とてもとても痛い沈黙が落ちる。
 私はどうしても、その沈黙を破る勇気をもてないでいた。
 原因をここに運んだのは私だ。
 それでも、どう言葉にして良いのか分からない。
「……桜」
「なんですか、姉さん」
「貴方、胸、大きいわよね」
 せっかくのリンの言葉だったが、それはまた沈黙を落とすだけだった。
「……ライダーも大きいですよ」
 沈黙の質が変わる。
「リンは……いえ、失礼」
 沈黙の中に殺意も混じる。
 それでも!
 ……リンは意を決してこの現状を打破する為に必要な言葉を発しない訳にはいかなかったのだろう。
「おっぱい、どうしようか」

 衛宮家の居間に居るのはライダーのサーヴァントである私と、マスターであるサクラと、サクラの姉のリンと……衛宮士郎と思しき、赤ん坊だった。
 理解できたのだろうか。
 ……赤ん坊は、悲壮な顔をしたように見えた。


Fate偽伝/After HF/『顛末:池にプカプカ浮いてたアレ』


 衛宮士郎。
 彼は狂ってしまった聖杯戦争の中、自分の原点であり理想である夢を捨て、たった一人の愛する少女を選び、また自らの左腕を失い、少女を助ける為だけに人間としての命さえ捨て、自らの力の具現たる剣に刺し貫かれて死んだはずだった。
 だが神、そして悪魔が彼を見捨てようとも、彼のたった一人の姉であり妹である少女は彼を助け……その結果、大聖杯の上の池、其処に浮かんでいたのが……その衛宮士郎と思しき赤ん坊だったのです。

 さて、私は赤ん坊と言うものについて、乏しい知識しかない。
 確か人間の赤ん坊は、他の動物に比べると未熟な状態で生まれてくるはず。自らの足で立つことも、食事をとることも、話すことも出来ない。
 なら、この赤ん坊をどう扱うかが問題になる。
「リン、この赤ん坊を以後、士郎と仮定して会話を進めて宜しいでしょうか」
「え、そうね。……現実は直視しなきゃ…」
 眩暈を堪えながら、額に手を当てながらも、リンは気丈に其処にいる。庭を向きながらお祖父様が、兄さんが手招きしているわ……などと現実逃避しているサクラよりも立派だ。
 私はサーヴァントとしてあるまじき思いを抱いた。
 マスターとサーヴァントは、本質的に似たものを持つ者が召還される……これが、このサクラが私の本質なのだろうかと。僅かであるが、サクラに召還された事実を後悔してしまった。

「――桜」
「な、なんでしょうか姉さん?」
「アンタ……マキリの家に戻る気なんてサラサラ無いでしょう?」
 質問の意図はつかめないが、リンの言葉はもっともだ。あのような家にサクラを戻す事は賛同できない。
「今のアンタはマキリの魔術師…悪いけれど遠坂の魔術師として、私の家に入れることは……出来ないわ」
 その言葉は魔術師としての彼女の信念がある。だけれど、姉としての彼女の苦悩を隠し切る事は出来ない。それを察してサクラも寂しさを隠して頷いた。
「だからアンタ、ここに住みなさい」
「―は?」
「どうせ将来ここに住む気なんでしょ? ならそれが早まった所で問題ないじゃない」
 その意味は、単純なものだ。
 リンは将来的に士郎とサクラを結婚させる、というプランを確定した未来として提示しているに過ぎない。
「で、その代わり間桐の家――地下室を潰した上で、売り払っちゃって」
「…え?」
「リン、それはどういう―?」
「人形買うのよ。本物の人間の体として機能する、成長するし、致命傷を負えば死ぬし、老衰もする、魔術も生殖行為も全部オッケーな上に製作者にいたっては封印指定までされている、最高の代替人体
「では、それを士郎の体とすると? では、この士郎は?」
「同化するんじゃない?」
 人形に赤ん坊の体を埋め込み同化させる?
 あのような結界を作る私が言ってはならないだろうが、それでも想像するだに気色悪い光景だ。
「それと……サクラ」
「はい。人形購入の為の資金集めですね。……幸いと言えるかは複雑ですが、間桐の家は私しか居ませんから近日中に不動産に話を通してみせます」
 久しぶりに強く頷くサクラは、ここ暫くの自虐的な強さを捨て去っている。
 悪くない、そう思えた。
「ええ。それと……その」
 突然歯切れの悪くなったリンに、サクラは困惑してしまう。
 歯に衣着せぬ…とは士郎に対する評価だが、それはリンにも当てはまる。その彼女が言いよどむなど、何かそれほどの事態なのだろうか。
「今一番の問題は……士郎の世話の事よ」

「私は”伽藍の堂”のオーナー……人形制作者か、購入者の誰かに接触できないか試してみるわ。だから士郎の世話は出来ない」
「じゃあ私が…」
 どこか嬉しそうに見えるサクラ。
 きっと士郎の世話が出来るのが嬉しいのだろう。
「止めておいた方が良いわ」
 リンの言葉に、サクラの表情は一気に曇る。
 そう、この表情に私は見覚えがある。……士郎が傷ついてしまえば、戦いに出る事も命を脅かされることもなくなるはずだ……そう言っていたあの時のサクラの表情に似ているのだ。
 その表情を知ってか知らずか、リンは気まずい言葉を告げた。
「いい? 赤ん坊の世話をしたとして。……あとで元に戻った……って言うのかな? とりあえず士郎と向き直った時、まともに話せる自信、ある?」
 赤ん坊の世話。
 それが何を意味するか、サクラはしばし黙考して……ボウと顔を赤くして、手をワタワタと動かす。
 私は世話については詳しくないのだが、それはそんなに厄介なものなのだろうか?
「と言う訳でライダー」
「先輩のお世話、お願いしますね」
「……私が、ですか?」
「もちろんよ」
「もちろんです」
 やはり貴方たちは姉妹なのですね、恐ろしいほどそっくりです。
 こうやって綺麗に外堀を埋めてから本陣を攻撃するタイミングと言い、表情と言い。

「まずはご飯。授乳は2時間から3時間って話だけど、時間よりも赤ん坊の様子を見て与えるそうよ」
 泣き声、それがサインだと言う。
「これは後で粉ミルクを買うことにしましょう」
 ……リン。
 そこで私とサクラの胸を見て『大きいくせに役立たずね』という視線を向けるのは、間違っています。確かに胸の大きい女性の中には授乳期でないのに母乳が出る人もいるらしいですが……それはホルモンバランスが異常だからで、私たちは普通ですから。
「ベビーベッドは要るのかしら?」
「とりあえずは布団で良いのではないでしょうか」
「おくるみとかは?」
「この状況では少し痛いですけど、買い揃えるしかないでしょう」
 ……そしてリンは、必死で背けていた事実に目を向けて、
「ねえサクラ、ライダー……おむつ、どうしようか」
 赤ん坊とはいえ、士郎としての意識はあるはず。
 だからなのだろうか。赤ん坊の表情など殆ど見分けのつかない私にも、その士郎の顔に張り付いた……諦観の念は非情に簡単に読み取れた。きっと彼はこう言っているのだろう……『もう、好きにしてくれ』と。

 その後も、必要な道具はどうやってそろえるか……と言う話になった。
 確かに封印指定を受けるほどの魔術師の作り上げた人形であるのなら、手に入れるだけの価値はあるだろうが、入手は困難だろう。その間は士郎は赤ん坊のままなのだから、彼を保護した状況で生活する設備は必要なのだろう。
 ですがそれは……苦痛の時間でした。
 いきなりリンが、
『その格好、目立ちすぎるわ。着替えなさい!!』
 そう言いだして、桜までもが…
『姉さんの言う通りです。ライダーの格好は……その、目の毒ですから』
 と。
 着替えを買うのにデータは必要…とかで、リンは持ち出してきたメージャーなどで私のからだのデータを……身長を含めて計測し……そのたびに二人揃って『な、何よこれ!』『こ、このカップサイズは…?』『有り得ないわ、こんな細さ』『やっぱり肉食文化なんですね…』と。
 それほど私は、おかしな姿なのでしょうか……?

 そうして買い物に出かけて戻ってきたリンに渡されたのは、私の趣味に反しないシンプルな色彩とデザインの衣装でした。『遠坂は宝石魔術が専門だから』と、秘蔵の石を加工して造ったらしい魔眼殺しの眼鏡までセットになっていたのは、あまり素顔を晒したくない私にとっては、好ましくは無いのですが。
 しかし偽装の為には仕方ないのでしょう。
「ふむ……この眼鏡、というのも中々悪くないものですね」
 自己封印・暗黒神殿のように顔を覆い隠して視界を封じる拘束感や閉塞感が無いのは悪くない。それにトレーナーやジーンズと言うのも露出が減るのは有り難い。正直士郎や慎二…男たちの視線はあまり歓迎できるものではありませんでしたから。
「どうでしょうか。二人の目から見ておかしい所は…」
 衣装を整え、襖を開ける。
「うっ……露出が減って色気が増した?!」
「ああっ、眼鏡っこ?!」
 二人とも、そんなに私の姿がおかしいのでしょうか。
 それは……このようなその、背の高い……私が、普通の女性のような格好をするのは……見苦しいのかもしれませんが……
「どうするのよ桜、やっぱりあれ、本気で神話級よ」
「負けません……例え先輩が綺麗な女の人に弱い浮気性でも……!!」
 し、神話級?!
 私の見苦しさはそこまで……?
 リンとサクラはどうしてか、私に…と言うか、私の外見に対して敵意を隠そうとしない。
 それほど私は日常に反する、危険な外見をしてしまっているのだろうか。
 確かにアテナとアンフィトリテの逆鱗に触れた私は醜い怪物に姿を変えられました。ですが今の私はそれ以前の姿になっているはずなのですが。
「いい、桜。ゴルゴン三姉妹の末妹メドゥーサは、ポセイドンに気に入られてアテナの神殿で契りを交わしたのよ」
「それに一体、どんな関係が…」
「ポセイドンと言う『妻子持ち』と、アテナの神殿と言う『人様の家』で『不倫』をしてるのよ。彼女はそのメドゥーサそのものなのよ!」
「じゃ、じゃあ……先輩と、先輩の家で、私から先輩を奪う気で……?」
「その可能性は、捨てきれないわ」

 いえ。
 それは有り得ない。
 あのような逢引きには懲りていますし、サクラに逆らう勇気はもてません。
 ですから、その、垂らした右の髪で顔の半分を隠しながら睨むのは止めて下さい、本気で怖いですから。


「後はこれね。はい、偽造就労ビザよ」
 さらりと彼女の言った言葉にサクラは一瞬唖然とし、そのビザとやらに目を通し、目を白黒させる。
「それは一体?」
「んーーー、簡単に言えば、ライダーが人間としてこの国で生活するのに必要な書類だと思ってくれればオッケーよ」
「そうですか、それはありがた……私が、人間として?」
「そりゃそうよ。出たり消えたり、不審すぎるわ。……そうね、もともと外国から入ってきたマキリの家ですもの、他の人には間桐の血縁とでもすれば良いでしょう」
 私が、マキリの?
 いえ、偽装と言うのは理解しました。
 ですからリン、怒りを抑える私の顔を見て逃げ腰になるのはやめてください。
 そこまで考えていて――考え事に気を取られていたのか、それに気づくのに遅れてしまった。
 ――これは!
「サクラ、リン、何者かが敷地内に入り込みました!」
「ライダー、貴方は隠れて! ここは姉さんと私で何とかするわ!」
 既にこの屋敷の結界は、サクラが攻め込んできた時に消滅している。とはいえその闖入者に敵意は元々無かったのだから、結界は役立たない。しかし、私がここに居た所で……事態の悪化は防げなかっただろう。
 闖入者は、ここにサクラとリンがいる事に少し驚いたようだったが、テーブルの脇に敷かれた小さな布団、その上に居る『赤い髪をして、士郎の面影を濃く宿す赤ん坊』を見て、非情にユニークな百面相をした後――
「ぎゃわーーーーー?! 何、この子、どう見ても士郎の子じゃないのさーーーーーーーっ?!」
 虎の幻影が見えた?
 …そんな馬鹿な、何の魔力も感知できなかったのに……あれは魔術ではない?!
「あ、あの、藤村先生……」
 サクラはおずおずとその闖入者――フジムラセンセイ――とすると彼女が藤村大河と言う女性なのか――に声をかけるが、リンは既に魔術行使の準備に入っている。おそらく記憶操作をするつもりなのだろう。この場合はそれが正解かもしれない。
「誰、この赤ちゃんの親は誰なの?!」
 凄い迫力だ。
 これは…この汚染された黒いセイバーの如き迫力は一体……?

 私には、恐怖にも似たその感情に、霊体でありながら金縛りにあったかのように動けない!
「遠坂さん…は違うわね。間桐さんも……産んだ形跡は無い…いえ。最近は家族にばれないように出産してしまう人がいるって……そう言えば最近の桜ちゃん、体調を崩す事が多かったわよね……?」
 まるで墓場で出会うグールの類に似た、死人のような虚ろな瞳が桜の体を縛る。
 ああ、この状況で魔術を暴走させる事なく自らを律し、縛る二人に、私は尊敬の念を禁じえない。

 意を決したのか、サクラは話し出そうとして……リンのアイコンタクトに止められた。
「先生は衛宮君の姉代わりだと聞きました」
 真っ直ぐに、見られているだけで追い詰められるような顔をするリンに追いやられるように後退するタイガ。
「さ、…間桐さんから聞いたの?」
「ええ。その先生が衛宮君を信じられないのでしょうか。ちなみにこの子は、衛宮君の親類…と名乗る見ず知らずの女性が、入院しなければならなくなってので、暫くの間預かって欲しいと言って置いて行ってしまったのです」
 有無を言わさず畳み掛けるその様は、サクラの言っていた『宝石剣を振るい続ける悪魔のようなリン』に通じるものがあるのだろう。サクラは一歩引き、タイガは二歩下がってしまっている。
「し、士郎に親戚なんているはずが…」
「詳しい事は私にもわかりません。ですが、本人も知らない遠縁と言う可能性もありますし、第一のこの子の顔……似過ぎていますから」
「うっ…確かに士郎は奥手だし、この子、士郎にそっくりだけど……でも、でも」
 頭が煮詰まっているのだろう。タイガはきょろきょろと周囲を見渡し、
「そう言えば士郎は何処?」
 と、当事者に説明を求めようとするが当の士郎は赤ん坊だ。助けなど求めるべくも無い。
「それは…」
「サクラ、言いにくいなら私が言うわ。……先生は『アインツベルン』という言葉を知っていますか」
「? それとこれと、どういう関係が…」
「衛宮君のお父さんのスポンサーだった名家です。そこに呼び出されて…暫く帰って来れないそうです」
「え?」
「なんでも、お父さんの娘さんの件がどうとか…
 あーとかうーとか唸るタイガ。
 その唸りはやがて「切嗣さんならありえるかも――」という、どこか寂しげな呟きに変わった。
 ここを好機と見たか、リンの追撃いや罠の手は止まらない。
「それと……先生の家はこの辺りの相談役のような事をしていると聞きました……間桐の家について困った事がありまして、相談に乗っていただけないでしょうか」
「間桐さんの家で? 何かあったの、桜ちゃん」
 急に話を振られ、サクラは…持ち前の演技力を遺憾なく発揮した。
「兄さんとお祖父様が……」
 このところ続いていた、神隠しにも似た大規模な失踪事件。その言葉と事件を結びつけるには、途中で切れてしまったサクラの言葉は何より雄弁だった。
 サクラの本性をここ数日で見せ付けられた私としては、俯いてしまった彼女を見て、どうしても畏怖を感じられずにはいられない。
「そう……」
「それで先生はこの家の管理も任されているそうですね? あつかましいとは思いますが、間桐さんをここに置いてはもらえないでしょうか」
「んーーーーー、士郎が居ないと家が荒れちゃうし……桜ちゃんならこの家の事よく知ってるし……ま、いいんじゃない。それに士郎だって桜ちゃんなら納得するだろうから」
 と、非常にアバウトな答えを。
 私たちとしては好都合ですが。それで良いのでしょうか、この国の防犯意識は?
「それでですね、間桐さんの家に下宿していた女性……彼女もここに置いていただけ無いかと」
「間桐さんの家じゃ、駄目なわけ?」
「最近は物騒ですし、護身術の心得があるようです。それにこの赤ん坊の世話の件もありますから…」
 赤ん坊の世話という言葉にサクラは姿の無い私に敵意の視線を向け、タイガは『私には無理だしねー』と納得している。
「では、少し待っていてください。呼んで来ますから」
 そう言ってリンは、私がこの部屋にいるのに態々別室まで移動……そうでした。
 一般人の前で魔術的な行動は取れないのでしたね。

「初めましてタイガ、私の事はライダーと呼んでください」
「あ、はい。藤村大河です……」
 呆然としながら私の手を取るタイガ。
 握手した手を離して数秒。
「遠坂さん、間桐さん」
 まるで人形がコクコクと頷きながら話し掛けてくるような感触を受けました。
「はい」
「何でしょうか」
「世の不条理を、憎む時ってある?」
「そうですね、今の藤村先生と同じ原因によって同じ感情を結果として得た時でしょうか」
「はい。彼女に最初に会った時、私も」
 その言葉に我天意を得たり、そう思わせる表情をして一言。
「神様って敵よねー」
「そうですねー」
「ここ最近、よく思います」

 これでも私は、神霊の類なのですが……私はこの外見で敵を作りつづけるしかないのでしょう。

「そっか、坂の上の人達って昔外国から入ってきた人達だったっけ。じゃあ遠坂さんの家も」
「はい。間桐さんの家とは長い付き合いがあります」
「その割にはあんまり仲良くないようね」
「そういう訳ではないのですが…」
 困ったようなリンやサクラの声が聞こえてくるが、今の私にはそんな事は関係ない。
 粉の量は適量、溶かすお湯の量も適量。逐次計り、神経を尖らせながら哺乳瓶に投下し、かき混ぜる。温度は人肌。冷めるまでの時間が、奇妙な緊迫感を私にもたらす。沸騰による殺菌を行えば、冷めた分には問題は無いのではとも思うが、冷えた水分は抵抗力の弱い赤ん坊は腹痛を起こす原因になるらしい。
「…なんだかライダーちゃん、物凄く緊張していない?」
 ちゃん付け、というのは気恥ずかしいのですが、あまり悪くはないものでした。
「その、彼女は…物凄いお嬢様育ちらしくて、赤ちゃんのお世話、初めてするそうなんです」
「あー確かに彼女、浮世離れしている所あるわね。でもそんな子に任せていいの?」
「すぐさまフォローは出来る所に私たちは居ますし、それに私たちだって経験は無いですから。むしろ彼女に経験を積ませる事が大事だと思います」
「むむむ…」
 リンの説得力皆無の発言に説得されるタイガ。
 説得された私が言うのもなんですが、リンはそういった職業で十分に食べていけるのではないでしょうか。
 トオサカの魔術師は、後継ぎとなった瞬間から金策に翻弄されるといいますから、彼女の金策の方法は……言わぬが華というものでしょう。

 初心者だけの衛宮邸。
 リンは気を利かせて、紙おむつには『一目でわかるサイン付き』を買ってきてくれました。
 流石に士郎も意地になって隠しとおそうとするはずだと、そう予測した手際は流石です。
「あーやっぱり男の子なんだ」
「タイガ、おむつ交換のときに覗き込むのはマナー違反では?」
「気にしなくっていいのよライダーちゃん。こーゆーのは将来、恥ずかしい思いをしながら親戚のおじさんおばさんに冷やかされる話の種になるだけなんだから」
「そうでしょうか? サクラやリンは顔を赤くして向こうを向いています。女性としてはそれが正しい行動なのでは?」

 タイガも帰っていった事ですし、一日の終わりとして水浴びしようとした所、二人から『入浴』について説明を受けました。
 なんでもこの国は適温のお湯に浸かる風習があるとか。
 自然な風習として受け入れられている以上、否定的な要素は無いと思います。
「それでは士郎をお風呂に入れてきます」
「待ちなさいライダー」
「どうしましたかリン、その様な恐ろしい顔をして」
「湯浴み着、もってきておいたからそれを着なさい」
「別に私は構いませんが」
「「私たちが気にするの!」」

「何、ライダー。こんな時間に台所に立って…」
「ミルクを作っています」
 作るといっても、魔法瓶に保存しておいたお湯で粉を溶くだけですから、手間も要りません。温度もほぼ適温ですから便利なものです。
「夜泣き? 士郎が?」
「いえ。我慢しつづけた結果、腹の虫が」
「……そこら辺の意地は、流石に士郎ね……」

 赤ん坊の肉体と、高校生の精神の士郎。
 リンなどは『頭脳は大人、体は子供、その名は〜』とか言っていましたが、私には何のことかさっぱりわかりませんでした。
 彼は赤ん坊として扱われる屈辱に耐え、私たちはそれを察して世話する事で何とか生活を続け――およそ一ヶ月後、リンが人形を手に入れたことで終わりました。
 タイガには、母親が迎えにきた―と、リンとサクラがそれっぽく語っていました。事実を知る私でさえ騙されそうな、その迫真の演技には寒気さえ感じずにはいられませんでした。
 私はこのとき決意したのです。
『この二人には、逆らうまい』
 と。

 この後、およそ一年をかけて士郎はリハビリを続け、高校へ復学。同時に三年生へ進級したサクラと同級生となり、留年した事と、後輩と同学年になったことに苦悩していたようですが、私にはそんな事を察する事は出来ません。
 またリンは魔術師として更なる成長を望む為、時計塔に旅立って行きました。
 そして、もうすぐ一年。
 三月初頭に卒業式を迎えた士郎とサクラは、相変わらず仲が良く、たまに士郎が倒れたりと騒動が起きますが…もう慣れました。
































 さて。
 人形の体を手に入れて、もとの姿に戻った士郎ですが……彼には何か、私には計り知れない悩みがあったようです。
 長い間、彼は何かに悩んでいるようでした。懊悩し、苦しみに身を焦がし、両手で自らの体をかきむしり、床に転がり、壁に頭を打ち付け、紅潮し、青褪め……ついにはその苦しみを言葉として吐き出しました。
 英霊たるこの身には苦悩に満ちた彼の呟きを聞いてしまう程度の聴覚がありましたが、その意味を理解することは出来ませんでした。
 ですから、近々帰国すると言うリンに聴いてみることにしましょう。
『俺には羞恥プレイの趣味も、赤ちゃんプレイの趣味も無いはずだ……』
 という、士郎の血を吐きそうなほど苦渋に満ちた言葉の意味を。


あとがき

 ジェノサイドヒロイン、桜。
 キャラクターとしては嫌いじゃないですよ?
 爽快感漂う凛ルートエンディングを見た後でこれだと、ホラー風味のシナリオは良かったのです。が……英霊エミヤとギルガメッシュとの戦いで手にした彼の答え、あれと桜の価値、あんまりつりあっていないような気がするんですよ。
 書きにくいのは、その辺のこだわりの所為じゃないでしょうか?

 一部の人からサクラルート系、というかライダーさんの登場する話が見たいといわれた。
 美人でありながら自分の外見に強いコンプレックスを持ち、軽いボケと天然の気があるライダー。確かに話としては悪くないでしょう。けれど、ライダーの生活は沢山あって、ネタが被ってしまう危険性がある。ということで、とりあえず自分では見たことの無いものを書くことにした。
 そう。赤ん坊になってしまった士郎の世話をさせられる事になったライダーの、人間としての生活をする第一歩を!
 ちなみに最後の所は、ヘブンズフィール・トゥルーエンドの2〜3日前と思ってください。

 ……女性の一人称。
 書きにくいです、精神的に、物凄く。

 

 

 

代理人の感想

確かに、見たことないなぁ(笑)。

つーか見たことないと言えばオチが、その、ねぇ。

独自色は出てると思います。非常に(爆死)。

 

>女性の一人称

・・・・・お疲れ様でした。