助けて!!誰か、助けて!!
そんなことを、声高らかに叫んでみたところで、助けようとしてくれる、お人好しさんがいるはずもない。いたとしても、決して私は助からない。
何で私がこんな目に会わなきゃいけないの?いつも、いつも、いつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつも。
私は悲劇の主人公など、演じる気もないのに、皆、私を傷付ける。傷付けて、弄んで、絶望のふちへ追いやる。
今、私の後ろには、武装した人達が大勢、私を追っていた。その目には欲望を、暴力を、狂気を、その目に宿している。私の………一番嫌いな目だ。
そして、今、私は自分が二番目に嫌いな目をしているに違いない。恐怖と、孤独と、悲愴と、苦痛と、疲労が、入り混じった彼らとは違う狂気を宿した瞳。
でも、仕方ないよ。感情を自分で制御できる場合と、制御できない場合があるんだから。
それに、どんなに、恐くとも、寂しくとも、悲しくとも、苦しくとも、痛くとも………今は走らなきゃいけないんだ。好き嫌いを言っている場合ではない。
私は、その時、目の前しか見えていなかった。
逃げることに夢中で、足元に注意をやることが出来なかった。恐怖に支配された頭は、ただ“必死に走れ”と命ずるだけだったから仕方がない。そして、私は、目の前に崖があるなんて知らなかった。
だから、必死に走っていた足は宙を切り、私の体は下へと急落下していく。下で広がっていた激流が向かってくるのが、私の目に焼きついた。
私は、恐怖で涙を流した。そして、すぐに来るであろう衝撃に私は身構えた。
死を覚悟した。
だけど。
私は、このとき知らなかった。
本当の恐怖を、苦痛を。私が川に落ちるときとは比べ物にならないそれを。
あの人と、私、ユニト・ラストマジックとの出会いを。
信実と幸運を。
私の体は、強く水面に打ちつけられ、私はそのまま気絶した。
「いい加減、機嫌直してくれよ。頼むからさ」
長い金髪を適当にまとめ、両手の掌を合わせて謝っているこの青年にはほとほと呆れた。しかも、表情ではすまなそうにしているが、彼の赤い瞳は楽しそうに笑っているときた。
苛ついてきたな。腰にかけてある剣で首と胴を両断してやろうかな。少なくとも頭の中は、本気でその思いに支配されつつある。
「本当に悪かった。この通りだ」
昨日、酒場で深夜遅くまで、飲んでいたのは別に構わない。いつものことだからな、それぐらいは許してやらないと、こちらの精神がもたない。問題はその後だ。
「酔っ払って帰ってくるのはいつものことだろう?なぁ、だから許してくれよ」
確かにいつものことだよ、酔っ払って帰ってくるのはな。だがな、酔っ払った勢いで、俺をわざわざ叩き起こして、挙句、酒を飲ませるのはいつものことじゃない!自分で言うのも何なんだがな、俺はまだガキなんだからな!全然、酒は飲めないぞ!
そうアイツに、言おうとした瞬間、俺は頭を抱えた。やばい。まだ頭痛がする。酒瓶を一気に飲み干すことになったんだから、当然といえば当然だが。まずい。吐き気までしてきた。
「おい、大丈夫か?ジウ」
こいつは……。誰のせいで、こうなったと思ってるんだっ。しかも、今話している場所が、酒場って………本当に反省しているのか、こいつ?
「そう、思うなら、水の一杯でも持ってきてくれ」
俺はとにかく苛立ちを出来るだけ隠しながら、目の前の青年に頼んだ。しかし、やはりというか、俺のその声は、いつも以上に活力がなかった。
目の前の青年は、頷くと席を立った。
あいつが店主に何事か、話すと、店主はそのまま、店の奥入っていった。
奴の名はラド、4年前からの付き合いだ。
あいつは基本的にはいい奴であるし、俺もあいつにはかなり助けられた。しかし、酒はよく飲む、博打をよく打つ、女に対する手癖が極めて悪い………。
「ハァ」
ったく、あいつの悪癖はいくら挙げてもキリがない。正直、今すぐにでも、あいつから離れてやりたい気分だ
けど、2年前のことがあるからな。それに、俺はあいつの本当の姿を知ってるから……。
あいつは勝手に、俺について来てるわけじゃない。二年前、俺を心配して一緒に旅立った。仕事も、家も、財産も全て投げ出して、俺にこう言った
―――大人ってのは子供を守るもんだ。違うか?
俺は確かその後、こう返した。
―――俺は、確かにお前の言う通り、子供だけど……でも一人で生きて行ける。お前の手なんていらない
でも、嬉しかった。俺は本当一人が恐かったから、余計に。そう思うこと自体、俺はまだ子供だって認識させられるけど、それも悪い思いはしない。
いい友人だ。
いや、お互いに家族のいない身だったから、友人というよりかは、兄弟という感覚なのかもしれない。世話のかかる兄貴ではあるけど。
「おい、小僧」
そのとき、突然、ドスの利いた声が後ろからしたけど、多分気のせいだろう。頭痛や吐き気だけではなく、幻聴まで聞こえるんだな、二日酔いって。
と、自分に言い訳してみたところで、何かが変わるわけでもない。
「何だ?」
苛つきを完全に抑制した声を掛けながら、後ろを振り向いた。振り向いたその先には、チンピラだといった風情の男が数人、俺のことを睨んでいた。
俺に何の用だ?といっても、大体この後の台詞は推測できるが。
「その席は、いつも俺が座っている場所なんだ。どいてくれ」
その中でも、一番体付きがいい奴が、例のドスの利いた声で話し掛けてきた。
「嫌だと言ったら?」
俺は腰を上げながら、挑発的に言ってみる。返事を間違えては欲しくないのだが、さて、この男たちはどう答えるかな?
「力づくで、どいててもらう」
はい、大間違い。この場合は、素直に諦めるのが正しい答えなんだけど。
今日は苛つくことが多いな、全く。自分のぼさぼさの黒髪をいじりながら、俺はこう答えた。
「じゃあ、嫌だ」
そう言うと、男の一人がいきなり、殴りかかってきた。
本当は、剣を抜いて、真っ二つにしてやりたかったのだが、せっかく綺麗な床や椅子が、紅く汚れては、店の人に迷惑がかかるだろう。俺は、相手の拳を見切り、寸前のところで攻撃を避けた。続けざまに、次の拳が突き出されようとするが、俺はその前に懐を詰め、逆に自分の拳を相手の顔面に叩きつけた。
それだけであっさり、男は吹き飛んだ。しかも、しばらく気絶するという特典付きで。
男の仲間達も次の俺の攻撃に身構えたが、いかんせん、反応が遅く、隙だらけだ。
殴り、蹴り、投げ飛ばすだけで、次々と簡単に男達は気絶していく。この際だから、もう二度と立ち上がれないようにするか。
いや、適当にあしらっておいてあげよう。俺に喧嘩を売った怖い者知らずの可愛そうな奴に、そこまでやることもないだろう。いつか、また、同じ目に会うに違いない。わざわざ、俺が手を下すこともない。
ちなみに、話し合うという余地はなしだ。ガキが大人よりも必ずしも弱いということではないと、ちゃんと教えてあげなければ。
俺は最後の一人を、あっさりと叩きのめすと、またすぐに元の席に戻った。
吐き気や頭痛は相変わらず酷いが、まあいい。少しは気分もよくなった。一暴れして、鬱憤を晴らしたおかげかもしれない。
「ジウ、水を持ってきたぞ」
ラドが俺の名を呼んだ。その手には、彼の言葉どおり、透明な液体がコップに入っている。俺は、はっきりとしない動作で、それを受け取った。
運動して、少し疲れたのかな?頭が少し働ききってない。
俺は水に口をつけた。ああ、水ってこんなにおいしいものだったのかと、大げさに味わってみる。実際、頭痛と吐き気はおさまり始めたし。
「にしても、わざわざケンカ売る必要はなかったのになぁ」
机の向いに座ったラドがのんびりと言った。見てたんだったら、止めるか手助けしてくれるかしてくれてもいいのに。
「別にいいだろ。お前に迷惑は掛けてないんだから」
俺の台詞を聞いて、ラドは苦笑した。
今の職業のせいか、昔より少し短気になったかもしれない。一年ぐらい前だったら、あの程度の奴らなんて、確実に無視してたな。
「ま、お前がそう言うなら、別にいいけどね」
ラドも最初から文句を言うつもりはなかっただろう。彼にしてみれば、ただ言ってみただけといったところか。
「ところで、お前、この町に何の用があるんだ?」
ラドの問いに、今度は俺が苦笑で返した。
俺――ジウ・リプロダクション――は、職業として傭兵をやっている。戦争を生業とする職ではあるが、要人の護衛、盗賊団の征伐など、戦争はなくとも、需要は尽きない。
とはいえ、大抵は、一つの町にとどまることなく、町々を転々とし、当てもなく仕事を探さねばならないというのが現状で、あまり金銭面で安定しているということはない。だから、この仕事をやっているのは、物好きや、俺みたいに普通の仕事が出来ない奴に限られてくる。
しかし、ここは、平和なこの国の、特に平和なこの田舎町で、俺のような傭兵が来るところではない。そのことを、目の前の青年は言っているのだろう。
そう。俺がここに来た理由。
それは――――。
「墓参りだよ」
俺がそう言った瞬間、へらへら笑っていたラドの表情が険しくなった。まあ、当然といえば当然だけど。
「お前、大丈夫なのか?」
「頭がおかしくなったわけじゃないよ」
墓参りするには、この町を通って行かねばならない。そういうことだよ。
でも、そんなことを言うことはお互い必要ないだろうに。
「いや、そんなことは分かってるが……」
「あのときのことに、はっきりケリをつけたいんだ」
ラドの言葉を、俺は一蹴した。
「だけど……」
ラドの言いたい事は分かる。俺の目の前で―――助けることも出来ず死んだ恩人の墓参りなど、自分の傷跡をどれだけえぐることになるか俺自身にも分からない。
「だけど、いつかは行かなくちゃいけない。そうだろ?」
俺は自分でも驚くほど冷たい声音で、ラドの台詞の後を奪った。
しばらく、俺達は睨み合った。
ラドの瞳に映るは疑念と不安。俺の視線に含まれるのは―――後悔。
恩人を守れなかったことに対する、自分の目の前で死んでいく恩人の姿に対する後悔。
沈黙が静かに流れた。ラドの視線が、俺には少し痛かった。だが、決して俺は瞳を逸らさなかった。
やがて、ラドは静かに溜息をついた。
「分かったよ。止めはしない」
諦めてくれた?いや、認めてくれたのか?
無意識の内に、緊張してたのか、胸の内で安心感が広がっていった。
だとしたら………。
「悪いな。我が侭を言って」
本当に―――悪い。
ラドも、あの街には古傷があるというのに。そこからようやく逃げ出せたばかりだというのに。
「別にいいさ。それより………」
その時、ラドは扉の方に目をやった。
俺も釣られて、扉の方に視線を向けた。
扉付近には何もないけど、確かに、さっきまでとは何かが違う。妙な違和感。扉というよりかは、扉の向こうがおかしくなったっていうか………。
よく耳をすますと、怒鳴り声が聞こえる。
「何か、あったのかな?」
騒いでいるのは、先程の、そして、今この場に倒れているチンピラどもの仲間かもしれない。こういう町に、こういう奴らは、一つの集団程度しかないからな。その可能性はかなり高いと見ていいだろう。
「ちょっと行ってみようか」
あ、ラドの野次馬的好奇心に火がついたみたいだ。
ラドは財布の紐を緩め、会計に向かおうとしている。
でも、止めるも………。
こっちの我が侭を通した上に、少し深刻な話をしたばかりだし………。ま、あいつとしては、早く憂鬱な気分を何とかしたいだろ。
俺も何となく、一緒に付いて行った。
だって、酒場にガキ一人いたって何もすることがないし。さっき、気絶させたこいつらに、また因縁を吹っかけられるのも嫌だし。
俺達が酒場を出ると、すぐそこにかなりの人だかりが出来ていた。聞こえてきた叫び声や怒鳴り声は人の壁の向こう側に聞こえる。
「何があったんだろうな?」
「俺に聞いても、分かるわけないだろ」
ラドの問いに、俺は文句で返した。実際に分からないから、ここにいるんだしな。
しかし、まあ想像ぐらいなら出来る。大方、肩でもぶつかって、殴られでもしたのだろう。なんか、叫び方がさっきのチンピラの口調に似てるし、“謝れ”とか聞こえるし。
俺たちはその暴行現場の見える位置に行こうと、人垣を掻き分けて進んだ。
人垣の真ん中ぐらいに進むと、ようやく当事者たちの何人が見えるようになった。
「あ〜あ。誰か知らないけど、運がないねぇ」
いや、全くラドの言う通りだった。あんな奴らに絡まれるなんて、喜劇以外の何物でもないぞ。
あんな、ガラの悪そうな男が目の前にいたら、注意ぐらいしろよ。どんなことで、因縁つけられるか分からないんだから。現に、蹴られたり、殴られたり、やられ放題だし。
しかし、何やったかは知らないが、あいつら、やりすぎだな。あのままだと、相手、死ぬぞ。ったく、殺し合いでもあるまいに………遠慮とか手加減って言葉を知らないのか?
そう思うと無性に腹が立った。
自分で剣を抜かないよう、警告を出しながら、相手に近付く。殴ってやりたいと、本気で思ったからだ。
「短気だな〜、相変わらず」
ラドが俺の行動を見て、呆れたように呟いたが、それも全くその通りだった。
俺は暴行を甘んじて……かどうかは知らないが、受けている奴を助けに行くわけじゃない。暴行をしてる奴らが、何か、むかついたから………それが本音だ。
だから、彼の言葉に腹を立てるつもりはない。反論もできないことだし。
ただ、今回は別として、これからは少し自重した方がいいかもしれない。
さて、じゃあ、あいつらを殴りに行くか。少しラドの言葉でやる気は減ったが、苛々はまだまだ、存分に残ってるんでね。
そんなことを考えていると、暴行されてる奴の姿が目に映った。
俺はこのとき、人生とは奥深いものだなと、つくづく感心してしまった。それほどまでに俺の想像とはかけ離れていたからだ。
髪はラドよりも長い黒髪。ぼろぼろで、泥に汚れているその服は明らかにスカート。
ここからでは、よく顔が見えないが、しかし、あれは………。
女!?
どんな優男かな?と思っていたんだが………。
いや、女の格好をしてるだけの男かもしれない。そういう宗教とか、女装趣味とか……。
大体、女だったら、暴行の仕方が違う。ああいう、苦痛的な暴行じゃなくて、性的な暴行が行われるはずなんだけど。特に、ああいう奴らは、そうするはず………なんだけど。
いや、やられてる奴がブスなら分からない話でもないが。
俺が、現実逃避をしている間、暴行はずっと続いていた。時々、うめき声が聞こえてくる、その状況は、いつ死ぬ結果になってもおかしくない。
ちょっと、行くのは気が引けるけど………。
よし。性別を気にするのはやめだ。どっちにしても、あいつらがむかつくのは変わりがないんだし…………。
じゃあ、早く殴りに行くか!
俺は自分の中で、決断すると、嬉々としてその男達に向かって行った。
全く、今日はついていない。
おじさん達に、殴られる痛みの中、私はふとそう思った。
沢山の恐い人たちに追いまわされて、幸か不幸か川に落ちて逃げ切れたのはいいけど、その時の衝撃といったら………。服もビショビショになるし、危うく溺死するところだったし。逃げられたことはよかったけど、災難がこうも続くと、素直に喜べない。
流れ着いたところが小さな町だったのと、カツラがあの激流でどこかへ行かなかったことは救いかも。
「かはっ」
私の腹に男の蹴りが入った。
世の中って理不尽なことが多い気がする。いや、絶対多い。
ぶつかってきたのは、あっちなのに……本当だったら、あっちが謝るべきなのに……痛そうにしてたから、悪いなって思って、きちんと謝ったのに……ペコペコと頭を下げて、礼儀も見せたつもりだったのに。
周りに群がって、私が殴られるのを黙って見ている人は、誰も助けようとはしてくれない。相手は素手で、しかも素人だというにも関わらず。
何で、私が殴られなきゃいけないんだろう?
もしかしたら、何か私、悪いことしたのかなぁ?じゃなきゃ、こんなに殴られる意味が分からない。醜くて、汚いあの世界ならまだしも、綺麗なこの世界なんだから。
本当に、さっきぶつかったおじさんが大怪我をしたのかも。だったら、納得できるな、うん。
あ、それとも、恐くて目を合わせなかったことが原因かな?礼儀正しい行為とは言えないし。
「ごふっ」
拳がみぞおちに入った
あまりの激痛に気絶しかけるけど、次々に襲う痛みがそれを許してくれない。
私はせめてもと、カツラがずれないように必死に頭を抑えていた。そうして痛みを必死に堪えていた。それしか、私にはできない。
今度は横から蹴りを入れられ、体勢を大きく崩した。
両手で抱える形になっていた頭だって、攻撃の対象外ではない。何度も後頭部に拳がぶつけられて、頭がガンガンしている。
それでも、死にそうなほどというわけではないらしい。痛みは確かに苦しすぎるけど、実際に、骨が折れたとか言うわけでもなさそう。ひびぐらいは入ったかもしれないけど。
「うっ」
ちょうど、弁慶の泣き所とかいうところに蹴りが当てられる。最早、うめき声を出す余裕すらない。
駄目……このままじゃ………本当に…死んじゃう。
“やめてください”と哀願する気力すらなかった。気力だけではない。体力もだ。それほどまでに私は、傷付き、疲れていた。
おじさんたちは、おじさんたちで、やめる気配など一向にない。
地獄だ。
急に襟を掴まれ、無理矢理立たされたこの時でさえ、私は抵抗すら出来なかった。ただ、なされるがままに振り回され、顔面に向かってくる拳に目をぎゅっと瞑った。
瞼を閉じた暗闇の中で、何秒間経っただろうか。
しかし、私が予想した拳はいつまで経っても来ることはなかった。
その代わり、優しく誰かが抱きしめてくれる感覚が、すっと私を包んだ。
恐る恐る、私は目を開けた。
そこには驚くべき光景が広がっていた。
先程、恐い顔で私を殴ろうとしたおじさんは何故か知らないけど、仰向けに倒れていた。
そして、徐々にふらつき始めた私を支えていたのは、見覚えのない人だった。
私より少し年上のように見えるその少年は、優しい手つきで私を地面に座らせた。少年はそのまま、私に背を向け、私とその人を囲むおじさんたちを睨んだ。
「テメェ!!」
おじさんの一人がその人に向かって、野次を飛ばす。仲間の一人が殴られたのだから、当然だと思うけど、この時の少年の態度と台詞はちがっていた。
「黙れ」
遠慮も礼儀もない一言。
しかし、その一言で、この場の空気を一呑みにしてしまったのだ。その少年は。
彼の全身から発せられる気迫におじさんたちや私はおろか、周りに集まった群衆の顔さえも青くなっていた。その場にいた何人もの人間が、しゃべることすら出来ず、少年を見つめていた。
私なんかは、朦朧とし始めてきた意識が完全に覚醒してしまったほどだ。
「一つだけ言っておく」
少年は、皆の注目、というより恐怖を集めながら、少年は口上を続けた。
「やりすぎた行為をするなとは言わない………が」
少年の気迫が少しずつ、大きくなっていくのを、私は恐怖の度合いで認識していた。
一方、おじさんたちは、少しずつ後退していく。感情によるものか、それとも、本能によるものか。
だけど、私を助けてくれたその人は、それをジロリと睨み、本当に苛ついた口調でこう言った。
「俺をイライラさせるな」
その瞬間、私の恐怖が最高潮に達した。大量の冷や汗が背筋を流れ、恐らくぼろぼろの服は薄く滲んだに違いない。あの人の気迫が、今この場を完全に支配した。
私を殴っていたおじさんたちは、最早それどころではないといったところだろうか。皆逃げようとしていたが、完全に腰が抜け、上手く動けないでいる。失禁をする者もいた。
それほどまで少年の恐怖は強かったのだ。
「じゃあ、まずはお前から殴ろうか」
少年は、おじさんの一人に向かい、歩み寄っていく。そのおじさんは完全に動けないでいた。今まで、猛獣のように私を殴っていたとは思えないほどに、その目にはありありと恐怖が浮かんでいる。
少年はゆっくりと拳を振り上げると、そのままおじさんの顔を打ち抜いた。
おじさんはその一撃だけで、気絶し、倒れた。
どれほどの痛みか、私には想像も出来ない。
「次は、誰が殴られたい?」
まるで、それは地獄への招待状のようだった。おじさん達の誰かは“許してくれ”と、哀願までしている。
私は、あのおじさんたちがひどくかわいそうに思えてきた。きっと、あまりにも情けない姿や、行動をしているから同情の気持ちでも湧いたのだろう。
「よし、決めた。次はお前だ」
軽い口調で、愉しむように少年は呟いた。おじさんは“やめてくれ”と何度も、頼んでいるけど、やめないだろう、あの少年は。
私はより、おじさんたちをかわいそうだと思った。だけど………誰にも、この少年は止められそうにもなかった。
誰もが、息を飲む中、少年は拳を振り上げた。けれど、その口から出た言葉は意外なものだった。
「そうだな。殴っても、あんたらの顔が俺の視界にある限り、鬱憤は晴れないな」
少年の気迫がその言葉とともに徐々にしぼんでいくのを、この場にいた誰もが感じた。私は少し安心感を覚えた。
しかし、彼の口調から推測するに、情けをかけたわけではなく、単なる気まぐれの意志の方が強そうだった。
少年は苛ついた口調だけは直さずに、こう呟く。
「俺の視界に入るな。入った奴はその場で半殺しだ。とっと消えろ」
その言葉を聞いたおじさんたちは、大急ぎで逃げ出した。足元がおぼつかず、途中でつまづく者もいたが、おじさんたちは全員逃げてしまったようだった。その様子はさながら、猫に追われた鼠の群れにも見えた。
かわいそうと思う反面、もう殴られずに済むという安心感が私の胸いっぱいに広がった。
私にとって、それは良かったことか、悪かったことかは分からない。けれど、自分を助けてくれた少年には感謝の気持ちを述べようとした。
必死の思いで立ち上がって、少年の元に私は寄ろうとした。そうして“ありがとうございました”と言いたかった。
けれど、私の現実はそんなにいい状況でもなかった。
立とうとする度に体がぐらついて、起き上がることすらままならず、私は肘と手を地面につけたまま、肩で息をしていた。体を襲う激痛だってひどいものだ。
だけど、私は感謝の気持ちを述べたかった。
そんな私に少年の方から歩み寄ってきた。
「大丈夫か?」
無愛想で、とても心配してくれている言い方には聞こえない。見下ろしているような体勢は、彼の無表情とあいまって、とても偉そうだった。だけど、私は言った。
「ありがとうございます」
少年はその言葉に苦笑し、ゆっくりとしゃがみ込みながら、こう返した。
「どういたしまして」
けれども、私の意識はその言葉を聞いて、途切れてしまった。
あれだけ殴られたのだ。今まで気絶しなかった方がおかしい。自分でもよく頑張ったと思う。
私は、その少年にもたれかかってしまった。
ちなみに私が気絶した後、その場には重苦しい雰囲気だけが残ったらしい。
あとがき
初めまして。あなたの知らない人と名乗らせていただきます。以後、よろしくお願いします。
まずは、私の作品をお読みくださり、ありがとうございました。楽しんで頂けたのであれば、とても幸いです。
読んでいただいたのであれば分かると思いますが、この作品は、ナデシコの二次創作ではありません。私のオリジナルファンタジー物(しかも長編予定)です。当然、テンカワ・アキトやミスマル・ユリカなどのナデシコキャラ、ならびに、“時の流れに”のキャラは出てきません。
では、何故このような作品を、実は掲示板にも書き込みをしたことがない二次創作中心の投稿サイトに出させていただいたのかというと、一言で言えばここの感想が辛口だからです。
自分には文才などというものはありませんし、文章力もありません。けれども、小説や物語を作るのは結構好きだったりするのです。ですので、ここに来れば、文章力が少しは上がるかな……と思い、投稿させてもらいました。
本当は、自分でHPを立ち上げて載せるということも考えたのですが、それではぬるま湯につかることになるのではと、少し危惧いたしました。
どなたが、感想を書いてくださるのかは、今このあとがきを書いている時点では分かりませんが、是非辛口で斬ってください。
では、ここまで、私の文章を読んでいただき、ありがとうございました。
感想代理人プロフィール
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代理人の感想
と、言うわけで特に指定が無かったので代理人の感想です。
で、第一話の感想ですが・・・「切レテナーイ@マイク・ベルナルド」という感じ?(爆)
要するにお話として落ちがついてません。連載であるにもかかわらず、引きもありません。
この流れだと、謎の少女(?)が気絶した後に主人公の反応を書いて、そこで区切りとするのが良かったかと思われます。
話を書く場合、長編として全体を見ると良くても、連載でぶつ切りにして少しずつ出す場合は
各話毎に盛り上がりと落ちを用意するのが好ましいやり方です。
新聞小説にしろ週刊月刊の雑誌にしろアニメやドラマにしろ、連載一話は全体の一部であると同時に
それ自体で完結している1エピソードでもあるはずです(「それが出来ねば貴様は無能だ」@シャア)。
難しいとは思いますが、頑張ってください。