―――私は何がしたくて、なにが嫌で逃げ出したんだろう?

“あの人”達から逃げたのは、こんな風景を見たくなかったから、なのに………結局今ある風景は変わらない。

赤く染まった地面、物言わぬ死体、恐怖に歪んだ表情………それは私の見慣れた場面で、もう二度と見たくなかった場面だったはずだった。

今までとは違うのは、それを“作った”のは、私じゃないこと…………でも、結果は変わらなかった。それに………多分、原因は私だ。



それは、日が落ちて私達が食事の準備を始めた、その直後だった。

あの時、いきなり、立ち上がったジウさんは、ただ物影に目をやり、視線を向けた方向へその足を進めた。

無言だった。その表情には緊張がほんの少し隠れてた。でも、愉しそうだった。凄く………怖かった。

ジウさんは、それから狂った様に………いきなり、襲いかかってきたおじさんたちに、焦りを見せるでもなく、ただ自然に剣を抜いた。その、凄まじい笑みのままで………。









「答えろ」

ジウさんがそのおじさんの首を掴み、木の幹に叩きつけた。その乱暴な光景に思わず私は、首をすくませ耳を手で覆い、目を必死に瞑った。

もう、私達を襲った人達の中で生き残ってるのは、その人一人だけだった。

後はみんな、ジウさんに殺された。倒されたのでも、やっつけられたのでもない………そう、殺された。

「お前等は何が目的で俺達を襲った?」

耳を覆っても聞こえてくるジウさんの言葉と対照的に、おじさんの声は何も聞こえない。

きっと、私みたいに怯えて震えているのだろう。

「誰かに命令されたのか?それとも、ただ、旅行者を襲って金目の物を手に入れようとでもしたのか?」

ジウさんの声は恐ろしいほど鋭く、そして眼前に突きつけるナイフのように恐怖を与える物だった。

「答えろ!」

ジウさんが叫んだ。全然大きくない、本当に“少し”程度だったけど、それは私を、そして、ジウさんに首を掴まれてる男の人を更に怯えさせるものだった。

ふと、誰かが私の肩にポンと手を置いた。

「大丈夫?ユニトちゃん?」

“誰が”なんて考えるまでも無い。今、こうやって動けて息を吸って吐ける人間は、ジウさんとラドさん、私と首を掴まれてる男の人だけなのだから。

「ジウ!軽めにしとけ、ユニトちゃん怯えてるぞ!!」

ラドさんはおどけたように、ジウさんに呼びかけた。

私はそれが信じられなかった。この血まみれの風景の中で陽気でいられる………その事がとても非現実的にしか見えなかった。

ジウさんが諦めたように返した苦笑が、私の驚きをますます加速させた。

そういう人を見るのは初めてじゃない。けど………ジウさん達が“そういう人”だということが、私にとってとても驚きだった。

対照的にガタガタと震えているおじさんの姿が、ふと目に入った。

「何で………?」

「ん?」

私はいつの間にか声を漏らしていた。

そこから先は決して訊けない、訊いちゃいけない質問だ。私はそう直感した。

でも、胸の内に生まれた衝動は決して収まらなかった。

―――何で、笑えるの?

分からない。気まずい空気を取り繕うための笑みなのか、死んだ人間と今怯えてるあの人を馬鹿にする笑いなのか、それとも、もう周りには気を使ってないために出来た笑みなのか.........。

「で、そろそろ、本当に目的を教えてもらおうか……?」

ジウさんは多少棘の抜けた声で、そのおじさんに尋ね直した。

その声に、ほんの………ほんの少し、緊張が解けたのか、それとも早く答えないと殺される事に気付いたのか、ようやくその重い口を開いた。

「お、俺達は………ただ、人に頼まれただけで…………」

私は何故かその声に、ホッとした。本当なら、その内容を聞いたときに怯えなきゃいけないのに。

ジウさんはそれでも満足しないのか、抑揚の無い声で質問を続けた。

「なんて頼まれた?」

「あ………あんたらを、殺さ、ない、て、程度に……襲えって…………」

「誰に?どんな奴だ?」

「わ、分から、ない。か…顔を、隠して、た、たから………」

ジウさんはそれを聞くと、舌打ちして、首を掴んでいた手を離した。

おじさんは呆然とジウさんを見返すと、しばらく立ち尽くしていた。足腰に力が入らないのか、足だけがずっと震え、やがてヘタリと地面に手をついた。

私は自分でもよく分からない安堵を抱いた。

「ひっ………ひぃっ…………」

おじさんは、そこから立つことが出来ないのか、地面に這いつくばったまま、右往左往していた。

見苦しいとか、そういうことは今はまだ考えられないみたいだった。

襲い掛かってきた時はあんなにも怖いと思っていた………でも、今のおじさんは、全然怖くない。ただの………普通の人だ。

こっちが、あのおじさんの本当の姿なんだろう、きっと。

襲ってきた時、怖いと感じたのも、本当はそんな風に思ってなかったのかもしれない。

そんなことをぼんやりと、ただぼんやりと考えていたから、次の瞬間に起きたことが信じられなかった。

銀色の光が、助かったと思っていた、そのおじさんの頭に、グサリと喰らいついた。何が起きたのかすぐには分からなかったけど、おじさんの頭に何か剣の柄のようなものが埋め込まれていたのだけは分かった。

その光景を見たとたん、私は頭が痺れるような感じが流れ出た。

おじさんと私は揃ったように、光が飛んできた方向へと、ぎこちなく視線を向けた。そこには、何が可笑しいのか、何を嘲笑しているのか、そっと微笑んでいるジウさんがいた。

「な………んで……………?」

おじさんはジウさんの顔を見たのが最後の力だったかのように、そのまま前のめりに倒れこんだ。

腰を若干持ち上げたままの、無様でみっともない死に方だった。

ただ、ジウさんは何事も無かったかのように、平然と食事の準備を始めたのが、私の何かを刺激した。

「ジウさんっ!!」

私は思わず叫んでいた。

未だにジウさんが何がしたのか、よく分からなかった………けど、これだけは分かる。ジウさんがまた人を、あっさりと、殺したのだ。

「殺す………殺すことなかったじゃないですか!!」

別に、あのおじさんに親しみを持ったわけじゃない。だけど………………

「あの人は怯えてたじゃないですか!もう私達を襲うとする気なんてなかったじゃないですか!」

ジウさんは頭をポリポリと掻くと、呆けたように、こちらに返した。

「んなこと分からないっての。騙し討ちしてくるかもしれないだろ?それに仮に襲う気がなかったとしてもな、俺達の情報が流れるのは出来れば避けたい。ま、本音言うともう少し情報欲しかったけど、そんな暇も無いかもしれないしな………」

ジウさんの言ったことは正論だ。あの人が怯えてる“演技”をして油断を誘っていたかもしれない。私達の情報が流れれば、“あの人”達が来るかもしれない。

でも、私は声を止めることが出来なかった。

「じゃ、なんであのおじさんに、希望を持たせるようなことしたんです!?そんなの………そんなのただの嫌味じゃないですか!!」

ジウさんは私を見て、ただきょとんとしている。それがなぜだか癇に触った。

気付いたら涙が出ていた。

「ラド、ちょっと席外してくれ」

「はいはい…………」

ジウさんの言葉にラドさんはただ一言返すだけで、そのまま川のある方向へと消えていった。

その間、私はジウさんを涙でぼやけている左目でなおもにらみ続けた。

「希望持たせたつもりはないが……」

ジウさんが唐突に口を開いた。

「そっちの方が面白かった………楽しかった。それだけだ」

その言葉に酔った様に、ジウさんは口元を綻ばせた。

狂ったような、壊れたようなその笑みに、私は思わず肩を抱いた。

ジウさんが怖い。私は目の前にいる人が、私達に襲い掛かり、そして、ジウさんに殺されたあのおじさん達がよりも、怖い。

守ってくれたのに………もしかしたら、あのおじさん達が攻めてきた理由だって私の所為かもしれないのに………それでも恐怖から冷や汗がだらだらと額を滲ませる。

ジウさんはそれを見て取ったのか、笑みの質を変えた。

それは普段だったら優しいと思える笑み………でも、今の私には見下しているとしか捉える事が出来なかった。

「笑わないで下さい!」

私の声は震え、尚且つ恐怖に染まっていた。

「こんなに人が沢山死んでるのに………不謹慎です!!」

とうとう言ってしまった。そして、瞬時に深い後悔に襲われた。

自分の罪は棚に上げ、目の前にいる人物が起こした結果を信じられず、ただ感情を暴発させた。それは、ひどくジウさんにとって失礼に値する行為に感じられた。

だけど、ジウさんは困ったように手を上げて、私の言葉を意にも介せず返してきた。

「不謹慎って言われてもねぇ………実際、何人も殺してきてたわけだし、単純に“慣れ”を否定されても、困る」

私には、初めて助けられた時、ジウさんが物語でしか聞けない英雄に見えた。正義の味方に見えた。

違う。違うんだ。そんなのは、勝手な勘違いでしかないんだ。

そうだ。本当は知っていたはずなんだ。ジウさんが何人も人を殺してきた、そしてこれからも殺すことを。

ただ、私がそれをうやむやにしてただけなんだ。

「まあ、人殺しを愉しむのは、俺の狂った趣味だけどね、それが気に障ったんなら今後は気をつけるよ………」

ジウさんは私をあやすように、そして話を茶化すかのように

それでも、私はどこか納得できなかった。ジウさんのやった行為、そして………

「ま、これでこの話は終りってことでいいな」

「ジウさんは………」

やっぱり、どうしても納得できない。

「ん?」

―――ジウさんは本当に人殺しを愉しんでるですか?

「………なんでもありません」

口から出たのは意思とは違う言葉、本当に言いたいことは違うこと………それでも聞くことは阻まれた。

ジウさんはポンと私の頭に手を置くと、本当に責めているわけではない口調で口を開いた。

「ユニト、一つだけ言っておく………俺はお前のことを責めるつもりはない。けどな、お前が言っても説得力のない言葉が山ほどあることぐらい認識しておけ」

突然、私の身体に形容しがたい衝撃が走った。

それは優しい声で語られたけど、ひどく私の胸をえぐるような言葉だった。

涙が左眼からまた溢れ出しそうになる。ただ、今の言葉で泣くことは、何故だかとても罪深い気がした。

私は涙をこらえることしか出来ず、ただ肩を震わせてジウさんから視線をそらした。

そらしたところで事実から逃げられるわけでもない………過去の罪が消えるわけでもない。そんなこと分かってる、分かってるんだけど………。

「だから、お前に何も言う資格がないとは思わないけどな、ただそれだけは覚えとけ」

「そ………そうですね。そうなんですよね…………」

私はただ、何度も何度もその言葉を繰り返した。

私の言ってることはただの奇麗事でしかなくて、でも私は偽善者にすらなれないことに、今更ながら気付かされた。

「ユニト?」

ジウさんは私の態度に不審を抱いたのか、こちらの表情を覗き込む。

「………ごめんなさい」

私はそれだけ言うと、トルの所へと向かった。

「お、おい!!ユニト!?」

後ろからジウさんの声が聞こえた。けれど、もう、ジウさんの近くにもラドさんの近くにもいたくなかった。




「あれが“赫の猛禽”かよ………」

「ガキのクセに随分と強いじゃないか」

初めて見たジウ・リプロダクションの実力に、二人の私の弟は恐怖と焦燥の滲んだ声で賞賛を与えた。

あの“かませ犬”どもに“猛禽”を襲わせて、実力や動向を知る………我等はただこの小さい崖の上から望遠鏡からのぞき、対策を取る。

何か問題が多発しそうな時、仕事の達成に支障が起きそうな時、“奴”には毎回この方法を取らせた。

そして………ジウ・リプロダクションは、私が思っていた以上に強かった。全滅することは避けられないとは踏んでいたが、まさかここまで圧倒的だとは………。

あれから成長したのか、初めて見た時に実力を図り間違えていたのか………何にせよ、そこらの盗賊や傭兵では逃げ切ることすら望めないだろう。

多少大きすぎると思える狂気は引っ掛かるが、ともかく戦うとなった時は命を捨てる覚悟を必要とするだろう。

それに……………

「遠くて、よく分からんが、“あの”ラド・ブラッドハンズまでいたぞ」

私の一言に二人は顔を強張らせた。

無理もない。影で鬼神とも天才とも謳われ、その実力はいまだ謎のまま………その理由でさえ、奴に刃を向けた者は必ず死んでいるとまで言われているのだ。恐怖を覚え、逃げたくなるというのは当然のこと。

だが“猛禽”やラド・ブラッドハンズがいることが、愉快に思えて仕方がなかった。どうも私の思考は随分と捻れているらしい。クックッと笑みをこぼした私に対し、二人は怪訝そうな顔をする。

「何が可笑しい、兄者?」

「いや、別に………」

私は唇を、伸ばした舌の先で舐めると、両目を見開いて“猛禽”とラド・ブラッドハンズのいるであろう場所をそっと睨んだ。

「そういえば………」

「何だ、兄者?」

私は舌で指を濡らしながら、密かに笑んだ。

「奴ら、我が此処におる事に気付いておったな………」

弟どもは焦り始めたのか、顔中に多量の冷や汗を噴き出させる。

それが可笑しくて仕方がない。自分の命も既に天秤に掛かっているというのに、何故こんなにも可笑しいのか。分かるようで、全く分からず、全く分からないようで、少しは分かっている気がした。

「何にせよ―――我々の目的は“神の人形”の奪取だ、“猛禽”やラド・ブラッドハンズへ戦いを挑むことではない」

「お、おう………」

「そ………そうだったな」

弟二人は声に詰まりながら、そう同意した。

そう、我々の目的はジウ・リプロダクションと戦うことではない。“神の人形”と呼ばれる一人の“Bag”を捕らえることだ。

それは私をどこか安心させ、どこか落胆させる事実であった。

「まあ………“猛禽”一人ならば、我等三人で挑むならば、どうにでもなるか………」

私はジウ・リプロダクションというたかだか小僧に、惹かれているのか、恐れているのか、よく分からなかった。

一つ分かるのは、どんな意味であれ、あの小僧に興味を抱いているということ、それのみだった。




「近付かないで下さい!!」

あ…………。

思わず、声を荒げた自分に、私自身驚きと混乱を覚えざるをえなかった。

「ご、ごめんなさい………」

「別にいいよ、はい、スープ」

何が私をそう興奮させたのか、よく分からなかった。

いつまでもトルのそばにいる私に、ラドさんが出来上がったスープを持ってきた時、何か背筋に弾けた気がした。それがとても怖かった。

「少しは火にあたった方がいいよ、この季節でも夜は冷えるからね」

………あんまり行きたくない。

私は首を横に振ってラドさんの誘いを断った。

ラドさんは苦笑したように唇を曲げると、そのまま羽織っていたコートを私の肩に乗っけて、焚火の方へ戻ろうとした。

でも、ラドさんは二、三歩足を進めたところで、ふと歩みを止めた。

「ジウの奴、結構気にしてるみたいだよ、ユニトちゃんのこと」

それを聞いても、私は反応することすらせず、ラドさんは方をすくめてまたその歩み進めた。

私は焚火の灯を背に受けながら、トルと一緒に闇の奥を見つめていた。

独りなのは辛かった、傍に誰もいないのは怖かった、何かあるとすぐに暴力を振るってくる人たちに囲まれるのは苦しい。

だから、私は幸せだと思った。多少無口だけど私を“守る”と言ってくれた人、明るくて優しい人、そんな二人が傍にいてくれた。

でも今は、ジウさん達の傍によることが怖い。暴力も振るわないし、逆に私に優しくしてくれる人達なのに、その傍に行くのが辛い。

私は二人の光のあたる部分しか見ていなかった。

それに気付いて、勝手に幻滅して、それで感情をぶちまけた。そんなのは、違う、自分本位過ぎる。

ジウさんは傭兵だった。最初から気付いてた。それを無視して勝手に自分勝手な人物像を思い描いてた。

元からジウさんにあんなこと言う資格がなかったのに、本当は無かったのに、それなのに………ジウさんより深い罪を犯してる私は本当ならあんなこと言っちゃいけなかったんだ。

最低だな………私。

ジウさんがあんなこと言ったのだって、優しい口調ではあったけど、本当は身勝手な私に怒りを感じたからだと思う。

ただでさえ足手まといで、その上危険を呼ぶような存在のくせして、自分のやったことを忘れて、あんな偉そうなことを言うなんて、誰だって怒るよ………やっぱり。

私は、さっきもらったスープをスプーンですくい、口に運んだ。

温かくて、美味しかった。

それでも、気分は晴れなかった。

もし、“あの人”達が私達の場所を知って、沢山の人たちを襲わせたとしたら………ううん、あのおじさん達だって“あの人”達の命令でやってきたのかもしれない。

もし、こんなこんなことが続いたら、ジウさん達はやっぱり殺しちゃうのかな………?

それは何となく嫌だ。

ジウさん達のことは嫌いじゃないし、むしろ好きだ。だからこそ、見たくない。私が嫌な部分をこれ以上見たくない。

ワガママと言えば、ワガママかもしれない。自分勝手といえば、自分勝手だと思う。

それでも、もう見たくなかった。

ふと、ジウさんの言葉が私の耳に蘇ってきた。

―――でも、お前が俺達の傍にいる限りは、少なくとも俺は………お前を守ってやる。その言葉を信じて付いてくるかはお前の自由だ

「自由………」

ポツリと呟くと、私は気付いた。

―――そっか、私まだ選択肢があるんだ。

気付かなかった。ジウさん達についていくことしか、私の頭の中にはなかった。

そうだよ、私にだって選択肢はまだあるんだ。

見たくないんだったら、離れればいい。ジウさんはきっとこれからも人を殺し続けるだろうし、私がいなくなってもきっとそれは変わらないと思う。ただ、私が見たくないだけ………いわば逃げだ。でも、私はそれでもいいと思った。

勿論その選択次第では、失う物もきっとある。

喪失への恐怖は、私がもう一つの選択に惹かれると同時に徐々にだけど私の胸に芽生え始めた。

守ってくれる人がいなくなる………孤独になる。ジウさん達ともう会えなくなるかもしれない。

やっぱり、それも嫌だった。

「あ………」

その時、私の顔をトルが舐めた。それは、何故だか私が選ぼうとしている道を肯定してくれてるような気がした。

「そうだよね………孤独になるってことはないんだよね」

私は何でこういうことにさえ気付かないんだろう。

少なくとも、トルがいてくれる限り、私は独りじゃないんだ。ジウさんには会えなくなるかもしれないけれど、それでも、寂しいなんてことはないんだ。

私はなんとなく決心がついた。うん………そうしよう。その道を行こう。

やっぱり私は馬鹿なのか、その道を選んだ瞬間、他の道は見えなくなった。

気付けば、私はポツリと呟いていた。

「世界彩る―――」

“鍵詩”………文字通り“革導”を使うための鍵となる言葉。その言葉を唱えるといつも、苦痛や疲労が私の心に押し寄せる。 “革導”を使う際に、違う世界へと心を繋げるための、感情の波。だけど、私は唱え続けた。

ジウさん達を仮初の眠りに誘う………自分勝手な別れの挨拶を。






朝の光が木々の間から差し込み、俺は眼が覚めた。

重たい瞼を開き、そのまま大きな欠伸をする。

………妙に気分が悪い。よく分からんが、いつもとは違う朝を迎え方をしたという感じがしてならなかった。

―――顔洗うか。

まだ、瞼が重く、頭もボンヤリする。冷たい水で被ればスッキリするだろうと思い、俺は昨日確認した川の場所へと向かおうと、大きく背伸びをしながら、立ち上がる。………ん?

そこでようやく異変に気付いた。

―――ユニトがいない?

周りを見回し、そこにいるはずの黒いカツラを被った少女を探したが、何処にもいない。

俺と同じように顔を洗いに行ったか、それとも用を足しに行ったか、なんてことは思考から除去する。

俺は野宿生活には慣れている。だから、眠っていても、気配を読む術は当然のように心得ている。それが仮に敵意の無いものだろうと、完全に押し殺したものだろうと、起きている時以上にそれを発見することが出来る。ましてや、あいつが気配を完全に断つことなど、出来るわけがない。

つまり何処かへ行ったとするにしても、俺は勿論、ラドにだってそれが分かっていたはずだ。気付かないはずはない。

となると……

「“革導”使ったな………あいつ」

どんな術かまでは分からないが、使ったことは恐らく間違いない。

ふと、目を落とすと。初めて出会った町であいつに渡した金が、地面にちょこんと置かれているのが目に入った。

そこまでするなら、別れの挨拶ぐらい告げろってんだ。あの野郎は………。

俺は思わず舌打ちした。

これをわざわざ返すってことは、自分の意思で離れたってことを示していて、何も言わずに離れたということは、逃げたということを如実に語っている。

しかし、確かに昨日は言いすぎたかもしれないが、逃げることはないだろうに。

と心の内であいつをなじると同時に自分の言葉があいつの傷を抉ったかもしれないと、後悔の念がふと心をよぎった。

―――………信じるというよりも、分かるかな……………?具体的な情報や状況がないとさすがに正確な判断はできないが、それでも表情に出やすいみたいだし。

結局、分かってなかったな………俺は。あいつのことを考えてやれてなかった。

いなくなろうが、何しようがあいつの勝手だというのに、何故だか俺の胸の内には後悔の念しか沸いてこない。

「はぁ………」

ユニトがいないことに自分でもよく分からない寂しさを覚え、それでも探す気が起きず、俺はただため息を吐いた。

俺は鞘に収まったままの剣を握ると、近付いてきた気配に撫でてやった。

「なんで、お前はついていってやらないんだよ………トル」

そこにいたのは、てっきりユニトと一緒に行ったと思った、純白の毛並みを持つ、あの賢い馬だった。


後書き
どうも皆さん、お久しぶりです。あなたの知らない人です。
1年近く、投げっぱなしでしたが、もしお待ちになっていた方がいらっしゃったら、この場で深く謝らせていただきます。申し訳ございませんでした。
1年の間に、色々なことがありました。特に、「この主人公がどう成長を遂げるのだろう?」と期待させたにもかかわらず、前作の主人公を前面に出し作品を滅茶苦茶にし、期待を鮮やかに裏切った某アニメに、意味もなく落胆したのは本当にいい思い出です。私も、あまり人のことは言えない可能性がありますので、ここまでにしておきますが。
それでは、ここまでお読みくださった方、ありがとうございました。次回もお付き合いいただければ、幸いです。

 

 

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代理人の感想

んむ?

トルが残っているって事は・・・彼はユニトが戻ってくると確信していたりもするんでしょうか?

ともあれなんか色々とやばい状態ではありますが、彼らにはそれを乗り越えてほしいなと。