とらいあんぐるハート    〜神滅しの刃〜 










  

<序章/序説>   逢津の峠











 ―――まずは、全ての始まりから話そう。

 ―――事の起こりは千年前。

 ―――貴族が栄華を誇り、享楽に溺れていた時代。

 ―――逢津おうつたわと呼ばれる山の、とあるたにから・・・・・・・・・









 ・・・・・・その日は、雪が降っていた。

 ・・・・・・冷たい、冷たい、真冬の雪が。




 吹雪くような雪の中を、一人の男が歩いていた。

 その腕に、一人の少女を抱きかかえて。


 「・・・・・・おい、しっかり掴まってろよ?

 お前は軽すぎて、落っことしても気が付かねェんだからよ」


 「・・・・・・・・・・・・」


 男は自分の胸元に顔を埋める少女に語りかけるが、返事は無い。

 元より、返事を期待している訳でもないのか、男に気にする様子は無かった。


 「ほら、もうすぐ渓だ。水浴びは出来ねェだろうけどよ、

 もしかしたら、何か面白いモンが有るかもしれねぇぞ?

 お前の好きな蛍とか、季節外れにも飛んでたりしてな」


 「・・・・・・・・・・・・」


 少女からの返事はやはり無い。

 力無く垂れ下がった手が、ゆらゆらとあてども無く揺れていた。

 男は、その手を抱きかかえた少女の膝の上に乗せて、

 そっと、少女を抱き直した。


 ―――まるで、眠っている少女を起こさないように・・・・・・


 ふと見えた少女の寝顔は、悲しくなるほど美しく。

 涙が出るほど、白かった。


 ―――まるで、真冬の白化粧のように・・・・・・


 触れた肌は、寒気がするほどきめ細やかで。

 嗚咽がでるほど、冷たかった。


 ―――まるで、降り積もる雪のように・・・・・・


 「・・・ッ!?」


 ガクッと、男の足から力が抜けた。

 見れば、男の右足は大きく切り裂かれそこは最早、紫色に変色していた。

 振り返ってみれば、男の歩いて来た道に点々と、紅い足跡が伸びていた。

 男はそれを何処か醒めた目で一瞥すると、切られた足を引きずりながら歩き出した。

 少女を優しく、抱きしめながら。














 「ほら、着いたぞ」


 男は優しく、腕の中の少女に告げた。

 雪で、少女のように真白に化粧した、渓川が流れていた。


 「相変わらず、面倒な処にありやがるぜ、なぁ?」


 一人言のように少女に問いかける。

 答えが返ることなど有り得ないと判っていながら、

 それでも男は、少女に語りかける。


 「ハッ何も変わってねェな、おい

 もしかして、俺たちが前に来たのが最後だったんじゃねェか?」


 廻りを見回しても、彼等以外の人間の気配はしない。

 それどころか、獣の居た形跡すら無い。

 男は暫くの間、少女を抱きしめたまま雪の中に立ち尽くしていた。

 まるで、その景色を自分の瞳に焼き付けるかのように。


 「・・・・・・・・・・・・」


 しばらくして、男はおもむろに少女を雪の上に置いた。

 そして、川辺に素手で穴を掘り始める。


 「・・・・・・ここに、埋めてやるからな?

 お前が一番好きだった、あの花が咲いていた所だ」


 くすんだ銀色の髪をした。

 雪のように白い少女を埋める穴を掘る。

 冷たさにかじかむ指を気にもせず。

 感覚すら失くした足を意識もせず。

 ただ、少女が眠る為の穴を掘った。


 「・・・・・・なぁ、おい」


 ひたすら無心に穴を掘り続けた手を、不意に止めた。


 「お前、どうすんだよ?

 墓を掘ろうにも、よ・・・・・・・・・ッ」


 声にならない。

 突然込み上げてきた何かのせいで、それ以上が言葉にならない。

 とうの昔に枯れ果てたと思っていた涙が、

 とうの昔に錆付いたと思っていた涙腺が、

 音も立てずに溢れ出した。

 音も立てずに削ぎ落とされた。

 喉で押し殺した嗚咽に混じり、尋ねる言葉は震えていた。


―――お前、名前が・・・・・・―――




 ――ゴォォォォォォォ・・・・・・・・・!











 降りしきる雪は、その勢いを増す。

 男も少女も呑みこまんと、激しく荒ぶる。

 まるで、二人の存在など始めから無かったとでも言うように。

 男が周りを見回しても、全てが白に覆われていた。

 男は僅かに唇を噛み、少女を抱きしめた。

 眠るような姿の少女を、決して見失わぬように。

 泥で汚れた掌で、

 他者の血で汚れた掌で、

 せめて、これだけは失わぬようにと。

 強く、強く、少女の躯を胸に抱いた。













―――シャリィィィィ・・・・・・・・・ンッ





 何故か、そのとき見えた少女の髪飾りが。

 灰色の髪を結っていた、朱色の糸が。

 光り輝く、『銀色』に見えた。


 (・・・・・・あなただったら、何を願うの?)


 いつか少女に聞かせた、噂話を思い出した。


 (・・・・・・あなたなら、何を願うの?)


 遠い、どこか西の果、そこから伝わってきたと云う御伽噺。


 (・・・・・・あなただったら、何を望むの?)


 どんな願いも、どんな望みも、どんな夢も叶えるという―――


 (・・・・・・あなたなら、何を望むの?)


 「そうだな、俺だったら・・・・・・」


 ポツリと、口から出た言葉。

 寒さで意識が朦朧とし、血を流しすぎたために白濁した思考の中で、

 口から溢れ出た、そんな言葉。


 「もしも、本当に俺のような人間に来世ってモンが有るならば、」


 ―――まるで、何かに願うように


 「本当に、どんな願いも望みも叶うなら、」


 少女を腕に抱きながら。

 ―――まるで、何かを望むように


 「今度こそは、失わないように。今度こそは、泣かないように」


 ひどく、穏やかな、愛しげな瞳で、少女の顔を眺めながら。

 ―――まるで、何かを夢見るように


 「神も仏も関係なく、地獄の閻魔も脅せるほどの――――――」


 ゴゥッ!!と、一際強い風が何もかもを吹き飛ばしていく。

 景色も、声も、人の命も。


 ―――まるで、男の願いを邪魔するように。


 しかし、声は確かに響いた。

 世界を、『糸』を震わせた。


 ボウッと、まるで蛍のような光が、優しく男と世界を包み込んだ。


 光の収まった後には、二輪の花が咲いていた。



















―――・・・・・・其れは、遠い異国のから伝わった御伽噺―――


 ―――どんな願いも、どんな望みも、どんな夢も叶えるという―――





―――『銀の糸』の御伽噺―――















 ・・・・・・冷たい冬の風に、空まで凍り付きそうだった日のこと――


 ・・・・・・白い世界に抗うように、白と黒のアヤメの花が咲いていた日のこと――





...... to be continued 




あとがき

 はい、国広です。

 いや、家からプロットが出てきててんやわんやのウチに書き上げたものです。

 はっきり云って、このプロット、この作品の根源をなす物で、

 大幅な流れとか、設定とか、殆んど前作とは別物です。

 とらハ3である事は間違いないんですが。

 では、また次回。












 今回のクロス PCゲーム『銀色』