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第二話
2196年10月
騒ぎ立てるブリッジクルーを他所に、結局他にパイロットが居ないという消極的な理由からアキトは出撃許可を得た。
その結果、自分の今の身体と過去の記憶の差異に悩まされるアキトの操縦は、正に素人っぽさを見事に演出していた。
だが、大声で騒ぎ立てながらも、一度も木星蜥蜴から目を逸らさず、要所での判断力の正しさを認めている人物は居た。
―――――――――プロス、ゴート、ユリカそしてジュンである。
そして、最終的には至近弾などはあったが、無傷のままアキトの操るエステバリスは逃げ切った。
以前と同じ様に止めはナデシコのグラビティ・ブラストによって木星蜥蜴は殲滅された。
過去に戻って最初の戦闘を乗り切り、色々な意味で疲れた身体を引きずってナデシコに帰還したアキト。
意識が戻ってからのナデシコへの強行軍に加え、自爆とも呼べる気による過剰な身体強化、とどめはひ弱な身体での機動戦だ。
その疲れ切ったアキトを待っていたのは、勝利の祝福ではなくプロスとゴートによる取調べだった。
取調室にて最初はお互いに無言のまま、睨み合いを続ける三人。
プロスとしては結果論とはいえ、ナデシコの危機を救った事に感謝はしていた。
だが、余りに謎が多いこの青年をどう扱えばいいのか判断に悩んでいたのだ。
ゴートにも確認を行ったが、身体つきは素人そのものなのに、身体運びやその気概はとても素人とは言えなかった。
「ふむ、テンカワさん。
先ほどの囮役については礼を述べさせていただきますよ、有難う御座いました。
お陰で我が社の社運を掛けたプロジェクトが、日の目を見る前に消えるという事態は避けられました」
「はぁ・・・それはどうも」
プロスから述べられた礼を素直に受け取るアキト。
アキトの背後に控えているゴートから無言のプレッシャーを受けている筈なのに、その態度に緊張の色は無い。
これ以上観察をしていても、何も情報は得られないだろうと判断をしたプロスは言葉による情報収集に乗り出す。
「さて、先ほどテンカワさんと面接を行った時に、IFS保持者という事は聞いておりました、が」
「が?」
「エステバリスという戦闘兵器の操縦経験が有るとは・・・伺っておりませんでしたな?」
「・・・」
アキトを見詰める視線を鋭くさせるプロスに、アキトは再度無言の壁を作成した。
プロスからの疑惑が強まっている事は承知だが、アキトとしては何を言っても信じて貰えるとは思っていない。
むしろ、正直にこれまでの経緯を話そうものなら、そのまま精神病院に連行されるのがオチだ。
何しろ自分自身、ルリとラピスという存在が居なければ、全てが夢だったのかと思ったかもしれないのだから。
無言を貫くアキトの姿に焦れたのか、背後に居たゴートが動き出そうとした瞬間、取調室のドアが開いた。
「アキトさん、早く食堂に行きましょう」
「ルリさん、勝手に取調室のロックを外してもらっては困ります」
少し怒ったような表情のルリの登場に、溜息を吐きながら注意をするプロス。
しかし、怒られた本人はその事について反省の色は少しもなかった。
「アキトさんには何の問題も有りません。
先ほどの戦闘の囮役についても、他にIFS保持者が居ない為に私が依頼したと説明をした筈ですが?」
「そういう問題では無いホシノ ルリ。
動きは何処かぎこち無かったが、この男の操縦は素人ではない。
機動兵器の操縦訓練を受けた人間が、あの瞬間に都合良くあの場所に居た事が問題なのだ」
ゴートがアキトの危険性について説明をしようとすると、ルリがその言葉を遮った。
「それも含めて問題は有りません。
アキトさんの素性については、既に私がスカウトした時点で調書を提出しているじゃないですか。
何よりアキトさんの保障は、艦長がしてくれています」
「は? 艦長? ユリカさんが? どうして?」
思わず飛び出た第三者の名前に、眼鏡をずらしながら奇声を発するプロス。
「何でも火星に住んで居た頃の運命の人らしいですよ?」
そんなプロスの百面相を、冷静な顔で見ていたルリが、アキトとしては聞き逃せない事を呟いていた。
ユリカに直に会って確認をしてくる、と言い残してプロスは取調室を出て行った。
ゴートも何か言い足りない様子だったが、余計な事はしないようにとルリとアキトに釘を刺して出て行った。
ナデシコが運行状態の今では、下手に逃げ出す事は出来ないだろうと判断したのだ。
それに、ナデシコに乗り込んでいるシークレット・サービスに、二人を監視をさせるつもりでもあった。
「ルリちゃん、ユリカの奴はやっぱり俺だって気付いたのか?」
「ユリカさんの記憶力を侮ってはいけませんよ。
先ほどエステから名乗られた時点で、直ぐに思い出されてたみたいです」
「まあ、才媛としてネルガルにスカウトされた筈だもんな」
未だにユリカに対するスタンスを決め兼ねていたアキトは、自分の事をユリカが既に思い出していると聞き憂鬱そうに呟いた。
ルリに先導をされながら、まずは懐かしい自室に荷物を運び込み、その後かつて何度も歩いた食堂への道を歩く。
何が楽しいのかルリは常に上機嫌で、ほおっておくとスキップまで踏み出しそうに見えた。
道すがら、数日前に意識が『戻った』ルリは、一度確認の為にアキトの職場「雪谷食堂」に顔を出したそうだ。
その時にはアキトはルリの事を全く知らず、遠まわしに確認をした所、不思議そうに首を傾げるだけだったらしい。
それでもルリは諦めきれず、アキトにナデシコへの見習いコックとしての転職を案内して、その場を去った。
「もしかして、何時か私と同じように『戻って』くるかもって思ったんです」
「まあ、そういう意味ではルリちゃんは賭けに勝ったな」
「ですから、基地内でアキトさんと再会した時、目と表情を見て直ぐに分かりました、『戻って』きたんだって」
「・・・かなわないな、ルリちゃんには」
ナデシコに乗らないという選択肢は、ルリにもアキトにも有った。
なのに今二人は、ナデシコで二人並んで食堂に向けて歩いている。
つくづく、人生とは不思議なものだとアキトは感じていた。
「そう言えばラピスはどうなっていますか?
こちらはハーリー君まで『戻って』居る事が確認出来ています」
「・・・彼もなのか。
ラピスも俺と同じ位のタイミングで『戻って』きたみたいだな。
まあ、ラピスを連れてナデシコに乗るには時間が足りなかったし、他にして欲しい事もあったからね」
「頼みごと、ですか?」
そこでアキトはルリに対して、ラピスに頼んだ事を大まかに説明を行った。
イネスが考案したが、諸々の事情により封印をした発明品の数々がラピスの補助脳に有る事や、今後の活動資金について等だ。
「それは確かに、今後必要になるかもしれませんね。
ちょうどハーリー君が暇を持て余しているそうなので、ラピスの手伝いをお願いしましょう。
それにしても、一番の問題は開発資金の融通をどうするか、ですか」
「イネスさんも資金で悩んだ挙句、これらの開発を取り止めたらしいからね。
実際、平和な世の中には無用の長物ばかりだし」
アキトの意見に頷きながらも、自分の思考に潜り込むルリ。
何か考える事が有るのだろうと、邪魔をせずに黙ってアキトは隣を歩く。
「・・・資金についてですが、心当たりがあります」
「へぇ、何処だい?」
どう考えても個人の給料などで賄える額では無い事を知っているアキトは、気軽にルリの言葉を聞き返した。
「先々代から貯蓄され続けている、ネルガル会長の隠し口座です」
この時のルリの楽しそうな笑みを見て、アキトは未来で自分を騙したアカツキにちょっとだけ同情をしてしまった。
「あっ!! アキト発見!!
アキト、アキト、アーキート!!」
「・・・俺は犬じゃないぞ」
何時かは来るだろうと思っていた再会は、ある意味予想を超えるユリカの突進により、感動も何も無いものになった。
しかし、自分の腕を取り嬉しそうに話し掛ける元気なその姿に、やはり涙ぐみそうになる。
その事を悟られないよう、多少ぶっきらぼうに顔を背けながら、アキトはユリカの問いに答えていった。
「でもやっぱりアキトは私の王子様だよね!!
私のピンチに颯爽と現れて、格好良く助けてくれる!!」
「単に逃げ惑っていただけだろ?」
「・・・いいや、君は機動戦の経験を持っている筈だ。
ユリカも僕も伊達に士官学校を出ていないよ、素人か経験者かなんて動きを見れば分かる。
それに最終的にはユリカが指定する前に、木星蜥蜴を見事一纏めにしてグラビティ・ブラストの射線上に誘導したじゃないか」
アキトの返答に鋭く横槍を入れたのは、ユリカと一緒に現れてから一度も口を出さなかったジュンだった。
そのジュンの発言に、思わずユリカを直視するアキト。
「本当に気付いていたのか?」
「そんな事は当然だよ!!
アキトがナデシコ前方に木星蜥蜴を誘導してくれているから、発進後直ぐにグラビティ・ブラストのチャージを指示出来たし。
その後も発射角度を調整して、周囲に被害が及ばないように出来たんだよ。
ちなみに角度調整の計算はルリちゃんがしてくれたから、ルリちゃんもその事に気付いていたんだよね?」
「え、ええ、まあ」
そう言いながら偉いねぇ〜、とルリの頭を撫でるユリカ。
ユリカの予想外なファインプレーに、思わず顔を見合わせるアキトとルリ。
自分達で言っておきながら、実際にユリカの才媛振りを見せられて困惑をしていた。
「でも、アキトってコックさんなんでしょ?
プロスさんが何だか難しい顔で、アキトの事について相談に来たんだけど。
私としてはアキトの料理が食べたいから、コックで賛成です!!って答えておいたんだ」
「いや、プロスさんは多分そんな事を聞きたくて行ったんじゃ・・・」
「アキトさん無駄です、ユリカさんにとってアキトさんの素性を確かめるなんて、無意味な行動にしか思えないんです」
上機嫌のユリカの前で、二人同時に疲れたような表情で溜息を吐く。
そんな三人の姿をジュンが少し離れた位置で、興味深そうに観察をしていた。
「と言う訳で、アキトへの尋問をしたいと思います」
「・・・食堂でか?」
この時代に何故か紙のノートとペンを取り出し、調書らしきものを作成するユリカ。
食堂の片隅をアキト、ユリカ、ルリ、ジュンの四人で占領をし、プロスからの依頼という事で尋問が始まった。
「えーと、アキトは1年前に火星から地球に来ました。
ナデシコに乗るまでは「雪谷食堂」で見習いコックをしてました。
今回、ルリちゃんのスカウトに乗って、ナデシコに見習いコックとして雇われました。
ルリちゃんナイスジョブ!!
うん、怪しい所は無し!!」
「・・・・・・ごめんユリカ、僕には突っ込み所が満載だよ」
綺麗な文字で調書に問題無し、と記入をするユリカにジュンが疲れたように口を挟む。
その意見に対して不満をありありと見せるユリカだが、気になる点は存在しているらしくアキトに再度の質問を行った。
「そう言えばアキトの御両親はどうしたの?」
「・・・ああ、ユリカは知らなかったんだな。
ユリカが火星から引っ越したその日に起きたクーデターで、二人とも亡くなったよ」
「・・・え?」
何でもないように告げたアキトとは逆に、かなりのショックを受けるユリカ。
その後はアキトに嫌な過去を思い出させたと気を使ってか、一言謝ってからジュンを引っ張ってブリッジに帰って行った。
ブリッジでは考え込むユリカを艦長席に置いたまま、ジュンとプロスが先程の取調べについて相談をしていた。
「つまり両親が亡くなっている事以外、まるで謎は解明していない、と」
「聞けば教えてくれそうな雰囲気はあったんですけどね、ユリカが聞き辛い質問から入ってしまって。
ただ、ユリカの勘だけじゃないんですけど、確かに企み事をするには向かない人柄に思えますね。
・・・むしろ、今の現状に少し戸惑っている様子すら伺えました」
「なるほど・・・それは私も感じておりました。
彼の目には時々迷いが見受けられます。
しかし、流石の観察眼ですな」
「よして下さいよ、僕は人の顔色を伺うのが上手いだけです」
プロスの褒め言葉に、ジュンは苦笑をしながらそう答えた。
アキトはユリカの尋問?から開放された後、そのままホウメイに着任の挨拶を行った。
礼儀正しく頭を下げて教えを請うアキトに、気を良くしたホウメイはこれから宜しくとアキトを快く厨房に迎え入れた。
その後、ホウメイガールズとも顔合わせを行い、まずは下ごしらえをさせようとホウメイがアキトに指示を出す。
「あの、すいません、私の注文をアキトさんに作って貰ってもいいですか?」
「おや、ルリちゃんがご執心とはプロスさんから聞いていたけど、本当なんだねぇ
私は別に構わないよ、テンカワ、作っておやり」
普通に注文をするにしては、随分と真剣な表情のルリに何かを感じたのか、ホウメイは快く許可を出した。
アキトとしては数年以上料理から離れていた為、以前の味を出す自信が無く、断りたかったのだが上司の命令は絶対だった。
「オムライス、お願いします」
全員が見守る中、アキトは多少ぎこちない動きだが、それなりに素早く下拵えを行っていく。
そしていざ調理という瞬間に、その現象はアキトに襲い掛かった。
―――――――――鍋がまるで振るえない。
顔を真っ青にしながらも、必死に鍋の中の具材が焦げないようにかき回すアキト。
だが無常にもライスは部分的に焦げが入り、オムレツの部分は焦げ目と破れた部分で見た目も最悪だった。
誰がどう見ても、その料理はただの失敗作と呼ばれるモノだった。
皿に盛られたその料理を前に、愕然と自分の両腕を見るアキト。
ホウメイガールズもこの料理をルリに出していいのか判断に迷っていた。
そんな中、ルリは無言でその皿を手に取り、机に座ると手を合わせて食べ始めた。
全員が無言の中、ルリのオムライスを食べる音だけが響く。
やがてホウメイガールズはルリが泣いている事に気が付いた。
「ちょっと、ルリちゃん。
無理して食べなくてもいいんだよ?」
「いいえ、この食事を残すなんて勿体無くて出来ません。
もう二度と食べられないって、思っていたんですから」
子供とは思えない深い綺麗な笑顔でそう返されて、またも全員が黙り込む。
そして焦げだらけのオムライスを完食したルリは、アキトにお礼を言った後。
「また、作って下さいね」
と言い残して、笑顔で食堂を去って行った。
ルリが去った後、無言で鍋を睨むアキトの後頭部をホウメイが軽く小突いた。
「あんた、結構長い間料理をしてなかったんだろ。
何より自分が料理をする事に、どうやら罪悪感を持ってるね?
コックを目指すには厄介な業を背負ったもんさね」
「・・・」
ホウメイの指摘により自分の抱えていたモノが何か気が付いたアキトは、愕然とした表情を作った。
確かに五感を失ってから料理をする事は無かった。
だが、あの当事に料理をしようとしても、きっと今と同じ状態に陥っただろう。
何しろこの罪悪感は、今まで逃げ続けてきた自分が起こした事件の犠牲者に対する、懺悔からきているのだから。
他人の平穏を踏み躙って得た時間を、自分の夢を追い求める為に使う事など許されるのか、と。
「昔、あんたみたいな状態に陥った料理人を戦場で見た事があるよ。
そいつは結局、料理人の道を諦めちまったけどね。
あんたは・・・どうするんだい?」
真剣な瞳でそう問いかけるホウメイに、アキトは悩んだ末に結論を述べた。
このナデシコにルリに捕まって乗り込んだ時点で、逃げるという選択肢は消されていたのだから。
「俺には頑張る、としか言えないです。
ルリちゃんにあそこまで言われたら、このまま逃げる訳にいかないじゃないですか」
「うん、良く言った!!
なら私もとことんまで扱いてやるから覚悟するんだね!!」
「はい!! お願いします!!」
そんな熱い師弟をホウメイガールズが興味深げに見守っていた。
「ラピス、起きてるか?」
『うん』
「やっぱり迎えに行くのには時間が掛る、すまんな」
『・・・うん』
「ナデシコに乗って分かったんだが、ルリちゃんとマキビ君も俺達と同じ状態らしい」
『そう』
「頼んでいた例の件だけど、マキビ君に手伝って貰えるそうだ」
『私、あの子嫌い』
「おいおい」
『あの子の横槍のせいでこんな事になった』
「・・・いや、マキビ君だけのせいとは限らない。
俺も過去に戻りたいと、心の隅では思ってからな。
誰が悪いのか、それは分からないけど、俺達は出来る事をするしかないかもな。
取り合えず、マキビ君も悪い子じゃないらしいから、少しは話し掛けてみなよ」
『アキトがそう言うなら努力はする』
「ああ、じゃあお休み」
『お休み』
そして、慌しい一日が過ぎていき、ナデシコは翌日の朝日を太平洋上で迎えた。
「ルリルリ今日も遅いわねぇ、何をしてるのかしら?」
「ブリッジから出て行く時は、随分とご機嫌でしたけど?
また食堂で、時間を潰してるんじゃないんですか」
ミナトとメグミがそんな会話をしている背後では、ユリカは艦長席で上の空な状態になっており。
ジュンはそのユリカの背後で考え事をしていた。
プロスはゴートと一緒に全員から離れて相談事をしていると、突然ブリッジにムネタケが率いる兵隊が押し寄せてきた。
「はーい、皆さんそのまま、そのまま」
「これは何事ですか、ムネタケ副提督」
プロスが鋭い視線でそう問いかける。
「あら見て分からないかしら?
このナデシコは宇宙連合軍に接収させていただくわ」
黙って自分を見詰めているフクベ提督を挑発するように、ムネタケはそう宣言をした。
「あー、そう言えばそんな事もあったな、確か」
「忘れていたんですか?」
ムネタケのクーデターにより、食堂にルリと一緒に押し込められたアキトが、何処かのんびりとした口調でそう呟き、ルリに突っ込まれていた。
実際、鍋を振れるようにと必死に特訓中のアキトは、ムネタケの反乱について見事に忘れていた。
ナデシコに乗っていた頃の記憶は、かなり鮮明に覚えているのだが、大きな事件以外はどうにも忘れがちだ。
何しろ記憶の中にあるこの頃の自分は、食堂でガイと一緒にゲキガンガーを見ていただけの筈だ。
・・・今も記憶の通り、右足をギプスで固められたガイが騒ぎながらクルーにゲキガンガーを上映している。
そちらの熱気にどうにも以前ほど馴染めないアキトは、ルリと一緒に少し離れた厨房で料理の訓練をしていた。
その後、ルリに話を聞いたところ、ユリカは既にナデシコのマスタキーを抜き出し、ジュンとプロスを連れてミスマル提督の元に向かったらしい。
元々、ナデシコのスペックに興味を抱いていたミスマル提督は、ユリカを使って接収するつもりだったのだろう。
その他にもフクベ提督だけが自室に監禁されたりと、クルーの情報を事細かくルリはアキトに伝えていった。
同時刻、ミスマル提督の元に訪れたユリカは熱烈な歓迎を受けていた。
出されたケーキを美味しそうに食べるユリカの隣で、プロスがミスマル提督とナデシコの所有権について言い争っている。
ユリカの幸せそうな横顔を見ながら、ジュンはその光景に頭を抱えていた。
「そう言えばお父様。
火星に住んでいた頃、お隣に住んでいたアキトの事、覚えていますか?」
綺麗にケーキを食べ終え、紅茶も飲み干した後、ユリカが急に真剣な表情でミスマル提督に質問をする。
予想外の質問に面食らいながら、ミスマル提督はその問い掛けに頷いた。
「偶然にもアキトはナデシコに乗船しており、私達の危機を助けてくれました。
その後で話を聞いて知ったのですが、アキトのご両親がテロに遭って亡くなった事もお父様はご存知だったんですか?」
「・・・ああ」
「何故、私に黙っていたんですか?」
「それは、ユリカが悲しむだろうと思ってだな」
「当時でもお父様の力なら、十分にアキトを引き取って育てる事も出来たはずです。
それにその方が私が最終的にも喜ぶ事も、分かっていたと思います。
子供のアキトを一人、火星に残すなんてお父様らしくない。
ましてや、私の記憶に有る通りならお父様とお母様とアキトのご両親は、友人として十分に友誼を結ばれていました」
「・・・」
「何か、秘密があるんですね?」
「悪いがユリカ、ナデシコの接収について詰めをする必要が有るのでな。
アオイ君、少し隣の部屋で話を聞きたい」
「あ、はい」
ユリカの視線から逃げるように、ミスマル提督はジュンを連れて隣の部屋に入った。
その後姿を見ていたユリカは少し不満そうな顔をした後、こちらも少々機嫌の悪いプロスに顔を向けて一言ぼやいた。
「地位が高くなると、色々とままならないもんですね?」
「いや、全くその通りですな」
そして、娘に同情をされている父親は、溜息を吐きながらジュンに報告をさせていた。
「では、テンカワ アキト君は確かにナデシコに乗っているんだね?」
「はい、僕もこの目で確認をして話もしています。
確かに不審な点も多いですが、それほど警戒する事は無いと思いますが」
「本当に私が警戒しているのは、彼に目を付けたと思われる黒幕だよ」
ミスマル提督のその言葉にジュンが眉を顰める。
テンカワ アキト本人ではなく、彼を利用しようとしている存在が居るとミスマル提督は言っている。
ジュンが確認した限りでは、彼のプロフィールにそれほど大きな存在との接触は無いはずだった。
あえて上げるとしたら、目の前のミスマル提督やユリカと幼少時に接触があった位だ。
だが、その青年はそんな中途半端な経歴で、ネルガルが一流のスタッフを集めた豪語するナデシコに乗った。
「・・・ネルガル、ですか?」
「うむ、当時独自の調査を行った所、どうやらテンカワ夫妻の死亡にはネルガルの影が見受けられる。
彼等が何を研究していたのかは、私は正確に教えて貰ってはなかったが、『世界を拡げる』と良く言っていた。
ネルガルが何らかの目的でテンカワ夫妻を殺したのなら・・・その息子にも後々影響が出てくると思ったのだ」
「ユリカと一緒に守る・・・ではなく、切り捨てたんですね」
「妻を亡くしたばかりの私には、ユリカにまで危険な目に遭わせたくなかった」
ユリカに告げる事は出来ない罪を告白するミスマル提督に、ジュンは複雑な視線を向けていた。
――――――次の瞬間、二人の耳に緊急警戒警報が鳴り響いた。
ナデシコの食堂では、相変わらず大声でゲキガンガーの素晴らしさを語るヤマダと、すこしずつボルテージが上がってきた群衆が居た。
そろそろ暴発しそうだなと思いつつ、アキトは鍋を片手に横目でその光景を見ていた。
そんな風に、料理に集中しているアキトの制服の裾をルリが引いて、真剣な表情のまま一つのウィンドウを指差す。
そのウィンドウを覗いてみると、そこにはチューリップに取り込まれる、二隻の戦艦・・・クロッカスとパンジーの姿が映っていた。
「な!!」
「もう・・・手遅れですね」
冷静にそう呟くルリに、アキトが思わず声を荒げて文句を言う。
「手遅れって問題じゃないぞルリちゃん!!
あの戦艦に乗っている人が、全員助からない事を知ってるだろ!!
忘れていた俺も悪いけど、何で教えてくれなかったんだ!!」
「じゃあ、どうすれば良かったんですか?
私とマスタキーの抜かれたオモイカネでは、何とか戦艦に警告の通信を送るくらいしかできません。
外見11才の民間企業に雇われた女の子の言葉を、軍人の誰が信用してくれるんですか?
アキトさんがエステバリスでチューリップに突撃しても一緒です。
現行のエステバリスの火力では・・・チューリップを沈める事は出来ません」
「それは・・・」
小さな手を硬く握り締めてそう反論をするルリに、アキトは何も言い返す事が出来なかった。
その姿から、ルリも色々と考えた結果、戦艦を救出する手立てが思いつかなかったのだと思い知らされた。
「アキトさん、今の私達は実績もなければ力も全然足りません。
そして、立場も低いものです。
例え正しい事だと声を上げても、殆どの方には聞いて貰えないでしょう」
「じゃあ、どうすればいいんだ」
「勝ち続けて、前に進み続けて、周りに認めて貰うしかないと思います。
私が『戻って』くる前に連合軍に入った時も子供という事で、散々そんな目に遭いました。
特に軍人の方々は目に見える力に正直です。
事実、私のナデシコCによるハッキング攻撃の有効性を認識してから、私の発言力や立場は格段に上がりました」
ルリに正面から見つめられ、頭が冷めたアキトは頭を下げた謝罪した後、再度料理の練習に入った。
自分達が消えた後のルリの苦労を垣間見て、自分の考えの甘さを再度教えられたのだ。
これ以上の醜態は恥の上塗りでしかなかった。
「勝ち続ける・・・それは『英雄』になるという事と同義なんですけどね」
小声で洩らされたルリの一言が、何故か強くアキトの脳裏に残った。
緊急警戒警報が鳴り響く中、ユリカがプロスと一緒に行きに使用した連絡艇が格納されている格納庫を目指していた。
「さて、プロスさん、そろそろナデシコに帰りましょうか?」
「その意見には賛成しますが、アオイさんは如何するですか?」
不思議そうに訪ねるプロスに、ユリカは悪戯っ子の笑みで回答をした。
「ジュン君がお父様の命令で、私を見張る為にナデシコに乗船した事は分かっています。
だから今度は、自分の意思でナデシコに来てくれるかどうか、見てみようと思ってます」
「・・・まあ、自分の意思で未来が選択が出来るというのは、幸せな事なんでしょうな」
ユリカの言葉に苦笑をしながら、プロスは連絡艇への道を急いだ。
その時、ユリカからナデシコに帰艦するまでの間、チューリップに対しての防衛指示がコミュニケを通じてナデシコクルー全員に通知された。
ナデシコクルーが食堂の入り口立つ兵士に、配置に着かせろと詰め掛けるも、命令系統が違うと言って兵士達は頑として動こうとしなかった。
やがて、興奮が最高潮に達したヤマダが、遂に率先して兵士達に反撃を始める。
見張りとして立っていた兵士に向けて、何も考えずに突進をするヤマダ。
その姿を見て溜息を吐きながら、期を窺っていたゴートはテーブル上にあった胡椒の瓶を、兵士の顔に向けて投げつけた。
そして、顔を抑えて蹲る兵士に殴りかかったヤマダごと、クルーが雪崩のように次々と上を通過する。
「・・・っ、ちょっ、お前ら!! へぶ!!」
騒乱の後には全身打撲で痙攣をしている2名の兵士とガイが残されていた。
その姿を憮然とした表情で見守るアキトとルリ。
「どうします、ヤマダさんが更に重症化しましたよ?」
「いや、まさか暴走に巻き込まれるとは思わなかったなー」
随分と元気そうだったので、ヤマダと二人で撹乱に出るかと思っていたアキトは、目論見が外れて重い溜息を吐く。
「こらテンカワ、何時までも不貞腐れてんじゃないよ!!
そこに倒れてる奴等は、ホウメイガールズと私が片しておくから、あんたは艦長の命令を実行してきな」
「はい、分かりました!!」
背後からホウメイにそう指示を出されて、背筋を伸ばして良い返事をするアキト。
どうやら過去と現在の経験も含めて、ホウメイの指示には逆らえない下地が出来ているらしい。
「それと、無茶せず無事に帰ってくるんだよ。
アンタの本職はコック見習いなんだからさ」
「はい!!」
ホウメイの声に背中を押されるように、アキトはルリを小脇に抱えて格納庫に向けて走り出した。
その後、ルリをブリッジに向かう通路で解放し、アキト自身は格納庫へと向かった。
ブリッジは既にゴートの活躍によって奪取されているそうなので、後の問題は格納庫だけだった。
途中、ウリバタケ率いる整備班と兵士達の乱戦を横目に、その乱戦を抜け出して格納庫への道を急ぐ。
どうやら民間人である事が逆にブレーキになっているのか、銃などの殺傷能力の高い武器は使用されていないらしい。
だが、それも武器となるエステバリスが有る格納庫は別らしく。
明らかに食堂に居た見張りの兵士達とは違う重装備の兵士3名が、格納庫に続く通路に万全の状態で待機をしているのをアキトは見付けた。
向うも既にナデシコクルーによる反撃が起こっている事を連絡されたのか、アキトに向けて構えられた銃には既にトリガーに指が掛かっている。
両腕を上げて大人しくするジェスチャーをしながら耳を澄ませば、背後からは騒々しい足音と一緒に、勝ち鬨を上げるウリバタケの声が徐々に近づいてきている。
「・・・厄介だな」
このままでは、ナデシコに帰艦したユリカも含めて一網打尽にされてしまうだろう。
職業軍人が本気になって銃器を使用する事の怖さを、アキトはテロリストと化していた当時に良く思い知らされている。
上官からの命令を受けた彼等に、引き金を引く事への躊躇いは無い。
もしムネタケが暴徒鎮圧に発砲を許可していた場合、死者が出ても不思議ではない事態になる。
――――――それだけは避けなければいけない。
前日に十分に思い知った「気」の怖さを一時封印し。
次の瞬間には「気」によるブーストにより、アキトは一瞬にして自身の身体能力の限界を超えたスピードを叩き出す。
厳しい訓練を得てきた兵士達にも、アキトが瞬間移動をしたように見えただろう。
アキトに向けて銃を構えていた兵士は、一瞬で顎を砕かれ倒れ付す。
隣の兵士は鳩尾に激痛を感じた瞬間、意識を手放した。
後列に居た為、何が起こっているのか分からなかった兵士は、首筋に手刀を受けて崩れ落ちた。
「ばっ!!」
それが格納庫前に陣取っていた四名の兵士のうち、最後尾の一人が残せた言葉だった。
「おー、臨時パイロットのテンカワだったな、何をしてるんだ?」
「あ、足を吊りました、後、背筋とか腕の筋肉が無茶苦茶痛い・・・」
涙目でウリバタケの質問に応えるアキトは、地面に蹲ってプルプルと震えながら痛みに耐えていた。
壁際には武装解除をされて、丁寧に縛りあげられた気絶した四名の兵士の姿があった。
その姿を不思議そうに見ていたウリバタケだったが、自分の仕事を思い出したのか部下達に声を掛けて格納庫に雪崩れ込んで行く。
「おい、テンカワ!!
お前も艦長から出撃依頼を受けてるんだろ!!
直ぐに空戦仕様のエステバリスを用意するからな、準備が終わったら声を掛けるから、さっさっと出撃するんだぞ!!」
「了解でーす」
身体中に襲い掛かる痛みに顔を顰めながらも、元気に働くウリバタケ達の姿を満足気に眺めるアキトだった。
「痛いって事は、生きてるって事なんだよな・・・」
その後、空戦仕様のエステバリスで出撃したアキトは、初戦と同じく無難に囮役を勤めきり。
ナデシコに無事帰艦したユリカにの指示によって放たれたグラビティ・ブラストにより、ナデシコは連勝を飾った。
――――――華々しい戦果と共に、ナデシコは徐々にその名を連合軍以外にも認知されつつあった。
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