< 時の流れに Re:Make >

 

 

 

 

 

第九話 その2

 

 






2197年9月

ガイとヒカルが反省室に入って3日が経った。
ヒカルは初犯という事と、何時までもパイロットを2名も拘束するのは望ましくないという理由で3日目に許された。
しかし、ガイは2度目の命令違反という事で、未だ反省室に残されていた。

何時も騒がしい友人が居ない事で、アキトも厨房で意気消沈をしている姿をよく見せた。
アキトが気落ちしている理由はイズミから告げられた、ガイが暴走をした本当の理由を聞かされたからだった。

自分の頑張りがそんなところに影響を与えていたとは、正に予想外の事態だった。

思い出したように溜息を吐きながら、アキトは手元の野菜を手際良く刻んでいく。
そしてアキトの目の前にはガイの為に作ったおにぎりが、作られたままの状態で放置されていた。

その姿を心配そうにカウンターからホウメイガールズが見守っていた。

数分後、仕事に集中していないアキトの脳天に、無言のままホウメイの拳が落とされる。



「彼も気苦労が絶えないねぇ」

「それはこっちも一緒だよ」

アカツキの独り言に対して、隣に座っていたジュンが鯖の味噌煮込みを切り分けながら泣き言を漏らす。

「つい最近まで上手くチームが纏まっていたから、だからガイの変化を軽く見過ごしてしまった。
 ガイの事を蔑ろにするつもりは無かったけど、何時ものように直ぐ立ち直るだろうって思い込んでしまった。
 これは上司に当たる僕のミスだよ・・・」

「そういえばこの前から随分と顔色が悪いけど大丈夫かい?」

「近いうちに胃に穴が開くかも・・・」

そう言って胃の辺りを摩りながら、切り分けた鯖を口に運ぶ。
エステバリス隊を受け持っているだけに、今回の事態はジュンの監督不行き届きと言われても仕方が無かった。
だが、士官学校を卒業したばかりの二十歳の若造が対処をするには、今回のような心の機微は重すぎたのだ。
実際の話として、ブリッジクルーを始めとしてプロス達も、この件についてジュンを責め立てる様な事をしなかった。

しかし、責任感が人一倍強いジュンは、その配慮を受けて余計に自己嫌悪に陥っていた。

「傍目で見ている感想だけどね。
 どうにも君は、何でもかんでも抱え込み過ぎるんじゃないか?
 そのうち禿げるよ?」

「禿は余計だ。
 まあ、実際そういう立場に就いているんだから、当然の悩みだろ」

「・・・いや、そういう意味では一番の責任者って、あの人でしょ」

アカツキが指差した先には、のほほんとした表情で食後の茶を楽しむムネタケの姿があった。
今回の戦闘報告を出す時にも、その責任者として名前がトップに出るのはムネタケの筈なのだ。

「ああ、今回の失敗については僕の責任だって、戦闘記録に明記する事をお願いしたからね。
 戦闘自体は勝った訳だし、上手く誤魔化したんじゃないかな?」

「真面目なのは分かるけど、自分から貧乏クジ引いているよねぇ」

「そういう性分なんだよ」

苛立ちを隠すかのようにジュンは食事に専念をしだした。






「つまり、アキトさんとの実力差が益々広がったので焦ってる、という事ですか」

「そう考えると、確かにガイが本来居るべきポジションに俺が居座ってるんだよな。
 『前回』の時には比較のしようが無い話だったから、深く考えてなかったんだけど」

ルリの自室に出前を運ぶ理由で訪れたアキトは、今回のガイの件についてルリに相談をしていた。
見た目通りの年齢では無いが、それでも未成年の少女に相談をするような内容ではないと思いつつ、藁にも縋る思いでの相談だった。

どちらにしろ、アキトにとって『前回』の話を含めて相談を出来る相手は、今の所ではルリしか存在していない。

「なら、ほおっておけば良いのでは?
 実際、DFSが曲がりなりにも配備出来た以上、最初から戦力外として扱う事は今後可能ですし。
 何より後数日でバーストモードも完成する予定ですから」

「いや、そうは言ってもね・・・」

簡潔にガイの存在を要らないと斬って捨てるルリに、アキトは背中に冷たい汗を掻いていた。
基本、アキトや親しい人以外には冷静に判断を下せるルリにとって、大切な人達に被害を及ばす可能性が高いガイはむしろ敵だった。
ルリにとってのガイは、『前回』では騒がしいだけで、特に感心を持たないうちに亡くなった存在なのだ。
もしかすると、今現在でもナデシコクルーの一人として認めていないのかもしれない。

少し引き攣った表情を作るアキトに対して、冷めた表情のままルリの追求の手は止まらない。

「実力が足りないなら努力をするしか無いでしょうし、足りない実力を補う為にはチームプレイが有効なのは事実です。
 しかし努力は中途半端に投げ出し、チームプレイは嫌がるような人はただのお荷物です。
 それに、そんな不安定な戦力を連れて、アキトさんは戦場に出れるのですか?」

「・・・」

「確かにアキトさん自身には、危険は少ないかもしれません。
 実際、ヤマダさんが危機に陥っても、救出や穴埋めに行ける余裕も有ります。
 ですが、他のパイロットの方達には命に関わる問題です。
 私の意見としては、このままヤマダさんにはナデシコを降りて欲しいです」

正論をルリからぶつけられ、脳筋化しているアキトには咄嗟に何も言い返せなかった。
ルリから指摘された通り、自分一人だけならどんな窮地でも切り抜ける自信はあった。
だが、それをリョーコ達に求めるのは、遅まきながら確かに大問題だと気付いたのだ。

単独戦闘に特化した男の弊害が、こんな箇所にも現れていた。

「アオイさんもその事で悩んでられましたが、もう決断はされていると思いますよ。
 私達がしている事が遊びじゃないというのは、士官学校を出たアオイさんには十分理解出来ています。
 そして、そんな決断をユリカさんにさせない為に、率先して自ら行動をすると思います」

「それは、もしかして・・・」

言外に匂わされた事実に気が付き、アキトが顔を顰める。

「折角助かった命なのに、戦場で無謀に散らすよりは余程マシだと思いますよ」






アドバイスを貰いに行くつもりが、逆に止めを刺された気分になりながらアキトは廊下を歩いていた。
実際、『前回』の時にはガイとは数日間付き合っただけの友人だった。
その時は突然に始まった戦闘に振り回され、状況に流されていくだけのアキトを、何かと構ってくれる存在だったのだ。
あの馬鹿みたいに明るい性格と、前向きな原動力に感化されて、戦闘に怖気づいていたアキトは随分と救われた。

「全てが思っていた通りに行くとは限らない、って事だよな・・・」

周りに話を聞いた事により、アキトはますますガイに会い辛くなっていた。
しかし、ここまで事態が複雑になった以上、手を拱いている訳にはいかない。
アキトはまずガイに会いに行き、最終的には力に訴えてでも話を聞かせようと思った。

そんな風にアキトがアレコレと考え込みながら廊下を歩いていると、壁に背を預けて腕組みをして待ち構えていた男から声が掛かった。

「そこの悩める青年よ、僕のアドバイスが必要かな?」

「いや、全然」

「おいおい、断るの早いね!!」

アキトはアカツキからの問い掛けを、迷う事無く断る。
その返事を聞いたアカツキが思わず全力を突っ込みを入れるが、その姿を無視して歩き去ろうとする。

「ちょっと待ちたまえ!!
 こっちもホシノ君から依頼というか脅迫っぽいお願いを受けたんだから、僕の愚痴くらい聞いてくれてもいいだろ!!」

「ええい、そんな事は知らん!!
 とにかく、今はお前の愚痴など聞いている暇は無い!!」

早足で去っていくアキトの足に、アカツキは必死に追いすがる。

「こっちにも色々と事情があるの!!
 ちょっと茶飲み話程度と考えて、友人の話くらい聞いてくれてもいいっしょ!!」

「えー」

必死の形相になって掴みかかるアカツキを見て少し引きつつも、何にそこまで追い込まれているのか気になったアキトは、仕方なく足を止めた。
何とかアキトに話を聞く状態にもっていけた事を確認したアカツキは、息を整えながら早口でまくし立てた。

「例の彼の事だけどね、ああいう状態になった場合には、こっちの言葉を聞き入れるのは難しいものさ。
 昔から正論は心に痛いからね。
 かと言って、無理矢理部屋から引き摺り出す事は出来るかもしれないけれど、パイロットに任命するのは無理だ」

「それで?」

「引き篭もり経験者から言わせて貰うと、頭を冷やすまでは放置をする方が良い。
 多分、今現在進行形で自己嫌悪に駆られてるはずだから。
 下手に絡むと余計に拗れるだけだからね。
 むしろ直接の原因が顔を出して、その上実力行使をしてどうする。
 止めを刺すつもりだったら、止めようとはしないけどね」

実感の篭った言葉を聞いて、アキトは自分が考えていた実力行使が下策である事を知った。

「・・・ああ、そうかアカツキも引き篭もってたもんな」

「そうだよ、悪かったね。
 もっともその時は初対面の人にボコられて、立て篭もってた居た部屋から引き摺り出されたけどね」

「ははは、今となっては懐かしい思い出だなぁ
 でもあの時に最初に突っ掛かってきたのは、アカツキの方じゃないか」

「あの時はまだ、見た目だけは人畜無害そうだったからね、誰かさん」

アキトの遠慮の無い言葉に胸を貫かれ、アカツキは少々体勢を崩しながら話を続ける。

「でも彼が立ち直ったとしても、この先ナデシコに居場所が有るのか分からないよ?」

「それは・・・やっぱり、仕方が無い事なんだろうな」

短絡的な行動に移ろうとするアキトの動きを予想したルリは、説得役としてアカツキの派遣を行っていた。
この場合、自分自身で説明をするより、何かと本音をぶつけている男友達の方が良いだろうという判断からの選択だった。

ちなみに、アキトの次の行動を予想して対処に悩んでいるルリに、アカツキを使えとアドバイスをしたのはミナトだった。

そして、何気に色々な弱味や秘密をルリに握られているアカツキに、そのお願いを断るという選択肢は無かった。





アキトが食事をしながら慣れない思考作業に没頭して目を廻していると、目の前の席にムネタケが座ってきた。

「随分と考え込んでいるみたいだけど、そんな状態で次の戦闘は大丈夫なんでしょうね?
 私の戦果が掛かってるんだから、前回の戦闘みたいに無様な戦いはしないようにしなさいよ」

「戦闘に入ると気持ちの切り換えは嫌でも出来ますからね、このまま悩み事なんて持ち込みませんよ。
 その分、普段の生活では悩み事に躓きまわってますけどね」

「有る意味、羨ましい性格してるわねぇ。
 戦場でも私生活の部分で気が抜けないで、何処で生き抜きするんだか・・・」

ホウメイガールズの一人に珈琲を注文し、ムネタケはつまらない話を聞いたとばかりに顔を顰める。

「あの男の事は諦めた方がいいわよ、艦内の人間に見切られたパイロットなんて役に立ちようがないわ。
 何より一番怒らせてはいけない整備班を敵に廻すなんて、その時点で自殺行為じゃない。
 元に戻ったとして、誰を信頼して出撃するつもりなのかしら」

「・・・」

ムネタケの述べる正論に大して、流石に何もアキトは反論が出来なかった。
実際、ウリバタケ班長の怒りは凄まじく、今のままガイを目の前に連れて行けば殴りかねない勢いだった。

「私でも同じ事すると思うわよ、折角整備したエステバリスを毎回無残に壊してくれるんだから。
 それも腕が悪いとかの理由じゃなくて、命令無視を繰り返して暴走した結果でしょ?
 艦長を始めブリッジクルーが頭を下げるから、軍の報告書には事実をぼかして記載したけれど・・・
 これで戦果が上がってなかったら、真っ先に軍法会議に突き出してるところよ」

「はぁ、有難う御座います」

ムネタケに突然愚痴を聞かされても、アキトにはお礼を言うより他に術は無かった。
しかし、アキトのお礼の言葉を聞いて逆にムネタケは不機嫌な顔になった。

「アンタねぇ、自分の価値って分かってる?
 本当ならアンタ達の活躍で無傷で完勝してた所を、馬鹿が暴走したせいで辛勝に終ったのよ。
 この艦には性格は別として一流どころを集めた、って看板に偽りは無いけど、アンタはその中でも突出してる。
 この先に続いてる、自分の将来に泥を塗られる所だったのよ!!」

「え、そうなんですか?」

「・・・話が噛み合わないわねぇ、アンタこの戦争が終ったらどうするつもり?」

タイミング良く手元に置かれた珈琲を飲みながら、ムネタケがアキトの顔色を窺うように尋ねる。

「まあ漠然としてますが、屋台でもいいからラーメン屋が出来たら良いなぁ、と」

その返答を聞いた瞬間、ムネタケは激しく脱力してテーブルに額を打ち付けた。
そして自分の話がアキトの中で噛み合わない筈だと痛感した。

「公園でラーメン屋の屋台を開いてる、凄腕の退役軍人って何処の映画の話よ。
 何よりそんな危険人物を、そうそう軍が野放しにするわけないでしょ。
 そういう話は現実には在り得ないの、覚えておきなさい」

「いや、その場合は火星にでも引き篭もって・・・」

「そんな事は自分でも無理だって分かってるんでしょ。
 まあ何となく理解したわよ、アンタは軍で出世するつもりが無いって事ね。
 ・・・まあ、私としては自分の評価を上げてくれれば文句も無いから、それで良いけど。
 せいぜい死なないように頑張りなさい」

その後は特に何も話しかける事も無く、ムネタケは珈琲を飲んでその場から去った。
アキトはムネタケの意図が理解する事ができず、その上何故か廻されてきた珈琲の伝票を見て頬を引き攣らせた。





「あれは駄目ね、戦闘と料理以外だとまるで鈍すぎるわ。
 そういえば、料理の腕に関しては中途半端のままみたいね」

「あー、まあ予想は出来てたんだけどなぁ」

コソコソと格納庫の隅にある整備班の詰め所で、ムネタケとウリバタケが小声で会話をしていた。
自室とブリッジ以外に余り居場所が無いムネタケは、愚痴を溢す為にウリバタケの居るこの場所に結構通っていた。
顔を合わす度に憎まれ口を叩く間柄だが、お互いに身分を気にせず付き合える喧嘩友達と思っている。

ちなみにプロスと会話を試みると、どうしても軍とネルガルの利害関係の話になり気が許せず、ゴートに関しては論外だった。

ウリバタケの部下達も見慣れた光景なので、特に騒ぎ立てる事も無く二人を放置していた。

「つうか、料理の腕はともかく戦闘技術だけ突出しまくってるからなぁ、その弊害かもしれん。
 ・・・知ってるか、テンカワの奴、生身でも愛刀でブラスターの弾丸を切り裂くんだぜ。
 この前、アカツキの奴が持ってきた傑作集で初めて見た時は、思わず飲んでた珈琲を吹いちまったぜ」

「何と言うか、本気で化け物ね。
 白兵戦とかも無敵って事なのかしら。
 というか、何よその傑作集って?」

「何でも二人して、地球で傭兵をやっていた時期があるらしくてな。
 その時の隊長が訓練風景を記録してたんだとよ」

実際にはキリュウが護衛対象のアカツキを観察していた記録なのだが、何時の間にか主眼はアキトへと移り変わった。
そして、その命令を受けていたマウロが二人の記録を撮り続けており、そのデータを会長秘書権限で強奪したエリナが編集をしたのだ。

ちなみに、エリナによる独断と偏見で編集された記録には、アカツキの姿は殆ど映っていなかった。

「アカツキの奴が言うには、俺がある提案をプロスさんにした事を誰かから聞いたらしくてな。
 もしその提案を実行するつもりなら、アキトの今の実力を見た方が良いって渡されたんだな、これが」

そう言いながら、ムネタケの目の前に映像ウィンドウを開き、話題の動画を再生する。
画面の中では何事か言い合いをしながら、アカツキがアキトに向けて発砲を行い、その弾丸をアキトが愛刀で切り裂く場面が写されていた。

「・・・何コレ、CGでしょ?」

「うんにゃ、ホンモノだよ。
 俺もその手の技術にゃ詳しいからな、あらゆる手で確認もしたさ。
 それにテンカワ本人にもそれとなく裏を取ったし、アカツキの奴も保証してたからな」

「・・・ラーメン屋になるには、跳んで来る弾丸を切り裂く腕が必要なわけ?」

「さあ、紛争地帯で営業するつもりじゃねぇの?
 営業ついでにテロ鎮圧しちまうとか。
 それより真面目に見ていると頭が痛くなるから、もっと楽しんで見た方がいいぞ」

確かに真面目に見るには精神的にキツイと感じたのか、ウリバタケの助言に従い映画的なノリでムネタケは映像を楽しんだ。

「いやいや、有り得ないでしょ背後からスナイピングされた弾丸を斬るって、ヒーロームービーそのままじゃない」

「俺的にはアキトとその師匠のタイマンがお勧めだけどな。
 なんと整備班の中でも、師匠のファンは結構多いんだぜ」

「確かにあの師匠も大概に人外よねぇ」

こうやってアキトの異常性を知りながらも、その間抜けっぷりや師匠や女性に頭が上がらない姿に、整備班の人間は親近感を抱いていた。
当初、アキトが持つ余りの戦闘能力に怖気ついていた整備班達だったが、今では気軽に声を掛けている。
もっとも、アキト本人は最近整備班の皆が優しいなぁ、という程度にしか認識をしていなかったが。

この策には当然のように、ナデシコ艦内の情報を制しているルリも知っていた。
しかし、アキトの異常性に恐怖を感じ始めているクルーに、少しでも親近感を抱いて欲しいという狙いの元、影響の少ない部分を公開する事を認めたのだ。
ちゃっかり自分用にノーカット版の映像を確保はしていたが。

こうして、アカツキ達が苦肉の策として仕掛けたアイデアは、静かにナデシコ内に広がっていくのだった。



――――――ただし、本人達が思っている以上にその影響が大きくなっている事に気付くのは、当分先の話になる。





艦内がヒーロームービーで盛り上がろうが、欝状態の引き篭もりが居ろうが、ナデシコは順調に航海を続けていた。
そして、無人兵器からの襲撃も無く、ガイが反省室に入ってから5日が経った。

『前回』は寝ぼけたユリカによって発射されたグラビティ・ブラストは、事前に目を光らせていたルリにより防がれ。
大使の救出役を決めるクジを見事に引き当てたアカツキが、盛大にぼやきながらアキトに無理矢理エステに放り込まれ、一時間前にナデシコから出撃した。


――――――そして、今現在、ナデシコは無人兵器の大群に囲まれている。


「敵、海中より続々と現れてきます。
 前後左舷、見事に囲まれてしまいました」

ルリのその報告を聞いて、ブリッジに居た全員が顔を顰める。

「うわぁ、嫌な予感はしてたんだけどね。
 でもこのルートを通らないと、大使とのランデブーポイントに行けないし・・・
 う〜ん、やっぱり待ち伏せしてたかぁ」

「その上、こちらの予想以上の戦力だね。
 ・・・アカツキの奴、大丈夫かな?」

「意外としぶといから大丈夫だと思うわよ、多分」

ユリカが戦術ウィンドウに次々と表示される敵マーカーを見て、海中の索敵方法を考えないとなぁと呟く。
その呟きを隣で聞いていたジュンが、自分達の予想を超える敵の数に文句を言いつつ、一人で送り出したパイロットの安否を気遣う。
そんなジュンの言葉を聞いたエリナが、無責任にアカツキの無事を保証した。

「何だか最近は、気が付くと囲まれてる・・・というのがデフォルトですなぁ。
 そんなに木星蜥蜴の恨みを買っているとは、思えないのですがね。
 むしろ、お給料以上の戦果は必要無いです」

「ミスター、それは愚痴を言っても仕方が無い事なのでは?」

自分達が何をしたとばかりに涙を拭う振りをするプロスを、ゴートは何を今更とばかりに呆れた目で見ていた。
実際問題として、連合軍の木星蜥蜴撃墜スコアを考えると、ナデシコ単艦でもかなりの上位に位置している。

「それよりもさっさと逃げるわよ、こんな所に居たら集中攻撃を喰らうじゃないの」

「味方を置いて逃げるんですか!!」

「それで全滅をしたら目も当てられないでしょ。
 で、どうするの艦長?
 というか、あの抜け目の無い男ならとっとと逃げ出してるんじゃない?」

メグミからの非難の眼差しを受けてもびくともしないムネタケが、隣で悩んでいるユリカに声を掛ける。
ムネタケは自分より遥かに年の若い艦長が、士官学校では戦術シミュレーターで無敗の逸材である事を当然ながら知っていた。
もし、彼女が同期に居たのなら、きっとどんな手を使ってでも追い落とそうと躍起になっていただろう。

「・・・ルリちゃん、チューリップは?」

「現在は・・・正面に2つ、左舷方向に1つ、後方に1つ確認をしています」

「右舷に誘ってる、って事かな・・・手薄な方に飛び込めば、多分袋の鼠にされるね」

「正面を強行突破するかい?」

エステバリス隊の発進タイミングを計っていたジュンが、ユリカに今回の戦術について確認を行う。
しかし、ジュンから相談を受けたユリカの顔には強い迷いが浮かんでいた。

その強行突破を行なう為には、どうしても使いたくない手段を取るしかない。

ユリカが思わず視線をエリナに向けると、小さく頷くその姿が目に入った。

「艦長、正面の2つについてはナデシコで対応が可能だとしても、背後と左舷のチューリップを放置は出来ませんよ。
 大気圏内ではそれほど機敏に動けないし、相転移エンジンの出力も低下しますからねぇ」

「かと言って、誘いに乗って右舷に進むのは一番の愚作だろう」

プロスとゴートがやれやれと言いながら、同時に肩を竦める。

「このような状況なので、撤退も直ぐには無理ですね提督。
 それよりも友軍に、救援申請をする事は可能ですか?」

ユリカが真面目な顔でムネタケに現状を伝える。

「あ、そう、ご丁寧に解説どうも。
 それと救援申請ならとっくに出してるわよ。
 回答は皆揃って此処に来るまでに、どうやっても一日掛かるって話だけど」

投げやりにそんな事を言いながら、ムネタケが先ほど手元に届いた上層部からのメッセージを全員に告げる。

「なっ!! それはおかしいですよ!!
 2時間ほど前にも、ナデシコのレーダーに友軍が映っていました!!」

大声で異議を唱えるジュンに、ムネタケは詰まらない事のように説明を始めた。

「勿論、私も同じ事を言ったわよ。
 でもその決定は覆らなかったわ。
 上層部から救援が出せないって言ってるんだから、私達が疑ってもどうしようも無いわ。
 それとも上に噛み付いてみる?」

「・・・」

悔しそうに唇を噛み締めながら、ジュンはムネタケに対する暴言を謝り正面に向き直った。
その後姿を見て若いわねぇ、と溢しつつムネタケはユリカに言葉を掛けた。

「と言う訳で手持ちの戦力で、この窮地をどうにかしないと駄目なんだけど。
 何でも艦長さんには隠し球があるらしいじゃない。
 ミスマル提督からの指示書にそう書いてあったけど?」

「そんなモノが有るの艦長?」

ミナトが期待を込めた目で後ろを振り返ると、そこには今までに無いほど厳しい表情をしたユリカが居た。
全員が黙り込む中、ユリカは医務室に篭っているイネスに通信を繋げる。

睡眠時間を削っての作業を行なっているのか、眠そうな表情のイネスが呼び出しに直ぐに応えた。

「イネスさん、例のモノは使えるんですか?」

『動作保証は出来ないけど、シミュレーション上では稼動出来るわよ。
 もっとも、ウリバタケ班長がそんな挙動の怪しいシステムを載せる事に、同意をするとは思えないけど』

「ですよねー」

イネスからのNGを受けて一気に顔色を良くするユリカ。
それと対照的に不貞腐れた表情をエリナが作る。

『逆に言うと、アレが使えなくても腕次第では、チューリップ以外は簡単に殲滅出来るわよ』

「当然よね」

イネスからの発言を聞いて、エリナが満面の笑顔を作り、逆にユリカの顔色が青くなる。

「つまり、チューリップ以外の相手ならかなり有効な手段が有る訳ね?」

『腕前次第ですけどね』

横から割って入ったムネタケの発言に律儀に返事をした後、背後に設置してあるホワイトボードに何かを説明しながら書き込み始めるイネス。
しかしその姿を見届ける事無く、ムネタケは強制的にウィンドウを閉じた。

「その秘密兵器を使用するのに、どの程度の腕前が必要なのか、艦長には把握出来てるんでしょ?
 出し惜しみしてる場合じゃないんだから、とっととパイロットに装備させて出撃させなさいよ。
 もっとも、腕前で使用者が決まるっていうのなら、選択肢は一つしかないと思うけど」

こんな所で撃沈されるのは御免よ、とムネタケが言いながらユリカに判断を促す。

「艦長、敵との交戦予想エリアまで後30秒ほどです」

追い討ちを掛けるかのように、ルリが残り時間が少ない事を報告する。
それを聞き戦術ウィンドウを見たユリカは、一瞬だけブリッジを見回した後にジュンに小さく頷いた。

「リョーコ、ヒカル、イズミの三人は先行で出撃。
 苦しいと思うけど、小型の無人兵器がナデシコに近づかないように迎撃及び牽制をしてくれ。
 ナデシコはフィールド維持にエネルギーを取られているから、グラビティ・ブラストのチャージが致命的に遅れると思っていてくれ。
 ・・・つまり、火星での撤退戦と同じシチュエーションだ」

『嫌な事を思い出させてくれなぁ・・・
 俺達への命令は理解したけどよ、テンカワはどうするんだ?』

この苦境の中、一番の戦力であるアキトが出撃しない訳を不思議そうに尋ねるリョーコ。
ブリッジ内での会話はパイロットに公開されていないので、アキト一人だけが出撃しない理由が分からないのだった。

「テンカワには別の任務についてもらう。
 そのセッティングに時間が少々掛かるから、その間だけ三人で頑張ってくれ。
 この現状を打破する為の秘策が有るんだよ」

『随分とこき使ってくれるじゃねぇか、まあ信頼してくれてるって事で納得してやるよ』

「勿論、信頼してるさ」

ジュンのその言葉を聞いて笑顔を浮かべた後、リョーコ達は威勢良く戦場へと出撃した。
その姿を見送った後、直ぐにジュンはウリバタケへと通信を繋げる。

「ウリバタケ班長、DFSの準備はどれくらいで完了しますか?」

『へっ、準備も何も大層な梱包を外して中身をエステバリスに積み込むだけだろうが。
 チェックも含めて、後5分で完了させてやるよ』

不機嫌そうな表情を隠そうとしないウリバタケの態度に、ジュンは少し苦笑を浮かべた。
ウリバタケが不機嫌な理由など、どう考えても一つしか思い浮かばない。

「やはり、DFSが気に入りませんか?」

『・・・まあそれも理由の一つだけどな。
 テンカワの奴がDFSを使えるって言うのなら、まず間違い無いだろうさ。
 それに実際カタログ通りの性能なら、まさに秘密兵器と呼ぶに相応しい武器じゃねぇか。
 だが、その威力の代償にパイロットと機体の安全性が犠牲になってるがな。
 一般パイロットには、絶対にお勧め出来ない武器だぜ』

ウリバタケは戦闘に赴く人間に、満足な武器を与える事が出来ない事に沈痛な表情を浮かべる。
実際問題として、現在のエステバリスの性能ではDFSに割り振るエネルギーだけで、守備に廻す余裕など殆ど無い。
それはつまり機体を保護するフィールド無しで戦闘を行う事を意味しており、些細な被弾で撃墜される可能性が高い。

「だとしても、今のナデシコの現状では出し惜しみは出来ません」

『分かってるよ、さっきのは技術屋の愚痴だ、忘れてくれや』

そう言い残して、ウリバタケが映っていたウィンドウは消える。

ナデシコはフィールドの維持に殆どのエネルギーを廻している為、攻撃は一切行っていない。
その為、ジュンが見上げる戦術ウィンドウでは支援攻撃無しの状態で、必死にお互いをカバーしているリョーコ達の姿が映っていた。
ジュンが知っている知識に照らし合わせれば、あの3人娘は一流と誇ってよい腕前を持つパイロットなのだ。

だが、そんな三人娘でも、今の現状を維持できるのは30分程度だと予想している。

つまり、現状を打破できるだけの戦力を、早期に投入する必要があるのだ。

『待たせたなジュン、出撃準備完了だ』

「・・・悪いな、テンカワ」

色々な意味を込めてジュンが短く友人に謝罪する。
既にこのような事態に陥った場合、どのような戦闘を行うのかをジュンとアキトは話し合っていた。
お互いの意見が認められず手が出る場面もあっあた・・・一方的に伸されただけだったが。

だからこそ、今回の行動についてメリットもデメリットも、お互いに十分に把握している。

『なに、自分から望んだ事だ。
 それに火星での撤退戦のリベンジ戦だしな・・・せいぜい派手に暴れさせてもらうさ』

そう言って、以前には見せた事が無い獰猛な笑みをアキトは浮かべる。
厨房に居る時は違う意味で、活き活きとした表情を見せるアキト。

ウィンドウから伝わるその気迫に気圧されながらも、ジュンは簡潔にアキトに命令を伝えた。

ジュンには迷っている時間は既に残されていなかった。

「テンカワ機の目標はナデシコ後部のチューリップ。
 目標破壊後、左舷のチューリップと無人兵器を牽制、余裕があるなら破壊をしても構わない」

「えっ、ちょっ、ちょっとジュン君待って!!」

『了解』

まさかチューリップの破壊まで命令するとは思っていなかったユリカが、思わずジュンの命令に割り込もうとする。
しかし、そのユリカの横槍を受ける前にアキトはナデシコから飛び立つ。



――――――本気の牙を剥く漆黒の獣が、初めてナデシコクルーの目の前に解き放たれた。







それは圧倒的な光景だった。

漆黒のエステバリスが掲げる白刃に切り裂かれ、次々と爆発を起こす無人兵器の群れ。
ナデシコ後部に居座っていたチューリップに向けて、展開されている無人兵器達など存在しないかのように最短コースを突き進んでいく。
そこでは戦艦も巡洋艦も小型兵器も全てが等価値であり、白刃の元に問答無用に切り裂かれていく。

事情を知らないブリッジクルー達は、ウィンドウ上に映されているその映像を見て固まっていた。

「・・・ちょっと、アレってもしかして、私達が無人兵器に襲撃された時に助けてくれた奴じゃないの!!」

「そういう事です、提督」

最初は呆然とした顔でその光景を見ていたムネタケは、同じ光景を一度見ている事を思い出した。
そして事情に一番詳しそうなエリナに視線を向けると、自慢げに胸を張ったエリナが簡単に肯定をした。

あの時に感じた戦慄を再び味わったムネタケは、無意識のうちに喉を鳴らしながら唾を飲み込む。
きっと数字だけを見れば、機動兵器単体で出したとは思えないスコアが、そこには記されている事だろう。

そして、ミスマル提督からの指示書に記入されていた、意味が良く分からない命令の真意を突如理解した。

「ああ、やっぱり上とネルガルは繋がってた訳ね。
 確かにミスマル提督とパパが、『ナデシコの戦果は最終的な結果報告のみ』で良いって言うはずだわ・・・
 こんな事、とても報告者に書けるはずないもの」

引き攣った笑みを浮かべながら、ムネタケはその蹂躙戦を見守る。

そしてナデシコから放たれた牙は、いっそ無造作にチューリップの横腹へと喰らい付いた。

あがるはずが無い悲鳴を、メグミはその時に聞いたような気がした。






「・・・有り得ねぇだろ、アレ」

ナデシコ後方に位置していたチューリップが、轟音を上げて三分割されて崩れる姿を見て、リョーコは掠れた声で呟く。
出撃前にジュンからアキトには別の任務を与えると言っていたが、このような事態は想像を遥かに超えていた。

約一年前までは、ナデシコのグラビティ・ブラスト以外に破壊手段が無かったチューリップを、機動兵器が単機で破壊したのだ。
アキトが使用している刀にも見える武器に強い憧れを抱くが、頭の片隅で本能が警鐘を鳴らしている。

『きっと何らかの制約があるんでしょうね、でなければリョーコにも同じ武器を持たせるはずよ』

「っ、勝手に人の思考を読むんじゃねぇよ」

絶妙のタイミングで通信を繋いできたイズミに、リョーコは仏頂面で文句を言う。
しかし、イズミの目にはあの力を渇望するリョーコの横顔が見えていた。

『ヤマダ君の二の舞になる前に、自分をちゃんと抑えて置きなさい。
 リョーコも気が付いてるでしょ・・・アレはもう人を超えたわ』

『そうだよ、正気に戻ってよリョーコちゃん!!』

ヒカルとイズミからその言葉を聞いた瞬間、リョーコの背筋に冷たい汗が浮かんだ。
何時の間にかリョーコは無意識のうちに、あの力に魅せられていた事を改め自覚したからだ。

『何時かはそんな領域にまで上り詰める気がしてたけど、こんな短期間で境界を跳び越えるなんてね。
 憧れるのは簡単だけど、手を伸ばせば火傷で済まないわよ』

「ああ、分かってるよ・・・」

撃沈したチューリップの周辺に残された無人兵器を、有象無象とばかりに掃討するアキトの姿を見ながら、リョーコは複雑な表情を浮かべた。

「確かに・・・個人で持つような武力じゃねぇよな」

正に羽虫のように破壊されていく小型兵器や戦艦を見て、リョーコは改めてその規格外の存在を認識した。





想定通りの威力を発揮したDFSにより、アキトは見事にチューリップを一つ破壊した。
その後、周囲に残っていた無人兵器達を掃討しながら、アキトは片手間に機体の状態をチェックする。

「やっぱり、スラスター系のダメージが酷いな。
 フレームにも歪みが出てるかもな・・・」

『左舷のチューリップに向かうには厳しい状態ですね』

アキトの手伝いをしながら、片手間にナデシコでの仕事をルリはこなしていた。
後方のチューリップが破壊された事により、最悪逃げ道が確保されたのでブリッジにも余裕が生まれていたのだ。

「被弾はしていないんだけどなぁ」

『むしろ機体が歪む程のGに、生身で耐えているアキトさんが異常です』

「いや、師匠との特訓に比べればまだ温い。
 というか、何だろうな物足りない・・・」

一瞬、飢えた様な感情を瞳に浮かべたアキトに、ルリは思わず作業をする手を止めてしまう。

『戻って』きて以来、信じられない程の速度で実力を付けて来たアキトだが、その戦闘能力はルリの予想を大きく超えようとしていた。
当初のルリの予想では、何とか一対一の状態に持ち込めばチューリップに辛勝出来る腕前が限界だと考えていたのだ。

それなのに、その武力の矛先となる最大の標的・・・チューリップを今回は有象無象の無人兵器を含めて、完殺してしまった。

人並み外れた才能を持つが故に、恐れられた経験を持つルリは、アキトの今後について軌道修正が必要だと心のメモに記した。

『・・・味方に被害が出ないだけで十分じゃないですか。
 それより、一度ナデシコに帰艦して、少しでも機体のメンテナンスをするべきでは?』

「あー、確かにコレ以上派手に振り回すと、機体が空中分解しかねないなぁ。
 ルリちゃん、ジュンに左舷に向かう前に一度ナデシコに帰艦すると伝えておいて」

『はい、分かりました』

その台詞と同時に、最後まで残って抵抗をしていた戦艦をDFSで真っ二つにする。
戦艦の断末魔を聞きながら、周囲に敵が居ない事を確認し、アキトは不思議な飢餓感を覚えながらナデシコへと向かった。





「ジュン君、どうしてアキトにチューリップの破壊を命令したの!!」

普段のユリカからは想像も出来ないキツイ表情と言葉に、基本的に気弱なジュンは思わず一歩後ずさってしまう。
しかし、このままでは気持ちで負けると悟ったのか、何とか踏ん張りながら反論を行った。

「それが必要だったし、テンカワにはそれが出来る力があった。
 ユリカだって分かってただろ、退路を確保する事で今後の展開が一気に楽になる事は」

「それは、そうだけど・・・」

自分自身、その事を考えていただけに、ジュンを問い詰めるユリカの口調は弱々しいものに変化していった。

「・・・ユリカにもしその決断が出来ない時は、僕の判断でテンカワに命令を出す。
 僕とテンカワでDFSの使用タイミングについて、何度か打ち合わせを行った結果、そういう約束をしたんだ。
 何しろ僕には、エステバリス隊の命令権が有るからね。
 実際、チューリップを撃墜した実績が有るアキトを、今の現状で使わない手は無いだろう?」

「・・・」

ジュンにその役を任命したのが自分である事を、ユリカは当然覚えていた。

「ユリカの判断ミスで、ナデシコを危険に晒すわけにはいかない。
 ピンチになってからテンカワにチューリップ破壊を命令するより、少しでも余裕が有るうちに命令するべきなんだ。
 何よりそれがテンカワの意志だから」

ユリカなら分かるだろう、と目で語るジュンに対して、ユリカの口からは何も言葉は出てこなかった。
理性では理解していても心が受け入れがたいユリカは、視線でジュンに抗議をする。

「お取り込み中申し訳ありませんが、アキトさんが機体のメンテナンスの為に一時帰艦を要請しています」

「あ、ああ分かったよ、帰艦を許可すると伝えてくれ」

「了解しました」

空気を読まないルリが冷めた口調でアキトからの伝言を伝え、コレ幸いとばかりにユリカの視線から逃れたジュンが帰艦許可を出す。
しかしながら、ルリのその横槍のお陰でユリカは冷静になる事が出来た。

そして冷静になれば、元々が優秀なユリカは自分がいかに愚かな事をしているのか、直ぐに悟る事が出来る。

つまり、アキトとジュンの二人はユリカの判断が遅れる事で、ナデシコが危機に晒されないよう自ら進んで歩を進めたのだ。
もちろん、二人共にユリカの能力に疑問は持っていないが、今回の件については判断が遅れるだろうという事について意見が一致していた。

アキトがここまで覚悟を決めて動いている以上、ユリカは自分がお節介を焼くのは逆に失礼だと悟る。

「ふぅ、こうなったらさっさと敵を片付けて、アキトにお礼を言わないと駄目だね。
 それとジュン君、サポート有難う」

「どういたしまして」

何時ものユリカが浮かべる笑顔で礼を言われて、ジュンは強張っていた表情を緩めた。





戦況が劇的に変化したのは、アキトがナデシコに帰艦して5分後だった。
背後からの攻撃を排除した事により余裕が生まれたナデシコは、正面のチューリップ一つを破壊する事にも成功していた。

「ナデシコ右舷よりチューリップ2つ、接近中である事を確認しました」

ルリからの報告を受けて、ブリッジ内に緊張が走る。

「このタイミングでチューリップ2つか」

その報告を受けてジュンが少々焦りを含んだ声で呟く。
背後からの攻撃は無くなったが、未だ正面に1つと左舷に1つチューリップが残っている状態。
此処に来て、右舷からも攻撃を受ける事は何としても避けておきたいのが、ユリカとジュンの正直な気持ちだ。

「ウリバタケさん、アキトは出れるかな?」

『あー、無理無理、フレームに歪みが出始めてるんだぞ、全く予想以上の消耗っぷりだぜ。
 少しは機体を休ませて・・・って勝手に出撃するなテンカワ!!』

『そんな悠長な事言ってられないですよ、ウリバタケさん!!』

ユリカの質問に対してウリバタケがNOを返す前に、アキトはカタパルトに向けて機体を移動させる。
その動きを止めようと怒声を上げるウリバタケだが、結局アキトの意志は変わらず出撃を行った。

「正に鉄砲玉ですな」

「ミスター、あれは弾丸というより砲弾・・・いや、ミサイルに例えるべきではないかな?」

出撃するその後姿を見送りながら、プロスとゴートがそんな感想を述べていた。





「しかしよー、自分の力の無さがこんなに身に染みるとは思っても無かったな!!」

『仕方ないよ、コレでも私達って結構頑張ってる方だと思うよ?』

『同感』

左舷に向けて再出撃をした漆黒のエステバリスを目で追いながら、リョーコは愚痴を溢す。
実際、三人娘の持つ無人兵器の撃墜スコアは鰻上りだし、この過酷な戦場で生き残っている事が凄い事なのは理解している。

だが、それでも、あの白刃の煌きと派手な爆発を目にすると、チマチマと小型の無人兵器を倒している自分が、惨めに思えてしまうのだ。

『あー、こんな光景を見たら益々ヤマダ君が捻くれるだろうなぁ・・・』

『彼はそれ以前に、自分自身の進退問題を抱えてるわよ』

「うわぁ、気の重くなるような話題を出すなよなぁ」

戦闘開始から1時間が経過し、三人娘にも疲労の影が濃くなってきていた。
しかし、今のポジションから撤退する事は、右舷からの敵増援が現れた以上不可能と考えていい。

せめて、あと一人パイロットが居れば、順番に交代する事で一人は休めるはずなのに・・・と、反省室の『誰か』さんを全員が怨んでいた。

疲労からくる愚痴の数が多くなってきた時、ナデシコの左舷側で一際大きな破壊音が響く。

「嘘だろ、もう撃墜したのかよ!!」

悲鳴のような声でリョーコが叫びながら、実際に自分の目で確認をしたい誘惑に耐える。
こちらもナデシコのグラビティ・ブラストのチャージが終わり、発射間際のタイミングを合わせているので余所に気を取られている余裕は無かった。

『・・・無傷、っていう訳じゃ無さそうよ』

『大丈夫かな、テンカワ君の機体の右足が根元から吹き飛んでるみたいだよ』

現在リョーコのバックアップに入っていたヒカルとイズミが、アキトの現状を簡単に報告してくれる。
その内容を聞いてリョーコは、一気に不安が胸の内に溢れてしまった。

「た、助けに行ったほうが良いのかな?」

『ご心配なく、あれは無理な機動が祟ってフレームが破損した結果です。
 言ってみれば自業自得ですよ』

リョーコの提案は、突然現れたルリの冷めた目と発言により却下された。

『それより10秒後にグラビティ・ブラストを発射しますので、退避をお願いします。
 8、7、6・・・』

「ちょっ、ちょっと待てよルリルリ!!」

『待ちません、3、2、1、発射』

何故か不機嫌なルリにより、かなり際どいタイミングで放たれたグラビティ・ブラストから必死に逃げ出すリョーコ。
ちゃっかりと逃げ出していたヒカルとイズミは、何とか離脱に成功したリョーコに向けて拍手を送った。






「右舷からの敵、侵攻方向が左右に分かれました!!」

ルリがナデシコのグラビティ・ブラストに集中している間、代わりにモニターを監視していたメグミからそんな報告が入る。
それを聞いたジュンが悔しそうに舌打ちをする。

「くそっ、あのまま固まっていてくれれば、この戦闘も終っていたのに」

「無人兵器って学習能力が有るそうだし、十分に考えられる事態だったね」

「でも、パイロット連中の疲労は限界だ。
 特にテンカワ自身は問題無くても、このまま戦闘を続ければ、機体が先に空中分解しなねない」

よたよたとナデシコに帰艦しようとしている漆黒のエステバリスに、ブリッジクルー全員の視線が集中する。
正に八面六臂の活躍をしたアキトだが、その代償として愛機を見事にスクラップ寸前に追い込んでいた。
これで中に居るパイロット本人はピンピンしているというのだから、何処まで非常識なんだと問い詰めたいところだとジュンは思っている。

きっとこの後格納庫でウリバタケの怒声が響き渡るだろうと、全員が予想していた時、意外な報告が入る。

「分かれたチューリップの一つがテンカワ機に向かって直進!!
 残りの一つもナデシコの直進コースを加速してきます!!」

「・・・まさか、ナデシコよりアキトを攻略対象にしたの!!」

敵の攻略目標がより脅威度の高いターゲットとして、ナデシコよりアキト個人を再設定した事にユリカは気が付いた。
実際、この戦闘でのチューリップ撃墜スコアはアキトが2、ナデシコが2と同等であり、無人兵器の数を加えればアキトに軍配があがる。

「いけませんな、テンカワ機は何とか攻撃力はキープしていますが、機動力はほぼ皆無の状態です」

チューリップの意図は察して、心なしか帰艦するスピードを上げたアキト機だが、やはりその動きは牛歩の如くだ。

「リョーコ達のフォローも今からだと無理だ、何よりナデシコに向かって来てるチューリップを破壊しないと!!」

「うう、全くだよ!!
 このタイミングで同時特攻なんて、随分と嫌らしい所を突いてきたね!!
 何より機動兵器単体を優先して攻撃するなんて!!」

相手から突然仕掛けられた大博打に、ユリカとジュンはナデシコを大きく回り込むチューリップを憎々しげに睨みつける。

「そりゃあ、目の前であんな活躍されたら落としにくるでしょ」

ムネタケの冷静な突っ込みに、流石に誰も反論が出来なかった。
しかしながら、こちらに突っ込んでくるチューリップを無視する訳にもいかず、その場での転回をミナトに命令する。

「ルリちゃん!!
 グラビティ・ブラストのチャージは?」

「正面のチューリップが到達する前に完了出来ます。
 ですが、アキトさんに向かったチューリップまでは・・・」

珍しく言いよどむルリの態度に、本当に間に合わない事を理解したユリカは唇を噛んだ。

「手が足りない・・・」

呟くような声でユリカは心情を独白した。






先ほどまでとは違い、思うように動かない機体を騙し騙し操りながら、アキトは何とか無人兵器の攻撃を避けつつライフルで反撃を行う。
DFSを使用すれば一瞬で終る作業を、チマチマと繰り返す現状に当然ながら苛立ちを感じていた。

「でも、これが数ヶ月前までは当然の戦闘だったんだよな」

第三者から見れば窮地に陥ってる現状だが、当人となるアキトは至極冷静だった。
焦ったところで現状は変わらないし、最後の手段として切り札は用意をしている。

「切り札というより裏技だけどな・・・」

隠しポケットに入っているCCを確かめながら、アキトは苦笑をしていた。
キリュウ隊長の薫陶が効いたのか、アキトはどんな窮地に陥っても逃げ出せる手段を常備するようになっていた。
腕っ節だけでは生き残れない世界があると、地球での生活で散々叩き込まれた成果とも言える。

もっとも、その裏技を使用した後、アカツキ達以外にどう説明をするのかが悩み所だが。

「ルリちゃん、そっちはどうだい?」

『ナデシコ自体は問題は有りませんから、向かってくるチューリップの破壊は可能です。
 ただ、アキトさんに向かって行っている残り一つが、鬱陶しいのが本音ですが』

「確かにそうだよなぁ」

アキトは自分に向かってくるチューリップを睨みながら、その対処法を必死に考える。
現状の機動力では、どう足掻いても相手の懐にまで潜り込めない。
辿り着いたとしても、守備力を完全に零にしてDFSを使用できない為、どうしても決定打に欠ける。
もしチューリップの破壊に成功しても、その後の爆発に機体が耐え切れる保証は皆無だった。

流石に今の機動力で防御を捨てるほど、アキトはギャンブラーでは無いし切羽詰ってもいない。

「ユリカとかジュンに良い案とか出そう?」

『現状はプチパニックですね。
 アキトさんを救出する方法が無い、という事で全員で唸っています。
 あ、エリナさんだけは、余裕を見せてますけどね』

「ふーん、この機体が完全に止まる前に話しが纏まると良いな・・・」

出来れば奥の手を此処で披露するのは避けたい、そう思いつつアキトは目の前に迫り来るチューリップと無人兵器達を睨んだ。






残り時間僅かとなり、アキトとルリが周囲の緊張など関係無しに、そろそろ逃げようか?と思っていた時、ソレは現れた。

『ダチのピンチに俺、参上!!』

「・・・え?」

ナデシコのハッチから飛び出したピンク色のエステバリスが、漆黒のエステバリスの左腕を掴んで急上昇する。
全く予想外の人物の登場に、アキトを筆頭にブリッジクルーを含めて全員が動きを止めた。

『これがナデシコでの最後の戦闘になるかもしれねぇからな!!
 フィナーレは派手に行こうぜ親友!!』

「お、おう?」

何時ものように無駄に熱血をしているガイの登場に、微妙にアキトが顔を引き攣らせる。
心情を語るならば、何故此処に居る?だろう。

『実はよぉ、ムネタケ提督が俺の反省室の鍵を開けてくれたんだ。
 今まで散々迷惑を掛けてきたんだから、最後にアキトを助けるくらいの活躍をしてみろ、ってな』

ソレを聞いて、全員がムネタケの居た場所を注視する。
しかし、そこに有る意味見慣れたキノコカットの姿は確かに無かった。

「い、何時の間に・・・」

「私も気付きませんでした」

ユリカとルリが珍しく驚いた表情で感想を述べると、全員が同意とばかりに頷く。

「いや、話より回避に集中してくれ、さっき被弾したぞ」

『あ、悪ぃ』

左足のスラスターに被弾した為、アキト機はとうとう自分で移動する事は出来ない状態になった。
ガイの認識からすれば、正にアキトの命を自分が握っている状態になった訳である。

それからガイは必死に回避に専念し、ナデシコからのフォローを待ち続ける。
幸いにもナデシコに向かって特攻をしてきたチューリップは、既にルリの怒りのグラビティ・ブラストを喰らい瓦解していた。
三人娘はその瞬間にギブアップとなり、今は格納庫の中で機体のパイロットシートで倒れていた。

その為、増援は期待できないので、ナデシコのグラビティ・ブラストのチャージを待つ事が最善手となったのだ。

そして、自分の操っている機動ではないためなのか、アキトは少しグロッキー気味になっていた。

『どうよ!! 被弾ゼロだぜ!!』

「うん、まあ、動きに以前のキレが戻ってるじゃないかな・・・
 それにしても、良く出撃出来たな?」

『へっ、気負ってなけりゃこんなもんよ!!
 でも、やっぱりコクピットは良いよなぁ・・・
 まあ実は俺も・・・本当に出撃出来るとは思って無かったけどな。
 ムネタケ提督がウリバタケの旦那に口を利いてくれたんだよ、アキトを救う為にはコレが一番確実な手段だからってよ』

その言葉を聞いて、朦朧としていたアキトの思考が一瞬止まる。
まさか、あのムネタケが自分為に骨を折ってくれるとは、まさに予想外の出来事だったのだ。

今日は色々と驚かされる、とアキトは再び朦朧としてきた頭の中で思った。

『・・・色々と反省室の前で罵られたぜ、まあ機会があったら教えてやるけどよ。
 おっと危ねぇ!!』

「っ!!
 実に興味深いな、うん」

『戻る』前の二人の因果関係を知るだけに、ガイを助けるムネタケという構図にアキトは心底驚いていた。
そして、そんな二人の頑張りに、アキトは何とか応えてやりたくなった。

ついでに言えば、悪酔いが本格化してきた為、アキトの機嫌は急カーブで下降していた。

「よし、そのままチューリップに突貫だ」

『え?』

何言ってんの、コイツ・・・という視線をガイはアキトに向ける。
しかし、対するアキトの目は見事に据わっていた。

「チューリップに向けて突貫しろって言ってんの」

『いや、俺はお前と違ってフツーの腕前しか・・・』

「あん?」

『了解で有ります!!』

殺気を帯び始めたアキトの視線を受けて、ガイは形振り構わずチューリップに向けて突貫した。
目の前のチューリップより、隣に居るDFSを持つアキトの方がヤバイという事に、どうやら気が付いたのだ。






――――――涙目になったガイの突撃は、ボロボロになりながらも何とかチューリップを破壊する事により報われた。





 

 

 

 

第十話その1に続く

 

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