十六夜の零
第十三章 「剣士と王女」
ルイズが自室で子供の頃を夢で見ている時、京也は難しい顔をして学院の一角にある建物の屋根に座っていた。
まだ少し肌寒い風を受けながら、微動だにしない京也を二つの月が照らしていた。
『夜中に起き出したと思ったら、ただの散歩か相棒?』
「んー、そう思うか?
・・・ちょっと違うんだけどな」
デルフの質問に気の無い返事を返し、京也は左手を天空にかざす。
その左手の甲には、ガンダールヴのルーンが刻まれていた。
『ルーンがどうかしたのかい?』
「・・・デルフは先代ガンダールヴの事を覚えているのか?」
質問に対して質問で答える京也に、デルフは少し考え込んだ後で口を開いた。
『殆ど覚えちゃいないが、かすかに覚えてるぜ?
もっとも、先代が亡くなってから長い間、色々な戦士に使われたんだ。
その記憶が混じっていても仕方が無いけどな』
「ふーん・・・じゃ、そんな記憶でもいいから、先代ガンダールヴについて簡単な質問をしていいか。」
『おうよ』
「先代はガンダールヴの力を完全に・・・支配出来ていたのか?」
フーケは何となく寝付けないので、月を見ながら酒でも呑むかと自室から窓を開いた。
すると、月明かりに照らされる静かな学院で、屋根に座り込んでいる少年が眼に入った。
こんな時間に屋根で一人物思い耽る奇特な学生など、普段は放置しておくのだが、背負っている長剣がその人物の正体を物語っているので、酒の肴にとばかりに自分もフライを唱えて屋根に登った。
「どうしたんだい、こんな時間に屋根で座り込んで?
ルイズに部屋から追い出されたのかい」
「人聞きの悪い事を言うなよ、ルイズは熟睡中。
俺だって一人で考え事をしたい時もあるさ。
フーケこそこんな時間に酒を飲むと身体に悪いぞ、本当だぞ」
「へー、それは知らなかったよ」
突然フーケが話し掛けても、驚く素振りすら見せずに返事をする。
本来なら子憎たらしい態度だが、何故かこの少年はこちらの勢いを削がせる雰囲気を常に身に纏っているのでやり辛かった。
何となくお互いに無言になったので、フーケは手酌でワインをグラスに注いで飲む。
隣の少年の何処に居ても自然体なその姿は、近くに居ると何故かリラックスが出来るので黙っていても何の問題も無いのだ。
しかし、フーケが一度ワイングラスを空けた後、京也から話しかけてきた。
「少しは仕事は減ったかな?」
「ああ、まだ事務手続き等の引継ぎ途中だよ。
でも意外と上手く仕切ってるね、あのモンモランシーって娘。
自分で募った生徒会委員を使って、手際良く書類を捌いてるよ」
実際、モンモランシーのお陰で自分の事務仕事は半分近くに減っていた。
いかに学生達の馬鹿騒ぎの後始末に追われていたのか、つくづく思い知ったものだ。
しかし、出会った当初から余り我が強そうに見えなかったモンモランシーに、あんなリーダシップを取る一面があったとは驚きだ。
・・・もっとも、仕事は減っても学院長のセクハラは相変わらずなのだが。
「最初からこうなる事を予想してたのかい?」
「まさか、俺は神様じゃないんだぜ、そんな予想なんて出来ないさ」
そう言って笑う京也に、少々不審の目を向けるがその笑顔が崩れる事は無かった。
そもそも、この少年が策謀を張り巡らしたりするタイプでは無い事は判っている。
「そう言えばもう直ぐアンリエッタ王女が訪問する日だね」
「らしいよな。
この国では学院の生徒の使い魔を見る為に、いちいち王女が出てくるのか?」
今まで不思議に思っていたが、何となく聞く機会が無かったので、京也はフーケにその疑問をぶつけてみた。
「まさか、そんな話は今まで聞いた事が無いよ。
お偉いさんのする事だからね、何か裏で陰謀があるかもよ」
基本的に祖国の王家に裏切られて以来、フーケはどの国の王族にも好意を抱けないでいた。
特に市井に紛れて過ごすようになってからは、貴族や王族の我侭に振り回される人々を直に見てきただけに、その傾向は強くなる一方だった。
「ふむ・・・」
「どうしたんだい?」
「いや、俺も何か芸をした方がいいのかな、と?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・笑いは取れそうにないねぇ」
暗い考えに浸っていた所を見事にぶち壊され。
呆れた後で苦笑をするフーケだった。
翌日になり何故か機嫌の悪いルイズと一緒に、京也は教室に姿を現した。
ルイズは余程夢見が悪かったのか、起床時から食事中に掛けて始終不機嫌だった。
京也も特に周囲に被害が無いので、そのままルイズの様子を見ていた。
「あら、ルイズ。
今日は随分と機嫌が悪いみたいね?」
「ちょっと不愉快な夢を見たから・・・」
キュルケの隣に座り込み、教科書を広げながらルイズが返事をする。
直ぐ前の席に座っていたタバサも、そんなルイズに顔を向けたが特に何も言わずに視線を正面に戻した。
「そんなに悪い夢を見たのか?」
「うん、子供の頃に魔法が使えないって事で、お姉様とお母様に折檻される夢」
「・・・深くは聞かないでおく」
ガタガタと青い顔で震えだしたルイズに同情して、それ以上の会話を切り上げる京也であった。
やがて教室の扉が開き、黒の長髪に漆黒のマントを羽織った若い男の教師が入ってきた。
京也も何度か学院内で見た事があるが、ルイズ達が彼の授業を受けるのは初めてだった。
「では授業を始める。
私の二つ名は『疾風』、疾風のギトーだ」
愛想の欠片も無い口調で自己紹介を行った後、ギトーはそのまま授業を開始した。
どうにも生徒達とコミュニケーションを取ろうとしないその姿に、京也はちょっと反感を覚えた。
それは他の生徒達も同様だったが、見た目と雰囲気が冷たい印象を与えるギトーに誰も反発をするような真似をしない。
そして、生徒のその反応を当然という顔でギトーは授業を進めていく。
「では、最強の系統は何だか知っているかね?
ミス・ツェルプストー」
「魔法の系統という意味では『虚無』ではないんですか?」
「伝説の話をしているわけではない。
・・・そもそも、魔法以外の力で最強を争うなど馬鹿馬鹿しい。
エルフ共が使う精霊魔法でも含めてるつもりかね?」
フン、と見下した口調で言い放つギトーに、キュルケはますます反感を覚えたのか一瞬顔を引き攣らせた後、何か言い返そうとするがタバサに制服の袖を引かれて冷静になった。
冷静になって考えると、初対面のギトーにここまであからさまに侮蔑をされる謂れは無い。
なら自分を挑発して、ギトーは何をするつもりなのだろうか?
その視点で考えると、多分ギトーはクラスでも目立つ存在の自分をダシにして、このクラスに対して自分を優位に立たせる策略でも考えていたのだろう。
その事に思い当たり、キュルケは微笑みながらギトーに続きを話した。
「あーら、ミスタ・ギトーも意外と見識が狭いみたいですわね。
私は少なくともオールド・オスマンと対等に戦った剣士を知っていますわよ?」
「な、何ぃ!!」
突然のビッグネームの参戦に、クールな表情を作っていたギトーの顔が驚愕の形に歪む。
それを楽しそうに見ていたキュルケは、件の剣士がコソコソと教室の出口に向かっているのを呼び止めた。
「京也、ちょっとミスタ・ギトーの相手をして貰えないかしら?」
「・・・何でそんな事を俺がしないといけないんだよ?」
「ふん、ゼロのルイズの使い魔がオールド・オスマンと渡り合っただと?
ははは、冗談のセンスはまるで無いみたいだな、ミス・ツェルプストー」
「ゼロじゃありません!!
コモンマジックなら使えます!!」
これだけは譲れないとばかりに、今まで黙っていたルイズが訂正を求める。
「ふん、コモンマジック程度で何を大げさな」
「ちょっと!!」
キュルケが怒声を上げた瞬間、京也がそれを止めて一歩前に出た。
「生徒の努力を嘲笑うのは、教師としてどうかと思いますがね?」
「平民風情が誰に向かってものを言っている」
京也の言葉にも特に耳を貸さなかったギトーだが、先ほどの会話を思い出したのか底意地の悪い笑みを浮かべて京也に向けて話しかける。
「まあ、主人が侮辱されるのは、使い魔としても腹立たしいだろうしな。
いいだろう、先ほどのミス・ツェルプストーの言葉が証明出来るのなら、さきほどの君の主人への非礼を詫びようじゃないか」
「・・・はぁ、結局こうなるのかよ」
――――――結局、そうなった。
「わ、私の魔法が・・・夢だ、これは夢なんだ・・・」
ガクガクと身体を震わせながら床に両手をついて、ギトーがうわ言の様に同じ言葉を繰り返している。
流石に気の毒になったのか、京也が困ったような顔をして頬を指で掻いていた。
「あー、自我崩壊してるよ」
「まあ自慢の風が小石一つで消し飛ばされればねぇ」
いい気味だとばかりに、二人の戦いを観戦していたマリコルヌとギーシュが感想を述べる。
ギーシュが述べたとおり、ギトーが自信満々に放った風の魔法を、京也は指弾で放った小石で掻き消したのだった。
勿論、小石には念がたっぷり篭っていた。
それを見てギトーは最初の一撃は驚愕、ニ撃目で絶叫、三撃目で絶望、という面白顔を披露した。
「ふ、ふふふふ、はははは!!
まだだ、まだ終わらんよ」
「あ、復活した」
上機嫌になって笑顔を振りまくルイズの相手をしていたキュルケが、不死鳥の如く甦ったギトーを見て呆れたように呟いた。
京也も突然笑い出したギトーに、別の意味で脅威を感じたのか素早く後退した。
「いいだろう、貴様が使う何やら怪しげな技を少しは認めてやる。
しかし、風の魔法には絶対無敵の奥義があるのだよ!!」
逝っちゃってる目で京也を睨みながら、ギトーが呪文を唱え始める。
京也としてはその無防備な腹部に、突き蹴りの一つでも入れてそろそろこのイベントを終了にしたい所だが、風のトライアングル・メイジと思われるギトーの奥義に興味もあった。
「ユビキタス・デル・ウィンデ・・・」
ギトーの呪文が完成した瞬間、ギトーを中心にした左右の空間に魔力が集まり二人のギトーが出現した。
「おー」
ギトーが三人に増えた瞬間、パチパチと拍手を送る京也と学生達。
「「「ふふふ、驚いたか諸君!!
これこそが風の魔法が最強と呼ばれる所以『偏在』!!
風は何処にでも存在する、私の意志が届く限り、私と同じ力量の魔法使いが三人同時に戦えるのだ!!」」」
そう宣言をして、高らかに笑い声を上げる三人のギトー。
「・・・何か鬱陶しいのも三倍だな」
「そうだね」
マリコルヌとギーシュもその魔法の凄さは認めるものの、呆れ顔は収まっていなかった。
確かにトライアングル・メイジがいきなり三人に増えたのなら、それは脅威だろう。
自分達のような中途半端な実力しかないドット・メイジには手も足も出ない事態だ。
しかし、そもそも戦う対象となっている相手が、そのトライアングル・メイジ三人分の力を超える力量ならば問題は無い。
「いや、凄い凄い」
そう言いながら、京也は先ほどと同じく指弾をギトーの左右に放った。
ギトーが年甲斐も無く泣き喚きながら教室から逃げ出し、学生達はお昼休みに入った。
そして昼食が終わった後、ルイズ達はアンリエッタ王女の歓迎式典に出席するので、正装に着替える為に部屋へと帰っていった。
京也は特にルイズからお願いもされていないので、珍しくも不貞腐れた顔でシエスタの手伝いをしていた。
シエスタは京也と二人で仕事が出来る事に喜びを感じていたが、その仏頂面を見て勘違いをしていた。
「あの、お手伝いが嫌なら別に無理をしなくても・・・」
「あ、別に手伝いが嫌なわけじゃないよ?
実はさ明日に予定されている使い魔のお披露目会だけど、王女の前でするって聞いてから一生懸命芸を考えてたんだけどさ・・・一度ルイズに見せたら、駄目だしされて出れなくなったんだ」
心底残念そうに独白する京也に、何と言っていいのか悩むシエスタだった。
そもそも、使い魔達と一緒の列に京也が並ぶ時点でかなり異彩を放つというのに・・・どんな芸をするつもりだったんだろう?
今まで聞いてきた噂とかを総合すると、何か剣の技でも見せるのだろうか?
凛々しい顔で凄い剣の技を振るう京也を想像して、シエスタは顔を赤らめた。
「えっと、どんな事をするつもりだったんですか?」
「・・・故郷に伝わる落語をちょっと」
「はぁ?」
「はぁ・・・」
シエスタが首を傾げているのと同時間に、同じく重い溜め息を吐く少女がいた。
その少女は四頭のユニコーンに引かれる豪奢な馬車の中で、物思いに耽っていた。
薄いブルーの瞳を持った美しい少女は、手の中にある水晶のついた杖を弄りながら自分の運命について悩んでいた。
そんな少女に対面に座っている老人が話しかけてきた。
「これで本日13回目の溜め息ですぞ、殿下」
「溜め息くらい私の自由にさせてくれても良いでは無いですか。
それ以外については、貴方の指示に何も逆らわずにいるのだから」
殿下と呼ばれた少女は、トリステイン魔法学院に向かう途中のアンリエッタ王女であり、その向かいに座る老人は辣腕として名を馳せるマザリーニ枢機卿だった。
その後も所詮は自分は傀儡の存在だとか、市井の間でどんな小唄が流行っているだとか、どうでも良いような話が続いた。
簡単にまとめると、アンリエッタ王女は自分の嫁ぎ先となるゲルマニアの皇帝が気に入らないので拗ねているのだった。
そんなアンリエッタ王女の機嫌を少しでも取ろうとして、苦肉の策として幼馴染のヴァリエール家の三女が居るトリステイン魔法学院への訪問を企画したのだった。
そしてもう一つ、マザリーニには目的があった。
しかし、そんな事は目の前で不満を並び立てる王女には悟らせず、話題を如何にこの婚姻がトリステイン王国に必要な事であるのか教え込む事に集中する。
王国を取り巻く情勢がどれだけ不利であり、最早隣国のアルビオンが滅びるのも時間の問題であり、小国たるトリステイン王国を守る為に今必要な事は何か・・・等々を。
何度も繰り返される聞き飽きた暗い話に、アンリエッタ王女は堪り兼ねたように声を上げた。
「その話は何度も聞きました。
私は子供ではありません、今回の婚姻の重要性は十分に承知しています」
「・・・そうですか、それならば何も言いますまい」
承知していると言いながらも、その態度で不服を表している王女に内心で苦笑をしながらマザリーニは自分の考えに没頭をしていく。
きっと王女には、まだこの国に迫る危機を実感できていないのだろう。
政治の世界に長い間身を置き、国内外のあらゆる情報を収集している自分には、やすやすと今後の展望が予想できてしまう。
だからこそ、内心で焦りつつも着実に事を進めなければならないのだ。
国民や一部の貴族から政治の実権を握る、影の実力者のように言われているが、マザリーニの忠誠心はトリステインの王家に間違いなく向いていた。
そんな馬車の中での出来事など関係なく、一行はトリステイン魔法学院へと近づいて行くのであった。
アンリエッタ王女を乗せた馬車が、トリステイン魔法学院に到着したのは昼過ぎくらいだった。
あらかじめ到着時刻の予想をしていた教師達とモンモランシー率いる生徒会は、正装に着替えた生徒達を素早く整列させて、一糸乱れぬ隊列でアンリエッタ王女を迎え入れた。
マザリーニはアンリエッタ王女の登場により、浮かれた学生を想像していたが意外にもそんな姿は誰一人としてみる事は無かった。
「――――――捧げ、杖!!」
何処からか女生徒の声が響き、学生にしては見事に一致した隊列と行動で杖を捧げる。
その光景を見て、マザリーニと護衛を引き受けていた魔法衛士隊の一部が軽く口を綻ばせる。
このトリステイン王国の将来を担う子供達の頼もしい姿に、改めてこの国を守ろうという意欲を湧かせていた。
アンリエッタ王女一行は生徒達が掲げる杖の前を通り過ぎ、本塔の玄関前で待ち構えている学院長と一人の号令を掛けていた女生徒・・・モンモランシーに向けて歩を進めただした。
ルイズは目の前を通り過ぎるアンリエッタ王女を目で追いながら、元気そうなその姿に安堵をしていた。
自分とそうかわらぬ年齢で政治の世界に取り込まれている王女を、臣下としてまた親友として心配をしていたのだ。
やがて玄関前に辿り着いたアンリエッタ王女が、学院長と女生徒に何事か声を掛けている間、視線を感じたルイズがそちらを向くとグリフォンに跨った凛々しい貴族の姿があった。
「あら、結構良い男じゃないの。
ルイズの知り合い?」
「・・・ワルドさま」
過去の約束を思い出したのか、キュルケの問い掛けに答えようともせずに、ルイズが焦りを含んだ声でそう呟いた。
「しかし、先ほどの歓迎セレモニーは大成功だったな、この短期間でどうやって意思の統一をしたんだ?」
京也が日課になっている阿修羅を使った素振りをしながら、隣で自分の使い魔のジャイアントモール・・・つまり巨大モグラに餌をやっているギーシュに話し掛けた。
「ん? 別に難しい事じゃないよ。
余り駄々をこねる様なら、『選挙管理者』が再臨するぞって脅した」
「・・・・・・・・・・・・・・おい」
阿修羅を振り上げたまま、固まってしまった京也がジト目でギーシュを睨む。
しかし、ギーシュはその視線に怯まず改めた口調で話を続ける。
「使えるモノは何でも使わないとね。
流石にこの短期間の間に、僕を含む貴族の坊ちゃん連中に言う事を聞かせるには『力』を見せ付けるしかなかったんだよ。
僕も本来ならちゃんと説得をして事に当たりたかったけど、モンモランシーの初仕事を失敗で飾りたくなかったからさ・・・この事は僕が勝手にやった事だ」
「あー、はいはい。
堂々と惚気てるんじゃないよ・・・まったく今度、何か奢れよ?」
「任せておきたまえ」
二人がそんな会話を交わしてる間、ルイズの部屋にはアンリエッタ王女が訪れており、ルイズにアルビオンに居るウェールズ皇太子宛てに書いた恋文の回収を頼み込んでいた。
もしこの時、京也がルイズの部屋に居れば、きっとそのアンリエッタ王女の余りに身勝手なお願いに憤っていただろう。
しかし、残念な事にその場に京也は居らず、盲目的にアンリエッタ王女を慕うルイズしか居なかったのである。
「久しぶりじゃな、マザリーニ卿」
「そちらも相変わらずのようですな、オールド・オスマン」
頬に手形を付けたオールド・オスマンに向けて、苦笑をしながらマザリーニが挨拶をする。
そんな二人の前に淹れ立ての紅茶を置いた後、ミス・ロングビルは一礼をして学院長室から出て行った。
ミス・ロングビルが立ち去った事を確認してから、マザリーニが話を切り出す。
「あれが『土くれ』か、随分と大人しいものですな」
「まあ自分の置かれている立場を自覚しておるからのう。
・・・もう一度言っておくが、半ば強要されたうえでの盗みじゃからな?」
「・・・・・・・むしろそれを逆手にセクハラを強要してないですよね?」
「見くびらないで欲しいのう。
セクハラをする以上、神祖に誓って正々堂々とわしは行う!!」
「そんな事を威張らないでいただきたい」
マザリーニは頭を抱えながら辛うじてそう呟いた。
諸国に誇るトリステイン一の賢者は、相変わらずのようだった。
そもそも、マザリーニ自身もこのトリステイン魔法学院の卒業生であり、オールド・オスマンはその時既に学院長を務めていた。
ある意味恩師との再会でもあるのだが、以前とは大分お互いの立ち位置が変わったものだと思う。
暫しの間そのままの体勢だったマザリーニが顔を上げた時、その表情には冷徹な為政者の顔が浮かんでいた。
「ふぅ、話を戻しますが、ヴァリエール大公の三女が召喚した使い魔。
色々とやってくれたようですな。
モット伯の件といい、フーケの件といい、大暴れですな」
「むぅ、それを言われると弱いのう・・・
確かにわしら魔法使いにとっては、天敵と言える力を持っておるしな」
「モット伯は完全に廃人状態ですよ。
王宮に伝わるあらゆる治療法を試しても、彼の魔力を取り戻す事は出来ませんでした。
今では館で隠居状態というか軟禁状態ですがね。
・・・外に洩らすにしては、情報の重要度が高すぎる」
マザリーニのその言葉を最後に、二人は黙り込んでしまった。
オールド・オスマンが京也の仕出かした事件の揉み消しを頼んだ相手は、目の前に居るマザリーニだった。
過去の教え子であり、現在は一番権力を握っている彼にしか、今回のような大事件を握りつぶせる存在が居なかったのだ。
しかし、お互いの立場や思惑から、全てを話す事は出来ない。
オールド・オスマンは京也がガンダールヴのルーンを持つ、伝説の使い魔である事を黙っており。
マザリーニはアンリエッタ王女がその浅はかな行動を隠すために、ルイズにウェールズ皇太子に宛てた手紙の回収を頼む事を予測していたが黙っていた。
そう、ルイズが動く時に使い魔も同行する可能性は高い。
ならばそのタイミングで、手の内の者にその人物像等を探らせる事も可能だと考えていた。
もしその使い魔がトリステイン王国に害を成す可能性がある場合には、何としても排除をしなければならない。
今、諸外国に弱みを見せるわけにはいかないのだから。
「彼は本当に、トリステイン王国の味方となりえる存在なのですかな?」
「・・・少なくともわしはそう思っておるよ」
魔法衛士隊の為に用意されたキャンプ地で、己のグリフォンの世話をしながらワルドは微笑んでいた。
己の目的を叶える為の駒が、ついにその手の内に入ろうとしている。
だが、気掛かりが無いわけでもない。
「十六夜 京也」
間違いなく自分の目の前に立ち塞がると思われる存在の名前を呟き、ワルドはその笑みを深くした。
個人的に交友のある凄腕の魔法使い・・・レイ・ド・ブラッドレイが気に掛けている存在。
まさかその人物が、ルイズの使い魔だったとは。
「是非、見せてもらおうか、伝説の使い魔の力を」
後書き
すんません短いです。
年の瀬で忙しいです。
公私共に・・・
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