Torururururu!Torururuurururu!Torurururururuu!



――――もしもこの世界が、すべからく運命に隷属する偶然の如き必然の結果で有るならば――――





 『はい、もしもし『喫茶・翠屋』です』



――その必然から零れ落ちた、何の伏線も、何の必然も無い、セカイすら見逃すような小さな偶然――





 『デリバリーサービスですか?場所によってはご了承致しかねますが……』



――――そんなモノが有ったとしたら――――





 『あ、はい。そこでしたらギリギリ範囲内ですよ』



――――それはきっと、何の力も持たない無力な何かか――――





 『はい、わかりました……では直ぐにお伺いいたしますね』



――――或いは――――





 『では、ご注文は?』



――――台本ストーリー配役キャストが決定してしまった物語を、問答無用で書き換えてしまうような――――





 『はい、わかりました『翠屋特製、シュ−クリーム』と『ジャンボパフェ』ですね?』



――――舞台すら破壊する最高の『運命破綻者トリックスター』――――





 『では、ご住所のご確認を……』



――――そんな取って置きの何かなのだろう――――





 『冬木市の、藤村様ですね?はい、承りました』





















――――かくして、運命の物語は、異端を巻き込んで開幕する――――























とらいあんぐる ハート

〜 天の空座  運命破綻篇 〜 




  

<第一幕 / 新月> 冬木市に進路を取れ














 喫茶・翠屋

 『高町 桃子』が経営する、海鳴一の人気店。

 特に特製シュークリームは、何度か地方紙面を賑わせたほどだ。

 最近ではデリバリー・サービスもやっており、極端に遠くでない限り配達もする。

 その人気は女性ばかりだけでなく、男性客にも人気を博している。

 もっとも、その男性客の約六割が美女、美少女(希に美幼女)目当てに来るのだが、やはりその後は味に引かれこの店にやって来る。

 余談では有るが、この『翠屋』では凄まじく運が良かった場合、この店の店員の一人である美由希嬢の母君にして、我々が敬愛する黒髪の未亡人、『美沙斗様』。

 或いは、今は亡き『世界の歌姫 ティオレ・クリステラ』の実の娘にして、僅か二年で世界のトップシンガーに登りつめた『光の歌姫』の異名を持つ『フィアッセ・クリステラ』が店員として働いている姿が見られる。


 現在では、店員一人一人の固有のファンクラブまで存在しているほどで、思いを寄せてくる者も少なくはない。

 告白を決行した勇者も少なからず居たが、今のところただの一人も成功した者は居ない。

 因みに、告白を断るときの台詞は決まって「好きな人が居るから」だそうだ。

 ファンクラブの調査により、この全員の「好きな人」が同一人物で有ることは公然の秘密となっている。




 

―― 風芽丘学院 非公式新聞部 「美沙斗様を想い忍会」より抜粋












 カラン、カランと軽い音を立ててドアが開かれた。

 そのドアの向こうで、栗色の髪を頭の左右で括った中学生程の少女が出迎える。



 「いらっしゃいませ、『翠屋』へようこそ……って、なんだお兄ちゃんか」


 「なのはよ、大学から帰った兄にその台詞は無いのではないのか?」



 営業スマイルから一転、キョトンとした表情で『高町 なのは』は店の中に入って来た人物を見た。

 その人物は、低く落ち着いた声音の中に、微妙に哀愁を漂わせなのはに言う。


 美貌と言って良いほど整った顔立ちを、黒髪 黒瞳が飾っている。

 百八十センチほどの長身だが、バランスが良く、モデルのように均整の取れたスタイル。

 若者風の黒いシャツに、黒いジーパンを穿いてはいるが、醸し出す雰囲気は老齢のそれである。

 怜悧で淡々とした鋭い瞳をしているが、そこにはひどく優しげな光が灯っている。


 現在、大学二年生の高町家長男、『高町 恭也』であった。



 「あははは、ごめんお兄ちゃん。

  あ、そうだ。さっきおかーさんが探してたよ?」


 「む、かーさんが?」


 「うん、多分お店の奥に居るから聞いてきたら?」



 恭也にそれだけ伝えると、なのはは注文を取りにテーブルへと歩いていく。

 恭也はそれを見送ると、手荷物をレジの下に置き奥へと入っていった。

 調理場に入り、辺りを見回す。

 しかし探す人物の姿は無く、替わりに流し台で青と翠の髪がお互いを小突き合っていた。



 「おら、カメ。もうちょっとあっちで洗えよ」


 「うっさいで〜おサル。どこで洗おうがウチの勝手やろ」



 ぎゃぁーぎゃぁーと騒ぎながらも、不思議と丁寧に洗われていく皿を見ながら恭也は小さく嘆息した。

 この二人、―――『城島 晶』と『鳳 連飛』は、『ケンカするほど仲が良い』を地で実践しているのだが、如何せん、時と場合を考えない事が多い。

 現在も仕事中だというのに、罵声の応酬が飛び交っていた。

 普段ならなのはが仲裁するのだが、つい今しがた注文を取りに行ったばかりだ。

 そうする間にも、二人の声が大きくなっていく。



 「こぉ〜んの緑ガメが!!調子に乗るな!『孔破・改』!!」


 「はん、サル如きのノロマな攻撃が当たるかい!これでも喰らっとき!!」


 晶の習得している『明心館空手、巻島流』の奥義である『孔破』。

 それをさらに発展させた『孔破・改』を躊躇い無く放つ晶の拳を、レンは洗剤でぬめった掌で滑らして逸らす。

 さらに体勢を崩した晶の懐に飛び込み、寸勁を喰らわそうとして、



 「―――そこまでだ」



 何時の間にか至近距離まで来ていた恭也に、拳ごと取り押さえられた。



 「うおぉ!?」


 「お、お師匠……、か、帰ってらしてたんですか……」



 恭也の突然の乱入に二人とも驚き、次いで気まずそうに顔を見合す。

 ただ握り締められた自分の拳を見て、二人とも僅かに紅くなった。



 「ふむ、……バイトとはいえ、仕事中にケンカとは。

  二人とも、偉くなったな」


 「あ、その、えっと………」


 「これは、えーと、何と言いますか………「ごめんなさい」」



 恭也の冷ややかな皮肉に、口元を引き釣らせる二人。

 とっさに言い訳しようとするが、恭也の瞳に射竦められ結局頭を下げた。

 恭也はそんな二人に小さく溜め息をつき、とりあえず探している人物の事を聞いた。



 「まぁいい。それより、二人ともかーさんを知らんか?

  なにやら呼ばれていたらしいのだが」


 「へ?桃子さんですか……あぁ、それなら―――」


 「―――さっき、新しいシュークリーム焼いとりましたから。

  多分、オーブンの方やないかと」



 息の合った声で、調理場のさらに奥の方を見た。

 恭也も二人の視線に釣られるように、そちらの方を見遣る。


 そして、そこからは確かに人の気配がした。



 「……なるほど、分かった。

  あぁそれと、ケンカは程ほどにするように」



 二人に釘を刺す事を忘れず言い置いて、恭也はそちらに進む。

 行った先には大きめの業務用オーブンが有り、その中を覗き込むように栗色の髪の女性が覗き込んでいた。

 どう見ても恭也と同年代にしか見えないこの女性を見るたびに、恭也は何かやりきれない思いを抱くが、取り合えずその感情を無視してその女性に声を掛ける。


 「かーさん・・・・、今帰った」


 「へ?あ、恭也、お帰り〜」



 やはりどう見ても十代後半、見えても二十代前半の女性『高町 桃子』は、息子の声に反応して笑顔で振り向いた。



 「うむ。で、なのはに聞いたのだが、己を探していたらしいが?」


 「あ、そーだ、丁度よかった。

  恭也、あんた今からちょっと一っ走りデリバリーしてきてくれない?」


 「む?別に構わんが、美沙斗さんはどう……

  ああ、そうか、昨日から美由希と一緒に『警防隊』の訓練に行ってるんだったな」



 恭也が思い出したように言う。


 正式名称『香港国際警防隊』。

 世界最強と謳われる非合法組織ギリギリの合法組織。

 「法の守護者」とも呼ばれ、法を護るためなら法すら犯す、最悪の警察組織でもある。

 完全実力主義の団体で、現在美沙斗は『龍』討伐のためこの組織に籍を置いている。

 最近はその実践訓練のため、美由希も同行させるようになっていた。



 「うん、しかも今はフィアッセもツアーで居ないし……

  だから足が有るのは恭也だけなのよ。

  学校帰りのトコ悪いけど、おねがい」



 両手を合わせて、可愛らしく首を傾げる。

 義理とはいえ、母にそんなまねをされても恭也は別に心動かされない。

 が、やはりそんなまねが似合ってしまう母にもの悲しいものを感じつつ、恭也は黙って頷いた。








 一度家に帰り、自分の愛車に乗り換えて翠屋まで戻る。



 「あ、恭也。……って、やっぱ何度見てもこのバイクすごいわねぇ〜」



 『翠屋』の玄関口で待っていた桃子が、恭也の乗ってきたバイクを見て、呆れたような声を出す。

 恭也もその事を分かっているのか、ヘルメットを外した顔は苦笑を浮べていた。


 ―――異様なバイクだった。

 ドラッグレーサー使用の、巨大な車体。

 中央に取り付けられた剥き出しのエンジンは、確実に1600ccを超えている。

 無骨でありながらも人を圧倒するその姿は、何処か気品を漂わせる。

 何より見る者を引き込まずには居られないその真紅クリムゾンレッドの塗装が、このバイクの異様さをさらに際だたせていた。


 恭也が最近何処からとも無く手に入れてきた愛車、【セキト】。

 あらゆる種類の乗り物免許を習得していた夫の影響からか、そこそこ乗り物には詳しいはずの桃子ですら見たことの無い凄まじいバイクだった。

 そこらいらの人間では、乗りこなすどころか少し飛ばすだけで確実にカーブを曲がりきれなくなる。

 恭也ほどの筋力が有るからこそ、乗れる物であった。



 「そう言うな、乗りこなせればこれ以上良いバイクもないぞ?」



 恭也は気軽に言うと、桃子から注文の品の入った箱を受け取る。

 再び黒のフルフェイスのヘルメットを被り、エンジンを噴かす。

 車体に似合わない小さな排気音が響き、しかしそのエンジンは歓喜を上げるように凶暴に車体を揺らす。



 「注文は『冬木市』って所の藤村さんて方。

  住所はこの紙に書いてあるから、間違えないでね」


 「了解、じゃあ行ってくるよ『店長』」


 「はいはい、雨が降るそうだから気をつけてね、『副店長』さん♪」



 恭也がグリップを握り込と、バイクは待ってましたといわんばかりにその速度を一気に上げた。

















 あの日、恭也が己の過去と力を受け入れてから二年が過ぎた。

 その時出合ったかの老人を師とし、修行という名のイヂメや無理難題に耐え、様々な技術を習得した。

 それだけでなく、最早治らないと言われた膝が完治し、自分の能力すら使いこなせるようになった恭也は剣士としても格段に上達した。

 しかし、恭也は父と同じ道を選ぶ事も、美沙斗のように『警防隊』に入る事もせず、『翠屋』に就職した。

 周りは心底不思議がり、美沙斗や美由希は熱烈に『警防隊』に誘い、リスティも自分の職場に誘ったが、恭也が「皆の帰る場所を護るのも、己の仕事だ」と言って納得させた。

 ただ、剣士としての仕事はリスティや美沙斗が一回契約ごとに持って来て、恭也はそれを副業としてやっている。

 本職より副業の方が儲かるのも考え物だが。

 他にももう一つ、誰にも秘密の“本業”が有るのだが、それは後に説明しよう。


 ともかく、現在の恭也の肩書きは『喫茶・翠屋 副店長』なのだった。












あとがき

 と、云う訳で、「運命破綻篇」です。

 新月と書いてプロローグと読みます。

 えらく短いのですが、まぁ許してください。

 では、また次回。


 

 

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代理人の感想

どれだけ離れているか知らないが、となりの市まで出前してるのか、凄いなー(笑)。