真霊
彼女の目に最後に焼きついた彼の姿は少年のような爽やかな笑顔
それはいつも皮肉屋で嫌みったらしかった彼女のパートナーには余りにも似合わず
そして、彼女が信頼した彼に何よりも相応しい別れの言葉だった。
あの騎士の得た答えは今回の召喚のみの儚い答え。
英霊と言う存在する現象となってしまった死者は変わることなど出来ない。
次に世界によって召喚された時には得た答えすら思い出されることは無い。
それでも遠坂凛は疑わない。
磨耗し擦り切れた彼の理想は、再び磨き上げられ、研ぎ上げられたと。
この聖杯戦争で彼が得た答えは遥か英霊の座に座する彼の本体にまで届いたと確信できる。
本来ならそんな事は在り得ない。でも、それでもそれは間違いないのだ。
彼は言ったのだから。
「俺もこれから頑張っていくから」
と。
その言葉は実行される。
弓騎士のクラスの癖に騎士らしい所は全く無かったが、それでもあれは決して違えられる事の無い誓いの言葉だ。騎士は己が宣誓を決して違えない。彼は果たすだろう。たとえ記憶に残らずとも。得た答えを胸の奥に秘め、再び理想を追う。永遠に続く守護者としての戦いの中で、決して叶えられる事は無いと誰よりもよく知りながらも、それでもその理想は間違いでは無いと。
だから、遠坂凛も誓いを果たさなくてはならない。
「私を頼む」
彼の最後の頼みに自分は約束したのだから。
‘彼’が自分を好きになれるように、己の幸せを見出せるように、その傍らで支えると。
そう彼と‘彼’は既に異なる存在だ。
根本は同一。それでも‘彼’は彼にはならない。遠坂凛がさせない。
‘彼’もまた彼が追った理想を追うだろう。何処までも愚直に、まっすぐに壊れた幻想を追う。
それが‘彼’。
それを妨げはしない。そんな彼に自分は惹かれたのだから。
それでも絶望は決してさせない。決して一人になどはさせない。
彼女の持てる全てに賭けて。
それだけで未来は変わる。変えてみせる。
英霊エミヤは生まれるかもしれない。他ならぬ‘彼’自身がその背中を追っているのだから。
だが、生まれる英雄はその背を追い越させて見せる。
理想を失わず、己を失わず、まっすぐに走る続ける‘正義の味方’にしてみせる。
金色に輝く朝焼けの光の中で遠坂凛は改めてそれを誓った。
その誓約をただ‘世界’のみが沈黙を持って受け止める。
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真霊
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「参ったわね。これは予想してなかったわ」
満身創痍の士朗を診ていた凛がそんな言葉をもらした。
「どういうことです? リン」
傍らで見守っていたセイバーが問いを発する。
此処は衛宮家。衛宮士朗の自室。
単身英雄王に挑みそして打ち勝った士朗は未だ眠りの中にある。
そんな彼を此処まで運んできたのは彼女だ。ある程度はその怪我の具合もわかっているつもりだった。
無傷の所など何処にも無い。放っておけば死に至り兼ねない程の傷を複数箇所に負っている。
だが、それはあくまで常人に言えることだ。
人並みはずれた回復力を持ち、治療が専門では無いとはいえ魔術師たるリンが診たなら問題ないレベル。
士朗の傷をそうセイバーは判断していた。
そこにこの言葉。如何に彼女とて不安になる。
「大丈夫よ。悪い意味じゃ無いから」
動揺が顔に出たセイバーをくすりと笑って凛が続ける。
「呆れたわね。もう治ってるわ。それも完全に」
「え?」
セイバーが固まる。確かに士朗の回復力は異常だが、それでも彼は人の身である。サーヴァントとは異なるのだ。そして人の回復速度には限界と言う物がある。
慌てて確かめると確かに凛の言う通りシロウの傷は完治していた。
否。完治と言うレベルではない完全に‘再生’しているのだ。傷跡すら残っていない。
「いくらシロウでも……これは異常では無いですか? 人の新陳代謝の速度を超えてます」
「だから言ったでしょ。参ったって」
そこまで言って苦笑した後凛は表情を改めた。
「貴方の言う通りよ。いくら士朗が魔術師と言ってもこれはありえないわ」
その顔は想い人を案ずる少女の顔では無い。真理を追い求める魔術師の顔。
「予想していなかったって言ったでしょ。これは治療魔術の領域なんかじゃ無い。完全再生。つまり‘不死’。第三法の紛い物クラスよ」
聖杯三家が一マキリが追い求めし‘不老不死’。士朗の不死性は紛い物とはいえその領域だ。
「なっ!」
今度こそセイバーは真に驚愕した。‘魔法’。神話の世界たる彼女本来の時間ですら失われた神秘だ。
「……心当たりは在るわ」
沈黙の後凛が口を開く。
「なんですか?」
セイバーの問いに答えず。凛は唐突に話を変えた。
「聖杯を破壊した時に、貴方の宝具を見たわ」
とっさに変わった話題にセイバーが反応する前に続ける。
「星が鍛えた伝説の聖剣。‘約束された勝利の剣’―エクスカリバー―。それを持つ英雄は……」
セイバーは答えない。
「円卓の騎士を従えしイングランド伝説の騎士王。アーサー・ペンドラゴン。それが貴方の真名。そうでしょう? ‘セイバー’」
静かな声で断じた凛にセイバーは穏やかな声で答えた。
「その通りです。リン。正確にはアーサーは王としての名。私の真名はアルトリア。アルトリア・ペンドラゴン」
そこまで言ってくすりと笑って続ける。
「リンは私のマスターでしょうに。名前の交換は契約の基本ですよ」
今まで忘れてたんですか? そんな表情で。
「……それ。アーチャーにも言われた……」
思わず落ち込む。まさか二度も同じ事をするとは。遠坂の呪いはこんな所まで届いている。
「まあリンのうかつさはともかく……」
さりげなく止めを差してセイバーが続ける。
「それがシロウの現状とどう関係するのですか?」
「……関係するのよ……」
まだ立ち直れないのか力の無いまま凛が答える。
「何故ですか?」
「貴方こそ解らないの?セイ……いえ、アルトリア」
ようやく立ち直って告げる。
「最初からおかしいとは思ってた。触媒どころか魔法陣すら不完全な強制召喚。それにも関わらず召喚された最強のサーヴァント。しかも、そのサーヴァントは二代続けて同一。こんな事……偶然の訳が無い」
「……どういう事です」
「シロウが貴方を召喚できたのは偶然なんかじゃ無い。触媒は……在ったのよ」
静かに凛が告げる。
「そんな……シロウは何も持っては居ませんでした。それは確かです。前マスターである切嗣の縁故では無いのですか」
「そう。その通りだと思うわ」
「なら……」
「なら聞くけど貴方の前のマスター衛宮切嗣は何を触媒として貴方を召喚したの?」
「それは……」
「失われた筈の聖剣の鞘。違う?」
セイバーの言葉を遮って告げる。
「何故、それを……」
第四次聖杯戦争の詳細は話してはいない。リンが知るはずはないことだ。
「これだけ条件がそろえばね。むしろ貴方が気がつかないのが不思議だわ。自分の宝具が目の前に在るのに気がつかないんだから」
「それは、まさか……」
リンが言わんとしている事に気がついたのかセイバーが絶句する。
「聖剣の鞘。伝説では持ち主に不老不死を与えるとの事だけど……。正確なところはどうなの?」
アーサー王を守護せし絶対守護宝具。それを失ったことからアーサー王の運命は破滅に向かったと言う。
「……リンの言う通りです。聖剣の鞘は真名を‘遥か遠き理想郷’―アヴァロン―。持ち主の身を外界たる妖精郷に半ば置く事により外敵はおろか時間の流れからすらも所有者を守りし絶対守護宝具」
「そう……第三法じゃなくて、どちらかと言うと第二法、妖精郷という平行世界への通路を開く門か。とんでもないわね」
一つの世界だけだが半身とはいえ送り込めるとは。同じ第二法である遠坂の悲願たる宝石剣に匹敵する。
「譲られたんでしょうね。衛宮切嗣から士朗へと。おそらくは十年前。死に瀕した士朗を助けるために」
十年前に現出した煉獄の中で
命以外の全てを燃やし尽くしてしまっていた少年を助ける為に。
衛宮切嗣は自らを守護する切り札を手放したのだろう。
そして何もかもを失った少年は命を取り留め‘衛宮士朗’が生まれた。
絶対の煉獄の中から自らを救った奇跡に憧れ、それを目指す存在が。
実現できなかった衛宮切嗣の理想を受け継いだ‘衛宮’の後継者が。
「聖剣の鞘は完全に士朗と一体化している。もうこの鞘は士朗の一部。極論するなら、此処にいるのは人という肉体を持った貴方の鞘と言ってもいいのかもしれない」
全てを燃やし尽くしてしまった少年。
記憶も意志も人格すら失ったもはや生きているだけの人型。
それに与えられた聖剣の鞘。
意志持つ剣―インテリジェンス・ソード―の伝説はそれほど珍しくは無い。
程度の差は有れ、使用者を選ぶ聖剣、魔剣は多い。
その極みにあるような最高クラスの宝具。聖剣の鞘。それが人の体を得た様なものだ。
魂を持ち、意志を持ってもさほど不思議は無い。
「シロウが……私の鞘……」
セイバーが呆然と呟く。
リンの言う通りだ。
何故気がつかなかった?
これほど強い縁を士朗との間に感じていたのに。
その身に纏う気配が懐かしい物である事には気がついていたのに。
「証拠はもう一つあるわ」
凛があくまで冷静に続ける。
「なんでしょう?」
「他でもない、聖杯崩壊後も貴女が現界出来ている」
「それは……貴女と言うマスターがいてくれるからでは……」
セイバーの現在のマスターは凛であり、魔力供給も受けている。
「確かにね。それも一因よ。確かに私はあなたに未だ魔力を提供している。でもね、その量は英霊を現世に繋ぎ止めるには十分なものじゃ無い」
遠坂凛は傑出した魔力量を持つ優秀な魔術師だ。
だが、それでも英霊を使い魔になどしようとしたならほとんど全ての魔力をその維持に回さねば成らない筈だ。他の魔術の行使など不可能なくらいに。英霊とはそれ程の存在である。
しかし、実際にはそれ程の負担は凛には掛かっていない。
それこそ少し強力な使い魔を使役している程度なのだ。
その理由が此処に在る。
「聖剣の鞘を持つアーサー王は不老不死。その伝説は生きている。士朗という鞘を得たことで貴女は死ぬ事も無く、老いる事もなく生きていく事が可能になった。私との契約はそれを現代と言う時代に留めるに過ぎない」
本来セイバーはこの時代の存在では無い。聖杯崩壊と共に本来の時間へ帰還した筈だ。
士朗という鞘と凛というマスターがいなければ。
第四次聖杯戦争の時は鞘はあったがマスターがいなかった。
聖杯の破壊で令呪を使い果たした衛宮切嗣は既にマスターではなかったのだから。
契約を凛が、その維持を士朗が行なって初めて彼女は現代に現界出来る。
「それを踏まえた上で私は貴女に問うわ。貴女のマスターとしてね」
「何をですか?」
「此処にとどまる事を、貴女は望む?」
マスターとの契約がなければ現代にはとどまれない。たとえ聖剣の鞘があったとしてもだ。
それは前回で証明されている。
凛との契約さえ解除すればセイバーは次なる聖杯戦争へ赴けるだろう。
もともと彼女は聖杯を求めし者。そのために英霊となるのを受け入れたのだ。此処に残っては聖杯を手に入れることは出来ない。それでもなお此処に残るか?
そう、凛は問う。
「はい。‘マスター’」
その答えは一瞬の躊躇も無く、一切の迷い無く。
「何故と聞いてもいいかしら?」
「……私は間違っていると‘彼’が言いました。私はその答えを知りたい。シロウは何時か‘彼’へと至る。その時にシロウは教えてくれる筈です。私が何を間違っているのかを。だから、私はシロウと共にありたい。何時か私に答えをくれるシロウと共に……」
セイバーが語る。それは真実彼女の心。だが、全てを語ってはいない。
「……ったく。素直じゃ無いわね。貴女は」
それに凛は気がついている。彼女が語らぬ彼女の想いも。
「まあ、いいわ。今はありがたくその言葉に甘えさせてもらうから」
彼を手放す気は凛には無い。勿論譲る気も。ただ、何時か託すならアルトリアがふさわしいから。
だから彼女は言葉を紡ぐ。
「セイバー、いえアルトリア・ペンドラゴン。契約を。貴女ともう一つの契約を私は望む。聖杯の寄る辺に従ってではなく、この私、遠坂凛の名に賭けて」
魔力による契約では無い。何の強制力も持たぬただの口約束。それで、十分だから。
「契約の内容は?」
アルトリアが問い返す。
「貴女が現界している限り、聖剣の鞘はその力を発揮しつづける。持ち主に、貴女と、そして、士朗にも加護を与えつづける筈。つまり、士朗もまた不老不死を得る。それは構わないわ。でもね、不死者という孤独の座に士朗を座らせる事は許せないのよ。私は」
彼を一人にする気は無い。決してだ。
「出来る事なら私も得たいところだけどね。不老不死は第三法の領域。遠坂たる私には手が届かない。だから、私がいなくなった後の士朗を貴女に頼みたいのよ」
アルトリアなら共に在れる。それこそ永遠に。世界が滅び。全ての不死者が死を迎えるその日まで。
「魔術師は死と隣り合わせに生きる。私もまた例外にはなり得ない。生ある限り、放すつもりも、譲るつもりも無い。私の生は士朗と共に生きる。その誓いは変わらないけれど……何時かは私にも死が訪れる。それでも、士朗は生きる。一人になんてさせはしないわ。私が死ぬその日までに、私は士朗を貴女のマスターに成り得る魔術師にしてみせる。貴女が何の制限も無く現界出来るほどの魔術師に。だから……」
続きは言わせなかった。
「解りました。リン。貴女がいなくなったその後は私がシロウを支えます。決して一人はさせません。剣と我が名において誓約します」
永劫を共に歩もう。叶わぬ理想を追い続けるだろう彼を支え続けよう。
アルトリア・ペンドラゴンの意志で。
遠坂凛の想いを胸に。
その時きっと彼女が求めた答えは得られているだろうから。
「契約成立ね。頼むわ。アルトリア」
「リンこそ。私の役目はまだ当分先ですから」
その日までは三人で生きていこう。その日々はその後の永劫を歩む上で何よりの糧となるだろうから。
その輝ける日々―Sunny Days―は絶望も虚無をも乗り越える糧となる。
そして、士朗は至るだろう。何時かは。あの赤い背中へと。
追いつき、追い越して進む筈だ。
決して辿り付けない理想を目指し。
それでもなお己を捨てる事無く。
戦い続け、成長し続ける筈だ。
その糧が彼の胸に残る限り。
世界と契約した英霊エミヤは生まれない。
たった一人で戦い続け、報われる事も理解すらされずそれでも満足して死んだ英雄は。
彼は決して一人にはならない。
その傍らにはアルトリアがあり、遠坂凛の想いが共に在るから。
誰よりも彼を理解している二人が。
それある限り彼の成長に果てなど無い。
絶望も虚無も無い。
そしていつか生まれるだろう彼に救われた人々によって語られる英雄が。
その時こそが真の英霊エミヤ誕生の時となる。
その決意を持って二人の契約は成った。
その結末は伝説が語る。
――何時か、何処かの戦場で
見渡せば視界に入るのは無限の剣。
墓標のごとく突き刺さった剣の群れの中に並び立つのは二つの人影。
その二人以外動く物はなく、生命の気配すら感じられない。
そこはまさしく剣の丘。
「……終わったかな」
赤い外套に身を包んだ少年が傍らの少女に声をかけた。
「ええ。既に戦気は感じません。此処での戦闘は終結させられたと判断します」
銀の鎧を纏った少女が答える。
手に持つ剣は既に不可視の鞘に収められていた。
「また……犠牲を出してしまったな……」
戦いは終わったが全てを救う事はやはり今回も出来なかった。
敵となってしまったものまでを救う事は出来ず、彼らが救おうとした人々にも犠牲者が出た。
「戦いです。多かれ少なかれ犠牲はでる。敵、そして味方にも」
「ああ」
そんな事は解っている。
数々の戦場を越えてきた。
全てを救いえた事など一度たりとて無い。
「それでも……俺は……」
「それでも、貴方は」
少年の言葉に重ねるように少女が語り、続ける。
「救いたいのでしょう? 一人でも多くを。可能ならば全てを」
その青い瞳には確信の光。彼の心など解っているのだ。
「ああ」
少年の答えは揺るがない。何時ものように。
「なら、迷う事は在りません。救って見せましょう。今度こそ」
「ああ」
百を救うために十を犠牲にしてしまった。なら、今度は一の犠牲に留める。そしていつかは零にまで。
必ず。
それこそが彼の理想。
戦い終えるごとに何度も繰り返した問答。
その答えは今日も変わることは無い。
何時もならこれで終わりだった。
「……なあ、アルトリア」
「なんです。シロウ?」
不意の問いかけにアルトリアが答える。
「昔、凛に聞いたんだ。‘あいつ’の最期を。多分……此処だったんだろうな」
シロウが胸に掛かった紅玉石のペンダントを握り締めながら言った。
凛が語った‘彼’の最期。
その光景にこの戦場は一致しすぎていた。
夕日に染め上げられた赤い空。
並び立つ無限の剣の墓標。
それは嘗て遠坂凛が語った‘剣の丘’そのものだった。
「……でしょうね。でも、貴方は生きている」
アルトリアが断じた。
「そう。アルトリアがいたからな」
それは‘彼’の最期には無い要素。
彼の背を守る存在。心を支える想い。
「私だけでは在りません。貴方も変わっている筈です」
「外見か?」
聖杯戦争を境に不老を得たシロウは少年の姿のままだ。
戦いつづける中で手に入れた聖骸布製の外套こそ纏ってはいるが、鎧などつけていない。何より彼の髪は嘗てのように赤く染めてこそいないものの漆黒であり、銀では無い。肌の色も褐色ではなく肌色だ。
「それもあるでしょうが……何より中身が」
「そんなに変わったかな? 俺」
「はい。私が保証します」
今の彼には確固たる‘己’がある。
自らを保ったまま此処にいる。
だから世界は未だ沈黙しているのだ。
英霊に至るほどの力を身につけた彼に契約を持ちかける事無く。
今の彼なら自らを差し出そうとはしないから。
それこそ遠坂凛が生涯かけて成し遂げた物。
アルトリア・ペンドラゴンが引き継いだ物。
赤い騎士との誓約が守られたことの証。
それを自覚していないのが彼らしい。
昔のように当たり前のように誰かを助けようとしながらも、それでも自分を疎かにはしていない。
それを完全に無自覚に行なっている。
「貴方は貴方のままで、嘗てより強くなっていますよ。シロウ」
アルトリアが告げる。微笑みながら。
今の士朗はあの赤い騎士を既に超えている。
自らの理想の姿を知りそれを目指して修練を続けた彼は自分でも気がつかぬうちにその理想を超えている。
遥かに高い山の頂きを目指した彼は今それを超え、天にまで至らんとしている。
それが嬉しく、誇らしい。
「そうか……アルトリアが言うのならそうなのかもな……」
「はい。間違いありません」
シロウの言葉に確信をもって答える。
それを聞いてシロウは嬉しそうに微笑んだ。
「師の言葉なら信用してもいいか」
笑いながら答える。
「む。あくまで心の持ち様についてです。剣についてはまだ……」
甘いところがある。そう説教しようとしたアルトリアをシロウが遮った。
「今日は疲れた。帰還しよう」
「シロウ。ごまかしてませんか?」
アルトリアが半目になって指摘する。
「いや。実はもう食料が残り少ないんだ。下手すると一、二食抜かないといけないかも知れない」
シロウの言葉は事実だ。
戦場でまともな食事など不可能である。
必然的に携帯食料に頼る事になるのだがそれの残りも後僅か。
その効果は絶大だった。
「何をしているんです。早く帰還しましょう」
アルトリアは既に歩き始めている。
近くの町まで2日は掛かるのだが、半日で戻ってしまいそうだ。
携帯食ですら雑極まりないのに……それすらなくなるなど……
許せる筈が無い。
ガッシャ、ガッシャと鎧を響かせながら凄まじいスピードで歩き去る。
鎧は消した方が身軽になるのではなかろうか?
シロウがそう思っていたところ
「何をしているんです! 置いていきますよ。シロウ」
騎士王の声が飛んで来た。
口調は拒否を許さぬ命令。さすがはアーサー王。
逆らう事など出来る筈も無くシロウは慌ててアルトリアの後を追った。
「マスター……俺なんだけどな……」
使い魔に命令されなれているマスターというのも稀有の存在だろうな。
そんなことを考えながらもそれでも嬉しそうに。
それこそが彼らの日常なのだから。
笑い合って、支えあって生きていく。
嘗て過ごした輝ける日々を胸に。
荒野を目指した少年は
二人の少女の思いを受けて
何時か世界の果てまで辿り着く。
遥かな未来
ある英雄の伝説が語られる。
足掻きつづけた英雄の伝説が。
その英雄は数多の戦場をかけ、不敗であったにも関わらず、ただの一度もその理想を完遂できなった。
それでもなお彼はその理想を追い続けたと言う。
彼の所持する宝具は三つ。
自身の操る大禁呪。
彼の傍らに絶えず在る彼の使い魔にしてパートナーたる剣霊。
そして、その胸にある紅玉石のペンダント。
その詳細は不明だ。彼は自らのことは語らなかったから。
ただ、彼に救われた人々は彼を評してこう呼んだ。
「正義の味方」と。
彼が目指した理想の名で。
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後書き
………つい、やってしまいました。
手に入れてからはまり込んで世界に浸りきってしまったとはいえ勢いで……
難度が高いのは解っていたのに……
そんな訳で、すいません。
ナデシコ以外を書いたのは初めてです。
想像以上に難しい。「奇跡」を書いた時と同様の心境です。
自分で見直しても甘い所が幾つも……
発表しないほうがよかったかなあ。
場違いかもしれませんがご容赦を。
プレイ後の感想が動機です。
「Fate」終わった時は余りに綺麗な終わり方にセイバーグッドエンドは不要だと思いました。
しかし、「UBW」凛グッドエンドを見て考えが変わりました。
……特に理由も無く聖杯なしで現界させられるんならセイバーグッドエンド作ってやれよ……
いや、ハッピーエンドにケチつけるわけじゃ無いんですが、それじゃ「Fate」の士朗があんまりだと思えまして…… 不可能ならまだ諦めもついたんですが。
というわけで聖杯なしで現界させられる理由をひねり出してみました。
それでもって凛グッドエンドからのセイバーグッドエンドを目標に書いてみたんですが……
難しい。どうもしっかり本筋が定まらない。ラストの締めもいまいち。
世界に慣れてないからなんですかねえ……
自分の未熟を思い知りました。
ちなみに私は通常版しか持ってません。つまり、設定集たるサイドマテリアル見たこと無いです。
月箱は持ってますが、空の境界は読んだ事がありません。
というわけで世界設定がかなり甘いです。その辺の間違いは甘く見てやってください。
許せん、という方はご指摘ください。全面的に受け入れますので。
やっぱり主人公の士朗が強くなる……SSとしては拙いんですが……
凛ルート後の士朗はアーチャーを何時か越えるだろうなと思います。
理想を成長の限界点にはしないでしょうあの士朗なら
書いててそう思ったので、つい……
本当はラストにもうちょっとセイバーエンドらしくしようと思ったんですけどね
ほのぼので落ちました。思ったとおりに動いてくれない……
何エンドに見えますか?
削ったエピソードが一つともう一つ見つけた矛盾がありますが書くかどうかは解りません。
浮気してないでナデシコの方も書きたいですし。
……そもそもナデシコのネタが尽きて苦しんでるところにはまり込んだのが原因で……
と言うわけで次回は未定です。
ありましたらまた次回作にて
乱文失礼いたしました。
代理人の感想
一応、セイバーグッドエンドには見えますね。
もっとも凛が士郎の心の中から消えることはないでしょうから、ある意味で完璧なフタマタグッドエンドと言うほうが正確かも。
ちなみに、私も凛グッドエンドのセイバーには脱力した口でして。
あれじゃあんまりセイバーの存在が軽すぎようというものです。
と言うわけで同じ不満をもったものとして、今回の作品は楽しませていただきました。
で、最後にふと、思いましたが。
満たされないままに満たされたFate トゥルーエンドと、満たされるままに満たされたこの作品と。
ある意味では好対照になってるかもしれませんね。