「あ、カナちゃんTV見てる!? て言うか普通に音、聞こえてるよね!?」
PHS越しに響く親友の声。街の喧騒の中でも遠い爆音ははっきりと聞いて取れた。
過去、2度も人質になったことのある彼女だからなのか、この非常時にもどこか余裕が感じられる。
「……うん、そうだね」
いや。やはり少々興奮しているのだろう。恭子らしくもなく、かなめのどこか沈んだ様子に気づかないまま、一人で話している。
「あれ、去年の6月にニュースに出てた奴だよね? まだ壊れてなかったんだ」
恭子は<ベヘモス>が再び東京に出現したと思っているーーーもっとも、日本でどれ位の人数が違う機体であると気づけただろうか。
「……かなちゃん?」
「……あ、ああ、何?」
「ううん、電波の調子が悪いのかな、声がちょっと」
「そうみたいね」
嘘ぶく。親友はたいして気にもとめなかったようだ。
そのまま相良君が喜びそう、だのと言っている。
ニュースでは、新型のASが1機、巨大ASに立ち向かったという。そのASは自衛隊のものではないらしい。
きっと、<ミスリル>のM9だろう。乗っているのはマオかクルツか。たぶん、どっちかだろう。
どっちでもいいことだが。
私には、関係ないことだし。
心の中で呟くと、かなめは止まっていた足を再び動かしはじめた。
<さまようゲスト・オブ・フューチャー>
第8話
気が、襲ってくる。
俺が避けたのは、ただそう感じただけだった。目の前のデカブツが何かした様には見えない。
しかし。
今まで俺がいた場所が吹き飛んだ。何かが叩きつけられた様な、そんな感じ。
「何だ……っっ!?」
思わず呟く。さっきの見えない盾の次は見えない弾丸か!
「ラムダ・ドライバよ」
俺の呟きに答えをくれたのはマオさんだった。モニターに映っている顔は思いきりしかめられている。
「ラムダ・ドライバ?」
聞き慣れない単語に俺が訊き返すと、マオさんは小さくええ、と答えた。
「攻撃衝動を物理衝撃に変換させる力場干渉装置、だったっけ……。
ま、訳わかんないと思うけど見えない盾と弾がくる感じなんでよろしく」
「よろしくないよ……っ!」
ぼやきながら第2波をかわす。こうなると、先に一般人が避難していたことが不幸中の幸いだ。
人がいたらどんな惨状になっていたのか、想像もしたくない。
「ちょっとやっかいだな……」
眉間にしわを寄せる。盾だけならば、倒せないまでも足を止めておくことはできる。
が、弾を全て避けろとなると話が変わってくる。
マオさんの話から考えるとーーー相手の腕にもよるがーーーノーモーションで撃ってくる可能性も十分ある。
「それにしても……あの大きさでよく動けるな。自重で潰れたりしないのか?」
「あれもラムダ・ドライバのせいだよ」
再びぼやいた俺に答えてくれたのはクルツだ。半ば予想していたとは言え……。
「何でもありだな、それ」
苦笑する俺にぶすっとして答える。
「何でもありなんだよ。前回はソースケの<アーバレスト>がラムダ・ドライバの冷却装置を破壊してな、
あとは勝手にぶっ壊れたんだが……」
「……その冷却装置を壊すのにも特別な方法じゃないと駄目なんだな」
「ご名答。ラムダ・ドライバに対抗できるのはラムダ・ドライバだけだってよ」
モニターの向こうでクルツが肩をすくめる。
「ま、要するに蝿の様に舞い、蚊の様に刺せってことだ」
「……微妙に違うぞ」
威嚇にすらならないのは解っているが、58mm弾を数発撃ち込む。
案の定、<ベヘモス>は真正面から受け止め、弾は空しく四散した。
「こっちから見た限りじゃ、蝶や蜂には見えないが?」
「……じゃあその蝶や蜂の手本を見せてくれないか」
クルツの言葉に半眼で言い返す。
「頑張れアキト、今のお前はシアワセムラサキモンシロキアゲハだ!」
「……どこから突っ込めと言うんだ、お前は」
呆れてぼやく。
しかし、戦闘中にこうも私語が多いと、ガイを思い出すな……尤も、性格は全く違うが。
「アキト兄ぃ……」
「ん?」
それまで黙ってサポートに徹していたディアが口を開いた。
「何で、こんな凄いのが私達の時代になかったのかな……
」
俺は何も答えずにビルを蹴り、衝撃を避ける。
しかし、ディアの言う疑問はこの時代に来てすぐに生まれた。
ASやECS、果てはラムダ・ドライバ……。
きっとまだ知らないだけで、もっと俺達の知らない技術があるに違いない。
だとしたらーーー何故、俺たちの時代にそれが残らない?
少なくともエステがASの進化型だという話は聞かないし、
20世紀にすでに人型兵器が存在していたというのも知らない。
ましてECSやラムダ・ドライバがーーー例え欠陥があるにしてもーーー残らなかったのはおかしい。
何か人為的な事があったのか、それとも……。
『テンカワさん、聞こえますか!?』
実際に考えていたのはほんの1秒も満たないのだがーーー俺の考えを中断させたのは、
マオさん経由で送られてきたテッサちゃんの声だった。
「今、サガラさんとそちらに向かっています! あと30分持たせてください!」
舌を噛みそうになりながらも必死に携帯に向かって叫ぶ。
先程マデューカスと連絡をとったところ、すでに前回同様に<アーバレスト>を積もうとしているらしい。
マデューカスはむっつりとしたままだったが、テッサの反応がなくなって
慌てて準備に取り掛かったのは火を見るよりも明らかだ。
マデューカスさんには感謝しよう。盗聴器や発信器のことは来週考えればいい。
『30分だね。了解』
テッサの声に即答するアキト。その言葉には気負いもなければ痩せ我慢の類も全くない。
その口調にふっと口元をほころばせると、テッサはお願いします、とだけ呟いた。
アキトが戦闘に戻ったのを確認すると、通信を切ろうかと一瞬迷う。が、結局そのままにしておいた。
「……大佐。あれを相手に30分は……自殺行為です」
ハンドルを握ったまま宗介が苦りきった表情で言う。
戦ったことがあるからこそ、宗介にはその意味が解る。
そして、それはテッサにも言える筈であった。
ラムダ・ドライバの脅威。しかも、前回とは違い、攻撃にまで回しているらしい。
前回よりも、明らかに手強くなっている。だが、テッサは小さく首を横に振っただけだった。
「私だって、テンカワさんに少しでも無理している素振りがあればあんなことは言いませんし、
向こうから言ってきても止めてます。
でも、彼はーーープロよ。はっきりと口にした以上、必ずなんらかの根拠があると私は思っています。
これでも戦隊長です、人をみる目はそれなりに肥えていると自負していますが、私の自惚れですか?」
悪戯っぽく微笑む。
そう言われてしまうと、宗介は何も言い返せなかった。
事実、彼女が頼りにしている人物はどれもーーー問題がない訳ではないがーーー
肝心なところではキッチリと決めてくれる奴らばかりだった。
それに、彼女のみる目が信用出来ないことは、
イコール自分の能力がないことを暗に言ってしまうようなものだった。
「私達に出来るのは、1秒でも早くテンカワさんの元に行くことです。
折角<アーバレスト>があってもあなたがいなければ意味がありませんから」
「……了解です、大佐」
宗介は頷くと、力強くアクセルを踏み込んだ。
撃つ。
撃つ。
撃つ。
それでも、灰色のASに当たらない。巧みに避け、ビルを盾にし、時に撃ってくる。
「小賢しいんだよ……ッッ!!」
強く歯ぎしりしたアラタの口の端から、血が滲み出る。
それに気付きもせず、アラタは吠えた。
「そんな小物、<ベルゼブブ>の敵じゃないんだ……。さっさと吹き飛べよ!」
言葉と共にラムダ・ドライバが発動する。ASは派手に吹っ飛ばされたーーーいや。
自分から飛んでいった。うまく爆風にのると猫のように体を丸め、瓦礫の上に着地する。
「もう、死んじゃえよお前……」
もし視線だけで人を殺すことが出来たならば、その時の人間の瞳はまさしく今のアラタの様だろう。
それに対し、M9は悠然と腰に手をやると、首をならす動作をした。
完全に、嘗められている。
「……っ殺す! 殺す殺す殺す殺す殺すっっッッッ!!」
頭の隅で、ケイスケの声が聞こえたような気がしたが、あっさりと振り払う。
今の最優先事項は、目の前のイカレタM9をどう潰すかだった。
「あいつ……何者だ?」
呟いたのはクルツ、視線の先は、アキト。未だ目立つ傷もなく、<ベルゼブブ>ーーーと、先程言っていた。
<ベヘモス>よりも小さいから別の名前がついているのだろうかーーーの猛攻を受け流している。
しかもこの戦いの中で、アキトは確実に成長していた。
1時間前ならば互角に戦えただろうが、今はもう勝てないだろうーーー少なくとも、白兵戦では。
「確かに……もう私でも勝てないかも知れないわね」
クルツがそう言うと、マオもそう呟き眉をひそめる。が、内心では別のことに気づき、クルツ以上に驚愕していた。
クルツは気づいていないようだがーーーアキトの恐ろしいところは
M9の操縦技術が目に見えて上がってていく程の飲み込みの速さもあるが、
それ以上に敵の癖を読み取る速さが尋常ではないのだ。
マオでさえ、アキトが避けるタイミングを見て、<ベルゼブブ>の癖が解った位だ。
といっても、熟練者がそう言われてみて初めて気づくほどの小さなものである。
それに、解ったからと言って実際避けられるかとなると、また別の話になってくる。
もうこうなると、元来の才能云々ではなくーーー
「戦いに、慣れてる……。しかも恐ろしい数の修羅場を……」
マオは誰にも聞こえない声で呟くと、M9を見上げた。
大分慣れてきた。
俺は少々距離をとって一息つく。
M9の操縦も大体のコツは掴んだ。ラムダ・ドライバも今の相手程度ならそうは当たらない。
気が抜けるかといえば、まったく言えないんだけど。
内心、昂気が使えなくなっていた所為でこっちの方まで駄目になってるんじゃないかと思っていたけど、
遺跡もそこまで極悪じゃないらしい。
次は、これからの被害を最小にしないといけない。
ラムダ・ドライバをなるべく撃たせないように出来ればそれがベストなんだけど。
「……アキト兄の考えてること、なんとなく想像つくよ。でも」
ラムダ・ドライバを避けるために無駄なことは言わずにやってきていたディアが口を開いた。
「『これ』が避けられてるのは、アキト兄だからだよ?
他の人には、これだけの時間避け続けるなんて出来ない。
それだけのことを、アキト兄はやってる……。これ以上は無理しないで」
「無理かどうかはやってみなくちゃわかんないだろ?」
「私はルリ姉達にアキト兄を無事に連れて帰る義務があるの! だから、絶対に許さないからね」
ディアの言葉に思わず笑みがこぼれた。ディアの真っ直ぐな気持ちが、嬉しい。……でも、
「これからM9の力を出せるとこまで出す。……ディア、大丈夫。一つ、考えがあるから」
心配そうに俺を見るディアに笑いかける。
そう……策は、ある。
爆音が遠く響く度に、かなめは身をすくませる。かなめ自身気づいていただろうか、足は戦場へと向かっていた。
今戦っているのは誰だろう。マオさんだろうか。アキトくんもSRTだって話だったし、アキトくんかも知れない。
いや、ソースケだって可能性も十分ある。
彼らは無事なのだろうか。今の彼と<アーバレスト>なら、<ベヘモス>位倒せる。
苦戦はするかも知れないがーーー彼なら、必ず無事に戻ってきてこう言ってくれる。
「問題ない」
と。
でも。だけど。ーーーだから。
きっと唇を固く結び、こぼれそうになる言葉を何とか飲み込む。
そう、彼は無事に帰ってくる。だから今の私に出来るのは、ソースケに心配をかけないこと。
無事に帰ってきたら、「お帰りなさい」を言ってあげること。
そう言い聞かせ、首を振る。弱い私に構ってなんかられない。
それに、あいつとあの子がーーー止めよう、不謹慎だ。それに、一生懸命戦ってるあいつ達にも失礼になる。
あいつんちに戻って、おいしいもんでも作っとこう。
繰り返し言い聞かせながらも、やはりかなめの足取りはどこか重く、そして、戦場の方を向いたままだった。
ケイスケはそびえ立つ<ベルゼブブ>が立ち回る様を見ていた。アラタはきっと勝てないだろう。
俺の目から見ても実力差がありすぎる。そう心の中で一人ごちる。
戦闘そのものは互角、ややアラタが押しているようにも見えるが、
本来の目的を考えると、やはり完全な敗北だった。
小さくかぶりを振る。あの事故の時、ケイスケは、アラタは死んだものだと思っていた。
助けたのはたまたま生きているのを発見したからだ。コクピットから死体を取り出し、
捨てようとしたその瞬間に眉が動いたのに気づかなければ、今ごろアラタは土の下で眠っていただろう。
あいつが<ベヘモス>に執着していたのは知っていた。
誰の目からもアラタがセイナに好意の感情を持っていたのは明らかだったし、
セイナの一番の望みはそのまま俺達の野望でもあったからだ。
だが、と再び<ベルゼブブ>を見上げる。
どこで俺達が生きていたことを嗅ぎつけたのか、まだ俺達とそう違わない年齢の男がこれを持ってきた。
「もう一度、セイナの意志を継ぐ積もりはないか」と。
アラタはすぐに飛びついた。俺ならタクマよりもうまく扱える、といって。
だが、どこか腑に落ちない。今でもそう思う。あの男は何故、俺達にアレを託した?
一度、あれだけのミスをやらかした直後にまた同じ様なものを持ってくるとは。
あっちの研究者は頭でっかちの馬鹿か? それとも……。
我知らず声に出して呟いていた声に反応がくるとはケイスケ自身、全く予期せぬことだった。
だから、後ろに立っていた男が腕を降り上げていたことも、全く気づいていなかった。
「ああ、産業廃棄物の処理をお願いしただけだよ。君達も、どうせならでかい乗り物で逝きたいでしょ?」
言葉と同時に降り下ろされる太い腕。それはケイスケの頭蓋骨をあっさりと叩き潰した。
彼は自分が死んだことすら自覚出来なかったに違いない。
スピーカー越しに聞こえてくるような声で、plan1211<アラストル>は呟いた。
そこには何の感情も込められてはいない。
「それに、出来の悪い妹についた新しい騎士様も見ておきたかったしね」
遠い空の向こうで、レナード・テスタロッサは視覚センサー越しにケイスケの死体をちらりと一瞥すると、
後は興味を失ったかのようにM9と<ベルゼブブ>の死闘へと視線を移していった。
「……やっぱし、あいつも疲れてきてるな」
戦闘が始まって20分が過ぎたころ、焦った声でクルツが呻いた。
先程よりも少しずつ、隙が生まれはじめている。
まだ致命的とは言えないが、いつそうなるかはクルツにも分からなかった。
衝撃波がM9を襲う。その余波がクルツの髪を踊らせる。
何とか避けているが、あと10分も持つのだろうか。援護をしたいのだが、今の状態ではかえって邪魔になる。
ソースケが来るまで、あと数分。
「また……!」
再びラムダ・ドライバがM9に襲いかかった。ビルの陰に飛び込むと、一息もつかずにまた飛び出していく。
のんびりと隠れていたら、ビルごと餌食になりかねない。
「でも、今までもっただけでも十二分に凄すぎるんだけどね」
マオは宗介達が来ないのを歯噛みしながら応える。
実際、アキトはよくやっている。やりすぎと言ってもいい。
銃弾と衝撃波の嵐に20分もの間さらされ続け、目立つ傷もない。
まだ完全にモノにしていないはずのM9でこれだけの動きができるとはーーー正直、全く予想していなかった。
それとも、未来の人間は皆こんなに並外れているのか?
3度、衝撃がマオ達まで飲み込んだ。背を低くして耐える。
余波とは言え、こうも何度も食らうと、車の形もへこんでくる。
車ごと吹き飛ばされないからよさそうなものの……。
と、ふとマオは眉をひそめた。
何かが引っかかる。気づくべきなのか、それとも……。
結論が出る前に、4度目の衝撃。煽られる髪を手で抑え、クルツがぼやいた。
「……ったく、アキトの奴またかよ。あいつ、ソースケが来るまでもつのか?」
その瞬間、マオはある可能性に気づいた。いや、そんなはずはない。でも、しかし……。
アキトの奴、またーーーそう、またなのだ。さっきから衝撃余波がマオ達を襲っているが、その余波はーーー
「ね、ねえ……クルツ、アキトがラムダ・ドライバを撃たれるようになったのってどん位前?」
まさか、と思いつつクルツに訊いてみる。
「8分前だ。それを境に倍増してるな」
辺りを見回す。先程まで<ベルゼブブ>との戦いにばかり目がいっていたが、これは……。
「……の割に、被害が少ない、気がするんだけど」
口に出して、はっきりと理解する。
被害が少ない。
ある一面だけがリングのように何もない場所になっているが、その他は目立った傷がほとんどない。
仕組まれたかのように。
「お、おいおい、まさか……」
それに気づいたクルツが苦笑混じりにぼやく。が、心の中では笑ってなどいられないに違いない。
そう、仕組んだのである。
アキトは巧みに弾を避け、反撃をしつつ、場所、相手との位置関係がある一定である時においてのみ
相手に分かる程度の隙を見せている。相手はーーー気づいていないのだろう。
現に今、5度目の衝撃余波が同じ方向からマオ達を襲う。
が、やはり衝撃波が襲ったのははすでに更地になっている場所だ、被害は少ない。
「……あいつの方がよっぽど化け物だな」
「敵に回らなくてよかったわね……」
二人は味方であるはずのアキトを見つめながら、ぞっとした面持ちで呟いた。
「来る来る来る……今!」
ディアの声に合わせて前方に跳ぶ。
数瞬遅れて衝撃が俺を襲うが、サーファーが波に乗るように上手く受け流していく。
一瞬でもタイミングを間違えれば、波に飲まれる。
そうすれば、即、死だ。
「さっすがアキト兄、ドンピシャだねっ」
ディアの賛辞に首を振る。
「これはディアのお蔭だよ。サントス中尉と留守番のブロスにも感謝、かな」
「ね、私が来てよかったでしょ」
ディアが自慢気に胸を張る。
実際、ラムダ・ドライバを俺一人で避け続けるのは不可能に近い。
ディアの助けがなければ、こうやって相手を上手くかわし続けることは出来なかっただろう。
ちなみに、サントス中尉が何故M9にディアを乗せることが出来たかだが、
ブロスがディアの頼みをそれはもう快く引き受けて作業を指揮したから、らしい。
……何の弱みを握られてるんだか。
「何考えてるの、アキト兄ィ?」
「いや、ディアが来てくれてよかったなって」
……ディア、俺は第6感まで持つようには創っとらんはずだが。
「ともかく、もうすぐソースケが来る。あいつの機体にはラムダ・ドライバが積まれているらしいから、
それまでは粘るぞ!」
「了解っ」
着地して振り返りざまに2発。どちらも弾かれる。気にしない、はじめから当てにはしていないのだから。
ソースケが来るまであと4、5分……。
その時、<ベルゼブブ>が一際高く吠えた。
『いい加減に死ねよぉぉォッッッッ!!!』
……とうとうキれたか。こうなると見境なく撃ってくるから、もう今までのようにはいかないだろうな。
俺が再び跳ぼうとした瞬間、ディアが叫んだ!
「もう1発くるよっっ!!」
「な……っ!?」
連射、だと!?
俺が跳んだ瞬間、新しい衝撃がM9を直撃した。
『アキトッッ!!』
通信越しにマオの悲鳴が聞こえた。クルツが毒づいていらしいが、その音を拾うことは出来なかった。
『そう言うもんじゃないわ、アキトはよくやった。……テッサ、まだなの!?』
マオが叫んでくる。
「もう確認出来ている。あと120秒程で着く!」
宗介も焦った様子で返す。M9が動けないとすると、2、3分という時間は辺りを焦土とするには十分すぎるほどだ。
「<アーバレスト>はまだなの!?」
テッサが<トゥアハー・デ・ダナン>に向かって問いかける。
『140秒後に、前回と同じ東京ビッグサイトに投下予定です』
その返答に唇を噛む。
クルーはよくやってくれた。責めるべきなのは私だーーーいや、今はそれよりもやるべきことがある。
責めるのは後回しだ。
「ウルズ13の様子は!?」
「ラムダ・ドライバの直撃を受けました。M9は中破」
「……<ベルゼブブ>は?」
『音声、拾いましょうか』
「お願いします」
と、受話器の向こうから笑い声が響いた。ハンドルを握っていた宗介が顔をしかめる。
『無様だなぁ、あんた。口だけは立派だったが、後は逃げ回るだけだったしな!』
嘲笑に対する反応は、ない。
『……もう終わりか? 大口叩いて、これか!? バッカだ、死んでやがる! ハハハハハハ!』
『ウルズ13、応答しなさい! アキト!!』
マオの声。暫くの沈黙。
『……ウルズ13。ただいま死んだフリ中。1秒でも時間を稼いでみる』
『損傷箇所は?』
『左腕が完全に。あと、着地した時に右足首をおしゃかにしちゃったみたいです』
『し、死ぬかと思ったよぉ〜〜』
思ったよりも冷静なアキトの声に、マオもテッサもほっと一息つく。
が、それも一瞬のことで、すぐに厳しい顔つきに戻った。
『気絶しているのか? もう死んだのか? 答えてみろよ、ホラ!』
嘲けるような声と共に、弾の嵐がM9に降り注ぐ。
間一髪、右に跳んでかわすと片手でバク転をしながら距離をとった。
『……まあ、連射出来るとは思わなかった。これは俺の落ち度だな』
静かな調子で呟く。
『負け惜しみか?』
勝ち誇って言う<ベルゼブブ>。だがアキトは薄く笑って言った。
『いや? 俺の油断とお前の未熟さとで、何の関係があるんだ?』
「テンカワさんも言いますね……」
呆れてテッサが呟く。マオは自棄のような笑い声をあげた。
『ま、化け物レベルじゃあの子が上だからね……はは……』
「大佐、ここです」
通信を遮って宗介が車を止めた。二人共に車を降り、通信器の側に寄り添うように立つ。
テッサは一瞬だけ顔を赤らめたが、すぐに何喰わぬ顔をした。
「<アーバレスト>がここに来るまで……あと58秒ですね。ウルズ2、ウルズ13に後80秒持たせるよう頼みます」
『1分位なら、私とクルツだけでも何とかしてみせるわ。ソースケによろしく言っといて』
「分かっている。あと少し待っていてくれ」
横から宗介が淡々と言う。
「では、私は今からそちらに向かいます」
『了解。ーーーってあんた、どうやって来るの? まさか歩いてとかーーー』
マオの言葉を最後まで聞かずに通信を切る。
「と、言う訳です。サガラさんはここで<アーバレスト>が来るまで待機。
<アーバレスト>到着後、すぐに<ベルゼブブ>に向かってください」
「は。しかし、大佐はどうーーー」
「私も車で行きます。状況が分からなければ指揮出来ませんから」
「ですが。運転が出来ると聞いた覚えがありませんが」
心配そうに言う宗介に、ぷっと頬を膨らませる。
「私だって軍人の端くれです。それにーーー」
「それに?」
思わず訊き返した宗介に、にっこりと微笑む。
「カナメさんだってやったじゃないですか。私にだって出来ますっ」
そう言うなり、さっさと運転席に乗り込む。
そして。
「うきゃぁぁあああぁぁぁっっっ!?」
よく分からない悲鳴と共にすっ飛んでいった。
あまりのことにさすがの宗介も呆気にとられていたが、やがてあることに気づき、呆然と呟く。
「……千鳥、だって、と言うことは」
自分だって初めてだ、ということ。
「た、大佐〜〜〜っっ!?」
宗介はテッサが消えた方角を見やり、思わず心から神に祈った。
どうか死にませんように(大佐が、事故で)。
「アキト、あと80秒で<アーバレスト>が来るわ、それまでふんばれる?」
『大丈夫ですよ。撃ち落とされないように撹乱しつつ、ですね』
「上出来よ、キャンディあげるわ」
『は?』
キョトンとするアキトにウィンクすると、今度はクルツに向かって声を張り上げる。
「聞いてたわよね? 今からアキトのサポートをするわよ」
「聞いてたが……あいつに必要なのか?」
「当たり前よ。何の為のチームだと思ってるのよ」
言いながらライフルを手渡し、自分はロケット・ランチャーを構える。
「……あれ!」
クルツが指さす彼方に、こちらへ向かってくるものがある。
それはパラシュートを開くと、ゆっくりと落ちていく。それがマオ達に希望の火を灯した。
「こっちに集中させるのよ、いい!?」
『「了解」』
「主役が来るまでに、私達がパーティを盛り上げなきゃね!」
台詞と同時にぶっ放す。もちろん相手には全く効いていないだろう。が、
「わぁお……」
ゆっくりとこちらを向く。目が合ったような気がして、マオは口元をひくつかせた。
「そんなに見つめられると、マオちゃん困っちゃ〜う」
「キモいよ、姐さん……」
ブリッ子ぶっていうマオに、げんなりと呟くクルツ。
五月蝿いわね、と目で突っ込んで、マオは新しくロケット・ランチャーを構えた。
『じゃ、サポートよろしく! 頑張るから私にも後でキャンディ頂戴……』
『ディアは黙ってなさい』
イヤホンから洩れてくる声に、マオは苦笑する。
「オーケィ、終わったら200年前の世界って奴をたっぷりと教えてあげる」
舌で唇を湿らせる。
「御先祖様をなめんなよってこともな!」
正確に乱射するという離れ技をやってのけながら、口調だけは相変わらず軽い。が、
『クルツの子孫? やだ〜〜!』
1発狙いが外れる。ーーーもっとも、弾そのものが全て弾かれているので、正確だろうがあまり関係ないが。
「いい子よ、ディア。あいつの子孫なんてなるもんじゃないからね!」
『……だからディアは黙っていなさい』
全員がはしゃぐ中、アキトは苦虫を噛み潰した声で呟いた。
M9が<ベルゼブブ>に突進する。一瞬でトップスピードまで上げると、
単分子カッターを投げナイフ替わりにして投げる。そして再び一瞬で零スピードに。
脚がきしむのを無視して地面に落ちていた57mmライフルを構えて撃つ。もう1発。
ナイフと銃弾が同時に<ベルゼブブ>へと襲いかかる。
「どっちかはーーー」
投げナイフは威力を純粋に上げただけだ。当然、両方とも弾かれる。
『アキト。あいつが撃つ瞬間を狙え』
クルツが簡潔に言ってくる。聞くと、<ベヘモス>と闘りあった時に、
クルツが相手銃口へ弾をぶち込んでやったらしい。アキトはへぇ、と内心感心しつつ、訊いてみる。
「で、ラムダ・ドライバを撃ってきた瞬間は?」
『……逃げ続けてろ』
苦い声でクルツはそう言ってーーーそれっきりだった。
「言うだけ? アドバイスは無し、ね……」
さすがのアキトも片手片足の状態で<ベルゼブブ>とまともに闘りあえるとは正直考えられないことだった。
今でこそ相手が興奮しており、自分達も生きていられるのだがーーー冷静さを取り戻されれば、ゲーム・オーバーだ。
その為に、敢えて無理に起こらせてきたーーーが……。
『フゥゥゥウウ……。お前らの挑発に乗るとでも思ってた、か?』
「いや、今思いっきり頭に血ィ上らせてたし」
内心激しく舌打ちをしながらも、一応突っ込んでおく。
『言ってろ。完全じゃないお前じゃ、俺には勝てないんだろう? だから援護が入った……』
『まさか……私達のやったことってヤブヘビ?』
『そうかも……』
マオとクルツがさすがに血の気を引かせて呟く。が、それに返ってきたのはアキトの平然とした声だった。
「いえ、あれのおかげで俺達は死なずにすみましたし。それに……」
『冷静になったからこその隙ってのもあるから、ね!』
ディアが余裕の声で言い、M9が不意に力を抜いた。
その瞬間、1発の銃弾が<ベルゼブブ>を襲う。<ベルゼブブ>は難なく弾こうとしてーーー失敗した。
虹色に輝くその弾が、不可視の盾を突き破る。
『ようやく、主役の登場ね』
『お前……実は遅刻癖があるんじゃねぇの……!?』
着弾を確認したマオとクルツが嬉しそうに言う。
『アキト、大丈夫か』
「ああ。……お前風に言えば『問題ない』よ、ソースケ」
<ベルゼブブ>の背後のビルの上にたたずむ、白いAS。
関取を思わせるのが<ベルゼブブ>ならば、それは一寸法師か牛若丸か。
悠然とーーーそこに『ARX−7<アーバレスト>』が、いた。
続く
後書きじみた座談会
マオ「あいつどこいった!?」
クルツ「……逃げやがったな」
アキト「久しぶりです。皆さん、覚えていますか?」
マオ「草の根分けて……いや! 引っこ抜いても捜し出すのよ!」
クルツ「合点承知!」
アキト「3月の頭以来ですから、もう忘れている人も多くいらっしゃるかと思いますが、
決して止めた訳ではありません、とのことです」
マオ「いた!?」
クルツ「いないな」
アキト「さらに、久しぶりだってのにやっとアーバレストが出てきたかと思ったらもう終わりかよ!! と思った方も大勢いらっしゃるでしょう」
マオ「ね、下!」
クルツ「いたぁ!」
アキト「いまいち締まりがないままですが、<ベルゼブブ編>もいよいよ佳境。
俺にもよく解らないことだらけですが、付き合ってやって下さい」
マオ「クルツ、行くわよ!」
クルツ「了解ッッ!!」
アキト「では皆様、また次回会いましょう……いや、俺もあいつを捜さなきゃいけないんでね。じゃっ!」
後書き
お久しぶりです。御無沙汰しておりました。
言い訳を言っても始まらないのですが、まあ一人暮らしを始めたはいいが家にパソコン買う余裕もなく、
というか電話回線さえ引けず、夏休みになり実家に戻ってきている状態で、やっとこさしています(それが言い訳だって)。
目下の目標はパソコン購入です。そして単位取得です(汗)。
いよいよ<ベルゼブブ編>も終わってくれそうです。
実は、私としてはこの話、アキトにこの時代を理解させるのが目的だったので、
そこまで長くするつもりはなかったのです……が、やけに長くなってしまいました(主に時間が)。
しかも成功したかどうかもちと微妙……(苦笑)。
それでは、今回もお世話になりました代理人様、ありがとうございます。
これからも多々のスパロボ発売にめげず頑張ってください(なんのこっちゃ)。
前回感想をくださった皆様、ありがとうございます。まだ終わらないので、生暖かい目で見守ってください。
そして、最後まで読んでくださった皆様!
もう暫くの間投稿は不規則になってしまいますが、とりあえずきちんと『完』と書く気はありますので、
これからも拙作をよろしくお願いします。
それではクルツ達に捕まる前に(笑)。
次回も駄文にお付き合いを……。
代理人の感想
お疲れ様でした〜。
世間にはいろいろと苦難が待っておりますが、めげずに頑張ってください。
私も生暖かい目で心から応援させていただきます!
さて、今回ようやく真打登場! な訳ですが(真打は遅れてやってくる、はやはりお約束でしょう)
アキトが頑張ってるせいかいまいちピンチに思えませんでしたねー(爆)。
真打登場のカッコよさは直前までのピンチ度に正比例しますから。
これに関しては次に期待とw
なおこの作品に関しましては諸々の事情により代理人が文章の整形を行っておりますので
そちらに関してのご意見は代理人のほうにお願いします。
では。