それは俺――衛宮士郎――が、聖杯戦争を終えて遠坂やセイバーと一緒に暮らし始めた時の事だ。
 一緒に暮らし始める……そう、三人暮らしの共同生活に入ったのだ。
 桜と藤ねえの反対は酷かったが、遠坂が『女同士の秘密会議よ!!』といって俺を締め出して30分、顔を真っ赤にして逃げ出した藤ねえと桜は次の日、絶対に納得していないと断言できる顔で『……男でしょ、責任取りなさい』と、肉食獣の笑みでユニゾンを決めてくれた。
 何を言ったのかは凄く気になる。
 けれどまあ、このくらいで遠坂と一緒に暮らせるのだから良いか、そう思っている自分が居た。

 そんなこんなで、遠坂やセイバーの食器やらなにやら、客用の物ではなく彼女ら専用の物を買いに来たのだが……これが、あのような事態を巻き起こすとは、俺の修行もまだまだ足りなかったらしい。
「あっ…」
 驚きに、羞恥が僅かに入り混じった声を上げたセイバー。彼女が何を見たのか気になって、俺もついそちらを見た。
「どうしたのセイバー」
「いえ、その…」
 セイバーの見ている先には、今度三作目が上映されている指輪を巡るファンタジー物語のフェアで本が平積みにされていた。その関係だろうか、他の英国系のファンタジー作品も一緒に展示されているようだ。
 俺にはよく分からなかったが、隣に居る遠坂は妙に得心がいったという表情で……
「そう言えばそうだったわね」
 と言った。
 もしかして俺が未熟者だから分からない、何か大切な事があったのだろうか。


Fate偽伝/After UBW/『一緒に暮らし始める前に』


 たった一つだった魔術回路。けれど聖杯戦争の最中に投影を始めて二つ、そしてギルガメッシュとの戦いで27個全ての魔術回路が開いた。
 俺はそのセイバーを現界させておくために……少々、方法に口幅ったい部分はあるのだが…遠坂に協力をしている。だからこそ魔術回路を少しでも鍛え、魔力の生成量を僅かでも上げる。これは今の俺に最も必要な行為だ。
 けれど。
「日常生活の最中にも修行を続けるの……ちょっと辛いんですが」
「はい、甘えた事言わない」
 包丁を持つ手が震え始めた事もあって泣き言をいったのだが、どうやらあの赤いあくまは、俺を一人前にするのが最優先事項らしい。ホント、最近遠慮がまた一段となくなって……
「ところで士郎」
「?」
「レイラインが繋がっているってことは、表層意識くらいなら伝わるってことだからね」
「……」
 そうか。
 一成が言ってたっけ、『アレは女怪だ』とか。
 うん、ゴメン遠坂。ちょっと反論できないみたいだ。

 そんな遠坂だったが、台所に立つ俺の姿を見て何故か唖然として、呆とした声をかけてきた。
「後もう一つ。包丁、どうしたの」
 何だ、そんな事か。
「砥石が見つからなくてさ、とりあえず代用品。投影の練習も兼ねてね」
「……なら、包丁を投影しなさい。アレも一応は剣と同じ構造の物でしょうに……」
 そんなに変かな、干将を包丁代わりに使うのって。
 この重さ、この切れ味、この豪快さ。……中華包丁みたいで、物凄く腕に馴染んでいるのに。

 遠坂から投げかけられる……まるで刃物を抱いて眠る猟奇な人を見るような目がちょっと痛かったけど、とりあえず夕飯の準備は出来た。後はこれを食卓に運ぶだけで……あれ?
(セイバーが食卓に居ない…? 食う事が楽しみの全てと錯覚しそうな程のあのセイバーが、食卓についていない?!」
「…士郎、そう言うことはセイバーに聞こえないようにしなさい」
「もしかして後半、口に出してた?」
「ええ」
 ……もしかしたら明日の稽古、殺されるかもしれない。フルアーマーダブルセイバーとか何とか言って。

 本を真摯な表情で読むセイバー。
 サーヴァントとして召還された時に基本的な日常生活に必要な知識を手に入れた、そう言っていただけあって本を読む彼女に遅滞は無い。
 だが時折何かを感じ入っているのか、百面相を始めるのは。
 彼女が購入してきた本はどれも、アーサー王に関連のあるもばかり。まあ、聖杯戦争に関係した英霊としては、同じく聖杯探索を行ったアーサー王の円卓の騎士ガウェイン、ガラハッド、バーシヴァル達が気になるに違いない。
『あれはこんな立派な人間では無い』
『こんな言葉は無かった』
『創作なのか? そもそもこんな騎士はいなかった』
『……あの当時は男として通していましたし……』

 などと言う呟きが聞こえてきた。
 一心不乱に本を読むセイバーに声をかけるのも拙いと思い、遠坂に声をかけることにする。
「セイバーだけどさ」
「気になる事でもあるの?」
「もしかして、アーサー王ゆかりの人物なのか?」












長い長い(イタくて重い)、沈黙が落ちた。
















 ……なんだろう、この『間』は。
「い、今更何言ってるのよ、アンタはぁぁぁぁぁぁ?!!」
 吼える遠坂。
 赤いあくま改め赤い大悪魔って貫禄だ。
「リン、いきなり大声を上げて一体どうしたのですか」
「……セイバー。今、士郎がね『セイバーはアーサー王ゆかりの人物なのか』なんていったのよ」
 セイバーまでもが先ほどの遠坂のように固まった。でもしばらくして、セイバーは俺に自分の真名を伝えてくれていない事に気付いたようだ。教会地下で再契約したときも自分の名前は言っていなかったはずだし。…あれ?
「でも遠坂もセイバーと名前の交換してなかったんじゃないのか」
「…あ、そうか。そう言えば名前の交換、してなかったわ」
 そう言って、遠坂は『遠坂家遺伝、ここ一番でミスをする』を披露してくれた。使い魔との契約、それがたとえ英霊を召還したサーヴァントだとしても其処に変わりは無い。
「じゃあ何でさっきの…」
「それはおそらく、『この世全ての悪(アンリ・マユ)』を破壊したときに私が使った宝具、その真名(エクスカリバー)から判断したのでしょう」
 そう言えば、宝具の力を解放するには真名を呼ばなければならないんだっけ。真名を呼ぶ事自体が呪文みたいな物なんだろうから。……でもこれって。
「宝具を使うときに名前を叫ぶ。まるで特撮ヒーローだ」

 意味を理解できないセイバーは頭を捻り、意味を理解してしまった遠坂は何か感じ入る物があったのか、床を叩きながら笑い出してしまった。『セイバーはブルー、じゃあアーチャーはレッドね、でもランサーもブルー、どうしたら良いのよー』とか叫んでるし。


 さて、無為に時間が過ぎてしまったが、セイバーは改めて自分の正体を明かしてくれた。
「私の名はアルトリア。アルトリア・ペンドラゴンです」
 あるとりあ?
 ――アルトリアなんて、アーサー王物語に居た…か?
 例えば俺が読んでいない物語に居るとか……でもそれが、英霊になれるほど知名度が上がるとは思えないし。
 んじゃ「ぺんどらごん」。
 父王ウーサーや、アーサー王自身のファミリーネームと同じだな。
「アーサー王の隠し子とか? その手の話って、結構人気ありそうだし」
「……性別を偽ったアーサー王自身よ、セイバーは」
「…え?」
「中世の王様が実は女の子だった、なんてのは都合が悪いでしょ。本人か他人か、それは分からないけど性別を偽るくらい簡単でしょ」
 淫魔の血を引く、マーリンなんてバケモノじみた魔術師を連れてたくらいだから、と。
「いや、それじゃ…」
「おかしいですかシロウ。私が王であったなどというのは」
 そう問い掛けるセイバーは、いつも寝てばかりでご飯を楽しみにして、道場で竹刀を振り回す女の子ではなかった。今なら分かる。この威厳に満ち溢れ、静謐な凛とした空気はセイバーが王であることの証に他ならない。
 だからこう答える。
「信じられる。セイバーがアーサー王だって」
「分かっていただけて何よりです」
 そう言ってセイバーは、いつもの表情に戻った。
 さっきのセイバーは間違い無く王様の表情だった。けれど、今のセイバーもやっぱりセイバーなわけで、もしかすると今のセイバーこそがアーサー王になる前のアルトリアという少女の本当の姿なのかもしれない。
 でもそれは俺が追求して良い話じゃないかもしれない。

 けれど、生まれてしまった好奇心を抑える事は難しい。
 アーサー王といえば王の選定の石に刺さっていた魔剣カリバーン、聖槍ロンゴミニアド、不死身の魔力を持った聖剣の鞘、そして聖剣エクスカリバー!
 そして魅力溢れる円卓の騎士たちの物語と、……悲劇の結末。
 其処で俺は、重要な事に気付いた。
 アーサー王の直接の死因は、裏切りの騎士モードレットにかけられた呪いと、死してなお剣を振るモードレットに斬り付けられた傷。けれどモードレットの正体は――あれ?

 1.追求する
 2.追求しない
 3.遠坂に耳打ちする。

 何を躊躇する事があろうか!
 好奇心を止める事など不可能と知れ、俺!
 よしっ、言うぞ!!
「アーサー王といえばさ。異母姉のモルガン・ル・フェとの間にモードレットを作ったりしてるけど、セイバーは女じゃないか。……どうやったんだろって思って」

 セイバーは白くなって固まり、遠坂は顔を紅潮させてセイバーを見やる。
 ごめんセイバー、連想が其処までいった時、そのまま脊椎反射で口から出ちゃった。
 ふるふると振るえながらセイバーは、顔を赤くしながら搾り出すようにして、
「ま、マーリン……あの悪戯好きの老人に、世継ぎの件を頼みました……」
 遠坂もそれで納得がいったのか、
「そう言えば淫魔はサキュバスとインキュバス…男と女の体を任意に変身できるとか言うわね。もしかしてセイバー、アレの時男になっていたとか?」
 なんて爆弾発言をしてくれやがったのだ。

 その瞬間、瞬間的に真っ赤になったセイバーから爆発的な魔力の奔流を感じた。
 ああ、これには憶えがある。
 感情が高まって、魔術が暴走した時の感じにそっくりだ――


 ああ、幻覚が見える。
 この間と同じだ、うちの道場に藤ねえと、体操服ブルマのイリヤが見える。断言してやる。俺はハカマスキーでもブルマニアでもないと。
「何言ってるの士郎。貴方はエロゲーの主人公じゃない、説得力マイナスよ」
「うう、ヒロイン候補に上がったのに……シロウとの心ときめく愛の日々が…」
 パコン!
 藤村組の倉庫奥深くに封印された妖刀虎竹刀が空を斬りイリヤの頭に直撃する。
 漫画のようなたんこぶを作ったイリヤは、
「うう、痛いであります師しょー」
「馬鹿な事言わないの。同人時代と商業時代じゃレーティングが違うのよ、レーティングが」
「うう、猫娘に負けたくない……」
「げげげのげ」
「師しょー、年がばれるであります」

「とにかく。今回は選択肢の選択ミス、いわゆる即死エンドね。原因は簡単、踏み込んではいけない領域に踏み込んだだけなのよ。女は秘密の数だけ魅力的になれるのよ」
「何からの引用でありますか、師しょー」
「少年漫画の名探偵よ」
「……原点は英語だったような……しかもかなり違うであります」
「そこ、口答えしない」
 パコン。
 再び振り下ろされる虎竹刀。

「まー、セイバーも本編じゃ『殿方の喜ばせ方ぐらい知っています』とか言ってたしねー」
「おお、意味深発言」
 唐突にすべての必然をかなぐり捨ててギラリと光る何か。
 そして、ライオンに乗ったセイバーが画面の橋から端まで……!!



 そんなこんなで、必要性の全く無い紆余曲折があった。
 いま、衛宮の家の表札には『衛宮士郎』『遠坂凛』『アルトリア・ペンドラゴン』の名前が並んでいる。
 何時までこうしていられるかは分からないけど、今しばらくはこうしていても良いよな。
 ……俺の体がもつならだけど。



あとがき

 これから一緒に生活をする。
 しかし新生活をするにあたって、セイバーの名前を知らない事に今更気付く士郎。家族の名前は知っておかなくちゃ……という基本骨子を考えて、出来上がったのはやはり馬鹿話。
 でもこれでいいんです。
 別れた男女の悲恋を描くセイバールートアフター、しっとりとした純愛物(ただしイタ物)の桜ルートアフター。
 しかしこの凛ルートアフターだけは別格!!
 好き勝手に「ほのぼの」だろうと「ラブコメ」だろうと「ギャグ」だろうと「ピュアラブ」だろうと、何にでも対応可!
 素敵過ぎてSS書いちゃいますよ…っと。

 そう言えば士郎の魔術は強化と複製でしたね。
 アンリミテッドブレイドワークスから漏れ出たもの、とはいえ通常使えるものとしては。
 中身は伴わないが、外見はそっくり。何時までたっても消えない……というのだから、金の偽造も出来そうだとか、犯罪行為を考えてみたり。……遠坂凛は最高に金のかかる女だと、サイドマテリアルでもはっきり書いていましたしね。

 

代理人の感想

いつまでたっても消えない、のかなぁ?

まぁ、倉にある「失敗作」からするとそれなりの時間(年単位)は存在するようだから・・・・

でも作ったカリバーンや干将と莫耶その他の投影は使った後は消えてましたよねぇ。

負荷をかけなければ永続するもんなのかな?

 

 

え? 感想?

 

まぁ、馬鹿話だし。

まぁ、

まぁ。