PHASE−09『歌姫』
ラグランジュ5にあるプラント本国には多数の天秤型コロニーが存在する。その合間にザフトの戦艦の補給、修理をするドックが幾つもあった。
クルーゼ隊のヴェサリウスはその中の一つに身を入れ、補給、修理を受けている。クルーゼはアスランを伴ってコロニーやドック間を移動するシャトルに乗った。船内には二人以外に精悍な顔つきをした体格の良い男がいるだけだ。
年齢は四十後半に届こうというのに、一見してどこにも衰えは見えない。鋭い視線はクルーゼとアスランに向けられた。クルーゼは平然と、アスランは少し驚いて敬礼をした。
「ご同行させていただきます。ザラ国防委員長」
「礼は不要だ。私はこの船には乗っていない。いいかね、アスラン」
落ち着きのある声で男、ザフト軍最高責任者パトリック・ザラ国防委員長は言った。名前が示す通り、アスラン・ザラの父親でもある。
「分かりました、父上。お久しぶりです」」
アスランは声をかけたがパトリックは反応を見せない。アスランは表情を少し沈めたが、それを知られないように顔を下に向ける。
パトリックと通路を挟んで反対側の席にクルーゼは着き、その後ろにアスランは座る。アスランは父親に久しぶりに会ったというのに、喜びよりも畏怖を感じていた。彼にとってのパトリックは父親というよりも軍の最高責任者として存在を感じることのほうが普通なのだ。
「レポートに添付されていた君の意見には、無論賛成だ」
視線は前のままで話始める。クルーゼは静かにはっと答えるだけだ。続けてパトリックは話を進める。
「問題は奴等がそれほどに高性能のMSを開発したというところにある。パイロットのことなどどうでもいい。その箇所は私のほうで削除しておいた」
「ありがとうございます。閣下ならそうおっしゃってくださると思っておりました」
アスランは少し眉を上げる。パイロット、それは自分の友人であるキラ・ヤマトのことであった。なるべく考えないようにしていたのが、この一言で思い出される。
「向こうに残してきた機体のパイロットがコーディネイターだったなどと、そんな報告穏健派に無駄な反論の時間を与えるだけだ」
「君も友人が連合に寝返ったコーディネイターと報告されるのは辛かろう」
クルーゼは後ろの席に座っているアスランを覗き込む。キラのことを思い出していたアスランは返答出来ずに、「あ、いえ、その」と言葉を濁す。
そこへパトリックが顔を向けながら重みのある声を投げかけた。
「奴等は自分たちナチュラルが操縦してもあれだけの性能を引出せる機体を開発した。そういうことだぞ、アスラン。分かるな?」
父親の鋭い視線に射抜かれて、若干弱々しい声で「はい」と答える。
「我々ももっと本気にならなければならないのだ。戦いを早く終らせるためにはな」
パトリックは誰にでもなく自分に向かって呟いた。強硬派のリーダーである彼は、穏健派のやり方が気に入らなかった。戦闘は出来るだけ避け、交渉でどうにかしようとしている。しかも穏健派のリーダーが評議会議長のシーゲル・クラインであるから、強引にやるにも限度があった。
話はそこで打ち切られ、三人は無言のまま到着を待った。
到着するとパトリックは早々と立ち去る。クルーゼとアスランはその後ろ姿を見送ってからシャトルを出、エレベーターに乗ってコロニー内部に降りる。
クルーゼは備え付けのソファに座って何かの資料に目を通し、アスランは腰の後ろで手を組、立ったままで備え付けのモニターを見ていた。ニュース番組が映っていて、ユニウスセブン追悼の一年式典について報道している。
ちょっとすると評議会議長のシーゲル・クラインが映され、彼の表明が始まった。クルーゼも資料から目を離し、モニターを見る。中央に映るシーゲルは金色の髪を中央で左右に分け、髪の色と同じ口ひげを携えている。年齢に相応しい威厳がそこにはあった。
『あの出来事は、我々にとって忘れることができない、深い悲しみです……』
「そういえば彼女が君の婚約者だったな」
シーゲルの表明を遮ってクルーゼがアスランを見上げる。いきなりなことだったので、アスランはまたも返答に窮して「は、はい」と答えるだけだ。
クルーゼは視線をモニターに戻し、アップで映されているピンク色の長髪の少女を見た。
「ラクス嬢は今回の追悼慰霊団の代表を務めるそうじゃないか。素晴らしいことだな」
「はい」
「ザラ委員長とクライン議長の血を継ぐ君らの結びつき、次の時代にはまとない光となるだろう。期待している」
「ありがとうございます」
シャフトの中を通っていたエレベーターは地上が見える位置まで降下した。ガラス張りの壁から作り物とは思えない小山や海が見渡せる。この光景だけを切り抜けば、地球の風景と全く同じだ。
「その時代を今我々は守らねばならん」
クルーゼの一言には遠まわしにだが、友人を討たなければならない、という意味が含まれていた。アスランはそれに気付いて、顔を曇らせる。もしかしたらもうイザークらが討っているかもしれない。今の友の功績を喜べる半面、昔の親友の死を悲しむかもしれない。
最下層に到着したエレベーターからアスランは冴えない顔のままで降り、クルーゼの後について最高評議会が開かれる議場に向かった。
町を見渡せる位置にある建物の中にある議場はそれほど大きくはないが、中央に真ん中と端が空いている円形のテーブルがあってその周りを椅子が囲んでいる。既に議員は着席していて、その中にはラクスの父であるシーゲル、アスランの父であるパトリックからニコルの父、イザークの母、ディアッカの父もいた。
アスランとクルーゼは議員たちから少し離れた場所にあるソファに座っている。
「それではこれより、オーブ連合首長国領ヘリオポリス崩壊についての臨時査問委員会を始める。まずはラウ・ル・クルーゼ、君の報告から聞こう」
一番奥の席に座っているシーゲルが落ち着きのある声で言うと、クルーゼは敬礼をして立ち上がり、ガラスの板がある場所まで移動した。
クルーゼは淡々と説明を始める。話が進むにつれて多くの議員は顔色を変えた。話が終る頃には、シーゲルとパトリック以外驚きを隠せないでいた。
「以上のご説明でご理解頂けると思いますが、我々の攻撃は決してヘリオポリスを狙ったわけではなく、あの崩壊の原因はむしろ地球軍にあるとご報告させて頂きます」
説明を締めくくるとクルーゼは敬礼をして席に戻った。議員たちは早速口々に意見を述べ合う。だが強硬派と穏健派で意見が合うことは少なく、話し合いは一歩も進展しない。
「しかし、クルーゼ隊長」
顔を半分下に向けていたクルーゼはパトリックの声で顔を上げる。パトリックは議員の話し合いを無視して一人立ち上がっていた。
「その地球軍のMS、これほどまでの犠牲を払ってでも手に入れる価値のあったものなのかね?」
パトリックは事前にクルーゼから渡されていたレポートを読んでいたので、連合のMSの性能は分かっていた。だがここであえて知らない振りをし、説明させることで議員たちに分からせようと言うのだ。
クルーゼは素早く立ち上がって言う。
「その驚異的な性能については、実際にその一機に乗り、また取り逃がした最後の一機と交戦経験のある、アスラン・ザラより報告させて頂きたいと思いますが」
クルーゼとアスランは僅かに視線を交わし、シーゲルとパトリックもまた僅かだか視線を交わした。
「アスラン・ザラよりの報告を許可する」
シーゲルはほんの僅かに躊躇いを見せながらも、平然と許可を下す。
アスランはクルーゼが立っていた場所まで行き、敬礼をする。するとテーブルの中央にあるモニターに整備中のイージスが映し出された。
「まずこのイージスと呼ばれる機体ですが、大きな特徴は……」
アスランはクルーゼと同じように淡々と説明をした。説明する機体が変わるごとにモニターに映る機体も変わる。
全ての説明が終ると議員たちの顔には怒りや焦り、驚きといった表情が生まれていた。
「以上です」
敬礼をして下がる。既に議員たちの口から言葉が吐き出されていた。
クルーゼの報告の時よりも議員たちの言葉に熱が入り、やはり強硬派と穏健派で意見をぶつけ合う。
「静粛に、議員方、静粛に」
見かねたシーゲルが議員らを納める。その様子をアスランとクルーゼは眺めていた。報告が終れば一兵士に発言は許されない。
クルーゼは仮面に隠されていない口を僅かに歪めた。それは楽しそうにも喜んでいるようにも見えたが、隣に座っているアスランは気付かなかった。
「戦いたがる者などおらん。我らの誰が、好んで戦場に出る」
議員たちが納まったところでパトリックが口を開く。
「平和に、穏やかに、幸せに暮らしたい。我らの願いはそれだけだったのです」
シーゲルも議員もアスランもクルーゼも、黙ってパトリックの言葉に耳を傾けた。
「その願いを無惨にも打ち砕いたのは誰です。自分たちの都合と欲望のためだけに、我々コーディネイターを縛り、利用し続けて来たのは」
言葉に熱がこもり、パトリックは立ち上がる。
「我々は忘れない、血のバレンタインを。ユニウスセブンの悲劇を」
両手を前に出す素振りはまるで選挙で票を集めるための仕草だ。
ユニウスセブンの悲劇、血のバレンタイン。連合の核ミサイルによって壊滅させられた不運なコロニー。開戦のきっかけとなった、最悪の悲劇。何万という人間が生きたまま宇宙に投げ出され、もがき苦しんで命を落とした、悪夢のような事件。
コーディネイターにとっては忘れられるはずのない事件だ。こればかりは強硬派も穏健派も関係ない。思いは一つだ。
「二十四万三千七百二十一名。それだけの同胞を失ったあの忌まわしい事件から一年。それでも我々は最低限の要求で早期に戦争を終結すべく、心を砕いてきました。だがナチュラルはそのことごとくを無にして来たのです」
穏健派もかなり妥協案を出して戦争を終らせようと努力していた。それが実らないからこそ、強硬派が生まれたのだ。
「我々は我々を守るために戦う。戦わねば守れないなら戦うしかないのです」
議員たちは誰しも表情に陰りを見せ、賛同するように頷いた。その議員たちの顔を見てシーゲルは溜息をついた。穏健派リーダーの彼にとって、パトリックの意見は危険なものであった。それでも納得できないわけではない。むしろ、パトリックの意見に賛同しそうな自分がいる。葛藤を感じながらも、シーゲルは穏健派であることを変えようとはしない。
これ以上は無意味と考えたのか、シーゲルは査問委員会を終了させる。議員らは各々の気持ちを胸に議場から出て行く。
アスランは先に議場を出て去っていく議員たちに敬礼をしていた。それを見ている者はほとんどいないのだが、それでも決まりは決まりだ。
最後の方になってシーゲルが出て来た。アスランを見つけると歩みより、声をかける。
「アスラン」
「ク、クライン議長閣下」
声をかけられたアスランは緊張しながら敬礼し直す。
「そう他人行儀な礼をしてくれるな」
親しみのある笑顔を見せながらシーゲルが言った。議長というよりも一人の娘の親の声である。気さくな、とても穏やかな声。
「君が戻って来たと思ったら、今度は娘がいない。君達はいつになったら会えるのかな」
少し笑いながら言って、シーゲルは議場の前にあるエヴィデンス01――通称羽クジラ――の化石に近づいていく。
「は、はあ。すいません」
「私に謝られても、な」
アスランは恐縮そうに謝ってシーゲルに続いた。シーゲルはエヴィデンス01を見上げなら言う。
「君の父上の言うことも分かるのだがな。しかし……」
「アスラン・ザラ!」
言い終える前にクルーゼの声が割って入った。二人が振り返るとクルーゼとパトリックがこちらに向かって来ている。
「我々は足つきを追う。七十二時間後に出港だ」
「はっ。失礼します」
クルーゼの声に応えてからシーゲルに一礼して、クルーゼと共に議場を去る。パトリックは息子に声をかけることなく、シーゲルの隣に立って同じように化石を見上げた。
「我々には余裕がない。悪戯に戦火を広げていいものかね」
「だからこそです。我々は早急にこの戦争を終らせなければならない。それには、力が必要なのです」
シーゲルはパトリックの声から彼の意志が変わることのない、確固たるものであることを感じる。
それ以上二人は会話をせず、ただ、エヴィデンス01の化石を眺めていた。
アスランは軍用の車でクルーゼを宿舎まで送り届けると、そのまま宇宙港に向かい、自前の小型飛行機に乗って別のコロニーに移動した。
移動先のコロニーは血のバレンタイン事件で死んだ者の墓が連なる場所だった。遺体がある墓はほとんどない。名前と生まれた日、死んだ日が刻まれただけの墓石がその自分の死を教えている。
アスランは母親の墓の前で足を止めた。手に持った花束を置き、手を合わせる。しばらく無言で墓を眺めて、結局何も言わずに元のコロニーに戻った。
彼にとって母親は大切な存在であった。父パトリックは幼い頃から忙しく、遊んでもらったり、勉強を教えてもらった覚えはない。厳しい言葉を受けたことならあっても、だ。その分、アスランは母親から愛された。彼はそれで十分だった。
それも、今では楽しかった思い出でしかない。母はこの世にはいない。いるのは、軍の最高責任者にまでなりあがった父。父としてではなく、軍の責任者として接する相手。
彼は血のバレンタインを憎んだ。他のコーディネイターと同様、連合を憎んだ。それでも、父のやり方には賛成できない自分がいる。戦火を広げれば、それだけ同胞も死ぬのだ。幾ら自分たちが能力的に優れているとはいえ、勝つという保証もない。
それでも彼は戦う。パトリックの子供である前に、彼は一兵士であった。戦争をどうこうする力はない。ただ、戦場で戦うだけの力しか持たない。
今はいない母、別れた親友、死んだ仲間。全てを思い起こし、思い終わるころには一筋の涙が頬を流れた。
本国に帰国して二日目。自室のシャワーで汗を流しているところに通信が入った。
通信に気付いたアスランは焦ることなく体を拭き、バスローブに身を包んでから壁に備え付けられているモニターに触れる。真っ暗だった画面に軍服を着た女性兵士が映る。
『アスラン・ザラですね?』
「はい」
『クルーゼ隊は作戦行動開始時間を早めて、六時間後の出港となります。乗艦員は一時間前に集合、ヴェサリウスに乗艦して下さい。復唱を』
「はっ……」
アスランは女性兵士の言った言葉を繰り返し、通信を切った。大分休暇が減ったことに彼は何も感じなかった。親しい友は皆戦場にいる。やることといえば、ラクスに送るハロを作るくらいのものだ。
今も机の上にはPCと作りかけのハロが置いてある。PCにはニュースキャスターが映っていて、最新のニュースを読み上げている。
『本日未明、ユニウスセブン追悼一年式典の為にユニウスセブン跡に向かっていた追悼慰霊団の船、シルバーウインドが行方不明になりました……』
肩にかけてたバスタオルで頭を拭いていたアスランははっとなってモニターを見る。ニュースキャスターは同じ事を繰り返していて、他にシルバーウインドとラクス・クラインの映像が映っている。
「ラクス……」
思わず婚約者の名前を口に出す。急に不安が込み上げてきて、アスランは素早く軍服に着替え、情報を得るために一足先に軍港に向かった。
「何度も訊くようですが、貴女は本当にシーゲル・クライン最高評議会議長のご令嬢なのですか?」
「はい、そうですわ」
マリューは何度目かの溜息をついて額を抑えた。普段冷静さを欠くことのないナタルも呆れ顔だ。
フラガもマリューと同じように額を抑えながら頭を振る。敵国のボスとも言える男の娘。拾い物にしては高価過ぎて扱いが難しい。
「なんで救命ポッドなんかに乗っていたんだ?」
呆れながらもフラガは問う。最高評議会議長の娘が救命ポッドでデブリ帯を漂っているなど、並の事態ではない。マリューもナタルもその答えに感心があるようで、目つきを改めてラクスを見る。
「私はユニウスセブン追悼一年式典の為に追悼慰霊団の代表としてここに来たのです。そうしましたら、連合軍の船と出会ってしまって、私たちの船と面倒が起きてしまったのです」
そこまで言うとラクスは顔を下に向けた。あまり思いたくないことらしい。
「連合の方は私たちが気に入らないようで、言い争いになりまして。そうしましたら、危ないからと私は救命ポッドに入れられたのです」
「それであんたの船は?」
「分かりません。連合の方々のお気が静まってくれていると嬉しいのですが……」
今にも涙を流しそうに思える悲壮な顔の少女を見て、三人は心を痛めた。恐らく、ラクスの船は沈められている。それをやったのは自分たちと同じ連合軍。彼女はまだ希望を見出しているようだが、三人はそれが無駄なことだと知っている。
しばらく沈黙が流れて、どうしようもなくなる。
「何に喋ってるのか聞こえない」
「少し黙れよ、トール」
「サイも静かにしてよ」
「だって……」
ラクスたちがいる部屋の扉の前にサイ、トール、カズイ、ダリダ、ロメロの五人が揃って耳を傾けていた。敵国のお姫様に少なからず感心があるようだ。
部屋の中が静かになったな。とサイが言う前に扉が開いて眉間に眉を寄せているナタルが現れた。腰に両手を当て、誰がどうみても怒っているのが分かる。
「お前たち! 何をやってる、持ち場に戻れ!」
ナタルの一喝で五人は謝るのもそこそこに逃げていった。ナタルは軍規に忠実な生粋の軍人であり、彼らのような半端な者が気に入らなかった。今の状況がそうさせているのは承知でも、彼女は納得できずに溜息を洩らす。
これ以上話すこともなくなってマリューはラクスを個室に移すことにして人を呼ぼうとした。そんなところに落ち込んだ様子のキラが通りかかった。
「キラ君。ちょうど良かったわ」
「え、あ、はい?」
マリューの声に我を取り戻したキラは当てもなく動き回っていたことに気付く。なぜか寄る必要もない場所にいた。
落ち着いて周りを見てみると艦長に副長、フラガ、それにあのピンク色の少女がいた。
「ラクス嬢を部屋にお連れして欲しいの。いいかしら?」
「は、はい」
反射的に返事をする。マリューはありがとうと言ってラクスを渡すと、ナタルを連れてブリッジに戻っていった。フラガは出て行く前にキラの肩に手を置いて言葉を投げかける。
「あんまり気にすんなよ。これからやっていけなくなるぜ」
「え……」
まともに答えを返す前にフラガは言ってしまった。キラは部屋の中で大人しく座って微笑んでいるラクスを見て、頬を赤くした。
「どうかしましたか? お顔が赤いですわ」
「えっ。あ、いや、その……。と、とりあえずついて来てください。部屋に案内しますから」
キラはより頬を赤くして慌てながら言った。ラクスは首を傾げながらも先行くキラの後についていった。
しばらく歩くと小さいながら整った個室についた。扉は開いていて、キラが先に入る。
「ここが貴女の部屋です。いつまでか分からないですけど、ここにいてください」
ラクスは逃げ出すとか反抗するとかそういう意志を見せず大人しくキラの後について部屋に入った。
キラは惚けた気持ちでラクスを見つめた。少女らしい顔つきに、ドレスのような服。彼にとっては今まで見たことのないタイプの子であった。
「それじゃぁ、僕はこれで」
「ありがとうございました。あなたが私を拾ってくださったのですよね」
「え、は、はい。……そ、それじゃっ」
可愛い子からお礼を言われることに慣れていないキラは逃げ出すように扉を閉めた。
キラは早くなる鼓動を抑えて、MSデッキに向かう。ストライクの整備をすれば、気持ちを抑えられるだろうと言う少年らしくない考えである。
キラがせっせとストライクの整備をしているころ、いつもの食堂で一騒動起きていた。
「いやよ! なんで私があんな子のために食事持っていかないといけないのよ!」
フレイが必死な形相で叫び声をあげた。
「なんでよ、別にいいじゃない!」
ミリアリアもまた叫び声で応戦する。
「はあ……」
二人の女の子の言い合いを傍観しているカズイは溜息を吐く。黙っていれば二人ともそれなりに可愛いのに、と思ったことは心に止めておいた。
しばらくあーでもない、こーでもないと二人は言い合いを続ける。カズイは止めようにも二人の勢いに押されて割って入ることができない。
そこへ交代時間になったサイが姿を見せた。言い合っている二人を見て、カズイに声をかける。
「どうしたの、二人?」
「ミリアリアがフレイにあのザフトの子に食事持って行ってくれ、っていったらさ、フレイが嫌だって」
「あ、サイ! ねえ、聞いてよ。ミリアリアったら、私にあの子のところに行けっていうのよ!」
カズイと話しているサイに気付いてフレイが寄ってくる。サイの右腕をがっしりと掴み、わざと瞳を潤わせながら訴えた。
「別にやってあげればいいじゃないか、フレイ」
サイが優しく言葉をかけても、フレイは聞く耳を持たない。
「嫌よ! だってあの子コーディネイターでしょ? 何されるか分からないじゃない!」
ちょうどフレイが声をあげた時、整備を終えたキラが運悪く登場した。聞きたくない言葉を耳にして、キラは足を止めて目を見張った。
「ちょっとフレイ!」
ミリアリアの焦りを感じさせる声でフレイは振り返った。そこには愕然としているキラがいて、慌てながら弁解する。
「あ、その、もちろんキラは違うわよ? だけどあの子は……」
フレイが言葉を切った合間を縫って、カズイが入る。
「あの子が襲ってきたりとか、そんなことはないと思うけどなあ……」
「でもコーディネイターなのよ? コーディネイターって頭が良いだけじゃなくて、運動神経も凄く良いのよ? もしかしたら物凄く強いかもしれないじゃない! ねえ、キラ?」
フレイは思慮を欠いていた。一番訊いてはいけない人物に言葉を投げてしまったのだ。
キラは我を取り戻して、視線をフレイから外し、何も言わない。
「フレイ、キラに謝れよ。キラの気持ち、考えろって」
「だって、私、別にキラに悪い事言ってないじゃない。キラは仲間だけど、あの子は敵でしょ」
「そうだけど……」
フレイの言っていることも間違ってはいなかった。キラは仲間だから危なくはないが、見てくれはどうあれ敵は敵。何をされてもおかしくはない。
だからこそサイはいつものようにフレイを黙らせることができなかった。
一瞬沈痛な空気が食堂を襲う。それもほんの僅かで、キラが自らその空気を破る。
「いいよ、別に。本当のことだし、ね。食事は僕が持って行くよ」
そう言ってミリアリアの手からお盆を引っ手繰ると足早に出て行こうとする。
だが、食堂の出入り口のところには思いもよらない人物が立っていた。
「どうかしましたか?」
誰もが驚愕した。牢ではないが部屋に閉じ込められているはずのラクスが平然とした顔でそこに立っている。
ラクスは状況が分かっていないようで、微笑みを携えながら食堂に入ってくると、そのまま挨拶をした。
「私はラクス・クラインですわ。よろしくお願いします」
何も知らぬままフレイに右手を差し出す。フレイはそれを嫌悪感丸出しの表情で払いのけた。
「嫌よ! なんであんたなんかと仲良くしなくちゃいけないの!」
払いのけられた手を摩りながらラクスはぽかん、と口を開けていた。今まで大切に扱われてきた身としては、初めての体験なのだ。
「あら、どうしてですの? 私、何かお気に触ることでもなさいましたか?」
「あなたがコーディネイターだからよ! 分かってんの? ここは連合の船なのよ。なんであんた勝手に動き回ってるのよ!」
この言葉はラクスには出なく、キラの心に突き刺さった。キラは危うく手にしたお盆を落としそうになる。
「確かに私はコーディネイターですけど、それが何か?」
「まだ分からないの? 私たちの敵はコーディネイター、ザフトなのよ!」
「私はコーディネイターですが、ザフトではありませんはわ。ザフトは軍の名称で、正式には……」
「そんなの知らない! とにかく、私に近づかないでよ!」
顔を真っ赤にしてフレイはラクスに肩をぶつけながら足早に食堂を出て言った。サイはすぐにその後を追う。
「キラ、ごめんな。後でフレイに謝らせるから」
キラとすれ違う時、サイはそう残していったがキラの耳には届いていなかった。
居た堪れなくなったミリアリアとカズイも逃げるように食堂を出て行く。残ったのはコーディネイターの二人。
「皆さま、なぜ私を避けるのでしょうか……」
「と、とにかく部屋に戻りましょう。ここにいちゃ、駄目なんです」
やっとのことで口を開き、キラはラクスの手を引いて部屋に連れて行く。右手で器用にお盆を持って、左手でラクスの細い腕を掴んでいる。
ラクスは訳が分からぬまま部屋に戻された。先ほどから後ろでうるさかったハロもついてきている。
「ここで大人しくしていてください。では……」
これ以上会話をするのが辛いのか、キラは早々と部屋を出て言った。ラクスが何か言葉をかけたようだが、取り合わない。
扉の前でキラは両拳を強く握り締め、唇をかみ締めた。
司令を受けてから五時間後、アスランはヴェサリウスに乗艦するために宇宙港に現れた。通路を通っていくとパトリックとクルーゼが会話をしていた。
敬礼を見せてからクルーゼの傍に立つ。アスランはクルーゼが笑みを浮かべていることに気付いた。
「クルーゼ隊長、今回の任務は……」
「君の思っている通りだ、アスラン」
アスランが言い終える前にそれが分かっているように素早くクルーゼが言う。
今回の任務、アスランが思っていた通りの任務。それは足つきを追うことではなく、ラクスの救助であった。
「ラクス嬢の婚約者であるお前がゆっくり休暇、というわけには行くまい」
パトリックはさも当然のように言い、アスランは眉を寄せる。パトリックは世間の評価を気にしてアスランをラクス救助の任務に当たらせた、アスランには父の心の内が分かったのだ。
パトリックもそれを隠そうとせず、アスランの肩に手を乗せる。
「良い報告を期待している」
それだけ言い残してパトリックは先に通路を進んでいく。その後ろ姿に敬礼をしてから、アスランは吐き捨てるように言った。
「ヒロインを救うヒーローになれと言うのか、父上は……」
「それか、ヒロインの亡骸を抱えて泣き叫ぶ悲劇のヒーロー、かな」
クルーゼのわざとらしい口振りにアスランはむっとなってクルーゼを見上げる。なるべく表情に出さないように押さえ込んでいるが、それでも顔に出ていた。
クルーゼは気にすることなく歩き出す。半歩遅れてアスランは続いた。
「途中でラコーニとポルトの隊と合流する。それと、ゼノンの隊が付いてくるそうだ」
いつも見せることのない少し不快な感情がクルーゼの言葉に含まれる。アスランはその差異に気付いたが、無論何も問うようなことはしない。
そもそもクルーゼが不快になる理由が分かっていた。ゼノンの隊、正確にはゼノン・ティーゲルが付いてくるからだ。ゼノンはクルーゼを嫌ってるようで、たまに作戦行動を共にすると必ず意見の食い違いがでる。また豪快な性格がクルーゼには気に入らなかった。
他にも色々あるようだが、とにかくクルーゼとゼノンは犬猿の仲、ということで知れ渡っている。
クルーゼもアスランも会話を交わすことなくヴェサリウスに乗り込み、全員の乗艦が確認されるとすぐさまラクスを救助するという名目の上、本国を後にした。
「上もなんでわざわざ俺とクルーゼを同じ任務に就かすのかね」
ローラシア級MS搭載戦艦<ハーティ>の艦長席の上で、ゼノン・ティーゲルは呆れ口調で呟いた。ゼノンは四十前半の体格の良い男で、灰色に近い黒のオールバックが特徴的だ。眼光は鋭く、鍛えられた体格と合わせて年齢よりも若々しく見える。
ごつごつした大きな手で顎を摩りながら眼下の各々の席で仕事をしている各員に目をやる。ゼノンを見ていた者は声をかけられる前にさっと前を向いて自分の仕事に打ち込む。
「艦長、クルーゼ隊が出港しました」
すぐ隣のドックからナスカ級高速戦闘艦<ヴェサリウス>が抜け出していく。
ゼノンは鼻で笑って見せてまた分かりやすい大きな声で呟いた。
「挨拶もなしか、クルーゼらしい。任務は任務だからな、クルーゼの後を追え」
投げやりな口調に反応してハーティはヴェサリウスの斜め後ろ横についた。ナスカ級が本領を発揮すればローラシア級では追いつけない。引き離さないのはクルーゼも弁えているからだろう。
二隻は何事もなくドックを、本国のコロニー群を後にして行方不明を歌姫を探しに旅立った。
「やれやれ、退屈な任務になりそうだな」
豪快な溜息がブリッジクルーの肩に降りかかる。
同じ艦長でもアークエンジェルの艦長、マリュー・ラミアスは安堵を息を吐いていた。死者への哀悼の礼も済ませ、無事にデブリ帯から脱出したところだったのだ。敵の追撃も今のところはなく、久しぶりに眠れそうである。
そんな中でも副長であるナタルはきびきび指示を出し、一瞬たりとも気を緩めようとしない。この艦長と副長は全く正反対と言えよう。
「バジルール中尉、少し休んだらどう? 貴女は働き過ぎよ」
マリューは優しい気持ちで声をかけたつもりであったが、ナタルから返って来たのは凍った刃であった。
「敵を完全に振り払ったわけではありません。それに働かない軍人に意味はないと思います。艦長こそお疲れでしょう、お休みになられては」
最後の言葉にも温かみはない。他のブリッジクルーはこの二人のやり取りにいつも注意を払っていた。放っておくと何が起きるか分からないのだ。二人とも軍人であるから分は弁えているだろうが、それでもクルーは心配であった。
副長に言われてはマリューも素直に休むわけにはいかず、その分他のブリッジクルーに休みを取らせた。特にたいした訓練もなしに働いている子供たちを休ませた。
お言葉に甘えて、というわけではないがブリッジに居たトールは皆がいるであろう食堂に向かう。行ってみるとそこには収容されている民間人が数人とカズイとミリアリアがいた。二人の表情は暗い。
「おい、二人共どうしたんだよ?」
明るい声をかけてみるが二人の表情は暗いまま。トールはミリアリアの隣に座り、二人の顔色を伺う。
「何かあったの?」
「実はさ……」
ミリアリアが言うか言わないか迷っている間にカズイが説明した。話を聞いたトールは頬を赤くし、少し怒っているようである。
「フレイの奴、またそんなこと言って。今度会ったら説教してやる」
「それはサイがやってる。トールじゃ冷静に話せないでしょ」
突き放すようなミリアリアの言い方にむっとしながら、それが正論であることに負けてトールは押し黙った。
数秒黙りあっていると、マークが現れて三人に寄ってきた。
「あ、ギルダー中尉。キラならいませんよ」
トールがマークを見上げながら素っ気無く言う。
「ん、キラに用はないよ。あるのはお前たちさ」
そう言いながらカズイの隣に座って話し始める。
「お前たち、誰か絵描くの上手い奴いないか? ちょっと頼みたいことがあんだが」
マークの気さくな話し方に慣れている三人はともかく、子供たちに話し掛けている軍人を見て周りの民間人は顔をしかめた。
三人は何のことか分からないながら顔を見合わせ、トールがカズイを指差した。
「こいつ絵上手いですよ。な、カズイ?」
「そうか、少し頼まれてくれるか?」
カズイの横から真面目な表情のマークの顔が現れて、カズイは思わず頷いた。
「じゃぁついて来てくれ。描いて欲しい絵があるんだ」
マークはぱっと顔を明るくさせながらカズイの腕を掴んで無理やり立たせ、半ば引き摺るように食堂を出て言った。
「人さらいだ」
「ばぁ〜か」
トールの一言をミリアリアは一蹴し、呆れながら笑顔を見せた。その顔を見てトールも笑顔になった。トールはこれが狙いだったのだ。暗い彼女の顔を見るのは忍びない、といったところだ。
二人はしばらく談笑してからブリッジに戻ってみると、ブリッジは歓喜の声に包まれていた。
あとがき
久しぶりな陸です。
この話を書くのが苦痛で、遅れてしまいました。それに代理人さんのご希望に添えず、山ありオチありを達成できませんでした。申し訳ない。
ここはアニメを見ながら書いたもので、それが辛く、投げ出しそうになりましたが、どうにか書き終えました。
これからは第八艦隊が絡んできたり、フレイ父が死んだりと盛り上がると思うので、頑張って書き上げます。
それではまた次回。
ちなみに「人さらい」には元ネタがあります。旬なものなので、多分分かる方もいるでしょう(笑)
代理人の感想
・・・・まぁ、原作であれな話でしたからねぇ(苦笑)。
しかし、それにしても今回の切り方には疑問が残るところ。
最後の一行は引きにしたかったんでしょうけど、一端区切ってからではないので
引きじゃなくて単に文章をバッサリ切ったように見えます。
トールの一言をミリアリアは一蹴し、呆れながら笑顔を見せた。釣られたようにトールの顔もほころぶ。
いや、釣られたようにというのは正しくない。最初からトールはこれが狙いだったのだから。
彼女の暗い顔を見るのは忍びないが故の、ちょっとした芝居というところだった。
そのまましばらくトールとミリアリアは談笑していたが、やがて休憩時間も終り二人は連れ立ってブリッジに戻った。
ブリッジの扉が開いた瞬間タイミングを見計らったように歓喜の声が中から溢れだす。
思わず足を止めた二人が、顔を見合わせた。
言ってる程上手くはできてないんですが、一応トールがミリアを笑わせたところで落ちになるわけですよね。
で、「そのまましばらく」と入れて落ちから距離をおく。これが区切りですね。
そして「顔を見合わせた」という行動で締める。
思うに、引きというのは本編と独立した一個のエピソードである必要があるのでは無いでしょうか。
本編が16ページの連載漫画なら4コマか1コママンガのような短いものではありますが、
それ自体で完結している事が望ましいと思えます。
本家種もシナリオそれ自体はともかく、引きはこれがかなり上手いので参考にしてみたらどうでしょうか。
では、また。