PHASE−12『すれ違う道』



 キラたちパイロットが悩んでいる間、少年少女も同様に悩みを抱えていた。

 サイ、カズイはいつも通り食堂で休憩を取っていた。休憩といっても、ただ椅子に座って黙っているだけだが。二人とも椅子に座って五分以上が経っているというのに一言も話さない。

 そこへ二人と同じように休憩するためにトールとミリアリアが現れる。後から来た二人も顔色はよくない。トールは元気のない声を二人に投げかけた。二人からも元気のない声が返って来る。

 四人に元気がないのは、ここにはいない二人、キラとフレイについて悩んでいるからだ。フレイは先の戦闘で父親を失い、半ば八つ当たりにキラを責めて立てた。責められたキラは心を傷つけられ、そのまま何処かへ行ってしまった。

 四人ともキラとのほうが交流は深いが、フレイともこの船で再会してからは付き合いがある。フレイのキラに対する言葉は許せないものだが、父親を失った気持ちは察することが出来る。だからといって四人はフレイを庇うわけではないが、それでもこれからまだ続く旅、関係に溝があるのは気分のいいものではない。

 しばらく沈黙が続いた後、カズイは出し抜けに話し出した。

「俺さ、キラが泣いているところ見たんだ。それに、あのラクスって子と話しているのを聞いた」

 一同は目を見開いた。キラが泣いた、という事実は友達として驚嘆に値する。付き合いの長い彼らでもキラの涙は一度も見たことがない。どんな時でも、キラは泣いたことがなかった。

 それに友達が心を傷つけられて泣いているのに助けてやることが出来なかった憤りが、彼らを襲う。それを助けたのは敵国のお姫様というのも、驚かずはいられない。

 だが彼らはまだまだ驚かされた。カズイは抑揚のない声で淡々と喋る。

「さっき戦った敵にさ、キラの友達がいるんだって。幼少学校で同じだったみたい」

 カズイを除いた全員が驚き、声を失った。キラは自分たちという友達を守るために、昔の友達と戦っている。そう思うと、フレイの言葉を余計に許せなくなり、それなのに少し共感してしまう。

『あなた本気で戦ってないんでしょう……。相手が自分と同じコーディネイターだからって、本気で戦ってないんでしょう!』

 この中でこれを実際に聞いたのはサイとミリアリアであったが、カズイもトールもミリアリアから聞かされて知っていた。

 敵に友達がいると知っていたなら、本気で戦ってないかもしれない。誰しもが少なからずそう考えた。だがそれは恥ずべき考えだと思い直したトールはテーブルを両手で叩いた。

「だから何だよ。敵に昔の友達がいるからって、キラが本気で戦ってないって言いたいのかよ!」

 鋭い目つきでカズイを睨む。それに動じずカズイは薄い苦笑いを浮かべながら答えた。

「そういうわけじゃないけどさ。トールだったら、敵に俺たちの誰かがいても、本気で戦えるの?」

 カズイの言葉は鋭かった。口ではキラを弁護していても、心の中ではどう思っているのか、他人には分からない。カズイのこの言葉に答えるには心の内を明かす必要がある。

 トールは口を半分開いて、思いとどまる。拳を震わせ、唇を震わせても、言葉は出ない。

「戦えないよね。俺だって、敵にトールやサイ、キラやミリアリアがいたら戦えないよ、本気じゃね。キラだって、そうかもしれない」

「お前はフレイの味方をするのかよ! キラの友達だろ、お前だってさ!」

 カズイの発言は明らかにフレイ寄りであった。メンバーのなかでもキラと仲が良いトールは顔を真っ赤にして椅子を倒しながら立ち上がる。これにはさすがに驚いて、カズイは身を縮めた。

「落ち着けよ、トール。カズイが言っていることは、正しいよ。俺も敵に友達がいたら本気で戦うなんて出来ない。だけど、カズイだって俺だって、キラが一生懸命戦っているのは分かってるよ」

 サイがいつになく静かに割って入る。男三人が言い争っている傍で、ミリアリアは今にも泣き出しそうだった。あんなに一緒に遊んだ友達が離れ離れになって行く、そんな気がミリアリアを泣かせようとする。

 ミリアリアが涙ぐんでいるのに気付いて、トールは落ち着きを取り戻した。椅子を立たせ、座りなおすと小さく「ごめん」と呟く。

「なんで、こんなことになっちゃったんだろうね、私たち……。あんなに、仲が良かったのに……」

 微かに震えを帯びているミリアリアの声がそれぞれの心を締め付ける。ここにいる誰もが今のような状況を望んではいない。楽しかった、あの日々に戻りたいと願っている。

 だが少年少女はあまりに無力だった。ただ、こうやって言い争うことしか出来ない。自分たちの力で平和を取り戻すには、あまりにも力が小さすぎる。

 再び沈黙が訪れたが、それは意外な人物によって切り崩される。出入り口のところにフレイがひっそりと立っているのに気付いたのは、恋人のサイであった。

「フレイ、もう大丈夫なのか?」

 立ち上がって素早くフレイの傍に寄る。フレイの目は虚ろであったが、小さく頷いた。サイはフレイの肩をそっと抱き寄せて、自分の席の隣に座らせた。

 フレイはいつものような活発さはなく、サイに甘えるようなこともない。心が何処かへ飛ばされてしまったように、浮いている。女同士話す機会も多いミリアリアはフレイの姿を見て、心を痛めた。フレイの友達としても、キラの友達としても何も出来ない自分に、嫌気が差した。

 カズイはただ顔を下に向けて黙っている。トールは一見して分かるほどの怒りの形相でフレイを睨んでいる。彼女が辛い状況にあるのは分かっても、キラにいった言葉を許せないでいた。一番の友達としての、怒りがトールを動かす。

「フレイ、お前の気持ち分かるけどさ、キラ言ったこと、酷すぎるだろ。アルテミスの時もそうだけどさ。キラに、謝れよな」

 トールの心無い言葉に立ち向かったのはフレイではなくサイだ。フレイは両手で腕を強く握り、唇をかみ締めて自分の足を睨みつけている。

 サイにしては珍しい大きな声を出しながら、トールと視線を交える。

「今、そういう状況じゃないだろ。フレイの気持ちも分かってやれよ。目の前で、父親が殺されたんだぞ!」

「確かに、辛いかもしれないけどさ、キラは命賭けて戦ってるんだよ! それなのに、あんなこと言わなくてもいいだろ! キラだって、辛いに決まってるだろ!」

「分かってる、フレイだってそんなこと分かってる。だけど、気持ちが不安定なんだから、思ってもないこと言っちゃっただけだ。ちゃんと気持ちが落ち着いたら謝るに決まってる」

「どうだかね。アルテミスのときは、どうだっていうんだよ。平気な顔してキラの正体バラしてさ。あの時のことだって謝ってないじゃないか。その時も気持ちが不安定だっていうのか?」

「それは……その……」

「もういい加減にしてよ、二人とも! キラもフレイも、どっちも辛いに決まっているじゃない! どっちが悪いとか、そんなの関係ない! 二人とも私たちの友達でしょ? それなら、二人とも助けてあげなくちゃ、そうでなくちゃ……」

 二人の激しい言い合いは、ミリアリアの涙で打ち切られた。涙を袖で拭うと、ミリアリアは立ち上がって走り去る。

「ミリィ! ……フレイ、ごめん。言い過ぎたよ……」

 怒りで真っ赤になっていたトールの顔色は色を失っている。顔を合わせないようにして謝ると、ミリアリアの後を追っていく。

 フレイはサイに肩を抱き寄せられながら、小声で「パパ、パパ……」と繰り返している。サイはフレイの姿が見ていられなくて、優しく声をかけ、立ち上がらせると部屋に連れて行った。

 食堂に残ったのはカズイだけだ。今になって自分が余計なことを言ったように思え、カズイは自嘲的に笑う。

「どうなっちゃうんだろ、俺たち……」

 彼の呟きは、虚しく宙に浮く。

 走って行くミリアリアに追いついたトールは細い腕を掴んで強引に振り向かせた。その愛らしい二つの瞳には涙が滲んでいる。

「ミリィ……」

 ミリアリアは涙を拭ってトールの手を振り解き、背を向ける。トールは手を肩に置こうとするが、拒絶されているようで手が出ない。

「ミリィ、悪かったよ。俺が悪かったから、泣かないでくれよ」

 トールの情けない声はミリアリアの耳に届いた。それでもミリアリアは振り向かずに言う。

「今のトールは、いつものトールじゃないよ。キラも大事な友達だけど、フレイだって友達でしょ? なんで、あんな酷いこと言うのよ。フレイだって辛いの、分かるでしょ?」

「そうだけどさ、俺、あいつのこと許せないんだよ。確かに目の前で親父殺されてさ、辛いの分かるけど、でも、キラだって……」

 最後を言う前にミリアリアが振り返った。まだ微かに涙が残る瞳は明らかに怒気を含んでいる。

 ミリィ、と声を出そうとした瞬間、トールの左頬に痛みが襲う。ミリアリアのビンタが不意に飛んできたのだ。

 トールは叩かれた頬に触れながら、唖然とした顔でミリアリアの顔を見た。怒っているようでもあり、泣いているようでもある。

「今のトールなんか大嫌いっ! 皆に優しかったトールが好きなのよ、私は!」

 一瞬見詰め合った後、ミリアリアは再び走り出し、何処かへ入ってしまった。

 頬を叩かれ、意中の相手に大嫌い、そして好きと言われたトールは立ち尽くす。

 そのまましばらく、トールは動かぬ柱になった。


 サイはフレイを抱き寄せながら部屋に向かった。フレイは抵抗することもなく、ただ俯いて、虚ろな瞳を下に向けている。

「フレイ、トールも気が動転してるんだ。許してあげてくれ、な?」

 サイの声にもフレイはあまり反応しない。ただ頷くだけでそれ以外の反応は見せない。

 これ以上の言葉もなく、サイは黙ったままフレイを部屋に入れた。声をかけてもフレイは反応せず、自分のベッドの上で体育座りをすると、そのまま沈黙した。

 どうすることも出来なくてサイは部屋を出た。扉に寄りかかって、天井を見上げる。さっきのトールとの口喧嘩が思い出される。今までの付き合いで、あんなにも激しく言い争ったことはなかった。サイは辛い感情を表に出そうとしなかったが、心を皆と同じように締め付けられている。

 見上げる天井には染み一つなく、まるで平和だ。

――俺たちも、平和に、楽しく暮らしてたんだよな。それが、こんなになっちゃってさ……

 戦争を感じさせない、平凡な天井を見てサイは胸の内で呟いた。彼とてフレイを完璧に支持しているわけではない。キラの気持ちも、フレイの気持ちもわかるが、恋人という関係がサイをフレイ寄りにした。というのも、この艦にフレイがよく遊んでいた友達は誰もいない。ミリアリアと付き合いがあったとはいっても、それほど深い交流ではない。フレイを守れるのは自分しかいない、サイはそう思っていた。

 その思いがフレイを助けようと必死になっていた。キラのこともあるのに、それはトールたちに任せればいいという思いが、心の隅に巣食っている。そんな自分に嫌気が差して、サイは自分の拳を自分の足に叩きつけた。

 他にも思いが浮かぶ。悲しみに捕われたキラを助けたのは、自分たち友達ではなく、あのラクスという敵国の女の子。カズイの話は敵に友達がいるという情報も含め、衝撃的だった。長く付き合っている自分達ではなく、ほんの少し前に会った女の子がキラを救った。自分たちは何なのだろう、本当に友達なのだろうか。そういう気持ちがサイの拳を動かし、足を痛めつける。

 自分の足に八つ当たりしたところで何も変わらない。だけど今は、痛みを実感しているほうが、気が楽になった。何もしていないほうが、余計に辛くなる。

 大分自分の足を痛めつけると、サイは拳を解いて、ブリッジ向かった。今は仕事に没頭しよう、そう思ってのことだからサイの歩きは自然と早くなった。


 フレイは扉の外で聞こえる音に耳を傾けながら、カズイ、トール、サイ、ミリアリアの言ったことを思い出していた。

 敵にキラの友達がいる。キラに謝れ。フレイも辛いんだ。どっちも辛い。

 フレイは自分だけが辛いと思っていた。いや、今でもそう思っているに近い。でもトールやミリアリア、サイの言葉を聞いていると、キラも辛いことがよく分かった。

 それでもキラを許せないのは、カズイの言った『敵にキラの友達がいる』という言葉だ。これが、フレイの決意を半ば以上決定付けた。一瞬、キラも自分と同じように辛いんだ、責めるのは悪い、という気持ちが浮かんだが、そんな気持ちはもう何処にもない。

 あるのは、キラへの復讐にも似た気持ち。もちろん、キラがフレイの父親を殺したのではない。それでも、キラが本気で戦ってなかったと思うと、身近にいるキラを責めずにはいられない。八つ当たりと分かっていても、フレイは実行する気でいた。フレイは育ちのせいもあってか、他人よりも自分を優先する気があった。

 ただ一つ、決意を完璧に出来ないのはサイの存在だ。初めは親が取り決めた婚約であり、恋人という感覚もなかった。それでも大好きなパパのため、とサイを好こうと色々努力した。サイも本気ではないだろう、と考えていたのが間違いで、サイは大真面目であった。心の底から自分を心配してくれいる、フレイにもこれくらいのことは感じられる。

 そうして付き合っているうちに、フレイも本当にサイのことが気になり始めていた。自分を大切にしてくれるし、友達思いでもある。真面目であり、勇敢なところもある。思い返せば、随分といい少年であった、サイ・アーガイルという男は。


 サイのことを思うと、自分がやろうとしていることはやっぱり間違いなんだと思わずにはいられない。二つの相反する気持ちがぶつかり合い、フレイの気持ちは潰れてしまいそうなほど締め付けられている。

 今もまた、扉の外でサイが葛藤しているのが感じ取れた。自分はサイをどう思っているのか。思春期の少女らしい気持ちもフレイを悩ませる。

 抱え込んだ膝の上に頭を埋めると、フレイはそのまま眠ろうを考えた。どれだけ考えを廻らせても答えは出ない。今出来ることは、答えが自然と出るのを待つだけであった。

 足音が遠ざかって行くのに合わせるように、フレイの意識は遠のいた。


 深夜、とはいっても時間だけの夜である。宇宙空間では朝も昼も夜も関係ない。あるのは一様の闇なのだから。それでも深夜と言うのは、戦艦などには生活のリズムを崩さないために時間だけの朝・昼・夜が存在した。

 今時分は地球時間で言うところの十二時である。多くの人は寝入っている時間だ。民間人ともなれば、起きている理由もないので早々と寝ている。起きているのは深夜の番がある兵くらいのものだ。

 キラはパイロットということもあって、普通に寝ることが許されていた。他にやることもないので、起きている理由はない。現についさっきまではベッドで寝息を立てていた。だが今は軍服を調え、一目を忍んである部屋に向かっている。

 仮に見つかっても咎められることはない、今の段階では。だが、キラが辿り着いた部屋の前ならば怪しまれるのは絶対と言える。キラは扉を開けてみる。やはりロックは解除されていて、いとも簡単に部屋に入ることが出来た。

 小さいながら個室の部屋のベッドで寝ているのはキラと同年代の可愛らしい少女。分かっていながら忍び込んだのだが、キラは頬を赤くして、数秒その愛らしいパジャマ姿に見惚れていた。すると、ピンク色の丸い球が目の前に飛んできた。部屋の中を仕切りに跳ね回り、それに気付いて少女ラクスは目を覚ます。

「キラ、様……?」

 ラクスは眠たげな目を擦りながら、キラを見上げた。

「夜遅くすいません。着替えて、一緒に来て下さい。貴女を、逃がします」

 キラの決意の篭もった瞳を見て、ラクスは呆気にとられた。それでも有無を言わさない強い口調と、キラの優しさを理解してラクスはすぐに着替えに取り掛かった。キラは当然部屋の外にいる。

 いつものドレスのような服に着替えたラクスとハロを連れて、キラは静かにそれでも早くロッカールームに向かった。大体は寝ているので気付かれる恐れは少ない。そう思っていたのが甘かった。通路の奥にサイとミリアリアが立っているのが目に入った。

 キラは咄嗟にラクスとハロを自分の後ろに隠した。一、二秒遅れてミリアリアとサイが気付く。二人共顔色が悪いことに、キラは気付いた。

「キラ、どうしたんだ、こんな夜遅く」

 出来るだけ笑顔を取り繕ってサイとミリアリアが近づいてくる。ああ、と曖昧に返事をしたら、サイとミリアリアが目を見開いて驚いている。その視線の先は、自分の背後。

 振り返ってみるとラクスがハロを手にして覗き込んでいた。キラは思わず手を額に当てて「あ〜」と間抜けな声を出す。

「皆さま、こんばんは」

 ラクスが満面の笑顔で挨拶する。サイとミリアリアはこのことをキラに問おうとするが、その前に割り込んで来た男がいた。

「キラ、これはどういうことだ?」

 マークがキラとラクスの後ろから声をかけた。キラは見つかっては拙い軍人に見つかって、体をびくっと上下させる。振り返って見ると、マークは困惑の表情を浮かべている。

「あの、これは……」

「そうか、お前もこの子を逃がそうとしたんだな。俺も、そのつもりなんだ。だから怯えることはないぜ」

 マークが状況に気付いて口の端を釣り上げながら言った。マークの言葉にはキラもサイもミリアリアも驚いた。

「キラ、お前……」

 サイの多少引きを感じる声を、キラは恐れた。裏切るのか、そういう風な言葉が投げかけられると思ったからだ。

 だがキラの予想はことごとく打ち砕かれる。

「そうか、そうだよな。やっぱり、女の子を盾にするなんて出来ないよな。その子逃がすの、俺も手伝うよ」

「私も手伝う。可哀想だもんね、このままじゃ」

「二人とも……でも……」

 サイもミリアリアも今度は作り物ではない本物の笑顔を見せた。サイもミリアリアも、キラと同じ考えだった。彼らは正式な軍人ではないから、その気持ちはキラと同じほど強い。

 少年らの美しき友情を傍から見てマークは微笑んだ。

――いい友達を持ったな、キラ。

 心の中で呟き、キラの肩を軽く叩いた。

「さ、話は決まった。みんなで捕われのお姫様を逃がして差し上げよう」

 冗談みたいな口調で言うと、ぽかんとしているラクス以外が頷く。各々ラクスを隠すように陣形を組み、周りに注意しながらロッカールームに向かった。

 ロッカールームに続く最後の角を無事に曲がると、先頭に立っていたマークが足を止めた。勢い余って続いていたサイはマークの背に顔をぶつける。

「……ニキ」

 静かにマークが呟く。その名前に驚いて後ろにいたキラたちは前に出て、冷たい眼差しを向けるニキを見た。民間人の彼らも軍艦に乗っているうちに感じるものが出来た。それは殺気。機械越しだろうが、何であろうが、真の殺気は容赦なく襲い掛かってくる。キラは勿論、ブリッジで戦闘に参加しているサイもミリアリアも、少なからずニキの異様な雰囲気に気付いた。

 ニキはロッカールームの扉の前に十分も前から立っていた。こなければいい、そう思っていたが、来ることは知っていた。そして、彼は今目の前にいる。

「やはり、来てしまいましたね、マーク」

「ああ、その通りだ。分かっているなら、そこをどいてもらおう」

 ニキの冷たい声に感染したかのように、マークも冷たい声を出す。少年少女は黙って見守ることしか出来ない。

 マークの答えにニキは頭を振って答えた。

「駄目です。今すぐ引き返して下さい。そうしたら、私は何も見なかったことにします」

「ニキ、無駄な時間を使わせるな」

「もう一度言います。引き返してください。このまま行けば、マーク、貴方は銃殺刑になります。お願いですから、引き返してください」

 ニキの言葉にキラたちは驚いた。銃殺刑、要するにラクスを逃がせばマークは死ぬ。マークは表情一つ変えずに一歩前に出た。そのはっきりとした足取りに、マークは銃殺刑のことを知っていたことがキラには分かった。

 ニキの制止を聞かずに一歩、また一歩と進んでいく。二人の距離が最初から半分のところまで近づく、ニキはポケットから拳銃を取り出し、マークに向ける。

「それ以上進むというなら、動けないように、貴方の足を撃ちます」

「やってみろ。それでも俺は行くぜ」

 そういって一歩踏み出す。ニキは躊躇わず引き金を引いた。銃弾をマークの足元に辺り、兆弾して何処かへ飛んでいった。一歩間違えればキラたちも死にかねない。

「俺は、考えた。ロイならどうするかってな。結論は、簡単だ。あいつは子供が好きだった。だから、子供を盾にするような真似は許さない、ってな。だから俺は行くぜ。例え死ぬことになっても」

 また一歩踏み出そうとし、ニキが今度は狙いを定めて撃とうとする。だが二人とも実行することは出来なかった。間にキラが割って入ったのだ。

「やめてください。マークさんは、この子を逃がそうとしているんじゃありません。偶然、会っただけです。逃がそうとしているのは、僕です」

 キラの言葉にマークもニキも微かな反応を見せた。ニキは銃口をキラに向ける。それを阻止するようにマークがキラの前に出た。

「マークさん、いいんです。僕、フラガ大尉に言われました。『お前は軍人じゃない。軍人には出来ないことが出来るってことを覚えておけ』と。だから、ここは僕に任せてください。マークさんが死ぬ必要はありません」

 そう言って笑顔を浮かべた。サイとミリアリアがキラの傍に立って、自分たちも同じだ、という決意のある顔をする。

「どうする、ニキ。子供たちはこう言っているが、止めるのか? それなら、俺はお前を止めるぜ」

 半身引いて、マークは戦う体勢を整える。ニキは相変わらず銃口を前に向けたまま、キラの顔を見た。一点の曇りもない、真面目な、本気の顔だ。

 数十秒の間キラ、サイ、ミリアリア、ラクス、そしてマークの表情を見回して、ニキは銃を下ろした。

「分かりました。私は、何も見なかったことにしましょう。しかしやるなら、ちゃんとやり遂げてください」

 僅かに微笑みを浮かべてニキはキラたちを通り過ぎて角を曲がっていった。

「お前達、ありがとな。おかげで、俺は死ななくて済みそうだ。その子を無事、届けてやれよ」

 そう言い残してマークも四人を残して角を曲がって姿を消す。残ったラクスを除いた三人は互いに顔を見合わせ、頷いた。

「さあ、こっちに来て下さい。ここで、宇宙服を着てもらいます」

 ラクスの細い手を優しく握り、キラはラクスを伴ってロッカールームに消えた。

 サイとミリアリアは互いに顔を見合わせる。

「これで、良かったんだよな」

「多分、良かったのよ。あの子は、キラを救ってくれたみたいだから、私たち、恩返ししなくちゃ」

「ああ、そうだな」

 二人は微笑みを浮かべた後で、それぞれ通路の先に立って誰かこないか見張りに立った。


 キラたちを見逃したニキは足早に廊下を歩いていた。自分がしたことが正しいのかどうか分からず、ただ歩き続けた。

 後ろから追いついたマークはニキの横に並び、話かける。

「いいのか、見逃して」

「ええ、貴方とは戦いたくありませんから。それに、大尉が言ったように、キラ君たちなら彼女を逃がしても、重い罪にはならないでしょう。これで、良かったんです」

「そうか。……ありがと、な。俺を守ろうとしてくれて、あいつらを見逃してくれて」

 恥ずかしそうに頬を赤くしながら、マークが足を止めて言った。ニキも足を止め、微笑みを浮かべて振り向く。

「彼らが成功することを願いましょう」

「ああ、そうだな」

 マークの部屋で争った時の嫌な気持ちはどちらにも無かった。あるのは、清々しく、互いに繋がり合えたという喜びである。


 キラとラクスはそれぞれパイロットスーツ、宇宙服に素早く着替えた。ラクスは宇宙服を着る時、服のスカートの部分が邪魔で入らず、キラが居るのにも関わらず平然とそれを脱ぎ、腹の部分に丸めて入れた。その時のキラは林檎も真っ青の赤い頬をしていた。

 腹が妊婦のように膨らんだラクスと傍らに立つキラを見て、サイが珍しく冗談を口にする。

「妊娠何ヶ月めって、ね」

「もう、馬鹿」

 自分で言っておいて恥ずかしいのか、サイはハハハと軽く笑った。ミリアリアも少し笑いながら、それ以上に呆れて見える。

 いつまでも笑っている場合ではなく、キラを先頭に四人は細心の注意を払いながらMSデッキに入った。問題はここからで、MSデッキには深夜でも多くの整備士たちが働いている。

 左右を見回し、ストライクに近いところまで駆け抜けた。幸い、整備士たちが蠢いているのは自分たちの足元で、見上げる者は誰もいない。無事に通路の端まで行くと、キラはラクスの手を握って宙に飛び出そうとする。それを寸でのところでサイが捕まえた。

「キラ、カズイから聞いたんだけど、ザフトにお前の友達がいるんだってな」

「な、なんでそれを……」

「お前と、その子の会話を聞いたんだって。でも、お前は帰って来てくれるよな? 俺、信じてるからな」

「私も信じてる。キラが戻って来てくれるって」

 二人ともキラを少しでも疑ったことを後悔し、今では心の底からキラを信じていた。その気持ちが現れたのか、二人の瞳は一際輝いている。

 自分の戻りを信じているという友達を目の前にして、キラは安心した。自分の戦いは間違っていなかった、と。

 二人の目を見つめてから大きく頷き、床を蹴って宙に飛び出した。

「キラ! 必ず戻ってこいよ! 信じて、信じてるからな!」

「おい、お前ら、何やってんだ!」

 サイの叫び声にマードックが気付いて上を見上げる。だが時既に遅し、といったところでキラはラクスと一緒にストライクのコックピットの中に消えた。

 マードックや他の整備士が制止の声を上げてもキラは耳を貸さない。外部マイクで避難を促すと、コックピットからの通信でエールストライカーを装備させる。

「戻ってこいよ……キラ……」

 程なくして、エールストライクはサイの心配げな視線を背に、漆黒の宇宙に飛び出す。当然この時ブリッジ居た者達は制止したが、効果はまるでなかった。


 アスランはいつでも出撃できるようにロッカールームで待機していた。相手にラクスが居ると判明した以上、これから戦闘になる確率は高くなかったが、それでも自室で落ち着いてはいられない。連合の盾にされたのは婚約者なのだから。

 苛立つ思いを胸に待ちつづけていると、予想外のことが起きた。なんと足つきからストライクが出撃、こちらに向かっているとのことだ。パイロットは各自コックピットで待機との命令が出るや否や、アスランはハイマニューバのコックピットに入り込む。

 しばらくするとストライクからの全周波放送が届く。これは各機体のコックピットでも聞くことが出来た。

『こちらアークエンジェル所属、ストライク、応答願います。救助したラクス・クライン嬢を引き渡したい。応答願います』

「キラッ……」

 聞き慣れた声が誰も彼も驚かせた。持ちつづけていれば良い盾になる少女を態々引き渡すというのだ。

 ブリッジに居たクルーゼは罠かもしれないと勘ぐりながらも、応答した。ブリッジや機体の各モニターには確かに少年とラクスの姿が映っている。

『アスラン・ザラがそちらの新型に乗って来てください。他のパイロットでは応じません。それに、艦を停止してください。これが認められないのなら、こちらはこちらの意志で彼女を処分します』

 キラは平然と言っているようだが、付き合いのあるアスランには動揺していることが手に取るように分かった。すぐにコンソールを操作してブリッジに通信を入れる。

「隊長、行かせて下さい」

『何を言っている、アスラン。罠かもしれない、いや、きっと罠に違いないんだぞ』

 通信に答えのはクルーゼではなくアデスであった。彼の言うことはもっともで、他の搭乗員も納得するところであったが、キラを知るアスランには罠でないことが分かっていた。

「隊長!」

 だからこそ、こうして強気で物が言える。そしてキラとアスランが親友であることを訊かされていたクルーゼは数秒迷ってから、答えを出した。

『いいだろう、許可する』

『隊長、よろしいのですか?』

『ああ、構わない』

「ありがとうございます」

 アデスの心配を撥ね付けてクルーゼは許可を出した。アスランは礼を言って、すぐに出撃した。待っているのは親友と婚約者。どうにも複雑な気持ちであったが、彼はキラを引き抜く最高の機会だと考えた。

 すぐにアスランを乗せたハイマニューバが出撃した。その直後、ヴェサリウスとハーティの二隻は必要最低限を除いた機関を停止する。

 艦長シートに座っているアデスはあまり良い気分ではなかった。クルーゼの勘や実力を信じていても、あまりにも簡単に許可を出していると、納得できないでいた。

 それはハーティの艦長ゼノンも思うところである。だが、違う意味でクルーゼの心内を理解しているゼノンは突っ撥ねるように鼻で笑うだけであった。

 敵艦に通信を入れ終えたキラは早くなる鼓動を感じながら、宇宙の中で友が来るのを待っていた。ラクスが少女とはいえ、一人用のコックピットに二人の人間が乗るのは無理がある。ラクスはキラの膝の上に大人しく座っている状態だ。

 キラはラクスが不安だろうと思って出来る限り明るい声を出した。

「もうすぐアスランが来ますから、それまで辛抱してください」

「ええ、分かっていますわ。それにしても、もう少し皆さまを話がしたかったです。きっと楽しかったでしょう」

 キラの思いとは裏腹にラクスは不安などまるで感じていないようだった。それは戦場に慣れているとかではなく、ただ理解してないだけのようにキラには思えた。

 さして待たずにハイマニューバが接近してきた。大分近い距離まで来ると、キラはビームライフルの銃口をコックピットに向け、通信を入れる。

「アスラン・ザラか?」

『ああ、そうだ』

 親友の声を間違えるはずもなく、キラはコックピットを開けた。同時にアスランもコックピットを開ける。

「声をかけてください。顔が見えなくて、分からないといけませんから」

「はい。お久しぶりですね、アスラン」

「確かに、ラクス・クライン嬢だ」

 何事もなかったように返事をするラクスにアスランは安心した。

「じゃぁ、行ってください」

「どうも、ありがとうございました。皆さまによろしくお伝えください」

 極上の笑顔をキラに残してラクスはアスランの元へと跳んだ。ゆっくりと近づいてきたラクスをしっかり抱きとめたアスランは、ラクスの顔を確認し、キラのほうに向き直る。

 そして一呼吸置いてキラを誘った。

「キラ、お前も来い! お前が連合で戦うことはないはずだ!」

 そう言われると予想していても、実際に言われれば心が動かされる。キラはアスランの元に行きたいという気持ちが確かにあった。連合のやり方は嫌いだし、フレイにあのようなことを言われれば、戦う意味も考えてしまう。それでも、キラはアスランの誘いを断った。

「戦う意味はあるんだ、アスラン。あの艦には僕の友達が乗っている。僕は、友達を守りたい」

 キラの脳裏に笑顔を浮かべるトールやカズイの顔が、自分を信じて手伝ってくれたサイやミリアリアの顔が浮かぶ。確かにフレイに辛いことを言われたが、それ以上に守る価値のある友達がキラには居た。友達の笑顔を、信頼を守るために、それに親しくなったマークやフラガ、見逃してくれたニキの思いを無駄にしないために、キラは連合に残る決意を固めていた。

 声色からキラの決意を感じ取ったアスランはこれ以上の誘いは無駄だと確信して、決別を示した。

「そうか、それなら仕方が無い。今度戦場で出会った時は、敵としてお前を討つ」

「僕もそのつもりだ」

 互いの顔が見えるわけではないが、二人ともお互いを見つめていた。それも数秒のことで、先にキラがコックピットに戻り、続いてアスランもコックピットに入る。

「悲しいですわね。心優しいお二方が戦わなければならないなんて」

「仕方がありません。それが、戦争です」

 キラのストライクは今だに銃口をこちらに向けていた。さて戻るか、と言うところでクルーゼのシグーから通信が入る。

『アスラン、君は艦に戻りたまえ。こいつはここで沈める』

「クルーゼ隊長!?」

 アスランが驚いている間も機関を回復させた二隻の艦から砲撃が加えられる。

 敵の攻撃を全く考えなかったわけではないが、それでもキラは動揺した。戦場になるにしても、まだラクスを乗せた機体がいる。それが退いてからだと考えていたキラには誤算であった。

 隊長機のシグーが迫ってくる。二隻の艦からの砲撃も襲ってくる。戦う覚悟を決めたキラは退くことなく、立ち向かおうとする。そこへ後方から飛んできたメビウス・ゼロから通信が入る。

『こうなるに決まってるでしょうが、全く! ここは俺が抑えるから、お前は戻れ、キラ!』

「フラガ大尉!?」

 フラガが自分の気持ちに気付いていることは分かっていたが、まさかその先まで予測して援護に来てくれるとは考えていなかった。フラガの通信を聞き入れながらも、キラは退く気はなかった。守ると決めた以上、戦う覚悟は出来ている。

 シグーが迫り、フラガとクルーゼは互いを感じあう。艦からの砲撃も続き、ジンが出撃しようとしていた。まさに戦場と化そうというところへ、今まで見せることのなかった真面目な表情と鋭い声のラクスが通信を開いた。

「クルーゼ隊長。追悼慰霊団代表の私が居るこの場を戦場になさるおつもりですか? 戦闘行動を中止してください」

『……分かりました。ここは退くとしましょう』

 たっぷり二十秒をかけてクルーゼは忌々しく答え、アスランと並んで艦へ引き下がった。艦からの砲撃も止んでいる。

「全く、扱い難いお姫様だ」

 クルーゼは珍しく愚痴を吐く。対照的にハーティのブリッジでラクスの声を聞いていたゼノンは豪快に笑った。

「面白い少女だな、クライン議長の娘は。中々、度胸がある」

 ブリッジクルーは艦長の言葉に冷や冷やしながら、ヴェサリウスが後退するのに合わせてハーティを後退させた。


『退いてくれたか。あのお嬢様のおかげかな。俺たちも帰るぞ、キラ』

「はい。その、ありがとうございました」

『あん? いいんだよ、そんなこと。だけどな、覚悟しとけよ。副長がかんかんに怒ってるから、相当しぼられるぞ、お前。ま、自業自得ってやつだな』

 フラガの言葉にキラは寒気を覚えた。いつもでさえ軍人気質で厳しいナタルが、それ以上に怒っているとしたら相当恐ろしいことになるだろう。

 だがキラはフラガの『軍人には出来ないことが出来る』という言葉を信じていた。それはつまり、軍人のマークがやっていれば銃殺刑のことでも、民間人の自分ならそこまで酷い罰は与えられないということだ。

 これから起こることは確かに恐いが、死ぬ危険がないと分かっていれば、今のキラの心をすっかりと晴れ渡っていた。心の悩みも吹き飛び、親友の大事な婚約者を無事に返すことが出来た。

 先に行くフラガのゼロの後を、意気揚揚といった気分でキラはついていった。






 あとがき
  どうも陸です。第十二話はアニメと大筋は全く同じです。中々進行スピードが遅いですかね(苦笑)
  どうも書き始めると長くなってしまうようです。でも、考えると書けなくなるのでこのままで行くつもりです。書き終えれば、OKですよね(ぉぃ)
  次は代理人さんが言う裁判シーンがありますが、私はこれに重要性を感じ得なかったので、上手く書く自信がありませんので、期待はしないでください。
  個人的には早くハルバートンのくだりを書きたいんですけど、そこは焦らずきちんと書いていきます(笑)
  ではまた次回。

 

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代理人の感想

うーむ、確かにまんまTV版・・・援護はフラガだけでしたが、ニキとマークはそこまで思いつかなかったんでしょうかね。

どうせなら揃い踏みして助けに来るのがカッコよかったと思いますが。

後、裁判もそうですが二次創作であればなんにしろ原作と違う書き方(深く掘り下げるとか新しい解釈で書くとか)か

違う展開をしなければ面白くは無いと思うので、頑張ってみてください。