、こんな奴に教えてもらうことはない! 行くぞっ」

 ディアッカの手を振り払って出て行こうとするが、ディアッカはもう一度腕を掴んで外に出ようとしない。

 普段ならイザークに笑いながらついていくディアッカだが何故か今日はいつもと違う。その表情には悔しさが滲みでている。

「教えてくれよ、ミゲル。俺は、あんな奴らに二度と負けたくないんだ」

「僕もです。僕も、もう負けたくありません。これでは戻って来た隊長とアスランに合わせる顔がありません」

 臆病者と呼ばれ続けていたニコルも一味違う。真剣な眼差しでミゲルを見やる。

 こうまでなればイザークも引くことはできず、ふんっと鼻を鳴らしてミゲルを睨みつけ、ミゲルの言葉を待つ。

 三人の視線を一身に浴び、ミゲルは軽く息を吐いてから話し出す。

「簡単なことさ。お前たちはナチュラルを侮り過ぎているし、個人プレイ過ぎる」

 一区切り置いて三人を見渡す。ディアッカとニコルは真剣な眼差しで聴いているが、イザークはそっぽを向いている。

「ナチュラルは自分自身の能力と俺たちの能力を把握している。だから数を集めたり、作戦を立てて戦っている。だが俺たちは自分たちの能力を過信して個人プレイに走り過ぎ、結局その隙を突かれて、負けてしまう」

 イザークらよりも多くの戦場で戦い、多くの敵と戦ったことのあるミゲルだからこそ説得力があった。ディアッカは無反応に見えるが、ニコルは何度か頷きを見せた。

「要するに俺たちには連携がないし、能力を過信し過ぎている。これを直せばいい」

「ナチュラルどもを認めろ、とでもいうのか? 馬鹿馬鹿しい」

 イザークが鼻を鳴らしながら声をあげた。ミゲルは少し視線を向けるだけで何も言わない。

「嫌なら何度でも戦って、何度でも負けろ」

 言い放ってミゲルは着替えを再開する。折角の話を邪魔されてディアッカはイザークを睨み、イザークも負けじと睨み返す。

「お前はこのままでいいのかよ、イザーク」

「そういうお前はナチュラルを認めるのか?」

「そういうわけじゃない。俺らはナチュラルより優れている、それは変わらない。だが……」

 一旦言葉を止めて、ミゲルを見る。

「連携プレイくらいは出来る。そうだろ、ミゲル」

 話している最中に着替え終わったミゲルは口を三日月状に歪める。

「ああ、そういうことだ。初めからお前たちがナチュラルの力を認めるとは思っていないさ」

「それじゃぁ……」

 ニコルが次の言葉を待てないで先に口にする。それを制してミゲルが言った。

「俺がお前たちに連携プレイを教えてやる。これでも経験はお前らよりあるからな。やるのか、やらないか、どうする?」

 一同を沈黙が包み込む。イザークだけは考えることもせず、鼻を鳴らしながら二人の答えを待っていた。

 しばらくしてディアッカが決意を固め、より真面目な表情で前を向いた。

「俺はやるぜ。ナチュラルにこれ以上負けるとは思わないが、やらない理由はない。次で足つきを落としてやる」

「僕もやります」
 続いてニコルが決意を表明した。ニコルの顔には幼さが残っているが、普段の子供らしい表情はなく男らしい、引き締まった表情が浮かんでいた。

 二人の決意にミゲルは満足そうに頷き、一人ふて腐れているイザークに目をやる。

 イザークには三つの視線が集まり、とても放り出して逃げ出せる状態ではない。

 仕方がない、という感じてお得意の鼻を鳴らしてミゲルの目を睨む。

「仕方がないから付き合ってやる。それで、足つきが倒せるならな」

 まだ小馬鹿にしたような感じが残っていたが、ミゲルは気にしなかった。今一度頷いて、先にブリッジに向かう。

 三人は静かになったロッカールームで無言で着替えをし、まずニコルが出て行く。次にディアッカが出て行こうとするが、イザークに止められた。

「おい、ディアッカ。お前、どういう風の吹き回しだ。あんな奴に頼むだなんて。俺らは赤を着ることを許されたエリートだぞ?」

 イザークの普段と変わらない言い方に、今のディアッカは少し哀れみを感じた。

「エリートで勝てるなら苦労しないぜ。俺は、あれほど悔しい思いをしたことはない。一方的に攻撃されて煙の中を逃げ回るだけ。あんな屈辱初めてだっ!」

 右手で拳を作り壁を叩く。普段はふざけたような態度を取っているディアッカだが、激することはあまりない。そのディアッカが声を震わせているだけで、イザークにはディアッカの受けた屈辱を感じることができた。

 そのままディアッカは出て行く。残されたイザークは自分の受けた屈辱を思い出した。こちらの攻撃は全て読まれ、相手の作戦にまんまと嵌められ、一方的な攻撃を受けて右腕をやられた。思い出せば出すほど、怒りが込み上げてくる。

 そして気付いた。この怒り、屈辱を晴らすためにディアッカはミゲルの意見を聞き入れたのだと。ナチュラルに屈辱を受けるくらないなら、エリートの意識を棄てるほうを選んだ。ディアッカの強い意志を今になったイザークは感じた。

「俺も、このままで終るものか。落としてみせるぞ、連合の白い奴」

 イザークはストライクの名を知っていたがあえてその名を口に出そうとはしない。名前を口にすることさえも敗北と感じられたのだ。

 表には出せない男であったが、確かなる決意を秘めてロッカールームを後にした。




 デブリ帯に向かうアークエンジェル内ではしばしの休憩と、訓練が行われていた。

 シミュレーターが設置されている一室にマークとキラ、トールたちはいた。マークとキラはコックピットを模した機械の中でシートに座り、戦闘の準備を進めている。

 友達たちは今休憩時間であり、本当なら休んでおくべきなのだが、マークとキラがシミュレーターで戦うと聞いて素っ飛んできたのだ。少ない観客として戦闘が映し出されるモニターを見上げ、戦闘が始まるのを今か今かと待つ。

「キラ、準備は終ったか?」

 手馴れた手つきで設定を終えると、向かい側のコックピットに入っているキラに通信を入れる。初めて触れる機械だったが、キラはマークよりも早く設定を終えて待っていた。

「はい、大丈夫です」

「じゃぁ始めるぞ。容赦なくいくからな」

「よろしくお願いします!」

 二人とも息を合わせたように同時にスイッチを押す。計器に次々と光が灯り、モニターが真っ暗な宇宙を映し出す。

 シミュレーターは実にリアルに作られており、目隠しをして乗せれば本当のコックピットと思うだろうほどだ。爆発の衝撃や振動も再現されてコックピットに伝わるようになっているが、故障が見つかったらしく本来ほど激しくはない。

 トールは「おぉ」と息を洩らしながらモニターに釘付けになる。二機の機体が姿を見せ、攻撃をし始めていた。サイやミリアリア、カズイもリアルな映像に息を吐いていた。

 先に攻撃を仕掛けたのはキラだ。手持ちのビームライフルをハーディガンに向けて撃つ。放たれたビームはハーディガンを捉えることなく過ぎ去っていく。

 二機の距離はどんどん近づいていき、キラはその間も攻撃の手を緩めなかった。苛烈なまでの連射攻撃にハーディガンは怯むことなく突っ込んでくる。避けたり、時にはシールドで受けたりして距離を狭めた。

「なんで当たらないの!?」

 キラの焦った声が外部スピーカーから流れてくる。聞きなれない様子のキラの声に、友達たちは胸を痛めた。

 ストライクとハーディガンの距離は随分と近まり、接近戦の領域まできていた。ハーディガンは右手に持ったライフルを腰の後ろのハードポイントに取り付け、腰の横につけられているサーベルを引き抜いて斬りかかる。

 光剣はシールドに受け止められ、光を散らす。この距離ならば、とストライクの右手にもったビームライフルがハーディガンの顔を捉えた。引き金を引く。ビームが顔を貫く――ことはなかった。その前にハーディガンのキャノンが唸り声をあけた。

「うぐっ」

 右肩のビームキャノンはストライクのコックピットを的確に射抜いた。故障中とはいいながら十分過ぎる振動がキラのコックピットを襲い、赤い文字で<GAMEOVER>と表示された。

 何分も経たないうちにあっさり勝負がつき、友達らは驚きを隠せなかった。キラはコーディネイターだし、機体はあのガンダムだ。マークでもきっと負けてしまうだろう。そうとさえ思っていた友達らにとっては十分な衝撃だ。

「こんなに簡単に負けるなんて……」

「当たり前だ。俺は軍人、お前は民間人。それでも冷や冷やさせられたぜ、お前の射撃能力には」

 キラの落ち込んだ声にマークの平静な声が続く。キラはそれなりに落ち込んでいるようだが、マークは内心恐ろしさを感じていた。正規の訓練を受けたわけでもないのに、キラの射撃は実に的確だった。まだ経験が浅いから避けることに苦労はさほどなかったが、ナチュラルには到底できないことを実感する。

「今やった通り、俺でもお前の攻撃を避けることは簡単だ。それはお前の攻撃が単調で、分かりやすいからだ」

 手元のパネルを操作してキラのモニターと外部モニターに先ほどの戦闘映像を再生する。それを見せながら説明を始めた。

「狙いは正確だが、どこに攻撃するか分かれば避けるのは容易だ。お前は相手を殺したくないがために、腕や足を狙っている。しかも、引き金を引くのに少し躊躇いがあって、それが攻撃を遅らせている」

 キラは図星だったようで顔を下に向けた。シミュレーターで死ぬことはないと分かっていても、キラには人を撃つ躊躇いがあった。テレビゲームのように簡単にはいかない。

「お前の気持ちはわかるが、正直過ぎるのはいけない。これから何度も俺と戦ってもらう。実戦に近い戦闘で経験を学んでもらうためだ。軍人にならないとしても、生き残るためには撃たなきゃいけないぜ」

 マークの言葉一つ一つを噛み締め、消え入りそうな声で「はい」と答えた。

「じゃぁもう一回だ。俺に一発当たるまでは続けるぞ、いいな?」

「はい、お願いします」

 マークとキラの二回戦が始まる。二人は気付かなかったが、この時観客であった友達たちはブリッジに戻り、代わりに整備士たちが集まってきていた。




 ガモフのブリッジではミゲルを中心として次の行動について話し合っていた。デーブル型ディスプレイを覗き込んでいるが、たいしたものは映っていない。

 ロッカールームで一騒動起きている間に、アークエンジェルはガモフのレーダー範囲から離脱していて、ガモフは敵を見失っていた。無限のように広がる宇宙で、一度見失った敵を見つけるには、敵の動きを先読みしなければならない。アークエンジェルが月に向かっているのは明白だが、その航路が分からなければ意味がない。コーディネイターといえど超能力者ではないのだ。

 ディスプレイと睨めっこを始めて五分、痺れを切らせたイザークが声を張り上げる。

「一体何をやっているんだ、俺たちは! 足つきを見失うだなんて、お笑い種だ!」

「やめろ、イザーク。そんなことを言っても始まらない。今は足つきの行動を考えるんだ」

 年長者らしくミゲルがたしなめる。それで収まるイザークではないが、それ以上言う言葉が見つからず癖とも言える鼻鳴らしをして黙り込む。

 アルテミスを陥落させたさい、妙案を思いついたニコルも今度ばかりは黙っている。ディアッカは初めから不機嫌そうな顔で考えることさえしていない。

 いい加減飽き飽きするほどディスプレイを見つめたところで、ミゲルが答えを導いた。

「足つきはアルテミスでの補給に失敗している。となると次の補給地点はラビアンローズが妥当だな」

 そう言ってパネルを操作し、ディスプレイ上の一部分を拡大させる。長い時間をかけて出た答えに不満なのか、イザークが睨みつける。

「そんなことくらい初めから分かっているだろうが」

「そう、分かっていることだ。そしてここには向かっていないことも、分かっている」

 声にこそ出さないが彼らはアークエンジェルがラビアンローズに向かっていないことは分かっていた。平凡な兵士なら中立で安全に補給を行えるラビアンローズに向かったと考えるだろうが、実際はラビアンローズを戦闘に巻き込ませたくないために行けはしない。ヘリオポリスで戦闘をしたザフトが中立を守ってラビアンローズに手をかけない、そんなことはない。と連合が考えていることくらい、容易に想像がつく。

 では何処に向かったのか。それを皆考えていた。ラビアンローズ以外に連合が補給できる拠点は見当たらない。月に近づけばあるだろうが、そこまで持つはずがなかった。

「もう一つ、あるといえばある、か」

 誰に言うでもなく呟いてパネルを操作し、違う部分を拡大する。その場所はデブリ帯と示されていた。

 イザーク、ニコルもその可能性を考えていたのかさほど驚いた様子はない。

「確かにここなら補給ができるかもしれませんね。ですが……」

 ニコルが語尾を濁らすのも仕方がない。デブリ帯には地球の引力に引かれて流れ着いた、ユニウス7の跡があるのだ。この悲劇は連合、ザフト、オーブ全てに驚愕な事件であった。連合内でも核攻撃には批難があり、大抵の人間は近づきたいとは思わない場所だ。

「生きるためには手段を選ばないだろう。ここしか他に思い当たる節もない」

 彼らとしても多くの同胞が眠る場所に足を踏み入れたくはなかった。それでも踏み入れねば新たな同胞が死ぬ。そのためには死者に目を瞑ってもらう他がない。

「そうですね、ここしかありませんよね……」

「ゼルマン艦長、ここに向かっていただけますか?」

 艦長シートの上で少年たちの話を聞いていたゼルマンはあまり喜ばしくない表情であったが、静かに一度頷き、そう命令を下した。

 宇宙を漂っていたガモフは勢いを取り戻して多くの同胞が眠るデブリ帯に向かう。

 一通り話し合いが終ると、初めてディアッカが口を開いた。

「ミゲル、いつ連携プレイの練習するんだよ?」

 ブリッジを出ようとしていたミゲルは足を止めて、振り返る。

「少し休憩を入れたら始めるさ。移動時間を無駄にしないためにな」

 それ以上言葉を続けることなくミゲルは扉の向こうに消える。次にニコルが出て行き、いつも通りイザークとディアッカが残った。

「焦ることはないだろう、ディアッカ。そんなことをしなくとも、俺らはもう負けないに決まっている」
 
 ディアッカの肩を軽く叩いて先にイザークが出て行った。少ししてディアッカもブリッジを後にする。

「若いな、彼らは」

 始終彼らを見守っていたゼルマンが呟く。部下が「なんでしょうか?」と振り返るが、手を振って仕事に戻す。

 ゼルマンの目にはどこか悲しみが浮かんでいて、その目はモニター一杯に広がる宇宙に向けられていた。




 デブリ帯が近づいてきて、ブリッジにキラやマーク、ニキ、フラガが呼ばれた。

 艦長シートの周りに集まってマリューの言葉を待った。ゆっくりとしっかりとした声がブリッジに流れる。

「これから私たちはデブリ帯に入り、必要な物資を調達します」

 マリューの沈痛な声が終ると、モニターにデブリ帯が表示される。

 人工の大地が遥か先まで続いている。当時のまま残された建物が幾つも見え、凍った人工の海までもが浮いている。それは残骸というには、あまりにも巨大なものであった。

 初めてデブリ帯の真実を見た少年少女は小さく悲鳴にも似た声をあげた。

「これは、どういうことですか?」

 サイが真っ先に口にした。

「見ての通りよ。ここには地球の引力に引かれてきたユニウス7がある。だからこそ、私たちはここに来たの」

 事実を信じていたクルーたちは顔を俯けた。キラは怒りを隠そうともせずに大きな声を出す。

「あそこには多くの人が眠っているんですよ? それを踏み荒らそうというのですか!?」

 キラは他のクルーの気持ちまで理解することはできなかった。誰も好んで死者の大地を荒そうというのではない。仕方がないのだ、自分たちが生き残るためには。

 マリューが躊躇いながら言おうとする前に、ナタルがはっきりした声で答える。

「そういうことだ。今、我々が生き残るためにはそれしかない」

「そんなことが許されるんですか!? あれは、あれは、あなた達連合がやったことでしょう! 恥ずかしくないんですか!」

 それは禁句といってもいい言葉だった。連合のせい。確かに連合の核攻撃によってユニウス7は滅びた。だが、今いる連合の軍人は誰一人直接関わってはいない。それでも連合のせいと言われれば心を痛めてしまう。

 普段の明るさとは一変、フラガが激しい口調でキラに言う。

「俺たちが恥も知らないと思っているのか、お前は! 俺たちだってなあ、本当はこんなことしたくないんだ。だが、生き残るためには、これしかない。俺らが生き残るために、少しだけ力を借りるだけだ!」

「そうよ、キラ君。私たちは好きこんでここにいるんじゃないの。仕方が、ないのよ。分かってちょうだい……」

 フラガやマリューの態度からも、ここでいつもなら真っ先に意を唱えるであろうナタルも、皆普段とは違った様子なのにキラは今になって気付いた。

 冷静になってみて自分の発言の愚かさに気付き、申し訳ない気持ちで居た堪れなくなる。小さく言われた「ごめんなさい」はクルー全員の耳に届いた。

「とにかく、今は生き残るために死者たちの力を借りましょう、恥を忍んで。貴方たちも手伝ってもらいます。キラ君はギルダー中尉、テイラー少尉と共にMSで周囲の警戒と物資運び」

 マークとニキは素早く頷き、キラは頷きこそしないが反論もしなかった。

「貴方たちはそれぞれペアになったミストラルで物資を運んでもらいます。一時間後に行動開始です」

 ブリッジクルーを一通り見回しながら言う。誰もがただ静かに頷いていた。
 
 簡単な説明が終るとそれぞれ持ち場につく。キラと友達たちは食堂に向かっていた。どうも気持ちが落ち着かず、仕事に身が入らない。

 食堂に行くとフレイが小さな少女と一緒に座っていた。テーブルの上に色とりどりの折り紙が置かれている。

 キラたちの姿を見つけると、フレイは顔をぱっと明るくして立ち上がり、サイに飛びつく。

「サイ! もう、つまらなかったんだから。いつも仕事仕事って言って、少しはかまってよ」

「フレイ……。今は、それどころじゃないんだ」

 静かにフレイを押しのける。フレイは何がなんだか分からない顔で、皆の表情が暗いのに気付く。

 席につくとサイがブリッジで話されたことを教えた。いつも活気のいいフレイもさすがに黙り込んだ。一人状況のわからない少女は「どうしたの?」と聞くばかりだ。

 しばらく暗い雰囲気が食堂を包み込む。それを切り拓いたのは意外にもフレイだった。

「これで花を作りましょう。手向けの花を」

 フレイの意外な一面に一同が驚く。しかしそれはいい案だったので、何も分かっていない少女と一緒に花を作り始めた。ほんの少しの慰めてとして。




 デブリ帯に向けて前進するガモフの周辺で四機のGが戦闘を繰り返していた。ペイント弾やゴム弾を使うことなく、実際の装備のまま戦っていた。一つ間違えば仲間に殺されることになる。

 イージス一機に対してデュエル、バスター、ブリッツの三機で襲い掛かるが掠り傷さえ負わすことができなかった。一応ビームの出力は下げられているが、それでもコックピットに当たれば死ぬことになる。そう分かっていながら三機は殺す勢いで攻撃を繰り返す。

「そんな攻撃じゃ、意味がない! 三機とも連携して攻撃するんだ!」

 五機のGの指揮官機を想定して造られたイージスは通信や索敵の能力が一際良かった。Nジャマーの影響下でありながら、クリアな声を三機のGに送り届ける。

 戦闘を始めてから五分が経つが、三機は一度たりとも連携を見せない。デュエルが一人で突っ込んでいき、あしらわれる。バスターが援護しようにも素早く接近戦を繰り広げる相手を狙うことは出来ない。ブリッツも割り込もうにも割り込めず、宙ぶらりんになる。

 デュエルが一通り攻撃し終わって一旦退くと、同時にブリッツが突撃し、バスターの二つの砲が唸る。この二機は多少連携があるように見えたが、それもほとんど意味がない。バスターが執拗に射撃を繰り返すのでブリッツは接近することができず、ブリッツが接近するとバスターが援護できなくなる。今度はデュエルが割り込んできて、隙を大量生産する。

「ディアッカ、何故援護しない! ニコルはどいてろ!」

「イザーク、割り込まないでください!」

「お前らは少しは考えて動けよ! 援護できないだろ!」

「ああ、もう、俺一人でやる! お前らは見物していろ!」

「あっ、無茶しないでください、イザーク!」

「ニコルそこどけって! くそっ、援護できないってのに邪魔なんだよ、お前!」

 全く息の合わない会話がイージスに飛び込んでくる。ミゲルはあまりに酷い三人に思わず溜息を吐いた。すぐに三人に戦闘中止を知らせる。

 四機はガモフから丁度いい具合に離れた場所で静止した。

「お前ら、本気で戦う気があるのか? 今の攻撃じゃ、駄目に決まっている」

 呆れた声が三人の耳に届き、胸を痛める。強気なイザークでも、自分たちがなっていないのはよく分かっていた。

「だからどうすればいいんだよ。さっきから何も教えないで戦うばかりでさ、意味あんのかよ」

 ディアッカが愚痴をこぼす。

「全くだ。お前は何がしたい?」

 イザークが続く。

「それが分からないようでは、いつまでも駄目だな。少しは考えて戦え」

「俺らを馬鹿にするのか……! 貴様、一体一で戦え!」

 イザークがミゲルの挑発に乗ってデュエルをイージスに向ける。出力を抑えられているビームライフルを腰に取り付け、シールドを投げ捨てて両手でサーベルを抜く。

 全速力とも思える速さでデュエルが二本のサーベルを持って突っ込んでくる。ミゲルは冷静にMSからMAに変形させ、スキュラを容赦無く放つ。それが当たるとは初めから思っていないようだ。

 ミゲルの予想通り、デュエルは上昇して巨大なビームを避ける。が、既に目の前までイージスが迫っている。ミゲルは撃つと同時に上昇し、MS形態に戻してサーベルを構えていた。全ては予想済みであり、デュエルは二つのサーベルを繰り出すこともなく首筋に光の刃を向けられる。

「確かにお前たちはエリートであるだけあって、身体能力は高いし、腕も良い。だが経験が少なすぎる、実戦の経験がな」

 ミゲルに気はなかったが、イザークには勝ち誇っているように聞こえた。問答無用でコックピットを貫いてやろうかという気持ちが浮かぶが、さすがにどこまで馬鹿ではなかった。

 大人しくサーベルを戻すと、ブリッツが持ってきたシールドを引っ手繰る。

「これからもう一度一体三だ。連携が多少でも出来るようになるまで続く。デブリ帯まで、あまり長くないぞ」

「やってやるよ」

「分かりました」

「ふんっ」

 三者三様の答えが返って来て、四機は再び実戦さながらの模擬戦を開始した。








 あとがき
  どうも陸です。
  なんか半端で短いですね。上手く纏めきれませんでした。
  流し読みな感じで結構な場面ですねぇ、自分で言うのもあれですが。
  次はなるべく早く、上手く纏めるよう頑張ります。
  後、読者の方々にアンケート?という、質問なんですが、何か出して欲しいMSとかあれば言ってください。
  勿論宇宙世紀限定ですし、出せるとは限りませんが、努力してみます。こういうことが出来るのも、この小説の一つの利点だと考えているので。
  それでは、また次の話のときに。
 

感想代理人プロフィール

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代理人の感想

宇宙世紀限定なら・・・・そうだなぁ、サイコガンダムMk-1とか(笑)。

重装甲大火力、そしてガンダムフェイスかつ40mの巨体ってのがぽいんと。大きいことはいいことだ。

でもあくまでも巨大なガンダムだからいいのであって、サイコガンダムMk-2は全然好みじゃないんですよねぇ(笑)。

その一方でパイロットには全くと言っていいほど思い入れがながったりしますが(爆死)。

 

それはさておき、やっぱり連載なら一話一話に山と落ちをつけてもらえれば嬉しいんですけどね。

やっぱり言うほど簡単では無いわけで。

出来ればそこらへんも期待したいんですが・・・ダメ?