全てが終わった。
 セイバーの宝具『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』に集約された魔力は純粋な光の本流となり、聖杯…いや『この世全ての悪(アンリ・マユ)』を切り裂いた。
 全てが薙ぎ払われた、柳洞寺の境内裏。
 朝焼けにより黄金色に輝く世界で、俺達は立ち尽くしていた。
 そして、セイバーは言い残した事、言えなかった事、その心の中にある全てを込めて、言った。

「シロウ、貴方を愛している」

 そして、一陣の風が吹いた。


Fate偽伝/After Fate/『御都合主義万歳』


 いつもの通り、離れにある遠坂の部屋に向かう事にした。
 怪我を負ったとはいえ膨大な魔力を持つ遠坂のこと、魔術刻印はそう簡単に死なせてはくれないだろう。言い換えれば、きっと無事に違いないという事だ。

 コンコン。

「遠坂、起きてるか」
「…何?」
 今まで寝ていたのだろう、ほんの僅かの間を置いて、寝起きのあの不機嫌極まりない声が怨念じみた迫力を伴って聞こえてくる。
 けれど、遠坂に色々なことを報告しなければならない事に変わりは無い。
「全部終わった。ギルガメッシュの事や言峰の事……聖杯戦争の顛末とか、報告したことがあるんだ」
「……入っていいわよ」
「ああ」
 そう言って入ると、ベッドに横になった遠坂が居た。
 まだ傷は治りきっていないだろうからそれは仕方ないのだが、寝る為にツインテールを解いているとか、パジャマであるとか、そう言った要素が遠坂を別人のように見せている。
 いや、別人なんかじゃない、遠坂の別の一面だ。

 一瞬沸き出た煩悩を全力で叩き潰し、心の隅っこに追いやって顔の歪みも排除する。
 例え遠坂が衛宮士郎の憧れ続けて来た女の子だとしても、余りにも節操が無い気がしたからだ。
「細かい事は遠坂が回復してから話すけど……ギルガメッシュはセイバーが、言峰は俺が倒した」
「…そう」
 遠坂の顔には、複雑な物が浮かんでいた。
 例え自分を傷つけた相手であったとしても。父親を失ってからの10年の間、後見人を勤めていた言峰は、師であり兄弟子でありまた父親代わりのようなものだったのだから。
 だから、話を変えることにした。
「聖杯…『この世全ての悪(アンリ・マユ)』は、セイバーが斬った。でもイリヤが聖杯だった……という事は、アインツベルンはまた聖杯を造るかもしれない。10年前、オヤジがセイバーに聖杯を斬らせたって言ってたし」
「大本を断たなくちゃ駄目って事なのかも。……私が回復したらその大元を壊すわ。そんなもの(アンリ・マユ)を召還なんてさせたくないもの」
「その時は俺も手伝うよ、半人前だけどさ」
 少しは役に立って見せる、というところを見せないと。
 この数日間魔術を教えてくれた遠坂に面目が立たないしな。

「それで……セイバーに、未練は無いの」
「え」
「もう、会えないのに…」
 遠坂が何を言っているのかわからない。
 セイバーに未練があるか、だって?
 そんな物……





「お茶が入りました。シロウ、リン」
「ああ、入ってくれセイバー」
「では失礼します」
 いつものブラウスにスカートを身に着け、盆の上にティーセットを載せたセイバーが入ってきた。
 どうしたのだろうか。遠坂はセイバーを見て何か幽霊を見てしまったような顔をしていた。……ついさっきの俺みたいに。



「……そう。よっく分かったわ」
 必死になって頭痛を押さえ込んでいるような遠坂。
「分かるのか?!」
 何しろ俺にはチンプンカンプン。この状況を理解できるのなら、遠坂に説明してもらいたいくらいだ!
「推測その1。セイバーは半端者の英霊だったから」
 ぴこん、と指を一本立てる遠坂。……確か遠坂の得意技『ガンド撃ち』って、人を指差して発動させるんだったよな……。
 む、とするセイバー。
「リン、私の何処が半端なのですか」
「セイバー自身がじゃないわ。英霊として半端だったって言ってるのよ」
「俺にはよく分からないんだが…」
「セイバーは聖杯を手にすることを条件に、生きたまま英霊になった。此処までは良い?」
「ああ」
「ええ」
「霊体になれなかった……つまり、セイバーの体はエーテルが固体化して受肉した物じゃ無かったって事。もしかすると、その体は本物なのかもしれないわ」
 ……確かにその可能性はある。
 精神なり魂だけが召還されたのなら、体は他のサーヴァントと同じだったはずだから。
「では、私の体は本当に私の物なのですね」
「あくまで推測よ。そう考えれば体を送還するエネルギーが無い、って事もありうるから。…じゃあ、推測その2」
 もう一本指が立つ。
「セイバーを召還していた聖杯。英霊は聖杯を通ってこの世界から消えるはずだったの。でも、聖杯は消えた」
「それは違うでしょう、リン。聖杯が無くても英霊は召還される」
「…そうね……じゃあ…」
 今一度指を立てる遠坂。
 セイバーの意見に怒るかと思えば、冷静に新しい推測を組み立てるそれは、遠坂は魔術師の探求者としての側面を持っている、ということなのだろう。
「推測その3。セイバーをこの時代に繋ぎとめるくらいに、強い”絆”が出来た」
「ふむ」
「ありえないことでは無いですが、それも無いでしょう。私を呼んだのは士郎の中にあった鞘です。しかしそれも今は私の手にある」
「検証のしようは無いけど、鞘とは別に縁が出来た、そんな可能性もあるでしょ」
 …その言葉を否定する材料は無い。肯定する材料も無いけれど、それは何かの真実を含んでいるように思えた。
「推測その4」
「…まだあるのか」
「茶々入れない。……気になることがあるわ。士郎、急いで本屋に行って来て」
「…週刊誌でも読みたいのか」
「何でも良いわ。本屋から『アーサー王物語』を探して買ってきて!」
「え? もう知ってるじゃないか、それは」
「良いから! …あたたたた」
 興奮したからか、傷を抑えてベッドに崩れる遠坂。
 仕方ない、後はセイバーに任せて本屋に行くとしよう。


>interlude



 遠坂凛はベッドに倒れ伏したまま、セイバーの様子を見ていた。
 竜種の因子を体に持ち、息をするだけで膨大な魔力を生成するその体は、魔術師の体にある魔術回路とは既に桁が違う。
 淫魔の血を引くとされる魔術師マーリン。
 彼がウーサー・ペンドラゴンに依頼されて何をしたのかは分からないが、マーリンの手を借りて生まれたセイバーは、言わば魔術炉心とでも呼ぶべき存在だ。召還されて以来、自分の存在をこの世に繋ぎとめる為に四苦八苦していた人物と同一とは思えない。
 本当に、冗談を抜きにして今までのセイバーとは別なのかもしれないと、思わせるほどだ。

「ねえ、セイバー。もしかすると貴方……もう、帰れないかもしれないわ」
「リン? それは一体、どういう事です」
 セイバーは凛の真摯な表情を見て、それが冗談では無いと確信した。もっとも彼女はこのようなときにまで冗談を飛ばす人間でない事は先刻承知だ。緊張を解す為に士郎をからかっている姿はよく見るのだけれど。
「あなたはサーヴァントでもなく、使い魔としてでもなく、英霊としてでもなく此処にいる。それはとても奇妙な事なのよ」
「しかしリンは先程、この時代と縁、絆が出来たといっていたではないですか」
「そんな物、世界がその気になればすぐ切ってしまうわ。有り得ざる事象は、世界が最も嫌う物に他ならないもの。だから私は思ったの。この時代に、セイバーは捨てられたんじゃないか…って」

 捨てられた。
 世界に、捨てられた。
 そう考える事は、突飛も無い話に聞こえる。
 けれど。
 この場所にセイバー、いやアルトリアという少女が居る時点で、その可能性は捨てきれない物になる。
 その可能性に、彼女もまた気付いた。

「時間遡行なんて、魔術じゃ成し得ない。もう、セイバーは何があっても戻れないかもしれない」
 凛の断言する声は、全てを終わらせることを決意した彼女を強く打ちのめしていた。


>interlude out


「げ」
 商店街にある小さな家電店。そのショーウインドウに飾られた新型の液晶テレビ。そこに映った光景を見て、俺はどうしても『げ』といううめきを抑える事が出来なかった。

 映っているのは見覚えのある光景。
 クラスメイトの柳洞一成の家の裏。要するに山頂にある柳洞寺の境内裏だ。特に今朝見てきたばかりだから、間違いようがない。
 アナウンサーは、これまた事務的に結果だけを端的に伝えてくる。
『本日早朝、冬木市郊外にある柳洞寺において、謎の爆発音、閃光が度々上がり、警察が駆けつけたところ境内裏にある池を中心に地面が消失しており、現場には神父姿の男性の刺殺体があったと発表がありました』
『また、本堂の中には衰弱、または体調不良を訴える僧侶達が居り、ここ数日の謎の昏睡事件と関係があると見られます』
『…只今入りました情報によりますと、神父姿の男性は、新都にある教会の言峰綺礼神父であると――』

 言峰は真実悪だった。それは間違いない。
 アゾット剣を突き刺し、なけなしの魔力全てを打ち込んだ。開放された魔力は言峰の体を突き破り、その機能の全てを破壊し尽くした。
 それは間違い無く俺のこの手でやった。
 魔術が絡んでいる以上、教会、そして協会が隠蔽を行うだろう。俺が罪に問われる事も無いだろう。
 けれど間違い無く、人を殺した罪はこの手にある。
 それを忘れる事はしてはならないし、忘れる事なんて出来ない。

 俺はそれを自分自身に刻み込んで、本屋で買った『アーサー王物語』を手に、ついでに病人食の材料を手にして家に向かおうとして――
『また、現場から逃走する犯人と思しき男女二人組み――』
『――男は10代前半と思しき少女を――』
『誘拐の可能性もあると見て当局は…』

 ――冷や汗を掻きながら、さっさと家に帰る事にした。
 道中聞き込みをしている、警官と思しき人物から出来得る限り不審人物に見えないように、怪しく思われないようにしながら、ゆっくりと急ぐようにして。
 イリヤ、起きているかな……起きてたら、因果を含めておかないと……


 遠坂の想像はあたっていた。
 因果は狂い、歴史は改変されていた。俺たちに元の記憶があるのは、それを知っているからであり、世界の修正も及ばなかったからに違いない。
 俺の買ってきた『アーサー王物語』のラストは、アーサー王が部下に命じて聖剣を泉の貴婦人に返却させる……ものでは無くなっていた。
「モードレットと相打ちになり、光に包まれて消えた……か」
 物語の最後は、光に包まれて消えた。そして妖精郷へ向かいいれられた…と締めくくられている。妖精郷(アヴァロン)が何処にあるかは知らない。けれど、この世ならざる場所だという。
 ある意味、千数百年を越えた現代こそがこの世ならざる場所なのかもしれない。

 セイバーは声を上げて泣いた。
 王としての責務、それを果たす為に全てと決別する覚悟をして挑んだ戦い。
 勝利し、死を覚悟して聖杯を切り捨てた。
 なのに、この時代に取り残された。
 得た物と失った物。
 それを俺が窺い知る事は出来ない。
 俺に出来るのは、泣き続けるセイバーに胸を貸す事くらいだった。








































































 そして俺は今、幸せさ加減に悩んでいる。
 遠坂曰く『新しい絆が出来た』の意味を理解したがために。

 大きくなってきたお腹に、いとおしげに触れているセイバー……いや、アルトリアを見て。

あとがき

 タイトルどおり。
 ご都合主義です。
 でも『Fate true end』が綺麗過ぎて納得がいかなかった人って多いんでしょうね…斯く言う自分もその一人ですけど。

 ……次は『After Heavensfeel』書かなくちゃ駄目かな……
 書くとなると、ライダーがメインになるし、他の所で同じようなの目にするし……書きにくいよな……。
 UBWアフターの方が書きやすい気もするけどね。

 ……書く時間があるか、それこそが問題かもしれない。

 

代理人の感想

否! 否否否否否!

セイバーにグッドエンドなど無用!

言わば真っ白に燃え尽きた、あのラストこそが唯一の到達点、極北なのである!

そこに至らぬのであるならば、それは逃避の上に成り立つぬるま湯の幸せでしかないっ!

王としての責務を最後までまっとうできなかったセイバーはその後悔を引きずり満足を知らぬままに生きてゆくしかなく、

その合わせ鏡である主人公も満たされぬままに過ごすしかないからであるっ!

ご都合主義は私も大好きだが、それは作品のテーマに沿ったものである場合に限るのである!

セイバーはあの終りをまっとうしてこそ救われるのであって、そうでなければセイバーがあまりに悲惨ではないか!

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

 

まぁ、実際にこう言う展開になってしまえば、それはそれとして生きていくんでしょうけども。

いわば逆行物みたいに事実が終わった後で都合よく幸せを手に入れるような展開ではありますが・・・

まぁ、二次創作としてはこんなのもありか。

 

感想終り。