それはとある春先の、日暮れに起きた出来事だった。

 人通りの無くなった、河川沿いの通り道。

 その道を、未だ中学生くらいの少女が必死の形相で走り抜けていた。



 ―――汗が額を滴り落ち、荒い呼吸が未だ冷たい空気を必死で貪る。

 全力で駆け抜けた足はガクガクと震え、どうかすればそのまま止めてしまいそうだった。

 だが少女は、今ここで足を止めるわけにはいかなかった。

 何故なら―――


 ―――グシュ、グシュ、……


 不意に少女の背後から聞こえた音に、彼女は呼吸を止めたように体を強張らせる。

 その音はまるで、腐った果物が潰れているような。

 或いは、グチョグチョに濡れた靴で歩いているような、そんな音。


 振り返るわけにはいかない、しかし振り返らずには居られない。


 そんな思いに駆られて、少女は走りながら後ろを振り返った。



 「―――ヒッ!!」



 

―――黄昏時は、逢魔ヶ時。

 人ではない者が、何処より迷い込む時間―――




 日が暮れ、暗さと明るさが入り混じり、遠くが霞れて見えなくなった道の向こう。

 そこに瞳を真っ赤に染め上げたなにか・・・が、その瞳を不気味な笑みに歪めていた。



 (―――妖魔ッ!)



 少女は知っている。あのような存在が、何と呼ばれるのかを。


 ―――妖魔。

 それは人に憑き、人を否定し、人を喰らう化ヶ物どもの総称。

 しかし本来なら、唯人が知るはずも無い存在。

 だがこの少女は唯人ではなかった。

 遥か古の時代から、こういった物どもを滅ぼすために生み出された『退魔の一族』。

 その宗家の筋に当たる人間なのだから。


 ――だが、少女はその存在を相手に、なんら出来ることはなかった。

 何故なら彼女は、その宗家の筋に生まれながら、その才能を一切持たず生まれてきた“出来損ない”だったのだから。



 (く、喰われちゃう…ッ)



 なりふりすら構わず、全力で駆け出す。

 体内で“氣”を練り上げ、螺旋を描かせながら脚部で開放する。

 才能が無いとはいえ、それは退魔に限ったこと。

 修練によって手に入れた身体強化で、この場から離脱しようとする。

 だが―――


 ―――ガシュッ!!



 「……、あ?」



 突然背中を襲った衝撃と灼熱感に、思わず前のめりに倒れてしまう。

 そして、地面に倒れ込んだと同時に体を襲う、激痛―――。



 「あ、嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼ああアアアアァアアアァァ!??!!!」



 絶叫を上げながら振り向くと、其処には歪んだ笑みを浮かべる、見るもおぞましい化ヶ物の姿。

 いくら“氣”で身体を強化したとはいえ、逃げ切れるわけが無い。

 妖魔は基より、それに倍する力を擁している。

 その上、二年前に起きた【開門】の影響で、妖魔や元々この世界に居た幻想種は力を増しているのだ。

 妖魔を相手に互角の力を発揮できる“人間”などは、本当にごく限られた者のみ。


 妖魔が、その巨大な顎をガバリと開く。



 (ここで、こいつに喰われて終わり……?)



 激痛の混じる思考の中で、無様な人生だと思った。

 結局、自分は何の才能も持たない出来損ないのままで、一矢報いることも無く、妖魔に喰われて終わる。

 そう思うと絶望すら感じず、胸中にあるのは諦観にも似た納得。


 どこか壊れた笑みを浮かべながら、少女は自分に迫るその牙の群れを見つめて。


 ―――唐突に、その牙の群れが視界から掻き消えた。



 「―――え……」



 思わず、間の抜けた呟きが漏れた。

 彼女の視界から、突然牙の群れが消えたこともある。

 しかしそれ以上に彼女を呆けさせたのは、その代わりのように現れた存在を見たためだ。



 「……大丈夫、――では、なさそうだな。

  動けますか?」



 そう問いかけたのは、ランドセルを背負った・・・・・・・・・・少女より年下の男の子だった。

 まだ小学校の高学年になったばかりであろう幼い体躯に、半ズボンと緑の上着の私服姿。

 頭には黄色い学生帽を被っている。

 少女よりも小柄なその顔には、まるで似合わない無骨な黒眼鏡を掛けていた。


 そんな男の子が腕を振りぬいた体勢のまま、その黒眼鏡越しに彼女のことを見下ろしていた。



 「取りあえずアレを始末しますから、少し待っていて下さい」



 丁寧なのに淡々と、ぶっきらぼうとも取れる声音でそう言うと、男の子はいつの間にか河川側に落ちていた妖魔へ向かって歩いていった。



 「え、?あ、ちょ……」



 ――ドゴ、バギッ、ドスッ、ゴガッ!!


 少女が止める間もあればこそ。

 まるでサンドバックをタコ殴りにするような鈍い音が、黄昏時の河川敷に響き渡った。

 痛む体で上体を持ち上げると、先ほどまで少女を襲っていた妖魔が、いままさに男の子に滅多打ちの刑に処されていた・・・・・・・・・・・・・



 「は?」



 顎が外れるような気持ち、というのを生まれて初めて実感した少女。

 彼女が持っていた現実というものを遥か後方に置き去りにして、人間が妖魔をリンチする・・・・・・・・・・・という光景が繰り広げられていた。


 やがて妖魔の動きがなくなると、少年はゴミでも捨てるように妖魔を投げ捨てる。

 と、同時にその妖魔の姿が、ドロドロと溶けるように消えていった。



 (……妖魔を――撲殺した・・・・!?)



 あまりの不条理に、思考が停止する。

 そんな少女を気にもせず、男の子は汚れを払うように二・三度手を払う。



 「とらあえず病院に行って、怪我を治したら暖かい物でも食べてゆっくりしたほうが善いですよ。

  ……必要なら、救急車を呼びますけど?」



 まるで表情を変えず、しかし声音には何処か気遣わしげに男の子が言った。



 「へ?………、あ、はい、お願いします」



 ロクに回っていない頭でそう言う少女。

 そう言った男の子は、しかし一向に動こうとはしなかった。



 「あ、あの、何か?」



 年下の男の子に、思わず丁寧語で話しかける少女。



 「―――名前は?」


 「へ?」


 「ですから、貴女のお名前は?」



 「あ」と、ようやく理由が分かった少女は、慌てたように答えた。



 「わ、わたし、『神凪 春麻かずま』といいます。

  あ、あの、貴方は?」



 明らかに年下の男の子に、もはや完全に丁寧口調。

 しかもそうすることに、彼女自身全く違和感を感じなかった。



 「俺の名前は―――」










土見 、 稟―――。

















 とある、春先の出来事だった。







SHUFFLE! on the mix days

〜 The throng of ruin  幼獣咆哮篇 〜 



< 第一楽章 / 第一節 > 幼い【獣】の入場曲イントロイト















 ぎらぎらと照りつける太陽の下。

 アスファルトから立ち上る熱気を初夏の風がたなびかせ、照りつける太陽の暑さを少しは軽減してくれる。

 そんな夏のとある日。

 ここ光陽学園付属小学校は、明日からの夏休みのため早く家路に着こうという子供たちで溢れていた。

 海へ行こう。山へ行こう。家族と一緒にハイキングに行こう。

 陽気で楽しげな会話が聞こえる。

 土見 稟もまた、そんな級友たちの会話を横に聞いていた・・・・・



 「―――コラァッ!!きいてんのか!?テメェ!!」



 子供たちの未だ声変わりの終わらない声を掻き消すように、変声期の終わったダミ声が耳に喧しく響く。

 稟は、ハァ……と小さく溜息を吐き、自分の前方を含めた周囲に意識を向ける。

 稟の黒眼鏡越しの開かない視界・・・・・・には、彼の周囲・百八十度が満遍なく映し出されていた。

 そしてそこには自分を中心として、小学生・中学生合わせて十七・八人程の人間が集まっている。


 稟はもう一度だけ小さく溜息を吐き、取りあえず用件を―――肌に突き刺さるような敵意と、これまでの経験から大体察しは付いているが―――訊いた。



 「それで、先輩方。ご用件は何ですか?」


 「ああ!?用件だと?」


 「ンだよ、訊かなきゃ用もわかんねぇのかてめぇは!!」


 「テメェ、ちったぁ物事を考えるような事したらどうだ!!」



 稟の言葉に反応するように、周りから喧々諤々と怒鳴りつけるような声が響き渡る。

 どれもこれも変にドスが効いていて、唯ですら人数が多い中でのこれは、小学生でなくとも気の弱い大人でも泣いて財布を取り出しかねない迫力を持っていた。

 尤も稟は普通の小学生ではなく、こういった事は別に初めてではないので、特にうろたえた様子も無くそれらの声を受け流していたが。



 「まぁ、お前ら。少し黙れって。

  こいつだって何にも言わずに、ここまで本当に一人で来たんだ。

  用件ぐらい教えてやってもいいだろうが」



 と、そんな周りを取り成すように、一際ガタイの良い、何故か野球のユニホームに身を包んだ(恐らく)中学生くらいの男が言った。

 リーダー格なのか、男の言葉に従うように周りからの言葉が止む。



 「ふぅ……さて、土見 稟君。

  用件に入る前にまず君に訊きたいのだが。

  ……我らが癒しのアイドル、『芙蓉 楓』ちゃんと一緒に住んでいるというのは本当かな?」


 「ええ、本当の事ですよ」

 (やっぱり、ソレ関係か……)



 一切表に出す事無く、稟は心の中だけで面倒臭げにそう嘆息する。

 稟の幼馴染の一人である『芙蓉 楓』と同居するようになってから、すでに同種の質問だけでも二十回はされている。

 知っている人は大勢居るので別段隠す必要も無く、何時も稟は素直に答えていた。



 「では次に。その彼女が、君のことを嫌っているというのは本当かい?」


 「ええ、それも本当です」



 それにも頷いて言う。

 常に誰にも気を配り、笑顔を絶やさず、温厚でありながら勉強やスポーツも得意なクラスの中心的な人物。

 そんな楓が唯一人の例外として、稟のことだけは蛇蝎のごとく嫌っている。

 いや、実際はそんな生易しいものではなく、憎んでいると言っても過言ではない。


 学校では常に彼を無視し、話すとしても彼に対して出てくるのは罵詈雑言ばかり。

 不用意に体が触れようものなら、人前であろうが彼を引っ叩き、物を叩きつける。

 そんな関係が、もう一年近く続いていた。


 
―――全ては、あの事故・・・・をきっかけとして。



 「ほうほう。……では、最後の質問だ」



 そう言うと、ユニフォーム姿の彼は突然声の調子を落として言った。



 「君が……楓さんのお母さんが亡くなった事故に、直接関わってっていたというのは本当かい?」



 その質問に、滅多な事では表情一つ変えない稟の眉が反応した。

 だが、それも一瞬。

 人の口に戸は立てられないものらしい。

 それは間違いなく彼女にとって、唯一無二の【真実】だ。

 そしてソレが広まっているということは、誰かが【事実】を話さない限り、それは不動の物になるということ。



 「――――ええ、本当の事です」



 だから、稟は迷い無く頷いた。

 それを絶対に【真実】として貫き通すと、彼は彼自身に誓ったのだから。


 その稟の返事を聞いたその場の全員が、一斉に怒気を越えた殺気を溢れさせる。



 「―――そうか、ならば我々《楓ちゃん親衛隊》は、全力をもって彼女の不幸の原因である君を排除する!!!

  
ものども、かかれぇぇぇぇ〜〜〜〜!!!!!」


 『雄御雄大御緒男嗚雄ッァァオォォォォォオオォ!!!!』




 次の瞬間、その場は闘争と混沌の坩堝と化した。







 ―――――数分後……




 「……これで全員か?」



 拳に付いた血を払いながら、稟は見えていない目で辺りを【観】回す。

 そこら一帯には先ほどまで元気に暴れ回っていた人間たちが、全員己の血に沈んでいた。

 小中学生とはいえ年上を相手に、小学生が二十人は近い人間を相手にして彼は返り血を浴びるどころか息一つ乱してはいなかった。

 その声音も覇気を感じさせぬほど気だるげなままで、まるで力んだところが無い。



 「帰るか」



 動く者が無いことを確認すると、稟は傍に置いていたランドセルを背負って歩き出しす。

 と、突然その死体(笑)の中から一本の腕が伸び、稟の足をガシッと掴んだ。



 「ほう、まだ動ける人がいたか。

  根性あるなぁ」



 しかしそんな事態になっても稟は特に驚いた様子も見せず、自分を掴む腕を見下ろした。

 元々稟は生まれたときから喜怒哀楽を殆ど表さず、実の親ですら彼の感情の変化を掴むことは終に出来なかった。

 それは彼が冷たい人間というわけではなく、単に感情の起伏に乏しいだけなのだが。


 とにかく、興が乗った稟は相手の顔を見てみようと、自分を掴む腕を片手で軽く引いて人の山から腕の主を引きずり出す。



 「あんただったのか」



 「ほいっ」という声と共に引っ張り上げたのは、この集団のリーダー格だったあのユニフォーム男。



 「ふ、ふふふふふ……。これだけの人数をあっさり片付けるとは、噂通りだな」



 微妙に演技がかった口調と不敵な笑みでそう言うユニフォーム男。

 擦り傷だらけ、泥だらけになりながらも、彼は結構大丈夫そうだった。



 「だがしかぁ〜し!我々を倒したからといって、これで終わった訳ではないぞ!!

  すぐに第二第三のの同士が、我々の敵を取ってくれる!!!」


 「はぁ、そうですか」



 稟は呆れながらも、このどこぞの魔王のような物言いをする彼を面白げに見つめていた。


 ―――彼もネタに走るなら、ここで止めておけばよかった。

 だが彼は言ってしまうのだ。

 『土見 稟』という少年にとって、ある意味、鬼門とでも言うべき言葉を。



 「そうともさ!!貴様のような化け物・・・などすぐに―――」



 ユニフォーム男がその言葉を口にした途端、彼の世界全てが静止し、凍りついた。



 「……化け物・・・



 普段と同じ、何処か気怠げな抑揚の無い口調。

 だが、何かが違った。

 圧倒的なほどに、決定的なほどに、何かがソレは違っていた。



 「〜〜〜〜〜〜!!???」



 男が声にならない声で、悲鳴を上げる。



 「嗚呼、そうだな。

  ……俺は―――化ヶ物だ」



 そう言って歪めた彼の顔は、何処か悲痛な、何処か慟哭を上げるような、そんな常人には理解できない感情の貌で嗤っていた。

 その理解できない何かに、彼は総毛立たして体中から血の気が引いた。


 ――――しかし、彼は理解できなくて幸運だったのかもしれない。

 もしソレが理解できる感性が有ったなら、彼の声を聴いた瞬間その精神が砕けていただろう。

 己をそう定義した彼の声はそれほどの、【恐怖】と【憎悪】と【憤怒】と【慟哭】と【虚無】と【絶望】と【孤独】が彩っていた。





















 (……おじさん、帰ってきているのか)



 玄関を開け、家の中の気配に気付く。

 楓も帰ってきているのかと少し感覚を広げてみるが、気配は一つだけだった。

 靴を【観】てみると、確かに大人用の靴がだけが揃えて置いてあった。


 その事にほんの少しだけ安心したように溜息を吐く。

 せっかく普段なにかと忙しい養父が居るのだ。

 せっかくの親子の団欒を、自分の存在で気まずくすることも無い。

 そう思い、取りあえず挨拶だけでもと、気配のするリビングへ向かう。



 「おじさん、今帰りました。

  珍しいですね、おじさんがこんな昼真から家に居るのは」



 リビングのドアを開けざまに言う稟。

 そのリビングには、少し赤毛染みた色の髪をオールバックにした、中々に渋い男性が新聞を広げていた。

 稟の声に驚いたように新聞を下ろし、顔を見て相好を崩した。



 「おお、稟君お帰り。

  いやなに、今日は楓と君の一学期の終業式だろう?

  仕事を他人に任して、有給を目一杯とって急いで帰ってきたんだよ。

  なにせ、明日からは君たちも夏休み。

  何処か行きたい場所があるんなら、いつでも言ってくれたまえ!!」


 「……いや、仕事はちゃんとしましょうよ。

  今頃泣いてるんじゃないですか?仕事任された人」



 胸を張ってそういう養父に、稟は口の端をほんの微かに苦笑に歪めて言った。

 しかしそれも無理は無いのかもしれない。

 この人物、その名を『芙蓉 幹夫』。

 自他共に認める親バカであり、娘溺愛歴=一人娘の年齢という筋金入りの父親である。

 そんな人物が娘と一日中遊べる機会を逃すなど、まず有り得ない。



 「HA、HA、HA、HA、HA!

  何を言ってるんだね稟君。

  一人娘と、息子も同然の子と一日中遊び倒すためなら、仕事如き何のそのだよ。

  大体、その仕事にしたって、家族のために仕方なくやっているに過ぎん!

  手段と目的を取り違えてはいけないよ」


 「あ〜、……おじさん。笑い方がエセ外人になってますよ」



 突っ込みどころ満載で、何処を突っ込めばいいか分からない。

 取りあえず他のところに関しては無駄だろうから、笑い方に対して突っ込む稟。

 しかしソレに対しても愉快そうに笑っている相手には、暖簾に腕押しの行為だった。



 「―――まぁ、もう有給はとったんでしょう?

  なら、親子水入らずで楽しんできて下さい。

  留守番くらいなら、俺一人でも出来ますから」



 そう言って、自分の部屋へ行こうとリビングを出る。



 「おや、何を言ってるんだね?

  もちろん稟君も一緒に行くに決まってるじゃないか」



 わざとらしいほどサワヤカな笑顔で告げる養父に、稟は何処か苦笑染みた、自嘲染みた表情を無表情の中に浮かべる。



 「そういう訳にもいかないでしょう?

  何より、何日も俺と一緒に居ることを楓が納得しない」



 闇色の眼鏡越しに、確りと幹夫の目を【観】つめて言う稟。

 その稟の顔に何を見たのか幹夫は今までの陽気な表情を消し、怒っているような悲しんでいるような――自嘲しているような。

 そんな表情を浮かべた。

 まるで仮面を外して、隠していた表情を曝け出すように。



 「………なぁ、稟君。もう、止めにしないか?」


 「…………」


 「君には、本当に感謝している。

  楓があんな事・・・・になって、でも私は、あの時何もしてやれなかった。

  結局、同じ話を聞いていたのにも拘らず、あの娘を助けたのは紛れもなく君の方だった。

  しかも本来背負うべき責を、加害者であるはずの君が背負ってまで・・・・・・・・・・・・・・・・・、だ。

  ……私の仕事の事にしたってそうだ。

  本来楓がちゃんと一人で暮らせるまで、私は仕事を辞めるのも覚悟で超長期休暇をとる積もりだった。

  だが君が居てくれたおかげで、私は家の事を心配せず仕事を辞める事も無く、今こうしていられる環境がある。

  どれもこれもすべて君が居てくれたおかげだ

  正直、君にはどうやって……どうやれば恩を返せるのか想像もつかないよ」


 「……俺をこの家に置いてくれて、施設に行くようなことになりませんでした。

  それで、十分ですよ」



 まるで神父に懺悔する罪人のような口調で、幹夫は稟に言葉を綴る。

 そんな彼の姿を、稟の黒眼鏡が穏やかに映し出していた。

 罪を許すように。

 罪など無いというように。

 しかしそんな稟の様子に、幹夫はさらに表情を悲痛に翳らせて言った。


 「あれから、もう一年も経った。楓だって十歳になる。

  ―――だから、もういいだろう稟君。

  楓に本当の事を話してしまっても……

  あの娘だって、―――負うべき物は、背負わなきゃいけない」



 まるで胸に詰まった鉛を吐き出すような声で、幹夫は言う。

 しかし稟は優しく、本当に優しく、彼の言葉を断る。



 「それは……ダメですね。

  「もう一年経った」じゃありません。「まだ一年しか」なんです」



 稟の断りの言葉に、予想通りだとばかりに肩を落とし、そっれでも尚稟を説得しようとして。



 「それに、楓は……優しすぎる」



 稟の小学生のものとは思えないほどの深さを感じる声に、その言葉は音にならずに霧散する。



 「あいつは優しすぎて、でもやっぱりまだ脆くて……

  きっと、笑えなくなってしまいますよ。

  それに、あいつはそれを自分の重荷にしてしまう。そのことで、自分から苦しんでしまう。

  あいつを助けるために言った言葉が、あいつを苦しめたりなんかしたら、本末転倒もいいところですよ」



 それに――と、稟は幹夫の顔を見ながら、珍しくはっきりと分かるほどの苦笑を滲ませた声で言った。



 「それに、そんなあいつを、俺が【観】たくありませんから………」



 「身勝手なエゴですね」と自嘲気味に言う稟に、何も出来なかった大人はただ苦しそうに顔を伏せた。



 「だから、おじさんもそんな顔しないでください。

  おじさんが気に病む必要はありませんよ」



 そう言って今度こそ部屋に帰ろうとドアノブを掴むと、玄関に人の気配が近づいてくるのを感じた。



 「……楓が帰ってきたみたいですね。

  それじゃ、おじさん。楓と楽しんできて下さい。

  最近じゃあいつも、昔みたいに良く笑うようになったんですよ」



 穏やかに言いながら、稟はリビングから静かに出て行った。

 楓とできるだけ顔を会わせない様に、注意しながら。











 

...... to be continue 





あとがき




 新年早々、天の空座を更新停止していただいた挙句、こんな新シリーズを出す僕を許してください。


 ……と、もしいらっしゃるなら感涙に絶えない読者様方への懺悔をここまでにして、お久しぶりです、国広です。

 読んでお分かりの方もいらっしゃるかと思いますが、最初のアバンの辺りで出てきたのは、某龍小説の人気シリーズからです。

 つっても、性別変えたり、独自設定を加えたりでほとんど別人ですが。

 こんなキャラを、これからもどんどん出していきますので、それが楽しみだと言われる方はまた次回お会いしましょう。


 さて、この第一章は、稟君の幼少時代を記している作品で、そのためシャッフル本編のキャラはほとんど出てきません(楓嬢も、かなり嫌なキャラになるのであまり出しません)。

 代わりのように他所の作品からのキャラが出てきます。

 それでも構わないと思われる方は(以下同文)。



 では、また次回。




 P.S.

 補足ですが、この作品中の稟君は、前世の『思い出記憶』を殆ど持っていません。

 『とある魔術』の当麻みたいな感じです。

 ですから、彼には【獣】時代の技術や知識はあっても、想い出は殆どありません。

 それでも、魂に刻み込まれたくらいのキツイものはちゃんと継承しているのですが。

 まぁ、これ以上の詳しいことは本編にて。



 

 

 

 

 

感想代理人プロフィール

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代理人の感想

なんだかなー(爆)。

SHUFFLEというとアニメ版の楓(たぶん)の「あの顔」しか知らないんですが(あれは怖かった)、

原作でもとらはみたいに人外バトルするのかなー。

周りを囲むのの中に神族の王女と魔族の王女とか、その時点でもう凄い胡散臭いわけですが・・・・

まぁ考えてみれば天地無用とかはもっと酷いわなぁ(笑)。

 

 

 

追伸

「to be continued」ね。