< 時の流れに >
第七話.いつかお前が「歌う詩」・・・俺にその資格が、あるのか?
ナデシコと俺達は、無事合流を果たし・・・
敵を殲滅しつつナデシコは、敵の包囲網から逃げ出した。
が、依然として危機は身近にある。
今、ブリッジでは今後の作戦を全員で考えている。
こればかりは・・・俺もルリちゃんも手の出し様が無い、な。
そして、イネスさんの『説明』が始まる。
・・・その顔が凄く嬉しそうに見えるのは、気のせいじゃ無いだろうな。
ちなみに、『なぜなにナデシコ』はルリちゃんのサボタージュによって阻止された。
「・・・イネスさん不貞腐れてたよ、ルリちゃん。」
「じゃあ、アキトさんがお兄さん役をしてあげればいいじゃないですか。
その方がユリカさんも喜ばれますよ。」
「・・・それだけは、勘弁してくれ。」
俺はルリちゃんに頭を下げて謝った・・・
「つまり、このナデシコに搭載されている相転移エンジン・・・
それとディストーション・フィールドの開発者の一人が、私よ。
だからこそ解るの、今のこのナデシコ一隻の実力では火星を解放する事は・・・
いえ、それどころかこの火星から逃げ出す事さえ無理ね。」
「そんな事はありません!!
そんな事・・・」
イネスさんの睨まれて、言葉を小さくするユリカ・・・
しかし、現実がイネスさんの言葉が正しい事を物語っていた。
最強の武器であったグラビィティ・ブラストは、敵のフィールドに防がれ。
敵の放った一斉攻撃を受け、逆にナデシコは洒落にならない損害を受けていた。
そう・・・自力では大気圏外に出れない程の損傷を、だ。
「先程の戦闘で、木星蜥蜴もディストーション・フィールドを張れる事が解ったわよね?
これでナデシコの最大の攻撃方法であるグラビティ・ブラストは、一撃必殺では無くなったわ。
さらに今現在でも、敵はチューリップから増援を呼び続けている・・・
さて、この現状のどこをどうしたら勝てるのかしらね?」
・・・相変らず、説明をしながらの怒涛の会話だな。
相手に反論の隙を与えないし。
「では、この艦長の能力に今後を期待するとして・・・」
「すると、して・・・」 (ブリッジ全員)
「流石にお腹が空いたわ・・・そこの君。
アキト君、って名前だったっけ?
食堂にでも連れて行ってくれないかな?」
おやおや、指名されてしまった・・・
でも今後のユリカが考える方針にも、興味はあるし。
しかし・・・全員の目が冷たいぞ。
「あの、出来ればプロスさんとかジュンとか・・・ゴートさんもいますし。」
「私はアキト君がいいな・・・何だか彼とは、初めて会った気がしないのよね。」
それはそうだろう・・・
記憶は無くても、何故か俺だと気が付いているのか? アイちゃん・・・
「そこまで言われるのでしたら・・・俺でよければ。」
「そんな他人行儀な事言わなくても。
私を抱かかえて敵陣突破をした仲じゃない。」
ピキッ・・・
空間が凍り付くのを、俺は感じた・・・
「じゃあ、私もアキトさんに抱き付いて一緒に敵陣突破をしましたから・・・
もうアキトさんと、他人行儀な事をする必要は無いですね!!」
パキィィィィィィィィン!!!!
何かが・・・そう何かが砕け散るのを俺は感じた。
そして、その何かが砕けた後に残ったモノが・・・
俺に凄まじい害を与えかね無い事を、俺は直感で理解した。
「さ、さあイネスさん!! 食堂はこちらですよ!!」
「え、ええ、じゃあちょっと食事に行ってきます。」
そして、俺とイネスさんは逃げる様にブリッジを退散した。
後には・・・
「アキト・・・ふふふふ、逃げられると思ってるの?」
「アキトさん・・・そう言えば前回の釈明がまだでしたね。」
「「ふふふふふふふふふふ。」」
「ミスター・・・こんな事をしていていいのか、今のナデシコは?」
「ゴートさん、全てはテンカワさんの責任です。
彼に責任を取って貰いましょう。」
・・・結局、俺は後日この時逃げ出した事を激しく後悔する。
俺に・・・一体どうしろと言うんだ?
「不思議だな・・・アキト君を見てると何故か落ち着くのよ。」
「そうですか?」
俺の顔を見ながらイネスさんがそう呟く・・・
そこまで・・・アイちゃんの記憶の中での俺は、ヒーローだったのか?
結局、俺はアイちゃんを助けてあげる事が出来なかったのに・・・
「それにしても、どっちが本業なのアキト君は?」
「・・・どちらかと言うと、俺はコックが好きなんですけど、ね!!」
フライパンの中のオムレツを素早く返しながら、俺は返事をする。
ジュワァァァァ!!
フライパンの中で、オムレツが焼ける音が響く・・・
後は、ちょっと焦げ目を付けて完成だな。
しかし、先程のイネスさんの質問。
俺の本職・・・
聞かれればコックと答えるだろう。
しかし、それはあくまで俺の希望・・・であって。
現実は、決して俺の思い通りにはならないと、知っている・・・
それでも無くした夢を語る位の事は・・・許されると、思いたい。
トン!!
イネスさんの目の前に、焼き上がったばかりのオムレツを出す。
「はい、お待ちどうさま。」
「へ〜、やっぱり良い腕してるね、テンカワ。」
「ホウメイさんに褒められる程の、腕じゃ無いですよ。」
実は厨房は今しがた、昼食の時間が終ったばかりだった・・・
その為、休憩しているホウメイさんの代わりに、俺がイネスさんの料理をしたのだ。
「テンカワ? もしかしてテンカワ夫妻のお子さん!!」
「・・・ええ、そうですよ。
俺の両親を知ってるんですか?」
何が言いたいのか・・・解ってはいるけどな。
そして、イネスさんが冷たく目を輝かせながら俺に言い放つ。
「それでよくこの船に・・・ネルガルの船に乗る気になったわね?」
「・・・何が言いたいんですか?
俺が・・・ナデシコに乗ってるのが、どうして可笑しいですか?」
当り障りの無い会話で場を誤魔化す・・・
俺はまだ真相を知らない事になっているからな。
「知りたい?」
俺に近づいてくるイネスさん・・・その時。
ピッ!!
「二人共、近づき過ぎ!! プンプン!!」
やっぱり現れたなユリカ・・・だが、今回は待ちどうしかったぞ。
「・・・何を、されてたんですかアキトさん。」
・・・見てたんだね、ルリちゃん。
「そ、それより何かあったのかユリカ、ルリちゃん。」
俺は話を強引に進める事にした。
「そうそう、アキトとイネスさんは直ぐにブリッジに来て下さい!!」
「はいはい・・・じゃあ行きましょうか、アキト君。」
そう言って立ち上がる、イネスさん。
しかし視線は名残惜しそうに、皿の上のオムレツを見ていた。
ふむ、時間的に見てクロッカスを発見したな。
俺もイネスさんの後を追って食堂を出る・・・その時、後ろからルリちゃんの声が・・・
「近頃、見境無し・・・ですねアキトさん。」
俺の胸を貫いた。
・・・だから、違うってルリちゃん。
信じてよ、頼むから。
「センサーに反応・・・間違いありません、護衛艦クロッカスです。」
「そんな、信じられない!!
クロッカスは、地球でチューリップに吸い込まれた筈なのに・・・」
ブリッジに入ったとたん・・・
ユリカとルリちゃんの声が聞こえてきた。
「そう!! そこで私の仮説が成り立つ訳なのよ。
木星蜥蜴が使うチューリップ・・・あれは一種のワームホールだと、私は考えているわ。」
・・・そんな突然に、会話に割り込むなんて。
科学者って、自分の話を聞かせる時って周りを見ないよな・・・
「そんな・・・チューリップが一種のワープ装置だと、言うんですか?」
「そうよ・・・そう考えれば、木星蜥蜴が何故あれ程の軍隊を、瞬時に動かせるか説明がつくわ。」
ユリカとイネスさんの討論が続いている・・・
俺は全てを知っているから、今回は高見の見物だけどな。
「さて、アキト君・・・貴方はどうしてこの提督の下で戦っているの?」
突然、イネスさんが俺に話かけてきた。
ユリカとの討論はもういいのか?
「この提督が火星戦役で、ユートピア・コロニーにした事を・・・知っているの?」
「ええ、知ってますよ。」
俺の感情を込もっていない返事を聞いて、ブリッジの全員が固まる。
そうか、このもう一人の俺。
裏の俺を知っているか・・・もしくは見た事があるのは・・・
ルリちゃんとメグミちゃん・・・それとイネスさんだけだったな。
「ですが・・・それも過ぎた事です。
時間は過去には戻りません・・・今は、それどころじゃないですし。
何よりフクベ提督が、一番惨めだったと思いますから。」
偽りの英雄を演じてきた提督・・・
いや、軍隊に英雄に祭り上げられた提督・・・
その心の内は、俺には計り知れ無い・・・
だが、単純に割り切る事など出来ないだろう。
自分の命令で罪の無い、本来なら守るべき者達を皆殺しにしたのだから。
俺の冷めた声と顔を見詰めていたイネスさんは・・・
「そう・・・見かけより大人なのね、そんな考え方が出来るなんて。
・・・つくづく興味深いわね、アキト君は。」
ビキッッッッ!!!
再び俺はあの音を聞いた・・・
頼むから、勘弁してくれ。
しかし、今回はどちらかと言うと場を和ます為の冗談だったらしい・・・
そのまま、イネスさんとプロスさんは今後の方針を話し出した。
俺はその後の会議を横目に、ルリちゃんに近づく・・・
「ルリちゃん・・・やっぱりクロッカスに生存反応は無い?」
「ええ、猫の子一匹も反応は有りません。」
・・・まだ、ご機嫌斜めの様だ。
後でラーメンかチキンライスでも作って、ご機嫌取りをしておくか。
「・・・今回の事は映像添付のメールで、ラピスに送信しましたから。」
ピキッ!!
今度は俺自身が凍り付いた・・・
「ル、ルリちゃん・・・」
「一応私はこれで許して上げます。
後はラピスの機嫌がどうなっても、私は知りませんから。」
後ろではフクベ提督の提案により、エステバリスで先行偵察が行われる事が決定していた。
どうやら過去と同じく、ネルガルの研究施設に向かうらしい。
・・・もっとも俺は、いかにしてラピスの機嫌を直すか?
と、言う事に考えを集中していた為、その決定には何も意見を言わなかったが。
先行偵察のパイロットはリョーコちゃん、ヒカルちゃん、それと俺。
イズミさんは万が一の場合を考えて、ナデシコに残った。
ん?・・・誰かの存在を忘れている様な気が?
先行偵察中・・・俺は先頭をきって氷の大地を走っていた。
リョーコちゃんと、ヒカルちゃんは、俺の後ろで会話を楽しんでいた。
「だから砲戦フレームなんて嫌いなんだ。
重くって仕方がないぜ!!」
「ぼやかない、ぼやかない!!」
緊張感の無い会話だな・・・
まあ、索敵レーダーに反応が無いのだから・・・!!
「二人とも止まれ!!」
俺は二人に急停止を指示する。
「ど、どうしたんだよテンカワ?」
「敵でも出たの? 索敵レーダーに反応は無いけど?」
いや、確かに無機質な殺気を感じた。
無人兵器特有の殺気だ。
俺は五感を研ぎ澄まし・・・辺りを探る。
・・・いた!!
「リョーコちゃん、右の足元だ!!」
「何!!」
ドゴォォォン!!
氷の地面の下から、リョーコちゃんに奇襲を仕掛ける無人兵器!!
「うわぁぁぁぁぁ!!」
「リョーコ!!」
砲戦フレームの為に動きが鈍いリョーコちゃんのエステバリスは、敵の攻撃を受け地面に倒れる!!
そして倒れたエステバリスのコクピットに、敵が張り付き・・・
キュイィィィィィィインン・・・
ドリルを回転させて止めを刺そうとする!!
「テンカワ〜!! 助けて・・・」
「了解!!」
俺はエステバリスで、豪快な回し蹴りを繰り出す!!
ガゴッ!!
吹き飛ばされ・・・地面を削って止まる無人兵器。
「ギ?」
「ここだ・・・」
俺の姿を探していたらしいが・・・
俺は既に敵のバックを取っていた。
そして問答無用の踵落しを、無人兵器の頭部に叩き込む!!
ドコッ!!
鈍い音と共に、無人兵器は氷の大地にめり込み・・・
その動きを止めた。
「・・・助かったぜテンカワ。」
「どういたしまして。」
「ふ〜ん、アキト君だったらリョーコの白馬の王子様も勤まるね。」
「ば、ばっきゃろ〜!! 急に何言い出すんだよヒカル!!」
「だって、リョーコは自分より強い男としか付き合わない、って言ってるじゃない。」
「だからって!! テンカワとは!!」
「照れない、照れない・・・」
この会話を聞きつつ俺は・・・
ルリちゃん、また会話のトレース・・・してないよな?
と、信じてもいない神に祈った。
「・・・甘いですアキトさん。」
「研究所の周りに、チューリップが五個、か。
どうします艦長?」
「私は・・・これ以上クルーの皆を危険にさらすのは、嫌です。」
「でも、皆さんは我が社の社員でもありますから・・・」
「俺達にあそこを攻めろ、って言うのか?」
俺の目の前の地図には・・・研究所を囲む様に、5個のチューリップが落ちていた。
・・・そして、その研究所の攻略について今は会議中だ。
ユリカとプロスさん、それとリョーコちゃんが激しい議論をしている。
ところでジュン・・・お前全然意見を言わないな?
もう少し自己アピールをしろよ。
「よし、アレを使おう。」
「アレ?」 (ブリッジ全員)
フクベ提督が提案した作戦は・・・やはり過去と同じものだった。
「アキトさん。」
「仕方が無いんだよ、ルリちゃん・・・
今の俺達には、この火星から脱出する手段さえ残っていないんだから。」
俺は無力感に捕われながらも、返事をする・・・
未来を知っていても・・・変えられない事も多々ある。
そんな俺に、ルリちゃんが手に持っていた物を俺に渡してくれた。
「これ・・・先程完成しました。」
「ジャンプ・フィールド発生装置、出来たのか・・・
でも、ナデシコを飛ばす程のフィールドを張るのは無理だ。」
それどころか・・・これは個人用の発生装置だ。
俺と後二、三人がジャンプ出来る限界だろう・・・
しかも、今現在のジャンパーはユリカとイネスさんだけだ。
「今後の展開には・・・有利に働く、か。」
その今後の為に、フクベ提督は今回も消えて行く・・・
後日再会する事は知っているが。
それは前の世界での、過去の話であって・・・
今回も無事にクロッカスから脱出できる保証は、無いのだから。
「済みません・・・ラピスからのデータ転送を受けてから、オモイカネと一緒に頑張ったのですが。」
「いや・・・ルリちゃんは、十分頑張ってくれてるよ。」
ただ・・・俺が不甲斐ないだけ、さ。
「さて・・・それじゃあ動作テストを兼ねて、ラピスに会いに行ってくるよ。」
「解りました、作戦は3時間後に決行ですからね、アキトさん。」
「ああ、解ってるよ・・・それじゃあ。」
そして、俺はジャンプ・フィールドを展開し・・・
ヴィィィィィンンンン・・・
「ジャンプ」
地球にジャンプをした。
「オモイカネ、今の出来事の映像と記録を、全部消去して。」
『OK、ルリ!!』
「さて、アキトさんはラピスにどんな言い訳をするんでしょうか?
その場で聞きたかったですね。」
(ラピス・・・)
(アキト!! ・・・さっきルリからメールが届いたんだけど。)
(うっ!!)
(・・・アキト、ナデシコで一体何をしてるの?)
(・・・戦争だよ。
人間のエゴとエゴのぶつかり合いさ。)
(シリアスで誤魔化さないで。)
「・・・御免なさい。」
(謝って許して・・・・え!!)
俺は研究所内にある、ラピスの個室に出現した。
「久しぶりだね、ラピス。」
「アキト・・・アキトだ!!」
俺に体当たりする様な勢いで抱き付く、ラピス・・・
ラピスもこの世界ではまだ6才だ。
しかし、この年齢の時からたった一人で、研究所の一室に閉じ込めるとは!!
俺は改めて、ネルガルの非情な一面を見せ付けられた。
「ねえアキト・・・アキトは火星にいるんじゃ無かったの?」
「ああ、ジャンプ・フィールド発生装置が完成したんだ。
これからは、何時でもラピスに会えるよ。」
俺は微笑みながらラピスに話しかける。
「本当!!」
「本当さ・・・でも今日はもう時間が無いから、ナデシコに帰るが。
あ!! 」
俺は一つの事実を思い付いた。
「どうしたのアキト?」
「実は・・・これから8ヶ月の間、ナデシコは音信不通になる。」
「・・・火星でのジャンプのせいだね。」
「そうだ・・・済まないが我慢してくれラピス。」
ちょっと考える素振りをしたラピスだが・・・
「仕方ないよね・・・私はまだジャンパー体質になってないし。
例の計画も今が大切な所だから。」
残念そうな顔をしながらも・・・健気にそう答えるラピス。
俺は結局、ラピスにもルリちゃんにも迷惑ばかりかけている・・・
「悪いな、ラピス・・・」
「アキトが悪いんじゃない・・・
それはそれで納得するけど・・・
この映像の釈明はして帰ってね。」
ラピスの合図を受けて、ある映像が壁に設置してあるモニターに映る。
「・・・ルリちゃん、何時の間にこんな映像を。」
そこには・・・例の格納庫の床が直角になった時、俺に抱き付いているパイロット三人娘。
そしてメグミちゃんを抱っこしながら、イネスさんを右手で抱かかえている俺が映っていた。
「で? 釈明はアキト?」
「・・・ゴメンナサイ。」
・・・何故俺は謝っているんだろう?
そして、それから一時間後に俺はラピスから許しを得て・・・
ナデシコへと帰って行った。
「つ、疲れた・・・」
今、俺とフクベ提督とイネスさんは、護衛艦クロッカスに乗り込んでいた。
・・・よく、作戦開始時間に間に合ったな俺。
実は帰って来て直ぐに、ルリちゃんから怒られたのだった・・・
自分の部屋にジャンプした瞬間、ルリちゃんから通信が入った。
ピッ!!
『・・・30分の遅刻です、アキトさん。』
「・・・ゴメンナサイ。」
何だか・・・謝ってばかりだな俺。
『適当に理由は付けておきましたから・・・
直ぐに格納庫に向って下さい。』
「了解。」
と、そんな事があったのだった。
クロッカスの凍った通路を、ブリッジに向かって進む俺達・・・
確か・・・ここら辺りで・・・いた!!
「危ない提督!!」
ガンッガンッ!!
俺の放った二発の銃弾に、頭部と中枢神経を打ち抜かれ沈黙するバッタ。
「・・・有難う、良い腕だな。」
「褒めても何も出ませんよ。」
俺は軽口を返しながら先を急いだ。
「・・・君は、本当に私を恨んでいないのかね?」
「提督を恨んでユートピア・コロニーの人が生き返るなら、恨みますよ。
でも、今はそんな非現実的な事を言ってる場合じゃないでしょう。」
「強いな・・・君は。
私はそれ程強くなれんよ。」
・・・俺が強い訳じゃ無い。
俺を支えてくれている皆の期待に応えるため・・・強さを装ってるだけだ。
イネスさんは始終無言のままで、俺達の後ろを付いて来ていた。
そして俺達はブリッジに辿り付いた。
「・・・君ならナデシコを託せる。
ここで、引き返してくれないか?」
「やはり・・・囮になるつもりなのね。」
イネスさんは気付いていたか・・・
頭がいい人だからな。
「イネスさん・・・行きましょう。
提督の決断を無駄には出来ない。」
「それでいいのアキト君!!
この提督をそこまで信用出来るの?」
俺は・・・暗い瞳でイネスさんを見詰めて答えた。
「信用・・・出来ますよ。
俺も提督も同じ傷を、心に持つ身の上ですから。」
「・・・それって。」
俺は無言で提督に敬礼をし・・・ブリッジを出る。
その俺に続いて、イネスさんもブリッジを出る。
「君の過去に何があったのかは聞かん。
だが、君はまだ若い!!
未来をその手に掴む権利は・・・君にもあるんだぞアキト君!!」
俺の背中にフクベ提督の最後の言葉がかけられた・・・
俺の未来・・・か・・・
ゴォォォォォォォ!!
「クロッカス、浮上します。
・・・クロッカスより通信。」
「艦長、前方のチューリップに入れ。」
「提督!! そんな、どうしてですか?」
「ナデシコのディストーション・フィールドがあれば、チューリップに進入しても耐えられる筈だ。」
ズガァァァァァンンン!!
「艦長、木星蜥蜴の攻撃です。」
「フィールドは持つの、ルリちゃん?」
「相転移エンジンが完璧ではありません。
このままでは・・・フィールドを破られるのは時間の問題です。」
「・・・ミナトさん、チューリップへの進入角を大急ぎで。」
「艦長、それは認められませんな。
あなたはネルガル重工の利益に反しないよう、最大限の努力をするという契約に違反・・・」
「御自分の選んだ提督が、信じられないんですか!!」
「・・・その通りだ、ユリカ。」
俺がブリッジに帰ってみれば・・・修羅場とはな。
「アキト・・・」
「提督は自分が囮になる事を俺に話してくれた。
ナデシコが助かる道は、最早一つだけだ。」
俺はユリカの視線を真っ直ぐに見詰め・・・ユリカの意見に賛同を示した。
「しかし、チューリップに入るまでに攻撃を受ければ、ナデシコが持ちませんよ?」
プロスさんが食い下がってくるが・・・
俺は黙ってクロッカスを映しているモニターを、目で追った・・・
「クロッカス反転・・・敵に攻撃を仕掛けています。」
ルリちゃんの報告する声も辛そうに聞こえる。
「提督・・・何が貴方をそこまで・・・」
「プロスさん、ここは提督の行動に敬意を示して・・・最後の希望に縋りましょう。」
「解りました、私もこうなっては何も言いませんよ。」
そして、ナデシコはチューリップへと進入していく・・・
「・・・クロッカスより通信。」
ピッ!!
『・・・アキト君。
私は君の言葉に救われたよ。
確かに私がいくら謝罪した所で、ユートピア・コロニーの人達は生き返らない。
今、行ってる事も私のエゴかもしれん・・・
だが、これから先に未来が必要なのは、君達若い者だ!!
君達が何を悩み、何を考え、何を求めているかは解らん!!
だが、その人生は・・・まだ・・始まった・・・ば・・・』
最後まで提督の言葉を聞く事は出来なかった。
静寂に包まれるブリッジ・・・俺は目をつぶって、提督の言葉を聞いていた。
・・・大丈夫、また会えるさ。
そして、クロッカスを示すモニター上の青い点が消える・・・
青い点が消えると同時に・・・ナデシコはチューリップに吸い込まれた。
そして、俺達の意識は白い光に飲み込まれていった・・・