<わがまま娘のカプリース>
第2.5話
黒い髪を腰まで伸ばし、勝ち気の瞳を輝かせ、粗野であるが気高い少女。
それがいつものかなめの姿であった。
だった、の、だが。
目の前にいるかなめはそうではなかった。
「あ、あの、サガラさん、お願いがあるんですが・・・」
上目使いに訊ねてくる。それはとてもかわいらしいのだが・・・。
宗介は思わず後ずさった。
握り拳でずけずけと歩き。
やたらと「黙れ」「やかましい」を連発し。
光速の速さでハリセンをうならせるーーーそれが宗介にとって、普通のかなめだったのだ。
いくらーーーいくら中身が<テッサ>だとは言え、そうそう慣れるものではない。
だが、相手は何か勘違いをしたらしく、悲しそうにうつむいた。
「あの・・・駄目ですか?」
「は、いえ・・・そういう訳では」
慌てて取り繕う。かなめは少し不審そうに見ていたが、まあいいです、と微笑んで見せた。
「それで、古文なんですけど・・・」
「ちょい待ち」
テーブル越しに近づこうとしたかなめだったが、一冊のノートに遮られる。
『古文弐』
手書きでそう書いてあるノートを恨めしげに見て、かなめは顔をあげた。
「何なんですか。<カナメ>さんはメリッサ達と一緒じゃなかったんですか」
「こっちはいま休憩中なのよ。あ、ちなみにこいつに日本史と古文聞いても無駄だから」
「だから一緒に勉強しようとしてるんじゃないですか」
ぶすっとした顔で言い返す。
いつもはアッシュブロンドの柔らかい髪の毛を今はストレートに伸ばし、
仁王立ちになって二人の横にいる小さな影。
テレサ・テスタロッサは柔和な顔立ちをヒクつかせて笑っていた。
「一応、私はあんたの為を思って言ってるんだけどね?
あんた、古文や日本史なんかは一度こっちに来たっきりやってないんでしょ?
そんな時にこいつの解釈とか見た日にゃ、あんた変人のレッテル貼られるわよ」
「そ、そうなんですか・・・?」
「ええ。これは打算とか抜きで、マジよ」
力強く頷くテッサ。それなら・・・と言いかけたかなめだったが、ハッと気づくとテッサを睨む。
「ちょっと待ってください。そのレッテルを貼られるのはかなめさんであって、<私>じゃないんですが」
ちっ、と舌打ちするテッサ。どうやら図星だったらしい。
「でも、これはこっちも同じ事よ。あんただって号令係のおじさんに変なレッテル貼られるとヤバいんでしょ」
「う"・・・」
こちらも痛いところを突かれ、呻く。
「と、とにかく・・・」
「この件に関してはお互いしっかりやろうって事で・・・
」
「ええ・・・」
テッサは、じゃ、と宗介の手を引いて行こうとする。かなめは慌てて立ち上がると逆の手を引っ張った。
「じゃ、じゃないですよっ」
「だって勉強で役になんて立たないじゃない。だから本業の方の話をきこうと思って」
そう言うテッサに、かなめは激しく言い募る。
「サガラさんは軍曹なんです。確かにTDDと私にとってはかけがえのない人ですが、
それでもミスリルの事情は曹長であるメリッサに尋ねた方がいいに決まってます。
それに、そっちにはメリッサとウェーバーさんがいますけど、
学校にはサガラさんだけなんですよ、パートナーとなって助けてくれるのは・・・!」
確かに言っていることは正論で間違ってなどいないのだが、
どこか下心があるように見えるのは気の所為なのだろうか・・?
マオとクルツは同時に同じ事を考えたのだが、もう口に出す気もおきなかった。
テッサもその言葉に何か気づいたようだ。顔を青ざめさせて呟く。
「ま、まさか・・・! <テッサ>、考えたわね・・・!」
「いつもの私の気持ちをよ〜く味わってくださいね、テレサ・テスタロッサ大佐?」
上品そうに微笑むかなめ。
宗介やマオ、クルツはその笑みに震え上がったが、
テッサだけは逆に不敵そうに鼻を鳴らしてそれに応えた。
「それなら、あんたは私の苦労をよ〜く味わうことね・・・。学級委員の千鳥かなめさん?」
その言葉と共に猛々しく微笑む。かなめもその笑みを全く表情を変えずに受け止めると、小さく笑った。
「こ、怖ェ・・・・・・」
「ソースケがらみだと、いっつもこうなのよね、このふたり・・・」
冷や汗をかきながら呟くクルツとマオ。
「・・・何故、俺なのだ?」
一人、トーヘンボクは脂汗を浮かべて呻いていた。
「ちょい、提案」
クルツが言ったのは特訓を始めて五日目ーーーテッサの休暇が終わるまであと十日となった日だった。
二人ともやる気があるのかないのか、牽制と皮肉の応酬で一日の大半が過ぎてしまうのである。
当然お互いになりきれるはずもなく、素のままであった。
「どうせ二人いっぺんにやっても足の引っ張り合いでうまくいかねぇんだったら、
とりあえず一人ずつ、完璧にしていった方がいいと思うんだが」
「そうねぇ。本人が確認した方がいいことも多いでしょうしね」
「む、そうだな」
マオと宗介も頷く。
言われてみれば当たり前ーーー。と言う訳でまずはテッサーーー<かなめ>の方を先にすることにした。
「んじゃ、まずはテッサの方ね。・・・あ、それと。これから先はなるべく呼び方を統一させるわよ。
とっさの時に反応できなかったらシャレになんないから」
マオに言われ、テッサとかなめは深く頷く。
「じゃ、クルツ、ソースケ。<テッサ>の特徴とか言ってみな」
続けて言われ、クルツが、あ? と問い返す。
「んなもん姐さんの方がよく知ってんだろ? 酒も一緒に飲んだことあるくせに」
「俺からは一つある」
意外にも宗介が答えた。かなめは期待半分、といったおももちで続きを待つ。
「テレサ・テスタロッサは女神ではない」
「・・・・・・は?」
宗介の言葉に揃って目を点にする。宗介は何故か悟りきった表情を浮かべて言葉を繋ぐ。
「千鳥、君と同じだ。テッサ殿は全知全能でも遥か雲の上の人でもない。
・・・時には怒り、理不尽なことも言う、人間なのだ。・・・俺も最近になって分かったのだがな」
つまりは元気づけようとしたかったのだろう。
だが、宗介にとって残念だったことは、それが全く伝わらなかったこと、
伝えようとしていた風には見えなかったことだろう。
「・・・私、そう言う風に見られてたんですか。・・・もう絶望的です。最悪です・・・!」
「で、でも確実に進んでるじゃない! 今はそう思ってないってソースケ自身が言ってるじゃないの」
がっくりとうなだれるかなめを慰めるマオ。
「私、そんないっつも理不尽な事言ってるのか・・・!?
・・・大体、怒るのはほとんどあんたが原因なんじゃない!!」
ローリングソバットを喰らわして、響いた衝撃にやわな足を抑えて顔をしかめるテッサ。
一人呑気にテッサが蹴りを放った時に覗かせたスカートの奥を思い返して鼻の下を伸ばすクルツ。
結局、その日も満足な結果を残すことは出来ずじまいだった・・・。
「ど、どうにか形になってきたわ・・・」
憔悴しきった表情で呟くマオ。残り五日となった日の朝である。
言葉使いこそ変わらなかったが、状況判断や艦長としてなすべきことは全て叩き込んである。
知識だけならば、<かなめ>はすでに<テッサ>と並べてもなんら遜色のないものとなっていた。
「本番となれば話は別だけど・・・。私とクルツが出来るだけフォローするから」
そう言うと、テッサはほっと顔を綻ばさせた。
「問題は、かなめのほうね・・・」
そう言ってかなめの方をみやると、かなめは小さくなっていく。
「ほとんどは問題ないんだけどねぇ・・・」
勉強の面に関しては、<テッサ>は全く問題なかった。元の出来がいい上、飲み込みが早いのである。
理数、英語に関しては勉強する必要もないので、この五日間、暇な時間は社会と国語ーーー
主に古文や漢文、日本史だーーーに目を通していた。
それだけで宗介よりも余程いいのだから、宗介としては納得のいかないものがあったのだが。
だが、国・数・社・理・英ばかりが高校の授業ではない。
週に三回ある、<テッサ>の鬼門ともいうべきもの。
体育。
歩いていてもずるべた〜ん! と転ぶ<テッサ>に対し、<かなめ>は一人で殺し屋と戦った経験もある
ーーーその結果は言うまでもない。殺し屋と戦い、そして今ここにいるーーー
それがなによりも雄弁に物語っている。
唯一苦手とするものが、相手のもっとも得意とするものなのだ。<テッサ>にとっては皮肉といえよう。
「生理って言やいいじゃねぇか」
下世話なことを言うクルツ。それを思いっきりぶん殴るマオ。何故かかなめは真っ赤になった。
「もう言ってんのよ、生理不安定だって・・・!」
「ご、ごめんなさい・・・」
今は2学期の真っ最中である。当然、いきなり2週間も休む訳にもいかず、
かなめは2日程休むと後は学校に行っていたのだ。
その間、体育は生理が不安定だという理由で全て見学していた。
「まあ、私達が帰ってから、事故ったことにでもすれば誤魔化しはきくだろうけど・・・。
クラスメートの様子はどう? ソースケ」
マオに訊ねられ、渋面をつくる宗介。
「あまりいいとは言えん。いくら体育を休んでも、他が全くと言っていいほどやっていなかったからな。
熱でもあるのか!? などと囁かれている位だ」
「そんなにまずい事になってるの、私・・・?」
宗介の言葉に眉をひそめるテッサ。かなめは申し訳なさそうに顔を落とす。だが宗介は首を振った。
「いや。どちらかと言えばいい方向・・・かも知れん。以前の千鳥がしていたことは・・・その、どうも・・・」
と、そこで言い淀む。
「? どういう事?」
不思議そうに尋ねるマオ。それに頷くと、宗介は言葉を続ける。
「それを説明するにはまず、普段の<千鳥>のことを言わねばならない。
その<千鳥>だが・・・。
朝は気だるげに瞳を半開し、『お〜っす』と言いながら不景気な顔で登校。
昼食時には握り拳でずけずけと歩きーーーたまに自転車小屋の上を爆走する。
俺が危険物・不審物に対しての処理や銃火器の整備をする時は
ハリセンと言う武器をどこからともなく取り出し、殴打してくる」
「・・・殴るのか?」
「蹴りもある。パロ・スペシャルという技もかけられたことがある」
「・・・・・・すげぇな、<カナメ>って」
クルツがどこか畏怖と尊敬の入り混じったーーーその比率は9:1程だったがーーー目でテッサを見上げる。
「やかましい! 殴ってるのはあんたが悪いからでしょうが!」
「あと、やたらと『黙れ』『やかましい』を連発する」
「黙・・・・・・くっ・・・!」
図星なだけに、二の句が告げられない。
「それに対し、<テッサ>・・・いや、ここ最近の千鳥だが・・・。
朝こそ少し寝惚けているものの、俗にいうガニマタで歩くことはしない。
学校に着く頃にはきちんと挨拶もしている。
授業中は非常に真面目に授業をうけ、俺が授業を中断させて罠や殺気を警戒した時も、
ちゃんと理解を示してくれる。・・・注意はするのだが。
昼食は弁当だから問題ない。
ただ・・・いつもとちがう雰囲気なのは否めん。小野寺は『最近の千鳥は萌えるよな』などと言っていた。
男子の間では『カナちゃん同盟』なるものが発足し・・・どうした、<千鳥>?」
力尽きたように倒れたままのテッサを見て不思議そうな顔をする宗介。
「私って・・・私って・・・・・・」
さすがに自分の価値というものに疑問を感じたのか、半泣きでうずくまる。
「え、ええと・・・。ほら、男って外面で騙されるもんだし、ね」
「メリッサ・・・それは、私が外面だけだと言う意味ですか・・・?」
落ち込むテッサを慰めようとしたマオだったが、さらに事態を悪化させるばかり。
呆れたような声をあげたのはクルツだった。
「お前ら、ちったぁ落ち着け! カナメのよさなら俺らが一番によく知ってんだろうが。
テッサにしてもだ。俺達があんたについていってるのは外ヅラがいいからじゃねぇ。
皆、テッサのことを上に立って然るべき奴だって思ってるからだろうが。
<カナメ>、信じられねぇならキョーコに電話してみやがれ。きっとこう言うぜ。
『私はホントのカナメをちゃんと見てる』ってな。自分とダチをもっと信じろってんだ・・・」
そういうと、ぶすっとした顔で黙り込む。宗介がテッサに向かって口を開いた。
「クルツのいう通りだ。君の爆発的な行動力や決断力にはいつも驚かされる。
・・・前にもいったが、君のことは尊敬している。自信を持っていい」
不器用な励ましに、テッサの頬がゆるむ。
「それ・・・私にできるんでしょうか・・・」
宗介の言葉に、不安そうにーーー若干おもしろくなさそうにーーーかなめが言う。
「分かりません」
宗介が即答する。その答えにうちひしがれたように目を伏せる。
「ですが、自分は信じています・・・貴方と、千鳥を。
ですから、御自分も信じてください。貴方自身と、千鳥を・・・」
「サガラさん・・・」
「ソースケ・・・。ありがとね」
微笑んで言うテッサから目を逸らすと、照れたように立ち上がる。
「時間がない。やるんじゃないのか?」
「お〜お〜。ソースケったら照れちゃってよ、オイ」
クルツが茶化す。これもまたクルツ流の不器用な励ましなのだろう。
「とにかく、私達に出来ることがあったら何でも言って。力になるから」
マオが笑顔でそう言う。
不器用な奴らの、不器用な励まし。
だが、今の二人には、何よりも心強いものであった。
「とりあえず、『おい〜っす』というところから・・・」
「アンタ私をバカにしてるでしょ!!」
テッサの肘てつが宗介の顔面にめり込む。
「<カナ・・・テッサ、暴力は止めてください。イメージが、イメージが・・・!」
かなめの制止する声。
宗介のアパートでは、それから五日間、大騒ぎする声が絶えることはなかった。
続く
後書き
え〜〜・・・。3話じゃないですね(汗)。まだ二人が「実戦編」に突入していないので、2.5話となりました。
ちょっと短編調にしてみました。いかがだったでしょうか。
次回からは、陣高とミスリルに別れて進んでいきます。交代々々で進む予定です。
新しいキャラクターも続々登場だ!
お気に入りのキャラがいる方は是非リクエストを!!
・・・ごめんなさい、感想くださいって素直に言えないヒネクレ者の私(爆)。
・・・でも、保健の先生でも、校長先生でもいいですよ、リクエストがあれば(笑)・・・ロジャーはちょっと(核爆)。
八月は私用があって遅くなりましたが、見捨てずに見守って下さいね。
・・・だって、受験生(2回目)なんだもん(泣)。
言い訳はここまでにして。
毎回素敵な感想をくださる代理人様、ありがとうございます。
いつか、後書きではなく本文で貴方様を爆笑させるものを書きたいと思ってますので、
宜しくお願いします>管理人とカリーニンの件。
まだまだ精進中で、皆様に満足して頂けるものかどうか不安なのですが、
それでも感想をくれる皆様、ありがとうございます!! 一通一通、心踊る気持ちで読ませて頂いております。
そして。
K・・・。
K・・・!
Kよ・・・っっ!!
お前は漢だ・・・・・・っっっ!!!(謎)
最後に、ここまで読んでくださった皆様。
遅筆な上、上手いとはまだまだ言えない文ですが、
最後まで付き合ってくださって本当にありがとうございます。
では、次回も駄文にお付き合いを・・・。
・・・コワレSSって難しいですね・・・(ボソッ)
代理人の感想
・・・・いや、谷城さんの作風って爆笑しながら読むようなソレではありませんし(苦笑)。
私自身はキャラクターの捉え方と動かし方が非常に上手いのが谷城さんの長所であり、
「らしさ」にニヤリ、と笑わせてくれるのが作風だと思いますのでわざわざ壊れに進む必要はないかと。
(もっとも、キャラクターをよく把握していなければ壊れを書いてもいまいちピンとこない物ですが)