< 時の流れに >
「後方より巨大なエネルギーを感知!!
―――来ます!!」
「ええ〜〜〜、何それ!!」
私の報告と同時に・・・
真紅の竜がナデシコを掠めて飛翔して行きます。
グォォォォォォォォォォォンンンンンン!!!
その真紅の竜はその顎をもって。
己の進む道を邪魔する無人兵器達を食らい尽くします。
そして、その場に残ったモノは・・・
海面へと沈んでいく、ヤマダさんの赤いエステバリスだけでした。
「こ、こんな非常識な事が可能な人は・・・」
エリナさんが期待半分、戸惑い半分の表情でそう呟き。
「やっぱり・・・」
メグミさんもエリナさんと同じ様な表情をしています。
「彼、しかいないわよね、ルリルリ?」
ミナトさんが優しい眼差しで私を見詰めます。
「・・・はい。」
私の手元のコンソールでは、後方の敵のマーカーが次々と消えていきます。
そう、こんな事が可能な人は一人しかいない。
何時も私や、私達の期待に応えてくれる人。
あの人が・・・
「アキト!! 帰って来たんだね!!」
ユリカさんが嬉し涙を流しながら。
そう、一言叫びました。
そして、それは私達クルー全員の心の叫びでもあります。
・・・アキトさんが、遂にナデシコへと帰ってきたんです!!
「後方のチューリップ3つの破壊を確認しました。
現在の敵戦力はこれでチューリップ8・・・あ、右側のチューリップが次々と消えて行きますね。
これで、残りのチューリップは合計6つです。」
私の報告を聞いて呆然とした表情をする皆さん。
まあ・・・正直言って私もかなり驚いていますが。
右側に配置されているチューリップが全滅するのも、時間の問題でしょう。
「な、何だかまた問答無用のレベルが上がってるわね。」
「あ、やっぱりエリナさんもそう思います?」
珍しくエリナさんとメグミさんが会話をしている。
・・・戦闘中の私語には煩いエリナさんですが。
やっぱり、アキトさんが帰って来た事で緊張が解けたのでしょう。
「ふんふん〜♪
早くアキト帰ってこないかな〜♪」
・・・まあ、緊張が解けすぎるのも問題ですが。
これはユリカさんが極端すぎるせいでしょう。
・・・多分。
「・・・むう、しかしこれは既に非常識、とかのレベルではないぞ。」
「まあまあ、少なくともテンカワさんは敵ではないのですから、感謝をしましょう。」
プロスさんとゴートさんがそんな事を後ろで話してます。
・・・失礼な事を言いますね。
後でお仕置をしておきましょうかね・・・
「・・・帰って来たのか、テンカワ アキト。」
ジュンさんが複雑な顔をしています。
きっと心の中はもっと複雑なんでしょうね。
「でも、アキトさんに害をなす場合は・・・排除しますよ。」
「ま、まさか!! 嘘でしょ!!
あのテンカワが本当に帰ってきたというの!!
どうして軍がアイツを手放すのよ!!」
約一名
かなり焦っている人がいますが・・・
まあ、これは自業自得です。
『やれやれ、相変らず美味しい所を持って行くね〜』
アカツキさんが苦笑をしながら・・・
ナデシコへと帰ってきます。
『本当、タイミングが良いんだから。
案外何処かで見てたのかな?』
ヒカルさんも自分の眼鏡を布で拭きながら、ナデシコに帰艦してきます。
『正にヒーローの宿命、ね。
ぐふふふふふ・・・』
・・・かなり意味不明ですが。
イズミさんも帰って来るみたいです。
エステバリス隊の皆さんは、今回の戦闘を最初から出撃したままでした。
皆さん既に体力の限界なのでしょう。
それにアキトさんが帰って来た事で緊張が解けています。
一度ナデシコに戻って、休憩をするのも悪くないでしょう。
「へっ、本当にタイミングの良い奴だぜ!!」
リョーコさんも嬉しそうです。
ですが。
・・・本当にそうでしょうか?
私はオモイカネがレーダーにある反応を検出していた事を見付けました。
ボース粒子
アキトさんはボソンジャンプをして、この戦場に現われた。
本当はもっと離れた場所にいた筈です。
それが・・・多分、皆さんの目を気にしてかなり後方にジャンプアウトされたのでしょう。
オペレーターは多分、ラピスですね。
監視衛星か何かをハッキングして、アキトさんのイメージ伝達の手伝いをしたのでしょう。
今回の事は、ラピスにもお礼を言っておかないと駄目ですね。
・・・ハーリー君、役に立ってるんでしょうか?
「あ、また一つチューリップが破壊されました。」
「あ、そうなの。」
・・・既に緊張感も何も無いですね、ユリカさん。
アキトさんが参戦してから30分が経過して・・・
残りのチューリップは5つとなりました。
ナデシコの前方にある2つと、左側にある3つです。
今更アキトさんの撃墜スコアを数えるのも面倒なのですが。
一人でチューリップを6、無人兵器は数えるのを放棄。
・・・まあ、そんな所です。
右側の最後のチューリップを破壊してから。
やっと、アキトさんのエステバリスが私達の目に映りました。
そして、それは・・・私には忘れられない機体。
あの漆黒の機体、ブラックサレナでした。
やっぱり、アキトさんだ・・・
ピッ!!
そして通信ウィンドウがブリッジに入り。
そこにはアキトさんの姿が映し出されます。
私は黙って久しぶりに見る、その姿を見詰めました。
そんなアキトさんの第一声は・・・
「やあ、約束・・・」
『お〜〜〜〜〜〜〜!!
何だそのエステバリスは!!
新型か? 新型なんだな!!
早く俺に改造させろテンカワ!!』
・・・感動の再会も。
心地よい高揚感も台無しです。
それでも気を取り直して、再び口を開くアキトさん。
精神的にも強くなられたみたいですね。
良い傾向です。
・・・後で、ウリバタケさんは女性陣でお仕置ですけど。
「えっと・・・取り敢えず、ただいま皆。」
苦笑をしながら帰艦の挨拶をするアキトさん。
「お帰りなさい、アキトさん。」
私は口元を少し綻ばしながら。
「お帰り!! アキト!!」
ユリカさんは身体全身で嬉しさを表現しながら。
「お疲れ様でした、アキトさん。」
メグミさんは目を潤ませながら。
「お疲れ、テンカワ君。」
ミナトさんは軽く微笑みながら。
「取り敢えずはお疲れ様、ね。
後でいろいろと聞きたい事があるから、そのつもりでいてね。」
エリナさんは興味深そうにブラックサレナを見ながら。
「いやいや、これでナデシコの戦力は倍増ですな。」
「うむ・・・」
プロスさんもゴートさんも嬉しそうでは・・・ある、と思える。
「・・・まあ、人生には生甲斐が必要だしね。
久しぶりだな、テンカワ アキト。」
その生甲斐を別方面に向けてくれませんか、ジュンさん?
・・・キノコは逃げ出したみたいですね。
「ああ、皆も元気そうで安心した。
じゃあ・・・俺は残りの敵を叩く!!」
軽くブリッジを見渡した後。
そう言い残して、アキトさんからの通信ウィンドウは消えた。
ゴォォォォゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!
凄まじい勢いで加速するブラックサレナ・・・
その姿は直ぐに正面のスクリーン上から消えていきます。
「あれ? あれれれ?
アキト〜、正面のチューリップ2つはどうするの?」
ユリカさんが頭にクエスチョンマークを付けながら、アキトさんに質問します。
ピッ!!
そして再び開く通信ウィンドウ・・・
そこに映るアキトさんは悪戯っぽく笑いながら。
『ああ、あれは課題。
俺のいない間に、どれだけ皆が成長したか見せてくれよな。』
前言撤回
・・・かなり、精神的にタフになりましたねアキトさん。
「そんな〜〜〜!!
ナデシコもクルーの皆も、もうボロボロなんだよ〜〜〜〜〜!!」
そんなユリカさんの泣言を。
アキトさんは受け付けませんでした。
『前回の教訓が活きて無いぞユリカ。
俺の不在の間にもチューリップ2つの同時攻撃や、連続戦闘くらいあっただろうが。
俺に何時までも頼るな、俺は俺に出来る範囲の事はする。
しかし、それは自己犠牲までする、って事じゃない。
それにこの機体はテストタイプでね・・・強力なんだけど直ぐに限界がくるんだ。
正直、最後のチューリップ3つも厳しいんだ。
皆が俺を頼る様に、俺も皆を頼らせてくれ。』
・・・ブリッジの皆さんは返す言葉がありません。
ユリカさんも俯いてしまっています。
でも、それは私も同じです。
恥ずかしい事に私達は、結局最後にアキトさんに甘えてしまいました。
それを、アキトさんに指摘されるまで気が付かないなんて・・・
それにあのアキトさんが、私達に助力を頼んでいるんです。
これで奮い立たない人は、ナデシコにいません!!
「・・・うん!! 私達の実力を見せて上げるよアキト!!
これでも結構成長したんだからね!!」
俯いていたユリカさんが。
持ち前の立ち直りの早さを披露します。
『そうか・・・まあ、援軍も来てるしな。
お手並み拝見させてもらうぞ!!』
ピッ!!
ユリカさんの言葉を聞いて。
微笑を残しながら、アキトさんの通信ウィンドウは閉じました。
「へ? 援軍って何?」
アキトさんの最後の言葉を聞いて混乱するユリカさん。
そして私は、レーダーに新たに映った機体に注意を向けていました。
「・・・後方よりエステバリスが一機接近中です。
今から照合します。
これは・・・連合軍の所属パイロットですね。」
そしてウィンドウに現われる、銀色に光るエステバリス。
「ま、まさか『白銀の戦乙女』かよ!!」
リョーコさんがそのエステバリスを見て驚きの声を上げます。
・・・有名人なのでしょうか?
「リョーコさん、その『白銀の戦乙女』って何ですか?」
メグミさん、ナイスタイミングです。
「ああ、西欧方面軍のエースパイロットだ。
俺と同じ年なんだけどな、結構腕が立つと軍では評判だった。」
・・・そんな人がどうしてここに?
西欧方面軍が展開している地域からは、かなり離れた地点をナデシコを航行中です。
・・・何故か、私の勘に引っ掛かるモノがあります。
「リョーコさん『戦乙女』と言われる人ですから・・・やっぱり女性の方ですよね?」
取り敢えずリョーコさんに確認。
「ああ、そうだぜルリ?
・・・ま、まさか!!」
ブリッジ全員がブラックサレナの消え去った方向を見ます。
アキトさん、帰って来たら・・・解ってますよね?
そんな事をしている間に。
銀色のエステバリスと無人兵器が戦闘に入りました。
これはパイロットの方と通信をしている暇はないですね。
「メグちゃん!! エステバリス隊の再出発の準備は終ってる?」
「後10分はかかるそうです!!」
ウリバタケさん達が懸命に作業をされていますが。
流石に損傷の激しい3機のエステバリスを、直ぐに出撃可能にするのは困難です。
しかし、銀色のエステバリスは華麗な操縦で無人兵器を撃墜しています。
これは、本当にリョーコさん達にも匹敵する腕前ですね。
「へっ!! やるじゃね〜かよ『白銀の戦乙女』!!
・・・いいだろう、お前も今後はライバルだ!!」
勝手にライバルだと認めないで下さいリョーコさん。
・・・でも、多分、予想通りなんでしょうね。
「・・・これは絶対に出向中の事を問い詰めないと、駄目ですね。」
「う〜ん・・・ここはあの人を信じましょう!!
ルリちゃん、グラビティ・ブラスト充填開始!!」
「はい、グラビティ・ブラスト充填開始します。」
私はディストーション・フィールドに使っていたエネルギーを、グラビティ・ブラストにまわします。
発射まで後、20・・・15・・・10・・・
「充填完了しました。」
「目標は右端のチューリップ!!
左のチューリップの牽制はあの戦乙女さんに任せます!!」
また・・・思い切った作戦ですね。
私には出来ませんよ、ユリカさん。
初対面の人をそこまで信用するなんて。
でも、それでこそ・・・ユリカさんですよね。
「了解、グラビティ・ブラスト発射。」
ギュォォォォォォォォォォォオオオオオンンンン!!!
黒い重力波の一撃を正面から受けるチューリップ。
その周辺にいた無人兵器達も、その重力波に巻き込まれます。
ドゴオオオオオオオォォォォォォォォ・・・
バゴォォォォォォォォンンンン・・・
そして、その姿を崩しながらチューリップは沈み。
・・・残りは一つ。
この時、アキトさんは既に2つのチューリップを沈めていた。
まあ今更アキトさんの事について、どうこう言う人物などいませんが。
・・・一人いましたね。
その人は今はブリッジから逃げ出していますが。
今後のお仕置が楽しみです。
「逃げる事は不可能ですよ、キノコさん・・・フフフフフ」
「ルリちゃん、次のグラビティ・ブラストの充填急いで!!」
「はい。」
「メグちゃん、何時でもエステバリス隊が出撃出来る様に、ってウリバタケさんに伝えて。」
「解かりました。」
そして・・・
私達は無事にチューリップ2つの破壊に成功しました。
銀色のエステバリスは見事に囮役をしてくれました。
確かに腕の立つパイロットさんらしいですね。
・・・後の問題はどんな女性か、と言う事ですね。
アキトさんも私達とほぼ同時に、チューリップの破壊を終えた様です。
最終的な撃墜スコアは・・・チューリップを9、無人兵器を多数(数える事は不可能です)
もっとも、アキトさんが操るブラックサレナに、この時代の無人兵器が通用するとは思えません。
それを差し引いたとしても・・・脅威的な数字でしょう。
どうやら、この過去に戻ってから更に腕を上げられた様です。
私は喜ぶべきなのでしょうか?
そして、アキトさんはこの事をどう思っているのでしょう?
アキトさんのブラックサレナと、援軍の銀色のエステバリス。
そして一台のシャトルが今、ナデシコの格納庫へと入って来ます。
それを見届けた後。
私はオモイカネに後を任せて席を立ちます。
「ルリルリ・・・頑張れ!!」
ブリッジのゲートへと向かう私に、ミナトさんから激励の言葉が掛かります。
「はい、ミナトさん。」
ミナトさんらしい優しい心遣いに。
私も笑顔で返事を返します。
・・・ちなみに、ユリカさんとメグミさん、それにリョーコさんとエリナさんは既にブリッジにはいません。
ブラックサレナが格納庫に入るのを確認すると、神速でブリッジから去って行きました。
職場放棄じゃないんですか、これって?
まあ、私も人の事は言えませんけど。
けど、ここに納得出来ない人が二名、いや三名ですね。
「・・・これで本当にいいのかミスター?」
「まあまあ、野暮な事は言わないでおきましょう。
なんせ三ヶ月ぶりの再会なんですからね。」
「・・・ユリカ〜〜〜(泣)」
私はブリッジを出る時に・・・
プロスさんとゴートさんの、そんな会話を聞きました。
有難う御座います、プロスさん。
先程考えていたお仕置は取り消しておきますね。
ゴートさんは実行しますけど。
「・・・僕は・・・まあ、ここにいた方がいいよな。」
ブリッジを出た瞬間に聞えた呟き。
変な所で悟ってますねジュンさん。
それなら、どうしてもっと果敢にユリカさんに・・・これは私の言って良い事では無いですね。
そして、私は通路を歩きだし・・・
パタパタパタ・・・
アキトさんに会ったら。
この事を報告しよう、あの話しも聞いて欲しい・・・
私達は頑張ったんだ、と言う事を。
タッタッタッ・・・
何時の間にか私は走っていました。
息が苦しい気もしましたが。
何より高鳴る胸が、この気持ちが。
私が止まる事を許しません。
そして、このドアを開ければ・・・
「アキトさん!!」