夏の日は長く天に在り、日も変わろうという今にあっても周囲には蒸し暑さが残る。
 だがそのような物に気を取られている時間はない。
 数年来の習慣通り、土蔵に入って座を組む。
 イメージするのは銃の撃鉄。
 意識の中にある、闇の中に浮かぶたった二つの撃鉄(スイッチ)
 それをガキンと打ち下ろす。
 この瞬間に俺――衛宮士郎――は人間ではなく、魔術を為しえる為の存在に切り替わる。

解析、開始(トレース、オン)
 手にするのは慣れ親しんだ木材。
 イメージするのはその構造、在り方、魔力を通すべき隙間。
 俺がするのは、容易でありながら難易度の高い『強化』の魔術だ。完成された芸術に、更なる一筆を加えるに近いそれは、ただ魔力を通すだけという物でありながら奥が深い。
 刃物なら切れ味が、食事なら栄養価が、宝石なら輝きが更に上がる。難易度は飛躍的に上昇するが生体に応用し様々な能力を上げる事だって出来るらしい。治癒の呪いの使えない自分には、回復力の向上は必須だろう。
 武器にしか応用できない自分の不器用さ――独学で危険な修行を長年続けてきた衛宮士郎の事情を考慮すれば仕方ない部分はあるが――に恥じ入り、更に訓練を続ける。

 ガサ…

 武器としての硬度ではなく、材料としての耐腐食性を上げてみようと手にしていた角材を下ろす。
 そうして後ろを見てみると、不機嫌そうな顔をしたイリヤが立っていた。
「もう遅いんだから寝ないと駄目じゃないか」
「違うよ。今日はみんなで朝までおしゃべりするんだから、シロウも来なくちゃ駄目ー!」
 がーと、両手を上げて威嚇までしてくるイリヤ。
 その後ろには、笑っているはずなのに怒っているようにしか見えない赤いあくままで立っていた。


Fate偽伝/After Fate/Again―第1話『日常は当たり前に過ぎていく』


 テーブルの上に広げられたのはパイだった。ストロベリー・ラズベリー・クランベリー・ブルーベリ−が様々に散りばめられた手作りミックスベリーパイ。両手を腰に当てて今にも「ふふん♪」といいそうな、最近めっきり藤ねえそっくりになってきたイリヤ。きっと彼女の作品なのだろう。
 遠坂が切り分けたそれを口にする。
 美味しいんだけど……ちょっと甘くないか。そう言おうとしたが、眼前の光景を見て言葉を止めた。
 目をキラキラさせて感想を聞こうとするイリヤに、この甘さが気に入ったらしい遠坂の幸せそうな顔。此処で下手な事を言ってはならない。W悪魔っこの攻撃を防げるほどに衛宮士郎は頑丈ではないのだ。
 だからシンプルに答える事にしよう。
「うん、美味しいよ」
 と。
「へへーっ、美味しいよね、うん、大成功!」
 ぱあっと、向日葵のような輝かんばかりの笑顔。
 でも遠坂は、
「美味しいけど、あんまり夜食べるものじゃないわね」
 そう言いきった。
「ふーんだ。リンはそうかもしれないけどシロウは美味しいって言ってくれたもん。……それにリン、そんな事言って、体重計が怖いだけじゃない」
「……イリヤ?」
「サクラは胸に栄養が行くんでしょ? でーもリンはー」
「それ以上言ったら酷いわよ」
 歌うようだったイリヤの言葉が止まった。
 俺の知る限り――といってもせいぜい一桁しか居ないが――最強の魔術師である二人。普段は実の姉妹のように仲睦まじく、実の姉妹のように遠慮なく喧嘩する。魔術の事が一般人にばれないように気を配る為、喧嘩に魔術は使われない。だが、その分喧嘩は陰湿なものになる。
『トゥシューズに画鋲が?』
 …って感じの。

 こういう時はあれだ。
 われ関せずと食べる事に逃避する。
 まあ、紅茶を飲みながら食べる分には丁度いい甘さなのかもしれないね。そんな事を頭の隅っこで考えながら。

 そうして戦争が回避された頃、さも今気づきましたって顔で遠坂は、
「何で今更『強化』の練習なんかしてたのよ」
「……俺が未熟だからだよ。あれだけ応用範囲が広い魔術なんだ、会得しておけば使い道は多いし」
「そうね。投影…実戦で役立つくらいのものを連続投影なんてしたら、士郎の体がもたないもの」
 ついでに魔術回路の数も少ないし(二つだけ)、なんて言ってきた。
 確かに。
 辿り着く事など出来ないと分かっていても、魔術師は魔法へ至る道を探求する者であろうとする。自らを含め、自らの血統を僅かでもその為に、品種改良じみた方法で魔術師としての精度を上げていく。
 俺のようにぽっと出の、魔術回路があるだけの人間がどうこうできるものじゃないことは分かっている。
 それでも。
 目指すものがある。彼女のように、真っ直ぐに歩きつづけなければならない。それが衛宮士郎が自身にかけた誓いであり、自らにかけた呪い。
 そんな俺にイリヤが、
「じゃあさ、シロウ……アインツベルンに来ない? シロウだったら凄い魔術師になれる才能あるし、アインツベルンの英才教育を受けたら――」
「何言ってるのよイリヤ、そもそもこいつに才能なんてないって、分かりきってるじゃない。バカなこと言って希望持たせるより先に、先走って死なないようきっちり基礎からやり直させるのが先よ」
 ついでに『自分の弟子にあっさり死なれたくないし』なんて言ってきた。
 遠坂の言っている事が自覚している事実であるだけに、悲しくて情けなくて、もう泣きたいくらいだ。
「何よ。リンだってもう分かってるんでしょ、シロウはそんな器用な魔術師じゃないって。たった一つを『窮め、極める』魔術師、それがシロウだって」
「!! ……イリヤ、アンタ…」
 たった一つを窮める事によって極める。
 それがどういう事なのかわからない。
 もしかすると投影をやれ、って事なのかもしれないけど……どうもそうじゃないような気がする。
 何でイリヤがそう言って、遠坂がそう思うようになっているのかは分からないけれど。

 ……とにかく、追求してはならない話なんじゃないか。
 そう思わせられるものがあったんだ。



 魔術の話。
 そこから無理やり話の矛先を変えたのは否めなかったけれど、しばらく話しているうちにそれまでの気まずい雰囲気は消えていった。
「…海?」
「そうよ。せっかく夏休みなんだし、泳ぎに行かなくちゃ嘘でしょ」
 …いかん。
 遠坂の水着姿を想像してしまった……ほら、遠坂のイメージカラーを地で行くような、赤地に黒のラインの競泳用みたいな奴。きっと似合うと思う。
 イリヤはかわいい感じだろうか。ちょっとイラストが入っているような。藤ねえが入れ知恵したら、スクール水着を着てくる危険性が……。
 桜はスタイルがいいし、シンプルなビキニが似合いそうだ。
 ……藤ねえはきっと、愛用のタイガーストライプのワンピースだろう。以前ビキニに挑戦した時、コスプレ扱いされてたしな……。
「やーよ。潮風で髪が痛むじゃない」
 そっぽを向くイリヤ。
 その理由はイリヤらしいものではあるのだが、どこか顔が赤いような気がする。
 俺にはその理由が想像できなかったのだが、遠坂はそれが分かったらしい。

「イリヤ、アンタ……カナヅチでしょう」
 鬼の首を取ったような顔で、このままガンド撃ちが飛んでいきそうなくらいに、スパッと指を突きつけて。
「カナヅチ……?」
 一瞬日本語が理解出来ないのか、顔を不思議そうにするイリヤに、遠坂は止めを刺さんと追撃を加える。
「泳げないんでしょ」
「う…アインツベルンは氷雪に囲まれた魔術の要塞だもの、泳ぐなんて…」
「泳げないのね、アインツベルンのお姫様は」
「む! …そういうリンはどうなのよ! ほんのちょっぴりで、私泳げます、なんて言わないんでしょうね!」
 お子様には分からないでしょうけどね、といいつつ遠坂はポーズなど取りながら、
「水泳ってカロリー消費に丁度いいのよ」
 10キロくらい軽い軽いなんて言いきった。
 俺には関係ないって、テーブルの上にあったちょいとばかり香りの強いオレンジジュースを口にした。




 んで、二杯目を飲んだあたりで……意識がくるりとひっくり返って……気づいたら朝でした。




 ……俺はやってないし、イリヤも多分違う。
 聖杯戦争の頃から家に出入りするようになった遠坂の部屋は離れ。そしてオヤジが外国に行っては買ってくる変な物を隠しているのも離れ。死んでから5年少々経つとはいえ、俺が見つけられない場所に在ったのなら、それは品質を管理するのに適した冷暗所になっている事だろう。
 それを結びつけるのはとても簡単な事だった。
 つまり、二日酔いである。
 あれはきっと、オレンジリキュールの類似品に違いない。第一普通の奴はもっと弱いはずだ。
 この激しすぎる頭痛からすると、呑み易いからと大量に呑んでいたんだろうと推測できる。……しかも、後になって開けた奴は、アルコール度数だけなら人間が飲む奴じゃなかったし。
「い、いきてるか、イリヤ……」
「シロウ…おみず、ちょーだい……」
 正直に言う。
 セイバーの剣を投影したときの後遺症の頭痛と大差ない、もしかするとこっちの方が酷いかもしれない。
「とおさか、は……」
「……えー、なーにー?」
 迎え酒を一人でやっていた。
 オオトラ…いや、虎は藤ねえだ。
 なら遠坂はウワバミか……か、考えるな、考えただけで頭痛が……ぐぁ……!!
「すまん、とおさか……みずを、コップに二杯、水をくれ……」
 にへら、と笑って。
「しょーがないわね〜……はい。水割用の奴よ」
 そう言って、コップを出してくれた。
 イリヤと一緒に受け取って、一気に飲み干し……くらり。
「なぁにひっかかってるのよ。水よりも透明なお酒なんて珍しいでしょ、泡盛ってゆーの。しかも戦前のだからアルコール度数は日本最強よ」
 そんな薀蓄は要らない。
 みずを、み、みず……腐った駄洒落は要らないから、水を……
「あーーーーーっ、何でみんなお酒飲んでるのーーーーっ?!」
 はうあ!
 と、虎の幻影が見えるのはいつもの事だけど、二日酔いにこれは、これは……!!
「ふ…、藤ねえ?!」
「何よ士郎、朝練があるから早くご飯食べに来たのに、お酒呑んで死にそうになってるなんて、何考えてるのよ?!」
 ……朝食を食べに来た藤ねえ。いつも思っているんだが、ライガ爺さんとか、食卓で寂しそうにしてるんじゃないのか、藤ねえが居ないから。
 ほら、あの人結構孫バカだし。
 ……最近は随分イリヤに入れ込んでるらしいけど……アインツベルンと手を組んで日本極道界を牛耳ろうとか、考えてないよな?

 痛む頭を抱え、苦しむイリヤを布団に寝かせつけ、悪戯が成功してケラケラ笑う遠坂をソフトドリンクを与えて黙らせて……なんで俺って朝食作ってるんだろう?
「う゛ー……ところで藤ねえ、桜は?」
 気のせいかもしれないけれど、その時遠坂が視線を鋭くしたような気がした。
 生前のオヤジ曰く。
『女の子の前で、別の女の子の話をしちゃいけないよ。撃墜率が落ちちゃうからね』
 ……撃墜って、あの人は一体何をしていたんだろうか……イリヤ以外にも子供が居て、いきなり家に押しかけてきて『おにいちゃん×12』なんて……無いよな?
「間桐さん? 来週の合宿の事で、お家の人と何か相談しているそうよ」
 そうか……桜の所って確か、お爺さんと二人暮し…なんだよな。
 慎二が……死んだから……。
 俺は知らなかった。けれどイリヤが教えてくれたんだ。ライダーが倒れた直後、逃げていく慎二をイリヤがバーサーカーに殺させたって。
 確かにアイツは許されない事を――学校のみんなをライダーの結界で殺そうと――したけれど、生きてさえいれば償う道があったかもしれない。
 死ぬことで全てを終わりにする、そんな事は――

 一瞬、鮮明にそれを思い出した。
 朝焼けの黄金の光の中、俺を真っ直ぐに見つめてくる彼女の瞳。
『シロウ、貴方を愛している』

 ――死ぬことで全てを終わりにする。
 間違ってはいない。
 幾つもあるだろう選択肢の中、選んだ物は最高ではないかもしれない。でも、選んだ人間にとって最善のものであるべきだ。
 慎二にも選択をさせなければならなかった、俺はそう思う。
 そんな事を考えていたから遠坂の言葉を聞き逃したのだろう。

『…間桐……いえ、マキリゾウケン……あれが動いた?』


>interlude


 弓道部の合宿が終わった後、みんなで海に遊びに行く。そう話を決めて解散となった。ただそれだけを決める為に延々と取り留めの無い話が続いた日も終わり、また日は替わる。

 そろりそろりと足音を消し、魔力を消し、気配を消し、細心の注意を払って――
「リン、朝よ。おきなさーい!」
「…ふぇ?」
 ボン、と音を上げてシーツをひっくり返した。
 キャン、と悲鳴が上がって悪戯の主に講義の声を上げる。クルンと綺麗に回転したおかげか、ベッドから落ちる事はなかったもののその頭の中はグルグルである。
「イリヤ、なんて事をするのよ!」
「ふーんだ。何時までも寝たままのリンが悪いのよ」
 寝起きが悪く、朝は常に不機嫌な凛であるが、今日のところは全く別の理由で機嫌が悪かった。
 特に悪戯の主、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンにすねたようにそっぽを向かれてはなおの事。
「何拗ねてるのよ。こっちが拗ねたいくらいなのに」
「何よ。今日は私がシロウを起こす番なんだから。桜になんて負けないもん」
「…ああ、それね」
 凛は馬鹿らしいとは思わなかった。
 彼女とて魔術師である前にごく当たり前の少女であるし、恋心というものを理解してもいる。
 けれどこんな早朝から起こされるのは勘弁して欲しくもある。
「…だったら藤村先生のところで休めば良かったじゃない。家より遥かに近いんだから」
「そんな事言って。聖杯のシステムを検証するとか言い出したの、リンじゃない」
「そうだったわね」

 イリヤを部屋の外に出し、着替え、今へと場所をうつす。
 その間に考えていたのは、昨日から今日にかけて行った相談事だった。
 彼女に危惧を抱かせたのは、60年周期の聖杯戦争がたった10年のスパンで発生した事実と、前回に続いて破壊された聖杯、そして根源に至る孔。その影響。
 ならば第6次聖杯戦争が何時発生してもおかしくは無い。
 だが凛は前回で父を失い、今回には自身も参加して聖杯戦争を直に体験した。彼女の魔術における弟子の衛宮士郎に至っては、前回では命以外の全てを、またその時の後遺症に養父を奪われ、今回では巡り合った想い人と別離している。
 だから、長期の休みに入った事を利用して聖杯を作り出す――聖杯戦争に最も精通した家系であるアインツベルンの一人、イリヤから話を聞き出したのだ。もっともアインツベルンの秘法に関してはイリヤも話す気は無いらしく、無理に聞く事もないと思っていた。

「この間みたいに寝てるリンをほったらかしにして『イリヤが居なくなった?! まさか誘拐?! 藤村先生のところの子だから?!』とか騒がれたら嫌だもの」
 私は魔術師なんですからねー、などと言われては彼女にも返す言葉は無い。
 リーズリットとセラ、今は藤村組で給仕をしているイリヤの養育係の暴走は記憶に新しい。アインツベルンにその騒ぎは伝わり、諜報に長けた暗殺魔術師が派遣されかかるところまで行ったのだ。ただ、凛にはそれがイリヤだったからでは無く、聖杯に関する何かだからではないかと踏んでいる。
 未熟な半人前以下の衛宮士郎であるならばともかく、イリヤは凛も舌を巻くほどの才能と実力の持ち主であるからして、その様な心配は杞憂でしかない。
「……そうね。たしか士郎が誘拐されかけた事があるとか、藤村先生に聞いたのが悪かったんでしょうね」
「シロウが?」
「そう。お父さんが藤村先生のお父さんと懇意にしていたらしいから」
「……なるほど」
 切嗣がらみ、という点でイリヤは納得する。

 しかしそんなのはほんの少しの間だけ。
 ふふん、といった表情を浮かべると、
「リンってさぁ。シロウのこと、詳しいよね」
 と、悪魔っこの本領発揮・名誉挽回とばかりに切り返す。
「え、あ、それは…」
 遠坂凛、いや遠坂一族に存在する呪いにも似たもの、それは物事をそつなくこなし、ここ一番で失敗する。それは機転が利かないと言う欠点であり、不意打ちに弱いと言う事実に他ならない。
「前から思ってたんだけどさー、リン」
 特にこのように唐突に逃げられない距離で、逸らすべき話題も、人身御供も居なければなおの事だ。
「リンって、ずっとシロウのこと見てるよね」
「ず、ずずずずっと?! ち、違うわよ! あいつ、やっぱり危なっかしいのよ。セイバーが居なくなってからずっと!!」
 慌てふためき、聖杯戦争の後からずっと使いつづけている言い訳を何とか搾り出す。
 けれど。
「やっぱり気づいていたんだ」
 そう、イリヤは年齢の分からない表情を浮かべた。
 彼女は時たま、このような表情をする事がある。そういう時、彼女は誰よりも深く物事を推測している。
「今のままじゃシロウは危ないわ。災いの種はずっと昔に植えられていて、もう芽吹いている。セイバーとの別れは間違い無くそれを育てているわ…今もずっと」
「災いの…種?」
「シロウは、きっと…」

 瞬間、世界が崩れるのではないかと錯覚するほどに大きな魔力の波が起きた
 聖杯戦争の時のように体がだんだん慣れていったのならまだしも、唐突に起きた魔力の波がこれだけ巨大なら、魔術師以外の人間であっても体調不良や、下手をすれば気を失う程度では済むまい。

「イリヤ、今の!」
「シロウの家だよ!」
 互いに意見を一致させれば、する事は一つ。
 魔力を肉体に満たし、玄関から一気に駆け抜けていくのみ。途中で早朝ジョギングをしていた人たちを驚かせもしたが、その様な瑣末事は、今の彼女たちには関係が無い。この街の魔術師として、衛宮士郎の関係者として、この事態を見過ごす事など出来ないのだから。


 遠坂邸から衛宮邸まで一気に走破し、その門を潜った瞬間、意識が漂白された。

「何よ、これ―!?」
 漂うのは、凛にとって覚えのある魔力の残り香、眼前に広がるのは、大地に穿たれた斬撃・刺突の痕跡の数々。士郎の部屋からは、砕けた建材が未だに煙を上げている。
 そして赤々とした血の上に転がる、衛宮士郎の体。
 流れ出る血はどれほど控えめに見ても致死量、肺のある胸は上下しているようには見えない。
 ―ゾッと、全身から血の気が引いた。
 四年前の中学校の校庭、其処で見た光景。
 その時から遠坂凛の中に刻まれた、一人の少年。
 偶然、それとも必然なのか、聖杯戦争に巻き込まれ、その強い意思で戦いつづけた少年。
 そして永遠の決別が待っていると理解しながらも、勝てるはずの無い敵に挑み、そして勝った少年。
 遠坂凛の心を、最も大きく占める少年の名を――彼女は叫んだ。
「衛宮君―!!」

>interlude out


 ――14分前――
 夏の強い朝日を感じたからなのか、敵意に反応する屋敷の結界の音を聞いたからなのか、それとも自分が殺気を感じたからなのか。そのどれかは分からないが、結局のところ……朝起きたら命の危機に陥っていた。
「うわぁぁぁぁぁぁああ?!」
 ドス、でもブスでもない。
 ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…。
 こんな感じの音を立てて、俺の部屋の畳に何十本という剣の群れが突き刺さっていた。刺さっているのは形状は違うものの、そこらに転がっている剣と変わらない――違う。
 これは魔術で造ったもの――すると投影魔術か?!
「チ……外したか」
 その声の主は、当たり前のように庭に立っていた。
 黒い鎧を身に纏い、赤い布をコートのように体に巻きつけた、褐色の肌と白い髪を持つ男だ。
「何で…お前が…」
 俺はその光景を信じられず、しかし現実の光景を照らし合わせ、目の前の物を幻想ではなく現実としてとらえざるを得なかった。
 半年前に起きた聖杯戦争。
 あの時、一人アインツベルンの城に残ってバーサーカーと対峙し消滅した赤い弓兵。
 イリヤは言った。あの怪物を六度殺したと。
 真実、謎のサーヴァント。
「……アーチャー……」
「何故? 聞くまでもあるまい。ここに私が居るのは衛宮士郎、貴様を殺す為だ」
 それは絶対的な宣告だった。


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