PHASE−14『力の片鱗』



 マーク、フラガに遅れて出撃したニキとキラはすぐに敵機を補足した。GAT−X207<ブリッツ>、GAT−X102<デュエル>の二機である。

 手前に漆黒に彩られたブリッツ、その斜め後ろに白と青のカラーリングのデュエルが見える。二機はそのまま臆することなく接近してきた。

「ニコル、お前は足つきをやれ。MSは俺が相手をする」

『分かりました』

 イザークの指示に簡単に答えてニコルはブリッツを加速させる。前方の二機による攻撃を受けるが、ニコルはブリッツを巧みに操って二機の間を突っ切った。

「無視ですか。なめられたものですね。キラ君はデュエルを、ブリッツは私がやります」

『了解です』

 ニキは簡単に指示を出すと機体を反転させ、ブリッツの背後を取った。すぐに右手のビームライフルを放つ。ブリッツは最小限の動きでビームを避けたかと思うと、一瞬のうちにして視界とレーダーから消えた。

 ミラージュコロイドを展開させた、と気付いた頃には頭上から光が迫ってきていた。ニキも連合においてはかなり優れたMSパイロットであり、戦闘前にブリッツのデータを見ていた。だからこそ不意に消え、放たれたビームを避けることが出来た。機体を止まらせるような間抜けはしなかったのだ。

 ニコルはガンブラスターに数発ビームを放つと後は無視して一目散に足つきに向かう。母艦を破壊してしまえばMSなどどうにでもなるのだ。MSは母艦がなければ補給も出来ず、長時間戦うことも逃げることも出来なくなる。母艦をまず潰すのは得策と言えよう。

 ブリッツならアークエンジェルを一機で落とすことも不可能ではない。ミラージュコロイドは如何なるレーダーにも捉えられることはないのだ。姿を消して接近し、ブリッジを破壊すればそれまでだ。しかし、元はといえばブリッツは連合の機体。その特性を知らないはずがない。ミラージュコロイド最大の弱点は展開中はPS装甲が使えないところにある。普段なら気にすることのない機銃の一発一発が致命傷になりかねない。

 アークエンジェルの艦長であるマリュー、副長であるナタルはその弱点を見逃すようなへまはしなかった。ブリッツが放った一発のビームライフルからその地点を即座に予測させ、その地点に向けて多弾頭ミサイルを幾つも放つ。放たれたミサイルは途中で腹の子供たちを解放し、小さな稚魚の群れとなって見えない敵を飲み込む。

 避ける隙間もないほどに迫り来る稚魚らを防ぐにはミラージュコロイドをやめ、PS装甲を起動させなければならなかった。ニコルは舌打ちをしながら素早くPS装甲を起動させ、稚魚たちを受け止める。

「元々はそちらの機体でしたっけねえ。弱点もよくご存知で!」

 負け惜しみとも思える台詞を吐き出したころにはガンブラスターが目の前に迫っていた。マリューやナタルの思惑通りだ。

「逃がしはしません」

 ニキはニコルの数瞬の隙をついて姿を現したブリッツの眼前に迫り、右腕を掴んだ。ブリッツは駄々を捏ねる子供のように暴れるが、他のXシリーズに比べて馬力の少ないブリッツでは中々振り切れなかった。旧式とはいえ、ガンブラスターは小さな体には見合わぬ力がある。

 この時、普段は便利な功守一体の盾が仇となった。ビームライフルもサーベルも、右腕に備え付けられた<トリケロス>の中だ。右腕が封じられては攻撃が出来ない。

 左腕には猛禽類の鋭い爪を思わせるピアサーロック<グレイプニール>でガンブラスターの顔面を殴りつけようと試みたが、ガンブラスターの右腕が邪魔をする。確実に腕にダメージは与えているが、それもあまり意味はないようだ。

 だがもし殴るのをやめたら、ガンブラスターは空いた手でビームサーベルを抜き、ブリッツを一刀両断するだろう。捕えた方も、捕われた方も手が出ない。

「くそっ、離せっ、離せっ!」

 ニコルの焦った声も無駄に流れるだけだ。対してニキは冷静さを失わない。

「力比べです。私が負けても、ただでは負けませんよ」

 二機の力比べは邪魔が入るまで続いた。



 キラのエールストライクとイザークのデュエルの戦いは実に地味なものであった。片方が撃てば片方が避け、反撃に出る。その繰り返しが行われていた。

 イザークとしてはストライクを足止めしておいて、その間ニコルのブリッツが足つきを落とし、その後でゆっくりとストライクを倒す腹積もりであった。しかし、いつになっても足つきが落ちないばかりか、どうやらニコルが捕えられたようだ。暗闇の宇宙で漆黒のブリッツを視認するのは厳しいが、感覚で分かっていた。

 キラとしては出来るだけ早くデュエルを仕留めるか、退けるかしてニキの援護、アークエンジェルの援護に入りたかった。時間が経つにつれて二人とも焦り始めた。先に痺れを切らしたのは、イザークである。

「ニコルは一体なにをやっている! ディアッカ、聞こえるか!」

 一つ悪態をついてから程よく離れた場所でMAと追いかけっこをしているバスターに向けて通信をした。ニュートロンジャマーや、宇宙世紀から存在するミノフスキー粒子のため、離れた距離では上手く通信が出来ないことが多い。今の距離ならギリギリ届くかどうかといったところだろう。

『なんだよ!』

 不明瞭ながら苛立った声がイザークに届いた。

「いつまでMAと遊んでいる! さっさと片付けてニコルを援護しろ!」

『んなこといったって、こいつ、やるぜ。そこらのMSよりよっぽど手強いんだよ!』

「貴様、それでも赤服かっ! いいな、ニコルの援護をしろよ!」

『くそっ、なんだよ、もう!』

 二人の苛立ちのままの通信は終わり、イザークは普段の動きを取り戻す。足止めなどという役は到底イザークには似合わない。バーニアを全開にして、ストライクに向かっていく。迫り来る光を右に左に避けつづけ、接近戦の距離に持ち込む。

 キラはデュエルの行動の変化に一瞬戸惑った。今まで撃ちあい避けあいが続いていたのが一変、攻撃を避けてこちらに突っ込んでくる。接近戦を狙っているのが誰にだって分かるほど単純な動きだ。それでも相手が並のパイロットでないことが分かる。一見単純そうでもこちらのビームは一発も掠らない。

 相手が早急に勝負をつけたいのと同じく、キラも早く勝負を決めたかった。あえて離れ、一方的に射撃するのではなく、ある意味では男らしくデュエルの接近戦に応じた。ビームライフルを腰に取り付けると、右手でサーベルを抜く。

 数秒の間をおいて両者の光の刃が交わった。と思えばデュエルは空いている方の手で二本目のサーベルを抜き、斬りかかる。ストライクは二本目の刃をシールドで防ぐと、交わっている方を横に薙いで蹴りを喰らわせる。デュエルはバランスを崩しながらも隙は見せず、振り下ろされたサーベルを左のサーベルで受け止める。

「なめるなぁぁぁ!」

 イザークの叫び声に合わせて今度はデュエルが膝蹴りを放った。ストライクはそれを左手のシールドで防ぐがバランスを崩す。今だとばかりにデュエルは右のサーベルを振り下ろし、それをサーベルで受け止められると、続いて左のサーベルで胴を薙ぐ。決まったように思えたが、ストライクはエールストライカーの推進力を活かし、強引に上昇した。体制を崩したままであったから、胴を薙ぐはずだったサーベルを膝に受けた。切り落とされはしなかったが、焦げ目が残っている。

 二機の距離が僅かに開いた瞬間に、一条の太い光が宙を裂いた。



 ディアッカはイザークの通信で一層苛立っていた。自分とて赤服を着ている意味を知っている。それはエリートの証。MA如きにひけを取ってはならない存在だ。

 そんな自分が今、一機のMAに遊ばれている。他のMAとは違い機体のカラーはオレンジ、装備も樽のような物が四つついている。ディアッカはそれがなんだかまだ知ってはいなかった。相手が連合のエースだろうと、彼の眼中には無かったのだ。

 相手のMA、後々知るその機体の名は<メビウス・ゼロ>、パイロットの名は<ムウ・ラ・フラガ>。もし今知っていれば、ディアッカも早々苛立ったりはしなかっただろう。しかし、もし、などというのは意味のないことだ。現実としてディアッカは相手のことを何も知らず、相手はこちらのことをよく知っている。

 バスターには近接装備が一切ない。ゼロにも同様にない。フラガはこれを最大限に利用した。ある程度接近してしまえば、銃身の長い装備しかないバスターはまともに撃つことが出来ない。ただ相手の周りを飛び回っていれば足止めくらいなら十分に出来る。現に出来ているのだ。

 ディアッカは戦況がよく分かっていなかったが、ニコルを援護しろ、ということはニコルが危険な状態にあるのだろうと理解した。一刻も早く援護してあげたかったが、周りと飛び回るMAがそれをさせない。

「ええい、もう、鬱陶しいんだよ!」

 ディアッカはやけくそになった。ゼロが近くを飛んできた一瞬を狙って体当たりを仕掛けたのだ。高速で飛び回るゼロに体当たりをするなど、並のパイロットでは叶わない。それがコーディネイターだとしても、だ。

 完璧とは言えないがディアッカはそれを果たした。赤服の意地を見せつけることが出来たのだ。

 バスターの角張った肩がゼロのガンバレルの一つに掠った。それだけで十分だった。ゼロはバランスを崩し、思わぬ方向に流れる。それを逃がすディアッカではなく、機体をアークエンジェルのほうに向けると急いでニコルの援護に向かう。

「やってくれるじゃないの!」

 フラガは素早く機体を安定させバスターの後を追う。追いつけない距離ではないが、間に合う距離でもない。

 バスターは移動しながら二つの砲身を合体させ超高インパルス長射程狙撃ライフルを作り上げ、レーダーと視界に移ったガンブラスターを狙う。一歩間違えばブリッツもろとも吹き飛ぶだろう。

 だがディアッカはニコルの腕を信じていた。臆病者とは言え、同じく赤服を着るパイロットだ。腕が悪いはずもない。ディアッカは一瞬も躊躇わず、引き金を引く。

 打ち出された一条の太い光は宙を切り裂き、一直線にガンブラスターに向かう。



 あと数秒反応が遅れていれば今の自分はない、ニキはそう思わざるを得なかった。つい一瞬前までガンブラスターとブリッツがつかみ合っていた場所に巨大な光が襲ってきたのだ。ニキは仕方なくブリッツを離し、後退する。ブリッツはこの好機を逃がすまいと素早くアークエンジェルのブリッジに向かう。

 アークエンジェルは合流地点に向かって移動していたが、十分追いつく距離であった。ニコルはミラージュコロイドを展開させることも忘れて、ブリッジを目指す。ニキのガンブラスターが背後から追うが、追いつくことは出来ない。



 ニキのガンブラスターから逃れたブリッツをキラは見逃さなかった。ナチュラルなら見分けがつかなかったかもしれないが、コーディネイターのキラの目にはしかと漆黒の機体が見えたのだ。

 今の位置関係からブリッツを抑えられるのはストライクしかいない。キラは焦りながらバーニアを全開にアークエンジェルのブリッジを目指す。が、デュエルがそれを良しとしない前に割り込んで来た。一秒を争う現状でキラはデュエルが死神に見えた。

 デュエルのサーベルをシールドで受け止めている最中、キラの脳裏に最悪の状況が映し出される。

 貫かれるブリッジ。消滅するブリッジクルー。その中にはトール、ミリアリア、カズイ、サイがいる。続いてブリッジを失い、動きを止めたアークエンジェルに止めを刺す敵のMS。出撃前ぶつかった小さな女の子が、ヘリオポリスの避難民が、そして、意味深な表情を浮かべていたフレイが、死んでいく。

――このお兄ちゃんは今から敵と戦って、倒してくれるのよ――

 フレイの言葉が頭を過ぎった。

――アークエンジェルは、友達は……やらせない。僕が、僕が守るんだ!――

 その時、キラの中で眠る種に亀裂が走った。種は完全でないにしろ、その能力をキラに授ける。

 キラの目は一人の心優しい少年から、戦いに命を捧げる狂戦士のものへと変貌する。もう、キラはキラでなくなった。

 目の色を変えたキラはシールドでデュエルのサーベルを押し返すと、右手のサーベルを素早く横に薙ぐ。それは今までのキラとストライクからは思えない速さであった。

「なんだとっ!」

 イザ―クもその違いに気付いた。早すぎる攻撃を避けきることが出来ず、デュエルの脇腹に亀裂が入る。今のキラには一瞬の隙も見せてはならない。イザークは驚きゆえに動きを鈍らせ、キラはそれを見逃さず蹴りを放ってデュエルを吹き飛ばす。

 そのままデュエルを無視して全てのバーニアを全開にして宙を駆け抜ける。

 ブリッツは確実を期してブリッジをサーベルで貫こうとした。それが仇となろうとは、ニコルも思っていなかっただろう。

 ブリッジクルーの誰しもが眼前に迫る漆黒の機体を見て、終わったと感じた。しかし、そうはならない。予想外のスピードで突っ込んできたストライクがブリッツを体当たりで吹き飛ばした。

「うわあああ!」

 ニコルは叫び声を上げた。勝利を掴む寸前で予想外の衝撃に襲われればそれも仕方がない。体勢を立て直したと思ったらビームが迫ってきている。直撃こそしなかったが、数発掠った。ニコルは今までの敵とは違う気迫をMS越しにストライクから感じ、恐怖を肌で感じた。

 ブリッツを吹き飛ばしたキラは何発かビームライフルを放つと、ライフルを投げ捨てサーベルを抜き、振り向いた。そこにはビームサーベルを振り落とそうとしているデュエルがいた。

「もらったぁぁぁ!」

 イザークの雄たけびも虚しく散った。必殺の一撃はしっかりと受け止められた。背後からの一撃、こちらを認知してからでは絶対に間に合わない。ほとんど勘でキラはデュエルの攻撃を受け止めたのだ。

 キラは容赦することなくシールドを捨て、脹脛に仕込まれているアーマーシュナイダーを抜くと、先ほどできたデュエルの脇腹の傷に刃を差し込んだ。PS装甲といっても、中身までそうであるわけではない。ただのナイフでも十分にダメージを与えられる。

「う、うあっ!」

 脇腹の一撃で電気系統がやられたのか、イザークの目の前に並べられた機器が吹き飛び、ヘルメットのガラスを破壊した。小さく分かれたガラスがイザークの顔を襲う。

「があっ! 痛いっ、痛い……!」

 無数の小さな刃が顔の右側を襲う。抵抗する間もなく、無数の刃が顔に傷をつけ、めり込む。あまりの痛みにイザークは悲鳴に近い声を上げる。

 下手をすればここでイザークは死んでいたかもしれない。どうにか助かったのはブリッツがデュエルを抱えて一気にストライクから離れたからだ。相手に追ってくる意志がないのが、せめてもの幸いだ。

「ミゲルさん、ミゲルさん! イザークが、イザークが!」

 傷ついたデュエルとイザークを抱えながらニコルのブリッツは一応のリーダーの元に向かっていた。通信の届く距離になると、すかさず通信を入れる。

『どうした、ニコル? イザークがどうしたんだ!』

「イザークが負傷したみたいなんです。さっきから痛い、痛いって……」

『くそっ。そろそろ十分か、これ以上は無理か……。撤退する!』

 ミゲルの判断に素直に従い、ニコルはイザークを伴って一目散に撤退した。途中でバスター、イージスが合流し、四機のGは小さくない傷を負って撤退する。



 一部始終を見ていたニキとブリッジクルーは唖然とした。キラの動きはまさに狂戦士。狂ったように激しい攻撃を見せた。誰もが、目を疑った。

 マーク、フラガは戦闘こそ見ていなかったが、同じパイロットとしてキラの気迫、いや、もはや殺気といってもいいそれを感じた。

「キラ……お前……」

『……えっ、なん、でしょうか?』

 フラガが震えた声を上げる。キラは数秒荒々しく息を吐くだけで反応を見せず、やっと見せた反応も途切れ途切れである。

「いや、いいんだ……。それより、第八艦隊と合流だ」

 少しでも気分を紛らわすためフラガは務めて明るい声で言った。キラの変貌を気にしながら、ブリッジクルー、パイロットらは視認出来る距離に現れた第八艦隊を眺めた。

 多数の戦艦、護衛艦の群れを見た誰もが一先ずの安心を感じ、キラのことを一瞬だけだが忘れることが出来た。

 当のキラ本人は、疲れきった様子でモニターに映る艦の群れを見て弱々しい笑顔を浮かべた。





 第八艦隊と合流したアークエンジェルは多数の艦の一番奥、旗艦メネラオスの横についた。

「しかし、いいんですかね。メネラオスの横っ面に船をつけて」

 合流した安堵感から気の抜けた声でノイマンが言う。それにマリューが温かい笑みを含みながら答えた。

「ハルバートン閣下のご所望よ。ご自身でこの艦をよく見たいとおっしゃってくださったの。そろそろいらっしゃる頃だわ」

 そう言ってマリューは立ち上がった。自分の直属の、尊敬している上官が来るとあってマリューは珍しく緊張していた。普段は被っていない軍帽をかぶり、出迎えのためにMSデッキに向かう。

 艦長に続いてナタルもまた出迎えに向かった。尉官は当然のことであるが、少年たちもまた出迎えに呼ばれた。ハルバートン直々の願いとあっては、正式な軍人でない彼らも行かずにはいられなかった。

 MSデッキには既にパイロットを初め、ほとんどの整備士たちが整列していた。マリュー、ナタル、トールらが着いてすぐにハルバートンを乗せたランチが入ってくる。少年たちもいつになく緊張し、姿勢を正す。

 ランチの鈍い光を帯びた扉が開く。まず顎に逞しい長い髭を生やし、鋭い目つきを持ち合わせ、筋骨隆々の体をした四十台後半の男、ガルン・ルーファス中佐が姿を見せた。彼自身も優れた戦術家、指揮官であり、連合軍では名は知れ渡っている。もちろんマリューやナタルは彼を知っており、姿を見るなり敬礼を見せた。知らなかった者たちもそれに倣って敬礼をする。

 その後幾人かの護衛が出てきて、最後にドゥエイン・ハルバートン准将その人が出て来た。黄金色の髪、口髭は年季が入っていて、穏やかな瞳はその人柄を現している。ハルバートンはすぐには降りず、タラップのところで一通り乗員たちを見回した。満足そうに一度頷くと、優しい笑みを浮かべながらゆっくりと床に足をつける。

「お久しぶりです、閣下」

 マリューがまるで女学生のような愛らしい声でハルバートンを呼んだ。彼女にとってハルバートンは学生にとっての先生のように親しみあがり、尊敬できる人物であった。綺麗な敬礼と笑顔を見せるとハルバートンもそれに答える。

「よく無事でいてくれた、マリュー・ラミアス。他の者たちもここまで大変だったろう。アークエンジェルを守ってくれたこと、感謝している」

 上辺だけの世辞ではない、心の底からを感じさせる言葉に誰しも心を打たれた。普段は艦長にさえ刃向かうナタルもハルバートンの前では子猫のような者だ。尊敬の眼差しでハルバートンを見据えている。

 キラを初めとする少年少女もよく知らないが、その人柄に心奪われた。一見しただけでは気の良さそうな男でしかないのに、それが戦場では智将と呼ばれるほどの実力者に早代わりすることが、彼らには信じられなかった。

 ハルバートンはマリューと握手を交わすと、次にパイロットたちの方に目をやった。

「君が居てくれて助かった。感謝している、フラガ大尉」

「いえ、私がいても大した役にも立てませんで、面目ありません」

「君たちもよくやってくれた。会うのは月の養成所以来かな」

 ハルバートンのこの発言は二人を感動の渦の中に放り込んだ。二人はよもや養成所で少し話しただけのことを覚えていてもらえると思っていなかった。もちろん、名前を知っているなど夢のまた夢。

 マークなどは感動のあまり涙を流しそうになっている。あまり感情を表に出さないニキも喜びを前面に押し出している。

「閣下に覚えていただけているとは、光栄であります。微力ながら、艦を守りぬけたことを誇りに思います」

「閣下のお力になれて光栄です」

 二人の震えた声にハルバートンは笑顔で頷いた。彼は部下を思いやることを忘れない。それが、人気のある所以の一つだ。

 一通り声をかけると、パイロットの後ろで疲労感に包まれたキラに、緊張して固まっている少年たちを見つけた。

「君たちが艦のために協力してくれたという、少年たちか」

 ハルバートンは少年たちの前まで行くと一人一人の手を取って、礼を述べた。

「君達のような子供を巻き込んで、すまないと思っている。君達の故郷も、私たちのせいで失われてしまった。本当に、すまないと思っている」

 名のある将校が人に頭を下げることなど滅多にない。あったとしても上官に、それも人目につかないところでだろう。民間人の少年に、多くの部下が見ている前で頭を下げることなどありえないことだ。それでもありえたのは、ハルバートンの人となりだろう。

 少年少女はマリューらが尊敬している男に頭を下げられてどうしようもなくなった。無げには出来ないし、踏ん反りかえることも出来ない。互いに顔をあわせて、うろたえるだけだった。

 最後にハルバートンはキラのほうを向いた。

「君がキラ・ヤマト君だね?」

「は、はい」

 キラは疲労を押さえて弱々しい声で返す。

「この艦とストライクが無事なのは、君の力あってこそだろう、感謝している」

「そ、そんなことは……。僕は、コーディネイターですから、出来たんです」

 今まで人に言われることを嫌った言葉をキラは自分で口にした。これだけの大物を前に素直にそうです、と答えられるはずもない。

「それは違う。確かにコーディネイターは優れた力を持っている。だが、それを有効に使えなければ意味はないのだよ。君は、自分の力を有効に使った。友達を守る為に。それはコーディネイターの力ではない。君自身の力だ。自信を持ちたまえ」

 ハルバートンの言葉は、以前ラクスに言われたことを似ていた。キラは自分の力を、コーディネイターだから、ではなく、自分自身の力と認められたことが嬉しかった。今度は素直に笑顔を見せて、はい、と答えた。

 ハルバートンが主要な者達に声をかけ終わると、ガルンが上官のハルバートンよりも軍人らしい重みのある声で言った。

「閣下、あまり時間がありません」

「うむ、そうだな。では行こうか、ラミアス艦長」
 一変して真面目な、近寄り難い雰囲気を出してハルバートンは艦長らに連れられて今後の話をするためにMSデッキを後にした。

 彼らが去った後のMSデッキは、台風が過ぎ去った後のように静まり返る。艦長も副長も、パイロットたちも居なくなって緊張が緩み、少しするとすぐに騒がしくなる。誰もがハルバートンのことを口にしている。

「あのハルバートンって人、凄い人だな。あのナタル中尉も緊張しきってたぜ?」

「ああ、そうだな。凄い人だよ、あの人は。なんか、雰囲気が違うよ」

「そうよね。艦長もマークさんもニキさんも、フラガさんもみんな慕っているようだし」

「あの人なら僕たちを無事に降ろしてくれるよね」

 トールらも興奮しながら口々に言い始めた。唯一人、キラは半ば放心状態で突っ立っている。傍目からすれば今にも倒れそうだ。

 それに初めに気付いたのはトールだった。キラの様子に気付くと、先ほどの戦闘を思い出す。自分が知っているキラとはまるで違う、激しい攻撃を繰り出すストライクの姿が、鮮明に思い出される。

「キラ、大丈夫か?」

「う、うん……。ちょっと、疲れたみたい……」

 うん、と答えた割には随分と疲労しているのが一目で分かった。トールがキラの肩を持つと、サイが走り寄って来て反対側の肩を持つ。

「部屋に連れてくから、少し休めよ。もう、戦うこともないだろうしさ」

「ご、ごめん」

「謝るなって。キラは、俺たちのために戦ってくれたんだろ? これくらい友達として当然だよ」

 トールとサイの笑顔に支えられ、キラは力を抜いて二人に身を任せた。もう、歩くのも辛いほどキラは弱っていた。

 一変して心配そうな表情になったミリアリア、カズイも一緒にキラを部屋まで送っていく。

 MSデッキから去っていく五人の姿を、遠めで見ている人物がいた。赤い長髪にピンク色の服、目には狂気を秘めている。

「キラ……。こんなことで死んじゃ駄目。あなたはもっともっと戦って、苦しんで、そして……」

 一旦言葉を区切ると、唇を三日月のように釣り上げて、最後の一言を放った。

「死ぬのよ」

 陰から彼らを見つめていた人物、フレイ・アルスターは誰にも気付かれず自分の部屋に戻っていった。


 ミゲルらは帰艦するとすぐにイザークを治療室に連れて行った。戻ってくる間中、イザークは「痛い、痛い」と唸っていた。

 治療室に入れられるとミゲルはブリッジに向かい、ニコルとディアッカはその場に残った。ディアッカは仲の良い友達として心配し、ニコルは大事な仲間として彼の傷を案じる。

 中々治療室の扉が開かないのでディアッカは右に左に行ったり来たりと落ち着かない。ニコルは壁に沿って置かれたソファに座り、じっと待つ。

「ディアッカ、落ち着いてください。焦っても仕方がないでしょう」

「落ち着いてなんかいられるか。お前と違って、俺はあいつと付き合いが長いんだ!」

「僕だって仲間なんです。心配ですよ。でもだからって、焦ったってどうにもならないでしょう」

 ディアッカの返す言葉にも焦燥が含まれていた。会話といえるものはこれっきりで、後は二人とも声を交わすことなく待ちつづけた。

 時間としては治療室に入ってからそれほど経ってはいない。でも二人にとっては一日が経ったかと思えるほどの長い時間だった。治療室の扉が開き、医者が出てくるなり、ディアッカは医師に飛びつく。

「イザークは大丈夫なんだろうな!」

「ちょっとディアッカ、やめてください」

 ディアッカは今にも殴りかかりそうな勢いだったので、ニコルは間に割って入ってディアッカを医者から引き離す。医者は何度か咳をしながら、落ち着いて答えた。

「命に別状はありませんし、傷も消すことが出来ます。幸い眼球にも傷はありませんし、大したことはありません」

「そうですか、ありがとうございました」

 興奮気味をディアッカに代わって礼を言って頭を下げると、ニコルはディアッカの腕を引っ張ってブリッジに向かった。

 ディアッカはイザークの無事を知って落ち着きを取り戻し、ニコルの手から離れた。そしていつになく真面目な顔で「よかった」と呟いた。ニコルはそれを聴いて聴かぬふりをして、先にブリッジに入った。



 ディアッカ、ニコルがイザークを案じている間、ミゲルはブリッジでクルーゼからの通信を受け取っていった。モニターの一つに見慣れた仮面の男が映し出される。

 ミゲルとゼルマンはモニターに敬礼をし、クルーゼの言葉に耳を傾ける。

『我々はラクス嬢を受け渡した後、そちらと合流する。合流後のことはその時話すが、足つきを仕留める。こちらに有利な場所にいる時に落としたいからな』

 クルーゼの指示にミゲルは疑問を感じた。しかし、それを口にすることはない。

「こちらは先ほど足つきと交戦したのですが、取り逃がしてしまいました。悪いことに、イザークが負傷、デュエルも損傷しました」

 ゼルマンが苦しそうな声で敗北の経緯を伝えた。お叱りを受けるか、と身構えたがクルーゼは頷くだけで文句の一つも言わない。

『あのイザークが負傷か。これはいよいよ、逃がすわけにはいかんな。ミゲルの隊長ぶりはどうだった?』

 クルーゼは話を変えて、わざとらしくゼルマンに訊いた。本人がその場にいるというのに、とミゲルは内心で思いながら直立不動で耳を傾ける。

「よくやってくれています。ミゲルのおかげで、イザークたちもある程度連携を取るようになりました。敵のMSに与えた損傷も、ミゲルの功績と言っていいでしょう」

『そうか、よくやった、ミゲル』

「はっ」

 簡単に返事をして敬礼を見せる。隊長や艦長か褒められた場合、素直に喜ぶでもなく、謙遜するでもなく、簡単に答えるが彼なりのやり方だ。

『合流後、イージスはアスランに返してもらうが、代わりに新型を用意しておいた。カラーリングも君用にやっておいた。楽しみにしているといい』

 最後にいつも通り含みのある笑みを浮かべてクルーゼはモニターから消えた。ミゲルもゼルマンも敬礼をしていた。

 ミゲルは新型がもらえると分かっても素直に喜ばなかった。新型、というのは大概試作機だ。要するに自分は実験体ということだ。性能がいいかどうか、確かでもない物に乗るのはあまり喜ばしくはない。この時、既にアスランが使っていると知っていれば、ミゲルも安心しただろう。

 新型のことは良い方の報告だとしても、足つきを追うというのは悪い方の報告だとミゲルは心の中で呟いた。足つきを追うのは確かに任務であるが、足つきは既に第八艦隊の腹の中だ。迂闊に手を出せばこちらの損害も少なくない。

 もちろん、ミゲルはあの智将ハルバートンが率いている第八艦隊と言えど、負ける気はしなかった。侮っているわけではないが、多少の旧式MSとMA相手に負けるとは思えない。しかし、無傷というわけにはいかないのも承知済みだった。相手はザフトにおいても注目されている智将だ。幾らMSの性能が上だろうと、圧倒的な物量の差をひっくり返すのは容易ではないのだ。

 この時ミゲルは何隻の増援があるかを知らなかったが、せめて六隻はあるだろうと考えていた。後に実際はヴェサリウスを含めて三隻と知った時の驚きは何にも勝っていた。

 第八艦隊の艦数はこちらの何倍もある。性能だけでひっくり返すのは、犠牲が付きまとう。果たして少なく無い損害を出してまで落とす価値のある艦だろうか、とミゲルは疑問に思っていたのだ。今までの戦闘から考えて足つきと新型MSの性能は確かに脅威である。自分で使ってみても、敵として戦ってもその性能を認めざるを得ない。だからといって、無理に落とすほどの物でもない。幾ら性能が良かろうと、一隻の新造艦と一機の新型MSで戦況をひっくり返すことは不可能だ。誰が考えても、同じ結果になるほど、確実なことだ。

 もし一隻の新造艦と一機の新型MSだけで戦況が変われば、自分たちも相手も苦労はないのだ。現に、旧式のMSとMAしか持たない連合相手に、最新のMSを持っているザフトは勝利を収めていない。それは幾ら性能がよかろうとも、圧倒的な物量をひっくり返せなかったからである。だからこそ戦争はまだ続いているのだ。

 だからミゲルはクルーゼがしつこく足つきを追うのが分からなかった。クルーゼの勘は当たると評判で、宇宙世紀時代に失われたNT<ニュータイプ>ではないかと疑われるほどだ。今回もその勘が働いているのなら、あるいは後々脅威になるのかもしれない。しかし現実的な物の見方をするミゲルにしてみれば、幾ら当たるからといって勘を頼りにはしたくない。

 出来ることならクルーゼに進言し、作戦を変えたいところだが、一兵士の自分にそんな大それたことが不可能なのは百も承知だ。赤服のエリートなら、進言くらいは出来るかもしれない。今まで赤服という名のエリートに拘らなかったミゲルも、今回ばかりは自分が赤服でないことが悔やまれた。

 しばらく一人で悩んでいるとブリッジにニコルとディアッカが入って来た。表情からしてイザークは無事らしい。

「ミゲルさん、イザークは無事みたいです」

「そうか。良かったな」

 考え事をしていたせいか、ミゲルの返事は素っ気無いものだった。

「今さっきクルーゼ隊長から通信があった。俺たちは合流後、足つきを追う」

「追うんですか? 相手はもう、第八艦隊と合流しているんですよ?」

 ミゲルが思っていることと同じことをニコルが口にした。その顔は驚きと心配に包まれている。

 すかさずディアッカがいつも通りの言葉でニコルを攻撃した。

「出た出た、これだから臆病者は困るぜ。ここで足つきを逃がせると思ってるのか? やられっぱなしじゃ、クルーゼ隊の恥だ」

 さっきまで心配のあまり右往左往していた男の態度とは思えない。いつも通りの調子が戻っていた。

「ではディアッカ。お前は第八艦隊とやりあって、無傷で済むと思っているのか?」

 冷たい口調でミゲルが問う。

「そ、それは……。でも、戦いに犠牲はつきもんだろ。そんなこと言ってたら戦争なんか出来ねぇよ」

 ディアッカは焦って思わず言った言葉だが、それに一理あることをミゲルは分かっていた。犠牲なしの戦いなどありない。結局は多いか少ないかの差なのだ。それを思うと、自分の考えは間違っていたのだろうか、とまた悩み始めてしまう。

「とにかく、隊長がやるって言った以上はやるんだ。そうだろう? それなら、俺らパイロットはそれまで休むのが筋なんじゃねぇの?」

 いつになく正論を言うディアッカに驚きながらニコルは「そうですね」と同調した。ミゲルもディアッカの言うことが正しいと思い、休むことに決めた。

 ニコルとディアッカは一足先に部屋に向かった。ミゲルは二人を見送った後、ゼルマンに思い切って今回の作戦について訊いたみた。

「ゼルマン艦長はどうお考えになりますか、今度の作戦について」

 珍しく質問を投げかけられてゼルマンはまんざらではなかった。

「そうだな。強引のような気もする。だが、あれを逃がしたら、後々、我々は大きな損害を出すだろう。今までの戦い振りを思い出すと、そう思える」

 ゼルマンの意見はクルーゼと同じであった。それは隊長の意見に刃向かえないからではなく、自分もそう思っているからであろう。

 後々脅威になる、と聞いてミゲルはつい先ほどの戦いで自分もそう感じていたことを思い出した。黒い豹を肩に住まわせたMS。ナチュラルとは思えないほど洗礼された操作技術に、ミゲルは脅威を感じていた。結果としてはミゲルの勝利であったが、いつもそう勝てるとは限らない。ザフトのエースをも唸らせるその力は、十分に脅威と言えた。

 自分も自然と脅威を感じていたことを思い出すと、クルーゼやゼルマンの意見に納得できた。どうせ変えることは出来ないのだから、後は自分の力を最大限に発揮し、戦うのみだ。

「ありがとうございました。これで失礼します」

 ミゲルは敬礼をし、ブリッジを後に自室へ向かった。来る大きな戦いに備え、しばしの休息を得るために。












 あとがき
  久々の陸です。
  前回の終わりが悪かったようで、キラたちの戦闘がないと誤解させてしまいました。申し訳ありません。力不足ですね。
  初めから戦闘は二つに分けようと思っていたのですが、上手く書くことが出来ませんでした。精進します。
  原作との違いも中々つけれないで、力不足を感じることばかりです。そろそろ原作とは違うところを出せると思うのですが、ご期待に添えるかが不安です。
  後、ハルバートンが美化されているように思われるかもしれませんが、それは狙ってのことです。
  智将と呼ばれ、穏健派の代表的存在でもあるのですから、もっと慕われていてもいいかな、と思いまして。行き過ぎていたら教えてください。
  では、また次回。出来るだけ早く投稿できるように頑張ります。

 

 

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代理人の感想

うーん。

陸さんは淡々とした作風が持ち味ですけど、今回はそれが仇になったかなと。

ハルバートン登場の下りはそれがいい方に働いているのですが、

種発動のシーンは逆にそれが足を引っ張っていると感じました。

原作では凄まじく盛り上がりに欠けましたが、本来あのシーンは最大限に盛り上げ、クローズアップしなければならないシーンです。

重要なキャラであるハルバートンを美化したように、重要なファクターを必要以上に格好よく見せねばならないわけです。

そうでなければ種も単なる火事場のクソ力にしかなりませんので・・・・いや、燃える分あっちの方が遥かに上か(爆)。

 

後、助詞で「と」と「を」が入れ替わってると思しき部分が多々ありました。

理由はわかりませんが気をつけてください。