〜序章〜
海を存分に見渡せる高い丘の先っぽに僕と父さんが座っている。
父さんが世界を旅する旅人になってから、帰って来る度にここで旅先の話を聞いている。いつも似た話で飽きていたが、今回ばかりは少し違ったことを覚えている。
「エリウス、お前には"自分だけの宝物"があるか?」
僕とは似ても似つかない"男"の顔をして、強い口調で父さんが言った。僕はその意味がわからず、ただ首を傾げている。
そんな僕を見て父さんは微笑んだ。薄い無数の傷跡の中で、一際目立つ、右目を縦に通る傷が歪んだ。強い、男の父さんの中にある、優しい父さんが僕はたまらなく好きだった。訳も分からずに微笑みを返していた。
「俺の、俺だけの宝物は母さんとお前だ。森の中でずっと暮らす生活が嫌になって、村を飛び出したおかけで母さんに会えた。そしてお前が生まれたんだ。分かるな?」
何が言いたいのか僕にはやっぱり理解出来なかった。それでも僕は頷く。僕ら緑の民は一生を緑の中で生きるのが普通だった。その中でも父さんは別で、当時の村長と村人全員の制止を振り切って外に出て行った、と教えてもらった。そのおかげで今の母さんと、僕がいる。それだけは分かっている。
僕の顔を見ていた父さんの顔が海の方を向いた。僕も真似して海の方を向く。一陣の風が僕と父さんの髪をなびかせた。
「ま、分からなくても仕方ねぇ。お前はまだ九歳の子供だからな」
そう言って父さんは僕の頭を乱暴に撫でる。髪がくしゃくしゃになったのを直しながら、僕は少し頬を膨らませる。父さんは必ず"子供"という言葉を付け加える。僕はそれが嫌だった。
頬を膨らせた僕の顔を見て、父さんはまた微笑んで、海の方に向き直る。
「いつかお前にも分かるさ……。なんたってお前は俺の子だ」
父さんはそう呟いた。上手く聞き取れなかったけど、そう言っていた。
いつもと違う父さんに戸惑いながら海を見ようとすると、母さんの声が聞こえた。ご飯できたわよ〜、この声を聞いて父さんは勢い良く立ち上がり、僕を抱きかかえると母さんのもとに走りよる。
この時の光景が僕の見た、父さんの最後だった。
旅に出た父さんが帰ってくること無かった。誰も何も言わなかった。初めからそんな男はいなかった、そんな気さえするほど自然と村から、皆の記憶から消えていた。
覚えている限り、父さんの最後の言葉、
『いつかお前にも分かるさ……。お前は俺の子だ』
この言葉の意味を知った時、もう僕は十五歳の誕生日を迎えようとしていた。
そして、それが父さんの子である、父さんがいたことである証明にもなることを僕はする。
朝日が窓から容赦無く部屋に入り込み、僕の顔を照らす。
「……夢……」
朝日を手のひらでふせぎながら、僕は呟いた。