< 時の流れに >

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何だと!!」

 

 その整備員の言った言葉に、俺は我を忘れた。

 整備員を胸元を掴み、片手で持ち上げる!!

 

 

「もう一度言ってみろ!!」

 

 

「で、ですから・・・

 ブラックサレナの小型相転移エンジンが・・・盗まれました。」

 

 苦しそうにもがきながら、整備員が俺に再度先程と同じ言葉を告げる。

 

 

 ドサッ・・・

 

 

 整備員を解放した後で。

 その言葉が俺の脳内に染み渡り・・・

 俺の心は焦燥で埋め尽くされた。

 

 しかし、時間はもう残り少ない。

 

 

 ドォゴォォォォォ・・・

 

 

 月臣の操るジンシリーズの破壊活動は続いている。

 そして、ナデシコでは・・・

 

 

「くそっ!!」

 

 

 バゴォォォォォンン!!

 

 

「ひっ!!」

 

 俺が怒りをぶつけたのは、プラントの壁だった。

 その陥没した壁を見て、遠巻きに俺達を見ていた整備員達が騒ぎ出す。

 ・・・今は、相転移エンジンを盗んだ犯人の探索をしている暇は無い!!

 

 月では大勢の命が。

 ナデシコでは大切な人達が!!

 どちらも・・・捨てる事は出来無い。

 ならば、目先の厄介事から片付けるのみだ!!

 

 

「直ぐに追加装甲を外すんだ!!

 俺がエステバリス本体で出る!!」

 

 

「は、はい!!」(整備班全員)

 

 

 俺の逆鱗に触れる事を恐れたのか。

 素晴らしいスピードで追加装甲は外されていく。

 ・・・頼む、間に合ってくれ!!

 

 

 

 

 

 

「つまらんな・・・」

 

 そう呟く北辰の足元には、ナオさんが倒れています。

 ナオさんは・・・善戦をした方です。

 少なくとも、最初の一撃で倒される事はありませんでした。

 ジュンさんとカズシさんは、一撃で倒されたのですから・・・

 

「そちらも何時まで遊んでいる。」

 

「はっ!!」

 

「直ぐに終らせます!!」

 

 リョーコさん達(ヒカルさん、イズミさん、カザマさん)とゴートさんの相手は。

 北辰の部下が三人です。

 

 残りの三人は・・・

 

 

 

 

 

「何をしにきた北辰!!」

 

 ブリッジに入って来た北辰を、九十九さんが睨み付けます。

 木連の中でも嫌われている様ですね。

 

「ふん、囚われの身でありながら意気だけは盛んだな、九十九よ。

 今、貴様を失う訳にはいかん。

 だから裏にいる我が出てきたのよ。」

 

 その身に纏う狂気に。

 ナデシコクルーは身動きが出来ません。

 ラピスの身体の震えが激しくなります。

 

「おい、助けてやれ。」

 

「はっ!!」

 

 部下の一人が、九十九さんを縛っているロープを解き。

 自由になった九十九さんに、北辰が命令します。

 

「そこの女でも人質にしてこの艦から脱出しろ。

 近くに味方の艦が控えている。」

 

「ふざけるな!! 女性を人質になどするものか!!」

 

 その言葉を聞いて、九十九さんが激昂します。

 

「・・・裏の我にはそんな言葉なぞ通じぬ。

 戦争が綺麗事でない事を、お主も知っているだろうが。

 三人程護衛に付ける、早くここから立ち去れ。」

 

「・・・くっ!!」

 

 北辰の言に反論できず悔しがる九十九さん。

 ・・・ここで断っても、護衛と称した北辰の部下が人質を連れて行くのは明白です。

 

 そして・・・

 

「済みません・・・結局、貴方達を巻き込んでしまった。」

 

「・・・まあ、仕方が無いわね。」

 

「・・・少なくとも、身の安全は守ってよね。」

 

 九十九さん、ミナトさん、レイナさんが、北辰の部下に囲まれながらブリッジを去ります。

 しかし・・・誰も動く事は出来ませんでした。

 悔しいですが、私達は言葉すら出せず・・・

 

「さて、後は我の目的を叶えるのみ。」

 

 爬虫類を思わせる瞳が、私とラピスに向けられました!!

 

 ・・・アキトさん!!

 

 

 

 

 

 

「くぅ!! DFSの出力が安定しない?」

 

 俺は予想外の苦戦をしていた。

 今使っているDFSは、ブラックサレナ用にカスタムされた物だった。

 その為、大出力に耐えられる構造になっている。

 しかし、今俺が使っている機体はエステバリスカスタム・・・

 出力の桁が・・・違う。

 DFSは刃を形成するエネルギーを得ようと足掻き。

 俺は機体を維持する為に、その足掻きを抑え。

 

 ・・・事態は、どうどう巡りの悪循環となっていた。

 

 

 ドゴォォォォォォォ!!

 

 

「!!」

 

 一瞬で月臣のパンチを見切り。

 サイドに飛んで避ける・・・筈だった。

 

「反応が・・・遅い!!」

 

 

 ズガァァァァァ・・・

 

 

 地面に身を投げ出し転がりながら、辛うじて俺は月臣の攻撃を避けた。

 ブラックサレナの機動性に慣れた俺は、無意識の内にその加速度を考慮に入れて戦う。

 その為に、普通のエステバリでは俺の考える動きについてこれないのだ。

 

 ただでさえ時間が無いと言うのに!!

 

 この焦りが致命的な事は解っている。

 しかし、そう簡単に割り切れる筈が無かった!!

 

 

「退け〜〜〜〜〜!!」

 

 

 ズバシュ!!

 

 

 月臣のパンチ攻撃に併せてのカウンター攻撃。

 不安定なDFSで右腕を縦に切り裂く!!

 

 

 ドゴォォォォォォォンンン!!

 

 

「まだ・・・戦うつもりか!!」

 

 破壊された右腕を抱えながら、ジンシリーズの目が輝く!!

 

「無駄な事を!!」

 

 俺はやっと勘を取り戻した機体を操り、余裕でその攻撃を避ける。

 

 

 ピッ!!

 

 

 突然通信ウィンドウが開き・・・あの懐かしい月臣の姿が俺の前に現われた。

 

『貴様!! よくも俺のダイマジンを!!』

 

 

「煩い!! 早く自分の艦に戻れ月臣!!」

 

 

『な、何故、俺の名を!!』

 

 俺の叫びを聞いて、驚愕する月臣。

 ・・・今は、お前に付き合ってる暇は無い!!

 

「次が最後の勧告だ。

 俺の一撃を受けたのなら、大人しく引き上げろ月臣。

 ニ撃目は・・・命を貰う。」

 

 その宣言をしながら、俺はバーストモードを発動させる。

 

 

 フィィィィィィィィィィィンンンンン!!!

 

 

 そして俺の視線に本気を感じたのか、月臣の表情が硬くなる。

 

『・・・面白い、やれるものならやってみろ!!

 ゲキガンフレアー!!』

 

 

 ジンシリーズの胸からグラビティ・ブラストが発射・・・される前に、俺はジンシリーズの足元にいた。

 

「大技が俺に当るものか!!

 くらえ!! 必殺 虎翔閃!!」

 

 エステバリスの右足に、バーストモードで増加したディストーション・フィールドを一点集中。

 その場でジャンプをし、上昇をしながらサマーソルトを繰り出す。

 そして俺の一撃は、ジンシリーズの戦艦並みのディストーション・フィールドを打ち破り。

 胸元にあるグラビティ・ブラストを真下から切り裂く!!

 

 

 スパァァァァァァァァンンン・・・

 

 

 破壊音ではなく・・・何かを切り裂く様な音が俺のアサルトピットに響く。

 そして、月臣のジンシリーズは動きを止めた。

 

「まだやるのか?」

 

『・・・貴様、名は何と言う?』

 

 映像は繋がらないが、通信は出来る様だ。

 

「テンカワ アキト」

 

『貴様が!!

 ・・・いいだろう、この場は引いてやる。

 しかし、次は俺が勝つ!!』

 

 その台詞を最後に、月臣からの通信は途絶えた。

 そして・・・

 

 

 ブゥゥゥゥゥゥゥゥンンンンン・・・

 

 

 虹色のジャンプ・フィールドに包まれる、月臣のジンシリーズ。

 俺はその姿が消えるの確認してから、自分の周りにジャンプ・フィールドを展開する。

 ・・・頼む、間に合ってくれ!!

 

「ジャンプ!!」

 

 そして、俺の姿はアサルトピットから消えた。

 

 

 

 

 

 

「この二人以外に興味は無い。

 ・・・残りは殺せ。」

 

 私達を睨んだまま、他のクルーに死刑宣告をする北辰。

 その言葉にブリッジに緊張が走ります!!

 

 既に、リョーコさん達も床に倒れて苦悶の声を上げています。

 彼等は・・・まだ本気では無かった!!

 

「そ、そんな事はさせません!!」

 

 ユリカさんが北辰の言葉を聞いてそう叫びます。

 

「ほう、ならば我が死の誘いを止めてみせろ。

 まずは・・・その子供から逝くか。」

 

 北辰が目で合図をすると、一人の部下がハーリー君に向って走り出します!!

 

 

「止めて下さい!!」

 

 

「ふふふふ、やはり同類の死を見詰める事は出来んか。

 止めて欲しければ、テンカワ アキトの使用している機体のデータを出せ。」

 

「そ、それが目的だったの!!」

 

 北辰の目的を知って、エリナさんが怒りの声を上げます。

 

「そうだ、テンカワ アキトの強さはその実力のみに在らず。

 操る機体にも大きな秘密があると、我等は考えたのよ。」

 

 くっ!! 今、ブラックサレナのデータを奪われる訳には・・・

 

「さあ、大切な仲間を見殺しにするのか?」

 

「ルリさん!! 僕は大丈夫で・・・!!」

 

 

 ガスゥ!!

 

 

「ハーリー君!!」

 

 

 北辰に殴られたハーリー君の身体が、床でバウンドします!!

 そしてそのまま動かなくなるハーリー君・・・

 

「う、あ、ああ・・・」

 

「まだ生きてはおる。

 さあ、どうする?」

 

「ルリちゃん・・・艦長命令です、データを渡して。」

 

 ユリカさんが硬い声で私に命令をします。

 ・・・全ての責任を、自分で背負われるつもりですか!!

 

「なかなかの判断力だ、地球人の艦長にしては逸材よな。」

 

 そう言って笑う北辰に・・・クルー全員が憎しみの目を向けた。

 

「くふふふ・・・心地よい視線よ。

 さあ、早くしないと小僧の首が胴から離れるぞ?」

 

 何時の間にかハーリー君の首に、北辰の部下が短刀を突き付けていました。

 

「くっ!! 卑劣な!!」

 

 私は唇を噛み締めながらオモイカネを操り。

 ブラックサレナのデータをディスクにダウンロードします。

 

「変な細工はするだけ無駄だ。

 ・・・どちらにしろ、我が軍にお主も連れて行くのだからな。」

 

 

「なっ!!」(クルー全員)

 

 

 覚悟はしていましたが・・・それを聞いて私も恐怖を覚えました。

 そしてラピスは・・・人形になってしまいました。

 その虚ろな瞳は何も映してはいません、何も・・・

 

「・・・終りました。」

 

 私がディスクを差し出すと、部下の一人が受け取ります。

 

「今後の指示は?」

 

「・・・三人もいらん。

 二人の妖精を残し、後は全て消せ。」

 

 

「!!」

 

 

 その台詞に、ブリッジに絶望の声があがります!!

 

 

「そんな約束と違います!!」

 

 

 私の非難の声を・・・嘲る北辰!!

 

「ふん、強者が弱者の約束を守る必要はあるまい。

 お前達地球人が我々にしてきたことと同じよ。」

 

 そして部下に片手で合図を送り。

 それを受けた部下が短刀を・・・

 

 

「止めて〜〜〜〜〜!!」

 

 

 ドシュッ!!

 

 

 ・・・赤い血が宙に舞いました。

 

 

 

 

 

 

「き、貴様!!」

 

「へへ、これでもプロなんでね。

 契約は最後まで守らないとな。」

 

 ナオさんが・・・自分の腕を差し出して、ハーリー君を助け出します。

 そして深く刺さった短刀を掴み、部下の腹を蹴り上げます!!

 

 

 ドカッ!!

 

 

「ぐわ!!」

 

 後ろに吹き飛ぶ北辰の部下。

 しかし、直ぐにその場に立ちあがります。

 

「なかなか見所のある男よ・・・しかし、悲しいかな無駄な努力よな。」

 

 北辰が薄く笑いながら、満身創痍のナオさん嘲ります。

 そしてナオさんは・・・

 

「へっ!! 俺の仕事はナデシコクルーを守るだけよ。

 ・・・お前達を倒すのは、とっておきの主人公に任せる事になってるんだよ!!」

 

「ならば、夢を抱いて死ね。」

 

「きえぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 吹き飛ばされた部下が、怒りの声も凄まじく突進をし・・・

 

 

 ガスッ!!

 

 

「ぐあっ!!」

 

 破壊されたブリッジの入り口から、飛び出して来た人影に・・・弾き飛ばされました!!

 そう、あの人にです!!

 

「・・・お疲れ様です、ナオさん。」

 

「おせ〜ぞ、馬鹿野郎が。」

 

 そして意識を失ったナオさんを、支えながら床に降ろし。

 静かに、こちらを向きます。

 

 その内に眠っていた鬼気を解放しながら。

 

「・・・変らないな、お前は。」

 

「・・・我は初めて会ったと思うがな、テンカワ アキトよ。

 しかし、素晴らしい鬼気よ、何がお前にその業を身に付けさせた?

 おい、気絶しているあの馬鹿を連れて逃げろ。」

 

「し、しかし北辰様!!」

 

「お前達では束になっても絶対に勝てん。

 こやつ・・・我より修羅の道を歩いておるわ。」

 

 ・・・北辰は倒れた部下を、残りの部下を使って引き上げさせ。

 自分一人でアキトさんと対峙しました。

 

 私達は・・・鬼気と狂気の渦に巻き込まれ。

 指一本も動かす事が出来ません。

 

「我は人の身にして外道となった身・・・

 しかし、現世で修羅と出会えるとはな。」

 

「・・・ごたくはいい。

 貴様は未来も現在も・・・本質は変らないと知った今。

 俺に躊躇いは、無い!!」

 

 

 ガシッ!!

 

 

 一瞬の出来事でした。

 大きな激突音の後・・・何時の間にかお互いの位置を変えた、アキトさんと北辰の姿があります。

 

 そして・・・

 

 

 ガクッ・・・

 

 

「くっ!! 外道では修羅に勝てぬか。」

 

 右肩を抑えて、北辰が片膝をつきます。

 アキトさんが・・・勝ったのです!!

 

「・・・辞世の句でも読むか?」

 

「まだ・・・我は死なん!!」

 

 

 ビュッ、ビュッ!!

 

 

「無駄だ、俺に飛び道具など・・・!!」

 

 確かにアキトさんは余裕で、北辰の投げナイフを捌きます!!

 しかし、一本のナイフはユリカさんの喉元に向っていました!!

 

「くっ!! 小細工を!!」

 

 

 カンッ!!

 

 

 右足を振り上げ、ブーツでナイフを蹴り上げるアキトさん。

 そして、その隙に北辰は・・・

 その場から逃げ出していました。

 

 

「・・・くそっ!!」 

 

 

 万感の思いが篭った言葉を吐くと。

 アキトさんは北辰を追って、ブリッジを飛び出して行きました。

 

 後には、二人の対決に取り残された私達だけが・・・

 

 今、時は凄い勢いで加速しだしました。

 私達はこの荒波に勝てるのでしょうか?

 ・・・今までの、私達の成長の真価が問われる日が、近づいています。

 そして・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

第十五話 サイド・ストーリーに続く

 

 

 

 

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