十六夜の零
第十一章 「剣士と生徒会」(前編)
額に置かれた京也の指先に意識を集中し、自分の中で暴れている魔力を必死に制御する。今までは放出するだけだった魔力を、細かく絞り込み必要な分量だけを使用する。
呪文を掛ける目標は目の前にある、木で出来た小さな箱。
大丈夫、以前のように力まなくても、私から流れていく魔力の存在を確かに感じる・・・
私は目の前に居る京也の存在を感じながら、今までになく落ち着いた気持ちで呪文を唱えた。
「アンロック」
――――――――箱の鍵が開く音が、私の自室に響いた。
「・・・出来、た」
恐る恐る目の前の小箱を手に取り蓋を開く。
中には何も入っていない、でも限りなく大きなモノが詰っていた。
「おめでとう、ルイズ」
何度も何度も私の失敗魔法を受けて煤けた顔で、京也は本当に嬉しそうに笑っていた。
私がもう止めようと言っても、京也は諦めなかった。
泣きそうになって、投げ出しそうになる度に、厳しい言葉や優しい言葉で励ましてくれた。
そんな京也を信じて魔力の制御特訓を開始して三日目に、遂に私はコモンマジックを成功させた!!
今まで、お父様やお母様が付けてくれた国内でも指折りの優秀な家庭教師も、学院の教師でも無理だった事を、私と京也はやり遂げた!!
感動のあまり声が出ない私は、箱を胸に抱いて大きく頷いた。
「アンロック!!」
自分の小物入れを開けた。
お父様からの誕生プレゼントの宝石が朝日を受けて輝いていた。
「アンロック!!」
京也の小遣いが貯められている貯金箱を開けた。
意外と節約家らしく、手渡した小遣いが殆ど残っている事が分かった。
「ロック♪」
早朝の散歩から帰ってきたヴァーユが、窓が開かない事に気が付いて驚いていた。
京也が慌てて念法を使って窓を開いてた。
「アンロック♪」
寝る前に自分で掛けた部屋のロックを解いた。
軽い足取りで部屋の外に躍り出る。
「アンロック〜♪
おはよう、キュルケ〜、ほらほら、私とうとうコモンマジックを使えるようになったのよ!!」
――――――着替え中のキュルケさんは、素っ裸でした。
「・・・・・・・・浮かれすぎ!!」
「あきゃ!!」
キュルケの怒りのファイヤーボールで、私と一緒に部屋の扉が吹き飛ぶ。
床に叩きつけられる前に、私は京也に抱き止められた。
背中に感じる暖かい気配と、魔法を自由に使える事に上機嫌のままの私は腑抜けた声で京也に甘える。
「ふにゃぁ〜♪」
「・・・悪い事は言わないから、今日は休めって。
魔法が成功した事は俺から皆に伝えておくから」
「いや、自分で皆に報告する」
京也から渡されたタオルで、煤に汚れた顔を拭きながら自室に戻る。
流石に今の汚れた格好で、授業には出られない。
「あー、まあ昨日の晩からあの調子でな。
・・・すまんが察してやってくれ」
「まあ、浮かれるのは分かるけど、ちゃんと手綱を握っててよね」
バスローブで身体を隠したキュルケが、苦笑をしながら京也に注意をしていた。
本来なら逆の立場の発言なんだけど、今日だけは許してあげる事にした。
スキップをしながら部屋に戻り服を脱いでいく。
背後で京也が慌ててドアを閉めた。
「それはめでたい、おめでとうルイズ」
「有難う、ギーシュ」
始終笑顔で受け答えをするルイズに引き摺られるように、中庭に集まった仲間達も笑顔になっていた。
今の時刻は昼休み。
それぞれ、好みの食べ物を持って中庭で寛ぎながら食べている。
食堂では京也に対して視線が集中するが、中庭ではそれも少ないので結構な頻度でルイズ達は中庭で食事をしていた。
「さっきの授業でも錬金に成功はしなかったけど、大爆発はしなかったしね」
「要するに手加減の問題だったのよね。
私の注ぐ魔力が強すぎるから、対象が耐えられないのよ。
それも京也の特訓のお陰で、何とか調整が出来るようになったし。
後は徐々に自分にあった系統を見つけてみせるわ」
モンモランシーの言葉に、これからの意気込みを伝える。
両手を握り締めて決意表明をするルイズを見て、京也がサンドイッチを食べながら苦笑していた。
「そこ、笑ってないで今日も特訓よ!!」
「あんまり焦っても逆に成果は出ないぞー」
「そんな事ないもん!!」
オーバーワーク気味のルイズに気を使う京也。
今は魔法が使えた事による興奮状態の為に気が張っているが、昨日までの特訓の疲労は確実にルイズの身体に溜まっているはずだ。
京也がルイズをどうやって説得しようかと悩んでいると、フーケが溜息を吐きながら中庭に現れた。
例の事件以降、あれこれと理由を付けてはフーケはルイズ達の前に姿を表す。
本人に聞いたところ、ロングビルの芝居をせずに気軽に話が出来る事が、ストレスに対して一番効果的らしい。
―――――――ストレスの原因については、可哀想なので誰も聞いていない。
「あー、もうお仕置きするほうが疲れるわ。
最近、暴走気味だね、あの老木」
そんな事を呟きながら、フーケは京也の隣に座って揚げパンを食べ始める。
京也の隣に座っていたルイズが少し顔を歪めるが、今は上機嫌なので何も言わなかった。
「そうそう、教師連中で話題になってたけど、ルイズがコモンマジックを使えるようになったんだって?」
「そうよ、今日からが私の魔法使いとしての第一歩よ!!」
瞳を輝かせながら身を乗り出してくるルイズに、思わず仰け反りながらフーケはお祝いを言った。
それを受けてルイズの機嫌はまた最大値にまで跳ね上がる。
「ねえねえ、私の属性って何だと思う?
ヴァリエール家に多いのは『火』の系統だから、やっぱり『火』なのかな」
「・・・何時かは分かる」
ルイズのハイテンションに付いていけないタバサが、話を振られても困るとばかりに素っ気無く答える。
勿論、ルイズの鉄壁のハイテンションには、タバサの言葉では傷一つ付けられなかった。
「浮かれる気持ちも分かるけど、もうちょっと周りに被害を出さないようにしておくれよ?
キュルケの壊した部屋の扉、後始末から修理の手配まで全てこっちでするんだから。
他にも色々と壊してるみたいだしねぇ・・・」
そう他にも色々と壊していた、初期の特訓時に。
「あら、御免なさい・・・」
流石に悪いという意識はあったのか、キュルケはフーケに素直に謝る。
ルイズが壊した器具等の補修費用等はヴァリエール家が払っているのと同じく、キュルケが壊した器具の請求はキュルケの実家に送られる。
しかし、金額の問題だけではなく、その事務処理等の手間隙は別問題なのである。
勿論請求時にある程度の上乗せはあるのかもしれないが・・・
『まあ昔から貴族って生き物はそんなもんよ。
とくに子供の頃は我侭で容赦が無いからなぁ』
「あら、言うわねデスブリンガー」
『デルフリンガーだ!!』
フーケにからかわれて、大声で反論するデルフ。
どうやらデルフは先日の一件以来、フーケに対して苦手意識を持っているようだ。
色々と喚きだしたデルフを、京也が五月蝿いとばかりに鞘に押し込む。
「しかし、確かに学生が好き勝手をしすぎてるのは確かだよな。
折角集団生活をしているというのに、全然協調性も無いし。
・・・生徒会でも作って、自分達である程度運営すれば苦労も分かるんだがな」
「・・・生徒会?」
聞き慣れない単語に、不思議そうに首を傾げるルイズに、京也は自分の故郷で行われている生徒会について簡単に説明をした。
最初は聞き流していた仲間達も、その生徒の自主性を尊重するという話に興味を持ち出し、色々と質問をしてきた。
「へー、会計係も生徒が受け持つのか・・・」
「横領なんて出来ないからな」
「・・・・・・・・・・そんな事、全然考えてないよ」
ギーシュの感心は、どうやら生徒会の運営費に絞られていたようだが。
他にも風紀委員がどうだとか、生徒会長はどんな権限を持てるのか、などなど京也は質問に答えていく。
ある程度質問が終わった時、昼の授業が始まる前の予鈴が鳴った。
ルイズ達が慌てて立ち上がり、足早に教室に向かう。
別に京也は授業に参加する義務は無いのだが、特に用事も無いのでルイズ達に付いて行こうとして歩き出す。
しかし、中庭から出ようとする京也の肩に手が置かれた。
京也が振り返ると、狩人の目をしたフーケが笑っていた。
――――――お馴染みの嫌な予感が、京也の背に走った。
「ねぇ、京也を見なかった?」
「うーん、見てないよ。
マリコルヌはどうだい?」
「俺も昼から見てない」
午前の授業はコモンマジックが使えるようになった事に興奮して、上機嫌で授業に参加をしていたルイズだが、午後は一向に姿を見せない京也に次第に機嫌を悪くしていった。
そして結局、京也は午後の授業には一度も顔を出さなかったのだ。
「もう、何処行ったんだろ・・・」
最初は怒っているだけだったが、京也の姿が見えない事で不安が増してきたのか、キョロキョロと周囲を見回す。
今まで京也がルイズの隣から離れる事は何度もあったが、その時は事前に事情を説明してくれていた。
今回のように突然長時間姿を消すなんて事は無かったのだ。
今朝のハイテンションが嘘のように肩を落として、自室に向かうルイズの背中をギーシュ達が苦笑をしながら見送る。
「おやおや、ルイズのあんな可愛らしい所が見れるとはね」
「京也は面倒見が良いからなぁ・・・
側に居ないと不安なんだろ」
何時も訓練に使っている広場に向かって、二人は無駄口を叩きながら歩いていく。
多分、自分達が訓練に使っている広場にも京也は居ないだろう。
真っ先に自分達が思った位なのだから、ルイズは確認済みに違いない。
「しかし、京也が何も言わずに姿を消すのは確かに珍しいね」
「たまには一人になりたい時もあるんじゃないか?」
「・・・メイドでも口説いてるのかな」
「・・・・・・自分を基本に予想をしないほうがいいぞ。
そんな事を言ってるから、モンモランシーに昨日はデートを断られ」
マリコルヌとギーシュの動きが止まったのは同時だった。
何故ならその視線の先では、赤い顔をしたシエスタの手を握り、小走りに走り去る京也の姿があったからだ。
此処からでは京也の背中しか見えなかったが、背中に剣を背負った人物など京也以外にこの学園では存在しない。
「おいおいおいおいおいおい」
「どどどどどどどど、どうする?」
「そりゃあ追い掛けるしかないでしょ!!」
「そうよね!!」
「・・・(コクコク)」
「「・・・何時から居たんだ、三人共」」
何時の間にか背後に立っていたキュルケ、モンモランシー、タバサの三人に思わず声をハモらせるギーシュとマリコルヌだった。
「あんた達が京也の姿を見て固まってる間によ。
しかし、これまで浮いた噂一つ無かっただけに、これは面白い展開になったわね!!」
「でも、その意見はちょっと不謹慎じゃない?」
「笑いながら言っても説得力無いわよ、モンモランシー。
これは、京也の好みを知る良い機会じゃないの。
タバサもそう思うわよね?」
「別に、興味無い」
「またまた」
目の前で展開される話に付いていけず、黙り込む男性二人組。
確かに浮いた噂が無い京也だが、彼はモテる。
腕っ節は言うに及ばず、顔も悪くない。
何事にも動じない飄々とした態度で、どんな相手にも気安く話しかける。
それに普段から厨房の手伝いや、メイドの手助けをしているので人気も上々だ。
・・・これだけ条件は揃っているのに、特定の女性と付き合っているという話は無いのだ。
ギーシュ達からすれば、ルイズに気があるのかそれとも興味が無いのか、彼の言動からは判断が出来なかった。
もっとも、ルイズを大事にしているという事だけは、十分に分かっているのだが。
それなりに恋愛話に興味は有るが、女性陣のようにのめり込むほどでは無い。
その為、深く京也の女性関係について尋ねた事は無いのだった。
「ま、たまには恋愛沙汰で京也を話の種にするのも悪くないかな」
「そうだな」
一抹の不安を感じながらも、女性陣の勢いに押されながら、その悪巧みに係わる事を決めた二人だった。
その後、ある程度距離を置いて京也とシエスタを追った結果・・・学院内の外れの一室に二人は入っていった。
それを確認した後、それほど離れていない学院内の片隅で五人は固まってアイデアを出し合っていた。
勿論、その内容はいかにして京也に気付かれずに、二人が篭っている部屋に近づくかだ。
相手はトンデモ能力者で、どんな手を使っても気付かれずに近づく事は困難だった。
不可能とは思えないのだが、余程手の込んだ手段を用いる必要がある。
「足音で気が付くんなら、空を浮いて行けば?」
キュルケが良い事を思い付いたとばかりに意見を述べる。
「無理、京也との修行の時に同じような事をしたけど、呪文を唱える前に投石で落とされた」
「へー」
マリコルヌに否定をされて、何処と無く憮然とした表情で返事をする。
そんなキュルケにギーシュが追い討ち掛ける。
「ちなみに、京也は二百メイル先の目標を投石で撃ち抜くからね」
「・・・撃ち抜くの? 投石で? 二百メイル先の目標を?」
ギギギ、と油の切れた人形の如く首を動かして、キュルケがマリコルヌとギーシュに確認する。
その距離の目標を撃ち抜くのは、どう考えても魔法の矢でも困難な事だった。
「ああ、敵が遠距離攻撃を仕掛けてきたらどうする、って話になった時に見せられた。
最初に見た時は悪夢かと思ったね」
「うん、あれは悪夢だね。
だってその日の晩に、夢で石ころに撃ち抜かれる夢を見て飛び起きた」
「そうか、ギーシュお前もか!!」
何だか変な所で友情を確かめ合っている二人を、何となく白けた目で見詰めながら女性陣の話し合いは続く。
「遠見の鏡みたいなアイテムを使ってみる?」
「それは無理。
以前コルベール先生が京也に遠見の鏡を見破った方法を、問い詰めているの見た事があるから」
モンモランシーの意見は、今度はキュルケに潰された。
「・・・改めて言葉にして確認すると、まさに鉄壁ね」
「そうだろ?
どうする?」
モンモランシーが呆れた声でぼやき、ギーシュが疲れた声で頷く。
「考えても仕方が無い、このまま正直に突撃を行い現場を押さえる」
「・・・いいわねその考え、私はマリコルヌに賛成よ」
どちらかというと過激派の二人が直ぐに動き出そうとする。
その二人が動こうとした瞬間に、タバサがぼそりと呟いた。
「ルイズ発見」
全員がタバサが指差した方を見ると、ルイズがふらふらと周囲を見回しながら歩いていた。
どうやら京也が部屋に帰っていない事を確認した後、また探しに出てきたらしい。
そこは使い魔と主人の関係のせいか、ルイズは見事に京也がシエスタと入った部屋に接近していった。
「どどどど、どうする?」
「どうするも何も、足止めをするしかないでしょ!!
ルイズが落ち着いて魔法を使えるようになったのも、京也が影で支えてるからなのよ!!
また爆発娘に逆戻りをしたらどうするのよ!!」
此処最近のルイズの進歩については、京也の努力による所が大きいのは全員が知っていた。
自分の特訓に文句を言わず最後まで付き合ってくれた、とか。
少しでも進捗があれば、褒めてくれて頭を撫でてくれた、とか。
どう考えても惚気に近い話をルイズから何度も聞かされている女性陣は、そのルイズの嫉妬深い性格も知っていた。
例えば、私を部屋にほって置いてメイドのシエスタと仲良くしていた、とか。
例えば、タバサと図書館に篭ったまま、何時間も姿を見せなかった、とか。
例えば、私が授業を受けている間、フーケと一緒に学院長室に閉じこもっていた、とか
後でキュルケが京也自身に確認したところ、シエスタは普段世話になっている恩返しとして仕事を手伝っていただけだし、タバサにはハルケギニアやトリステインの歴史や成り立ちについて教えてもらっていただけだし、フーケには学院長の悪戯で暴走している魔道具を押さえ込むのに手を貸していただけだったらしい。
・・・まあ、多岐にわたって活躍をする男だ事、とキュルケは話を聞いて感心したものだった。
そんな話は今は関係ないので、キュルケはちょっと前のやり取りを頭から追い出して、現状の打開策を考える。
「そういえば最近は京也に女性が近づくと、途端に不機嫌になってたね」
「そうよ、タバサが京也の隣に座ってる間はずっとそんな感じよ」
「・・・(こくこく)」
モンモランシーとギーシュの会話に相槌をするタバサ。
もっとも、そんな視線を受けながらも平然とした顔で京也の隣に座るタバサに、全員が底知れない芯の強さを感じていたのだが。
「って、皆で回想している間にルイズが扉の前に立ってるわよ!!」
「いや、京也が疚しい事をしているとは限らないじゃないか!!
ギーシュとは違うんだよ、ギーシュとは!!」
「ちょっと待てマリコルヌ!!
聞き捨てならないねその台詞!!」
「そうよ詳しく話しなさいよ!!」
モンモランシーに詰め寄られて、あうあうと言っているギーシュを残して、他の面々は良いアイデアも無いのでルイズの行動を見守っていた。
何やらルイズは扉の前で考え込んだ後、周りに人が居ない事を確認して扉に耳を着ける。・・・やがて、その桃色の髪がわさわさと動き出す場面を全員が目撃した。
「ど、どんな会話がなされているんだろうね?」
「さすがに扉には鍵が掛かってるみたいだな」
もう事態が此処まで進めば手の打ちようが無いので、全員が観戦モードに移っていた。
「・・・アンロックを唱えてる」
「ああ、特訓の成果がこんな所で役立つなんて。
自業自得とはいえ、京也も大変ね」
タバサの説明にキュルケが感慨深げに頷く。
やがて、部屋に飛び込んだルイズの怒声が響き渡り、何時もより激しい爆発音と共に黒焦げの物体が部屋から飛び出してきた。
どうやら失敗魔法においても、爆発の規模を収縮して威力を底上げする事に成功したらしい。
恐る恐る黒焦げの物体に近づく一同の前で、突然その物体が笑い出した。
「ハハハハ、発明は爆発である!!」
「・・・・・・何やってるんですか、コルベール先生?」
呆れた顔をしている全員を代表して、ギーシュが掠れた声で精一杯の発言をした。
「だから、学生達には秘密裏にやってくれって学院長に頼まれた仕事があるからさ。
生徒のルイズ達に頼む訳にはいかないし、シエスタに手伝いを頼んだんだよ」
「だからって主人にまで黙っておく必要はないと思うわ」
そっぽを向くルイズを前にして、困った顔で言い訳をする京也。
当然の如く、ルイズの失敗魔法は京也とその背後に隠れているシエスタには傷一つ付けていない。
「あー、こうなりそうだから言い出せなかったんだけどなぁ・・・
そこの一団入って来い、一応他の学生に洩らす訳にはいかない話だから。
コルベール先生もちゃんと回収しといてくれよ」
『あのおっさんを巻き込んでおいて、何気に酷い事言うな相棒』
ばつが悪そうな顔をしながら、五人が部屋に入ってくる。
最後尾のギーシュとマリコルヌは、コルベールの足を片方ずつ引っ張っていた。
京也はコルベールの傷を調べて、特に問題が無い事を確認すると活を入れた。
「ううう、何で版画を作っていて爆発が起きるんだ?」
「大概に丈夫ですよね、コルベール先生も。
まあ、失敗は成功の母と言いますし、気にせずに作業を続けましょう。
それより、早速ルイズ達に見付かってしまったんですが、どうします?」
意識が朦朧としているコルベールを勢いで丸め込む京也。
その余りの力技に、ルイズ達は思わず背中に汗を掻いた。
「まあ、それは仕方が無いね。
ミス・ヴァリエールは京也君の主人でもあるんだし、説明をしない訳にはいかないかな?
・・・一部、本当に部外者が居るみたいだが」
そう言ってルイズと一緒に部屋に入ってきている一団を見渡す。
本来なら発表まで秘密にしておきたかったが、元々学院長の興味で始めたイベントなので話をしても構わないかと、コルベールは判断をした。
「あー、君達は京也君から聞いてると思うけれど、生徒会というものが彼の故郷ではあるそうじゃないか。
それと同じ組織を、このトリステイン魔法学院にも作ろうという企画が出てね。
そこで選挙制度というルールを実際に知っている京也君に、この企画全般が任されたんだよ」
「ま、学院長には色々と借りがあるから、断り辛くてな。
コルベール先生には告知書を作る為の版画作りの依頼をしたんだ。
大層な話じゃないけれど、一応立候補の募集を開始するまでは秘密裏に動く約束でね、ギーシュ達とか生徒に頼めないからシエスタに手伝いをお願いしていたところだ」
「私は全然大丈夫ですよ。
喜んで京也さんのお手伝いします!!
それに私は読み書きが出来るので、文章の作成にも問題は無いです!!」
京也とコルベールから聞かされた思わぬ話を、全員が面白そうに聞いている。
ルイズはシエスタの発言を受けて不機嫌そうな顔をしていたが、やはりこのイベントには興味があるらしく京也に視線で続きを促した。
「生徒の連帯感とか協調性とかが養えて、いいんじゃないかと学院長には説明したんだけどな。
・・・学院長よりミス・ロングビルの方が随分と乗り気だったぞ」
「毎日、苦情処理とか要望書の処理に忙殺されてますからな、ミス・ロングビルは。
彼女の激務を減らすためにも、この生徒会という組織を是非とも作らなければ!!」
何処か冷めている京也と違って、コルベールは随分と燃えていた。
何か変なスイッチでも入ったのか? と思わず全員が思ってしまうくらい燃えていた。
「直接ミス・ロングビルに手を握られて、涙目で助力を頼まれたからな」
「ああ、なるほど・・・」
哀れみの篭った眼差しで京也が説明すると、マリコルヌが納得とばかりに拍手を打つ。
そして、どう考えても男の純情を弄ばれているコルベールに、同じように哀れみの視線を向けるのであった。
「何かね?」
「いえ、何でもないです」 × 全員
とりあえず事情は説明したので、生徒の立場である全員を追い出そうとしたが、ルイズだけはこの場に残ると駄々をこねた。
「別に私が立候補しなければ文句は無いでしょう?」
「うーん、確かにそうなんだが・・・
どうします、コルベール先生」
一応学院の立場で指示を出しているコルベールにお伺いを入れる。
発案者的な立場の京也だが、年長者を立てるという事を疎かにする男では無かった。
「ミス・ヴァリエールが立候補をしないのならば、問題は無いでしょう。
それよりも突貫で作らなければ、明後日の開示までに予定枚数の告知書が出来ませんぞ!!」
「え、ミス・ヴァリエールも手伝うのですか?」
「そうよ、何か文句ある?」
「・・・いえ、別に」
恨めしそうな視線をコルベールに向けた後、少し拗ねたような表情でルイズに返事をするシエスタだった。
こうして、様々な思惑の元でトリステイン魔法学院で初の生徒会を作る為の選挙の告知書の作成が始まった。
「で、二日掛けて作った告知書がコレかい?」
「原版を作れば後は印刷するだけだからな、原版作りが一番手間だったよ。
大雑把な枠とかは魔法で作るには簡単だけど、細かいところは手彫りだからな。
印刷した後も、文字の印字が綺麗に出来ているか一枚一枚確認しないと駄目だったし」
二日掛りの慣れない作業だったため、流石の京也も眠そうに目を擦りながらギーシュに告知書を見せる。
中庭で座り込む京也の肩には、疲れからルイズが頭を乗せて眠り込んでいた。
一緒に作業をしていたシエスタも、今日は特別に休みを貰ったらしく京也の背中にもたれ掛るようにして眠っていた。
「両手に花だな、羨ましいぞ京也」
「・・・意外とシエスタも気が強くてなぁ
ルイズと何かと張り合って大変だったんだぞ。
俺はむしろ告知書の作成より、ルイズ達の諍いの仲介に疲れたよ」
マリコルヌの揶揄にそう言って溜め息をつく京也だった。
そんな京也に労いの言葉を掛けてから、マリコルヌも教室で配られた告知書に目を通した。
シンプルな作りのその書類には、生徒会を作る目的とその役割、そして立候補の手順について説明がされていた。
その役割分担と役職名については、既に一度京也から説明を受けているので違和感は無かったが、生徒会になった後の特典については目を見張るものがあった。
「へぇ、生徒会長を務めた生徒には優先的に王国への推薦状を授与か。
オールド・オスマンの推薦状なんて、よほどのエリートじゃないと貰えないぞ?」
「学院の全生徒の中から選ばれた一人だからな。
しかも、ただ名乗り上げただけじゃなくて、支持を集めた上での話だ。
つまり生徒会長になるって事は、このトリステイン魔法学院の代表でもあるわけだ。
なら、学院長の推薦状が付いてもおかしくないだろ?」
「・・・でも、これは揉めるね。
地位の低い貴族にとって、上へと繋がる可能性が広がる。
ある程度の地位を持つ貴族にも、これだけの箔が付くなら狙ってくるだろうし。
そうなると、公正な選挙なんて無理なんじゃないかな?」
ギーシュ自身、この推薦状にかなりの興味があった。
それ以外の役職にも、なかなか美味しい特典が存在している。
風紀委員などになれば、普段は親の地位を傘に来て威張っている生徒を、学院長の庇護の下で責め立てる事も出来るのだ。
ある程度の資金を任される会計にも魅力は大きい。
ざっと読んだだけでも、常に他人を蹴落とそうとする人物には魅力満点な内容ばかりだった。
それだけに、この選挙が公平に行われるとは思えない。
元々、権力を手に入れる為には躊躇わないのが貴族だ。
しかも大貴族と言われる存在ほど、権力への執着は激しい。
例え学院内とは言え、下級貴族に命令を受けるような屈辱に甘んじるならば、自らが権力を握ろうとするだろう。
また己の不利が判るだけに、下級貴族は立候補をするはずがない。
きっと、この選挙に出る貴族は、後にトリステインの政治に大きく係わる大貴族の出身者だけの争いになるだろう。
・・・そういう意味では生徒会長の第一候補と思われるヴァリエール家の三女は、幸せそうに京也の肩にもたれて眠っているのだが。
――――――だが、学院長がそんな事を考慮していない訳ではなかった。
「だからこそ選挙を監視する組織、選挙管理委員なんてモノがあるんだけどな。
この場合、選挙管理者だけど」
そう言って、京也は自分を指差す。
「・・・えっと、何をどうするつもりなんだ?」
「告知書の最後の欄に書いてるだろ。
選挙違反をする生徒には・・・不幸が訪れるんだよ。
何しろ学院長のお墨付きだからな、せいぜい楽しませて貰うぜ」
「そ、そうか・・・ふ、不幸になる、のかい?」
ニヤリ、と楽しそうに笑う京也に、質問をしたギーシュは引き攣った笑顔しか返せなかった。
『選挙管理者が暴走した場合、誰が止めるんだろうな?』
「きゅい?」
天日干しをされているデルフの呟きに、隣に丸まっていたヴァーユが不思議そうに首を傾げていた。
後書き
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年末年始は大忙しー
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