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第七話
2197年8月
「あらあら、また随分とアキト君宛ての手紙が増えたわねぇ〜」
「・・・情報漏洩って怖いですね、アカツキとキリュウさん以外に住所を漏らした覚えは無いのに」
高級そうな材質の手紙から、何が入っているのか分からない極厚の封筒まで、山の様に詰まれた手紙を前にして、アキトは深い溜息を吐いた。
最初は面倒に思いながらも一つ一つ目を通していたが、内容は全て似たり寄ったりだったので、最近は封を開ける事すら放棄していた。
しかし、届いた封筒に金品が入っていた場合、難癖を付けられる可能性が有るとカナデが注意をしたので。
アキトは渋々ながらある程度封筒が溜まった後に、一応の開封はする事にしたのだ。
ちなみに開封時にはスバル家全員が揃って手伝ってくれる為、アキトは少々肩身が狭い思いをしている。
有る意味これは一つの嫌がらせなのではないかと、アキトはふつふつと勧誘元の社長派に対して怒りを溜めていた。
全員で目を通している手紙に書かれていた内容は、簡単に説明すれば3つに絞られていた。
アキトの腕前を褒め称える美麗字句
目が飛び出るような金額の契約金
社長派に入る事による将来の保障と福利厚生の凄さ。
「まあ、アカツキの悪口を書いていないだけ、最低限の理性はあるのかもな」
片手に持ち上げた手紙を、小刀を使用して一瞬で細切れにしながらアキトが呟く。
ヒデアキとカナデの夫婦は、仲良くシュレッダーを使用している。
そしてユウはアキトと同じ様に小刀を使用中。
アキトとユウが小刀を使用している理由は、何処まで細切れが出来るかという遊びを兼ねた鍛錬をしている為だったりする。
「しかし随分と気前が良いね、ネルガルっていう会社は。
高級リゾートとか高名なゴルフ場の招待券とかを、束で贈ってきてるよ」
「・・・リゾートにもゴルフにも、興味は無いんですけどね。
一人で行ってもつまらないでしょうし」
ユウの斬った紙の幅が、自分の斬った紙の半分である事を知り悔しそうな顔をするアキト。
そのアキトに向けて、ユウは余裕の表情で勝ち誇っている。
「おお、これは意外」
「何が入ってました?」
「うん、ソープランドの回数け」
「「ちぇすとぉ!!」」
師弟の動きが美しくシンクロし、ピンク色の紙束を持ったヒデアキの右と左から斬撃の嵐が舞い狂う。
次の瞬間にはピンク色のナニかが、ヒデアキの足元に積もっている状態となった。
恐怖に固まるヒデアキだったが、真の恐怖はその後に訪れた。
「ヒデアキさん、ちょっと部屋まで行きましょうか?」
「いや、僕は悪くないと思うけど?」
「アキト君に態々、ソレを見せる必要は無かったでしょ?
つべこべ言わず着いて来なさい」
「・・・はい」
うな垂れたヒデアキを連れて、カナデはその姿を夫婦の寝室に消した。
残された師弟は、何故か小声になりながら会話をしていた。
「カナデさんも怒ると怖いですね」
「これは先達としての忠告だ弟子よ。
日常生活で女性を敵に回す事だけは避けよ、絶対に避けるのだ」
「・・・肝に免じておきます」
今までに見た事が無いほど深刻な表情の師匠を見て、怖くて過去にナニが有ったの聞き出せないアキトだった。
「テンカワ君があのミスマル ユリカ嬢の幼馴染とはねぇ
こりゃあ、ナデシコが本当に帰ってくると面白い事になりそうだ。
それにミスマル提督に個人的なパイプが出来たんだし、あの冒険も良い結果に繋がったかな?」
先週に行われた新兵器テスト時のアクシデントが、最終的に会長派にプラスとなった事でアカツキは上機嫌だった。
あの時、テスト会場から早々に引き上げようとしたアカツキ達に、珍しく血相を変えたアキトが救援を提案したのだ。
アカツキ達がこれないのなら、自分にエステバリスとDFSだけ貸して欲しいと、ひたすらに頭を下げるアキトを落ち着かせ、事情を聞いた時は全員が驚いた。
要約するとミスマル提督が火星に居た頃、一人娘のユリカとアキトは幼馴染であり、提督にも色々と可愛がってもらった事があるらしい。
両親もミスマル提督とは家族ぐるみで付き合う程、懇意の仲だったそうだ。
ここでミスマル提督を見殺しには出来ないと、アキトは不退転の決意を込めて全員の説得に当たった。
「有耶無耶のうちに、軍に対する新兵器のお披露目会になったようなものだしね。
しかも、次期東南アジア方面軍の最高責任者就任が確実視されているミスマル提督と、会長として個人的な友誼も結べたし万々歳ね。
前会長のせいで一人娘が行方不明になってるから、どちらかと言うと敵視されてたからね、私達」
アキトから事情を聞きだし、ミスマル提督救出時のメリットを計算し終えたエリナは瞬時に賛成と手を挙げた。
その他にもアカツキは元からサポートに入るつもりだったし、レイナも人命救助の為に自分の機体が使われる事に異論など無かった。
ましてや、救出に赴く先頭には数々の非常識を携えた最強の剣士が奔るのだ。
全員の心の内には、無意識の内にだが今まで散々地球を蹂躙してきた木星蜥蜴を、あの白刃で切り伏せて欲しいという願いがあったのかもしれない。
結局、あの時に救出作戦を反対したのはサヤカだけだった。
もっともその理由は会長自ら戦線に立とうとするアカツキを、必死に引き止めようとした為だったのだが。
しかし、あのシスコンのアカツキが驚くべき事にサヤカの願いを断り、アキトと共に戦場へと旅立った。
アカツキに願いを断られて、呆然とした表情をしたサヤカの姿は、その場に居た全員の心に強く残っている。
「だからと言って、調子に乗って戦場に出ようなんて思わないようにね。
ナガレ君の腕前が上がっている事は分かっているけど、テンカワ君とは違うんだから」
「いや、そこで比較対象にあの変態の名前を出されても、僕は困るんですけど」
珍しく不貞腐れた表情をしたサヤカに、そんな忠告を受けてアカツキは困ったような表情をする。
あの時反抗をして以来、どうにもサヤカの機嫌は悪いままだったのだ。
もっとも、不貞腐れたサヤカ姉さんも新鮮で良いなぁ、というシスコン馬鹿にはあまり問題となっていないようだ。
「今までなるべく気にしないようにしてきたけど、此処まで来ると・・・
テンカワ君にはそろそろ、正直に全てを話してもらわないと駄目かもね」
アイスコーヒーにミルクを入れて、スプーンで掻き混ぜながらサヤカがアカツキに提案する。
「うーん、確かに隠し事は色々としてそうだけどね。
普通の一般家庭であんな男が育つようなら、私は怖くてもう一人で外を歩けないわ」
何を想像したのか、両腕で自分を抱きしめてエリナは身を震わせた。
「でもテンカワ君って口は堅いからねぇ
嘘は言わないけれど、余計な事は言わないように気を付けてるみたいだし」
どちらかと言うと、アキトの秘密を暴く事に乗り気でないアカツキは、そんな否定的な意見を述べる。
「あら、親友の過去について気にならないの?」
「うーん、親友だからこそ、今は聞く必要は無いんじゃないかな?
そりゃあ最初は気になったよ、僕の身辺警護を担当するんだからね。
でもさ・・・今迄のテンカワ君の言動を考えると、途中から疑うのも馬鹿らしくなっちゃてさ。
本当に必要と思ったら、自分から話してくれるでしょ」
そう言いながら、既に完治したはずの左腕をスーツの上から摩る。
「お飾りの会長職すら取り上げられる寸前の僕を、命懸けで助けに来るようなお人好しだよ?
そこに打算があるかどうか位は、今迄の強欲な親戚達との付き合いで僕には見抜く自信がある。
その経験上言わせてもらうと・・・彼は恩義で動く人間だ、無用な詮索は余計な隙間を開くだけだよ。
ま、エリナ君がどーしてもテンカワ君のプライベートを知りたいって言うのなら、個人的に飲みに連れて行って聞き出せば?」
レイナ君からの情報通りなら、年下が好みなんだろ?
と口には出さなかったが、表情で語ったアカツキの頭部にグラスが鈍い音を立ててぶつかった。
「その一言が余計なのよ、馬鹿」
「アカツキ、この贈答品を社長派に返却しといてくれ。
わざわざ着払いの宛先を書くのも忌々しい。
というか何処から俺の住所が漏れたんだ?」
多数の贈答品と怪しいクーポン類を纏めてアカツキの机の上に置く。
その山を邪魔そうに見た後、アカツキは仕掛かり中の書類を少し横にずらして記入をしながら、アキトに自分の予想を語った。
「んー、その犯人は多分会計担当かな。
ほら、テンカワ君の給料振込み先を登録した時に、給与明細の送付先とかを受付で記入したでしょ」
「・・・おおう」
そう言えば何気に記入した事を思い出し、アキトは両手を打ち鳴らした。
もっとも漏洩元が分かった所で、今更どうしようもないのだが。
「と言うかさ、僕って業務中で忙しいんだよね。
この返品の山は後で社内便で輸送しとくから、そこら辺の床の上にでも置いといてよ」
「業務中? 誰が?」
「ネルガル会長の、僕・が・だ・よ」
珍しく殺気立っているアカツキに睨まれて、アキトは怖い怖いと言いながら待機室に逃げ込んだ。
そして30分後、特にイベントも発生しない会長室に暇を持て余したアキトは、気配を殺して会長室に侵入を果す。
そこでは何時もの三人が、難しい表情で書類と睨めっこをしたり、凄い勢いで何事かを書き込んでいる姿があった。
今でこそ脳筋の道をひた走るアキトだが、未来では一人で屋台を切り盛りしていたように、まるで書類仕事が出来ない訳ではなかった。
もっとも、個人経営の屋台で必要な出納関連の書類と、世界に名立たる大企業の会長の仕事を比べる事など出来ないが。
空調の聞いた部屋で黙ったまま三人の姿を見ていたアキトは、そこで禁断の言葉をついつい呟いてしまった。
「・・・暇だな」
その瞬間、会長室の全員の動きが止まった。
そして三人の身体から放たれるオーラに反応し、アキトは思わず構えすら取っていた。
「ふふふ、そうか、暇かねテンカワくぅん?」
「ほほほ、こちらとしては猫の手も借りたい程に、とっても忙しいんだけどぉ?」
「くすくすくす、地獄を見たいのかしら?」
幽鬼の如く立ち上がった三人を前に、アキトは『戻って』以来、最悪の危機が迫っている事を肌で感じた。
「はい、この請求書を年月日別に分けて整理して頂戴」
「え、ちょっと何処に日付の記載が・・・」
「ココに書いてるあるでしょ、その書類だとこの場所、あの書類だとソコ」
「・・・何処の国の表記なのかすら、まるで分からん」
「備品関連の要求書だから、合計数をこっちの表にまとめて記入しておいて。
これは字が読めるから、余裕で出来る仕事でしょ」
「いや、ちょっとこの備品って項目数が多過ぎ・・・」
「何言ってるのよ、これでも少ない方よ、一回見たら暗記できるでしょ?」
「すんません、無理っす・・・」
「はいはい、この陳情書の内容に目を通して、内容ごとに仕分けするんだよ。
弾丸すら見切るテンカワ君には簡単な仕事っしょ?」
「だから、読めないってこんな国の文字!!」
「黙れ、君の好きな気合と根性と努力と閃きで読め」
「あばばばばばばばばばばば」
日が暮れる頃、会長室の仕事は一段落した。
仕事の疲れを取るように大きく背伸びをする三人。
そして仮に設置したデスクの前で、真っ白に燃え尽きてる人物が一人。
「いやー、何か鬱陶しいほどの邪魔が入ってるはずなのに、何故か仕事がはかどったねー」
燃え尽きてる男の頭をポンポンと気軽に叩きながら、アカツキが笑顔で秘書達に話しかける。
「そうね不思議な現象よね。
雑務に限ってだけど、仕事の指示にやり直しとチェック作業で、二重に時間が掛かっている筈なのにね」
全員分の珈琲を用意しながら、エリナもアカツキに釣られたように笑顔浮かべる。
「やっぱり気分の問題なんじゃないかしら?
ほら、普段は私達って彼には驚かされたり、圧倒されたりするばかりだし。
でもこうして見ると、やっぱり弱点の有る人間なんだなって安心出来るわね」
何やら「あー」とか「ぱー」とか呻いているアキトの姿を見て、クスクスと行儀良くサヤカは笑った。
普段の年齢の割には何処か超然とした雰囲気を纏っている強者の姿は、ソコには欠片も見る事は出来なかった。
「さて、テンカワ君の苦労を労う為に、全員で晩御飯でも食べにいきますか。
もう今日は気分が良いから、全員に奢っちゃうよー」
「良い提案ね、賛成するわ」
「じゃ、お店を予約しておくわね」
燃え尽きた男を誘導しながら、上機嫌の三人はネルガル会長いきつけの料亭へと向かった。
「随分と絞られたみたいだな」
「色々な意味で大変でした・・・」
食事が終わった後、上機嫌のアカツキにタクシーまで手配してもらい、アキトはスバル邸に帰宅した。
その理由は料亭の中でアカツキと秘書ズから、直々に経済物流についての有り難い講義を延々と聴かされた為だった。
そして今は全てを振り払うかのように、師匠と並んで木刀で素振りをしている。
「事務仕事に適性が無いって事がよく分かりました。
でもそれとは別に、自分が処理した紙切れ一つに数百人の命が掛かっている事を教えられて・・・怖くなりましたよ。
俺って当たり前の事が分かってなかったんですよね」
「ほう?」
木刀を振る手を止めたアキトは流れる汗をタオルで拭きながら、月の輝く夜空を見上げた。
「アカツキからの受け売りですが、何となく使ってる物にも、色々な人達が係わってくれたからこそソコに有る。
日々の食事や移動手段に連絡通信手段、全ての『当たり前』を維持する為に、皆が頑張っている。
俺は自分だけが我慢して頑張れば、全て上手く行くと思っていました。
でもその頑張る為の舞台すら、他の人達に助けてもらえないと昇る事が出来ない」
隣に立つ師匠は静かに弟子の言葉を聞いていた。
「一人で出来る事なんて、とても限られた範囲でしかないんだと思い知りました。
悔しいですけれど、アカツキ達の悪戯のお陰で、ちょっとだけマシな人間になれた気がします」
そう言って照れたような笑みを浮かべるアキトを、ユウは孫の成長を見守る祖父のような優しい瞳で見ていた。
「駄目、全然処理が追いつかない・・・」
シミュレーション結果が表示されたウィンドウを前に、肩を落としてレイナは重い息を吐き出す。
ハード程ではなくても、それなりにソフトを弄れる自信がレイナには有った。
だが、それなり程度の腕ではDFSを使用したアキトの機動に、機体スペックに相応しい処理が可能なソフトウェアは開発出来なかった。
このままでは、何時まで経ってもアキトはその実力を十全に発揮する事は出来ない。
乱戦になろうものなら、機動力の確保の為に最大の攻撃手段であるDFSを封印するしか、今の所手は無い状態だった。
天高く昇ろうとする龍を圧し留めているのが、自分の不甲斐無さだとレイナは自嘲をする日々を送っていた。
「レイナ君、少し休んだらどうかね?」
既に時間も遅く、深夜に近い状態だがレイナに声を掛けた男性には、疲れた素振りが見受けられない。
「そう言われても、チーフもこの2日間ほど貫徹じゃないですか」
「わははは、こんな楽しい仕事を前にして寝てられるものか!!」
元気一杯に片手を回しながら、隣のデスクの上に溜まっている書類に次々と筆を入れていく。
その書類は例の謎の送り主からのプレゼントを印刷したモノだが、どれが実現可能なのか判断をするだけでも大変な仕事だった。
そして先日まではレイナ一人でやっていた仕事だが、今はこのチーフと二人して事に当たっている。
このチーフはつい先日まで社長派の技術部責任者だったのだが、DFSを扱うアキトの機動に惚れ込み、社長派を飛び出しアカツキに直談判をしたツワモノだった。
最初はスパイではないかと警戒をしていたアカツキ達だったが、レイナと意気投合をして数時間に渡る議論をするに及び、放置する事に決めた。
もっとも放置と言うのは会長派の技術部責任者レイナに、全てを任せるという意味だったのだが。
そして、一人でも優秀な仲間が欲しいレイナは、己の直感とエンジニアとしての共感から、このチーフを受け入れる事にした。
実際、自分一人の働きではこれ以上の処理は不可能な程に、レイナの業務は圧迫されていたのだ。
「それにしても、何て画期的なシステムなんだこのDFSは!!
その他の武器にしても、改良の余地を残しつつも十分な威力は保障されている!!
凄い!! 凄いぞこの新兵器!!
何だこの小型相転移エンジンって!!
おいおい、何処の天才が考えたんだ?抱きついてキスしてやるぞ!!
むしろ俺を抱け!!」
「・・・悪い人じゃないんだけどねぇ」
ちょっとだけ、普段悪乗りしている会長とその護衛に、頭を悩ます姉の気持ちが分かったレイナだった。
年上の男性の余りに無邪気な姿に苦笑をしながら、レイナが自分のウィンドウに目を落とすと、そこにメール着信のメッセージが出ていた。
「こんな時間に誰だろ?」
そして、メーラーに届いたメールに送信者名が無い事に気が付き、一瞬にしてレイナの顔付きが厳しくなった。
「で、行き詰まってるレイナ君を見兼ねて、例の協力者がDFSの制御ソフトまで寄越してくれたと?」
「そういう事、余りに見事な制御ソフトだから、例のチーフと一緒に一晩中見惚れてたらしいわよ」
あのチーフも有る意味良い拾い物だったみたいね。
そんな事を言いながら、エリナはアカツキにレイナの近況を報告した。
「何だろう傍から聞いていると色っぽい内容の会話のはずなのに、全然羨ましく無いよ」
「じゃあ私と一緒に、連結決算の書類を一晩で目を通してみる?」
「テンカワ君、エリナ君がデートに誘ってるよ?」
「数字怖い、数字怖い・・・」
その瞬間から現実逃避に入るアキトに、アカツキは苦笑をして許してやる事にした。
「しかし、そうなる例の協力者はこの社内の出来事を、何処かで見張ってるって事だよね」
「もしかすると、渡した技術を悪用されないように、見張ってるのかもしれないわよ?」
「そりゃ怖い」
アカツキがおどけた様に身体を震わせる。
「でもさ、そう考えるとあのチーフの動きにも目を光らせてるって事だろ?
なら、そろそろローダーさんを監視役から、解放してあげていいんじゃないか?」
何とか現実復帰を果したアキトが、チーフに張り付かせているローダーをそろそろ自由にしてあげようと提案する。
実際のところ、ローダーからの報告を聞く限りでは、常に研究室に在籍し、社長派の人間とは誰とも接触をした形跡は無いらしい。
それに時々アカツキ達が研究室に足を運んでも、嬉々として仕事している姿しか見た事が無かった。
ちなみに、アキトはつい最近そのローダーから、例の未亡人とのデートの約束が潰れたと無言の抗議をアカツキの替わりに受けていた。
「典型的な技術畑の人みたいね。
レイナと意気投合するはずだわ・・・」
「むしろ、社長派とか会長派とか拘っていないんだろうね」
チーフの生き様に少々羨ましい物を感じながら、アカツキは苦笑をした。
「じゃあ、ローダーさんには24時間張り付いてもらわなくていいと、後でキリュウさんに伝えておいてよ。
そうだな、出勤時に二時間間隔で監視をして貰おうかな」
「了解、って言っても研究室に入ってから、一度も外に出てないけどな、あの人」
「おおう、そうだった」
思わず顔を見合わせて三人が笑っていると、会長室にサヤカが入ってきた。
「あ、随分と遅かったね、サヤカ姉さん?」
「ええ、個人的な用事での電話だったから・・・」
困ったような笑顔を浮かべるサヤカに、アカツキは不穏なモノを感じた。
視線で先を促すと、小さく溜息を吐きながらサヤカは話し出した。
「これからお父様が、ナガレ君に会いに来るそうよ。
私に何時まで会長秘書をやらせるつもりなのか、問い質したいらしいわ」
「げっ、ミキの爺さんが来るの・・・」
そして一時間後、60台半ばに届く年齢の小柄ながら目付きの鋭い鷲鼻の男性が、会長室に威圧感を振り撒きながら現れた。
「ふん、真面目に仕事をしているのは本当らしいですな」
「会長行を再開する時に、そういう約束だったからね」
立場上は上だが、経歴と人生経験で遥か上を行く爺さんの登場に、アカツキも話し辛そうになっていた。
「それで、何時になればサヤカを会長秘書から解放して貰えるのですかな?」
「・・・難しい質問だね。
今は秘書二人で何とか業務を回しているから」
「新しい秘書を雇えば宜しいでしょうが」
「いや、確かにその通りかもしれないけどね」
意味も無く後頭部を掻きながら、アカツキは爺さんの説得方法を一生懸命に考えていた。
なるべくサヤカの解任を引き伸ばそうと手を打ってきたのだが、ココに来て御大自ら乗り込んでくるとは思ってもいなかったのだ。
アカツキの目論見では、DFS等の新兵器の実績を手土産に社長派を一掃し、実権を固めてから改めてこの爺さんを攻め落とす予定だった。
「今度の役員会議まで待ちます。
それ以降は・・・分かってますな?」
「あー、それは僕が会長を首になれば、サヤカ姉さんも解放されるって事?
・・・残念だけど諦めてないよ、僕は」
睨みつけるミキという名の老人に向かい、アカツキは今までに無い程の覇気を込めた声でそう返した。
老人はアカツキから放たれた予想外の発言とその態度に、思わず目を剥く。
「ミキの爺さんの期待に応えられるてるか分からないけど、それ以外にも色々と背負っちゃたんだよね。
だから僕は逃げないし、絶対に諦めない」
そして週末。
何時ものように週末ソルジャーとなるべく、アキトとアカツキ達はジープで移動をしていた。
「で、その怖〜い爺さんに渡されたのがこの書類?」
「何を考えてるんだかねー
来週の中頃にはミスマル提督との会談の予定が、やっと取れたっていうのに」
何時ものようにマウロと駄弁っていたアカツキが、苦手意識の塊のような爺さんから渡された紙切れを眺めていた。
そこにはこれから訪れる演習場の近くにある広場に、明日の日曜日の午後に訪問しろという内容が簡潔に記載されていた。
「ちなみに、ミスマル提督との会談にはテンカワ君は強制連行だよ、向うからもご指名されてるし」
「えー、堅苦しい会談とかは勘弁して欲しいんだけどなぁ」
「ミスマル提督には以前世話になったんだろ?
じゃあ、顔位見せるのは当然の礼儀だろう」
「まぁねぇ・・・しかし、アカツキに礼儀を説かれると凄い違和感があるな」
「おいおい」
アカツキからの命令を聞いて、一応嫌そうな顔をするアキトだが、内心ではそろそろ潮時かとも思っていた。
最初は予想もしていなかった居心地の良さに、ついつい浸っていたが時間は止まらない。
地球に降りてから様々経験を積み、少しは視界を広くする事に成功したアキトは、以前とは違う考えを持っていたのだ。
そんな時、マウロが拡げていた地図を見ながらアカツキに注意を促す。
「地図で見た限り、狙撃に適した土地でも無いなー
ま、僕なら一発で撃ち抜ける場所が、3箇所ほどあるけど」
「え、どこどこ?」
「狙撃ポイントを探すのも訓練の一つだよ、自分で考えなさーい」
マウロからそう指摘をされて、アカツキは真面目に地図を凝視しだす。
流石に自分の命が掛かっているので、その表情は真剣そのものだった。
そんなアカツキに隣に座っていたアキトが、朗らかに笑いながらフォローを入れた。
「狙撃されたらさ、避ければいいんだよ、アカツキ」
「君は黙ってろ」
土曜日の過酷な訓練が終わり、アカツキが疲労からテントでバテていると美味しそうな匂いが届いてきた。
そろそろ食事時かとテントから這い出したアカツキは、鼻歌交じりに料理をするアキトを見つけて驚く。
「テンカワ君、何をしてるんだい?
って見た限りでは、料理しか考えられないけどさ」
「悪いか?
これでも見習いコックなんだぞ」
そう言われると、お玉を持っている姿が様になって見えるから不思議だ。
そしてアキトはアカツキの相手をしながら、シチューの入っている大きな鍋を掻き回し続けている。
「いや、君ってシークレット・サービスが本業じゃんか。
ついでにテストパイロットとかもやってるし」
「そっちが副業だ」
「・・・まあ、本人が主張する分には問題ないか」
色々と言い返してやりたかったアカツキだが、空腹に負けてそれ以上の言葉は胸の内に控えた。
その後、隊の面々や普段の訓練に参加している傭兵の人達もそれぞれのテントから抜け出してきて、珍しくレーションではなく温かい手料理に舌鼓を打った。
暫く間、賑やかで温かい時間が全員の間に流れた。
大量に用意していたシチューも、百人前後で食べれば一瞬で無くなってしまう。
それでもシチューを食べた人達は、アキトに礼を言いながら笑顔でそれぞれのテントへと帰って行った。
「ごちそうさん。
そうそう失敗する料理じゃないから腕は分からんが、それでも美味かったよ」
「うーん、もしかして私より料理の腕が上?
下拵えとかも丁寧にやってあるし。
それならちょっと悔しいかも」
マウロの食器を一緒に引き取りながら、リサが複雑な表情で話しかける。
「だから、さっきから言ってるけど見習いコックなんですってば」
「「「白々しい嘘を言うな」」」
アカツキ、マウロ、リサに同時に否定をされたアキトは、その場で膝を抱えていじけてしまった。
この場に普段からアキトの料理を食べているユウが居れば、何らかのフォローが入ったかもしれないが、今回に限ってユウは参加をしていなかった。
何でも道場の弟子達に温泉旅行に誘われたそうなので、嬉々として出掛けていったのだ。
「まあまあ、害の無い個人の趣味を責め立てるものじゃないですよ。
それよりも、美味しい夕飯に有りつけた幸運を喜びましょう」
話の内容的には、アキトが見習いコックだと認めていないキリュウの台詞に、アキトは何とも複雑な表情で立ち上がった。
「折角、普段世話になっている皆にご馳走しようと思って、材料も器材も自費で揃えたのに。
・・・もう二度と作ってやるもんか」
「はいはい、そんな狭量な事は言うもんじゃないですよ。
まあ、出会った頃より周りを見る余裕が出来たのは良い事ですね。
そんなアキト君にプレゼントを上げましょう」
キリュウが拗ねているアキトに向けて、あらかじめ用意していたプレゼントを差し出した。
アキトは首を捻りながら、布に包まれたそのプレゼントを受け取る。
しかし、アカツキを除く他の面々には、そのプレゼントの正体を知っていた。
「ちょっと、お父さんそれって!!」
「おいおい、マジ、かよ」
「・・・久しぶりに見るな」
「え、なになに?」
リサ、マウロ、ローダーが驚愕の声を上げ、話題に着いていけないアカツキが不思議そうに周りを見回す。
アキトも受け取った事により、それが何であるか気付き訝しげな視線をキリュウに向けた。
「封を解いて下さい」
アキトはきつく縛り付けられた紐を解き、覆いかぶされた布から中身を無言のまま取り出す。
そこには黒塗りの鞘に収まった日本刀が有った。
「鞘と柄、そして鍔は新調しましたが、本身は生前リュウジが使っていた特殊鋼をそのまま付けています。
アキト君にこの刀を渡す事については、既に先生にも了承を取っていますから問題有りませんよ」
「でも、そんな大切なモノを・・・」
自分が受け取った刀の由来を知り、アキトは心底から驚愕した。
今は亡き親友との思い出の品を、キリュウはアキトに贈ろうとしているのだ。
「本来は先生から手渡される予定の刀でしたが、私が無理を言って代役をさせてもらったのです。
まだまだ修行が足りない所が有るそうなので、言ってみれば仮免の授与みたいなものですね。
早く先生から免許皆伝がもらえるよう、今後も精進して下さい」
「・・・はい!!」
受け取った刀を握り締めながら、アキトはキリュウに向けて深々と頭を下げた。
「今頃は現地で訓練中かの」
娘の淹れた珈琲を飲みながら、ミキ カズユキは物思いに耽っていた。
アカツキからミキの爺さんと恐れられていた覇気は、現在の所まるで見当たらない。
そこには疲れたように肩を叩く、小柄な初老の男性が居た。
「お父様、珈琲のお代わりを淹れましょうか?」
「ああ、有難う。
しかし、半年ほど会わない間に、あそこまで成長するとはな」
アカツキとの会話を思い出し、クククと楽しそうにカズユキは笑う。
最初に出会った子供の頃から、そのやんちゃ振りを何度も叱った想い出がある。
そんな子供が、何の因果か父親と兄の後を継いでネルガルという大会社の会長に納まった。
本来なら親友の遺言に従い、アカツキをネルガルに係わらせるつもりなど無かったのに。
それが社長派の陰謀によって、防ぐ間も無くお飾りの会長に祭り上げられてしまった。
「ワシの判断が間違っていたのかな、あれほどの人物に成長するとは」
「お父様、ナガレ君だけの力で成長をした訳じゃないわ。
周囲を取り巻いている人達が、皆素敵過ぎたのよ。
もっとも、そんな人達を招き寄せたナガレ君の運気が、やっぱり凄いって話かもしれないけど」
父親の独り言のような台詞に、サヤカは自分の考えを述べた。
「そうだとしても、本人の才覚はやはり関係あるだろうよ。
あのキリュウのプランに乗って、色々と経験させてきたのは無駄じゃなかったという事か」
「最初に軍事キャンプに連れ出すと言われた時は、もの凄く驚いたわよね」
全てはキリュウがプロスペクターから依頼を受けた所から始まった。
アカツキの現状を確認し、本人の意識改革が必要と判断をしたキリュウは、周囲の関係者にアカツキの性格矯正プログラムをぶち上げた。
最初はその強引な内容に反対をしたカズユキとサヤカだったが、どうしても必要な処理だと説き伏せられた。
ある意味、アカツキの事を誰よりも知っているサヤカは、直ぐにこの環境からアカツキは逃げ出すと予想をしていた。
しかし、サヤカのそんな予想を超えて、ネルガル会長就任当時の気弱で怯えた態度はなりを潜め、ふてぶてしい自信を持った青年へと変貌をつげた。
そして、アキトという予想外の人物を巻き込みながら、軌道修正を掛けつつキリュウのプラン提案は今も続いている。
「あの覇気といい言動といい、若い頃のアイツを思い出したな」
「今回の話も上手く纏まるといいですね」
「そうだな・・・」
キリュウの提案を受け入れてあえて何も情報を渡さぬまま、アカツキにまた今回の試練を演出したのだが。
自分で用意をしておきながら、決して低いハードルではないだろうと、カズユキは次の試練について思いを馳せた。
アキトの手料理と、望外のプレゼントが振舞われた翌朝、寝坊をする者など当然ながら存在せず、全員が揃って早くから活動を開始していた。
「ふっ!!」
キン、と澄んだ音を残して抜刀された筈の刀が、音だけを残して瞬時に元の鞘に納まる。
そしてアキトの背後では、両断された弾丸が木々にめり込んでいた。
「って、片手間に弾丸斬るな!!
どこまで人間止めてるんだ君は!!」
朝食前の自己鍛錬として、的に向けて射撃訓練をしていたアカツキは、的の手前で見事に切断された弾丸に呆然とした後、それを成した人物に対して激怒した。
「失礼な奴だな、師匠にも出来ることだぞ」
「じゃあ言い直してやる、君達師弟は人間止めてる」
「何だとー」
「寄るなこの人間凶器!!」
パンパンという音と、キンキンという音が連続して朝靄の空に響き渡る。
そんな騒ぎを横目にしながら、キリュウは不味そうにマウロが淹れた濃すぎる珈琲に口を付けた。
「リュウジに対して、昔やった事を思い出しませんか?」
「ああ、確かに同じ様な事をやりましたよー」
キリュウから話を振られたマウロが苦笑をしながら、焚き木にかざして温めていたパンを、リサが差し出した皿の上に置いた。
遠い昔の記憶となってしまったが、当時は相手にされていない事に剥きになって、四六時中リュウジの命を狙っていた。
その稚拙な罠は全て防がれ、正面から放った銃弾すら斬り裂かれた時には死を覚悟したものだった。
「でもアキト達のあれって、じゃれてるだけですよ?
俺達みたいな殺伐とした関係じゃないですよー」
「ふふふ、マウロにとってはそうだったかもしれないけど、リュウジさんは息子が出来たみたいだって喜んでいたんだよ。
次はどんな仕掛けをしてくるんだろう、ってわくわくしながら私に毎回話してくれてたもの」
「マジかよ・・・あの野郎、純真な子供で遊びやがって」
今更リサによって明かされた衝撃の事実に、思わず目頭を押さえるマウロ。
その表情を覗き込むような野暮な事はせずに、リサは少し焦げ目がついたパンをキリュウの元に運んできた。
「でもアキトのやってる事って、リュウジさんが最盛期の時にしてた事だよね?」
「天才っていう存在はそういうモノです。
凡人が必死に溜め込んだ経験や業を、一足跳びで習得していく。
そう言う意味では、アキト君と我々の間にアカツキ君が居る事は幸いでしたね」
「どうして?」
リサの問い掛けに答える前に、キリュウは珈琲を一口含んで考えを纏める。
「天才は天才の感覚でしか物を語れないんですよ。
以前も話しましたが、他人に何故ソレが理解出来無いのか分からないんです。
だから我々凡人には、天才の考えや感覚が理解出来ない。
故に徐々に距離が開いていく。
でもアキト君にはアカツキ君という、ある意味心を許した親友というフィルターが存在します。
我々の言葉はアカツキ君を通してアキト君に伝わるし、アキト君はアカツキ君の存在故に孤高を保つ必要も有りません。
何時の世も天才と呼ばれる人間は、孤高で孤独で寂しがりなんですよ」
「ふーん、それってお父さんとリュウジさんとお母さんの関係みたいなもの?」
「恥ずかしい話ですが、私はそう思ってますよ」
義理の娘からの指摘を受けて、思わず照れ笑いをしながらキリュウは回答した。
「おー、本当に仮設テントが建ってるよ・・・」
「だだっ広い広場に白い仮設テントって、凄い場違いな存在だよな。
人影で判断する限りだと、中に居るのは2名ほどか?」
午後になってミキ カズユキから指定された地点に移動した後、草むらに伏した状態で隠れながら双眼鏡を覗き込むアカツキ。
そのアカツキの隣では、肉眼でテントを発見したアキトが同じ様な感想を述べていた。
ちなみに、アカツキの双眼鏡からは人影を確認する事は出来なかった。
「・・・テンカワ君、君って視力幾らさ?」
「最近は計った事無い」
「あっそ。
さて、とりあえず時間に余裕は有るけど、先方が到着しているのなら待たせる訳にはいかないかな。
まさかテントに入った瞬間、爆発とかは無いでしょ」
「その場合、冥福を祈ってやるよ」
「・・・いや、助けようよ」
等と馬鹿々々しいやり取りをした後、アカツキは一人で野戦服のまま手ぶらで仮設テントへと向かった。
会談という話ならば、本来ならスーツでも着ていく所だが、生憎と今は手元にスーツなど無い。
武器も何も持っていない状態だが、アカツキは少しも心細い等と思ってもいなかった。
やがて何事も無く仮設テントに辿り着いたアカツキは、気軽な口調で入り口に話しかけた。
「ネルガル会長のアカツキですが、何方かおられますか?」
「・・・お一人ですか?」
「後ろに仲間は大勢居ますけどね」
意外にも若い女性の声で返答が有ったので、少々驚きながらもアカツキは何時ものようにおどけてみせた。
その返答を聞いた相手は少々気分を害したようだが、無言のままテントの入り口が開いた所を見ると、どうやら追い返すほどでは無かったようだ。
「お入り下さい」
「はい、失礼します」
入り口付近に立っていたスーツ姿の強面に驚きつつ、テント内に用意されたテーブルにアカツキは誘導される。
アカツキが指定された椅子の対面には、長い黒髪を持った苛烈な意志を瞳に宿す白いサマードレスを着た、凄い美人が座っていた。
見覚えが無い美人の登場に、追わず口笛を吹きそうになるのを堪えてアカツキが席に着くと、スーツ姿の男は美女の後ろへと移動した。
「初めまして、ネルガル会長のアカツキ ナガレです」
「こちらこそ初めまして、アカツキ様。
私の名前はカグヤ オニキリマル。
明日香・インダストリー会長の一人娘ですわ」
流石に驚きを隠せないアカツキは、カグヤの自己紹介の後直ぐに言葉を発する事は出来なかった。
まさかこんな辺鄙な軍事練習に使われるよう土地に、明日香・インダストリー会長の一人娘が来訪するなど予想のしようが無い。
アカツキが積極的に、明日香・インダストリーが開催するパーティ等に出ていれば初対面になどならないだろうが、その手の誘いを断り続けたツケがここで回ってきていた。
もっとも、パーティに出れなかった理由が週末ソルジャーのせいなので、アカツキだけの問題とは言えないのだが。
「いや、驚いたね、まさか明日香・インダストリーの跡取りがこんな所に来るなんて」
「こちらこそ、驚きましたわ。
まさかネルガル会長という重職に就かれている方が、毎週末にサバイバルごっこをしているなんて」
そう言いながら嘲るような視線を、野戦服姿のアカツキに向ける。
その視線を受けたアカツキは、逆に苦笑をしながらその意見を肯定した。
「良いストレス発散にはなるんだよ、コレが。
何と鬼軍曹というキャラまで居るから、そうそう手も抜けないしね。
まあ、出来る男って奴は休日の楽しみ方を知ってるもんさ」
「随分泥臭い趣味ですこと」
ふん、とばかりに不機嫌そうに顔を横向けるカグヤに、アカツキはシャワー位浴びてくるべきだっと内心で冷や汗を掻いていた。
もっとも、身嗜みを整える時間が取れなかった理由は、アキトと馬鹿騒ぎをしていたせいなので自業自得なのだが。
「さてこちらは場所を指定されただけで、カグヤさんが何故此処に居るのか知らないんだけど。
そっちも似たようなものなのかな?」
「私の方も特に用事は有りません。
お父様から指示があったので、こんな不快な場所に足を運んだだけです」
「・・・お嬢様」
後ろの護衛らしい男が、注意をするようにカグヤに話しかける。
その声を聞いて、美貌を少し忌々しそうに歪めた後、カグヤは努めて冷静な声で話を続けた。
「簡単に言えばアカツキ様の品定めが目的です。
社長派に追い出された後、明日香・インダストリーに取り込んで問題が無いかどうか。
その為の面接のようなモノですわ」
「へー、それは何とも有り難いお話で」
実際、アカツキは有り難い話だと思った。
社長派に追い出された後、多分株式を含むアカツキの財産は全て没収されると予想されるからだ。
自分が逆の立場でも、相手に復帰の道を残すような事をしたりしないだろう。
そして、逆に言えばそんな一文無しを保護しようという明日香・インダストリーの人の良さに、心の底から感心した。
「こちらとしては、社長派に乗っ取られたネルガルに対する牽制用の駒、程度にしか考えていません。
つまり飼い殺しの状態になるだけですわよ?」
「いやいや、生きてるだけでも感謝するよ。
もっとも社長派に負ける気は無いけどね」
「・・・こちらもネルガルの情報は、常に把握しておりますのよ?
確かにここ最近の会長派の動きは活発ですが、アカツキ様の株保有数は過半数には届かないのでは?」
社長派の保有する株保有率すら知っていると豪語するカグヤに、アカツキは肩を竦めて回答を拒否した。
確かに自分の保有する35%程度の株式では、社長派が持つ40%近い保有数に及ばない。
だが、此処にミキ カズユキが持つ5%が加われば話は大きく変わるのだ。
今はそのミキの爺さんを口説き落とすべく、自分の実績を積み重ねるしかないとアカツキは思っていた。
「自分一人なら早々に諦めてたかもしれないけどね、こんな僕の背中に乗っかってる人達も意外と居るんだよ。
友人や同僚の期待に応えれないのも悔しいし、やれるだけの事はやるさ。
まあ、そちらの申し出は有り難く思ってますと、会長に伝えておいてくれるかな」
「・・・現状も分からない人が揃って、どんな大言を吐いていますか」
始終、小馬鹿にしたよな態度を崩さないカグヤに、アカツキの堪忍袋も限界に近かった。
自分自身については侮られる事に馴れているが、友人・同僚については許せないという気持ちが強い。
「そっちこそ、人の家の内輪もめおこぼれを漁る前に、自分の家を心配しなよ。
ネルガルだけが明日香・インダストリーの敵じゃないでしょ」
「貴様っ!!」
火事場泥棒扱いをされて顔を赤くしたカグヤ。
それに反応をしたのは、後ろに控えていた護衛だった。
懐に入っているブラスターを素早く抜き出し、アカツキの額にポイントをする。
勿論本気ではない、おぼっちゃんの遊び程度のサバイバルをしているアカツキに、本当の殺気を経験させてやるつもりだったのだ。
しかし、アカツキはその殺気を受けても動揺する素振りは無く、詰まらないモノを見たとばかりに欠伸をしていた。
「それ以上動くと、自慢の同僚と友人に手痛い目に会うから止めとけば?」
何時の間にか背中に突きつけられていたナイフと、自分とは比べ物にならない研ぎ澄まされた殺気に当てられて、護衛の男は硬直をしていた。
そしてアカツキに向けて差し上げたブラスターに至っては、銃身の半ばから先が地面に転がっている。
一瞬にして自分の身に起こった事が理解できず、護衛の思考は混乱の極地にあった。
「ローダーさん、一応本気じゃないみたいですし解放してやって下さい」
「・・・」
アカツキの言葉により背後の殺気が消え去り、それと同時に背中に当てられていたナイフの感触が消えた。
「それとテンカワ君、誰が賠償するんだよあのブラスター?
いくらプレゼントが嬉しかったからって、何でもかんでも斬るもんじゃないよ」
「え? アカツキでいいんじゃないのか?
エリナさんに経費扱いでお願いして」
「いや、無理だからそれ」
カグヤと護衛の視線が、何時の間にかアカツキの隣に立つ、鞘に入った日本刀を手に持った逞しい青年に集まる。
中肉中背ながらも鍛え抜かれた身体と、黒髪を適当に切りそろえた朴訥な青年が立っていた。
青年はゆったりとした自然体なのに、全然隙が見当たらない佇まいをしている。
何処にでも居るような青年なのに、護衛は何故か前に立っているだけで逃げ出したくなるようなプレッシャーを、その身に感じていた。
先程背後に感じていた殺気の持ち主は「怖い」が、目の前の存在は「理解不能」だと荒事の世界で生きてきた本能が最大限の警鐘を鳴らしている。
「悪いと思ったけど、周辺に配置していた護衛は眠ってもらったよ。
別段見張りだけが目的だったみたいだから、全員その場で眠らしてある」
「それは、有り難い、な」
冷たい汗を流しながら、搾り出すように護衛は目の前の存在に言葉を返した。
本能に従うならば、そのままカグヤを背に庇い直ぐにこの場を逃げ出したい所だった。
護衛の感覚からすれば、こんな存在の隣でリラックスをしているアカツキも異常な存在に見えた。
当初感じてた坊ちゃんという感想自体、こうなると騙されていたのだろうと思った。
「さて、この後はどうしたもんかね?」
「アカツキの好きにすれば良いだろ。
俺はまた背後に控えておくよ」
「うん、頼むよ」
だが、そんな緊張感に包まれたテント内も、呆然とした顔でアキトを見てたカグヤの一言により崩壊した。
「・・・嘘、アキト様なの?」
「やってらんねぇー」
「まあそう言うなよ、世の中は面白い話で満ちてるもんさ。
つまり格好をつけたアカツキは、オチに使われる」
夕闇が迫る中、トラックの中で黄昏るアカツキに、楽しそうに追い討ちを掛けるマウロ。
「うわ、ますますやってらんねぇー」
更に心に深いダメージを受けて、スライムの如くだらけるアカツキ。
そんなアカツキの姿を、引き攣った笑顔でアキトは見守っていた。
左腕を上機嫌なカグヤに抱きかかえられたまま。
「というかさ、ミスマル提督の一人娘に、明日香・インダストリーの跡取り娘の幼馴染って・・・
どういう交友関係だったのアキトの火星時代って?」
こういうゴシップが大好きなのか、楽しそうにリサがカグヤに尋ねてくる。
「まず、同年代の子供が居ない環境でしたわ。
ですからアキト様とユリカが、私の唯一の遊び仲間であり幼馴染でした。
お父様の仕事の関係で、私だけ火星を離れる事になった時には、アキト様に縋り付いて大泣きをしたものですわ」
「で、アキトとの関係は?」
「勿論、将来を誓い合った仲ですわ!!」
アカツキとの初対面時とは違い、瞳を輝かせて活き活きと断言するカグヤに、隣に座っているアキトは相変わらず引き攣った顔のままだった。
よくよく話を聞いてみると、カグヤが不機嫌だった理由は父親が無理矢理セッティングした、アカツキとの「お見合い」が原因だった。
カグヤの父親はアキトの事を一途に思い続けているカグヤに、物は試しと最近になって評判が鰻上りであるアカツキを会わせてみようと思ったのだ。
最初に父親から聞かされた理由は「品定め」だったが、その裏にある意図をカグヤは正確に見抜いていた。
その為、自分でも子供染みてると思いつつも、アカツキに対して嫌われるような態度を取っていたのだ。
もっとも、その父親のお節介の結果として、想い人に再会出来たのだから世の中は分からないものである。
そして今、着いてこようとする護衛すら断り、身分からすればアカツキと同じく不釣合いなトラックの中で、アキトと一緒の幸せを満喫している。
「ふむふむ、これは面白い展開!!
それでアキトはカグヤさんの事をどう思ってる訳?」
「・・・滅茶苦茶楽しそうだよね、リサ姉さん。
まあカグヤちゃんの事は思い出したけど、まさか明日香・インダストリー会長の一人娘だとは思わなかったな。
こうして幼馴染に再会できた事は、素直に嬉しいよ」
「私も運命を感じますわ、アキト様!!」
「本当にやってらんねぇー」
「これはミスマル ユリカって娘に会った時が楽しみね!!」
「おお、それはまた凄い三角関係だなー
東南アジア方面軍の次期トップの御令嬢と、明日香・インダストリー会長の一人娘が相手とは。
・・・僕でも遠慮したいね、ここまでくると」
カグヤに席を譲り、助手席に身体を移したキリュウは背後の会話を聞いて苦笑をしていた。
当初の予定していた内容とは大分異なるが、明日香・インダストリーの助力を全面的に得られるようになった事は大きな進展だった。
「いやはや、予想外にも程が有りますね。
さて、この後はどうしたものですかねぇ」
困った困ったと言いながら、自分のプランを無自覚のうちに悉く壊していくアキトに、キリュウはその笑みを消せないでいた。
「ちょっと待て、まとめて始末するとはどういう事だ!!」
ネルガルの社長室にムトウの絶叫が響き渡る。
秘匿回線の通信相手に、思い止まる様に必死に説得をするが、相手は気にもしていないようだ。
やがて一方的に通信は切られた。
「明日香・インダストリーの一人娘が一緒に居るだと?
どんな状況なんだ、あっちは!!
くそっ、このままではネルガルだけが悪者にされてしまう」
その上、責任を被せる相手まで一緒に消される可能性が高いのだ。
自然とムトウの顔色は青白くなっていった。
古豪の明日香・インダストリーには、成り上がりとして見られているネルガルやクリムゾンと違い、政界・財界への影響力は桁外れだった。
もしその一人娘に何らかの不幸が訪れ、なおかつその責任がネルガルに有るとすれば、目も当てられない状況になる。
それは、たとえ会長派という存在を葬り去れたとしても、余りにデメリットが大きすぎた。
「・・・逆に会長達が生き残る事を祈るしか無いのか」
一心不乱に取り組んだ仕事の結果がコレでは、余りに救いが無いではないかと、ムトウは窓に映る虚ろな目をした男に呟いた。
襲撃は突然だった。
アキトはその研ぎ澄まされた感覚に、上空に居る異質な存在を感知した。
歴戦の傭兵達はその経験から、危険が迫っている事を感じ取った。
人の感情の機微に敏感なアカツキは、周囲の人間が発する緊張感により、何か問題が発生している事を察知した。
「カグヤちゃん、跳ぶよ!!
アカツキも着いて来い!!」
「え、はい!!」
「何かさ、扱い悪くない?」
アキトの突然の宣言に驚きながらも、その身を寄せてカグヤは全てをアキトに任せる。
アカツキは愚痴を言いながらも、アキトと一緒にトラックから飛び降りた。
次の瞬間、上空から襲い掛かったミサイル群が纏めてトラックに突き刺さり、爆音を当たりに響かせた。
流石に誰も死傷者は出なかったが、これで逃げる為の足は失われた。
自分達の現状と上空から迫り来る無人兵器達を見て、キリュウは素早く指示を出す。
「ローダー!! マウロ!!
アカツキを守りながら山に入れ!!
アキトはカグヤ嬢の警護、傷一つ付けるなよ!!
リサは私と一緒に退避、その後で他の傭兵団との連携を構築しろ!!」
「イエッサー!!」
全員が綺麗に揃った返事をし、不敵な笑みを浮かべながらその場を素早く去っていく。
それを見送りながら、キリュウは懐に予め準備をしていたスイッチを人知れず押した。
「げっ、チューリップが飛んでるよ」
「マジ?」
「マジマジ」
周囲を警戒しながら逃げる途中、マウロはライフルのスコープで上空を見渡し、チューリップの巨体を発見した。
その報告を聞いて、いい加減無人兵器に慣れたアカツキも、流石に驚いた顔をする。
「・・・三度目の正直、か」
「キリュウ隊長の予想してた、木星蜥蜴と社長派が繋がってるってやつ?
どうやら本当っぽいねー」
珍しく溢されたローダーの呟きに、思わずマウロも移動しながら返事をしてしまう。
「というか、凄い数の無人兵器がチューリップから出て来てるんですけどー」
「あれは無理、絶対無理、逃げるしかないでしょ」
無言のまま先頭を走るローダーの後ろを、アカツキ、マウロの順で山へと逃げ込んでいった。
「リサ、傭兵達の位置は判明したか?」
「はい、予定通りの位置に全員着いています。
ただ、現行の携帯火器では無人兵器は何とか倒せても、戦艦とチューリップは無理です」
岩陰に隠れながら、リサが手元のウィンドウを操作して周辺のマップと、そのマップ内に配置されている傭兵達を表示する。
予めこの襲撃を予想していたキリュウだが、相手が形振り構わず攻めて来た為、火力が圧倒的に不足していた。
さすがのキリュウも、チューリップが襲撃してくる可能性は低いと思っていたのだ。
「10分持てば良い。
何としてもアカツキとカグヤ嬢を生き延びさせろ。
デルタ1とデルタ2の部隊で、アカツキの撤退経路をバックアップ」
「・・・イエッサー」
選ばれた部隊がまず全滅する事が分かるだけに、リサの返事は少し遅れた。
その事を責めもせず、キリュウは厳しい表情で遠方に見えるチューリップを睨んでいた。
「アキト達はどうしている?」
「現在位置をロスト。
どうやら洞窟なり、地下に入ったみたいです」
「・・・奴の腕を信じるしかないか」
周辺に着弾する音を聞きながら、アカツキは必死に走っていた。
この日の為に鍛えていたと思うほど、追い詰められた身体は悲鳴を上げながらも、山道素早く移動する事が出来た。
しかし、所詮は地面を走る生き物では、空を飛ぶ無人兵器に適う筈もなく。
徐々に聞こえてくる背後の破壊音に、アカツキの首筋は死の予感に粟立っていた。
「しゃがめ!!」
目の前に飛び出してきた傭兵の一人が、携帯型のロケットランチャーを構えながら怒鳴り声を上げる。
その声に弾かれたように、疾走をしていた三人は地面に身を投げ出した。
「くたばりやがれ!!」
リーダー格の号令に従い、4人のロケットランチャーからミサイルが飛び出し、比較的低空を飛んでいた無人兵器に突き刺さった。
次の瞬間、アカツキ達の上空で大爆発が起る。
爆発の余波に吹き飛ばされた後、アカツキは素早く起き上がり隣の人物を抱き起こした。
その人物は無人兵器の爆発が起る瞬間、アカツキの上に覆いかぶさり衝撃を最小限に和らげたのだ。
「大丈夫ですか!!」
「けっ、ひよっ子が人の心配をする前に自分の心配をしな」
頭部がから血を流し、顔の半分を赤に染めながらも、その傭兵はふらつきながら立ち上がり叫んだ。
「早く撤退を続けろ!!
まだあのくそったれの無人兵器は追いかけてくるぞ!!」
「じゃあ早く一緒に!!」
アカツキが逃げようと言おうとした瞬間、血だらけの傭兵が笑った。
その周囲に居る傭兵達も笑っていた。
「俺達は死に損ないの古い傭兵だ。
家族も居ねぇ、居場所もねぇ、自慢できるのは殺した人の数だけよ。
最初は金持ちの道楽だとお前さん達に付き合っていたキャンプだが、良く頑張ったじゃねぇか」
「全くだ、言ってみれば傭兵団が俺達の家族みたいなもんだからな。
なら若い奴等を残す為に、老人が頑張るのは仕方がねぇ」
「おいおい、俺はまだ若いつもりなんだが?」
「この前愛人に爺さん呼ばわりされて振られた、って怒ってたじゃねぇかよ」
その言葉を合図に大笑いした後、血だらけの傭兵が改めて撤退を催促した。
「お前さんとアキトの坊主が生き残れば、俺達以上に大きな事が出来る。
それだけは馬鹿な俺達でも分かる、それが命を掛ける理由だよ。
だからさっさと行きな!!」
血だらけの手で背中を叩かれて、アカツキは顔を伏せて走り出す。
この場に自分が残っていても、結局何も出来ない事が分かっているから。
そして、彼等の信念を自分の言葉では動かせない事が分かったから。
走り出したアカツキの左右を、ローダーとマウロが神妙な顔で固めた。
「アキトの坊主に、シチュー美味かったって伝えといてくれや!!」
傭兵の最後のメッセージが走り去るアカツキの背中を叩いた。
「へっ、やっと行きやがったか、あの坊ちゃんは最後まで手間掛けさせやがって。
こちとら、内蔵をもっていかれて、やせ我慢も辛いってんだよ」
「まあ先に逝っとけや、直ぐ借金の取立てを兼ねて追いかけてやるからよ」
「ぐっ、げほっ・・・お前って奴は、あの世まで金かよ。
はぁはぁ、なあ、アイツ等どんな手柄を立てると思う?」
「俺達の命を背負うんだ、東南アジア位は救って欲しいなぁ」
「馬鹿言う、なよ・・・そんな程度で、満足するかって、の・・・
地球くらい救って、見せろって・・・」
「ああそうだな、地球位軽く救うだろうさ」
「・・・」
「・・・お疲れさん。
さて、キリュウ隊長との約束通り、俺達も最後の踏ん張りをするか」
「だな、あの世でコイツに無様な所は見せられねぇ」
「せいぜい、派手な花火を上げてやるさ」
左右から襲い掛かってきた男性達を、峰打ちで叩きのめす。
周囲は闇に閉ざされていたが、気配で相手を捉える事が可能なアキトに死角は無かった。
「スタンガン? 生け捕りを目的にしているのか?」
手探りで気絶した男達の装備を確認し、暗視スコープの他にスタンガンらしきものが有る事をアキトは知った。
カグヤを抱えていた為、どうしても移動速度に縛りが出来るアキトは、敵に誘導されるように近場の鍾乳洞に追い込まれていた。
外に居たところで無人兵器に襲撃されるだけと判断をしたアキトは、罠と分かっていながらも鍾乳洞に飛び込んだのだった。
「アキト様、この方達は一体?」
「さあね、俺には分からないな。
思いつく限りでも、ネルガル社長派、クリムゾン、明日香・インダストリーも入るのかな?」
「お父様が私を害する理由は有りませんわ」
「確かにその通りだと思うけど。
なら、残りの二つのどちらか・・・もしくは両方か!!」
カグヤを背後に庇いながら、周囲から放たれた銃弾を斬り飛ばす。
この状況下においてすら、ユウから叩き込まれたアキトの業は冴え渡っている。
「半年前の俺だと、既に詰んでただろうな」
心の中で師匠に感謝を奉げながら、アキトは刃を鞘に仕舞いこんだ。
そして敵の気配が漂う方向に顔を向け、人数を把握した後こちらから打って出る決意を固めた。
「カグヤちゃん、これから敵を排除する。
君は此処で待っててくれるかい?」
「分かりました、お待ちしております」
自分がアキトの足枷にしかなっていない事を理解しているカグヤは、置かれた状況に怯えながらも気丈に笑ってみせた。
そんなカグヤを元気付ける為、艶やかな髪と一緒に頭を撫でた後、アキトは無音のままその場を去った。
「どうか、ご無事で・・・」
再開してから短い時間しか経っていないが、カグヤは自分が選んだ男性の安全を心の底から祈っていた。
『駄目ですリーダー!!
暗視スコープで相手を一瞬確認出来ますが、銃撃では捕らえる事は出来ません!!』
「泣き言を言う前に頭を働かせろ!!
此処は空間が限定された洞窟内なんだぞ!!
ましてや相手には暗視スコープなぞ持っていないはずだ!!」
『分かっています!!
ですが銃弾を集中しても動きが捉えられ無いし、刀で銃弾を叩き斬るような奴を――――――』
部下の悲鳴を残して通信は途切れた。
先程まで耳鳴りがするほど発生していた射撃音も、今では一つも聞こえてこない。
自分でも臆病過ぎると思う程の戦力と、入念な準備をもって望んだ作戦が、何時の間にか瓦解している事にリーダーと呼ばれた男は気がついた。
それも日本刀一本という、笑えるような武器を携えた相手によってだ。
「・・・化け物か」
そもそもの目的はネルガル会長であり、その付録としてテストパイロットを亡き者する予定だったのだ。
それが明日香・インダストリー会長の一人娘という極上の得物の登場により、急遽予定の変更を行った。
自分の功績を完全なモノとするため、自分自身で現場に出て来たのも予定外と言えばその通りだ。
呆然とするリーダーの背後から、鬼気を込めた声が掛かったのは次の瞬間だった。
「お前がリーダーって奴か?」
無言のまま背後に振り返りながらマシンガンを乱射する。
しかし、次の瞬間には銃身は半ばから断たれてしまい、ただの役に立たない鉄屑へと化していた。
「それ以上反抗するつもりなら、手足の一本は失う覚悟をするんだな」
防刃機能をもつ筈の強化スーツが容易く切り裂かれ、喉元から血が流れるのを感じながらリーダーは動きを止めた。
目の前に居る存在が、自分等では到底理解出来ない化け物である事を肌で感じ取ったのだ。
両手を挙げて降参のポーズをするリーダーを油断無く見張りながら、アキトは右手側に感知している気配に向けて声を掛けた。
「おいダテ、お前も出て来い」
「な、何で俺の事が分かったんだ?」
肥満体を揺らしながら、クリムゾンのシークレット・サービスであるダテ サトルがブラスターを片手に現れた。
覚えのある気配を感じたので声を掛けたところ、馬鹿正直に現れたダテの姿にリーダーは舌打ちを、アキトは苦笑を漏らす。
「お前が居たという事は、この襲撃はクリムゾンの陰謀って事だな」
「うぇ、いや、それはだなぁ・・・」
あたふたとアキトの推測を誤魔化そうとするダテだが、リーダーからの視線を感じたのか口を両手で押さえるという暴挙に出た。
その分かり易いジェスチャーに苦笑を深くするアキトだが、どうにも憎めないこの男をどうするかと、逆に困ってもいた。
キリュウの当初の作戦では、今回の陽動作戦である程度の情報を持つ上位者を、誘き出せると予想されていた。
既に相手の意図を見切っていたキリュウは、ここ最近続いている作戦失敗とミスマル提督との会談前に、何か仕掛けてくるだろうと踏んでいた。
そこで、アカツキという餌意外にも、カグヤという相手にとって垂涎物の餌を用意したのだ。
もっとも、カグヤについては現地に足を運んで貰った後、アカツキとの会談後直ぐに送り返すつもりだったのだが・・・
結局、アキトというイレギュラーのせいで、カグヤ本人の意思により囮役を続けて貰う事となったのだ。
今頃地上では、レイナとチーフがエステバリス改を積んだトレーラーで走りこみ、アカツキが乗り込んでいるだろう。
そういう意味では、アキトの作戦目標は目の前のリーダーを連れて帰れば完了という事になる。
アキトはこの時、敵戦力にチューリップが居る事を知らなかった。
もしその事を知っていれば、悠長にリーダーとダテを脅す事無く、素早く気絶をさせて地上を目指していただろう。
そして、アキトから見えない位置で、リーダーが指先だけでダテに向かって何か指示をしている事に気が付かなかった。
リーダーからの指示を受け、ダテは意を決したかのように走り出した。
「!!」
アキトの甘さによる一瞬の躊躇いが、ダテとリーダーの命運を救った。
走り出したのがダテではなく、リーダーならばアキトが躊躇う事も無かっただろう。
だが、現実はダテによる必死の疾走が報われ、隠されていた何らかのスイッチを押す事に成功し、地面に仕掛けられていた爆薬が炸裂した。
「ちっ!!」
流石に生身のまま崩落に巻き込まれるのは危険なので、アキトはリーダーを蹴飛ばし洞窟の壁に張り付く。
そしてリーダーとダテは地面と共に、更に暗い闇へと飲み込まれていった。
「俺やカグヤちゃんを捕まえる為の罠なら、下にクッション位あるかもしれないが・・・」
先程から何故か胸中で嫌な予感が増大しているアキトは、これ以上の深追いを諦めてカグヤの安全を優先する事にした。
気絶させたクリムゾンの工作員達が気になるが、大した情報は持っていなさそうだし、何より洞窟を抜け出す為に先を急ぐ。
無事なアキトの姿を確認し、涙ぐむカグヤを宥めながら地上に出たアキトが見たものは、怒りの咆哮を上げながら無人兵器に攻撃を仕掛けるアカツキの姿だった。
『待たせたな、アカツキ』
「・・・遅かったね、テンカワ君」
手持ちの弾丸を次々と無人兵器に撃ち込みながら、アカツキは冷めた目でアキトの遅刻を責めた。
そして改めて視線をチューリップに向けて、憎々しげに呟く。
「今日ほど、DFSが使えない自分を呪った日は無いよ」
『・・・』
「僕は今まで自分が死にたくないから頑張ってきた」
『ああ、そうだったな』
襲い掛かってきた多数の無人兵器の群れを、白刃と銃弾が瞬時に殲滅する。
「でも、今は死ねなくなった」
アカツキは、自分を逃がす為に命を張った傭兵達を思い出す。
彼等はこの半年間というもの、毎週のように週末を共に過ごした・・・家族だった。
けっして鈍い訳ではないアカツキは、この週末のキャンプが自分を守る為でもある事に気が付いていた。
だが、そんな事は別として、一個人としてのアカツキと、時に気さくに、時に厳しすぎる程の態度で接する彼等が好きだった。
焚き木を囲んで馬鹿騒ぎをした事も覚えているし、普段触れる機会などあるはずも無い傭兵の世界の話を、アキトと一緒に聞いたりするのが楽しかった。
――――――そんな彼等の身を挺した時間によって、今、自分は生き残っている。
会長という立場上、知らない所で人の生き死にに係わっていた事もあっただろう。
だが、我が身を挺してまで尽くしてくれるような社員など、本当に存在していただろうか?
アカツキの脳裏には、血だらけの笑顔で自分を送り出した彼の事が焼き付いていた。
「38人、僕の背中に命が乗った。
もう逃げ出す事は出来ないし、簡単に死ねやしない」
『・・・チューリップは俺に任せろ。
ただし出力の問題上、一度の攻撃で破壊は無理だ。
掛かりっきりで、数度の攻撃が必要になる』
「ああ、君の背中は僕に任せておけ」
そして、エステバリス同士で拳をぶつけ合う。
『任せたぜ、相棒』
「存分にかましてやれ、相棒」
そして、闇夜に浮かぶ白刃が、戦友達を弔う為に大空を駆けた。
「その結果、エステバリス一機でチューリップが撃墜されたってか?
これで三度目の失敗だから言い訳に必死なのは分かってるが。
・・・嘘をつくにしてももう少しマシな嘘をつけないのか」
立派なオフィスの奥に設置されている役職者用のデスクに座る男が、包帯姿の通信相手の答弁に呆れたような声で断罪する。
一度目は訓練中というネルガル会長を殺す為に、機動兵器を貸し与えた。
二度目は何かと目障りなミスマル提督を殺した後、そのままの流れで襲撃が出来るよう戦艦を含む大群を用意した。
そして三度目には明日香・インダストリー会長の一人娘という餌に踊らされ、チューリップまで用意をしたのだ。
その事如くが破壊されたとなれば、現場責任者の命等では到底済まされない問題だろう。
「確かに証拠映像は見たが、遠すぎて何が何だか分からん。
チューリップの周囲を、確かにエステバリスっぽい機体が飛んでいるが、それでチューリップが落ちたなんて誰が信じるものか」
必死に相手の非常識さを語る男の言葉を聞き流しながら、テツヤは面白そうな笑みを浮かべていた。
部下の不手際だけが原因ではない事を、既にテツヤは断片的に提出された情報から判断していた。
ネルガルが相手の場合、ナデシコ級の戦艦が応援に来ればチューリップも沈む可能性があると予想もしていた。
しかし、さすがのテツヤもエステバリスという機動兵器単体による、チューリップ撃墜は想像も出来なかった。
「俺が行った方が良かったかもな。
随分と楽しめそうな相手だ」
テツヤの口調に危険なモノを感じたのか、必死に挽回の機会を請う相手に、テツヤは気前良く許可を出した。
その上、その陸戦でも厄介だというテストパイロットに効きそうな策を、気前良く部下に授ける。
通信を切った後、珈琲を片手に部下のライザがテツヤに近寄りその肩に寄り掛かった。
「随分と楽しそうね?」
「まあな、あのキリュウのおっさんが、相変わらず元気そうで安心したんだよ。
わざわざ甘ったれなガキの目を覚ます為に、元部下の命を差し出しやがった」
キリュウという男を良く知っているテツヤは、今回の裏の真意まで見抜いていた。
「でも、元部下なんでしょ?」
「あのおっさんの元部下の忠誠心は、半端無いからな。
俺と違って命をくれって頼まれたら、全員喜んで差し出すさ。
もっとも、そんな命令をそうそう出すようなおっさんじゃないんだが。
・・・だが、確かにネルガル会長の意識を誘導するには有効だが、手段が強引過ぎる」
そうなると、もう一方の存在にテツヤの目が向く。
「もしかして、キリュウのおっさんの狙いはもう一人のテストパイロットか?
そう考えると、テストパイロットに関する情報が、あまりに少なすぎる理由にはなる。
ネルガル会長を隠れ蓑に使いやがったのか?」
長考に入ったテツヤの邪魔にならないように、ライザは寄せていた身体を離して自分のデスクに向かう。
その後姿を見送りながら、何かを勘付いたのかテツヤの口元に楽しそうな笑みが浮かんでいた。
「くくくく、そうだとしたら、因果だなぁおっさん。
あんたが今回はどう動くのか、楽しみにして結果を待ってるぜ」
――――――9月、最後の審判が下される。
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