十六夜の零
第八章 「剣士と風竜」
宝物庫での盗難騒ぎが起こった翌日
渋い顔のルイズを筆頭に、女性陣だけで学院のテラスに集まっていた。
「あー、何だかひしひしと罪悪感を感じるわー」
「先生方は徹夜で捜索してるものね」
ルイズの言葉に相槌を打ったのはモンモランシーだった。
今では共通の秘密を持つ身の上でもあるので、このグループに見事に取り込まれた形になっていた。
「あんな所、本来なら学院長の許可無しに入れない所だものね。
ところで、貴方の自慢の京也はどうしてるの?」
キュルケに話しかけれて、ルイズは気の抜けた声で返事をする。
タバサも京也の行方は気になるのか、飲んでいたホットミルクをテーブルの上に置いてルイズの言葉に耳を傾ける。
「今朝から近くの森で修行三昧らしいわよ・・・しかも泊り込みで。
何でも最近、ちょっと修行不足で鈍ってるらしいから」
「・・・鈍ってたんだ、アレで」
思い返されるのは先日見た奇跡の数々。
自分達が今まで築いてきた常識を、とことんまで破壊してくれた。
その場に居た全員が、思わず遠い目をして自分のカップを見ていた。
「ああ、だからギーシュとマリコルヌも授業に出てなかったのね」
真っ先に正気に戻ったのは、今日の授業に出ていなかった二人を思い出し、頬を膨らませるモンモランシーだった。
もっとも、その怒りは行き先も告げず飛び出したギーシュにのみ向かっているのだが。
「・・・あのローザってメイドも大変よねぇ、あんな奴に惚れるなんて」
キュルケの言葉に釣られるように全員が目を向けると、テラスを覗き込んでいるローザと目が合った。
その後ろには、応援をするつもりなのかシエスタが背中を押している。
「マリコルヌなら此処に居ないわよ。
多分、学院の近くの森に京也と出かけてるわ」
「あ、有り難うございます」
ルイズが声を掛けると、ローザは表情を曇らせながらも礼を言って下がって行った。
シエスタも続けて頭を下げた後、ローザを追ってその場を後にした。
「二人とも健気よねぇ、タバサとルイズも負けてられないわよ」
「え? 二人ともって?」
「???」
うんうんと頷くキュルケに、ルイズとタバサがきょとんとした顔で質問をする。
二人ともという事は・・・マリコルヌはメイドにそんなに人気があったのだろうか?
「気付いてなかったの?
シエスタって子は京也狙いよ、きっと」
「何ですってぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
レディにあるまじき怒声を上げるルイズだった。
「おおう、何だか寒気が・・・」
上半身裸で小川に浸かっていた京也が、突然の寒気に身体を抱えて震えた。
その声に触発されたかのように、今まで黙り込んでいた見物人が騒ぎ出す。
「そりゃあ春先のこの季節に小川に浸かってれば寒気もするよ」
「というより寒気を感じない奴は人間じゃないね」
『まったくだ、もっと言ってやれお前等』
小川から少し離れた場所で、薪を囲んで暖を取っている二人と一振りがぼやく。
京也が修行をするというので、興味半分で付いて来てみれば・・・意外に地味な修行だった。
まだ春だというのに小川に半裸で入っていって、ただ延々と阿修羅を振るう。
しかし、その姿は自然に溶け込んでおり修行を行っている間は、声を掛けることで調和された世界を壊すような気分に襲われてしまい、結局は声を掛ける事が出来ずに黙って見守っていたのだ。
そんなギーシュ達も京也の発言を受けて、改めて寒さを実感したのか更に一歩焚き火に近づく。
ちなみにデルフが不機嫌な理由は、未だに京也が自分を使って素振りすらしてくれないからだった。
「うーん、やっぱり鈍ってるのかなぁ。
ここは一度本格的に一週間くらい山篭りでもするか」
「僕達がルイズに殺されるから止めて」
「いや、マジで」
『お、俺も溶鉱炉に放り込まれそうだから止めて』
「・・・・・・・・・お前達のルイズ像が良く分かったよ」
その後は、色々とギーシュ達にも修行を付けたりなどして、夜になるとギーシュ達は帰っていった。
流石にこの季節に野宿をするには、貴族の坊ちゃん育ちにはキツイらしい。
もっとも、京也としても一人で考え事をしたかったので問題は無かった。
近場に居るなら一日位は留守にしても、ルイズは許してくれる。
焚き火に薪をくべながら京也はフーケの事を考えていた。
彼女を捕まえる事は簡単だろう。
複数の証人が居るので、そのまま憲兵に伝えればいいのだ。
自分達が宝物庫に入っていた事と、その手段について責められるだろうが自業自得なので仕方が無いだろう。
だが、京也にはフーケを捕まえる事が出来なかった。
ルイズもフーケの人生に思うところがあったのか、何も行動を起こそうとしていなかった。
むしろ、何か考え込んでいる京也を察したのか、京也からの行動を待っている節がある。
あの場に居た他の仲間達も同じ考えらしく、自分から動きをみせようとはしていない。
ルイズ達が自ら飛び込んできたとはいえ、宝物庫の扉を開いたのは自分なので今回の事件に巻き込んだ責任はある。
京也は今後の方針について、何らかの答えを出さなければいけなかった。
「でも、単純な話じゃなさそうなんだよな」
『何がだい、相棒?』
「フーケの話だけどさ、他にも言いたい事があったと思うんだ。
以前に説明をしたと思うけど、俺には魔法の流れが見える」
『ああ、すげー能力だよな』
デルフを相手に、自分の考えを纏めるように話す。
あの時、フーケがデルフに向けて話した内容は・・・きっと全てではない。
何故ならデルフに何かを伝えようとした時、フーケのものではない魔力の流れがその身体に走るのを京也は見て取っていたから。
そしてその流れが始まった瞬間、フーケはその口を閉ざしたのだ。
「フーケにはまだ秘密がある」
焚き火を見詰めたまま、京也は静かにそう呟いた。
朝、目が覚めると大きな生き物に寝顔を覗かれていた。
害意を感じなかったという事とデルフが黙っていたので、敵ではないと思う。
「きゅい!!」
寝起きの京也に向かって、フレンドリーに片翼を持ち上げて挨拶をする・・・風竜。
「・・・ああ、タバサの使い魔のシルフィードか」
「きゅいきゅい!!」
京也の台詞に同意をするように、シルフィードは長い首を上下に振る。
次に気になる問題はシルフィードが何故此処に居るかという事だが。
多分、朝の散歩でもしている途中で野宿をしている京也を見つけて、興味心から降りてきたのだろう。
京也はそんな予想をしつつ、掛けていた毛布を脇にどけて立ち上がる。
「朝飯食べてくか?」
「「きゅいきゅい♪」」
「・・・・・・気のせいかな、二匹分の返事が聞こえたな」
『気のせいじゃないぜ、相棒。
良く見てみなよ、あの風竜の腹の辺り』
デルフに言われた通りシルフィードの腹の辺りを見ると、そこには小さな風竜が円らな瞳で京也を見ていた。
「おお、子持ちだったのか、おめでとう」
『私はまだ未婚なのね!!』
――――――気まずい沈黙がその場に満ちた。
「・・・誰かの叫びが聞こえたような気がするんだが」
『おおよ、俺にも聞こえたぜ相棒』
目の前の風竜(大)は横を向いて、器用にも口笛らしきものを吹いている。
更に追求をしようとした時、風竜(小)が嬉しげに空を飛び、京也の周りをクルクルと飛び回った後、京也の肩に止まって親しげに京也の頬に顔を擦り付けてくる。
「きゅい〜♪」
とても楽しそうなその様子に、つい風竜(大)への追求の手を緩めてしまう。
「まあ追求は後でいいか。
朝飯にしようぜ」
持参しておいたパンとチーズを取り出し、再び火を起こした焚き火で炙りながら魚を捕まえる為に上着を脱ぎ、ズボンの裾をまくって小川に入る。
「うお、流石に冷たい・・・」
「きゅい」
風竜(小)は興味深そうに、京也の頭の上に移動してその動きを見ていた。
頭の上の風竜(小)が落ちないように気をつけながら、京也は次々と魚を素手で捕まえる。
当人以外が見ていれば、それはまるで京也の手の中に魚が自ら飛び込んでいるように見えただろう。
実際、頭の上に居る風竜(小)はその光景に驚き、興奮をしているのか長い尻尾を振り回している。
『ほぉ、何度見ても見事な腕前だよなぁ』
「慣れてるからな」
十匹の川魚を捕まえた後、京也は小川から出てきて素早く服を着る。
その後で調理用の小刀で魚の処理を行い、手製の串に挿して焚き火の傍に置く。
手際良く捕まえた魚を全て串に挿し、改めてシルフィードを見ると京也と風竜(小)を凝視している状態だった。
「あ、生の方が良かったか?」
京也の問いかけにシルフィードは首を左右に振る。
「量が少ないけど勘弁してくれよな、不意の来客なんだからさ」
炙ったパンとチーズを半分に切り分け、大きな葉っぱに乗せてシルフィードの目の前に置き、自分は手でパンをちぎりながら隣に座っている風竜(小)に与える。
焼き上がった魚にも塩をふって、二匹の風竜にそれぞれ分け与えた。
「そういえば、この子には名前ってあるのか?」
魚を頭から飲み込みながら、シルフィードは京也の質問に首を左右に振った。
その後で、再びじ〜っと京也の顔を凝視する。
その視線に居心地の悪さを感じながら、京也は膝上に移動してきた風竜(小)に焼き魚の身をほぐして与えていた。
「そうか、名前が無いなら俺が付けてやろうか?」
「きゅい♪」
膝の上で嬉しそうな返事がされる。
それに気を良くしたのか、京也はあれこれと名前を考えた結果、一つの名前を挙げた。
「『ヴァーユ』でどうだ?
俺の故郷とは違うけど、別の国で風の神様と呼ばれている名前だ」
「きゅいきゅい♪」
京也から貰った名前を気に入ったのか、『ヴァーユ』と名付けられた風竜(小)は喜んでいた。
食事の後片付けを行い、最後に座禅を行う京也。
京也がそれほど気に入ったのか、『ヴァーユ』はその座禅で組まれた足の上で丸まっている。
昨日と同じように見事に自然に溶け込んでいる京也から、離れた場所に置かれているデルフは隣で京也を眺めているシルフィードに話しかけた。
『なあ、お前さん・・・韻竜だろ?』
シルフィードからの返事は何も無かったが、デルフはかまわず話を続ける。
『お前さん達が人間に姿を見せるのは珍しいよな』
やはり、シルフィードからは何の反応も無かった。
ただ、ひたすらに京也の姿と『ヴァーユ』の姿を見つめている。
『その韻竜の子供を相棒に預けるなんて・・・お前さん達、何を考えてやがる?』
――――――デルフの言葉にシルフィードは最後まで何の反応もする事は無かった。
そして昼前に京也の座禅は終わり、シルフィードの好意によってその背に乗って京也は学院へと帰った。
「別に飼ってもいいわよ」
「おお、良かったなヴァーユ」
「きゅい!!」
結局ヴァーユは京也に懐いてしまい、シルフィードの元には帰らなかった。
学院に帰ってきてギーシュ達に見せた時に、少々騒ぎになったが大きな問題にはならなかった。
特にシルフィードから抗議は出なかったので、情が移った京也がそのままルイズの部屋まで連れてきてしまったのだ。
唯一、タバサが何か言おうとしていたが、シルフィードと一緒に何処かに出かけてしまった。
そして、京也は部屋の主でもあるルイズにヴァーユを飼う許可を申請していた。
「まあ、お喋りな魔剣よりよっぽど役に立ちそうだしね」
『俺ってペット扱い!?』
自分の存在の軽さに、心の涙が止まらないデルフだった。
―――――――京也の頭の上にヴァーユが居場所を決めてから三日が経った。
学院の教師達は疲れきった顔で食堂に集まっていた。
盗まれた物は学院長の私物だが、自慢の宝物庫を破られているだけに信用問題に発展しかねかなった。
トリステイン魔法学院の名誉に賭けても、盗まれた物を取り返す必要があったのだ。
「扉に異常は無かったし、壁に穴も無かった。
一体フーケはどんな手段を使って、あの宝物庫に忍び込んだんだろう・・・」
(京也君が必殺念法で開けました)
と、言うわけにはいかないルイズは、目の前で亡霊のような表情で呟いているコルベールを気の毒そうな目で見た。
「もしかして、何か特別な魔法の道具を使ったのか?
だが、そんな物を用意するだけの費用と、盗まれた品物は等価なのか?
コストが合わない盗みをする必要などないだろうし」
(コストはタダなんです)
とうとう机に倒れこんでしまったコルベールは、まるで夢現の状態だ。
マルトーがせっかく作った料理が、その胸元で押し潰されてしまっている。
何となく厨房を覗くと、京也も難しい顔で賄い食を食べていた。
あの日から、何度かミス・ロングビルと出会ったが、何事も無かったかのように挨拶をしてきた。
もっとも、こちらがミス・ロングビルの正体を知っている事がバレれば、その場で逃亡を許す事になりかねないので必死に何でもないような振りをしている。
・・・そんな環境での生活に、ルイズ達にも微妙にストレスは掛かっていた。
自分達にも非があるので、学院に真実を話す事は確かに躊躇われた。
しかし、自己保身の為に悪人を見逃す事など、貴族として許し難い罪だった。
もし、今回の事件が全て自分だけで巻き起こした事ならば、今直ぐ学院長に全てを告白するのだが。
ルイズは興味本位で京也の行動に関与した事と、友人達を巻き込んでしまった事を後悔していた。
コルベールに釣られる様に、思わずルイズが溜め息を吐いていると、噂のミス・ロングビルが食堂に入ってきて、真っ直ぐにルイズに近づいてきた。
「ミス・ヴァリエール、学院長がお呼びです。
使い魔と一緒に直ぐに院長室に来るように」
「へ? は、はい、分かりました」
「ミス・ツェルプストー達も向かっています、急いで下さいね」
笑顔でルイズに駄目押しをした後、机で潰れているコルベールを優しく揺り起こす。
暫く揺り起こした後、唐突に目の前にある料理の空皿を手に取り、思いっきりコルベールの頭を叩いた。
「ミスタ・コルベール、学院長がお呼びです」
「は、はい、了解しましたミス・ロングビル」
脅えた瞳でミス・ロングビルを見上げるコルベールに、周囲の男子生徒から同情の視線が集中していた。
「ちょっと、何で学院長に私達が呼ばれるわけ?」
「うーん、話の流れで考えると・・・宝物庫の件?」
モンモランシーとギーシュが小声でそんな事を話しながら、学院長室に向けて廊下を歩く。
その直ぐ後ろではタバサとマリコルヌが続いて歩いていた。
キュルケも最後尾を歩きながら、今回の事を考えていた。
このメンバーをピンポイントと呼び出した以上、学院長になんらかの意図があるとしか思えない。
となると・・・やはり宝物庫の件がばれたという事か?
「どうやら面倒な事になりそうね」
流石に背中に冷や汗を流すキュルケであった。
関係者が揃った学院長室では、全員がオールド・オスマンの発言を待っていた。
重厚な作りの机に両肘をついて座りながらオールド・オスマンは、全員の視線を受けながらも黙り込んだままだった。
また、学院長の顔には何の表情も伺えなかった。
「学院長、私を呼び出した理由は何ですか?
何か宝物庫の件で分かったのですか?」
沈黙に耐えかねたのかコルベールがそう問い質すと、オールド・オスマンは溜め息を吐きながら隣に立つロングビルに、一端学院長室から出るように命令する。
突然の命令に少々驚きながらも、ロングビルは一礼をして直ぐに学院長室から出て行った。
「・・・正直に言うと、幾ら調査をしても宝物庫の扉には何の異常も見つかっておらん。
だが逆に言うとそれは、異常が無いという事が異常なんじゃ。
確かに『破壊の珠』は宝物庫から消えておるんじゃからな。
のう、そう思わんか、十六夜 京也」
「う〜ん、確かにその通り」
オールド・オスマンに話を振られて、京也も困ったように頭をかきながら同意をする。
何時もは京也の頭の上に居るヴァーユは、今は右肩の上で大人しく座っていた。
「そこそこの腕前の魔術師なら、数十人で魔法を使えば壁を破壊する事は出来るじゃろうな。
だが、そんな形跡は見つける事は出来なかった。
かと言って、扉に掛かっている魔法が解けた形跡も無い。
つまり、通常の魔法では不可能な出来事が起こってる訳じゃ。
その線からの調査は行き詰っている・・・そうじゃよな、コルベール君」
「はい、確かにこれ以上の調査は不可能です。
実際どのような手段を用いて、宝物庫から『破壊の珠』を盗み出したのか、見当もつきません」
申し訳無さそうに頭を下げるコルベールに、学院長は鷹揚に頷き、再度京也に話しかける。
「聞いての通り、まず魔法では無理なんじゃよ、十六夜 京也」
「学院長、その話の振り方だと・・・まるで京也君が犯人のように思えますが?」
「まあ、コルベール君には詳しい事は話してないからのう。
簡単に言うと、十六夜 京也には魔法では出来ない事を可能にする手段を持っているんじゃ。
もっとも、それだけで決め付ける訳にはいかんので、身近な知り合いに彼のアリバイを確かめる為に後ろの学生を呼び出したんじゃがな」
オールド・オスマンとコルベールの視線を受けて、思わず顔を見合わせるギーシュ達。
このままではなし崩し的に京也が宝物庫への侵入だけでなく、『破壊の珠』の盗難の罪まで負わされかねない。
ギーシュは親友とフーケを比べるなら、どちらを庇うかは既に決めていた。
その事についてはマリコルヌとも既に同意済みなので、ここらへんが潮時ではないかと思っている。
京也がフーケの人生に同情をするのは仕方が無いが、盗難の罪まで被るのは余りにお人好し過ぎる。
「あの『破壊の珠』はな、わしの命の恩人が持っておった物でな。
その友人はもう亡くなったが、死に際に『破壊の珠』をわしに託してこう言ったのじゃ。
『このカクダントウを絶対に人の手の届かない所に隠せ』、とな。
もし、間違って爆発しようものなら」
「ちょっと待った!!」
驚き慌てる京也の姿を初めて見たルイズが、その怒声に思わず目を白黒させる。
他の人物も、突然慌てだした京也に気圧されたように黙り込んでしまった。
そんな周りの人達を無視して、京也は凄い勢いで学院長の机に手を叩き付けた。
「その人は本当に核弾頭って言ったんですか?」
「おおう、かなりの年配の人物でのう。
何でも武器商人を生業にしておったそうで、色々と不思議な武器を持っておった。
・・・わしがワイバーンに襲われた時も、とんでもない武器を使っておったしのう。
その後も一緒に旅をしたのだが、途中で倒れてしまっての。
他の武器は処分出来る分は処理しておいたが、カクダントウと呼んでいた『破壊の珠』だけは処分は不可能という忠告を受けて、わしが保管しておいたんじゃ」
オールド・オスマンからそう説明を受けて、京也は真剣な顔で続きを促す。
「その人は異世界の人間だった、と」
「ああ、その通りじゃ」
落ち着きを取り戻したオールド・オスマンは、京也の慌てぶりを冷静に観察していた。
ここまで京也が取り乱すとは、あの『破壊の珠』は本当にとんでもない代物だという事が分かる。
そして、『破壊の珠』の恐ろしさを知るからこそ、京也がそれを盗み出したとは思えない。
最後に京也は自分が異世界から呼ばれて来た事も、その態度で証明した。
「確認なんですが、その破壊の珠にはこんな印が付いていませんでしたか?」
そう言って、京也はオールド・オスマンの机の上にある紙切れに原子力マークを書く。
そのマークに見覚えがあるオールド・オスマンは静かに頷いた。
「・・・最悪だ」
思わず青い顔になって頭を抱え込む京也に、心配そうにヴァーユが周囲を飛ぶ。
そういえば、以前戦ったあの史上最悪のテロリストも同じような小型の核弾頭を持っていた。
かなりの確立で、『破壊の珠』の正体は核弾頭である可能性は高かった。
「そこまで凄い物なのかね、『破壊の珠』とは?」
京也の余りの落ち込み振りに、ギーシュが心配そうに声を掛けた。
「ああ史上最悪の兵器だな。
下手に使用されたら、国一つ滅ぶぞ」
「国が?!」
京也の返事を受けて、ギーシュ達も絶句してしまった。
コルベールは手の平に乗るような珠に、そこまでの破壊力があるとは思えず疑いの眼差しで京也を見ていたが、オールド・オスマンを含む他の生徒達は、京也の言葉を嘘とは思えず深刻な顔をしていた。
京也としては『破壊の珠』を見る事無く、フーケを逃がした事を激しく後悔していた。
やはり、悪い事は出来ない・・・まさに因果応報だ、と。
そんな沈黙が続く学院長室に突然ノックの音が響き、ロングビルが入室をしてきた。
「学院長、フーケの居場所が分かりました」
「ほほう、何処かね?」
その明るい話題に思わず食いついたオールド・オスマンに、ロングビルは学院から離れた森にある廃屋にフーケらしき黒マントの人物を見た農民が居ると伝えた。
ルイズはロングビル・・・フーケが何を企んでいるか分からず、思わず疑うような目でフーケの説明を聞いていた。
それは他の生徒達も同じ気持ちだったらしく、冷めた目で興奮する大人達を見ている。
ここでロングビルの正体を明かす事も出来たが、真剣な顔で考え込む京也を心配して下手に動けないでいた。
「しかし、居場所が分かったとしても・・・相手は凄腕の盗賊です。
王宮に使いを出して、腕利きの兵士を寄越してもらうまで逃げずにその廃屋に居るとは限りません」
そわそわとしながら、ロングビルからもたらされた吉報を活かせない事に苛立ちを募らせるコルベール。
「何、元々学院の不始末じゃから王宮に頼るつもりはないわい。
それに、放っておいても飛び出しそうな人物がおるしのう」
好々爺の笑顔を見せながら、鋭い視線でオールド・オスマンは目の前に居る京也を見詰める。
その視線に込められている意味を理解して、京也はルイズに向かって許可を求めた。
「ルイズ、俺はその廃屋に向かおうと思っているんだが」
「・・・私も行く」
「今回は本当に危険なんだよ」
京也は困った顔でルイズを止めようとする。
しかし、ルイズとしても中途半端な覚悟で我侭を言っている訳ではなかった。
自分達の不始末を、彼一人に償わせる事は彼女のプライドが許せなかったのだ。
「置いていったら、ギーシュ達と一緒にこっそり後を付けて行くんだから」
「いやいや、同感だね」
「君の御主人様の護衛ぐらいなら、何とかこなしてみせるさ」
友人とルイズに強気で攻められて、京也は頭を抱えそうになった。
知識の違いにより、核弾頭の怖さを理解しきれていないのだ。
そして、そんなルイズ達と同じレベルの知識しか持たないフーケが、その核弾頭を所持したまま歩き回っている。
・・・多分、今この場では『破壊の珠』を身に付けているような事はしていないだろう。
十中八九、『破壊の珠』はその森の廃屋の中だ。
まだこの学院に居る理由も、『破壊の珠』の使用方法を知るためだろう。
考えられる手段としては、生徒か教師を人質にとり学院長からその情報を引き出す、といった所か。
どちらにしろ、今の京也に出来る事は『破壊の珠』を素早く確保して、無力化を行う事だった。
「分かった、同行をお願いする。
ただし、フーケとの戦闘になった時は『破壊の珠』の確保を優先するからな。
危険が迫ったら、直ぐに皆逃げ出してくれよ。
さあ、直ぐにでもその廃屋に向かおう」
京也がそう言ってロングビルに廃屋の場所を聞こうとする。
「・・学生達だけでは不安です。
学院長、私も彼等に同行します」
「ほう、争い事が嫌いなコルベール君が同行するのかね?」
思わぬ相手から、思わぬ提案を受けてオールド・オスマンが驚きの声を上げた。
「私は彼等の教師ですから」
屹然と顔を上げて宣言するコルベール。
だがその視線は、ちらちらとロングビルに向いていた。
どうやら、気になる女性・・・ロングビルの心証を上げる意図も存在するらしい。
そんなコルベールの意図を気づきつつ、学院長は快く許可を与えた。
その傍らで頭を抱える京也を、気の毒そうにキュルケとモンモランシーが見ていた。
――――――そして、慌しく一行はトリステイン魔法学院を出発するのであった。
あとがき
決着まで書くと長くなるので、一旦切りました。
まあ、次で決着ですね。
・・・・やっと一巻分終了か(苦笑)
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