十六夜の零

 

 

 

第十七章 「剣士と船」

 

 

 

最初の剣による一撃は剣士たる京也からではなく、魔法使いのワルドからだった。
鋭く突きこまれた鉄製の杖の一撃に合わせる様な形で、京也は阿修羅を使って上に受け流す。
剣士としての腕では京也に敵わない事を知っているワルドは、先制攻撃を軽く捌かれた事については拘らず、次々と鋭い突きを繰り出す。
その攻撃は魔法使いではなく、剣士としても十分に一流と呼べる腕前を感じさせた。

しかし、都合二十回を超える鋭い突きをお見舞いした相手は、涼しい顔で最初の位置から一歩も動かずに全ての攻撃を捌いてみせた。

「最短距離の突き攻撃を、一歩も動かずに捌くとは・・・
 こう見えても剣術にも少々自信があるだけに、嫌になる程の腕前の差だな」

「そりゃあ、自分の領分で負けてたら、それこそ決闘にならないじゃないですか」

ワルドがその場から一歩引いて大げさに肩を竦めて嘆くと、京也もそれは当然とばかりに言い返す。

「それはそうと、腰に下げている剣は使わないのかね?」

「ああ、これは飾りです」

『飾りじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!』

存在理由を否定されたデルフが思わず大声で叫ぶ。
その声をま間近で聞いた為、痛む耳を撫でながら京也が続ける。

「あー、流派の掟みたいなもので刃が付いてるモノは振るえないんですよ」

「何とも不便な話だな・・・
 まあ、そちらの都合まで構ってられないか。
 では、こちらは魔法使いとしての戦い方で相手をしよう!!」

「望むところ!!」

ワルドから抜き打ちで放たれた風の刃は、京也が今まで戦ってきたどの魔法使いの攻撃よりも速く重いものだった。

しかも、その風の刃が同時に3つ。

流石の京也も前進を止めて、その場で阿修羅を振るい迎撃する。
ワルドは先ほどの攻撃で京也が仕留められないと分かっているので、素早く次の呪文を唱えていた。

『閃光』の二つ名が示すとおり、ワルドの魔法戦闘での真骨頂は圧倒的な呪文詠唱速度にあった。

『相棒!! 次の攻撃が来るぜ!!』

「分かってる!!」

風の刃の次にはエア・ハンマーが上空から京也に襲い掛かる。
攻撃速度は風の刃よりも遅いが、攻撃範囲の広さでは比較にならない。

京也は迫り来る空気の槌に向かって、大地を踏みしめながら阿修羅の突きを上空に放つ。
そしてエア・ハンマーを凌いだと同時に、腰の投げナイフを左に回り込もうとしていたワルドに投擲する。

「っ!!」

こちらを捕捉していないと思っていただけに、思わぬ攻撃を受けてワルドの呪文詠唱が一瞬乱れる。
その隙を見逃さずに、京也が低い姿勢でワルドに向けてダッシュを仕掛ける。

この戦いは京也が接近戦に持ち込めるかどうかが、全ての肝となっていた。
遠距離では圧倒的な詠唱速度を持つワルドが有利であり、何時までもその攻撃を京也が捌ききれるとは限らない。

また、接近戦に持ち込まれれば、京也の腕に敵わないワルドはそれほど時間を掛けずに倒されるだろう。

先ほどの接近戦でそれをお互いに確認した両者は、自分の得意な間合いに相手を引きずり込むべく鎬を削っていた。

「ほら、お返しだ!!」

杖で撥ね上げたナイフにエア・ハンマーを叩きつけて撃ち出す。

「うわ、結構えげつない性格してますね!!」

エア・ハンマーは阿修羅の一振りでかき消し、顔めがけて飛んできたナイフは左手の人差し指と中指の間に挟み込んで止めた。

「改めて思うよ。
 凄いなぁ、君は・・・」

自分の攻撃をここまで凌いだ魔法使いは今まで居なかっただけに、ワルドは込み上げて来る笑みを押さえ切れなかった。

ましてや相手は凄腕の魔法使いではなく、凄腕の剣士だというのだからこの世の中もまだまだ不思議が一杯だ。

「ワルドさんも流石ですね。
 今まで戦った魔法使いの中ではダントツの強さですよ」

受け止めたナイフを腰に戻しながら、京也がしみじみと呟く。

「ほほぉ、レイの実力も中々の筈だけどね」

「レイ先生とはお互い腕試しって感じでしたから。
 それに・・・ワルドさんの方が強いでしょ?」

ワルドからの返答は四方八方から襲い掛かる風の刃だった。
上空への逃げ道を塞ぐ為にエア・ハンマーも既に詠唱済みだ。

「地面にでも逃げるかね!!」

『相棒、上にもエア・ハンマーだ!!』

デルフの注意を合図にして、ワルドが止めとばかりにエア・ハンマーを京也の上空から真下に放つ。

決闘を見守っていたルイズ達から、声にならない悲鳴が上がる。

「!!」

次の瞬間京也の顔が極度の精神集中により能面のような無表情に変わった。
そのまま片膝を地面に付き、阿修羅の切っ先を地面に少しめり込ませて円を描く。

 

 

 

――――――複数の風の刃と風の槌が一度に京也へと襲い掛かった。

 

 

 

「・・・仕留めたか?」

盛大に舞い上がった土煙の中心を見据えたまま、ワルドが杖を構えたまま呟く。

「しししし、仕留めてどうするんですかー!!」

ワルドのその呟きが聞こえたのか、思わずルイズが涙声になって叫ぶ。
二人の戦いを食い入るように見入っていたアルトも、その叫び声を聞いて思わず尻餅を着いてしまう。

 

しかし、風の魔法を得意とする二人の魔法使いは違った。

 

 

未だ立ち上る土煙の中、相手に向かって駆け出そうとしている人物が居る事を、風の動きから察知していた。

「「来る!!」」

流石に様子を見ていた為に初動が遅れたワルドは、次の瞬間には遂に京也に接近戦を許していた。

右袈裟に振られる阿修羅を辛うじて杖で受け止め、動きの止まった京也に膝蹴りを叩き込む。
しかし、接近戦では全員が予想した通りの圧倒的不利。
半歩下がる事で軽く膝蹴りは避けられてしまい、その流れのまま更に内に入り込まれながら掌底が胸に決まる。

「ぐっ!!」

超接近戦で放たれる一撃とは思えない重さに、思わず意識を手放しそうになりながらも、唱え続けていたエア・ハンマーをこちらも超至近距離で放つ。

「うおっ!!」

「ちぃ!!」

お互いの間に発生した空気の爆発に吹き飛ばされ、それぞれの身体が壁と樽の山に叩きつけられた。

 

 

 

 

「う、うわぁ、痛そう・・・」

「でも致命傷じゃない」

予想以上にハイレベルな戦いに見入っていたルイズがそんな感想を洩らすと、タバサは冷静に二人の状況を呟く。
最早言葉も無いアルトは、絶対の存在と教えられてきた貴族と対等に戦う京也の姿を食い入るように見ていた。

 

 

ワルドが壁に半ばめり込んだ身体を苦労しながら自由にすると同時に、崩れていた樽の山が爆発して京也が立ち上がる。

「ちょっとは手加減してくださいよ」

「アレを喰らって無傷な人間に手加減なんぞ不要だろう」

首の辺りをコキコキと鳴らしながら京也が自然体で前進する。
それを見てワルドも背中と腹に負ったダメージを誤魔化すように、笑顔を作りながら立ち上がって杖を構えた。

「・・・実際、無傷というのは信じられないんだが?」

「ここに来て初めてですよ、魔法攻撃を念法で撃墜した事はあっても、防御に念法を使わざるを得ない程追い込まれたのは」

ワルドの攻撃を凌いだ事を誇るわけでもなく、どちらかというと悔しそうな顔を見せる京也に全員が不思議そうな顔をしていた。

「では、それも念法という技なのか。
 それにしても、随分と渋い顔だね?」

「十六夜念法 『円界』
 一種の防御結界術だと思ってください。
 顔が渋いのは・・・俺の十六夜念法は、対人用で使う時は最小限にするというルールがあるんですよ。
 攻撃魔法をこの阿修羅でかき消すだけ、とかね。
 それを魔物の攻撃を防ぐ時に使用するような『円界』を使ってしまった。
 いや、使わざるを得なかった。
 まあ、つまり自分の不甲斐無さに憤っているという事です」

そう言いながら京也は阿修羅を腰だめに構える。
阿修羅に集中する凄まじい力を感じて、ワルドの顔に緊張が走る。
今までの戦いでも、お互いに何らかの奥の手を隠している事は分かっていたが、どうやら向うは更に枷を付けていたらしい。
個人的にはその思考に付いていけないが、今は相手がその枷を取り払って攻撃を仕掛けようとしている事だけは確かだ。

勝とうと思うならば、風の魔術の奥義を使えれば何とかなる。

だが相手は既に次の攻撃を仕掛けようとしている。

ワルドに生じたその一瞬の気の迷いが、この決闘に決着をもたらした。

京也が阿修羅を持っていない方の腕で突然ワルドを指差す。
その行動に危険を感じたワルドが思わず杖を顔の前に翳す。

 

京也はそのまま指をワルドの上に持っていき。

 

 

「「「あ」」」

 

 

 

――――――ワルドはルイズ達のその声を聞いた瞬間、頭上に衝撃を受けて意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

意識を失ったワルドを部屋のベットに寝かし、京也達は一階で朝食をとっていた。

上機嫌でシチューを食べているのはルイズ、何時もの無表情で紅茶を飲んでいるのはタバサ、そして呆れた顔でパンを食べているのはアルト。
三者三様の表情が向かう先には、苦笑をしながらサラダを頬張る京也の姿があった。

ちなみにデルフは食事中に武器を携帯する事を宿屋の主人に断られたので、部屋でワルドの様子を見ている。
見ているだけで他に何も出来ない事が大問題なのだが。

「それにしても、ワルド様は大丈夫かな?」

「ちょっと首が軽い打ち身になってるかもしれないけど、魔法でなんとかなるだろ?」

「打ち身程度なら大丈夫」

シチューを食べる手を止めて、ルイズが少々気の毒そうに呟く。
京也はそんなルイズに大丈夫だと宣言をし、タバサはそれに同意をした。

「・・・真面目に戦ってると思ったのに。
 あの貴族様が気の毒だ」

そんな三人の会話に紛れ込んだのは、憮然とした表情のアルトだった。

「兄ちゃん、あんなに強いのにあんな勝ち方して嬉しいのかよ?」

「うーん、嬉しいかどうかと聞かれると、確かにスッキリとしないけどな。
 ワルドさんはプライドの高い人だからさ、下手なダメージを受けても引き下がらないだろうし。
 ・・・仲間内でお互いに致命傷を与えるのも駄目だろ?」

アルトが責めている理由は、決闘で京也の使った最後の攻撃方法だった。
樽の山に打ち付けられた時に、そこから抜け出る前に樽を派手に吹き飛ばす真似を行い、こっそりと意図的に樽を一つ上空に打ち上げていたのだ。
後はハッタリと話術でワルドの動きを止めて、前方の京也にのみ注意を向けさせておいて・・・

「だからっても頭が樽の蓋を突き抜けて、立ったまま失神してたんだぜ?」

「「「・・・ぷっ」」」

最後の瞬間を思い出したせいで、思わずルイズ達が吹き出す。
仕出かした本人も悪いと思いながら笑っている。

「でも、あれはあれで凄い技術が必要」

「そうだぞ、相手の動きを完全に見切った上で、なおかつ動かないように誘導もしないと駄目なんだし」

「・・・じゃあ、あのまま戦ったら勝てたの?」

アルトのその質問にはルイズ達にも興味があったのか、真剣な顔で京也の返事を待つ。
流石に茶化した答えは無理と思ったのか、京也は真面目な顔で答えた。

「実際に・・・やってみないと分からないな。
 俺も咄嗟に十六夜念法の技を使わされた位だからな、きっとお互いに隠している技もあるだろうし」

「それなんだけど、どうして京也は念法の技を封印してるの?」

ルイズがすかさずもう一つ疑問に思っていた事を尋ねる。

「人間相手に使うには強力過ぎるからだよ。
 相手が人間じゃなければ、それ相応のレベルの術を使って戦うさ。
 それもこれも、修行の一環だと思ってるしな」

「つまり、ワルド様はそれだけ強いという事ね」

「ま、そういう事だ。
 今回の旅の道連れとしてなら、心強い事だよ」

京也にそう締めくくられて、まだ不満そうな顔をしながらもアルトは引き下がった。
そんなアルトに苦笑をしながら、四人の食事は進んでいった。

 

 

 

 

 

「うぉぉぉぉ、すげぇぇぇぇぇ!!」

ラ・ロシェールの港・・・巨大な樹の枝に停泊している船を見て、最初に歓声をあげたのは京也だった。
他の三名は何度か見た事がある景色なので、特にそこまでの感動は無かったが、やはり巨体が空に浮いているだけでもかなりの威圧感は感じていた。

『船を見るのは初めてなのかよ、相棒?
 ちなみに、この樹が桟橋になってるんだぜ』

「いや水に浮かぶ船を見た事はあるけど、空に浮かんでいる船を見たのは初めてだ」

デルフの言葉に相槌を打ちながら、京也が物珍しそうに船を見上げている。
その姿は普段の茫洋としたものではなく、歳相応の少年に見えた。

「へー、風石って物を使って空に浮かんだりするのかぁ」

「そうよ、そして風石に魔力を蓄えたりするのも貴族の仕事なのよ」

「ふーん」

京也に自分の知識を披露できる事が嬉しいのか、ルイズが嬉々として説明をしている横でタバサとアルトも並んで歩いていた。
アルトとしてはほって置いて欲しい所だが、何かと気分転換という名目で京也に連れ出されるので、今では文句を言うことも無く付いて来ている。

つい先日までは想像していなかった事態が、自分に起こっている事は理解していた。
両親が亡くなった事もそうだし、貴族と同じ部屋で寝るなど信じられない事だ。
今でも夢を見ているのでは無いかと期待をしている。

しかし、目の前で不思議そうに船を眺めている少年が居る事で、嫌でも現実に目が向いてしまうのだった。

木の棒一本で複数の傭兵達を叩きのめし、貴族とすら対等に戦って見せた存在。
それは今まで教えられてきたアルトの常識を粉々に打ち破るものだった。
平凡な家庭に生まれ、平凡に育ってきた身には刺激が強すぎた。

影が光を嫌うように、アルトも京也の行動がどうにも気に入らなかった。
自分が築いてきた常識を崩す存在としてしか、京也の事を見れなかったからだ。
だから何かと突っかかる言動を取っているのだが、まるで相手にされていない。
実際、自分のような子供は取るに足らない存在なのだろう。

「・・・ちょっと一人で歩いてくる」

「一人の方がいいの?」

「うん」

どちらかというと気が許せる青い髪の貴族にそう言うと、脇道に走りこんでいった。
既に天涯孤独の身の上なので、生きて行く為には彼等の庇護を求めるしかない。
だけど今はあの軽い雰囲気に浸るのではなく、物静かな所で両親の思い出に耽っていたかったのだ。

 

 

 

ラ・ロシェールに来た時には何時も立ち寄っている路地裏の更に奥の方で、アルトは壁に寄り掛かりながらぼんやりと未来の事を考えていた。

余りに容易く死んでしまった両親。
その両親と同じ料理人になることが、今の世の中では生まれた時から決まっているようなものだった。
そもそも、誰かの紹介か身元の保証をしてくれる人が居なければ、働く事も出来ないような世界なのだ。

親の後を継ぐ事を嫌がるのならば、傭兵や盗賊のような家業に手を出すしか道は残されていない。

「・・・傭兵かぁ」

別に料理人になる事が嫌なわけではなかった。
ただ、時々一箇所に居座るよりも、無性に世界中を旅したくなるような気分になる時はあった。
文字は読めないので巡業に来た芝居小屋の芝居や、異国の話をしてくれる商人等に会った時はわくわくしながら話を聞きに行った。

でも世界は理不尽だという事を、つい先日に思い知ったばかりなのに甘い夢はもう、もてなかった。

 

 

――――――人を殺す事も、知人が殺される事も嫌なのだ。

 

 

ならば、残された道は以前父親が働いていた店を訪れて、住み込みの弟子にでもしてもうらうしかないだろう。

鬱々と自分の未来を考えているアルトに耳に、突然怒鳴り声が聞こえてきた。

 

 

「手前ぇ、借りた金が返せないとはどういう事だ、ああん!!」

「か、金はちゃんと返したじゃないですか!!
 利子がそんなに高いなんて、聞いてないですよ!!」

「うるせぇ、この利子はな俺への手間賃だよ!!」

貧相な男性とその娘と思われる子供が、お互いに抱き合いながら目の前に居る屈強な体格の男に抗議をしている。
どうやら借金の取立てに来た男が、依頼された額より多めに取立てを行おうとしているらしい。

彼等の騒動はアルトの位置からは辛うじて見えるけれど、相手には見えない位置になっていた。

今更のこのこと出て行けば変に巻き込まれかねないので、大人しくやり過ごす事にした。
どうせ、あの男も取り立てる相手が大金を持っているとは思っていないだろうし、小遣い程度の額が取れれば満足するだろうと思ったからだ。

しかし、事態はアルトの予想を超えた展開になっていった。

「金が無いなら仕方がねぇな。
 その娘でも売れば少しは足しになるだろうさ」

「いやぁ、お父さん!!」

娘の悲鳴を合図に、貧相な男の瞳に狂気が宿った。
懐に隠し持っていたナイフを振りかざし、身体ごと借金取りの男にぶつかる。

「がぁぁ!! て、てめぇ・・・」

腹を貫かれて驚いて貧相な男を振り払おうとするが、狂気の形相をした男は狂ったように何度も何度も借金取りの胸をナイフで刺す。
借金取りの男が動かなくなり、娘が泣き叫ぶ中、ナイフはその身体を貫き続けていた。

やがて血糊で手が滑ったナイフが路地裏を転がり、アルトの目の前で止まる。

 

その時、狂気の瞳に晒されたのは死んだ借金取りでも泣き叫ぶ娘でもなく・・・呆然とした表情のアルト。

 

 

 

「・・・見たな」

 

 

 

アルトには首を左右に振る事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

「私の妻は病気で亡くなっていてね。
 元々の借金も、妻の治療費が足りなくて借りたのさ。
 その借金の返済に家も土地も全て取られてしまったよ。
 分かるだろ坊や?
 もう私には娘しか残されていないんだ。
 そして、娘には私しかいない」

血に塗れた両手で首を絞められて意識が遠のく中、アルトは血塗れらた男の独白を聞いていた。
アルトが聞いていようがどちらでもいいのか、殆ど聞き取れない内容の自分を殺す為の言い訳が延々と続いている。
最初の一睨みから恐怖で動かない足には、既に感覚が無くなっていた。

遠くに父親を止めようとする少女の泣き声が聞こえたような気がした。

 

 

 

 

 

「大丈夫か!!」

次にアルトが気が付いた時、全ては終わっていた。

自分を揺り起こしているのは、あの十六夜 京也だった。
そして目の前には呆然とした顔で地面に座り込む少女と、その隣で倒れ付している父親の姿があった。

「騒ぎに気付いた憲兵が路地裏に入った瞬間に、アルトは地面に放り出されたらしい。
 そしてあの男性は娘を逃がそうとして、錯乱状態で憲兵に突入をして・・・殺された」

憲兵に連れて行かれる少女と父親の亡骸を見送りながら、今更ながらアルトの身体に震えが走っていた。

「・・・僕が最初に逃げてれば、あのお父さんは助かったの?」

「それは・・・どうかな」

「・・・僕が抵抗していれば、あの子は一人にならずに済んだの?」

「・・・どうだろうな」

「そもそも、あの借金取りを助けていれば・・・」

「アルト、過去について悔やんでも、それはどうしようも無い事だ。
 過去を悔やむ事も嘆く事も出来ても、変える事だけは出来ない。
 もし同じ状況を繰り返しても、アルトに出来る事は少ない。
 それに今回は巻き込まれた被害者であって、状況を変えれる存在ではないんだ」

 

「でも、京也なら止めれた」

 

「・・・ああ、止めただろうな」

己の信念に誓って、アルトと同じ現場いればその凶行を止めただろう。
だが、それはあくまで京也がその場に居たら、という前提でありアルトでは意味が無いのだ。

先日は実の両親を殺され、今日は目の前で二人の人間が殺された。
自分が悪かったわけではない、ただ・・・ただ力が足りなかっただけ。
全てを失い、虚ろな瞳で憲兵に連れて行かれる少女は、自分自身だった。

 

 

―――――――そう、力が無かったから。

 

 

京也にはアルトの表情から、次に言う事に予想が付いていた。

 

 

 

「なら、僕に力(念法)を下さい」

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

風邪継続中

激務継続中

 

 

 






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