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第六話
2197年2月
初めての多対一の戦闘に、緊張をしていないクルーは居なかった。
唯一、冷静そうに見えるのは艦長を務めるユリカと、それを支えるジュン。
そして、静かに闘志を燃やすアキトとルリもその例外の中の人物だった。
「ジュン君、エステバリス隊の指揮は任せるからね」
「ああ、ユリカはナデシコの指揮にだけ集中すれば良いよ」
自分用に通信ウィンドウを立ち上げながら、ジュンはユリカの指示に従う。
パイロット達も有る意味気心が知れたジュンの指示に、素早く従ってナデシコ前方にフォーメーションを組む。
火星をバックにして、多数の無人兵器と一際目立つ戦艦が3隻、そしてその周囲を護衛艦が30隻と分厚い陣容を見せている。
「テンカワ、なかなか盛大なお出迎えだが、君なら中央を抜けるよな?」
『無理と言っても突撃させるんだろ?』
「勿論、君の実力は嫌というほど身に沁みてるからね。
リョーコ、ガイはテンカワの空けた穴が塞がらないようにバックアップ。
ヒカル、イズミは先鋒三人が孤立しないように適時カバー」
この1ヶ月の間、嫌々とはいえ付き合わされた訓練によって、パイロット達と名前で呼び合える程にジュンは親密になっていた。
またパイロット連中も、機動戦や白兵戦は別として指揮官としてのジュンの腕前に信頼を置いていた。
末端での戦闘しか出来ない自分達と違い、全体の戦況を見渡して指示を出してくれる存在は、戦場では心強い事を訓練で感じたのだ。
『了解、テンカワ派手に行こうぜ!!』
『おっと、俺も暴れさせて貰うぜ!!』
『・・・おいおい、俺がトップじゃなかったのか?』
そんな言葉を残して、先陣を任された三人は凄いスピードで無人兵器の群れを喰い破りに走る。
最初のスタートは遅れたものの、途中で赤とピンクのエステバリスを追い抜いた漆黒のエステバリスが、凄い勢いで無人兵器の撃墜を始める。
アキトの勢いに押され、中央に開いた穴を周りの無人兵器が埋めようと動くが、その無人兵器に遅れてきたリョーコとガイが襲い掛かる。
更に外周に控えていた無人兵器達は、遠距離から放たれるヒカルとイズミのライフルによる攻撃により、次々と落されていった。
「・・・練習時よりテンカワの動きが良いな。
様子見の初手だったのに、一度の突撃で目標地点まで到達したか、優秀すぎるっていうのも困りものだ」
「ジュン君贅沢過ぎ〜
ルリちゃんナデシコのグラビティ・ブラストで、中央の戦艦狙うよ。
ミナトさん、この地点までナデシコの操船お願いします」
「分かりました」
「任せて頂戴」
無人兵器をエステバリスによって完全に押さえ込む事に成功した為、行動の自由を得たナデシコはスムーズにユリカの指定したポイントに移動を完了する。
戦艦から放たれる攻撃にも、煩わしい無人兵器達の攻撃がない分、ディストーション・フィールドが余裕を持って耐える。
「ルリちゃん、グラビティ・ブラスト発射!!」
「グラビティ・ブラスト発射します」
ナデシコの放ったグラビティ・ブラストにより中央を固めていた1隻の戦艦と4隻の護衛艦、そして数多の無人兵器が消滅した。
そして前方に開いた空間を見過ごすようなジュンでは無かった。
すかさず最強の手札を使って、敵陣を穿つ。
「テンカワ!!
チャンスだ大物狙いで行くぞ!!」
『釣りじゃあるまいし・・・』
ジュンの言葉にアキトは苦笑をしながらも、鋭い視線をぽっかりと開いた空間に向けて今日一番の加速を見せる。
周囲の敵からの攻撃は、アキトのエステバリスが通り過ぎた跡を貫くに終わっていた。
『まあ雑魚はこっちで引き受けてやるよ!!』
『調理はお手のもんだろ!!』
アキトのエステバリスを背後から狙う敵を撃墜しながら、リョーコとガイの軽口は止まらない。
自分達が行ってきた訓練では、これ以上の猛攻を凌いできたのだ。
実戦と訓練は違う事は分かっているつもりの二人だが、心の中には同じ想いが宿っていた。
――――――アキトならやってくれる、と。
それはジュンやヒカル、それにイズミにも共通している認識だった。
何度も繰り返された極限下のシミュレーション訓練では、どんな不利なシチュエーションでもアキトのエステバリスは駆けた、駆け抜けた。
その漆黒の機体を目指して、その背に追い付こうとして、常に彼らは自分達を磨いてきたのだ。
そして期待に応えるかのように、今日も漆黒の機体は鮮やかな軌跡を残して敵陣深くに斬り込んで行く。
「アキトさんの攻撃により、右側に展開していた戦艦撃沈を確認」
ルリからの報告を受けると同時に、戦術ウィンドウ上に表示されていた戦艦マークが一つ消える。
「テンカワ機からの通信です。
現在、周辺の無人兵器を掃討しつつ、包囲網を抜けてこちらに合流をするそうです」
ルリの報告に続くように、メグミがブリッジ内にアキトからの通信内容を読み上げる。
それらの報告を聞いて、ジュンが思わず右拳を左手に打ち付けて快哉を叫ぶ。
「よしっ!! 流石だなテンカワ。
ガイとヒカルはテンカワの包囲網脱出をサポート、リョーコとイズミはナデシコのカバー。
最後に残った左側の大物はユリカに譲るよ」
「何だか良いとこ、アキト達に持ってかれちゃったなー
でも、こっちも負けてられません、ルリちゃん指定ポイントにミサイル発射、敵戦艦と護衛艦を誘導します。
ミナトさんこちらもこれから派手に動きますよ!!
メグちゃん、かなり揺れると思うから先に艦内放送で警告お願い!!」
「「「了解!!」」」
何時ものユリカとジュンからは想像も出来ない指揮振りに、気圧されつつもルリ達は自分達の仕事を全うする。
その結果、最後の戦艦も抵抗あえなくグラビティ・ブラストの一撃により沈んだ。
チームによる初実戦を終えて、アキト達は全員無事で帰艦をする事が出来た。
エステバリス隊でのスコアを見ると、戦艦1隻、護衛艦5隻、無人兵器200機近くの大活躍だった。
勿論、アキトの働きにより部分は大きいが、そのサポートをこなせる程には全員の腕前は上がっていた。
「よー、初陣にして大戦果だなお前等!!
まあ無事に帰ってきた事が、何よりも嬉しいがな!!」
「整備班の皆さんの腕が良いお陰ですよ。
それに、スラスターの出力がまた上がってましたね」
「ええ、そうなのか?」
アキトの一言を聞いて、思わずガイが驚きの声を上げる。
同じくエステバリスから降りてきたリョーコ達も、その発言を聞いて驚いた顔をしていた。
「分かる奴には分かるもんだな・・・
しっかし、あの微妙な出力増加に気付くのかよ。
俺としては余計な情報を与えて、お前達の気が逸れないように黙ってたんだがな。
テンカワ、お前テストパイロットでもやった事あんのか?」
「・・・まあ、経験は有りますよ」
曖昧な笑みで追求を避けるアキトに、少々不満そうな顔をウリバタケはしたが、その事について追求は行わなかった。
ガイと先程の戦闘について意見を交換しているアキトを横目に、帰還したエステバリスのチェックを整備班に指示する。
そんなウリバタケにリョーコ達が近づいてきて質問をした。
「ウリバタケさんよ、その出力アップってどれ程のもんなんだ?
俺達にはそれほど変化があったようには、全然感じられなかったんだぜ」
「まー、そうだろうな。
実際の所、出力アップと言ってもせいぜい2〜3パーセント程度だ。
戦闘状態のパイロットがそうそう気付くレベルの話じゃねぇよ」
愛用のスパナで肩を叩きながら、ウリバタケがリョーコの質問に応える。
何でも無い事のように言っているが、ウリバタケがアキトの背中を見詰める視線には、強い力が篭っていた。
「それ本当?
だとしたら一番の激戦区で、その事に気付くテンカワ君って」
「信じられない事に・・・まだ、余裕が有るって事かしらね」
知らず知らずのうちに、全員の視線がアキトに向けられた。
そこでは噂をされている本人が、ガイに対して何か大声で注意をしている姿があった。
ある意味見慣れた姿だが、改めてアキトの異質さを全員が感じ取っていた。
「つくづく、俺のやる気を刺激してくれる奴だぜ。
何時か作ってみてぇな、テンカワの全力を受け止めるようなスペックを持つ機体をよ」
ウリバタケのその独り言を聞いて、リョーコ達もまたその姿を見てみたいと心の底から思った。
背後でそんな会話がされている事を知らないアキトは、ガイと今回の戦闘について話をしていた。
「やっぱりまだ完全に、アキトのフォローは出来てないよなぁ・・・
あれでも出力を絞って加速を抑えてるんだろ?」
「まあ、確かに加速を抑えていたけどな。
毎回戦闘後に入院してたら、この先連戦になった時にヤバイだろ?
だからよっぽどの事がない限り、無茶をするつもりは無いよ。
ガイ達は気にせずに今の調子で、フォローをしてくれれば正直とても俺は助かる」
そう言いながら、パイロット用に準備されていた水分補給のボトルからアキトが水を飲む。
不甲斐ない自分を責めつつも、曲がりなりにもアキトの機動に着いて行けた事は、ガイにとって確かに感じられる成長だった。
自分が腕を上げれば上げるほど、シミュレーター内のアキトの凄さが理解出来てきて焦る部分もあったが。
今日の戦闘では今迄の特訓の成果を発揮し、アキトの動きをフォローする事が出来たのだ。
単体戦闘により戦果を挙げる事に興味は勿論有るが、今まで友人が少なかったガイにとって、チーム戦という戦闘は心踊るものがあった。
「よっしゃ!!次の戦闘も気張っていくぞ!!」
「気合を入れている所を悪いが、気張り過ぎて失敗するなよ」
「そうそう、調子に乗ってる時のヤマダ君はミスが多くなるからね」
「この前のシミュレーターで同じミスをしてたわよね」
ガイが気合を入れて吼えていると、二人に傍にリョーコ達が寄ってきた。
ウリバタケとの会話は一段落したので、パイロット同士で今回の戦闘について話し合おうと思ったからだ。
パイロット達が全員揃ったその時、メグミの緊急警報が格納庫に響き渡った。
『これから相転移エンジンの全エネルギーを使用した、グラビティ・ブラストを発射します!!
艦内の重力制御も出来なくなりますので、手近な物に捕まって身体を固定して下さい!!』
「って!!マジかよ!!」
リョーコはそう言いながら手近に掴める物・・・取り合えずテンカワの右手を抱え込んだ。
「えー、格納庫の真中で掴める物って!!」
ヒカルは周りを見回した後・・・目の前に居るガイの首に縋り付いた。
「・・・」
イズミは無言のまま、アキトの背後に回りこみ後ろから抱きついた。
「「・・・いや、動けないんだけど」」
二人の男がそう呟いた時、ナデシコは凄い勢いで艦体を垂直に持ち上げていく。
アキトは咄嗟の判断で「気」で強化した脚力を発揮し、近場の手摺に跳び付き左手一本でぶら下がる。
ガイはアキトの真似をしようとしたが、残念な事にヒカルの体重分だけ動きが遅れ、積み上げられているコンテナに激突して動きを止めた。
幸いな事に先程の戦闘時の通告のお陰で、コンテナ等が固定されていたのでそれ以上の被害は受けなかった。
そして、必死に気絶したガイに呼びかけるヒカルの目の前を、ウリバタケが文句を言いながら転げ落ちていった。
「ジュン君、この射線でターゲットは確保出来てる?!」
ブリッジはブリッジで大変な事になっていた。
敵戦艦殲滅後、周囲を警戒していたルリによりチューリップの存在が報告され、急遽殲滅が決定されたのだった。
エネルギーを確保する為に最低限の部分にのみ動力を回し、残りは攻撃及び防御へと転換されていた。
「いや、まだ少し角度が足りない!!」
現在はユリカが落ちないように腰を抱きしめながら、ユリカの問いにジュンが赤い顔で待ったを掛ける。
ルリ達も歯を食いしばりながら、身体が落ちないように必死にコンソールにしがみ付いていた。
フクベ提督に至っては、プロスが必死になって制服の襟首を掴んで耐えている。
「ミナトさん、後2度ほどナデシコを傾けてください!!
敵のチューリップを確実に殲滅しないと、火星には降りれませんから!!」
「了解!!」
ユリカの命令に従い、ミナトが再度の操船を行った瞬間。
「敵船からの一斉攻撃来ます」
シートに備え付けられているベルトに身体を食い込ませながら、ルリが落ち着いた声で報告をする。
「ルリちゃん、フィールドは耐えられる?」
「ギリギリ何とか」
「なら回避は無し!!
敵の攻撃を耐えた後に、グラビティ・ブラスト発射!!
それまでにミナトさん、先程の操船を完了しといて下さいね!!」
「無茶だけどやるよ〜」
豊かな胸をベルトで変形させながら、泣き顔でミナトが返事をする。
次の瞬間、敵の一斉攻撃を受けて盛大にナデシコが揺れる。
その勢いでフクベ提督とプロスが空中に放り出されるが、傍に待機していたゴートにより無事に捕獲された。
「いやはや、助かりましたよゴートさん」
「仕事ですから」
何時もの仏頂面でプロスの礼を受けるゴート。
中年連中がそんな事をしている間に、ミナトの操船は無事に終わっていた。
「艦長!!所定角度への調整完了よ!!」
「ルリちゃん、お願い!!」
「グラビティ・ブラスト発射」
痛みで顔を顰めながらルリが操作を行い、火星にて待ち伏せをしていたチューリップを含む無人兵器の一団は、見事に掃討されたのだった。
「こんな形で火星に来る事になるなんてな」
火星の空に輝くナノマシンの光を、懐かしい思いでアキトは見ていた。
楽しい思い出も、悲しい思い出も、色々な思い出がこの星には詰まっていた。
未来でこの星を自分の人生の最終の地として選んだのも、当然だったのかもしれない。
「何だ随分と感傷的だなテンカワ?」
戦闘後のミーティングも一段落したので、今は砕けた雰囲気でパイロット達は食堂で休憩をしていた。
初めての本格戦闘という事で、今日に限ってはアキトは厨房の仕事をホウメイから免除されていた。
アキトとしてはユーチャリスでの最後の航海として指定をした火星への航海が、全然別の形で成された事に感慨を抱いていたのだ。
もっとも、そんな事を全員に説明した所で意味が無いので、適当に話題を変更する。
「ああ、リョーコちゃん達には俺の生まれ故郷は火星だって、言ってなかったっけ?」
「そうだな、それは初めて聞いたぜ。
確かに・・・それなら感傷的にもなるよなぁ」
アキトと同じ様にウィンドウに映っている火星の風景を眺めながら、リョーコも感慨深げに頷いてみせる。
同じ様に二人の会話を聞いていたパイロット達も、釣られた様に火星の風景に目を向けた。
「そう言えば軽い打撲で済んで良かったな、ガイ。
・・・というか、何で打撲程度で済んでるんだ?」
「へっ、自慢じゃないが、打たれ強さには自信が有るんだ。
ヒカルが背中に乗ってなかったら、打撲にすらなってねぇよ。
まあ、予想よりヒカルが重かったのが怪我の原因か?」
ガイが笑いながらその台詞を言った瞬間、アキトとリョーコは顔を明後日に向け、イズミは顔を手で覆った。
「それは女性には禁句だよぉ、ヤ・マ・ダ・君」
口元は笑顔なのに、眼鏡だけは不思議な光を放つヒカルが、ガイの制服の襟首を捕まえて食堂の出口を目指す。
「お、おいおい、ヒカル。
今はパイロット全員で、休憩中じゃなかったのかよ?
つーか、何処に行くつもりなんだよ?」
「うん、そうだねぇ、ヤマダ君は医務室で休憩しようねぇ」
「医務室で休憩だぁ?」
そのまま首を傾げるガイを引きずって、ヒカルは食堂から姿を消した。
「・・・当分帰ってこないでしょうね、あの二人」
「まあ、ガイは身体に教え込まないと覚えない男だからなぁ」
「久しぶりに見たぜ、本気を出したヒカルの姿を」
イズミ、アキト、リョーコの順に意見を述べ、その意見に賛同するようにホウメイガールズが頷いていた。
ブリッジクルー全員とパイロット連中、そして各部署の責任者クラスをブリッジに集めて、プロスが次の目的地を告げていた。
「まず無事に火星に着けた事を喜びたいのですが、時間が惜しいので割愛します。
現状、ナデシコのみで火星を奪還するのは夢物語である事は、皆さんご存知だと思います。
そこで私共が次に向かう目的地は、オリンポス山となります」
「そこに何が有るんですか?」
プロスの発言にすかさずユリカから質問が飛ぶ。
「ネルガルの研究施設が有ります。
我が社の研究施設という事で、作り自体が一種のシェルターとなっておりますので。
生存確率が一番高いというのが、ナデシコを向かわせる理由です」
「・・・何を研究されていたのですか?」
先程の軽い口調ではなく、真剣な表情と声でユリカがプロスに再度尋ねる。
「それは企業秘密ですので、お答え出来かねます。
と言うのは建前で、実際のところ私も詳しい説明は受けておりません」
当初は張り詰めた空気を醸し出していた二人だが、プロスが何時もの軽い口調でそう宣言をすると、ユリカも肩の力を抜いた。
勿論、プロスの言葉を全て鵜呑みにはしない。
ただ、火星に着いてまでなお隠すような秘密ならば、そう簡単に口を割るとは思っていない。
実際にオリンポス山に向かい、その真相は自分で見るべきだろうとユリカは判断した。
「なら、どうしてプロスさんはナデシコに乗ったんだ?
はっきり言えば、生存率の高いプロジェクトじゃねぇだろうが」
「ウリバタケ班長の御指摘の通りですな。
なに、私がナデシコに乗った理由は至極簡単なものです。
1つ目、ネルガル会長派の私を社長派が疎ましく思って送り込みました。
2つ目、昔の話ですが火星で責任者に就いていた時に、共に働いた同僚を助けたいと思ったから。
以上となります、はい」
笑顔でそう告白するプロスに、他のクルーからの質問は無かった。
実際、これまでの戦闘でナデシコが沈む可能性は十分に有った。
それらを一緒に乗り越えてきたプロスを、これ以上疑うのは失礼だと思ったからだ。
「プロスさん、一ついいですか?」
「はい、何でしょうかテンカワさん」
「実はユートピアコロニーのシェルターに、知り合いが生き残ってる可能性が有るんです。
俺も其処に避難していた一人なので、一応見に行きたいのですが」
「ほほぉ・・・」
アキトからの提案を受けて、プロスの顔付きが厳しいものに変わる。
同時にプロスは視線でゴートに意見を求めていた。
「アオイ副官、一つ聞きたいのだが。
現状のエステバリス隊からテンカワが抜けた場合、どれだけの戦力低下になるんだ?」
プロスからの視線の意味を読み取り、ゴートが最近になってエステバリス隊を纏めているジュンに意見を求めた。
「簡潔に言うと4割落ち、という所ですか」
「・・・先程と同じ規模の敵襲があった場合、テンカワ抜きで同じ戦果を期待できるのか?」
「無理ですね。
少なくとも、僕の能力ではパイロットの一人二人の欠員は覚悟して貰う必要が有ります。
ユリカの指揮で何処まで持ち直せるかは予測不可能ですが、ナデシコ自体も無傷での勝利は無理かと」
プロスとゴートが視線をユリカに向けると、困ったような表情のユリカが渋々ながら頷いていた。
「これでもユートピアコロニーに行くというのですか、テンカワさん?」
「・・・」
流石に自分が必要とされている現状をこれだけ並べられて、自分の意見を通す術をアキトは持っていなかった。
交渉事については全くの素人と言ってよいアキトでは、その道のプロたるプロスに適う筈が無かったのだ。
だが、以前と同じ様に、此処で助け舟をフクベ提督が出す。
「別にナデシコはこの地で暫し待機しておけば、問題は無いだろう。
ユートピアコロニーまでなら、何かあってもテンカワ君を迎えに行ける距離だ。
だから君の故郷に行ってきたまえ、テンカワ君」
「フクベ提督、何を言われるんですか!!」
今までの航海では、それほど積極的に発言をしてこなかったフクベ提督による、突然の発言にプロスが慌てて待ったを掛ける。
しかし、フクベ提督はプロスから掛かった待ったを無視して、一人で話を進めてしまう。
「しかし、君一人を送り出すのは、『色々な意味』でプロスペクター達が心配をするだろう。
誰か一人随行者を決めて連れて行きなさい、私の意見としてはメグミ レイナード君が妥当だと思うが。
・・・どうかね、ゴート ホーリ君?」
「む、う、確かに他のメンバーを今のナデシコから外す事は難しいですな」
「なら決まりだ、時間が惜しいのだろう?
元々のお題目が生存者の救助なのだ、生存者が居る可能性が高いと分かっているのなら、そちらも優先するべきだろう。
それとも、他に妙案があるのなら早く申し出てくれたまえ」
その場に出た主張を全て満たした意見に、咄嗟に反論が出来なかったプロスは暫く考えた後、肩を落としてフクベ提督の案に同意した。
アキトとメグミがバッテリーを増設した陸戦用エステバリスに乗って出発した後、厳しい警戒網を引いたナデシコは交代でエステバリスを2機ずつ、哨戒にだす事となった。
段々と見えなくなる漆黒のエステバリスに手を振っていたガイは、隣に居るオレンジ色のエステバリスに話し掛ける。
「なあヒカル、どうしてさっきはあんなにプロスさん、アキトの事を引き止めようとしたんだ?」
『う〜ん、ヤマダ君に言って理解して貰えるかなぁ・・・
つまりね、テンカワ君が凄い実力者だから、敵地に居る今はそうそうナデシコから離れて欲しくない。
これは理解出来るよね?』
「まあな、当然の話だよな」
ヒカルからの説明に当然とばかりに、ガイはアサルトピット内で大きく頷く。
ガイ自身、自分がアキトの抜けた穴を埋められる様な存在ではないと、今までの特訓を得て思い知っている。
『さて、白兵戦も一流、エステバリスライダーとしては超一流のテンカワ君は、実は火星育ちという以外に目立った個人情報はあまり有りません。
そのテンカワ君が火星に戻った瞬間、今まで滅多にしなかった個人的な要望を述べました。
そこでプロスさん達は考えました、テンカワ君の目的となるナニかが、ユートピアコロニーに有るのではと思われます。
もしその目的を達成した時、テンカワ君はまたネルガル・・・というよりナデシコに帰ってくるのか?
このままテンカワ君を手放す事は惜しい、だけど拘束をして信頼を失うようでは意味が無い。
ならば、現状を盾に取って自主的に残ってもらうよう誘導をしよう』
「・・・何だよそれ、アキトが可哀想じゃねぇか」
不機嫌な表情になるヤマダを通信ウィンドウ越しに見て、私は苦笑をしていた。
彼の考えからすれば、テンカワ君が自分達を裏切って何処かに行ってしまうとは、一欠けらも思い浮かばないのだろう。
でも私からすればむしろプロスさん達の考えにこそ共感を得られた。
だからこそ、純粋にそこまで友人を信じれる彼に、羨望に似た物すら私は感じている。
『そこでフクベ提督の提案が効いたんだよ。
テンカワ君の性格を、プロスさん達はちゃんと掴んでる。
だから、メグミちゃんを連れている以上、そのままドロンだけは有り得ない。
彼が望まない人間を連れ出して、その上で火星の大地に放置する事も無いだろうと、それ位の信頼は得ている。
時間が惜しいのは本当なんだから、そこで保険を掛ける事で今回のテンカワ君の離脱は許されたんだよ』
「本当、ややこしいなぁ・・・帰ってくるって、アキトの奴は言ってたじゃねぇか」
出発前にアキトにお土産を頼んだ所、背後に立っていたジュンに無言のまま張り倒された。
しかし、そんな俺に対して期待して待っていろと、アキトは苦笑をしながら言っていた。
そして俺達を見て笑っているメグミを乗せて、アキトのエステバリスはユートピアコロニーに向かったのだ。
ジュンは見送りが終わった後、俺に向けてアキトを信じろと言い残して、ブリッジへと帰って行った。
俺には最初、ジュンが何を信じろと言っていたのか分からなかったが、ヒカルの説明を受けてやっと分かった。
「仲間じゃねぇか、信じて当たり前だろうが」
残りのパイロットとなるリョーコとイズミは、自室で籠るつもりも無かったので食堂に来ていた。
アキトの見送りも終わり、特に何もする気が起きなかったのだ。
「そう言えば、最近のヒカルは付き合いが悪いよな」
「ヤマダ君の側が心地良いんでしょ」
「ぶっ!!
あ、あの熱血馬鹿の隣がかぁ?
・・・まあ、悪い奴じゃあないけどよぉ」
イズミの言葉を聞いて、思わず飲み掛けのジュースを少し吹いてしまったリョーコだった。
そんなリョーコにハンカチを渡しながら、イズミは自分の考えを述べていった。
「ヒカルは好奇心の強い娘だけど、心のガードは固いからね。
私達とサツキミドリで常に行動を共にしていたのも、勘違いをした男性陣が言い寄るのを防ぐ事が目的の一つだったのよ。
その点、ヤマダ君はヒカルに女性としての付き合いを求める訳じゃなく、友人として接してくれる。
言い方は悪いけれど、彼の隣に居る以上は周囲に下手な気遣いをしないで済む訳。
もっとも、長い付き合いの果てにその気持ちがどう動くかは不明だけどね」
「・・・そういう理由なら、テンカワも一緒じゃねぇか?」
首を傾げるリョーコに苦笑をしながら、イズミはホウメイガールズの一人でリーダー格のサユリに声を掛けた。
サユリは注文票を片手にポニーテールを揺らしながら、直ぐにリョーコ達の居るテーブルに訪れる。
「ご注文ですか?」
「ちょっとした質問に付き合って貰おうと思ったのよ、時間とかは大丈夫?」
イズミからそう告げられた後、サユリは横目でホウメイを伺い、仕込みに集中している事を確認する。
「えー、今は暇ですから少しの間なら大丈夫ですよ、どんな質問ですか?」
「悪いわね。
じゃあ、同僚としてテンカワ君は頼れる存在かしら?」
「そりゃあ喧嘩も強いと聞いてますし、優しいし、料理に対しては真摯に取り組んでますから。
・・・この際、味云々は関係ないですよね?」
サユリから付け足された確認に、思わずリョーコと揃って苦笑をするイズミ。
アキトの料理の腕前については発展途上というのが、パイロット全員の認識だったのだ。
「実際、味については置いとくしかねぇよなぁ・・・
まあ、食べられる物を作るだけ、何も作れない俺よりはマシか」
リョーコが一通り納得をした事を確認した後で、イズミは更に質問を続けた。
「じゃあ、付き合いたい男性としては?」
「・・・う〜ん、どうでしょうねぇ、自分とテンカワ君が付き合ってる姿が、思い浮かばないというか」
真剣に悩みだすサユリにお礼を言って、イズミはサユリを解放した。
そして不思議そうな顔をしているリョーコに説明を開始した。
「見た目も悪く無く、性格も良し、料理も出来て、その上腕っ節も立つ。
女性が求める男性としては理想に近いテンカワ君だけど、付き合うという選択が出て来ない・・・何故だと思う?」
「さあ?」
「怖いからよ、彼に夢中になって引きずり込まれるのが。
女性の本能で察知しているのね、相応の覚悟が無ければ彼を繋ぎ止めれないって」
「・・・」
「彼には余裕というモノが見当たらない。
日常生活では少々の緩さは見せているけど、戦闘時と料理の時にはそれが無い。
それを間近で見ているヒカルやホウメイガールズには、彼を選ぶ事は躊躇われるでしょうね」
イズミの説明を受けてリョーコは呻りだす。
確かに思い返してみれば、常にテンカワは自分を甘やかす事無く、全力で事に当たっている。
だが、それはリョーコ自身も常に行っている事なので、特に意識をしてはいなかった。
ただテンカワは自分より実行する単位が大きく、そして影響範囲が広大なのだ。
「でも俺からすれば、テンカワが必死に頑張る姿は当然の事だと思うんだけどな」
「そうね、常に全力全開のリョーコとかだとウマが合うかもね。
私の見立てだと、リョーコ以外に後2名ほどテンカワ君に付いていけそうな人がいるけどね」
「ちょ、考えてみれば当初は俺がテンカワと付き合うとかの話しじゃ、なかったろうが!!」
「はいはい」
最近は四六時中テンカワ、テンカワ、と言っておいて、何を今更と思いつつ、私は喚くリョーコをあしらった。
残り二名の女性も一途という意味では、リョーコにとって手強い相手だろう。
だが、それ以外にも気なる点が多々テンカワ君には見受けられた。
意図的にリョーコには告げなかった事実を小声で呟く。
「・・・彼は自己犠牲染みた行動が多すぎる、まるで誰かに贖罪をしているかのように」
だからこそ、その贖罪に巻き込まれる女性は不幸になるだろう。
故郷のユートピアコロニーに向けて、陸戦用エステバリスは猛然と突き進んでいた。
過去の経験から下手な事をしない限り、ナデシコは安全だと分かっているが、何が起こるかは分からない。
実際、火星突入時の無人兵器の陣容は、記憶にあるものより数が多かった事を、アキトはルリに確認をしていた。
少しでも早く目的を達成する為に、アキトは最高速度を維持したまま漆黒のエステバリスを疾走させていた。
「テンカワさん、ユートピアコロニーまでどれ位掛るんですか?」
最初はエステバリスから身を乗り出そうとしていたメグミだが、その風圧の凄さに諦めて今は大人しくアキトの隣に立っていた。
「このままのスピードだと直ぐに着くよ。
メグミちゃんには、俺の我儘に着き合わせちゃって御免ね」
「別に良いですよそんな事。
後で食堂で何かデザートを奢ってくれれば、それで許しちゃいます」
「それは怖いなぁ・・・余り高いのは注文しないでね」
「そこはテンカワさんの態度次第ですね。
あ、別に他の事で代用をしてもいいですよ」
手を打ち合わせて、そんな事を提案するメグミに、アキトは不思議そうに奢り以外の要望を訪ねた。
「別の事って?」
「アオイさんの事を色々と教えて欲しいなぁ、って思いまして」
余りに予想外のセリフが赤い顔をしたメグミから飛び出し、思わずアキトはエステバリスの操縦を誤る所だった。
「ほら、年上だけど何だか守ってあげたくなるじゃないですか、アオイさんの行動を見ていたりすると。
艦長相手にへたれなりに、頑張ってアプローチしている姿とかを見ると」
「あー、まあー、ねえー」
「そりゃあ艦長と比べられると、見た目も体付きも負けてますけど・・・きっとアオイさんはそんな事を気にしない人だと思うんです!!」
小さな拳を握りしめて力説するメグミに、アキトから何が言えるというだろうか。
確かにガイとは別の意味で色々と面倒な性格の親友だが、人として致命的な欠点をもっている訳ではない。
むしろ、自分のような極悪人より、よほど世間に貢献している良識人だろう。
それに『戻って』きた当初には、ユリカの相手にジュンを勧めようかと思っていたのはアキト本人だった位なのだ。
それなのに、日々の忙しさと皆の温かさに溺れて、何時の間にか自分はその事を忘れようとしていた。
いや、無意識のうちにユリカを渡したくないと思っていたのか。
「・・・どうしたもんかな」
アキトの呟きは色々な意味で重かった。
その頃、ナデシコではユリカが不貞腐れた顔でブリッジに居た。
不機嫌の理由は、エステバリスに先に乗り込んで、アキトに着いて行こうとした所をジュンに発見され、そのまま連行をされてしまったからだ。
「私がいなくてもマスタキーさえ指しておけば、ルリちゃんとミナトさんでナデシコは動くじゃないですか。
それにジュン君が居れば指揮だって問題無いんだし」
「・・・艦長なら業務規則を守ろうよ」
ユリカの機嫌を直す事を諦めたジュンが、逆に諌める言葉を発言する。
「ぶー、私の故郷でもあるんだけどなぁ、ユートピアコロニーって。
そう言えばルリちゃん、索敵の方はどんな感じ?」
「今のところ、無人兵器一機として発見できていません」
「ふーん、そっか・・・」
何か気になる事があるのか、ルリの報告を受けて考え込むユリカ。
そのユリカの背後に立っていたジュンも、少し難しい顔をしてウィンドウを立ち上げていた。
「何か気になる事があるの、艦長とジュン君と二人して考え込むなんて?」
ミナトがそんな二人の姿が気になったのか、直接に質問をぶつける。
「そろそろ、敵の姿が見えたりすると思ってたんだけどなぁ・・・」
「今時点で影も形も見えないという事は、偵察や威力調査に回す戦力も惜しいと考えたかな。
となると、こちらの戦力の再計算を、かなり大幅に見直している可能性が高い」
「・・・ジュン君もそう思う?」
「まあね、だから鮮やかに勝ち過ぎるのも問題なんだよな・・・
まあ、調子に乗った自分達が悪いと考えると、自業自得だけどさ。
ある意味、僕達も初陣みたいなもんだったからね」
同時に溜息を吐く二人に、ますますクエスチョンマークを増やしたミナトは、最後の頼みの綱としてルリに話題を振った。
「ルリルリ、あの二人の言ってる事分かる?」
「簡潔に言えば、私達が想定以上に強かった事が判明したので。
次のナデシコ襲撃時には、敵の精鋭が、大群で、損害度外視で、襲いかかってくるかもねっ、て事です」
「あー、なるほど・・・って大事じゃないの!!」
ルリの説明を受けて現状を把握したミナトの悲鳴が、ブリッジ中に響き渡った。
「艦長もアオイ君も、それを知っててテンカワ君を送りだしたの?
もしそうなら軽率だったんじゃない」
「悔しいけど僕が気付いたのは、テンカワを送りだした後でだよ。
ユリカは最初から分かってたみたいだけどね」
ミナトの苦言を受けて、少し不貞腐れた表情でジュンが言い訳をする。
そしてブリッジクルー全員の視線を受けたユリカが、後頭部を掻きながら本心を述べた。
「・・・だってアキトのお願いなんて珍しかったから、なるべく叶えてあげたいなって」
てへへへ、と可愛く笑っているユリカの顔を見てブリッジクルー全員が絶句していた。
自分の財布とジュンとの友誼を天秤に掛けた結果、その傾きはジュンの個人情報を提供する方へと傾いた。
決して金で友情を売った訳ではないと、アキトは心の中で友人に頭を下げていた。
「ふーん、意外とロマンチックなシチュエーションに弱いと・・・これは良い情報を頂きました」
「ま、機会があったらシミュレーターにでも誘ってデートでもしてみたら?
ついでに言えば、押しにも滅法弱い」
「はい!!」
背中から聞こえてくるメグミの元気の良い返事を聞きながら、アキトは廃墟と化したユートピアコロニーの中を探索していた。
記憶の通りならば、此処にはイネスとその仕事仲間が隠れているはずだった。
イネスについては是非とも今後の為にも、ナデシコに乗船して欲しいとアキトとルリは思っていた。
自分達の目的の為にイネスを利用しているような気もするが、やはり彼女の力はどうしても必要だった。
「えっ、きゃぁぁぁ!!」
そんな考え事をしていると、突然背後でメグミの悲鳴が上がった。
その声を聞いて咄嗟に身体が反応し、地下に落ちようとしてるメグミの腕を掴んだ後、抱きかかえた状態で一緒に落下をする。
二階程度の高さから落ちた後、受け身を取って直ぐに立ち上がる。
「誰か居るのか?」
意外にも複数人の気配を感じ取り、誰何の声をアキトから出す事にした。
以前の時にはイネス一人だけしかこの時に出会わなかった筈なのに、何故だろうか?
「・・・」
しかし、アキトの誰何の声を聞いても周囲からの返事は無く。
逆に害意が高まっている事を気配で感じ取る事が出来た。
アキトからすれば周囲を取り囲んでいる人達が、荒事には素人である事が手に取るように分かる。
出来れば穏便に事を運びたいものだと思い、再度怯えるメグミを背中に隠しながら、両手を上げて言葉を投げ掛けた。
「周りを取り囲まれている事は分かっています、抵抗はしません。
俺の身分は、ネルガル所属の戦艦ナデシコのクルーです。
・・・誰かネルガル関連の事情を知っている方はおられませんか?」
アキトの低姿勢な言葉とネルガルという単語が効いたのか、周囲の熱を少し下げる事に成功をした。
その事を察知して少し緊張を解くアキトに、懐かしい人の声が聞こえた。
「はるばる地球からの訪問とは、御苦労さま。
一応、私がこのシェルターの代表をしている、イネス=フレサンジュよ」
「食糧が不足気味なの。
美味しい珈琲は無理だから、これで我慢してね」
珈琲モドキの飲み物を差し出すイネスに、アキトとメグミは頭を下げて礼を言った。
出された珈琲は確かに美味くは無かったが、馴れない敵意に晒されていたメグミは一息入れる事が出来てほっとしていた。
メグミが横目で隣に座っているアキトを見ると、真剣な表情でイネスと名乗った女性にナデシコへの同乗を提案している最中だった。
先ほど突然地面が崩れた時も、その後で取り囲まれた時もそう・・・テンカワさんは何時も、ナデシコクルーを身体を張って助けてくれる。
日常の細々とした事には、アオイさんやヤマダさんと組んで、年相応の苦笑を誘うような行動を起こしたりはする。
だが、肝心な部分・・・戦闘時のテンカワさんには近づき難い「怖さ」を感じる。
その瞬間だけは、テンカワさんはまるで別の世界に存在しており、自分達とは違うモノを目指しているように思えるのだ。
「ナニ」かが平凡に生きてきた自分とは違うと勘が告げている。
・・・だからだろうか、結構格好良いと思う男性なのに、声を掛けようと思わないのは。
メグミはナデシコに乗り込んでから次々に起こった出来事と、それを見事に対処してきたメンバーの事を思い返してみた。
機動戦ではアキトの働きはずば抜けており、作戦指揮では艦長の指示とカリスマは圧倒的だし、ナデシコの運営自体はルリが見事にこなしていた。
勿論、他にも細々としたフォローを他のメンバーが行ってはいるが、この三人の働きは突出していると全員が認めている。
「・・・メグミちゃん、ナデシコに帰るよ?」
「あ、はい!!」
「大丈夫かな、ちょっと疲れているみたいだけど?
これからイネスさんを連れてナデシコに帰る事になったから」
「そうなんですか?」
自分の考えに没頭している間に、どうやら話は纏まっていたらしい。
長い金髪の美しい女性・・・イネスが、自分が不在の間に後を任せる人物に引き継ぎを行っていた。
「じゃあタニさん、後はお願いします」
「イネスさんもお気を付けて」
「それほど大げさな話じゃ有りません。
プロスペクター氏に、私達は火星に残る事を伝えるだけです」
「ですが、地上は奴等の占領下です。
もし、万が一の事があれば・・・」
見た目は30代前半のメガネを掛けた、中肉中背の男性技師がイネスに再三の注意を促す。
その言葉を聞いてイネスは少し苦笑をした後、更に言葉を付け足した。
「その万が一の場合には、私の研究の続きはタニさんに譲ります。
私にとっての心残りといえば、もうそれ位しか有りませんから・・・」
美貌を曇らせて寂しそうに笑いながら、イネスはタニにそう告げた。
「義母さんと友人は、きっと生きてられますよ。
私も妻は生きていると信じています」
「・・・お互い、一年以上探しても見付からなかったのに、タニさんは強いですね」
最後にそう言い残して、イネスとタニと呼ばれた男性は別れを告げた。
二人の会話を聞いていたメグミは、無言のままアキトと一緒にイネスを連れて、その場から去る事しか出来なかった。
火星に残された者の現状について、地球で両親と共に優々と過ごしてきた自分には、何も言えないと分かっていたからだった。
「艦長、レーダーに感有り、です」
「とうとう着ちゃったか〜
どれ位の規模かな、ルリちゃん」
ルリの報告を受けて、ユリカが覚悟を決めたような顔で敵の数を確認する。
今だアキトとメグミが合流していない事は残念だが、居ない事を嘆くより先に、現実に対処をしなければいけないのだから。
「チューリップ1つ、戦艦9隻、護衛艦100隻、無人兵器多数、です」
「・・・単純計算で先ほどの艦隊の3倍の戦力増強か」
手で顔を覆って嘆くジュンの前で、ユリカも少し引き攣った顔をしていた。
どうやらユリカの予想を超えた数を相手は用意をしてきたらしい。
「ルリちゃん、せめて敵のこれ以上の増援を防ぎます。
正面のチューリップに向けてグラビティ・ブラスト発射!!」
「・・・チャージ完了、グラビティ・ブラスト発射します」
先手必勝とばかりに必殺の一撃を放ち、崩れゆくチューリップを予想したナデシコのクルー達。
しかし現実は厳しく、2隻の戦艦と数隻の護衛艦を沈める事は出来たが、チューリップは健在だった。
「先ほどの攻撃により、戦艦2隻、護衛艦10隻の破壊を確認。
ですが、目標としていたチューリップの破壊に失敗しました」
「原因は分かる、ルリちゃん?」
最強の武器が効かなかった事に驚きつつも、既に思考を切り替えたのかユリカがルリに原因を尋ねる。
「敵戦艦にディストーション・フィールドの反応を確認しました。
ナデシコ程の出力は有りませんが、数でその不足分を補っているみたいです」
「・・・だからこその戦力の3倍化か、どうするユリカ?
僕に出来る献策は逃げの一手だけどね」
相手の手堅い戦術を称賛しつつ、ユリカに指示を求めるジュン。
「現状、取り囲まれてしまえば袋叩きだからね・・・
ディストーション・フィールドに全エネルギーを回して、一旦この場から退却します」
「アキト君とメグミちゃんはどうするの艦長?」
「ルリちゃん、アキトと連絡は取れる?」
「はい、直接本人との連絡は無理ですが、エステバリスに通信を送る事は可能です」
ルリからの報告を受けてからのユリカの決断は速かった。
「ルリちゃん、ナデシコとの合流地点をアキトに送信。
ミナトさんは直ぐにナデシコを後退させて下さい。
ジュン君、エステバリス隊の皆さんで、ナデシコに無人兵器を近づけさせないよう牽制お願い」
全員がユリカの指示を受けて動き始める。
その作業を指揮所から見下ろしながら、ユリカは厳しい表情をして呟いた。
「無人兵器にナデシコと同じディストーション・フィールドが搭載、か。
でも、それよりも厄介なのが・・・」
見慣れた漆黒のエステバリスが居ない景色に、ユリカはどうしようも無い心細さを感じていた。
「・・・厳しい戦いになりそうだね」
――――――ナデシコ初の撤退戦は、初めてアキトを欠いた状態での戦闘でもあった。
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