十六夜の零
第十六章 「剣士と港町」
役所の職員に匿名で傭兵達の居場所を連絡した後、ラ・ロシェールで一番上等な宿、「女神の杵」亭に向けて京也達は移動をしていた。
ルイズ達が何処に居るのかは相変わらず分かっていないが、貴族的なその思考を読む事は簡単だったからだ。
つまり、一番上等な宿に宿泊する、という事だ。
ここまで運んでくれたタバサにはお礼を言って学院に帰ってもらうつもりだったが、途中で遭遇したトラブルの件もあって随分と遅い時間になったのでラ・ロシェールで一緒に泊まるように誘った所、小さく頷いて同意をしてくれたのでそのまま連れ添って歩いていた。
シルフィードは流石に街中に入れる事は出来ないので、ヴァーユと一緒に近くの岩場で身を隠して休む事になっていた。
「あの建物についてる看板は酒場かな?」
「違う、あれは手紙の配送屋」
「へー、なるほどね」
ラ・ロシェールの街にある建物について質問を京也が行い、それを隣を歩くタバサが答える。
そんな二人の直ぐ後ろには、硬い表情の少年・・・アルトが無言のまま着いて歩いていた。
意外な事にタバサがちらちらと後ろを気にしているので、京也は良い傾向だと思い何も言わなかった。
タバサが何か鬱積した感情を持っており、他者を避ける傾向がある事に京也は気付いていた。
だが、その理由が母親の病気だけなのか・・・それとも他に要因があるのか、までは聞き出していない。
今までの経緯で信用はしてくれているとは思うが、そこまで突っ込んだ事を聞く気にはなれなかった。
人にはそれぞれ内に抱えた悩みや問題はあると、京也にも分かっているからだ。
勿論、母親の事を頼まれたように、何か頼まれた場合には、最善を尽くすつもりだったが。
そんなタバサが両親を失ったアルトに興味を持った。
何が気に掛かるのかは本人にしか分からないが、他者との触れ合いで感情や経験は増えていく。
それに苦手意識を持たれてしまった自分よりも、タバサのほうがアルトとしても話し易いだろうと京也は思った。
そして時間は夕飯時、そこかしこ家や店から美味しそうな匂いが漂っていた。
見回していた店の軒先に、美味しそうなパンの山を見つけた京也がアルトに話しかけてみる。
「お、美味そうなパンだな、一つ食べてみるかアルト?」
「(ビクッ!!)」
京也が話しかけた瞬間、アルトは反射的にタバサの背後に身を隠す。
何気にタバサが京也に向ける視線にも、非難の色が混じっているような気がする。
・・・それはそれとして、そこまで怯えられると凹むものがある京也だった。
ルイズは意外と簡単に見つかった。
何の事は無い「女神の杵」亭の正面玄関前で仁王立ちで待っていたのだ。
誰を?
勿論、自分が置いてけぼりにした大切な使い魔を、だ。
「いいいい、意外と早かったわね?」
「・・・自分達が仕出かした事に対する自覚はあるみたいだな」
目を細めて平坦な口調で返事をする京也に、ちょっと身の危険を感じたルイズは慌ててタバサに話題を振った。
「タバサが京也を送ってくれたのね。
有難う、恩に着るわ」
「別にそれほど大した手間じゃないから良い」
素直にタバサに礼を言うとルイズだが、話題の変換を求める相手としては最適ではなかった。
そのまま次の言葉を模索しているうちに、京也の例の拳骨がルイズの頭に落ちてきた。
夕暮れ時のラ・ロシェールの街にルイズの悲鳴が響き渡った。
「うううう、そもそもワルド様が私の意見も聞かずにラ・ロシェールまで一気に飛んだのよ」
「まー、すんだ話だからもういいけどな。
それより、そのワルド様は何処に居るんだ?」
宿泊用に取ってある部屋のテーブルに両手を着いて、頭を押さえて突っ伏しているルイズに向けて京也が尋ねる。ワルドとしても大切な婚約者に相応しい部屋を用意したのか、京也から見ても贅沢な作りの家具が置かれている上等な部屋だった。
無言で京也とルイズに着いてきてたタバサは、二人の会話が始まると我関せずとばかりにベットに腰掛けて本を読み出した。
ちなみに貴族相手にまるで恐れをみせず、それどころか拳骨を落とした京也に対してアルトはますます怯えていた。
そんなアルトはタバサの側を離れようとはせず、今もタバサと同じようにベットの隣に座り込んでいる。
視線を向けただけで固まるアルトを見て、流石の京也も今は苦笑しか出来ない状態だ。
「うーん、ワルド様は桟橋にアルビオン行きの船を手配しに行かれてるわ」
痛さが少しは引いてきたのか、唸りながらルイズが京也の質問に答える。
「何だ久しぶりに逢った婚約者なんだろう?
折角だから一緒に行けば良かったのに」
「って!! あれは―――――――――」
「やあ、今戻ったよ僕のルイズ!!
そろそろ夕飯時だし、二人で食事に行かないか?
っと、おやおや凄いな・・・京也君も既に到着済みとは」
「はい、どうも」
ルイズが今度こそ京也の誤解を解こうと思った時に、計ったかのようなタイミングでワルドが部屋に入ってきた。
京也は既にワルドが部屋に近づいていた事を察していたので、ごく簡単に再会の挨拶を返した。
結局、ワルドの事を話そうとしたルイズの言葉は続く事も無く。
一同は揃って宿屋のレストランに向けて移動をした。
「アルビオンに渡る船なんだが、明後日にならないと出ないらしい」
「そうですか、まあじっくり腰を据えて任務に掛かりましょう。
それにアルビオンに入らない事には手のうちようも無いですから」
「・・・急いでたのじゃないのかよ」
食事をしながらワルドとルイズの会話を聞いて、京也が重い溜息を吐く。
隣を見ると、タバサが黙々と食事に専念をしているので、後で謝っておこうと京也は心に留めた。
貴族と一緒のテーブルでの食事など、想像も出来ないアルトは先ほど改めて用意をした普通の部屋に一人で眠っている。
現実を受け入れようと四苦八苦している事が、その表情から分かるだけに今はそっとしておいてやろうと京也が主張したのだった。
「しかし、見た事も無い子供が一人着いて来ていたが・・・
京也君の息子かね?」
『わははは!! 相棒も何時の間にか子持ちかよ!!
こりゃあ穣ちゃんも、相棒の小遣いを上げてやらねぇとな!!』
ワルドの問い掛けに真っ先に反応をしたのは、壁に持たせ掛けられて会話に参加をしていないデルフだった。
何かと会話好きなこの魔剣は、相手にされずに居ることが不満なので、直ぐに会話中に口を挟みたがるのだ。
「・・・笑えない冗談ね、二人とも」
「『・・・御免なさい』」
冷め切ったルイズの視線に晒されて、何故か仲良く謝罪の言葉を述べるワルドとデルフ。
そんな二人を横目に食事をしながら、案外話せる人だなぁ・・・と、京也がワルドに対する評価を改めていた。
「ま、アルトについては被害者としか言い様が無いんだが。
つまりだな、此処に来るまでに・・・」
京也が街道で待ち構えていた傭兵達について説明をすると、流石にルイズとワルドの表情も険しいものに変わっていった。
トリステイン魔法学院から馬で移動した場合、その街道を必ず通ってからラ・ロシェールに入るからだった。
アルビオンでの戦争は誰しもが知る情報なので、わざわざこの時期にアルビオンに向かう人間は少ない。
ましてやそんな実入りの少ない場所で、盗賊を働く理由など無いのだ。
「もしかして、私達を狙った犯行かしら?」
ルイズ自身、その可能性は低いとは思っていてもつい口に出してしまった。
「さて、今日出発したばかりの僕達だけに絞った罠とは思えないが。
・・・もしそうだとすると、姫殿下の側に内通者が居るという事を疑わなければいけないね」
「確かに罠だとしたら迅速過ぎる対応だよな。
でもそれは難しいと思うぞ、傭兵達を雇った人物は昨日の時点で盗賊の真似事するよう依頼をしたらしい。
・・・まあ、捕獲からはかなり離れた悪行をしてたけどな」
京也の口調からその傭兵達が既に痛い目にあっている事と、アルトと呼ばれていた少年がその被害者である事にルイズ達は気がついた。
「罠の可能性が低いとしても、それを念頭に事に当たるとしよう。
何しろ僕達の働きに姫殿下は大変な期待をしているのだからね」
「そ、そうよね、アンリエッタ姫の期待に応えれるよう頑張らないと!!」
「・・・随分と気合が入ってるなぁ」
何やら決意を新たにするルイズを見て、京也は頼もしいなぁと思っていた。
その実情は、今回の任務の実情がアンリエッタ姫のラブレター回収である事を京也に気付かれる前に、ワルドの口から話題を逸らす事だったのだが。
「・・・(もぐもぐ)」
あくまでマイペースなタバサは己の食欲に忠実に従い続けるのであった。
「・・・・・・・・・・・・一つ質問があるのだが」
「何ですか?」
豪華な部屋の隅にある、これまた豪華なソファーに座って紅茶を飲んでいる京也が、部屋に入って来るなり質問をしてきたワルドに顔を向けて首を傾げる。
「どうして君がこの部屋に居るのかな?」
「ルイズが男同士で部屋を取ってるから、って言って此処に案内されたんだけど。
ああ、アルトはまだ俺に怯えてるから、ルイズとタバサと一緒の部屋で寝ますけどね」
「・・・そういう問題では無い」
ワルドが苛々とした口調で京也を睨み付ける。
不思議な技を振るう存在だが所詮は平民・・・その平民にどうにも振り回されている自覚が、ワルドにはあった。
実際、自分が意図していた企みは今まで何一つとして成功をしていない。
そもそも本来の予定なら、この部屋で二人っきりの状態でワインを飲みながら、考え抜いたプロポーズの言葉をルイズに囁いていた筈なのに!!
「僕はルイズの婚約者だ!!」
「知ってますよ?」
何を今更と頭上のハテナマークを追加する京也。
デルフは面白そうなので会話には混ざらず、ソファーに立て掛けられたまま黙っていた。
ワルドは自分の怒鳴り声にも全然動じない京也に向けて、更に心の内を述べる。
「今日、この日をどれだけ僕が楽しみにしていたか分かるか?」
「そう言われても・・・ああ、分かったぞ!!
でも、極秘任務中にルイズに手を出すのは拙いでしょ?」
「そんな事を考えてはいない!!
というか慎みが無いのか君は!!」
ワルド絶叫
「何だ手を出す気は無いのか?」
『何でぇ、この意気地なしが』
「それはそれで有る!!」
暫しの間、男達の間に沈黙が満ちた。
「どうしようデルフ、本気だよこの人。
こっちの地方の法律はよく知らないけど、大丈夫なのか?」
『まあ嬢ちゃんは見た目がアレだけど、一応十六才だしアレだけどいいんじゃねアレ?』
「お前、アレって言い過ぎ」
「・・・剣に話しかけつつ、距離を取るのは失礼では無いかな?」
立て掛けてあったデルフを片手に、部屋の隅でコソコソと話を交わす一人と一本に、突っ込むのも面倒になったのかワルドはそのままベットに倒れこんだ。
結局、最初から最後まで京也のペースに振り回されっぱなしのワルドであった。
「せまい」
「しょうがないでしょ、本当なら一人用のベットなんだから。
ソファーはアルトって子に貸してあげてるんだし。
大体、私で狭いっていうんなら、どうやって京也と一緒にこの部屋で寝るつもりだったのよ!!」
「それは秘密」
「・・・明日には絶対に学院に送り返してやるんだから」
「・・・(フッ)」
「笑った? ねえ今笑ったわよね?
しかもどちらかというと嘲笑の類の!!」
「・・・・・・・・・・・・・・貴族って変な奴ばっかりだ」
ソファーの上で毛布に包まりながら、アルトは己の境遇に改めて涙を流すのであった。
目が覚めると既に朝だった。
何もかもが順調だったはずなのに、何時の間にか狂ってしまった予定について悩む。
ルイズが自分に振り向かない理由は何故か?
ルイズと二人っきりになる予定が覆されたのは何故か?
「ああ、ルイズ・・・」
思わず心の鬱屈が声に出てしまった。
「愛されてるなぁ、ルイズの奴」
『いや、全くだね』
昨日から聞きなれている声に思わず顔を上げると、床に奇妙な体勢で足を組んで座り込んでいる京也が居た。
後日ルイズに聞いた時に、その体勢が『座禅』と呼ばれるものである事を知るが、今はそんな事はどうでも良い。
「・・・一晩中床に座っていたのかい?」
「まさか、そんな趣味は無いですよ。
これは早朝の日課、修行の一つ」
そう言って組んでいた足を解き、その場で柔軟体操らしき動きをする。
恐ろしいほど柔軟なその身体を見て、別の意味でこの使い魔への興味が湧いてきた。
「随分と柔らかい身体だね」
ベットから身を起こしながら京也に話しかける。
「俺の国に遠くから伝わった『ヨガ』と呼ばれる体操です。
まあ、俺の修めてる『ヨガ』は通常のものとはかなり違いますけどね」
両足を大きく開いた状態で上半身を易々と地面に付ける京也を見ながら、改めてその柔らかさに感心する。
トリステイン魔法学院では色々と武勇伝は聞いたし、親友のレイの話が嘘では無い事も昨日の腕試しで確認済みだ。
そして、独自の情報網でも京也は『要注意人物』としてマークをされている。
昨日の傭兵達との戦いも、一人で歴戦の傭兵達二十人を木刀一本で叩き伏せたらしいのだから、かなりの凄腕だろう。
それらの事を思い出し、ワルドは思わず小声で呟いた。
「・・・ふむ、興味深い」
「どうしようデルフ、俺狙われてる?狙われてるのかな?」
『仕方がねぇよ相棒。
昨日は久しぶりの婚約者との逢瀬を邪魔したんだ、諦めるしかねぇよ』
「・・・・・・・・・・・良い度胸だ、決闘を君に申し込む」
昨日と同じく部屋の隅で震えながら魔剣に話しかける京也に、ワルドは手袋を叩き付けた。
都合よく、この『女神の杵』亭の中庭には決闘に使用できる練兵場が存在していた。
もっとも今ではその練兵場も一部は樽等の荷物置き場に変わっていたが。
「それでも、君との決闘に使えるだけの広さはある」
「だから冗談だったのに・・・意外と頭が硬いですね」
「・・・一度君は痛い目に会うべきだと、僕は思うんだよ」
憂鬱な表情でボヤく京也に、額に青筋を立てながらワルドが捲くし立てる。
そんな二人を遠くからルイズ達が見ていた。
「ワルド様もかなりの風の魔法の使い手だし。
大丈夫かな、京也・・・」
「彼のほうが強い」
「何でそんな事がタバサに断言できるのよ?」
ルイズとしても京也が勝つ事を信じてるが、ワルドも無能な自分を庇ってくれた優しい兄である。
出来ればお互いに怪我をせずに終わって欲しいが、風のスクウェア・メイジの強さは自分の母親の実力を身に沁みて知っているだけに、そうそう簡単に決着が着くとは思えなかった。
そんな貴族達の遣り取りを、これまた何となく連れて来られたアルトが冷めた目で見ていた。
杖をレイピアのように構えるワルドと、阿修羅を青眼に構える京也。
決闘を始める前にワルドから京也に向けて質問が出された。
「・・・自分でこの場を設けておいて何だが、どうにも君に上手く操られているような気がするよ」
京也と相対する事で念法の恐ろしさを今更ながら思い出し、ついつい軽口を叩くワルド。
そう魔法を消去できるという京也の念法は、決して油断が出来る相手ではないのだ。
それに対する京也の返答も軽いものだった。
「別に意図的ではないけどさ。
まあ、故郷の地でも誰かさんと同じように、自分を完璧人間に装う知り合いが居てね。
ある女性との仲を勘ぐられて、色々と突っ掛かられたもんだ。
ワルドさんもどうにも同じ匂いがしてね、ついつい調子に乗っちゃったかな」
根が真面目なだけに、からかうと面白い人でした。
等とのうのうとほざく京也に、ワルドは自分も被害者なのかと頭痛を感じた。
「ほほぅ」
しかし、その話の内容はワルドには聞き捨てなら無いものだった。
他者を蹴落とし、力を求め常に完璧たる自分を演じているだけに。
「まあ、顔も良いし地位もあるし、医者だったけど腕っ節にも自信がある。
それだけに自分に靡かない女性が歯痒かったんですかね?
最終的にはやっぱり決闘まで申し込まれたし」
「いやいや、その男の内心が僕には手に取るように分かるよ。
・・・むしろ、友情さえ感じるね」
そう、目の前に居るこの少年を前にすれば、嫌でもその男の気持ちが分かる。
幾ら着飾っていようとも、高い地位があろうと、目の前の存在には意味がない。
何故ならこの少年は、十六夜 京也は己を映す鏡のような存在だからだ。
己が必死に隠していた矛盾、目を背けていた事実、それらが目の前に晒されて平静でいられるだろうか?
―――――――ならば反発をするか、それを乗り越えるしかない。
「ちなみに、その色男との決闘はどうなったのかね?」
「僅差で負けました」
負けた事を何でも無いように言う京也を、ワルドは目を細めて睨む。
ワルドにとってどんな勝負にしろ、勝利のみが絶対の価値観だった。
負ければ地位を失い、負ければ己の目的を果たせない。
むしろ、己が敗北した事に拘らない京也は、やはり理解不能な存在だった。
「なら、今回も君の負けかもしれないな」
「いやぁ、そう何度も負けるのはさすがに悔しいですからね。
精一杯頑張りますよ」
「「・・・では」」
「十六夜念法 十六夜 京也
―――――――推して参る!!」
「『閃光』のワルド
君に貴族の礼儀を教えてあげよう!!」
あとがき
すんません、短いです。
風邪でダウンしてます。
本当ならワルドとの決闘の決着まで行きたかった。
・・・ワルドって崩すと面白いのな。
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