僕の宝物・外伝『俺の夢』
第一話〜初めての実戦!〜
雑用の朝は早かった。日が昇らないうちに叩き起こされ、まず体を鍛える。腕立て伏せ五十回、腹筋五十回を二セット。
二回に分けたとは言え、まだ幼い雑用バドの体は悲鳴を上げる。
二セットをこなすと休む事無く外壁の周りを一周走らされる。一周と言っても、その距離は長く、普段は活発に動き回り、
元気旺盛なバドも流石に息を切らし、汗が滝のように流れ、体力を奪う。
ようやく走り終わった頃、太陽は顔を出し、世界を平等に照らし、暖める。時折吹く風は汗を冷やし、バドの体を癒す。
本来ならここで朝食があるのだが、バドは昨夜問題を起こしてしまった為に朝食がもらえなかった。
「……そんな顔で見るな。お前が悪い」
二つの心を持っている男、と隊員に囁かれているマトールが言った。早朝からの厳しい訓練で体力は
磨り減り、バドのお腹は唸りっぱなしだった。物乞いの少年と同じような顔でマトールの食事を見つめている。
目だけはキラキラと輝き、口からは止まる事の無い涎が流れている。マトールは馬車の中で食事を取っており、
バドは半身だけ馬車に乗せて、今にも飛び掛りそうな姿勢だ。
余りにもしつこく食事を見つめつづけるバドに、一人の男が食事を分け与える。バドは礼を言うのも忘れて貪り食う。
「ディーン。余計なことをするな。そいつが悪いんだぞ」
ディーンと呼ばれた青年は、マトールと同い年で見事な美青年だった。彼らの隊長であるラルクを冷静で、
大人びた雰囲気を持つ美青年と称すれば、ディーンを童顔で子供のような幼さを持つ、可愛い美青年と称される程の男だ。
部内で二番手に女性に人気がある。
身長も低いわけでもなく、体つきも磨き上げられたナイフの様に鋭く、力強い。
どう言うわけかディーンは隊員一番バドを可愛がり、それ故に甘い。バドにしてみればいいお兄さんとなる。
「早朝からアレだけの事をしたのです。朝食ぐらいあげなければ可愛そうです」
甘い笑いを浮かべられると、マトールも何もいえなくなる。あっという間に貰った食事を食べ終え、
不敵に笑っているバドと目が合った。
「ディーンさんは優しくて、強くて、かっこいいなぁ〜。なんでディーンさんが副隊長じゃなくて、
こんなガミガミマンが副隊長になったんだろ。隊長も間違えることがあるのかな〜?」
自分の立場を無視して、それも本人を目の前にバドは余裕で言った。にやにやと笑いながらディーンの陰に隠れている。
言いたい放題言われた副隊長といえば、両頬を真っ赤にして目を吊り上げていた。
「てめぇ……。自分の立場がわかってんのか! 追い出すぞ、コラァ!」
見た目とは相反した声を張り上げ、右手に持った銀の匙を振り上げてバドに迫る。
ただ微笑んでいるディーンの後ろに隠れていたバドはわざとらしく「ごめんなさ〜い」と言って逃走する。
「全く……なんであんなガキを入れたのだか……。隊長の考えていることは分からん」
「そう言ったらバド君がかわいそうですよ。彼は純粋に騎士になりたいだけの子供なんですから。大目に見てあげましょう」
「お前はほんと前から甘いな。それにその口調どうにかならないのか? いくら俺が副隊長だからって言って、友達だろ?」
和やかな会話の中、ディーンは微笑みで返答した。確かに、ディーンの微笑みは熟れた果実の様に甘く、野に咲く花々のように美しい。
女性が見惚れるのも無理はない。
もちろん、それをよしとしない者達も多くいる。
会話が一旦止まったところで、彼らの隊長が姿を現した。音もなく現れた隊長である美青年ラルクに、
マトールとディーンは深く頭を下げて礼をする。
「出発する。準備はいいな?」
「はっ! いつでも出発できるようにしてあります」
先ほどの会話とは打って変った口調でマトールが生真面目に答える。ラルクは無表情で頷き、また音もなく消えていった。
「ディーン、皆に出発の報告をしてくれ。後、バドの奴がいたら俺のところに来るように言ってくれ」
絶えない微笑を浮かべ、頷くとディーンは違う馬車へと歩を進める。
皆が出発の用意を整え、あとは乗り込むだけという頃、逃走したバドは神出鬼没の隊長と話をしていた。
「どうだ、もう慣れたか?」
「は、はい! マトール副隊長は厳しいけど、全然平気です!」
苦手なマトールに教わったとおりにバドは頭を下げてから、なるべく敬語で話をした。
それでも不慣れな敬語は違和感がはっきりと浮かび上がっている。
「ならいい。恐らく、すぐに実戦を経験することになる。死ぬ可能性もある、分かっているな?」
死ぬ可能性もある、という言葉がバドの心に響いた。つい最近死んでいてもおかしくないことをしたばかりであった。
死という恐ろしさを、幼いながらバドはよく理解していた。
一滴の汗が額から落ち、頬を通って地面に落ちる。バドは唇を噛み締めながら、頷く。
数秒、二人は目を合わせたまま立ち尽くし、沈黙を通す。
先に動いたのはラルクで、何も言わずに静かに立ち去った。バドは見えないと分かっていながらも、隊長の背に向けて頭を下げる。
それから総勢二十名の騎士と、一人の雑用を乗せた三つの馬車はトゥガッタの町を後にした。
三番隊の一行を乗せた馬車は王都の方向に向かって進んでいた。そこらの馬よりも鍛え上げられた馬たちに引かれる馬車は、
馬車屋の馬車よりも数段早く森に辿り着いた。
太陽は丁度頭上に昇り、三つの馬車は森の中にある、円形の広場のような場所で動きを止める。
円形の広場は馬車一つが限界の広さで、これ以上固まって進めないと分かると、馬車から次々と騎士達は降り、歩きで進む事になった。
一団は三つの馬車を守る様に、前衛八名、後衛八名、馬車の護衛四名の隊列を取って先に進む。
三つの馬車にはそれぞれ色々な物資が載せてある。一つ目の馬車には水と食料、それと三名ほどが載れるスペース。
二つ目にはラルクが乗り込み、主に人が乗るための馬車で一番大きい。三つ目には金貨や銀貨、その他色々の道具が積み込まれ、
マトールとバドが乗り込んでいる。三つ目の馬車も大きく、荷物を積み込んでも後四人ぐらい載れるだけのスペースがある。
ある程度森の中を進んでいくと、幾つもの円形広場があり、特に大きめの広場で馬車は再び止まった。
少し遅くなった昼食を取るためである。
バドも昼食はちゃんと貰うことができ、多くの仲間と共に外の味を堪能する。だが、平和な昼食は長く続く事は無かった。
「ケケケ……。ニンゲンダ、ニンゲンガイルゾ」
人語ではあったが、人の声とは似ても似つかない声が森の置くから幾つも聞こえた。
騎士達は食事を地面に置き、素早く腰の剣に手をかける。馬車の中にいたマトールとバドも外に下り、奇声に耳を傾ける。
「クッテヤル。クッテヤル。ニンゲンハウマイ」
その一言を切れ目に、木々の間から二十近い醜い小人が現れた。耳は先が尖っていて長く、顔には幾つも皺があり灰色や黒色をしている。鼻も尖っていて長く、目は鋭い。
身長はバドよりも低く、両手足は細いが力強く、ほとんどの者が棍棒を手にていた。
「ゴブリンか。数は……二十一だな。私がやるまでもない、お前達に任せる」
いつの間にかマトールの横に立っていたラルクは冷たく言い放ち、部下達は無言で頷く。
「バド。お前も戦え。これをやる」
去り際にラルクがバドに渡したのは、真新しい剣だった。刃こぼれは愚か、埃一つついていない。
だた、鞘は無いようでそのままバドに手渡された。
バドは自分の顔を映す刀身を眺め、ふと顔をあげる。既にラルクは馬車に戻っていて、代わりにゴブリン達が襲い掛かってきた。
「各個撃破だ! この程度のゴブリン、俺の相手じゃないぜ!」
マトールは一言味方に放ってから、隊長が馬車にいるのを良い事に素を出す。一匹のゴブリンが奇声を上げ、
腐臭の息を吐きながら棍棒を振り上げる。その動作は遅く、マトールが抜き放った剣に両腕を肘から切断され、
毒々しい黒い血を噴出しながら倒れ、程なくして動かなくなる。
騎士達が本気を出す必要が無いほど、ゴブリン達は弱かった。荒々しさと勢いは認めるが、所詮知能の低い獣ということだ。
一刀で斬り捨てられ、森の広場は異様な風景になった。
ゴブリンの数がどんどん減っていく。バドはその光景を見ながら、感嘆の息を漏らした。
自分の背後に敵が近づいていることに気付かずに。
「うわっ!」
ゴブリンが振り下ろした棍棒は僅かなところで避けられ、地面をへこませる。
危ういと事で背後からの攻撃を避けたバドは柄を強く握り、額の汗を無視してゴブリンと向き合う。
「俺にだって出来る。やらなくちゃいけないんだ。騎士になるんだぁぁぁ!」
野生の雄たけびを上げながら、バドは地を強く蹴り、二歩目でゴブリンの懐に入る。
ゴブリンは棍棒を横に振るうが、空を払い、次の攻撃を打ち出す前に息の根を止められた。
「おぉぉぉぉ!」
白銀の閃光が天に向けて放たれ、醜い異形の者を断つ。黒い血が空に線を書き、ゴブリンは仰向けに倒れ、そして死んだ。
はあはあ、と息を荒々しく吐き、バドは白刃についた黒い血を見る。初めての実戦で、初めてモンスターをこの手で殺した。
それを実感する頃には戦闘は終わり、騎士達は誰一人怪我することなく、森の小さな広場に異形の死体の山と、黒い血溜りを作る。
戦闘が終ると騎士達は再び動き出した。死体と血はそのまま残される。
「お前、中々やるじゃないか。見直したぜ」
バドが馬車の中に戻ると、陽気な声でマトールが言った。バドは自分がした事に疑問を抱くことはなかったが、
大親友が今の自分を見たらどう思うか、と考えると素直に喜べないでいたのだ。
敵を打ち倒したにも関わらず、いつもと変わって元気の無い雑用に、マトールも少し心配を抱く。
「どうした? 怪我でもしたか?」
「大丈夫です。少し戸惑っているだけです」
不慣れではない、自然な言葉でバドは答えた。マトールは首を傾げ、考えてもしょうがないとばかりに、
話し掛けるのをやめて目を瞑る。
「エリウス……。次会う時……俺はお前の友達じゃなくなっている……」
誰にも聞こえないほどの声で呟き、バドは決心を固めた。
騎士団の一行は、何事も無かったかのように森を進んでいく。
鋼の城の感想
ファ○コンウォーズが出〜たぞ〜♪(おい)
それはさておき、戦いを経験して人が変わるって事はあるでしょうけど、
この時点でンなことまで心配するのは・・・・バドくん、自意識過剰(笑)。
もっと心配することはあるでしょうに。
あるいは初めての実戦で舞い上がりまくってるのかなw