オーブ首長国連邦という国がある。
政治形態は五大氏族による立憲君主制。西太平洋に位置する群島を国土として、総人口はおよそ4000万人。
亜熱帯性気候に属し、熱帯の観光リゾートとしても名が知られているが、主産業は機械工業である。特に重機に関しては世界的にも高い技術を有し、宇宙開発にも積極的だ。
地球連合各国がPLANT群によって宇宙開発の権益を保持していたのに比して、規模こそ小さいものの独自の資源開発コロニーとマスドライバー施設すら建設しているのだから、その工業力の程が知れよう。
軍事力もそれなりに強力で、すくなくともここ半世紀ほどは他国の侵略を許していない。軍が抑止力として機能している証拠である。
もっとも戦場の主役がモビルスーツという人型兵器になってからは、すでに旧式の軍隊であるとの声もある。だが、いまのところオーブはPLANTと地球連合の戦争には中立を表明しているので、さしあたっての問題ない。
また、中立国という立場を生かしての輸出産業にも余念がなく、経済状態はすこぶる良い。
地球連合に対しては、資源衛星から採掘される鉄やレアメタルを加工し、主に北大西洋連邦を相手国とした鉄鋼の輸出は伸び続けている。またPLANT相手にはオーブ近海で取れた魚介類や穀物等の食料資源が主要な取引品目である。
貿易収支はすでに会戦初年度から大幅な黒字を記録しているのだが、これには地球連合とPLANT、双方の抱える問題が起因している。
地球ではすでに鉱物資源がほぼ枯渇し、そのうえ主要な供給元の月と地球を結ぶ航路は常にZAFTの通商破壊に脅かされている。そのため鉄鉱石の原価が高騰し、いまや各国の鉄鋼業は瀕死状態に陥っていた。
製鉄は工業の要である。慢性的な鉄不足は工業生産全体を圧迫し、経済そのものに暗い影を落としている。中立国からの安定した鋼材の供給はまさに生命線と言っていい。
鉄がなくては武器弾薬の製造すらもままならない。
一方のPLANTはさらに切実である。
鉱物資源こそ十分なものの、国家自体がコロニー群で成り立っているという立地条件の特殊性から食料自給がままならないのだ。
PLANTを構成する国家群は、永く旧PLANT理事国から食糧生産施設の建造を制限されてきた経緯がある。地球から独立した現在もそれらの施設は一朝一夕に揃えられるものではない。
必然的に食料供給の多くを輸入に頼ることになるのだが、問題はその供給元だ。
今のところ主な輸入先は地球圏唯一の親PLANT国家である大洋州連邦だが、一国に食料の供給を依存することはその国に自国の命綱を握られることに等しい。よって別口の取引先を確保しなくてはならないのだが、すでに地球圏の国家の大半と戦端を開いているPLANTにはオーブ以外に選択肢が無かった。
そういった理由で地球連合もPLANTもオーブのやり口に、内心苦々しく思っていても手が出せないのが現状であった。
それをいいことに輸入価格や関税率について自国に有利な条件を通させているのだから、やり方が上手いというべきか単にあこぎな気がしないでもない。もっとも国益という点からすればオーブを統治する氏族達もまんざら無能ではないだろう。
さて、地球とPLANTとの戦争が勃発してすでに11ヶ月、
物語はそのオーブ所属の資源採掘コロニー『ヘリオポリス』から始まるのであります。
『羽のない天使』1話その一「子犬のワルツ」 By
white_stone
〜コズミック・イラ70 資源開発コロニー・ヘリオポリス〜
オーブ国立工業カレッジ。ヘリオポリスに多数存在する大学の一つだが、それがオーブの国営企業『モルゲンレーテ』の出資によって成り立っていることを知る人間は意外に少ない。産学一体といえば聞こえはいいが、問題はモルゲンレーテ社が国営の軍事企業であるという点であろう。
だがそこで日々勉学に励んでいるのは全く普通の学生であることに変わりはない。
ちょうどお昼時ということもあって、学生のほとんどは屋外で弁当を広げるか、学外へ食べに行ったり、もしくは学食を利用してランチを取っていた。
学食といっても出店しているのは全て民間の外食店なので味は悪くない。大学側にしてみれば場所を提供するだけで面倒がなく、出店する企業も顧客の年齢層が固定していて戦略が練りやすいし、毎日安定して需要が見込めるので投資しやすいのである。そのため生徒の大部分はバラエティーに富んだメニューに満足し、頻繁に利用していた。
そんな学食の一つ、オープンテラスのエスニックレストランの、日差し避けの為に設置された屋根の在るテーブルで、ベトナム風うどん・フォーをすすっている少年が一人。名前をキラ=ヤマトという。
女の子にさえ見えてしまう幼さの抜け切らない顔立ち、そのほっぺなど彼が今食べているうどんよりもすべすべぷくぷくとしている。キラはコーディネイターであるので美形であるし、しかも頭がとてもよい。その優秀さは教授達の間でも評判で、気難しく厳しいことで知られるカトウ教授がキラをわざわざ自分の研究室に誘ったほどである。ちなみにカトウ先生にお稚児さんの趣味はない。
「うーん、おいしかった。ごちそうさま」
手を合わせてご機嫌なキラ。美少年は何をやっても絵になるのである。
見ている人間をむやみやたらと癒しそうなスマイルを浮かべて、キラは食後のお茶を楽しみだした。
独特な香りが好みの分かれるジャスミン茶に、お茶請けは中華風ゴマ揚げ団子・芝麻球(チーマーカオ)。白ゴマをまぶして揚げた餅の中に入った黒ゴマの餡がなんとも甘く香ばしい。香港・台北移民が人口の五割を占めるオーブでは飲茶の習慣が根付いていて、どちらもいたってポピュラーである。
おいしいなぁと、はぐはぐもぐもぐお団子を食べるキラの姿は、ひまわりの種を与えられたハム太郎のごとし。小動物系の魅力全開、愛らしい仕草に周囲から「ほふぅ」とため息が漏れた。
「だ〜れだ?」
ふと、両目が小さな掌の感触によって塞がれた。細く滑らかな肌をした手、同時に頭上から聞き覚えのある女の子の声。
「ふれい?」
お団子を取り分けていた手を止めて瞼を覆う手をどけさせると、はたして同年代の少女がキラの顔を覗き込んでいた。
長く赤い髪をポニーテールに結っているのが印象的な女の子。小さく微笑む口元はとてもチャーミングで淡いピンクのワンピースがよく似合う。
キラには見知った顔である。同じサークルに所属している一年下の後輩で、名前をフレイ=アルスター。北大西洋連邦の外務次官の令嬢にして英国の大企業”アルスター商会”の後継ぎという、正真正銘のお嬢様なのである。噂によるといつ戦火に巻き込まれるか分からない本国から、一時中立国のオーブへと疎開してきたらしい。
キラとフレイはとても仲が良い。授業は可能な限り一緒に受けているし、休日もよく遊ぶ。それでも二人が仲の良い姉妹以上の関係に見えないのは、もう一人キラと仲が良い女の子がいて三人で行動することが多いからだ。もしくはキラの精神年齢が関係しているのかもしれない。
そんな二人が初めて会ったのは、フレイがヘリオポリスでの学生生活にも慣れた頃、友人たちと料理サークルに訪れた時のこと。ピンクのエプロンをつけて嬉々として料理にふける少女(にしか見えなかった)にフレイが声をかけるところから始まるのだがソレは別の話。
実のところ、フレイはキラが大好きなのだが、その理由の大半は「首輪をつけてペットにしたい」というものであるのが問題であろう。年下の女の子に萌えられる少年の価値は。
「ああ、もう可愛いなぁこの子は」
いきなりキラの頭を抱き寄せて頬擦り、すりすりなでなで。衆目を気にする気はないらしい。
当のキラは微妙にほっぺをふくらませて少々不満顔。ぼくそこまでこどもじゃありません、ふれいのほうがとししたなのにぃ。
さすがにいい子いい子されて喜んだりはしない。だが健全な16歳の男子ならば、同年代の少女、それも極上の美少女にくっつかれたなら、もう少し違ったリアクションがあってもよかろう。
「こらフレイ、あまり私のキラをいじめるな」
フレイよりもやや低い声が再び頭上から響いた。同時にキラの頭は後ろに引かれ、後頭部にぽふっとやわらかい感触。くいっと上を見上げると琥珀色の瞳と目が合った。
「かがりっ!」
「久しぶりだな、キラ」
とげとげした収まりの悪い金髪を肩の辺りまで伸ばした少女。身に付けているのは地味な男物のジャケットにスラックス、同系色の帽子を目深に被っていると少年にしか見えない。キラの双子の姉のカガリである。
きゅーっと抱きしめあって再会を喜び合うキラとカガリ。この双子ももはや衆目を気にする気は無いらしい。時代はインセストなのかそれともエディプスの導きか。
キラとカガリは実の姉弟なのであるが離れて赤の他人として育った。
一方はオーブ首長国連邦五大氏族筆頭アスハ家の長女として、一方は月の自由都市に暮らす平凡な家庭に育った少年として。ナチュラルとコーディネイターという点を見ても、二人が育った環境は違いすぎる。それぞれの両親も肉親の存在を我が子に知らせる気は全くなかったようだ。
それでも二人が巡りあい血の絆を確かめ合うことができたのは偶然と奇跡、などではなくカガリのお父様であるところのウズミ=ナラ=アスハ氏のうっかりによる。
記念のつもりか、それともいつかは真実を伝える心積もりであったのか、生まれたばかりの双子の赤ん坊が母親の手に抱かれた写真を、しかもご丁寧に裏に『カガリ&キラ』とサインされたやつを、うっかり机の上に出しっぱなしにしてもうた。
前の晩に珍しく酒をたらふくのんだあと、疲れもたまっていたのか寝室でぐっすりと眠りこけ、目覚めた時には規則正しい生活習慣で朝早く起きていた娘に発見されておった。なんてこったい。
つめよるカガリにとぼけるウズミ。のらりくらりと追及をかわすウズミに剛を煮やしたカガリは、『キラ』という名前とふんだくった写真をたよりに独自に調査を開始した。
ウズミもあえて止めようとは思わなかった。実はキラはカガリの実の弟というだけでなく、なかなかにハードでディープな経歴というか秘密を持っているお子様なのである。見た目にはいかにも平和そうなボケボケしたお顔の少年なのだが、何気に国家機密に指定されているので厳重に情報が秘匿されていたりする。いくら国家元首の娘とはいえおいそれと探り出せるものではないので、そのうち諦めるか忘れるかするだろう、などと甘党のウズミ氏の考え方はどこまでも甘かった。超甘である。
カガリは持ち前の行動力を遺憾なく発揮して関係各所を洗い出し、同じ五大氏族のサハク家に作りたくも無い”貸し”すら作ってまで、なんと真実を探り出してしまった。ここいらへんはさすがにそこいらの軟弱なお嬢さんとは違う。
事情が事情であるのでさすがのカガリも一目会うだけにしよう、とこっそりキラの所へ向かったのだが、保護欲をくすぐるぽわわんなキラにすっかりハートをげっちゅされてしまいましたとさ。いまでは重度のブラコン姉さんである。弟命。
以来、折を見てはちょくちょくキラをかまっていたのだが、もちろんウズミもそんなことになっているとはこれっぽっちも知らない。さらに関係は進んで二人は今現在ヘリオポリスで大学に通いながら同棲中なのだが、それでもウズミの耳には入らない。カガリの情報工作の結果である。
ちなみにキラとカガリが双子の姉弟であるのは周りには内緒。カガリに言わせると、そのほうが秘密っぽくて良いし、いろいろ面倒が無くてよかろう、それに戸籍上の姉弟でなければ結婚だってできる、ふっふっふ、てなわけである。
このことはキラと知り合う以前からカガリと面識のあったフレイも知らない。せいぜいキラの魅力にまいっちゃったさん二号であろうと思っている。おかわいそうに。
キラも突然現れて無条件に自分に愛情を注いでくれる肉親に、すっかりなついてしまった。やはりキラは犬属性らしい。お姉ちゃん大好き、なんてカガリほど重症ではないにしても十分シスコン。だからカガリがお仕事でヘリオポリスを離れてからの一週間、キラはとても寂しかったのだ。カガリはキラがさびしくて泣いているのではないかと気になって仕方が無かったが。
それはさておき。
「そろそろ予約の時間でしょ。表に車を待たせてるから行きましょう」
フレイとカガリは連れ立って外に出かけるという。キラも一緒に行くことはすでに確定であるらしい。もちろん午後も授業があるし、まじめでおりこうなキラは授業をさぼるなど考えもしない。しかし、
「さあ、キラ行くぞ」
「うん」
「何処へ」とも「どうして」とも聞き返さない。一週間ほど留守にして、帰ってきた直後のカガリの唐突な一言に、後は親鴨のあとをついてゆく小鴨のように、ただ黙って付いて行くのみ。キラにとってはなにより姉そばが優先されるらしい。
大学の正門まで歩くと待機させておいたらしい黒塗りのリムジンに乗り込み、10分もしないうちに着いた先は白塗りの中世の城を模した美しい建物であった。
リムジンのドアが恭しく開けられ、紅い絨毯が敷き詰められた床の上を、キラ達は左右に並ぶ黒い正装に身を包んだ男女に出迎えられた。
三人も車の中ですでに正装に着替えている。紅いドレスのフレイに、白いオーブ軍の礼服に身を包んだキラとカガリ。カガリはさすがの貫禄だが、キラがどう贔屓目に見ても七五三なのは仕方あるまい。
随分と仰々しい格好だが、それもそのはず。ここレストラン『チャンドラ・マハル』は、かの『ミシュラン』にて三ツ星を与えられたというモノホンの超一流店なのである。各国の大使がヘリオポリスに訪れた時などには会食の場としても使用されることがある。しかも相手はオーブを支配する五大氏族筆頭アスハ家のカガリ姫と北大西洋連邦外務次官の令嬢(プラスおまけが一名)とくれば、もてなしにも贅が尽くされようというもの。
一行は大理石の回廊を通り、店の裏手の人口湖を望むゲストルームに通された。
ここは特別な客にメニューにはないシェフの創作料理が振舞われるための場所である。
他に客の姿はなく、開け放たれた扉から湖に張り出したテラスには、丸テーブルに純白のクロスと椅子、そして冷えたワインが用意されていた。
やがて一通り食事の準備が整うと、カガリは三人以外の人間を下がらせた。
「まずは乾杯しよう、計画の成功を祝して」
カガリがまずグラスを掲げた。その顔には何かをやり遂げた満足そうな笑みが覗いている。
「まだ気が早い気もするのだけれど」
そう言いながらも微笑を浮かべてフレイがそれに続いた。
「かんぱーい!」
おそらく何も考えていない無邪気な笑顔のキラ。
チン、と乾いた音を立ててワイングラスが打ち鳴らされた。
ボヘミアングラスに満たされた緋色の液体は一本何万ドルもするビンテージ物の貴腐ワイン。鼻腔をくすぐる豊かな芳香は現代の技術でも再現が困難なため、いまだに昔ながらの製法で作り続けられている貴重品である。もっともキラだけはやたらと甘い糖蜜酒を飲んでいた。
「データはすでに本国の大使館を通じて連合に受け渡し済み。後は試作品の輸送だけだな」
「近くにZAFTのナスカ級がうろついているのでしょう?最後の最後でけちがついてもつまらないわ」
はぐはぐ
美味い酒と料理に手伝われて話も進む。
三人だけの気楽な宴だが、フレイもカガリもなれた手つきで上品に料理を口に運んでいる。礼儀作法の見本のように、意識せずともテーブルマナーを守っているあたり、さすがに育ちがよい。
キラはすでに食事を済ませていたので代わりにスウィーツの皿が並べられた。甘いものは別腹ということで早めのおやつを取ることにしたらしい。こちらはまるでマナーなんて気にしていない、というか知りもしないのであろう。それでもとがめるものは誰もいない。
「単なる巡航任務かもしれん。だが一応わたしの名前で電文を送っておいたぞ、”貴艦の航海の安全を祈る”とな」
「”アスハ”の名を耳にして彼等が引いてくれればいいのだけどね。あと少しなんだから」
はぐはぐ
洒落た内装の高級家具が取り揃えられた一室で、三人は食事もそこそこにおしゃべりに興じる。といってもしゃべるのはもっぱらカガリとフレイで、キラは食べるのに夢中である。
二人がむつかしそうな話をしている横で、ニコニコと幸せそうにこの店の名物”天然いちごと大納言小豆のミルフィーユ”をぱくついている。天然物の食材は宇宙(そら)では特に貴重であり、普段は一日限定五個のところを、キラのためにカガリが店を借り切って用意させたものだ。さすがに金持ちはやることが違う。
幸せいっぱいなキラを横目で愛でながら、フレイとカガリは密談を続ける。
「例の五機、それなりに仕上がってくれたな。もともと”ジン”を元に設計しているのだから当然といえば当然なんだが」
なにやら分厚いファイルをフレイに渡すカガリ。その顔つきはすでにオーブを背負う五大氏族筆頭アスハ家次期当主のもの。片手でキラの頭をなでなでしていなければもっと説得力があっただろう。
「反撃の時来たれり、といったところかしら」
血のように紅いワインの香りを楽しみながら、フレイの口元に剣呑な笑みが浮んだ。学校の友人たちには見せたこともない邪悪度100%の笑顔である。
手渡された書類にざっと目を通すと必要な部分だけ念入りに目を通していく。専門用語の羅列など理解できなくていい。政治の側が求めるのは使えるか使えないか、それだけである。
「問題もある。それに書いてある通り『G』はハードウェアとしては優秀な機械だ。パワーも装甲も火力も”ジン”を圧倒している。スペック上はな。だがソフトウェアとしてみた場合、現段階ではいまだ不完全な兵器にすぎない。何よりも動きの悪さがどうしようもない」
「確かに、動きの鈍いモビルスーツに価値はないわね」
二人の会話に登場した”モビルスーツ”とは現在進行形で行われているの戦争の一方の当事国、PLANTが開発した有人式戦闘用大型多脚歩行車両のことである。ようは男の子の夢、戦うロボット。
見た目のかっこよさとは裏腹にモビルスーツは中途半端な兵器である。
モビルスーツの機動力を損なわない程度の軽い装甲では、MBT(メインバトルタンク)の主砲の直撃にも空爆にも耐えられない。重量制限から搭載できる火力も限られてしまう。車高が高い分狙い撃ちもされやすい。精密機械だから壊れ易く直し難く、稼働率も低い。既存兵器にくらべて単価だってべらぼうに高いし、大量生産も難しい。問題だらけだ。
会戦初期、これが戦場に出てきたときには地球連合の軍人達は鼻で笑った。ZAFTはおもちゃで戦争をするつもりなのか、と。
だがそれでもなお”ジン”は戦場を塗り替えた。
全ては会戦最初期、PLANTが地球圏にくまなく打ち込んだニュートロンジャマ―の存在故。
戦略核が消え、軍事衛星と長距離レーダー、そしてホーミングミサイルが意味をなさなくなった戦場において、モビルスーツは恐るべき威力を発揮したのだ。多彩な武装を使いこなし、俊敏な機動力をもち、あらゆる作戦活動に対応できる汎用性を有するモビルスーツは、この新たな戦場に完璧に適応していた。
ニュートロンジャマーとモビルスーツの組み合わせによって生み出された戦術的優位性(タクティカルアドバンテージ)。数で劣るPLANTが死に物狂いで生み出した戦略は見事に機能し、国力で圧倒的に勝るはずの地球連合は未だに後手後手にまわっている状況である。
もっとも、それがいつまで続くかは分からない。
総力戦争は最後に物量がものを言うのは歴史が証明している。着々と新兵器を開発し戦闘ドクトリンを再設計している連合軍と、初戦の連勝をなんとか戦略的アドバンテージに変えて短期決戦に持ち込みたいZAFT。それが危ういところでバランスを取り、現在の膠着状態を形作っているに過ぎない。
現に今この場所では、そのバランスを崩しかねない会話が交わされていた。
「やはりOSだけは一から作らんとどうしようもないぞ。”ジン”はコーディネイターが操縦することを前提としているから参考にならん。機械操作が緻密で複雑すぎてジンのものをそのまま使ったら、パイロットの養成だけで十年はかかる」
「残念だわ。できれば完璧な状態で持ち込みたかったんだけど。でもとりあえずボディだけでも運び出してしまわないとね。いいかげんPLANTの連中も何か嗅ぎ付けてるだろうし。それに機体さえあれば動作データをとってOSを組むのは何処でもできる」
「だからわたしが乗ってきた船で搬出するのだろう。出航は明後日、月まで行って連合の船に乗せかえればそれで終わりだ。私も途中の月までは同行するからZAFTもおいそれと手は出せんし、月の勢力圏まで行ってしまえば連合の艦隊が護衛に付く、と」
「ええ、”智将”ハルバートンの第八艦隊。一応ZAFTにたいして唯一勝ち星を挙げている部隊だから安心していいわ」
「ふむ。ところで『G』の方はそれでいいとして、『大天使』はどうするつもりだ?クルーの習熟訓練に手間取っていると聞いたが」
「ええ、なにしろ兵装、搭載兵器、戦闘システムに至るまで全てが新造の戦艦だもの、現場は苦労しているわ。とりあえずそちらは予定を伸ばすとして、『G』だけでも先に届けろって上の連中がうるさいのよ」
「まあ、マスドライバーを奪還するためにはモビルスーツが必要だからな」
すでに地上のマスドライバー関連施設は軒並みZAFTの手に落ちている。まずはこれらを奪還しなければ宇宙での反撃などありえない。
話が一段落すると、カガリはいかにもふと思いついたとでもいうように、前々から気になっていたことを思い切って聞いてみることにした。
「フレイ、お前はどうするつもりだ?『G』さえ完成してしまえば、連絡役のお前がここに残る理由はあるまい」
フレイが工業カレッジに在学している理由はそれだった。
そもそも自国の軍備に不安を抱いていたカガリに接触し、連合とのモビルスーツ共同開発を持ちかけたのがフレイだ。単身オーブへとのりこみ、僅かの間にオーブの内政を調べ上げて人脈を築き上げ、標的をカガリに絞って接触。言葉巧みにプランを持ちかけ、サハク家への渡りをつけさせて交渉を繰り返した。交渉成立後は開発現場のヘリオポリスに移り、表向きはただの学生として、裏ではオーブ政府と連合軍人の仲介役としてプロジェクトに貢献した。
すべてはフレイの祖父、アルスター商会現会長・チャールズ=アルスターの指示によるものだったとしても、若干15歳にして腕利きの外交官に匹敵する役割をこなした事実は驚嘆に値する。
カガリはこの1年あまりでフレイの能力をまざまざと見せ付けられ理解させられていた。これほどの人材を遊ばせておくのはいかにももったいない。ゆえに事が済んだ後は、また何か別のプロジェクトに携わる為ヘリオポリスを離れるだろう、というのは当然のように思われた。
「ええ、大学へは休学届をだして国にもどるわ。長い間留守にしていたからそろそろ地盤を固めておかないと、どこで足元をすくわれるかわからないもの」
フレイは軽く肩をすくめ、苦笑しながら頷いた。当たり前の話だが、どうやらフレイにも敵はいるらしい。
「そうか、そうだな」
カガリは感慨深げに頷いた。
歳も近く、それでいていまだ半人前扱いの自分とは違い、一級の外交特使として遇されるフレイには嫉妬しながらも尊敬し、またおおいに学んだ。そして互いに立場は違えど境遇を同じくするものとしてよき友でもあった。
別れが近いことに際して、少々感傷的にもなろう。
「ふれいかえっちゃうの?」
と、ここまでお行儀良く二人の秘密の話に”聞こえないふり”をしていたキラが口を挟んだ。
まるで捨てられた子犬のように、上目づかいでフレイを見上げている。いかないで、と。
このようにすがられてはフレイとしてはなんとも答えづらい。
しかし、いつまでもヘリオポリスに居続けられるわけではない。すでに本国では新たなポストが自分のために用意されているのだ。
「・・・ごめんなさい」
キラは下を向いて悲しみに沈んでいる。もしキラに犬耳としっぽがあったらしゅんと垂れていただろう。
フレイがここにいたのは大事な秘密のお仕事があったからで、それが済めばもといたところに帰らなければならない。いくらキラでもそのぐらいのことはわかる。わかってはいるのだけれど・・・
一方のフレイもまたキラとの別れは寂しいものである。
フレイの目から見たキラはまだまだ幼い。だが自分に馬鹿のように優しく接してくれたキラに、フレイが救われた部分も多々ある。そしてこの愛らしい無垢な顔の裏に隠されたもう一つの顔も、フレイは知っている。
初めてキラのことを知ったのはまだオーブ本国にいた頃、カガリの身辺調査をしているときに、カガリの特に親しい友人であるというので名前を覚えた、とその時はただそれだけの人物だった。ヘリオポリスに渡ってからは、それとなく交渉の道具になるかどうか見極めるつもりで接触した。すべては打算付くの上での行動のはずだった。
それでもキラとすごした日々は、今ではフレイの中で心地よいものになっている。つかのまではあったが憧れていた普通の女の子というものを満喫できたし、なによりキラは自分と同じ世界の住人だったから。
ふりかえってみると、キラとの交友関係は仕事の上でさほど役に立ったわけではない。結局、いつのまにか自分の中でこれが単なる仕事の一環であると、割り切れなくなっていたのだ。わたしもまだまだ甘いわね、とそう思いつつもそんな自分は嫌いではなかった。
フレイは俯くキラの顔を指先でくいっと上げさせ、その瞳を覗き込んだ。
「いつかまたどこかで、なんて無責任なこと言いたくない。口先だけの約束で再会を誓いたくないから。だから・・・」
心からの言葉、なぜだかキラの前だとそれが素直に口に出せる。嘘偽りや打算のうえでの台詞ではなく、本心からの言葉などいつのまにやら忘れ去っていたのだ。だが、まだ自分は大切な何かを忘れ去ってはいないのだと、それが憎からず思っている男へのものならば上出来だろう。
なんてことを考えながらキスを切り上げた。
「・・・約束。フランス式よ」
瞳を潤ませて見詰め合うフレイとキラ。
頬が赤いのはアルコールのせいだけではないだろう。
なんとなくいい雰囲気をかもしだす二人に面白くないのはカガリである。だが、まあしゃーないか、ここで口を出すのも野暮であるので黙って見守るつもりであった。ところがどっこい。
『 あーるはれたー♪ひーるーさがりー♪いーちーばーへつづーくみちー♪』
ぷち
「・・・もしもし、わたしだ」
突然カガリの携帯が鳴り出した。着メロはなぜかドナドナ、雰囲気ぶち壊しである。いろんな意味でフレイの視線が痛い。
だが冷や汗を流しながら電話に受け答えしている内に、しだいにカガリの表情は険しくなっていった。
「・・・わかった、すぐ戻る。それまでもたせろ」
「何かあったのね?」
ただならぬ様子のカガリにフレイは緊張した面持ちで問い掛けた。キラもなんとなく不安げな表情を浮かべている。
「先手を取られたぞ。ZAFTが攻めて来たそうだ」
続劇
後書き
というわけで種の再構成モノです。電波と脳内妄想の赴くままごった煮にする予定です。
稚拙な筆ですが温かい目で見てやってください。
おまけの登場人物補足
フレイ=アルスター
ヒロイン。完全無欠の行動派お嬢様。
カガリ=ユラ=アスハ
オーブ五大氏族筆頭アスハ家の一人娘。親の理想主義に辟易して、反動で右に傾いたというプチ右翼の姉ちゃん。重度のブラコンで弟のキラを溺愛している。
キラ=ヤマト
カガリの双子の弟であるコーディネイターの少年。一応本編の主人公のはずなのだが・・・
代理人の感想
うひゃ、うひゃ、うひゃははははははは(爆笑)。
ひぃ、腹が痛い。
いやぁ、面白いじゃないかガンダムSEED!(爆)
本編が始まる次回以降も期待大。
>ベトナム風うどん・フォー
「フタツでジュウブンですよ!」「フォー、フォー」
・・・・すいません、言ってみたかったんです(爆)。