十六夜の零
第七章 「剣士と宝物庫」
モット伯の事件から二日が経った。
表面上、大きな騒ぎにはならなかったので学生達は変らぬ日常を満喫していた。
ただし、事件に関わった当人達にとっては、胃が痛くなるような二日間だったが。
そして今朝早くから呼び出しを受けた三馬鹿は、学院長のオールド・オスマンの前で神妙な表情で畏まっていた。
「まあ、実際に被害者が見付かったからこそ、上手く事が運んだが。
・・・下手をしたら三人共、軽くて追放、悪くて打ち首だったぞ」
「はい、反省してます!!」
キラキラと瞳を輝かせるギーシュが、三馬鹿の代表として返事をする。
「・・・・・・・・・本当に反省してる?」
「ええ、俸大なる始祖ブリミルと女王陛下に誓って!!」
真剣な顔と口調で反省を述べるギーシュだが、何故か真面目に言えば言うほど嘘くさい雰囲気を醸し出していた。
最早これは人徳のなせる業だろう。
ギーシュの後ろに控える包帯姿のマリコルヌと京也は顔を見合わせて苦笑をしていた。
そして自分の発言の格好良さに酔いしれる馬鹿を、オールド・オスマンが冷たい目で見ていた。
「コホン、まあ実際モット伯の傍若無人ぶりは問題視されていたからのう。
今回の行方不明者の捜査については、実施されるまで時間の問題じゃった。
しかしのう・・・事件はモット伯の暴走程度で納まるものじゃなくなったぞい」
突然オールド・オスマンの口調に圧力が篭った。
その圧力に押されて、背後に下がりそうになったギーシュとマリコルヌが、歯を食いしばってその場で耐える。
緩い表情をしていた京也も、その圧力を受けて視線を鋭くした。
「魔法力消去・・・しかも、魔法使い本人の力を消し去る。
とんでもない力じゃ、この貴族社会の仕組みを根本から切り崩しかねん。
十六夜 京也、お前はこの力をもって今後、何をなすつもりじゃ?」
「まあ、当面の目的はルイズの使い魔、そして最終的な目的は故郷への帰還、かな?
学院長が心配するような革命とかは、全然考えていないし興味も無いよ」
そう言いながら、左手に刻まれたルーンをオールド・オスマンに見せる。
「デルフからこのルーンの謂れは聞いた。
俺の勘だけど、今後ルイズはかなり厄介な事に巻き込まれるだろうな。
その厄介ごとに対抗する為に、俺は此処に呼ばれたと思ってる」
「・・・どんな災厄からも、その身でもってヴァリエールの娘を守ると言うのか?」
「俺はルイズにそう誓った」
京也の真意を測るかのよう、「偉大なる」と称されるオールド・オスマンの瞳が底光りをする。
その眼光を京也は一歩も退かずに受け止めた。
「わしがそのような誓いを素直に信じると思うのか?」
「でなければ、昨日のうちにでもこの学院には、兵士の団体が押し寄せてきてるんじゃないかな。
そうなっていない所を見ると、学院長殿は思った以上にこの国に顔が利くらしいや」
無邪気に喜ぶ京也の顔を見て、オールド・オスマンは苦笑をしていた。
確かに王宮の上層部に報告が上がる前に、この情報を止めたのはオールド・オスマンだった。
しかし、それは事前に京也から場合によっては「大事」を起こすので、そのフォローを頼みます、とモット伯への抗議文を頼まれた時に耳打ちされていた為だった。
その「大事」が予想以上の「大事」だった為、こうやって当事者を再度呼び出しているのだが。
もしかすると、自分が京也を見定めようと今まで放置していたように、京也も自分の影響力を測る為にあんな依頼をしたのかもしれない。
そう、自分の味方になる人物なのか、信頼に足る人物なのか・・・お互いに腹の内を探っていたのだろうか?
実際、オールド・オスマン自身もこの国で何かが起ころうとしている事を感じている。
トリステインを取り囲む世界情勢は、決して明るいとは言えない。
むしろ暗雲が立ち込めていると言ってもおかしくない状態だ。
そして、そんな不安な情勢とは別に、何か不気味な胎動が近づいている事もオールド・オスマンは感じているのだ。
静かに積もっていく焦燥感の中、突然現れた不思議な技を使う少年―――――十六夜 京也
長い間、魔法使いとしてこの国と共にあった自分でも、この京也の力は理解し難いものだった。
そんな京也が自分と同じく、何らかの異変を感じ取っている、将来を考えて動こうとしている。
そして、コルベールの話を信じるならヴァリエールの末娘が持つ力は・・・
もしかして自分は、この二人の主従が何処に行こうとしているのかを見極める為に、この学院に残っていたのかもしれない。
「そういえば、君は突然『サモン・サーヴァント』で呼ばれたんだったな。
故郷は此処から遠いのかね?」
「あー、ロバ・アルカリカリ・・・あれ?
ま、まあ、此処からは遠い遠い土地だな」
切り口を変えてきたオールド・オスマンの質問に、思わずルイズに教えられていた地名を思い出せず、適当に受け流す。
老練な質問者は当然、そんな京也の発言から嘘は見抜いていた。
少しは陰謀めいた事も出来るみたいだが、やはり本質的には素直な性格なのだろう。
何やらまだ隠し事はあるだろうが、京也が義憤に燃えて自分が不利になる事を承知でマリコルヌを助けに行った事を評価もしていた。
今まで見守ってきた彼の言動を見る限り、少なくとも信頼に足る者だと思う。
普段見せている好々爺の表情に戻しながら、京也の背後で冷や汗をかいている二人の生徒を眺める。
数週間前の彼等なら、先ほどのプレッシャーに負けて無様に床に座り込んでいただろう。
それが今では曲がりなりにも耐え切ってみせたのだ・・・見事、としか言いようが無い。
実戦を得て少しは肝が据わったという事か。
「ふむ、まあ遠方だが帰れる距離で良かったのう。
事と場合によっては、異世界から『サモン・サーヴァント』で呼ばれる可能性も有るからのう」
「へぇ、異世界からですかぁ」
お互いに笑顔で会話していたが目が笑っていなかったと、ギーシュとマリコルヌは友人達に語った。
「おおう、英雄の御帰還だ!!」
「うわ、マルトーさん抱き着かないで下さいよ!!」
「ははは、今日は殴られても蹴られてもお前を放さないぞ〜」
「なら、また捻り潰します」
「すまん、正直調子に乗りすぎてた」
厨房に入った瞬間、マルトーから熱烈な歓迎を受けた京也が笑顔のままそう宣言する。
そして、昨日は実際捻り潰した。
何を潰したのかはマルトーと京也しか知らない。
厨房に居た他のコックとメイド達は、聞きたくてうずうずしていたが、青色を通り越して白色になっているマルトーの顔色を見ると聞き出す事などできる筈が無かった。
「さて、今日も飯を食っていくだろ?」
「もう腹ペコですよ。
しかし、初めて長話をしたけど・・・凄い人ですね学院長って」
「そうだろう、貴族にしては出来た人だからな!!」
また上機嫌になったマルトーが用意してくれた昼御飯を食べながら、京也はオールド・オスマンとの会話を思い出していた。
この学院に来て以来、こちらを泳がしているので何時かは仕掛けてくるだろうと思っていたが・・・
―――――中々に食えない爺さんだった。
モット伯の魔力の元を断った事は、犠牲者達の魂の叫びを和らげる為に必要な処置だった。
彼女達の怨みを晴らさぬまま浄化をしても、魂に歪みが残りかねなかったのだ・・・そして、それだけ深い怨みでもあった。
十六夜念法を使う人間として、あのまま彼女達を放置する事は出来なかった以上、モット伯への処理は命を取らずに罪を償わせる最善の手だった。
もちろん、この世界の貴族にとって魔法が使えなくなるという事態がどれだけ大変な事かは理解している。
ただ、罪を償わせただけのこと・・・後悔は無い。
貞操と命を奪われた彼女達に比べれば、生きているだけマシと思って欲しいくらいだ。
実は最悪の事態も考えていて、ルイズには昨日中に相談済みだった。
もし国の兵士に追われた場合には、夜中に京也一人で逃げ出してヴァリエール公爵家に逃げ込む予定だった。
その為に怪しまれない為の紹介状をルイズに用意もしてもらっていた。
・・・まあ、暫くの間ルイズと距離が離れてしまうが、ほとぼりが冷めた頃に学院に戻るという事で納得してもらっていた。
喜ばしい事にそんな準備も全て徒労に終わったのだが。
結果的にお互いの腹の底を探りあうような形になったが、京也本人にそんな考えは無かった。
どうにも伝え聞くモット伯の良くない素行から、最悪の事態を予想してフォローを頼んだだけだったのだが。
かといって、オールド・オスマンに語ったルイズを守ると言う誓いも、騒動に巻き込まれそうな予感も本当の事だ。
・・・それに忌々しい事だが、自分の嫌な予感ほど良く当たるものは無い。
「な、何か不味いものでもあったか?」
「あ、大丈夫ですよ。
滅茶苦茶美味しいです」
過去、自分が経験してきた事件を思い出し、沈んでいる姿をマルトーに勘違いされてしまい急いでフォローをしていた。
「そうかい、京也も何だか色々と大変なんだろうなぁ。
突然使い魔として呼び出されて、貴族の為に働かないと駄目なんだからな」
「確かに大変ですけどね。
付き合ってみると、結構面白いですよ・・・アレとか」
笑顔でそう言いながらスプーンで指した先には、厨房から見えた食堂内に居る初々しいカップルだった。
「あ、あのケーキを焼いてみたんですけど!!」
「おおう、あ、あ、あ、あ、有難う」
ニヤニヤと笑っているギーシュの隣で、真っ赤な顔で差し出されたケーキを同じく真っ赤な顔で頬張るマリコルヌ。
隣のテーブルでは呆れた表情の三人娘とモンモランシーが居た。
「うんうん、これで少しはマリコルヌも落ち着くよな。
ローザは思いっきり好みの容姿らしいし」
「あの貴族がねぇ・・・まあ、確かにローザを助けてくれたのは確かだし。
他の貴族達とは違って、見込みはあるかもな」
「でも、昔から貴族とメイドの恋愛は・・・大抵悲劇で終わっていますし」
京也に飲み物を渡しながら、シエスタが会話に参加をする。
それを聞いてマルトーや周りのコック達が沈んだ顔になる。
「それに、実はローザって・・・」
「ぶふぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
「ああああああ、マリコルヌ様!!」
何やらキラキラとした物体を吐き出しながら、マリコルヌが机の上に倒れ付す。
それを見たギーシュが慌ててモンモランシーを呼び治療を依頼していた。
「・・・凄い料理オンチなんです」
「うわぁ」
『ひでぇ落ちだな』
ヤバ気な痙攣を繰り返すマリコルヌと、それに縋り付いて謝るローザの姿に先行きの不安を感じる京也であった。
「生きてるか親友」
「生まれて初めての・・・女性からのプレゼント手料理を食って、死んでたまるかぁぁぁぁ!!」
「まあ、人生色々と思い通りにならないもんさ」
げっそりとした顔で中庭に倒れ付すマリコルヌを中心に、京也とギーシュが苦笑をしながらも心配そうに声を掛けていた。
実際、男を見せたマリコルヌにローザはぞっこんだった。
ただし、やはり身分の壁は高いらしい。
お互いに惹かれながらも、周りの目を気にして一歩を踏み出せずにいた。
まあ、当事者以外にすれば十分に面白い見世物なので、素直にくっつくより面白そうだと見守っている。
ここ最近の気掛かりが解消されて、三人がリラックスして日向ぼっこをしていると、女性陣が楽しそうな笑い声を上げながら近づいてきた。
彼女達は中庭に居る三人に直ぐに気が付き、足早に近づいてくる。
そして、ルイズが京也に話しかけようとした瞬間、一歩前に出たタバサが口を開く。
「前の時協力をした約束」
「ああ、何か俺に聞きたい事があるんだって?」
京也の右隣に座り込み頷くタバサ。
何だかそれが気に入らないルイズは、少々不機嫌な顔で京也の左隣に座る。
そんな三人を楽しそうに見学しながら、キュルケとモンモランシーが京也の対面に座った。
「で、何が聞きたいんだ?」
「貴方の力で魔法薬の効果は消せる?」
タバサと付き合いの長いキュルケだからこそ分かる変化だが、今のタバサの表情は緊張で固まっていた。
「魔法薬か・・・正直に言うと、その場に居ないと分からないなぁ。
念法は何でも有りに見えるけれど、あくまで俺の知覚できるモノ、理解できるモノという前提があるんだ」
「・・・いや、既に何でも有りだと思うよ」
「だよなぁ」
『俺も同感だ』
「そうなの?」
ギーシュとマリコルヌとデルフの言葉に、疑問符を浮かべたモンモランシーだったが、ルイズは京也の数々の秘密を知っているので沈黙を守っており、タバサもトリステイン城下町でのレイとの戦闘やモット伯に行った魔法力消去は秘密にして欲しいと頼まれていたので黙っていた。
「ギーシュとマリコルヌを相手にした時の決闘しか知らないけれど、なかなか凄いらしいわよ」
「へぇー」
唯一、京也の戦闘をあまり見ていないキュルケが、何となくモンモランシーにフォローを入れるのだった。
「その魔法薬の効果を消すのに、俺の念法に頼るのは最終手段として、同じような効果を発揮するアイテムとかは無いのか?」
「うーん、魔法薬の効果を消す魔法薬・・・
確かこの学院の宝物庫にそんな物があったような?」
魔法薬(ポーション)には詳しいモンモランシーが頭を捻りながら口を挿む。
「でも宝物庫に入れられてるって事は、物凄く価値の高い魔法薬って事よね。
きっと私達のような学生には手が出ないと思うわよ。
タバサもどんな目的で魔法消去薬を求めてるかは知らないけれど、そうそう手に入らないと思うわ」
ルイズがモンモランシーの意見を補足する。
タバサは勿論、その魔法薬の存在を知っていたが、自分の期待する効果を発揮しない事も知っていた。
何故なら既にその手段は試した後だから。
もっとも、自分の為に知恵を出し合ってる友人達に対して、そんな事を言うのは失礼に当たると思い黙っている。
「宝物庫と言えば、トリステインで発見された異世界の品物も収められているらしいね。
もしかしたら、そちら方面で意外な品物があるかもしれないよ」
ギーシュの付け加えた情報に、過剰な程反応を返した人物が二人居た。
「異世界からの品物?」
「え、そんな物集めてたんだ」
京也は初めて得た自分の世界に返る為の情報に目を光らせ。
ルイズは京也が帰ってしまう事を思いつき表情を曇らせた。
「でも、宝物庫は厳重に閉じられてるからね。
魔法のアンロックを使おうものなら、直ぐに警備兵に連絡が届くし。
外壁は『固定化』の魔法でガチガチに固められてて窓も無いし」
「なぁ、ギーシュ・・・何でそんなに詳しいんだ?」
熱心に宝物庫の警備の凄さを語るギーシュに、マリコルヌが思わず突っ込む。
そのツッコミを受けて熱が冷めたのか、ギーシュは慌てて言い訳をする。
「いや、錬金の勉強をしている課程でこの宝物庫に掛かってる『固定化』の魔法に興味を持ってね、その時色々と調べたんだよ、本当にそれだけだからね」
「まあ、ギーシュにそこまで悪さが出来るとは思わないし、この話は此処までにしておこうぜ」
京也がそう纏めたのでその場で宝物庫の話は終わり、話題はマリコルヌを肴にした恋愛相談へと移行していった。
その日の真夜中、物音も立てず静かに宝物庫へと向かう人影があった。
その人物は背中にもう一人の人物を背負い、風のように走っている。
やがて、目的地でもある宝物庫に近づいた所でその足を止めた。
「・・・おい、こんな夜中に何をしているんだよ?」
「その質問はそっくりそのまま君に返すよ」
背負っていたルイズを床に降ろしながら京也が苦笑をする。
京也が話しかけた先の柱の影から、次々と人影が吐き出される。
具体的に言うと、ギーシュとマリコルヌとタバサとキュルケと・・・モンモランシーだった。
モンモランシーが居た事は意外だったのか、京也とルイズが驚いた顔をする。
「・・・この人を放っておくと心配だから」
「ああ、なるほど」
「・・・・・・何でその説明で納得するかね、我が友よ」
憮然とした表情を作りつつも、モンモランシーが自分に構ってくれる事が嬉しいのかギーシュの表情は笑顔だった。
「それしても、私達の行動ってバレバレ?」
ルイズも不機嫌な顔でそう呟く。
実は夜中に部屋を抜け出そうとする京也に気が付き、ルイズは寝ずに見張っていたのだ。
勿論、京也はルイズの寝たふりに気付いていたが、このままでは何時まで経っても部屋を出る事が出来ないので、根負けをした京也がルイズに話しかけて同行を依頼した。
ここで無理矢理出て行っても、ルイズの機嫌を損なうだけだと判断をしたからだった。
「そりゃあ、あれだけルイズと揃って顔色を変えてればねぇ
貴方達が部屋を出るのを待ってから、タバサと一緒に空を飛んで先回りしたのよ。
もっとも、ギーシュ達も居るとは思わなかったけど」
「伊達に友人をしてないからな、京也の顔色が変わったから何かを仕出かすかは予想もつくさ」
キュルケとマリコルヌの言葉に、最早苦笑をするしかない京也だった。
「さて、こうして目出度く友人一同揃って宝物庫に集合したわけだが」
「だが?」
ギーシュが真面目な顔で話し出すので、京也が合の手を入れる。
「やっぱり、さっぱり、きっぱり扉の封印が解けません」
「胸を張ってそんな事言うな」
「京也が何に興味を持ったのか分からないけど、扉を開ける位の手伝いをするつもりだったんだけどね」
照れ笑いをするギーシュを珍しそうにモンモランシーが見ているが、その行動理由が自分の為である事を知って京也の笑みが深く柔らかいものになる。
「ま、そっちはどうとでもなるだろ、多分」
そう言って宝物庫の扉に触れ、目を閉じる。
「あ、アンロックとかの解除系の魔法は使えないぞ。
直ぐに警備兵に連絡が行くから」
「なぁに、故郷の電子機器にくらべれば、こっちのシステムなんてちょろいもんさ」
マリコルヌの忠告に悪戯っ子の表情で応えながら、京也は最初から鍵など掛かっていなかったかのように宝物庫の扉を開き中に入っていった。
その場に居た全員が呆然とした表情で、宝物庫に入る京也の背を見送った。
「ねぇ、彼って何者?」
「僕の親友さ、それでいいだろ」
キュルケが魔法の明かりを作り出し、京也から距離を取って宝物庫を歩きながら、モンモランシーは隣を歩くギーシュに小声で尋ねる。
ただの平民では無いと説明は受けていたが、まさか学院が誇る宝物庫の守りを『破る』ではなく『騙す』なんて、あまりに非常識すぎた。
「まあ、正直に言えばいい加減驚くのも疲れてきてね。
結局、京也は僕の親友・・・それが全てさ」
最近、大人びた顔を見せるようになったギーシュに、思わず見とれて顔を赤くする。
彼は馬鹿をやるのも相変わらずだが、言動に一本筋が通るようになった。
しかし、同学年の生徒達とは明らかに違う輝きを放ちだしたギーシュに、他の女生徒達から黄色い声が上がりだしたのだ。
その為、荒事などには向かない事を知りながら、焦燥感を感じて此処まで着いてきてしまったのだが。
・・・今までこの馬鹿の面倒を見れるのは自分だけだと思っていたが、逆に引っ張ってもらうのもいいかも。
「・・・モンモランシー、見るのは構わないと思うが手に取るのはどうかと」
「へ?」
無意識の内に触っていた、柄に大きな宝石で飾りつけがされたナイフを驚いて手放そうとするが、困った事に手に張り付いたように離れない。
思わず青い顔でギーシュを振り返ると、同じく引き攣った笑顔が返ってきた。
二人してナイフを剥がそうと努力をするが、一向に剥がれる様子は無かった。
「という訳で・・・困った時の京也頼みで、ゴメンナサイ」
「・・・お前等なぁ」
ルイズと一緒に異世界から来たという品物を探している途中で、青い顔で走り寄ってきたカップルに事情を聞き、思わず呆れた表情をする。
あまり長い時間宝物庫に入っているのも不味いので、素早くナイフに掛かっている魔法の流れを読む。
「単純に掴んだ相手の手に張り付く呪いみたいだな」
「解ける?」
「ほい、解けた」
右手で無造作にナイフを撫でる。
それだけでどうしても手から離れなかったモンモランシーの手からナイフが外れた。
感心した表情で手から離れたナイフを眺めるカップル。
そのカップルを迷惑そうな顔で見ているのはルイズだった。
その不機嫌の理由が、京也との会話を邪魔された事であるとは本人には自覚は無い。
「京也大変だ頭に被った冠が外れない!!
というか現在進行形で締め付けてくる!!」
「お前もか!!」
マリコルヌが豪華な金の冠を頭にのせて、慌てて走り寄ってくる。
「大変大変、指輪が抜けない!!」
「こここ、この巨乳は!!」
大振りなルビーが付けられている指輪を、右の人差し指に付けたキュルケが小走りに現れる。
流石に頭にきたのか、ルイズが思わずキュルケを罵っていた。
「はぁ、タバサ位かな大人しいのは」
京也が溜息をつきながらタバサを探すと、涙目で両手に魔法書らしきものを掴んでいるタバサがキュルケの背後に立っていた。
「・・・・・・・・・・・・・・浮かれすぎだ、お前等」
「・・・・・・・・・・・・・・全くよね」
そっと心の中で泣く主従だった。
ルイズを除く全員を床に正座させ、動かないように注意をする。
このままでは下手をすると、異変を感じた見回りの教師連中に見つかりかねないからだった。
お互いに視線で非難をしあう五人の男女を残し、宝物庫の最奥を目指す。
この手のお宝は大抵は最奥にあるだろうという、京也の根拠の無い希望によりそうなった。
「さて、やっと話が本筋に戻ったわけなんだが・・・」
「え、何、何か罠とか張ってある?」
ルイズが京也との二人っきりの探検を邪魔をされ、ちょっと不機嫌だけど、京也の有能さを再確認できて御機嫌という複雑な心理状況に陥り、顔を面白変化をしてる最中に声を掛けられて思わず動揺する。
「残念、時間切れだ誰かこの宝物庫に来た。
扉に異常は無いから通り過ぎると思うけれど、一応隠れておくぞ」
背後のギーシュ達に合図を送ると同時に、ギーシュが作り出していた魔法の光が消される。
闇に紛れるかのように、京也はルイズを小脇に抱えて大きな人形の裏に隠れる。
ギーシュは慌てるモンモランシーを連れて棚の隙間に入り込み。
マリコルヌ、タバサ、キュルケ達もそれぞれ落ち着いて自分達の身を隠した。
全員が息を殺している中、何故か宝物庫の扉が静かに開く。
そして、一人の人物が魔法の光で照らされた廊下を静かに歩を進め、彼等の目の前を通り過ぎて行った。
その人物は京也が目指していた宝物庫の最奥に到達すると、ある宝物のカバーを慎重に外し中身を取り出す。
「・・・京也、あの人って」
「ああ、ロングビルさんだ。
しかし、まさか宝物庫に入ってくるとはなぁ・・・扉の再封印を忘れてたのは大ポカだ」
「え、再封印を忘れてたの?」
「すんません」
―――――――京也、痛恨のミスであった。
しかし、学院長の秘書である彼女なら、命じられて宝物庫に訪れても不思議では無かった。
だが、こんな真夜中に隠れるように・・・しかも、宝物庫の封印が解けている事に気が付いているはずなのに、誰にも知らせにいかないのは何故だろうか?
手に持った物の確認が済んだのか、満足気に頷くとロングビルは杖を振って壁に何かを記入した。
最近になって友人の手伝いにより、少しは文字が読めるようになった京也はその壁に記入された内容を見て少々驚いた。
「フーケって最近噂の盗賊だよな」
「ええそうよ・・・って、まさかミス・ロングビルが?」
大声を出そうとするルイズの口を慌てて手で塞ぎ、京也は何事か考え込む。
やがて何か決心したのか、腰に吊るしていたデルフを音が立たないようにゆっくりと抜き出した。
「小声で話せよ、デルフ」
『何だい、相棒?』
今回のミッションでは何かと騒がしいデルフは不向きだろうと、部屋に置いて行くつもりだったが、あまりに拗ねるので黙っている事を条件に連れてきていたのだ。
「今からミス・ロングビルの真意を問い質す役目を任せる。
上手くやってくれ」
『へ?何の話だ?』
京也の真意が掴めず、問い返す間に宝物庫の入り口に辿り着いたロングビルから小さな悲鳴が上がった。
「あ、開かない?!」
ルイズが自分を抱きしめている京也に視線を向けると、そこには不敵な笑みがあった。
京也に今更扉の封印を復活させた理由を聞く前に、視界の端でデルフが床に放り投げられる姿が目に入った。
デルフが床に勢い良く刺さる音が宝物庫に響き渡り、驚いたロングビルが杖を構えて背後を振り返る。
「誰だい!!」
『あ、あー、我はこの宝物庫の守護を司る魔剣デスブリンガーなり!!』
「・・・センス無いな、アイツ」
相棒の呟きに凹むデルフだった。
「守護者だって、そんな話は知らないよ・・・いや、知らされて無かったって事か」
『盗賊よ汝の名を名乗り、大人しく縛に付け。
我の許可無しには再びその扉が開く事は無い』
自棄になったのか調子に乗ったのか、デルフの口調が楽しげに弾む。
そのハッタリに、ロングビルは反論が出来ずに悔しそうに唇を噛む。
彼女自身、数々の手を使って挑戦をしても、この宝物庫は敗れなかったのだ。
ましてや、内部から何の助力も無しに破る事など不可能だ。
―――――――じわじわと諦観が彼女の心を覆ってきていた。
「ふん、結局罠だったって事か。
まあ、確かに宝物庫の扉が都合良く開いているはずは無いもんねぇ
・・・結局、あの学院長の爺に騙されていたのかね。
あーあ、『土くれ』のフーケもとうとう年貢の納め時か」
観念したのかロングビルならぬ、フーケが杖を下げる。
『汝が盗みしものを述べよ』
「私が盗んだのは『破壊の珠』さ」
投げやり気味に自分が盗んだ品物の名を告げる。
それを聞いた京也がルイズに視線で『破壊の珠』について聞くと、ルイズは首を左右に振って意思を伝えた。
実は京也達の今の立場はフーケと余り変わらない状態だった。
平民である京也が頼み込んでも、宝物庫に入れるとは思えない。
なので、今回は黙って宝物庫に侵入という手段を取ったのだ。
・・・ここまで騒がしい集団が付いて来るとは、予想だにしていなかったが。
だが、ここでフーケを捕まえても宝物庫侵入の罪は残る。
つまり、現状はフーケを一度逃がし、それを捕まえるのがベストだった。
だが、今まで何度か接触のあったロングビルが、何故このような行動を起こしたのか・・・それを京也は知りたかった。
少なくとも笑顔で自分達と会話をしていた彼女が、根っからの悪人には思えなかったのだ。
京也はデルフもその辺りの機微は分かっているだろうと思い、近くに積まれていた硬貨を指弾でデルフにぶつける。
『痛ぇ!!』
「は?」
『い、いや、何でもない・・・所で汝はどうして盗みを行う?』
「いきなり人生相談かい・・・
まあ、剣に愚痴を言うのも珍しい体験かもねぇ」
苦笑をしながらフーケは自分の半生を訥々と語った。
サウスゴータの太守の娘として生まれ育ったが、諸般の理由により王家から家名を取り潰され、本名も過去も捨てて裏の世界に生きてきた。
盗みを働いた理由は、貴族連中への復讐と故郷で養ってる孤児達が居る為だった。
「こんな話をしたのもね、あんたにお願いがあるからさ・・・
何時か、もしかしたら、万が一私の消息を辿って来た妹のティファに会えたら。
・・・ふふふ、捕まって殺される事を思うと、私でも弱気になるもんだねぇ。
ごめんさっきの話は忘れてくれていいよ」
しかし、この話は人情家の魔剣のツボに入ったらしい。
『・・・くー、泣ける話じゃねぇか!!
お前さん、見逃してやるからここから出ていきな!!』
「は?」
『さあ、希望の扉を抜けて明るい明日に生きるんだ!!』
「へ?」
突然口調が変わったデルフを不審に思いながらも、フーケは反射的に宝物庫の扉に手を掛ける。
その扉が開く事を知り、驚いた顔をするものの直ぐに部屋から出て行った。
――――――そして、暫くしてから宝物庫に改めて光が灯る。
のそのそと隠れ場所から出てきた京也達は、何とも複雑な顔をしていた。
フーケの身の上話が全て本当なのかは分からない。
だが、自分が捕まった時の言い分け用のストーリーにしては、あまりに隠された部分が多く、尻切れトンボだった。
そもそもデルフに身の上を語った理由も、極僅かな確率で自分を探しにくるかもしれない妹への別れの伝言を依頼する為だと予想できた。
「どうする?」
「・・・とりあえず、宝物庫を出るか」
ルイズが京也に問い掛けると、疲れたように溜め息を吐いてそう返事をした。
宝物庫に忍び込むなど、無茶な手に出た報いにしては、中々重い痛みを心にしまい込みながら。
『あ、相棒、俺を忘れるなよ!!』
「えー、俺は魔剣デスブリンガーなんて知らないんですけどー」
『うっわ、すげームカつく!!』
次の日の夕方、宝物庫に『土くれ』のフーケが忍び込み、『破壊の珠』を盗み出した事が発覚し、学院内に大きな衝撃が走った。
後書き
今回は短めです。
そろそろ疲れ気味?
まあ、年末に向けて仕事も忙しくなってきましたしねぇ
皆さん、応援宜しく(苦笑)
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