「連合軍の新型機動兵器、これが完成したなら戦局に多大な影響を与えるかもしれん」

仮面の男、ラウル=クルーゼは肩まで伸びた金髪を靡かせてそう呟いた。
その手にしたファイルには地球連合がヘリオポリスで密かに開発している新型モビルスーツと新造戦艦、そのスペックと開発状況がすでに完成しているという試作機の写真とともに記されている。

クルーゼは全てを読み終えると、副官アデスにファイルを渡した。

「・・・すでにここまで開発が進んでいるとは」

アデスもクルーゼから渡されたそれがどれほど重要なものかすぐに理解した。

これが事実ならば試作された五機のモビルスーツは能力の違いこそあるものの、その基本性能はZAFTの現主力モビルスーツである”ジン”はおろか、次期主力機として試験配備の進んでいる”シグー”すら凌駕していることになる。

現在までの勝利を支えるはNJ(ニュートロンジャマー)とモビルスーツの運用に他ならない。しかし保有戦力で圧倒的に不利なZAFTはすでに戦線の拡張が限界に来ている。占領地の防衛ラインを維持するだけで精一杯の状況で、上層部は事態を打開するための大攻勢を画策しているという噂だが、予備戦力に余裕のない状況でそれは危険な賭けだ。
そんな状況下で、もしこれらが量産され大量配備されたなら戦局は一気に崩壊するかもしれない。敵の新型は肝心の操縦システムこそ未完成なようだが、開発がここまできていればそう遠くないうちに解決されるだろう。それは想像するだに恐ろしいことだった。

「見過ごすことは、無論できない。今すぐにでも行動を起こす必要がある」

クルーゼはひどく落ち着いた声で、淡々と諭すようにそう言った。

アデスは心の中で嘆息した。
偶然かもしれない、ある意味では運がいいのかもしれない、だがなにか因縁めいたものを感じざるを得ない。どうもこの上司とコンビを組まされてから危険で突発的な重要任務が多い。

ラウル=クルーゼは昔事故で顔に酷い火傷を負っているとかで、常に仮面で顔の上半分を隠している。もちろん現代の医療技術ならば例えどのような傷跡であろうとも跡を残さす消し去るのは不可能ではない。それをしないのはよほど思い入れのある傷跡か、それとも自らに対する戒めか。口に出して聞いたことは無かった。

アデスの目から見るクルーゼは上司としては、まあ悪くない人間だった。
ただし、独立愚連隊の集まりのようなZAFTにおいてもやや独断専行が過ぎるきらいがあり、ときどき無茶とも無謀とも呼べる作戦を"勘"の一言で決定し、だがそれら全てに文句のつけようの無い"結果"を出してきた。今ではクルーゼ隊はやっかみ半分で軍内部でも浮いた存在になってしまっている。

東アジア連邦の資源衛星『新星』攻防戦では、突然"勘"の冴え渡ったクルーゼの判断により敵の防空網の薄い箇所を単艦で突入して血路を開き、見事に敵旗艦を撃沈した。『新星』は陥落し、今では『ボアズ』と改名されPLANT本国の最重要防衛拠点となっている。

その前には、やはり最大の激戦として知られているグルマンディ戦線で、ユーラシア連邦でも最精鋭と名高い敵機動部隊とやり合って散々な目にあわされた。
ZAFTが誇る最新鋭モビルスーツが、旧式のモビルアーマーを操るナチュラルによって次々と屠られていくのは悪夢そのものの光景だった。赤いマルタ十字を刻印された黒いメビウス・ゼロの編隊は、今では"グルマンディの悪夢"と呼ばれZAFTの間では恐怖の代名詞となっている。

そしてクルーゼ隊が今の人員構成になって以後も、まともな任務が回ってきたためしがない。
誰が言い出したのか、クルーゼ隊は軍内部でも特殊任務を請け負うエリート部隊などと呼ばれているらしい。人の噂などいいかげんなものだ。

実際のところ、今現在クルーゼ隊の実戦闘能力は酷く低下していた。
装備面だけならば最新のナスカ級戦闘艦にジンが五機、おまけに次期量産機として試験配備中の"シグー"までまわされてきた。地上降下部隊への支援が最優先とされている現在の状況下では優遇されていると言ってもいいのだが、いかんせん扱う人間がついてこない。

これまで苦楽を共にしていた熟練の戦友達はボアズ、グルマンディでほとんど逝ってしまった。しかも生き残ったメンバーも崩壊した他所の部隊を立て直す為に引き抜かれてしまい、こちらには士官学校で促成栽培された"にわか軍人"がまとめて送りつけられてくる始末。
一応成績優秀者の証である"赤服"を身に纏ってはいたが、実戦の恐さも知らずに鼻息ばかり高い連中を一から使えるようにするには手間がかかる。その代わりしばらくは彼らの訓練を兼ねて楽な任務が割り振られるはずだったのだが・・・

「この新型、奪取するしかあるまい」

そんなアデスの不安を他所に、またクルーゼが無茶なことを言い出した。

「すでに開発がここまで進んでしまった以上、研究施設を破壊するのはもちろんだが、その新型の性能と特性を是が非でも知っておかなければならない。なによりも情報が必要なのだよ」

確かに敵のモビルスーツがここまで完成しているのならば、取るべき道は一つしかない。その詳細なデータと試作機を奪取し、それを元にして弱点を割り出すなりこちらのモビルスーツを強化するなりして、実際に連合がモビルスーツを戦場に繰り出してきた時のために備えるのだ。

しかし問題は、その開発を行っているのがPLANTにとっても友好的な相手だということだ。

アデスは無駄と知りつつも一応釘をさすことにした。

「仮に作戦が成功したとしても、最悪の場合オーブがPLANTに対して参戦しかねません。しかも現在ヘリオポリスにはオーブ氏族、それもアスハ家の令嬢が滞在しているとのことです。事は我々の手に余る政治的判断が必要であると考えます」

ZAFTはそもそもほぼ全員がコーディネイターで構成され、兵士一人一人の質が高い軍隊である。そのため、個々の兵士にも独自の判断で行動する権限が与えられている。軍組織には付きものの階級制度すらあいまいで、戦闘艦をとりしきる"艦長"、部隊を纏め上げる"隊長"といった役職が士官として存在するだけだ。それが個々の兵士の独断専行をある程度許してしまうために、ZAFTという組織のもつ歪みとして弊害も多い。
だがそれも、戦争に動員できる人員が絶対的に少ないPLANTにあっては、限られたマンパワーを最大限生かすための苦肉の策なのだ。

しかし、ものには限度というものがある。

今現在、オーブとPLANTの関係は微妙だった。
PLANTは食糧供給の約3割をオーブに依存している。逆にオーブはPLANTから一部の工業製品を輸入してはいるものの、それらは特に重要な戦略物資ではない。
仮にオーブ政府がPLANTに対して禁輸措置等の経済制裁を発動した場合、PLANTには軍事行動以外に対抗手段が存在しない。そしてZAFTには新たに戦線を拡張するほどの戦力的余裕はないのだ。

また、オーブは『遺伝子改変禁止に関する協定』(通称『トリノ議定書』)に批准し、遺伝子改変による第一世代コーディネイターの誕生そのものは禁じているものの、他の地球圏の国家のようにコーディネイターに対する隔離差別政策をとってはいない。それどころか連合各国から行き場の無くなったコーディネイター達を多数受け入れ、保護してさえいる。PLANTで生活しているコーディネイターの中にはオーブ経由でPLANTに渡ってきた者達や元オーブ国民も多数存在し、世論はオーブという国家に対して非常に好意的である。

そんな所をいきなり襲撃するというのだ。それもおそらくは警告も出さない完全な奇襲。しかも現地には国家元首の娘という問答無用のVIPが滞在中である。まずPLANTに非難が集中するのは間違いない。

当然ながらヘリオポリスにも相当の防備が敷かれているだろう。一個艦隊規模が駐留していたとしても不思議は無い。その上地球連合からも援軍が繰り出されるのは疑いようが無い。
比して、こちらは乗艦・ヴェサリウスに僚艦・ガモフ、ジンが十機にクルーゼ専用シグーが一。連合の主力モビルアーマー・メビウスとZAFTのジンとのキルレシオは1対3〜5とされているので、戦力としては悪くない。
しかし残念ながらこちらのパイロットは実戦に一度も出たことのない新兵ばかり、しかもそのほとんどをヘリオポリスへ潜入させるために割かなくてはならなくなるので、とても潤沢な戦力とは言い難いのが実情である。

「私もそれは理解しているよ、アデス。だが、かといって最高評議会のお歴々の判断を待っていたのでは遅い、遅すぎるのだ」

今から軍司令部に報告したとして、国防委員会がどれほど急いで議会を招集しても、結論が出て命令書が配布されるまで最低24時間はかかる。議会の進行次第ではさらに余分な時間がかかってもおかしくない。それだけ政治的に微妙な問題である。さらには現在の評議会が"穏健派"の議員達によって大勢が占められていることを考えると、作戦自体が許可されない可能性すらある。

連合のモビルスーツ開発がすでにここまできているのならば、試作機とデータの全ては今日明日中にでも地球へ送られてしまうかもしれない。いやデータだけはすでに地球へ送られているとみて間違いない。
そしてヘリオポリスの研究設備は秘密裏に引き払われ、やがて完成されたモビルスーツが戦場を蹂躙することになるだろう。そうなってからでは遅いのだ。

「今を逃したらその代償、我らの命で支払うことになるやもしれん」

クルーゼの仮面の奥の瞳が、鈍い光を放った。







   『羽のない天使』第一話その二「ワルツの続き」 By white_stone







〜オーブ国営コロニー・ヘリオポリス内モルゲンレーテ社第二工廠〜


マリュー=ラミアスは半年間通い詰めていた工廠で、最後の一服をつけていた。マリューは安い紙巻(アメリカン・スピリッツ、昔の男の趣味だった)を愛好していたが、今日の一服はやはり一味違った。

目の前には自らの作り上げた最高傑作。ハンガーに固定された薄灰色の巨大な人型は今は静かにその身を横たえている。そしてその力は開発に携わったマリュー自身が一番よく知っていた。

今次大戦においてZAFTが繰り出してきたモビルスーツと呼ばれる機動兵器に対抗するため、北大西洋連邦とユーラシア連邦が共同で開発した試作モビルスーツ。ニュートロン・ジャマーによって戦闘戦域を事実上限定されてしまった現在の航空宇宙戦闘では、それはきたるべき連合軍の一斉反攻においてなくてはならないものだった。

モビルスーツは偏った兵器だ。
そもそも人型をしているというのが、まじめに宇宙戦術を学んできた人間からすれば失笑を禁じえない。
これまでの宇宙戦争は、言ってしまえば大艦巨砲主義の一言に尽きた。かつて外洋を航行する潜水艦が大型化の一途をたどったように、宇宙空間という特殊な環境を制する為に、兵器は恐竜のような進化をたどったのだ。
ミサイルでは到達に何時間もかかってしまう膨大な距離を、光速で駆け抜けるビームやレーザー等熱光学兵器の普及。より遠距離から敵を補足し、砲撃の命中精度を向上させる高性能センサーの開発。敵の攻撃手段を防ぐ為に、より強力かつ重厚になっていった装甲板。さらなる航続距離を稼ぐ為の主機の大型化と、それに伴う長期に渡る航海を過ごす為の船内環境の整備。あらゆる要因が大型の宇宙戦艦の台頭を促した。
小型の宇宙用機動兵器も存在していたが、その用途は人員輸送や船外活動などの目的に限定され、武装も対人用の小火器を搭載するのが精々であった。あくまで主役は戦艦だったのだ。

ところが、PLANTが開発したニュートロン・ジャマーはそんな宇宙戦術を一変させた。
一定領域内の高速中性子線の速度を劣化させるニュートロン・ジャマー。それによって旧式の原子力発電機関は全て使用できなくなったのだ。だがそれだけならば特に問題はなかった。現在先進諸国の艦艇はほとんどはより効率のよいレーザー核融合炉に置き換わっている為に、一部の旧式艦を除いて、ニュートロンジャマーの影響を受けることはない。
さらに深刻だったのは、ニュートロンジャマーが単調波から超長波に及ぶ全ての電磁波を著しく減衰させる性質を持っていることだった。艦砲射撃による長距離攻撃やミサイルなどの誘導兵器が使用不能になり、さらにはアクティブセンサーや長距離無線すら使用することができなくなった。これによって連合軍の軍事ドクトリンは完全に崩壊したのだ。

いかに強力で射程の長い砲をもっていてもあたらなければ意味はない。
一部の老年将校はマニュアル操作と目視に切り替えて戦い、少なくない戦果をあげたが、多くの連合軍人は電子システムに頼り切った艦隊運営に慣れ過ぎていたため、連合軍は大混乱に陥った。レーダーの目を封じられた艦艇はZAFTのモビルスーツにやすやすと接近を許し、多くの艦が成す術もなく撃沈されていった。

逆にZAFTの繰り出してきたモビルスーツという兵器は、有視界が有効となる極小戦闘空間においては絶大な威力を発揮した。
核動力なき後、燃料電池と僅かな推進剤による限られた動力を有効に活用する為のAMBAC。有視界戦闘を有利に展開するための優れた機動性能。近接戦闘において不可欠な、あらゆる事態に柔軟に対応できる汎用性。モビルスーツは人型であるが故にこれら要素を全て兼ね備えていたのだ。

莫大なコストをかけて建造した宇宙戦艦が手も足も出ずに撃沈されてしまう。連合軍統合参謀本部はそんな現状を打開する為に、いくつかの戦争計画を立ち上げた。
そのなかでもっとも注目され期待されたのは、ニュートロン・ジャマーによるECMの無力化である。
ニュートロン・ジャマーを問題としない新型のセンサー・通信システムの開発、それが可能となればモビルスーツなどただの人型の的にしか過ぎない。そのため連合各国は、量子通信技術や重力傾斜センサーなどの次世代電子技術の研究に惜しみない人材と費用をつぎ込んだ。しかし、いまだ実用に耐えうるほどのものは実現されていない。
そこで次に目を付けられたのが、近接戦闘を得意とする新型機動兵器の開発計画だった。
つまりは連合も独自にモビルスーツを開発して、ZAFTのモビルスーツに対応しようというのである。

計画は当初から難航した。
連合軍の擁する一流の技術者達も、こんな奇妙な兵器を開発するのは初めての経験だったからだ。加えてZAFTの攻撃に脅かされずに宇宙機を開発できる環境を用意するのは、制宙圏を失った連合には難しくなっていた。生産施設との兼ね合いから開発の最有力地は月面だったが、ここで政治的アプローチから思わぬ収穫を得ることになる。

それまで戦争には中立の立場をとっていたオーブ首長国連邦。だが連合の外交努力とオーブ内部のタカ派勢力の後押しもあってオーブはこの開発計画への参加を承服したのだ。
オーブは南海の群島を国土とする小国だが独自の宇宙開発拠点を有し技術力も高く、なにより連合と経済的なつながりが深い。オーブの技術力と、表向き中立という外交姿勢は連合には魅力だった。
オーブが場所と技術を提供し、その見返りに連合は開発されたモビルスーツのライセンスを提供する。そしてオーブは中立を脅かすリスクを負い、連合はオーブへの経済的な便宜を図ると共に、秘中とされる軍事技術の一端をオーブに無償で提供するのだ。
双方にとってうまみが多く、また損の少ない取引である。

ここでオーブと政治的に対立していた東アジア連邦が開発から外れることになった。だが、それは北大西洋連邦とユーラシア政府にとって、むしろ都合が良かった。人口比で他の連邦を圧倒している東アジアは、PLANTに核を打ち込んで開戦のきっかけを作るなど独断専行も多く、他の連邦各国からは冷ややかな目で見られていた。

オーブ政府の協力を得て、計画は加速する。

開発拠点をオーブ所有の資源採掘コロニー・ヘリオポリスに定め、さらに6ヶ月。

開戦から11ヶ月たった今、技術者達の血と汗の結晶は、すでに成果として結実していた。



          *  *  *



高級レストランでのささやかな宴を中断し、フレイ達"お嬢様とその子犬"一行は在ヘリオポリス軍司令部を目指して市内を爆走していた。

PLANTの眼を欺き中立国で新兵器の開発などという危ない橋を渡ろうというのである。このような事態を想定していなかったわけではない。
オーブと連合の密約の下『G』計画が本格的に始動してからは、ヘリオポリス市警備隊(シティ・ガーズ)は大幅に戦力を増強されている上に、数は多くないがオーブ正規軍も駐留している。
さらにはヘリオポリスからもっとも近いユーラシアの軍事ステーション"アルテミス"では、フレイが呼び寄せた地球連合の特務部隊が密かに防宙の網を敷いていた。

フレイはZAFTが繰り出してきた戦力の布陣に首を捻っていた。

「ローラシアが一、ナスカが一、それにジンが六・・・・・・微妙ね。本気で潰すつもりならもっと戦力を持ってきてもいいと思わない?ZAFTの目的は『G』と関連施設の破壊でしょう?」

これまでの戦訓からローラシア級には六機、ナスカ級には五機のモビルスーツ輸送能力があることが知られている。つまりZAFTは後方に六機もの予備戦力を温存している計算になる。

「連中がジンを出し惜しんでるのは、もちろん単にオーブを舐めている可能性もあるが、たぶん施設の破壊の他に目的があるからだ。警備隊の動揺を誘い、市内を混乱に陥れ、コロニーに潜入した奴等がやりやすい状況を作りだす。アークエンジェルのドックとは連絡が取れないんだろう?そして警備隊の軍施設には目もくれずに、真っ直ぐにモルゲンレーテを襲撃した、となれば狙いは『G』・・・・・・おい運転手、もっと飛ばせ!」「これが精一杯です!無理を言わんでください!」

「『G』の奪取?この程度の戦力で?だとしたらよほどおめでたい頭をしてるのでしょうね、PLANTの連中は」

嘲笑を隠そうともせずにフレイはそう言ってのけた。

「まあ、いざとなったらZAFTお得意の無差別攻撃かしら。この規模のコロニーなら反物質弾を使えばわけなく吹き飛ばせるもの」

顔から笑みを消してフレイがそう指摘すると、カガリは無言で親指の爪を噛んだ。

実際問題としてその可能性は低い。

これまでもPLANTは国際法や国際慣例、外交常識といったものをまるで無視した行為を平然と行ってきた。
NJ(ニュートロンジャマー)の無差別散布はそれまでの戦争戦略を根本からひっくり返し、戦場におけるZAFTの圧倒的優位をもたらしたが、それによってPLANTは国際的に完全に孤立した。
同盟国といえるのは資源の枯渇によって世界のパワーゲームから取り残されていた大洋州連合だけ。もちろん大洋州連合軍は軍組織としてはあきれるほどお粗末で、役に立つといえばオーストラリア大陸の沿岸警備が精々だ。このうえPLANTにとって政治的にも経済的にも重要なオーブと事を構えるのは無謀でしかない。

逆にオーブにしてみると、PLANTと敵対するメリットはまるで無い。

もちろん国際関係の重要性でいえば、巨大な人口を抱える連合諸国はオーブ製品の最大の市場であり、たかが人口2000万余りのPLANTなどとは比べ物にならない。
今回の計画もオーブ産業にとっての得意先である北米及びユーラシアに恩を売りつつ、連合の技術をできるだけ取り入れてオーブ軍の底上げを図るのが狙いだ。
日々混迷を極める戦況にあって中立の甘い果実を貪り続ける為にも、オーブは自らを守る剣を鍛えなおす必要があった。ましてオーブは身近に具体的な軍事的脅威を抱えている。

東アジア連邦。中共・朝鮮・日本等の国家によって構成される地球連合の一国である。世界最大規模の人口を抱える超大国であるが、旧世紀以来何かと強硬な軍事行動を濫用することでも悪名高い。今回の戦争にしてもユニウスセブンと呼ばれるPLANTの試験農業コロニーに核を打ち込み、開戦のきっかけを作ったのは東アジアの陰謀であるというのは半ば公然の秘密だ。
カガリに言わせればPLANTなどより、カーペンタリアの脅威を理由に最近何かとオーブ近海を騒がせている東ア(東アジア連邦の略)のハイエナどもの方がよほど油断がならなかった。

そんな外交事情もあり、オーブは連合の抱える軍事技術に並々ならぬ関心があった。
オーブの政府首脳、とりわけ軍部の人間達はZAFTのモビルスーツを始め様々な新兵器が戦場を闊歩し、さながら次世代戦争の様相を呈している今回の戦争を目の当たりにして、自国の防衛体制に危機感を抱いたのだ。
もちろん欲しいのは軍事技術だけで、オーブに戦争に参加する気はまったくない。

オーブは地球圏で行き場の無くなったコーディネイターを多数保護し、貴重な人材資源として利用することで技術力の更なる向上を図ってきた。その結果、オーブの人口におけるコーディネイターの占める割合はすでに5%の大台を突破している。PLANTと戦火を交えることは彼らのオーブ政府への不信感を煽りかねない。
さらに問題なのはオーブが戦火に巻き込まれた場合の経済的損失だ。
オーブは開戦以前から中立の立場を明確にしていたため、その安全性を見込まれて世界中の金融資産が加速度的に集まってきているのである。このタイミングで参戦を表明すれば、そのリバウンドによってオーブ市場がどれほどの損失を被るか見当もつかない。

一方、連合側としてもオーブが表立ってPLANTと敵対する状況を招くことは、必ずしも好ましくはない。

もちろんオーブが正式に連合に加わることになればその戦略的価値は計り知れない。オーブは来るべき宇宙での反攻に欠かせないマスドライバーを所有している上に、『G』計画で培った軍需技術の高さは折り紙付きである。
だが最大の問題として、地理的にオーブはカーペンタリアに近すぎた。
仮にオーブが連合軍の策源地として機能することになれば、ZAFTは死に物狂いで落としにかかるだろう。太平洋の制海権は今だ連合が握っているが、東シナ海からオーストラリア大陸沿岸部は完全にZAFTの手に落ちて久しい。仮に連合がオーブに戦力を派遣し、駐留させることになったとしても、出るも入るも激戦になることが分かりきっている場所に陣地を築く意味はない。オーブは攻めるならばともかく守るには余りに難しい。
またPLANTとの交渉を仲介できる第三国としての役割も重要である。オーブは地球圏で排斥されたコーディネイターを保護することでPLANTにも少なくない影響力を保持しているのだ。外交チャンネルは何時いかなる時でも確保されていなければならない。さすがに老獪な連合はそこのところをわきまえていた。

結局、オーブには表向き中立国としてPLANTとの関係を維持しつつ、密かに連合側に便宜を図ってもらった方がなにかと都合がいい。
この点でフレイとカガリの思惑は一致していた。すくなくとも今現在は。
ゆえにこの場はあくまでオーブ軍が、突如協定を破って侵攻してきたZAFT軍を独力で撃退した、というのが最善のシナリオであった。

しかし、

「一応、”アルテミス”にスクランブルをかけさせておいたから。”万一”コロニーに被害が出たときの”人道支援”のために、30分以内に到着するわ」

それはそれとして、フレイはオーブ軍の能力をまったく信用していなかった。

「・・・うちの軍隊も信用が無いな」

オーブ軍は軍組織として人も物も潤沢に備えてはいるが、つまるところZAFTとの戦闘を一度も経験していない。数で勝る連合を苦しめているZAFTを相手にしてどこまで戦えるのか、そこに不安が残るのである。

そのことを指摘されて、カガリの眉が不快気につり上がったが、それは純然たる事実であった。

「念のためよ。無用な軋轢は無いにこしたことは無いもの」

連合と秘密裏に取引を行っているとはいえ、オーブがいまだ中立国であることに変りは無い。この状況で連合が目に見えた軍事介入を行えば、オーブ、連合、PLANTを巻き込んだ外交問題に発展するのは目に見えている。

「外の連中は都市警備隊だけで十分。それよりも問題はコロニーに潜入した奴等の方だ。なにはともあれ、さっさとモルゲンレーテに急がんとな・・・・・・・・・遅い!私が代わる!」「ちょっ、やめっ、・・・ぶべら!」「・・・・・・」「・・・かがりが運転するの?」「まかせろ!!」「・・・ひぅ・・・」

名もなき運転手は後ろから蹴倒されて助手席に放り込まれ、即座にカガリがハンドルを握る。
顔に不気味な笑みを浮べ舌なめずりをするカガリ。そしてなにやら青い顔をしているキラ。

「クククク、じゃあ逝ってみようかア〜〜〜〜〜!!!!」

平日の昼間ということで道を走る車の数もまばらである。その市街地のど真ん中を時速200キロ以上で突っ走りだしたリムジン。交差点にフルスピードでつっこんで、片輪浮かせてクイックターン。
やがて車は市街地を抜け、射光ミラーと農園地帯の続く郊外に出るとさらにスピードを上げた。どうやらこのリムジンは飛ばし屋仕様の改造が入っているらしい。

カガリはなんぴとたりとも私の前は走らせん、てな感じでノリノリだ!

キラは怖くて外が見られず目をぎゅっとつぶっていた。かがりってはんどるにぎるとせいかくかわるんです、くすん。

逆におかしいのはフレイである。ごつい車体がどれほど無茶に揺れようが微動だにもせずに涼しいお顔、というか髪の毛一本揺れていない様子は明らかに慣性の法則を無視している。さらには座席の上で両足を抱えてぷるぷるしていたキラを、膝の上にのせていい子いい子している始末。さいわいうるさい姉はトリップ中である。すりすりぷにぷにすりすりぷにぷに。フレイお嬢様はご満悦だった。

やたらとスピードを出したおかげなのか、やがて前方に円筒形のコロニーの端が見えてきた。
ヘリオポリス防宙司令部はコロニー最端の宇宙港に接している。これはいざというとき戦力を即時展開するための処置である。

そろそろ正面に司令部の正門が見えてきたが、カガリは全くスピードを落とさなかった。むしろさらにアクセルをふかして神風の態勢である。

「目標を肉眼で確認、このまま正面ゲートに突入する。ちょっとだけ揺れるから頭下げてろ!」

絹を引き裂く美少年の悲鳴。
カガリの血走った瞳といい舌なめずりするしぐさといい、本気で特攻かます気バリバリらしい。

「ばんざ〜〜い!!」

と、勢いもすさまじい。本気と書いてマジと読む。

 ばきゃ!!

ゲートを力づくで突破したリムジンはそのままの勢いで敷地内に突入した。
施設内ではすでにZAFTの襲撃を受けて厳戒態勢に入っており、完全武装した兵士たちがそこかしこに屯している。

ぎゅきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃ、ずばん!!!     「ひぅっ!!」    「きゃあ?!」「「「ぐへぇあ!!」」」

恐怖の暴走特攻娘と化していたカガリは凶悪なスピンを決めて満足そうに停車した。

「うむ、少々角度が甘かったか。まあ、ガタイがでかいので仕方あるまい」

と、まるで何事も無かったかのように両手を腰に当て、こくこくと頷いているカガリ。

車体中央の扉が開くと、何時の間に着替えたのか、緋色のスーツを身に纏ったフレイが降りたった。その髪と同じ燃えるような緋の色が、歳のわりに起伏がありすぎる肢体に映えている。

「大変なめにあったわね。こんなことならお酒飲むんじゃなかったわ」「えぐえぐえぐえぐ」「むっ」

ぜんぜん大変そうじゃないフレイ。フレイ様の生足にすがり付いて頭をなでなでされているキラ。カガリの目がつり上がった。

通り一辺倒の濃い反応をしてくれる面々の前に、ぺたりと尻餅をついて眼を見開いている少女が一人。それになぜか青ざめた顔で泡を吹いている少年三名。どうやら腰をぬかして声も出せずにいるらしい。

傍には数名の兵士が彼らを取り囲むように立ち並び、やはり唖然とした顔をしている。

フレイは少女に手を差し伸べると、埃をはらって立ち上がらせた。

「はあい、ミリアリア。こんな所でどうしたの?」

少女の名前はミリアリア=ハウ。奨学金を受けてバイトを掛け持ちしながら大学に通う苦労人で、キラとは同じ研究室に所属している顔なじみである。フレイとはキラのバイト先のメイド喫茶で知り合い、ウエイトレスをしていた女装少年を巡っての不可侵条約から同地に入り浸っていた女子軍団との大攻勢、同盟締結後の魔法による壊滅作戦や英雄的な特攻攻撃による勝利を経て女の友情を結んだ仲だ。

「・・・死ぬかと思いました」

まだ精神がこちらに戻っていないのか、ミリアリアは虚ろな目付きでさめざめと泣いている。ちなみにリムジンの停車位置は彼女と20センチも離れていない。

「カガリ様っ!!」

「おう、ご苦労」

今更ながらカガリに気付いて最敬礼する兵士達。
実はカガリはヘリオポリスの防宙指令を務めている。軍での階級は准将。そのほかにも工業カレッジ理事、オーブ・コロニー公社副理事、モルゲンレーテ社役員、オーブ国際児童福祉協会会長、某婦人運動団体名誉顧問などなどを兼務していたりする。恐らく世界で一番忙しい少女の一人だ。

「で、こいつらは?」

彼らを尋問していたと思しき兵士に尋ねる。カガリはとても胡散臭そうに間抜けな顔をして泡を吹いている少年達をながめた。
女の子が意識を保っているのに、いい年をした野郎が三人、ぶざまな醜態をさらしているのがカガリの機嫌を損ねていた。男は強く逞しく、鋼のバディを備えていなければならない。しかるにこやつらは玉無しのチキンである。カガリの好みとは正反対だった。ちなみにキラは別格、カガリの世界の中心なのである。

「はっ、どこから忍び込んだのか、基地内をうろつき回っていたので拘束しました。なにやら写真を取り巻くっていたようなのでこうして尋問を」

それを聞いてますます不機嫌な顔をするカガリ。ちょうどZAFT襲撃のタイミングといい怪しさ大爆発である。

「なにしてたの?」

涙と鼻水で汚れたキラの顔をレースのハンカチできれいきれいしながらフレイが尋ねた。カガリ&オーブ軍の皆さんが垂れ流す険悪な空気もあっさり無視。さすがに心臓に毛が生えている。
一方、問われたミリアリアはなにやら恥ずかしそうに指をもじもじさせた。

「えっと、そのカズィが一生に一度でいいから軍用モビルアーマーをみて見たいって言い出して。それで、その、サイも悪乗りして、トールと私はサイ達が無茶しないように付いて来た、というか、その、なぜかこういうことに」

フレイはいかにも呆れたように、倒れている少年の一人に目を向けた。
口から泡を吹いて気絶しながらも小遣い叩いて買ったデジカメ離していない少年。服装もいまいちパッとせず、顔もいたって地味。一つ目を引くのは亀の甲羅のような独創的な頭髪のファッション。彼こそはキラと同じ研究室に所属する同級生の一人で名をカズィ=バークス。学内では知らぬものとていない軍オタである。

「この非常時に・・・」

それを聞いてさらに青筋を増やすカガリ。向けられる視線が先ほどの五割増で険悪になっている。

「憲兵、とりあえずこの馬鹿どもは営舎に放り込んでおけ。あとでたっぷり尋問してやる。それより、私とこちらのフレイ女史は司令部に用がある。私は少々仔細あるから、お前達、粗相のないようにご案内しろ。キラはいい子だからシェルターに行こうな」

カガリにはやるべきことが山積みである。馬鹿にかまっている暇は無い。
そこまで一気に言って、軍服の裾を翻してその場をさっそうと立ち去ろうとし、

くいくい

「?」

裾が引かれたので見ると、そこには目に涙を溜めたキラ。

「ぼくはいらないこなの?」

涙を堪えて聞いてくる。なんとなく仲間はずれにされたように感じて悲しみに沈んでいるらしい。美少年の感性は時々常人のそれを逸脱するものだ。ちなみにそばで泡を吹いて倒れている学友三人のことは当の昔にアウト・オブ・眼中。キラの瞳に映っているのは最愛のおねいちゃんだけなのである。

カガリはキラと目線の高さを合わせ(キラの方が若干背が低い)、頭を撫でながら答えた。

「もちろんいる子だぞ。だから、危険な場所にいて欲しくないんだ。これから私は戦争しなくちゃならないからな」

カガリが困ったようにそう諭すと、キラはぐしゅぐしゅ鼻をすすりながら頷いた。
ほんとはおねいちゃんと離れるのはいやだった。けど、おねいちゃんを困らせるのはもっといやだった。

捨てられた子犬。まさにそんな形容詞の似合うキラを困ったようにあやしながら、そういえば、とカガリはつい一週間ほど前のことを思い出していた

"アメノミハシラ"への長期出張は、前々から決まっていた予定であったし、どうしても外すことのできない仕事であった。しかし、あの時は随分泣かれたものだった。
『G』計画で培った技術と技術者をまとめて"アメノミハシラ"へ輸送し、生産ラインへと乗せる。サハク家の双子と話しておきたい事も会ったし、どうしても自分が直接行かなければならなかった。ただ、行き帰りの移動時間も含めて一週間。それだけ長い間キラと離れ離れになるのは、キラと出会い共に生きることを決意してから、ついぞなかった。
もちろんキラを連れて行くことはできなかった。ヘリオポリスの外にはカガリの力は及ばない。逆にいえば、ヘリオポリスの中でなら、例えどんなことがあってもキラを守りきることができる。それだけの体制を作り上げてきたつもりだった。

だが、それが慢心だったのだろうか。今、自らの城であるヘリオポリスそのものに危機が迫っている。

モビルスーツ開発を連合と共に推し進めたことについては、間違っていたとは思わない。理想をかなえる為にはそれに見合う力が必要だ。否、理想なき力に意味はあれど、力なき理想に意味はない。
ただ、そのために開発場所をヘリオポリスにせざるを得なかったことについては、後悔があった。
他のコロニーでは計画遂行の為に必要な環境が十分に整られなかったし、"アメノミハシラ"ではいくらなんでも目立ちすぎた。民需中心で成り立っているヘリオポリスだったからこそ、連合の人間が紛れ込んでも違和感が無かった。それにヘリオポリスの中に入ってしまいさえすれば情報の管理は徹底できるはずだった。その自信もあった。

"ヘリオポリス"はオーブの保有する資源採掘コロニーの中では最古にして最大の資源供給地であり、一大軍需工場である"アメノミハシラ"とならんでオーブの最重要宇宙拠点となっている。その上、"ヘリオポリス"はオーブ氏族の中でも治世に長けたアスハ家の始祖が、いち早く宇宙開発の必要性を先見し、当時大多数の反対の声を押し切ってまで作り上げた最初のコロニーであった。いわば今日のオーブの繁栄の礎である。
その市政は代々アスハ家の直系に委ねられ、カガリも自らの安定した政治基盤を確保する為に、オーブ本国を離れてでもヘリオポリスの掌握に力を入れてきた。

それを失うような事になれば、自らの、ひいてはアスハ家の政治力の低下に繋がるのみならず、オーブの国益に多大な損失を与えることになる。それだけは防がなければならない。

「シェルターへは、一人で行けるな?私のことは心配しなくともいい」

もう一度問い掛けると、キラは確かに頷いた。涙はすでに止まっている。

カガリは人に厳しく、なにより自分に厳しい人間である。ただ、それがキラ相手だとどうしても甘くなる。

いつかは一人で歩んでいけるように、キラを厳しく教育することこそが、本当にキラのためになることなのだろう。そう思いながらも実行に移せない自分の愛情は、酷く歪んでいるのだと、そう思う。

「いい子だな・・・・・・行くぞ、憲兵」

とてとてと危なっかしい足取りで、キラがシェルターにかけていくのを見送り、カガリは今度こそ踵を返した。

その時だった。

爆音!!!!!!

湧き上がる噴煙に、降り注ぐ瓦礫。突然の大音響に、その場にいた全員が思わず地面に身を投げ出し、倒れ伏す。

轟音はさらに、二度。

続く衝撃の後、さらに吹き上がった黒煙を掻き分けて、巨大な人型がヘリオポリスの空に出現した。

「ジン!!ZAFTめ、やはり見境なしか!コロニーにジンを突入させるなど!!」

縦横無尽に宙を舞う数機のモビルスーツを睨みすえ、カガリは自らの見通しが甘かったことを悟った。



      *    *    *



モルゲンレーテの社屋は地上部分よりも地下のほうが広い。地上部の施設はいわば目くらましのダミーのようなもので、地下の機密施設への直通ゲートとその周りに配置された幾重もの対侵入者用トラップに監視装置、そして緊急時には対人攻撃機に早変りする無人ガードロボットが配備されている。

本当の重要施設である地下部分は、コロニーの外壁を形成する厚さ100メートルにも及ぶ合金製フレームにめり込むように、外側から見ることができたならば巨大な円筒を縦に七つほど重ねた形状をしていた。各円筒部は機材搬送用大型リニアエレベーターのシャフトで結ばれ、最下層はコロニーの外壁に面したモルゲンレーテ専用の宇宙港となっている。

肝心の『G』は七層ある円筒ブロックの第一層、主にMBTを含む多脚装甲車両研究のための研究工廠で開発が行われていた。
機材の輸送や機密保持の観点からすればもっと下層のブロックの方が都合が良かったのだが、それらはすでに国内向けの兵器開発が行われていた。そのため比較的重要度の低い地上施設付近のフロアがオーブと連合の双方の技術者による合同チームのために開放されていた。

「ハマナ、ブライアン、ここはもういい!早く、303を持ち出すんだ!」

格納庫内に若い女の声が響いた。

キャットウォークの下部では巨大なキャリアの影で数名の作業服姿の男たちに混じって、白衣をまとった女性が侵入者にライフルを向けていた。

「敵の数は多くない!もう少し持たせればオーブの部隊がくる!」

逆に敵の増援が増える場合もある。突如侵攻してきたZAFTの兵士達は地上との直通エレベーターの前に陣取り、遮蔽物の影から絶えず放火を撒き散らしていた。

開発にあたっていた連合の技術者からすれば、ここまで浸入されることは想定外だった。
地上部のトラップでかなり数を減らせたとはいえ、ZAFTは迷わず『G』の開発が行われていたこの施設へ向かってきた。内部情報が漏れているとしか思えない。

戦闘では地の利はこちらにあったが、白兵戦におけるコーディネイターの身体能力は脅威の一言に尽きる。
噂によればコーディネイターは、発射された弾丸を視認し、腕力は鋼鉄を捻じ曲げ、時速80キロもの速さで地を駆けるという。
実際のところコーディネイターの身体能力は完全擬体化サイボーグの足元にも及ばないものだ。それでも電脳化もナノマシン処理もしていない"ナチュラル"の兵士達には十分に驚異となりうる。まして今現在ここに詰めているのは技術士官や民間からの出向技術者ばかりである。彼等も一通りの軍事レクチャーを受けてはいたが、まともに実戦などできるはずもなかった。

徐々に劣勢に追い込まれている味方を尻目に、現場に取り残された者達は混乱し、投降した所を射殺されるものも出ていた。

「ラミアス大尉!」

オレンジ色の作業着姿の黒人技術者が白衣の女性、マリュー=ラミアスに走りよってきた。

「オーブの部隊はしばらく来ません。下の港も襲撃されているそうで、そちらに」

マリューは仲間を鼓舞していた時とは打って変わって、嘆くかのように天を仰いだ。

「ああ、最悪だわ。まさか宇宙くんだりまで来てドンパチするなんて」

「大尉は民間から来られたのでしたな。にしては"きも"が座っていらっしゃるが」

懐から真新しい紙巻煙草の封を開けると、マリューは一本口加えて銃撃の合間に火を点けた。

「殺し、強盗、マフィア同士の馬鹿騒ぎ・・・シスコじゃ日常茶飯事だったからねえ。やる?」

一本差し出したが男は首を振って断った。

「半年前に止めました。宇宙じゃ吸える所が限られますから」

「そ」

マリューは開戦前、航空機産業ではトップシェアを誇る某民間企業で材料工学の研究をしていた。

軍需関係でもトップシェアを誇るその企業でいくらかの実績を積み、たまたま視察に訪れていた軍高官に見初められて、引き抜きの話を持ちかけられた。もちろん二つ返事で飛びついた。受注の大半を軍に依存するその会社では、威張ることしか能の無い馬鹿な軍人にすら頭が上がらず、誰もが軍を相手にへりくだっていた。それがプライドの高いマリューには我慢がならなかった。どうせなら頭を下げるよりさげさせる立場になりたい。

民間から軍に移った後は、ノルマが厳しいのは相変わらずだったが、潤沢な研究費に最新の設備、人も物も研究資料もおよそ手に入らないものはなかった。その分生活に制限が加わることもあったが、待遇にはおおむね満足していた。
今回の件にしてもオーブに派遣される技術者に志願したのはマリュー自身の意思だった。多少の危険は覚悟の上で、それでも『G』計画にはそれだけの魅力があったのである。

朝も眠らず昼寝して、コロニー奥底の穴倉にこもって約半年。刻々と変化する情勢を尻目に、数回の設計変更と心無い上司の"ダメ出し"に、いちいち文句ばかり垂れるテストパイロット達のクレームに忙殺された日々。数々の試練を、曲がり角のお肌には危険な連日連夜の徹夜と過度のカフェイン及びニコチンの摂取、そしてマリューがなにより好物のアルコール類の過剰摂取だけで耐え続け、ついにロボットは完成した。

後は完成品を月まで運べば仕事は終わる。同僚の技術者もすでに大部分が地球に帰還してしまった。今後は彼らと一緒に地球か月で量産化のためのマイナーチェンジに携わることになるのだろう。そうすればもう少し健康的で俗世の快楽に満ち溢れた日々を送ることができる。
マリュー達が最後の便で試作機と共に月に渡れば、万事何事もなくめでたしめでたしばんざ〜いだったものを・・・

「まあ、世の中そうそう上手くはいかんわなあ・・・」

頭上を飛び交う銃弾を、なにやら悟った目をして眺めながら、スパアっと紫煙を吐きだすマリュー=ラミアス2○歳独身。

「どうしました?」

「人生の無情についてちょっと。それよりロボットの運搬車どうしたのかしら?さっきからぜんぜん動いてないじゃん」

二人そろってモビルスーツの運送専用に開発された巨大な輸送車を見上げた。
よく見るとフロントガラスには蜘蛛の巣状のひびが入り、赤い鮮血が染みている。
予算の都合から防弾ガラスをけちりでもしたのだろうか?まあモビルスーツは金食い虫だからなあ、などと愚にもつかない感想が頭の隅をよぎったが、なんにしろここで安穏としていても事態は好転しなさそうだ。

「我々の手でどうにかするしか、ないでしょうね」

手入れを怠って痛んだ髪をぼりぼりと掻きながら、マリューはいかにも胡乱気に手元の煙草に視線を落とした。

「運びましょう。我々の手で」

「・・・どうしても?」

「どうしても、です。このままむざむざと宇宙の化け物どもにくれてやるつもりですか!」

ああ、そういえばこの男はブルー・・・なんとかいう環境団体のまわし者らしいという噂を聞いたことがある。なにゆえ環境団体が軍の計画に口を出してくるのかはわからないが、お偉方のやることは大概現場のものには訳のわからないことばかりなので、一々気にしても疲れるだけだ。

「でもさあ、これタイプ1の試作機だよ。別に無理して守らなくとも・・」

「試作機でも制式機でも、使われてる技術は同じでしょう!それが敵の手に渡るのはいかん、と言ってるんです!」

『G』シリーズの制式機として内定が出たX105は、すでに解体・梱包されて輸送船に積み込まれている。ここに置いてあるのは開発途中で放棄され、技術資料としてオーブに委譲される予定の試作機だけだった。
機動兵器としてはやや異質なコンセプトで設計されたその機体は、『G』の制式機とは機能性に大きな隔たりがあった。どのみちオーブにくれてやるものなのだから、ZAFTの手に渡ったとしても大きな痛手にはならない、と思うのは考えが甘すぎるのだろうか。

すでにこの場の大勢は決しているといってもいい。技術者上がりの士官達に白兵戦をやれというのがそもそもの無茶だ。その上オーブの援軍も来ないとなれば、撤退か降伏しかない。

「お好きにどうぞ、私は逃げるわ」

マリューは吸い口まで灰になりかけた煙草をぷっと吹き出した。

「お好きにどうぞ、私は戦います!」

男はにこりともせずに皮肉を言い、ついでに手榴弾のピンを抜いて機銃掃射の止んだ隙に敵の手前に放り投げた。

「GO!GO!GOOO!!!」

それが合図だったかのように、再び激しい銃撃が開始されたが、マリューの関心はすでに無事にトンズラすることに移っている。

(・・・非常口まで約20メートル、扉は運良く開いている。ただし、遮蔽物は無し。いけるか?)

マリューが考えあぐねているうちに、事態の方が先に動き出した。
何時の間に近づかれたのか、赤い戦闘服を纏ったZAFTの兵士が、マリューの隠れていた資材のそばまで迫っていたのだ。

「FUCK!!」

しまった、と思った時にはすでにその頭に鉛玉を叩き込んでいた。一発の銃弾に、赤い軟質宇宙服を着ていた長身の身体が弾かれる。
銃声にひかれてすぐさま火線がこちらにも向けられた。よけいな事をしてZAFTの注意を引いてしまったようだ。どの道見逃してくれるとは思わないが。

「ラスティ!」

倒れた赤服の兵士のそばに、もう一人赤い戦闘服を纏った兵士がかけよった。

それを見てマリューは、ZAFTでは一部の成績優秀者に赤い特製のパイロットスーツを支給しているという噂を思い出した。
なるほど、戦争には英雄が必要かもしれない。だが、白兵戦闘に置いては『赤』は目立つだけだ。その上、今は負傷した味方をかばっているためにそれだけ動きも鈍い。もちろん躊躇なく引き金を引いた。

が、銃弾は発射されなかった。

「ジャム!っこんな時に!!」

敵兵はそのまま負傷者を引きずって遮蔽物の影に移動してしまった。

マリューはボルトを目いっぱい引いてロックさせ、中を覗くとチェンバーは空だった。マガジンにはまだ余裕があったので、コッキングハンドルを引いて次弾を装填した。
試しに銃口を上に向けて引き金を引くと、やはり銃弾は発射されなかった。舌打ちをついて、ガスレギュレーションのつまみを上げ圧力を上げてやると、今度こそ銃弾が発射された。

相当銃器の扱いに慣れているのか、ここまでの作業を終えるのに五秒もかかっていなかった。
だが敵兵にはその僅かな時間でも十分すぎるほどの隙になってしまった。

急いで火線を維持しようと銃を構えたマリューの目の前には、今まさにナイフを振り下ろさんばかりの赤服の兵士。先ほど負傷した仲間の敵を討とうとでもいうのだろう。その顔は憎悪に染まっていた。

(殺られる!!)

マリューの脳裏に冷たい感触が走り、そしてそのまま停止した。

時間にしておよそ数3秒ほど。
まるで冗談のように、動きを止めたZAFTの兵士の顔に、横一文字に赤い線が走った。ついで・・・

ブシュ

・・・二つに割れて、崩れて落ちた。

「・・・・・・・・・あ?」

酷く間の抜けた呟き。だがマリューにはそれを気にする余裕は無い。

マリューは弾かれたように慌てて辺りに視線を這わせた。見ると、同じように刃物で切り刻まれたと思しき死体がいくつも転がっている。斬り殺されているのはすべてZAFTの兵士達で、連合の兵士の死体には銃痕"しか"付いていない。

さらに、

ザシュ 「ぐぁっ!!」

閃く血潮と、黒い影。悲鳴と肉を割く音がマリューの耳朶を打ち、今度こそマリューの瞳は殺戮者の姿を捉えていた。

"それ"は少年のように見えた。

まず目に映るのは左手に握られている紅く血に染まった剣。細く鋭い片刃の刃は肉を切るために適しているのだろう。紅く染まった部位以外は白く光を反射して、いかにも切れそうだがとても人間を輪切りにできるほどの剛性があるとは思えない。
黒く中途半端に伸びた髪が顔を隠していたが、僅かに覗いた素顔は意外なほど幼く見える。中肉中背に小柄な体躯。手足は細く、肌の色は透き通るように白く美しい。その細腕で先ほどから人間をばっさばっさと輪切りにしているのだから尋常ではなかった。
身に纏っているのは白いオーブ軍の制服、ということは少なくとも敵ではないようらしい。
だが何よりも特徴的なのは・・・焔の灯りに照らされた、冷徹な瞳。日常生活において、およそ人が併せ持っているような慈悲が欠片も窺えない、機械でできた蟲の眼。障害物を排除する事だけを目的にする惨殺兵器が、そこにいた。

マリューは憑かれたかのように、目を離せないでいた。

(・・・・・・やば、濡れる)

日本刀を片手に敵を屠る、色白で細身の美少年・・・・・・なんて、やばいくらいにマリューの"つぼ"を突いている。
可愛い男の子が目の前にいて視姦しないバカはいないわ、アメリカが法治国家でなければもっと非道いことをしているわよ、と公言してはばからない女、マリュー=ラミアス。その性癖から数多くの問題を起こし、軍が揉み消しをはかった不祥事も数知れない。正真正銘のショ■コ■である。

もっとも、これで相手がケタケタと不気味な笑みでも浮かべていたら、さすがにマリューも裸足で逃げ出していただろう。だが、少年の顔に狂気は無い。これは淡々と敵を殺すだけの兵士の顔、マリューにはよほど見慣れたものである。
どれほど常軌を逸していても味方であれば厭う理由は無い。さらにいえば味方は強ければ強いほどいい。その上、美少年なのだからいうことはない。脳内エンドルフィン開放、彼になら殺されてもいいわ。

一人妄想に浸るマリューを他所に、戦闘はまだ続いている。

「おおぉーーー!!!」

赤服の兵士が一人、雄叫びを上げてナイフを構え、胴砲を殺戮した少年に向かって突撃してきた。
だが、明らかにそれは少年もつ剣の間合い。しかも相手は冷静さを欠いて攻撃が単調になっている。

少年は落ち着いて繰り出されたナイフの刃を避け、すり抜けながら相手の喉を一閃、またぶつ切り肉の出来上がり。

・・・・・・とはならなかった。

ひたり、と喉に突きつけられた地濡れの刃。相手の動きを制したままで、少年はなぜか凶刃を留めたのだった。

そのまま、ヘルメットを被った赤服の兵士の顔に自分の顔を近づけて、しげしげと観察する。
ZAFTの兵士も顔を近づけられると、目を見開いて何事か驚愕した表情を作った。それはまるで白昼に幽霊にでも出くわしたかのような、曰く言いがたい表情だった。

「・・・あす、らん?」

「・・・・・・キラっ!!?」









続劇





後書き

電波二号投稿完了。
就活終わったのでこれからはちょくちょくかいていきたいと思います。
ちなみに富野ガンダムは『Z』が最高に好き。映画は初日に行きましたが、限定プラモは僕の前で売り切れたとです。



おまけの登場人物補足

ラウ=ル=クルーゼ
変態仮面。

アデス
胃薬をこよなく愛するクルーゼの副官。

トール=ケーニヒ、サイ=アーガイル、カズィ=バークス
キラと同室の研究生。チキン。以下略。

ミリアリア=ハウ
キラと同じ研究室に所属する少女。東アジア連邦のおこした香港・台北事変で家族を失った疎開孤児。バイトしながら学校に通う逞しい女の子。フレイとも顔なじみ。

マリュー=ラミアス
北大西洋連邦の特務大尉。お酒と煙草とカフェインを愛する花の独身2○才。ショタ一号。


 

感想代理人プロフィール

戻る

 

 

 

 

代理人の感想

歪んでるなぁ(褒め言葉)。

特に、

>(・・・・・・やば、濡れる)

とりあえず、思いっきり笑うしかありませんよね!?(爆)