< 時の流れに Re:Make >

 

 

 

 

 

blank of Eight months

第四話

 

 





2197年5月

何時に無く真面目な表情のアカツキにお願いをされて、会長室の前にアキトは陣取っていた。
こちらから声を掛けるまで、誰も会長室に入ってこれないよう見張っていて欲しいという依頼だった。
アキトは雇用主の依頼は当然受けるという建前で、特に理由を聞くまでもなく会長室前に立っていた。

「・・・ま、話の内容は想像が付くんだけどな」

ラピスに頼んで昨日仕掛けたメールの内容を思い出しながら、アキトは大きく背伸びをした。





悪戯の仕掛け人が、扉の前で眠そうに欠伸をしている事など知らないアカツキ達は、その爆弾メールの内容について額を突き合せて唸っていた。

「エステバリス用の小型相転移エンジンに増加装甲?
 グラビティ・ブラストを携帯武器として小型化をしたグラビティ・ランチャー?
 その上、DFSと呼ばれる超規格外な攻撃を可能にするエステバリス専用の携帯武器?
 その他にもビックリ兵器のオンパレード。
 これが揃うと、エステバリス単機でコロニーでも落とせそうだね」

降参とばかり手を挙げながら、アカツキがプリントアウトした資料をテーブルに放り投げる。
そんなアカツキとは裏腹に、秘書達は必死の形相で手渡された情報に目を通していた。

「空想上の話じゃなくて、殆ど設計が完了した資料付きなんて・・・
 どう考えても無料で配る内容なんかじゃないわよ。
 この設計段階に漕ぎ着けるだけでも、とんでもない金額の研究費用が掛かっているはず。
 どれか一つでも社長派や明日香・インダストリーに持って行けば、大金に化けるモノばかりよ」

「確かにエリナの言うとおりね、個人資産で研究出来る様な内容じゃないわ。
 もし可能だとしても、極限られた人物に絞り込まれるわね」

内容が凄い事は十分に理解出来た、問題は何故この情報がアカツキに提供されたのかだった。
資料を読み出して以来、一度も飲み物を採っていない事に気が付いたエリナは、冷め切った珈琲を手に取った。

「でもそう考えると、その極限られた人物が、ナガレ君に無料で提供する意図がまるで分からない」

同じく疲れたように目頭を解すサヤカ。
手に入れた膨大な資料には、軽く眼を通すだけもかなりの気力が求められた。
専門知識が備わっていないアカツキ達に配慮をしたのか、分かりやすいプレゼン形式の資料となっているため、資料数が膨大になっていたのだ。

「酷いな二人とも、僕にこのプレゼントが贈られた理由はメールに書いてあるじゃないか」

「・・・それが信じられないのよ」

「・・・そうよね」

アカツキ宛に送られた送信者不明のメール。
その中に書かれていた文章は「ネルガルを掌握する為のお手伝いをします、この資料を活用して下さい」と記載されていた。

「つまり、この素敵なプレゼントをしてくれた人物は、僕にネルガルを完全に掌握する事を望んでる?」

「この資料はその為の援護射撃っていう事なの?
 馬鹿馬鹿しいわ、会長がネルガルを掌握して、この差出人にどんなメリットが有るというのよ。
 お人好しとかのレベルを超えて、ただの馬鹿・・・いいえキチガイね」

「えっと、そこは僕の人徳で?」

次の瞬間、敬愛する姉と苦手な同僚から同時に冷たい目で見られて、アカツキは言わなければ良かったと激しく後悔をした。

「今回は真面目に話をしましょう。
 確かにこの資料は現状の逆転の一手に成り得るわ」

「そうね、私も同意見よ」

「しかし、そこでネックになるのが相手の意図が読めない事だよね。
 明らかに向こうからの支払が高すぎる、その上この資料を活用しなければ、僕達が社長派に勝てない事すらも把握している。
 ただの悪戯とは考えられない以上、何らかのメリットが相手にある筈」

相手のメリットについて考え出す三人。
既に何度も同じ会話を繰り返しているが、どうしてもその点で会話は止まってしまうのだった。
現状は落ち目としか見えないお飾りの会長相手に、どうしてこれほど過剰な支援を行うのか。

「そのメリットがまるで見当がつかないのが、気持ちが悪いのよね。
 此処まで来ると、技術提携に対する金額請求があった方が、よっぽどすっきりするわ。
 もっとも、請求された金額を払えるかどうかは別問題だけど」

試しに情報の価値を試算していたエリナが、引き攣った顔でアカツキに電卓を見せる。
その金額を見て、アカツキも顔を引き攣らせる。
どう考えても簡単に手放せるような金額ではなかった。

「しかも、特許申請をすればさらに派生した技術から、継続的に大金が手に入るのよ?
 駄目だわどうしても相手の意図が読めない」

「逆に考えると、僕がネルガル会長として君臨する事で、何かメリットが有る人物って誰だい?」

「あ、一応私がそうなるのかしら?
 会長の権限が上昇する事で、相対的に会長秘書の立場も上がるから。
 でも私がこの情報を持ってたら、一番お金を出してくれる会社に売り込むわよ」

「・・・オーケー、エリナ君だったら、そうするだろうね。
 とりあえず守銭奴のエリナ君は除外するとして、他に可能性の有る人物は?」

少しげんなりとした顔で、アカツキはエリナの話を打ち切った。

「現在のナガレ君の擁護派の人達でも、利益と言う意味ではこの技術はそうそう手放さないと思うわ。
 私のお父様でも価値が分かるだけに、無条件で手渡すなんて有り得ない」

「そうなると・・・」

ふと、アカツキは会長室の前に立つ友人の後姿を思い出す。
普段は呆れるほど無欲だが、己を鍛える事には貪欲になる青年。

「いや、脳筋の彼にはこんな芸当は到底無理な話か」

苦笑をしてアカツキは自分の考えを否定した。


その後、検討を重ねた結果、アカツキ達はそのデータを有効活用する事に決めた。
その理由としては、現状のままでは社長派に押し切られる事は確実であり、アカツキの首が助かる可能性は低い。
例え何らかの罠だったとしても、今のまま座して死を待つよりは、藁に縋っても前に進もうという考えだった。

そして、数ある発明品の中で、もっとも作成に時間が掛からないと思われるDFSの作成を信用できる取引先に依頼した。





「るーるーるー」

「・・・またアカツキが黄昏てるのは、何故?」

秘書達を交えた会議が終わり、息抜きにキリュウ達の下に訪れたアカツキは、マウロから出張中にあった出来事を聞いて黄昏ていた。
仕事はいいのか?と思いつつも、アキトは関わる事の愚を察して、さっさと自己鍛錬に向かう。
そんなアキトのスーツの裾を、逃すかとばかりにリサが掴んだ。

「アキトが連れてきたんでしょ、責任を持って会長室に放り込んでおいてよ」

「えー」

心底、面倒くさそうに抗議の声をアキトが上げる。
仕事や訓練を通じてキリュウ達と親密になったアキトは、姉のように振舞うリサには結構気を許していた。
その結果として、リサから色々と面倒毎が押し付けられたりもするが、姉という存在が珍しいアキトは結構楽しそうに頼まれ事を処理していた。

リサとしても隊内で初めての年下の男という事で、弟が出来た気分になり、何かとアキトに構っていたのだ。

「連れて来たと言うより、憑いてきたんだけど」

「そうだとしても、アカツキ君の護衛はアキトが担当しているんだから。
 ちゃんと会長室に返却しないと駄目でしょ」

「・・・もはやリサ姉さんにとって、アカツキはモノ扱いなんだ」

色々と突っ込みどころはあったが、チームの財布を握っているリサの強権に逆らえる筈も無く、アキトはアカツキを会長室にまで引き摺っていった。
その後、マウロに原因を問い掛けたところ、何とも微妙な顔で事の真相をアキトに教えてくれた。

「いやさ、この前アカツキが出張に行ったでしょ?」

「ああ、あのクリムゾン無理心中事件」

「その時、例の花屋の未亡人について護衛を依頼されたんだよー
 どれだけご執心なんだと、全員で突っ込みを入れたりしたもんさ。
 まあ、本人は遠いリゾート地に居るから護衛役は暇だし、小遣い稼ぎの感覚で引き受けたんだけど」

「あ、何か先が読めた。
 マウロさんが口説いちゃったんでしょ?」

リサ姉さんに告げ口をしてやろうと、アキトが楽しそうに笑っていると、マウロは沈痛そうな表情で顔を左右に振った。

「丁度ローダーのおっさんが見張っている時に、チンピラが因縁を付けに現れてさー
 そこで颯爽とローダー登場、チンピラ撃退、彼女一目惚れ」

「・・・わぉ」

「いやぁ、吊橋効果って凄いねー、うん。
 まあ結構気立ての良い美人だし、ローダーのおっさんも悪い気じゃないみたいだし」

アキトがギギギと首をローダーの方に向けると、珍しく鉄面皮に照れを浮かべるローダーの姿があった。

「春も終盤ですが、春が来ましたねぇ・・・」

暢気にお茶を飲みながら、キリュウはビルの窓から初夏の景色に目を細めていた





その日の夕方、アキトがスバル邸に帰宅すると、リビングには難しい顔で何やら相談をしているカナデとヒデアキの姿があった。

「どうかしたんですか?」

「ああ、アキト君か・・・」

「実はネルガルから今日、リョーコの事について連絡が入ったのよ」

「え、そうなんですか?」

既にカナデ達は、アキトからリョーコが乗るナデシコが今は火星から無事に脱出し、地球に向けて航海中だと聞かされていた。
ある日、かなり気負った状態のヒデアキが、リョーコの乗るナデシコについてアキトに尋ねた時、アキトはあっさりと答えを返した。

今年の9月中には、ナデシコは月にまで帰ってくる筈です。
追加情報ですが、通信系に異常をきたしているので月で修理を行うまで連絡は取れないと思います、と。

一体、自分達の気遣いは何だったのか・・・と、ヒデアキとカナデはその日、珍しく夫婦水入らずで自棄酒を飲んで二日酔いになった。
ユウは怒っていいのか笑っていいのか分からず、とりあえずアキトに何時もより厳しい修行を課した。

アキトからすれば、聞かれれば何時でも答えるつもりだったのだが、今まで聞かれる事が無かったので言いそびれていただけだったのだ。
大騒ぎとなったスバル邸を見て、もっと早くに言えば良かったと反省をした。

「でもね、ネルガルからの連絡には、ナデシコが火星で撃沈されてクルー全員の安否は絶望的ですって」

「ネルガルには何か、ナデシコが無事だと困る理由でもあるのかい?」

大企業であるネルガルの報告よりも、アキトの言葉を信じた二人は今回の通知について首を捻っていた。
何となく社長派の仕業であると予想したアキトは、前回の失敗を繰り返さない為に、素直にその考えを二人に告げた。

「多分、社長派の追い込みですね。
 アカツキが逃げれなくなる様に、ナデシコ撃沈の責任の所在を会長に押し付けて、社長達が保身に走るつもりなんでしょう。
 実際の話、俺が掴んでいるナデシコの情報はかなり特殊ですからね、本社の人間では誰もナデシコが無事な事を知りません」

そうなるように仕向けた本人が言っているので、間違いは無いだろうとアキトは内心でカナデ達に頭を下げた。

「ふーん、そうなんだ。
 大きな会社って色々と大変なのねぇ。
 ま、リョーコが帰ってきた時に、からかいのネタに使おうかしら」

そう言いながらネルガルから届いた報告書を、楽しそうに懐に仕舞いこむカナデ。
ヒデアキも問題は解決したとばかりに、夕食を温める為に台所に向かった。

自分の言葉を完全に信じている二人に、アキトは照れたような笑みを浮かべてユウが待つ道場へと向かう。
一度、アキトは見ず知らずの自分の言葉を、どうしてそこまで信じられるのか、全員に尋ねた事があった。

カナデは意外そうな表情で「だって、アキト君は家族みたいなものじゃない、勿論信じるわよ」と笑顔で言った。
ヒデアキは苦笑をしながら「ウチの奥さんは勘が鋭くてね、それに僕もアキト君の事は信じるに足りると思っているさ」と言った。
ユウは無言のまま木刀でアキトの尻を引っ叩いてきた。
その後で「わしを騙すほどの器量がお前にある訳なかろう」と人の悪い笑みを浮かべて言い切った。

そこにある信頼の強さに、アキトは改めてこの家に厄介になる事が出来て良かったと、己の幸運を噛み締めた。

「・・・アカツキにもこの情報を流しておいた方がいいかな」

ラピスに今晩にでも頼んでおこうと考え込みつつ、アキトは道場への足を速めた。






「・・・また例の差出人不明のメールが届いたんですって?」

「・・・うん、今度は短いけど強烈なメッセージだったよ」

そう言ってアカツキはプリントアウトしたメールの内容を、エリナに手渡した。
エリナが目を通した内容は極短いメッセージで「ナデシコは2197年9月に月軌道上に現れる」というものだった。

「世紀末に流行った預言書みたいなノリ?」

「いや、僕に聞かれても・・・
 しかも恐怖の大王とナデシコを、同列にするのはどうかと思うよ」

可愛く首を傾げて質問するエリナに、返答に困ったアカツキが指先でペンを回しながら答える。

「でもこの情報が確かだとしたら、今の親族からの問合せメールや抗議文に対する説明が楽になるわね。
 あくまで、情報が正しければだけど」

昨夜から次々と送られて来る抗議メールの着信に、困った顔をしながら対処をしていたサヤカは、重い溜息を吐きながらそう呟く。
社長派が仕掛けてきた攻撃により、ナデシコの無謀な行動とその結果として行方不明になった事は、世間では完全にネルガル会長による独断となっていた。
実際には先代会長を焚きつけた社長と重役連中が、何らかの目的を持って強引に送り出したにも限らずにだ。

相手が今の時点でこういった動きをした以上、社長派の関与を決定付ける証拠は全て処分が完了をしたと予想できた。

「しかし、何を急いでナデシコ一隻を火星に送り込む必要があったんだか。
 そこまで社長達が拘る『何』かが、僕には明かされていなんだよね。
 会長って役職に改めて疑問を覚えるよ。
 でも、火星に『何』があるんだろうか・・・サヤカ姉さんは知ってる?」

「私もマモルさんからは何も聞いていないわ。
 余程、重大な秘密だったみたいね」

「ふーん・・・」

アカツキはスキャパレリプロジェクトが開始され、そして瓦解した後にネルガル会長へと就任した。
このプロジェクトには謎の部分が多く、何らかの情報を持っていそうなプロスペクターも、社長派の陰謀により引き離されてしまった。
一体何を隠しているのか気になるところだが、今は自分の身の振り方を決める事で精一杯だった。

「親族からのメールや問合せには、九月頃に詳細を発表しますと返信しよう。
 ナデシコと一緒に帰ってくる、と明記するのは余りに冒険が過ぎる。
 まあ、このメール自体に裏付けの取り様も無いんだけどさ。
 九月になってもナデシコが帰らない場合には・・・元々、タイムリミットでもあるし、腹を括るしかないね」

自分自身に置き換えれば、残された親族の気持ちは痛いほど理解できた。
我が身に覚えが無い仕事とは言え、自分が押し付けられた地位はその言い訳を許してはくれないのだ。

「妥当な所ね、情報源が怪しすぎるけど」

「死んでました、でも実は生きてました、じゃ格好つかないでしょ?
 本当にナデシコが九月に現れれば、僕達にはプラス、社長派には多大なダメージになるよ」

「段々ギャンブルじみてきたわね・・・
 でも嫌いじゃないわ、この雰囲気に緊張感。
 それに上手く行けば、一発逆転の目があるって事ね」

楽しそうに笑うエリナに、アカツキも同じ様な笑みを浮かべて頷いた。
そんな二人のやり取りを、サヤカは頼もしそうに見ていた。






『アキト、アカツキからお礼メールが届いてる』

「・・・差出人不明のメールに、返信をするか普通?」

『ついでに会食のお誘いまで書いてある』

「・・・本気なのか冗談のつもりなのか。
 いや、アカツキなら本気で誘ってるような気がする」

『どうするの?』

「そういえば、ボソン・ジャンプの件について、アカツキはノータッチなんだよな?」

『うん、アトモ社の研究所についても知らないみたい。
 裏で動いているのは、全部社長派と言われる人達だけ』

「教えたほうがいいのか、それとも黙っていた方がいいのか・・・
 こういう頭を使った駆け引きは、俺はとことん向いていないからなぁ」

『でも、無謀な実験で犠牲になる人が・・・』

「よし、アトモ社の施設は俺が近日中に破壊する。
 ラピスは人が居なくなる日を調べておいてくれ」

『うん』

「しかし、社長派に会長派か・・・やっぱり厄介ごとに巻き込まれてしまったな」

『そうだね』

「アカツキのメールにはそうだな、「頑張れ」とでも書いておけばいいか」

『それもどうかと・・・まあ、アキトがそう言うなら送っておく』

「そうだ、またカナデさんがラピスに遊びに来て欲しいそうだ。
 今週末は俺が訓練中で居ないけど、スバル邸に顔を出せないかな?」

『うん、分かった!!』






そして週末が訪れ、何時ものようにアキト達は軍事練習を行なう為に移動をしていた。
段々とアキトやアカツキの言動が軍人染みてきたが、仲間達との親近感がアキトの軍人嫌いを緩和していた。

「それにしても、アカツキも良く続くよね。
 会長の仕事も結構忙しいんだろ?」

マウロがトラックの中で装備の確認をしながら、同じ様に作業をしているアカツキに声を掛ける。

「まぁ、最初は息抜き程度に考えてたんだけどね。
 意外とハマったんだよ、これが。
 昔はサバイバル研なんて苦しい事を、進んでやりたがる部活を馬鹿にしてたけど、今じゃ馬鹿に出来ないなぁ・・・
 それにキリュウ隊長やマウロさんがヨイショをするから、結構気合を入れて頑張ってるんだよ」

「確かに筋は良いと思うわよ、週末だけの訓練でそこそこ動けるようになってるんだから。
 もし、ネルガル会長を首になったら雇ってあげて、本格的に鍛えてあげるわ」

「雇用関係が逆転するんですね、分かります・・・」

笑顔でリサにそう言われて、アカツキは頬を引き攣らせながら笑った。

「でもテンカワ君の動きには、もうついていけないのは悔しいなぁ。
 僕としてはマウロさんに、スナイパーとしての動きを教えて貰えた方が実力は伸びそうだ」

「・・・アキトは変態だからな、別格だって。
 まあ、それは別問題として、僕もアカツキには性格的にも素質的にも、スナイパーの方が似合ってると思うね。
 それに頭も良いから、後方支援から部隊指揮までこなせそうだ」

「ちょっと待ってください、変態ってなんですか?」

聞き捨てなら無い単語を拾い、思わずアキトが会話に参加をする。

「弾切れになった途端、銃を棄てて素手になってからの方が強くなる兵士なんて、変態で十分だと思うよ」

「そうそう、狙撃をサイドステップで避けられた時は、僕は思わず天を仰いだよー」

アカツキとマウロから冷めた目でそう宣言をされて、思わずアキトは怯んだ。

「それと、トラップゾーンを解除するんじゃなくて、全て力尽くで突破するのは止めてくれない?
 再設置に時間とお金が掛かるのよ」

「ふっ、無様だな」

「リサ姉さんに、ローダーさんまで・・・」

トラップを発見する事は出来ても、その解除スキルが圧倒的に足らないアキトは、事如く力技で突破する手段を取っていた。
以前はその無謀な行動に呆れていた面々も、ついに力技がトラップ類に押し勝つ回数が増えるに至り、溜息しか吐けない状態となった。

優秀なスタッフ一同が色々と画策しても、アキトの脳筋化は確実に進んでいた。

「しかし、本当に困ったものです。
 トラップの影響がアキト君に無くとも、随行者に被害が及ぶ可能性が有りますからね。
 どうすれば、その辺りの気配りが出来るようになるんでしょうね?」

「・・・単独での突入だけを割り振って貰えれば」

「何度も注意をしていますが、それで全てが決まるほど戦場は甘くありません」

どうしたものですかねぇ、と呟くキリュウを乗せて車は山奥へと姿を消した。





会長は山にキャンプに行ったが、秘書達に休みは無かった。
有る意味、傭兵達に囲まれているキャンプなど、一番安全な場所かもしれない。
そして、休日出勤でも精力的に仕事をこなす秘書二人の姿は、誰が見ても今のネルガル会長には勿体無い逸材だった。

「サヤカさん、やっぱり情報が抜かれている形跡があるわ」

「そう、でも仕方が無いわね・・・システムの大本を握られてるに等しいから」

逆転の一手となる筈のDFSについても、既に情報は漏れているらしく、社長派からの情報開示を迫るメールが引っ切り無しに送られてくる。
こちらもその事は想定していたので、DFSの概要だけは既に社長派にも情報を渡していた。
そして、実際の製作作業については、昔からネルガルに恩義の有る中堅会社に手渡しで依頼している為、そちらからの情報漏洩は心配ない事が唯一の救いだった。

「まったく、情報から何から相手に全部把握されてるのって厳し過ぎ」

「それだけ恐れているのよ、ナガレ君の反撃を」

「恐れるほどの実力があるとは思えないけど」

エリナはアカツキと出会ってから、今迄の言動を思い返して乾いた笑い声を上げた。

「そうね、会長としての個人的な能力では、お父さんやお兄さんに多分勝てないでしょうね。
 でもそんなナガレ君に、マモルさんや私が期待したのは「人望」なのよ」

「へ?」

聞き間違いかと思い、エリナは思わず作業の手を止めてサヤカの顔を見詰める。

「不思議と彼の元には、優秀な人材が集まったり、気に掛けてしまうのよ。
 エリナやテンカワ君もその中の一人だと、私は思っているわ。
 ナガレ君には飛び抜けた才能は無いけれど、皆が盛り立ててあげようと思わせる魅力がある。
 それって、人の上に立つ存在には喉から手が出るほどに欲しい才能だと思うわ。
 現にこれだけの悪条件の中でも、貴方達はナガレ君を見捨てようとしてないでしょ?」

「わ、私は自分の夢があるから・・・」

咄嗟にサヤカの言葉を否定しようとしたエリナだが、確かに今の現状を考えれば逃げ出してもおかしくはなかった。
社長派からの嫌がらせは毎日のように受けるし、身の危険を感じた事も多々ある。

それなのに文句を言いながらも、休日出勤をしてまで仕事をしている自分を省みて・・・エリナは苦笑をした。

「駄目男にも、それなりに魅力はあるという事ね」

「隙の無いナガレ君なんて、ナガレ君じゃないわ」

そして二人は自分の上司を話しのネタにしながら、仕事を片付けていくのだった。





「目標、トラップゾーンを突破!!」

「スナイパーに目標の足止めを連絡!!
 周囲に散開している部隊を、直ぐに予想進路上に再配置!!」

「駄目です目標の移動速度が速すぎます!!」

遂に力尽くで破られたトラップゾーンと厳重な包囲網に、苦笑をしながらキリュウは最後の手段を実行した。

「予想より随分と成長が早いな。
 仕方が無い、目標の進路上に取って置きをプレゼントしてやれ!!」

「イエッサー!!」

不謹慎とは分かっているが、思わず笑みを浮かべながらリサは最終兵器を戦場に投下するボタンを押した。



「よし、今日こそトラップゾーンはクリアだな。
 ・・・アカツキは、やっぱり着いて来れないか」

アキトは少々の寂しさを感じていたが、取り残された時のアカツキの「人でなし〜」発言を思い出し、その感傷を振り切った。
今の作戦目的にアカツキの護衛は入っていないのだから、問題は無いと思う事にする。

次の瞬間、自分を狙撃する相手の「意思」を感じたアキトは、その場から飛び退いて木陰へと身を潜める。
目の前の地面に弾ける染料を確認し、スナイパーの居る方向を確認した後、死角を通るように歩を進める。

「やっぱり、師匠の修行の成果は凄いな・・・」

最近になってアキトの修行は、相手の攻撃を事前に読むという段階に入っていた。

今までは目の前の相手の初期動作から攻撃を感じ取り、反撃なり先制攻撃を行っていたが、今は死角から相手が狙ってくるという「意思」を感じ取っていた。
深夜、アキトの寝込みをユウが襲ってきたのも、この「意思」の察知能力を鍛える為だったのだ。
この技術を磨く事で、アキトは自分自身に関しては、狙撃相手の「意思」を感じ取り無効化する事すら可能になっていた。
これを流用する事により、アキトの接近戦の実力は急激に上昇をし続けていた。

そして現在、ユウとの修行ではお互いの「意思」を意図的に消したりフェイントを掛けたりと、高度な駆け引きを行う段階にあった。
もっとも、未だこの修行ではユウには遠く及ばず、いいように遊ばれている状態だったが。

今の自分がエステバリスに乗った時、どれほどの実力を発揮できるのか、不謹慎だと思うがアキトは胸の高鳴りが抑えきれない。

「!!」

アキトが自分に対する苛烈なまでの攻撃の「意思」を感じたのは次の瞬間だった。
前進を止めず、急いで斜め前に身を投げ出す。

自分の居た空間に銀色の光が通り過ぎたのは、刹那の差だった。

急いで立ち上がろうとするアキトに、更に横殴りの銀閃が襲い掛かる。
手に持っていたライフルを掲げるが、一瞬にして両断されてしまった。

しかし、手持ちの武器を棄てたお陰で貴重な時間を稼げたアキトは、模擬戦用のゴムナイフを右手に迎撃体勢を取る事が出来た。

「今宵の虎鉄は血に飢えておる」

「って、師匠何やってるんですか!!
 ついでに今は昼間ですよ!!」

視線の先に襷掛けをした黒い胴着姿のユウの姿を見て、思わずアキトが悲鳴を上げる。
有る意味、アキトにとって何でも有りの戦場では、もっとも遭遇したくない存在が其処に居た。

「ふふふふ、今日は不肖の弟子の代役をキリュウに頼まれてのぉ・・・」

「え、不詳の弟子って?」

自分ですか?と己を指差すアキトに、ユウは首を左右に振って応えた。

「お前には黙っていたが、キリュウの部隊に以前、わしの内弟子が所属しておったのよ。
 己の強さを試したいと言って、10年以上前に飛び出していきおった。
 そして、キリュウ部隊の最強の一角「鬼」の一文字を担っておったのだ」

感慨深げにキリュウの部隊に以前所属していた、不肖の弟子についてユウが語る。

「今は既に亡き内弟子だが、その地位を演習中の間、師匠たるわしが埋めてやろうという事だ。
 キリュウから貴様の出鱈目具合に文句を言われてのぉ、仕方なくだ、仕方なく了承をしたのだ。
 つまり、これは弔い合戦である!!」

「嘘だ、自分が思いっきり戦いたいだけでしょ!!」

思わずユウの言葉に突っ込みを入れるアキト。

「分かっているではないか、流石わし自慢の弟子よな」

弟子の突込みを臆面もなく、良い笑顔で即座に肯定する師匠。

「薮蛇だー!!」

真剣を持つユウに背を向けて、アキトは本気の逃走に入った。

「わはははは!! 逃がすと思ってかー!!
 確実に避けねば、生きてスバル家には帰れんぞー!!」」






「目標、凄い勢いで逆走をしています」

「・・・周りの兵を撤退させておけ。
 とばっちりで怪我をしてはつまらんからな」

「イエッサー」






ネルガル社長派の面々が並ぶ会議室にて、重苦しい空気が漂っていた。
会長派の動きを阻害しようと仕掛けた罠が、悉く避けられている事について全員が危機感を抱き出していたのだ。
確実に会長を葬り去るはずの仕掛けの数々は、予定通りに動き出しているが、些細な悪足掻きが段々と鬱陶しくなってきたいた。

「全く諦めの悪いところは血筋なのですかな、あのどん底の状態で良く反撃をしようと思うものだ」

そんな事をぼやきつつ、恰幅のいい体型の男性が、忌々しそうに手元の書類を机に投げ捨てた。
その書類には最近活発に動いているアカツキと、少数の会長派と呼ばれる人物達の報告が書かれていた。

「今まではそれほど脅威には感じていなかったが、このDFSには驚かされたな。
 何処からこんな情報を仕入れてきたんだ。
 技術部ではどう判断しているのかね?」

ムトウが手元の資料を見ながら、技術部を統括している責任者に意見を求めた。

「DFSという兵器自体は、実現可能な技術ではあります。
 しかし、概略から調査をした結果、そもそも起動可能なパイロットがまず皆無ではないか、というのが全員の意見でした。
 また、仮に起動する事が出来たとしても、戦闘では使えないでしょう」

「・・・もし、使用可能な人間が居たらどうなる?」

「使用データを蓄積していけば、起動条件の垣根を下げる事は可能かもしれません。
 ですが、そんな事は絶対に有り得ません」

自信満々にそう言い切る技術部の責任者に、ムトウはその根拠を尋ねた。

「何故、そこまで断言が出来るのかね?」

「このDFSとは簡単に言うと特攻兵器です。
 そんな兵器を好き好んで使うパイロット等、想像も出来ません。
 まあ、威力だけは認められるのですが、それ以外は欠陥兵器ですね」

否定的な意見ばかりを述べる男に、ムトウはそれ以上声を掛けようとはしなかった。
確かにそれらの欠点を考えれば、DFSは欠陥兵器なのだろう。
だが、この欠点をカバーする術が存在するとしたら、とてつもない切り札を会長達は手に入れる事になる。

それほどの可能性がDFSに有る事を、ムトウは感じ取っていた。

「確かに欠陥の目立つ兵器だが、この威力は棄てがたい。
 何か上手く運用する方法や、他の兵器に技術を転用出来ないか考えてみたまえ」

「はぁ、では考えてます」

己の部署で考えた兵器でないだけに、どうにもこの男はDFSが気に入らないらしい。
技術屋らしいプライドがその態度の端々に見え隠れしていた。
そんな消極的な姿を見ながら、ムトウは怒鳴りたい気持ちを必死に押さえ込む。

アカツキ家排斥の音頭を取ったが為に、押し付けられた社長職だが・・・決して社長派も一枚岩では無かったのだ。






「るー、るー、るー」

「テンカワ君の黄昏ている姿は珍しいねぇ」

トラックの隅で膝を抱えて黄昏ているアキトを見て、笑顔を隠しきれないアカツキは色々とちょっかいを出していた。
その度に、手痛い反撃を喰らっているのだが、色々な意味でタフになったアカツキは懲りずに遊んでいる。

「まあ、散々追い掛け回されていたからなー
 というかアキトの師匠って初めて見たけど、とんでもない爺さんだな。
 森林戦で逃げるアキトに追いつくって、どんだけ健脚なのさ。
 ・・・さすが、リュウジさんの師匠」

「ほう、リュウジを知っているのか?」

帰りのトラックには、アキトを散々な目に合わせたユウも乗っていた。
そのユウが最初の内弟子の名前を聞き取り、思わずマウロに声を掛ける。

「ええ、新米の頃、戦場で何度も命を助けてもらいましたから。
 僕にとってリュウジさんとエステルさんは、恩人であり憧れです」

「・・・そうか」

マウロの返答を聞いた後、ユウは寂しそうに笑った。





そのまま家に帰るのもつまらん、というユウの一声により、キリュウ達は親睦会を兼ねて飲み会へと突入した。
アキトは未成年という言葉を盾にして、アルコールの摂取からは逃れたが、ユウとキリュウの間に席を置かれて非常に居心地の悪い思いを味わっていた。

残念な事に個室を選んで入っている為、アキトの逃げ場はかなり制限をされていた。

「しかし、キリュウから相談を受けた通りの猪武者振りだったな。
 もう少し頭を使って戦えんのか?
 わしの教えを取り入れて、死角が無くなった事は確かだが、あまりに他がお粗末過ぎる!!」

「はあ、すみません・・・」

日本酒を片手に叱責するユウに、ひたすら頭を下げ続けるアキト。

「先生、既に何度も同じ事を私が言ってます。
 どうにもアキト君は、他人と歩調を合わせることが苦手のようで。
 天才によく有りがちな弱点ですが、劣る人間が何故自分と同じ事が出来ないのか分からないんですよ」

「むう、そんな弱点までリュウジと同じとは・・・因縁かのう」

頭越しにされている会話に参加する訳もいかず、アキトは助けを求める視線を親友に送った。

「ローダーさん、僕は貴方を見損なった!!
 寡黙で物静かな、大人の判断が出来る人だと思っていたのに!!」

「・・・」

そこでは、アカツキがローダーのパスケースに入っている、例の美人の未亡人とローダーとのツーショットを見て吼えていた。
そして取り乱すアカツキの姿を、ローダーが微妙に勝ち誇った表情で見ている。

余りにはっきりと分かれている勝者と敗者の姿を見て、アキトは救援を求める事を諦めた。

「うわ、ローダーのおっさんが笑ってるよ、珍しいモノを見たなぁ」

「そうね、明日は雪でも降るかも。
 それと分かっていると思うけど、お父さんは禁酒だからね」

マウロと並んで飲んでいたリサが、自分のコップに酒を注ごうとするキリュウの姿を目に留めて注意をした。

「リ、リサそれは酷いんじゃないかな?
 先生と飲む機会なんて、そうそうは無いんだよ?」

「お医者さんに止められてんだから、駄・目・よ」

悲壮な顔でコップにウーロン茶を注ぐキリュウに、話題の転換を図ったアキトが質問をした。

「キリュウ隊長、先程から会話に出ているリュウジさんとは誰なんですか?」

「そうですね、そろそろアキト君には話してもいいかもしれませんね。
 君も有る意味、もう私の傭兵団の・・・家族の一員ですしね」

ウーロン茶を口に運びながら、キリュウが視線でユウに尋ねる。
その視線を受けたユウは、無言で頷いた。

「私の傭兵団が最盛期の頃、漢字の「鬼」と「竜」を当て嵌めた、最強と誇っていた親友が2名居ました。
 「鬼」はマトイ リュウジと言って、私の親友であり、先生の内弟子として長年厳しい修行を積んだ、剣術の天才。
 「竜」はエステルという名前の、超一流のスナイパーにして巧みな戦闘指揮の出来る、美しいフランス人の女性でした。
 これに私が全体の指揮を執る事で、戦場ではちょっとした勇名を馳せる傭兵団を成していたのですよ。
 そうです、私の幼稚な野望を叶える為に、人の良い彼等を戦争に巻き込んだんです。
 なのに二人は戦場で死に、私だけが生き残ってしまった・・・未だに、後悔をしていますよ」

「幼稚な夢、ですか?」

「少しでも、紛争地域を減らしたかったんですよ。
 私は傭兵になる前は教師をしていましてね、NGOに参加をして紛争地域を見て回って人生観が変わりました。
 大国の代理戦争に巻き込まれて、一方的に搾取される弱者を助けたかったんですよ、今考えるとやり方を間違えたと思いますが。
 幸いな事に、私には戦争の才能だけは、人並み以上にあったんですよね・・・
 泥沼の戦争を繰り返して、多数の死者だけを生み出し続けました。
 それに飽きたらず、更に強力な力を欲して巻き込んだのが親友のリュウジ、そして私の野望に共感してくれたエステルでした」

「なるほど・・・そうだったんですか」

キリュウが過去を語りだした時から、周囲の喧騒は鳴りを潜めていた。
アキトが周囲を見渡すと、そこには静かな表情でアルコールを摂取し続ける仲間達が居た。

「ちなみに、私はエステル母さんの連れ子で、物心ついたときにはお父さんの傭兵団に居たわ。
 本当のお父さんについては教えてくれなかったけど、キリュウお父さんは最高の父親だから問題無かった。
 傭兵団に居た子供達に勉強を教えていたお父さんの姿が、私は一番好きだったなぁ」

キリュウの腕に飛びつきながら、明るくそう告げるリサ。

「僕はスラムで孤児だったけど、悪ガキ時代にリュウジさんに喧嘩を売って叩きのめされてね。
 その後、のこのこと復讐を企てて追いかけていたら、何時の間にか傭兵団に居ついてたのさー」

キリュウに擦り寄っているリサの胸が気になるのか、ちらちらとそちらを見ながらマウロがどうでもいい様に説明をする。

「・・・手当てをしてくれたリサに惚れて、そのまま居ついたと私はエステルから聞いてますが?」

「そんな理由も有りました」

冷たい父親の視線を受けて、マウロはすごすごとアカツキの隣に席を移した。
ローダーが席を移してきたマウロに、無言のまま酒の入ったコップを差し出していた。

「ローダーはある組織の暗殺者だったんですよ。
 その組織が報復として私の命を狙った時、リュウジに撃退されましてね。
 組織自体は壊滅させたのですが、瀕死のローダーだけが生き残りました。
 行く当てが無いローダーを、エステルが無理矢理傭兵団に連れてきたんですよ。
 ローダーは組織によって記憶と過去を消されていて、名前もリサとエステルが付けてあげたのです」

「皆さん、壮絶な人生を歩んできたんですね・・・」

「私の見立てでは、アキト君も中々険しい人生を歩んできたと思いますが?」

一瞬、瞳を鋭く光らせたキリュウに、アキトは何も言い返す事無く手元の水を口に含んだ。
暫く手元のコップを揺らした後、アカツキがこちらを見ていない事を確認してから、アキトは口を開いた。

「皆さんの過去を知ったのに、自分だけ黙秘っていうのも失礼ですよね。
 俺は火星に住んでいた頃、ある理由から両親をネルガルに殺されました。
 その後は一人で生きてきた訳ですが、その後も色々と大変な事や事件に巻き込まれてきました。
 それらの事件のせいで、政治家とか軍人が嫌いなった訳ですが。
 ・・・一番大きかった事件は、婚約者を目の前で浚われた事ですかね」

「・・・婚約者を助ける為に、力を必要としているのですか?」

アキトが力を渇望する理由の一端に触れ、キリュウはもう一歩踏み込んできた。

「いえ、彼女を助ける事は出来ました。
 最大の目的は叶えられたと思います。
 ただ、彼女を助ける事は出来ても・・・その最後は看取ってやれませんでした」

リサが何か口を挟もうとしたが、結局何も言わずに黙り込んだ。
その代わりとばかりに、ユウが黙っていた口を開いた。

「ならば、何故『力』を求める?
 お前には復讐の残り火を感じるが、日々の修練においてその残滓は燃え上がってはいない。
 体術をあそこまで極めれた理由は、復讐への意思があったからこそと予想できる。
 だが、復讐が終ってもなお、何がそこまでお前を駆り立てるのだ?」

何も終ってはいない、そう叫びそうになったアキトだが、今の自分の目的を思い出し、ユウの視線を正面から捕らえながら自分の想いを告げた。

「・・・もう、失わない為に、『守る力』が欲しいんですよ、師匠」






翌日、朝錬終了後にアキトがネルガル会長室を訪れると、アカツキが酷い顔で机の上に倒れていた。

「昼休みは終ってるぞ、アカツキ?」

「ううう、昨日はマウロさんと一緒に呑みすぎた・・・
 頼むから大声は出さないでくれよ、テンカワ君」

「酒は飲んでも飲まれるな、の典型的な見本だな」

スライムと化しているアカツキをその場に残し、アキトは待機室に向かった。
その途中、楽しそうな笑顔を浮かべたエリナとすれ違う。

「・・・ほどほどに」

「ええ、分かっているわ♪」

エリナが手に持っている小さな鍋とお玉を見て、アキトは一応の忠告を残してその場を去った。
アカツキの断末魔が聞こえたのは、それから5分後の事だった。


「酷い目にあったよ」

「自業自得でしょ。
 それと経費で落ちないから、この飲み代」

一応、目を覚ましたアカツキにエリナが請求書を突き返す。

「ええー」

「おいおい、ネルガル会長が一般の飲み屋代をケチるのはどうなんだ?」

昨日の馬鹿騒ぎの代金は、酔った勢いで全額奢りだと叫んだネルガル会長が支払っていた。
支払の時にアカツキの隣に居たアキトは、大金だが自分でも払えない額では無いと思っていた。
その場に居た全員で分割をしても、それ程苦にならない額だ。

「僕もね気前の良い所を、皆に見せたいさ。
 でもね、ネルガル会長が長年蓄えてきた隠し口座が、何故か全て消え去ってるんだ。
 社長派の仕業だと思うけど、騒ぎ立てるわけにはいかないお金だし。
 そうなると、普段の報酬だけだと色々と苦しい訳よ。
 会長っていうだけで、付き合いの為に色々な所にお金を出さないといけないし。
 入った報酬も一瞬でパーですよ、パー」

愚痴を述べるアカツキを横目に、アキトは背中に冷たい汗を掻いていた。
そういえば、未来における各種武装を実現させるために、ルリが資金調達の為に言っていた言葉を思い出す。


『先々代から貯蓄され続けている、ネルガル会長の隠し口座です』


楽しそうに微笑んでいたルリの顔と一緒に、その台詞をアキトは思い出した。

「アレか!!」

「アレって何だい、テンカワ君?」

「いや、何でも無い!!」

「・・・そ、そうかい?」

「ちなみにネルガル会長の隠し口座って、やっぱり凄い金額なのか?」

「そりゃあ、ちょっとした国の国家予算位はあるよ」

「・・・ほほぉ、そりゃ凄い」

「うん、凄いだろ」

珍しく強気で言い切るアキトの言葉に首を傾げながらも、アカツキの愚痴は止まっていた。
そして想像するだに恐ろしい金額を思い、アキトはこの秘密は墓まで持っていこうと心に決めた。






ある日、アカツキと秘書達が揃って工場の視察を行う事となった。
ローダーが運転するリムジンに揺られて、アカツキ達とアキトは目的の工場に向かう。

社長派からの監視を巻くため、途中車を入れ替えるなどの小細工を行い、最終的には軽自動車に乗ってアカツキとエリナとアキトの3人が目的地に到着した。

「でも意外よね、テンカワ君が普通免許を持ってないなんて」

「IFS対応なら、問題無く運転できるのに・・・」

「まぁ、また暇を見て免許を取りに行くんだね」

囮としてローダーとサヤカがリムジンで去った後、近場に隠していた軽自動車に乗り込んだ三人。
しかし、その時大きな問題が発覚したのだ。
それはアキトが普通の車を運転出来ない、というものだった。
キリュウが作戦を立案していれば、事前にアキトに運転について確認をしていただろうが、練習としてマウロが立て策だった為に漏れも多かった。
そのしわ寄せが、このような場面で現れたのだ。

そして話し合いの結果、マウロについては帰った後にアキトが仕返しをするとして、エリナが運転席に収まる事となった。
アカツキにも運転は出来るのだが、流石に会長の運転で視察に行くのはどうだろうという話しになっていた。

その後、意外に運転が上手いエリナによって、無事に三人は目的地に着いたのだった。

「でもエリナさんって運転上手ですね」

「ふふん、こう見えても各種免許は取得済みよ。
 大型船舶から宇宙船だって、動かしてみせるわ」

そう言えば『戻る』前のナデシコでは副操舵主をやってたな、とアキトは今更ながら思い出していた。

「流石、会長秘書は違うねぇ」

「だったらベースアップを交渉してもいいかしら?」

「さあ目的地は直ぐそこだ。
 未来に向かって羽ばたこう、テンカワ君!!」

「えー、アカツキと一緒にか?」

広大ではないが、中々に設備が整っている工場に向けて、アキト達は歩を進めた。






「これが、試作型DFS・・・」

アキトの目の前で、上半身だけのエステバリスが両手に掲げている金属の筒から、白い光の刃が産まれていた。
目の前の起動実験にて発生した白い刃を、やはり動かす事は不可能な為、斬る対象として設定された金属の塊を動かす事でその切れ味を表現する。

さしたる抵抗を感じ取る事も無く、目の前で金属の塊は綺麗に切り裂かれていった。


――――――やがて、その白い刃も消え去った。


「どうですか、見事な切れ味でしょう!!
 試しにディストーション・フィールドに包まれたブロックで実験も行いましたが、それも真っ二つです!!」

町工場の技術者という感じの中年が、自慢げに試作型DFSの出来栄えを語る。
その横では工場の社長と思われる太った中年が、涙を拭きながら技術者を褒め称えていた。

「素晴らしいよスズキ君!!
 あの短期間で設計書から実物を作成するなんて!!」

「当然ですよ社長!!
 このDFSが完成すれば、木星蜥蜴に一泡吹かせる事が出来るんですから!!」

盛り上がっている二人を余所に、アキトはDFSを生み出した筒を、アカツキ達はそれを構えた上半身だけのエステバリスを見ていた。

「本当にDFSが作れるとはね・・・
 こりゃあ、あのメールの送信者は、本気で僕の味方をするつもりなのかな?」

「そうね、実物を見るまでは半信半疑だったけど。
 こうして形になると実感するわね」

それはアカツキ達にとって反撃の狼煙だった。
色々と問題は残っているが、相手の喉元に喰い付く牙を、やっと手に入れたのだ。

「でも、こうなると他の技術を、そうそう他の工場に発注できないなぁ。
 この工場の規模では、DFSの改修や生産だけで手一杯だろうし。
 僕達は所詮事務屋だから、技術職の意見を理解できない。
 ・・・誰か信頼できる技術屋を探さないとね」

実際問題として、あの資料が使い物になると分かった以上、そうそう他人の目に触れさすわけにはいかなくなった。
DFS一つでも大変な騒ぎが起こっているのに、それ以上の爆弾を次々と投下してもこちらも対処出来なくなってしまう。

何より、技術系の話を本当に理解できるアドバイザーが居ない事は致命的だった。

「あら、私には一人だけ信頼できる技術屋に、心当たりがあるわよ?」

「え、誰だい?」

「私の妹、レイナ・キンジョウ・ウォンよ」








――――――初夏を迎える6月、仲間達との絆を深めながら対決の時は近づきつつあった。





 

 

 

 

外伝第五話に続く

 

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