< 時の流れに >

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺が到着した時。

 その周辺には、艦隊など存在はしていなかった。

 

 ・・・そう、宇宙に漂うのは破壊しつくされた、戦艦の残骸のみ。

 

 俺がブラックサレナBで、月面上からこの戦場に到着するまでの所要時間は、限りなく短い。

 その短時間で、これだけの破壊活動が可能なのか?

 少なくとも、俺以外の誰かに・・・

 

「くくくくく、流石に行動が早いじゃないかテンカワ アキト・・・」

 

「・・・貴様が、この艦隊を?」

 

 何処からともなく、通信だけが俺のブラックサレナに繋がる。

 その声には、俺に対する並々ならぬ闘志を感じる。

 ・・・こいつは一体、何者だ?

 

「実に・・・良い気分だ。

 こんな気分になれたのは、あの父親の目を抉りぬいた時以来だよ。」

 

「!!」

 

 そこか!!

 

 

 ドォワァァァァァ!!

 

 

 俺の放ったグラビティ・キャノンが・・・虚空を貫く?

 完全に捉えたはずだぞ!!

 

 俺が視界に捉えた機影は・・・真紅のエステバリスの様なモノだった。

 あれが?

 あの一機で、地球連合の艦隊を沈めただと?

 

      ドウゥ!!

     

                ドゥゥッ!!

 

 しかし、俺にはその確認をしている暇など無かった。

 敵の反撃が始まったのだ!!

 

「くっ!! 何て精度の射撃だ!!」

 

 しかも、この攻撃は俺のグラビティ・キャノンと、同じ位の威力がある。

 それは敵の第一撃が、ブラックサレナBのディストーション・フィールドを貫通した事で証明された。

 つまり・・・当たれば殺られるという事だ!!

 

 

 ゴゥ!!

 

 

 俺は一気にブラックサレナBを、トップスピードに叩き込み回避をする。

 しかし、敵の攻撃は俺の行動を先読みして、繰り出されている!!

 これはまるで・・・俺の戦闘パターンだ!!

 

「小回りの効かないブースターオプションでは、避けきれんか!!」

 

 俺は直ぐに決断を下し。

 ブースターオプションを切り離す!!

 

 バシュ!!

 

 そして、敵の攻撃を回避しつつ、カノン砲で敵を牽制する!!

 

                   ドォン!!

 

      ドドォン!!

 

 しかし、敵は俺の攻撃を余裕で避ける・・・

 今度こそ確認が出来た。

 コイツは・・・コイツの乗る機体は・・・

 

「はははは!! いいぞテンカワ アキト!!

 そうだ、この緊張感だ!! お前だけが俺の飢えを癒してくれる!!」

 

「勝手な事を・・・ほざくな!!」

 

 俺とその敵・・・

 漆黒のブラックサレナと、真紅のサレナ。

 どうやら運命の女神とやらは、俺が余程嫌いだとみえる。

 

 

 

 

 

 

 私達がその場に到着した時。

 自分達の見た事が信じられなかった。

 

  ドウッ!!               ドドドン!!

 

            ギャオォォォン!!

 

                                       グワァン!!

 

   ズドドドドドドンンン!!!

 

 お互いに激しく撃ち合い、その相手の攻撃を神業に等しい動きで、お互いが避ける。

 そして、一瞬にして間合いを詰め、近距離で撃ち合い。

 また、離れながら攻撃を加える。

 そして、その二つの機影は・・・漆黒と真紅の・・・     

 

「ブラックサレナが・・・二機?」

 

「そ、そんな!!」

 

 私の呟きに、ユリカさんが驚愕の声を上げます。

 

「しかし、これは現実だ。

 アキト以外で、あの機体を操縦できる人物がいるとはな。」

 

 額に汗を掻きながら、シュン副提督が発言し。

 

「これは・・・一大事ですよ。

 木連に、テンカワさんと同レベルのパイロットが存在したとは。」

 

 そのプロスさんの言葉は、余りに衝撃的だった・・・

 先程、アキトさんは自ら悪者となり、ナデシコクルーに活を入れました。

 自分がナデシコの敵になる事も有り得る、と。

 しかし、厳しい教訓として刻み込まれるだけだったその事件が。

 今、現実となって私達の前に現れた。

 

 

 

 

 

「くっ、本当に乗りこなしているのか!!」

 

 信じられん!!

 ・・・いや、これは俺の驕り、か。

 北辰を圧倒したからと言って、木連に奴以上の兵士がいない訳ではなかったな!!

 

 しかし、先程のコイツの言葉からすると・・・

 

「ふっ、少し自己紹介をしようか?

 俺の名前は北斗・・・北辰の愚息よ。」

 

 お互に対峙した状態で、北斗と名乗る男は驚くべき真実を話し出した。

 そしてその時、意外な人物から通信が入る。

 

「・・・北斗!! 『真紅の羅刹』なのか!!

 だが、貴方は死んだはずだ!!」

 

「ほう、俺の事を知っているのか?

 ・・・ならば木連の関係者だな、なのに何故敵の艦に乗っている。」

 

 そう、北斗に話し掛けたのは、ナデシコのブリッジにいる三郎太だった。

 

「恥ずかしい話ながら、撤収時に置いてきぼりにされましてね。

 この艦に捕虜として囚われたんですよ。」

 

 顔は苦笑をしていたが、北斗に話し掛ける声は震えていた。

 

「・・・まあ、いい。

 俺の興味はテンカワ アキトただ一人だ。

 こいつと戦う為に、俺は木連に帰って来た。

 親父に幽閉されていた檻を壊してな!!」

 

            ドウゥゥゥゥ!!

 

 急加速で俺に向かって跳ぶ北斗!!

 だが、甘い!!

 

「生憎と、俺は貴様に興味など無い!!」

 

   ブオォォォォンンン!!

 

 両手に持っていたカノン砲を放り投げ、腰のDFSを掴む!!

 そしてDFSの真紅の刃が、北斗の真紅のサレナを横なぎに捉える!!

 

 バシュゥゥゥゥゥンンン!!

 

「な!!」

 

「ふふふ、実に面白い武器だ・・・使い手を選ぶとはな。」

 

 俺のDFSの刃は・・・北斗の繰り出したDFSの刃によって、止められていた!!

 

 

 

 

 

 

「今度は・・・DFS!!」

 

 次々に明かされる北斗の実力に・・・私達は戦慄した。

 

「三郎太さん!! あの北斗と言う人は、何者なんですか?」

 

「かん、いや・・・え〜と、君、名前は?」

 

 ・・・こういう時、ちょっと煩わしいですね。

 お互い初対面、という事になってますから。

 

「ホシノ ルリ、ナデシコのオペレータです。」

 

 そして、一通りブリッジの人を紹介します。

 

「で、あの北斗と名乗る男は何者なの?」

 

 エリナさんが凄い剣幕で、三郎太さんに迫ります。

 実は、私もそうしたい気持ちです。

 

「北斗は・・・北辰の息子だった男です。」

 

「だった?」

 

 ユリカさんが頭を捻っています。

 そして、外の戦闘は・・・

 既に私達では、何が起こっているのか理解出来ないモノになっていました。

 

 

 

 

 そうか・・・DFS同士がぶつかると、これ程の衝撃が発生するのか。

 激しい振動に襲われるアサルトピットの中で・・・

 俺は自分でも驚くほど冷静に、北斗の攻撃を捌いていた。

 そう、俺は認めた。

 北斗は俺と同等か、それ以上の技量を持つ敵だと。

 

 今はお互いに接近戦に入り。

 DFSの刃によって、一瞬の攻防を繰り返している。

 

 突き、払い、薙ぎ、斬る

 

 避け、捌き、流し、弾く

 

 お互いの攻撃に余裕は無い。

 ただ無心に相手の隙を突き、相手の攻撃を紙一重で避ける。

 身体の底から力が湧いてくる。

 全力を尽くしてもなお、勝てないかもしれない敵が、今目の前にいる。

 

 なのに・・・何故、俺は微笑んでいる?

 

 

     ギャィィィィィィンンンン!!

 

 

 大きくお互いの刃が弾かれ。

 一旦大きく距離を取る、俺と北斗。

 

「はははは・・・楽しいな、テンカワ アキト。

 お前も飢えていたんだろ? 全力を叩き付けれる相手に?」

 

「・・・さあ、な。」

 

「否定はしない・・・それが、お前の本心だろうが。

 俺は嬉しいぞ、お前と言う存在に出逢えてな!!」

 

 確かに・・・北斗から感じるのは、歓喜の感情だ。

 なら、俺は?

 

「この武器もまた良い・・・この機体もな。

 そうだな、コイツの入手先を知ってるか?」

 

「何となくな。」

 

「地上で極秘に作っていたらしいな、その機体?

 もう少し警備を厳しくした方がいいぞ。」

 

 ・・・やはり、そうか。

 

 クリムゾンの諜報部・・・俺の頭の中にそんな単語が浮かぶ。

 管理体制の強化を急がないとな。

 もう、後悔をしているが。

 

「このDFSは、軍にサンプルとして提出したものらしいな。

 これも改良して、ある企業が木連に進呈してくれたぞ。」

 

 軍内部にもクリムゾンの手先はいる・・・そう言うことか。

 扱える者はいないと判断した、俺達のミスだな。

 

「だが・・・お陰でお前と全力で戦える。」

 

「何とも・・・惚れられたものだな。」

 

「おお、ベタ惚れよ!!」

 

 

 ギャウゥゥゥゥゥゥンンン!!

 

 

 苦笑をしながら、俺と北斗は斬り合いを再開した!!

 

 

 

 

 

 

「当時・・・彼は10歳にして、実の父である北辰を越えたと言われています。」

 

「あの男をですか?」

 

 プロスさんが驚きの声をあげる。

 

 前日に、このナデシコに潜入した男。

 その男の名前が北辰だと、アキトさんは皆に話していた。

 それも、木連で一番危険な人物だと注意をして。

 実際、北辰の一派の攻撃で、ナデシコは多大な被害を受けた。

 その実力は皆が身に染みています。

 

 しかし・・・その北辰をすら凌駕する人物がいるとは。

 

 そして、三郎太さんの話は続きます。

 

「北辰の英才教育を受け・・・幼少にして暗殺術と、木連式の奥義を極め。

 そして、10歳の年齢にして、北辰の左眼を抉った人物。」

 

「実の父親の目を抉ったんですか!!」

 

 その話を聞いて驚くメグミさん。

 ・・・私も驚いています、声が出せないのです。

 

「そう、その後は彼の話を聞かなくなりました。 

 噂では、その成長を恐れた北辰に殺されたとか・・・

 あれから8年、今伝説の『真紅の羅刹』が目の前にいる。」

 

 何と言っていいのか・・・

 そんな表情で、三郎太さんは二人の戦いを見ています。

 

 それは、私達も同じでしょう。

 北斗さんは、どうしてアキトさんに拘るのでしょうか?

 

 そして、私達が見守る中・・・アキトさん達の戦いは、ますますヒートアップしていきます。

 まるで、お互いの存在を試す様に・・・

 

 

「「バーストモード・スタート!!」」

 

 

 そんな!! あの真紅のサレナはバーストモードまで備えている!!

 

 

 ギュワァァァァァァァァ・・・

 

 

 そして放たれる、二人の必殺技。

 

「蛇王牙斬!!」

 

「竜王牙斬!!」

 

 

 ギュォォォォォォオオオオオオオンンンン!!!

 

 

       ゴァァァァァアアアアアアアアアア!!!

 

 

 真紅に染まった蛇と竜が・・・

 お互いに絡み合い、周囲に激しい衝撃波を放ちます!!

 

 

「衝撃波・・・きます!!」

 

「総員、対ショック体勢!!」

 

 私の報告を受け。

 ユリカさんが素早く指示を出します。

 

 

 ドォォォォォォォオオオオ!!!

 

 

「きゃぁぁぁぁ!!」

 

「ぐぅう!!」

 

「きゃっ!!」

 

 揺れ自体は直ぐに収まりました。

 しかし、私達の心の動揺は・・・全然収まりません。

 

「・・・これが、アキトの本気の戦いか。

 確かに次元が違うな。」

 

「それ以前に、とても機動兵器同士の戦いとは思えませんね。」

 

 体勢を整えながら、シュン副提督が呟き。

 それを聞いた三郎太さんが、呆れた口調で言い返します。

 

「こんな奴と戦っていたのか、俺は・・・

 良く生きてたもんだよ、まったく。」

 

 今更ながら、自分の命が危なかった事に気が付いたみたいです。

 

「でも・・・テンカワ君レベルの相手との戦いなんて、絶対に有り得ないと思っていたけど。」

 

「世の中は・・・広いですな。」

 

 エリナさんとプロスさんが、頭を振りながら起き上がり、そう言います。

 

「でも・・・アキトだもん、絶対に勝てるよ。」

 

「そうですよね、アキトさんならきっと。」

 

 ユリカさんとメグミさんの視線は、ウィンドウに映る二つの機体を見詰めていました。

 

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ・・・流石にさっきの攻撃は厳しかったな。」

 

 襲い掛かる衝撃と、吹き飛ばされる艦隊の残骸を避けるため。

 俺と北斗は必死の回避行動をしていた。

 

「くぅ!! は、はは、お互い馬鹿な事をしたもんだな。」

 

 そして、沈黙が訪れ・・・

 お互いの荒い息だけが、アサルトピットに木霊する。

 

「・・・その機体にもやはり、小型相転移エンジンが?」

 

「ああ、完成品はまだらしいが。

 俺としては、一刻も早くお前と戦いたくてな。」

 

 盗まれた小型相転移エンジンは目の前・・・と言う訳か。

 もっとも、取り返すのは困難、の一言で済まされない相手ときたしな。

 

「ふぅう・・・次で決める。」

 

「待ってたぜ、その言葉。」

 

 何故か笑いたい衝動にかられた。

 

「おい、今笑っただろ?」

 

「お互いに顔も見えないのに、どうして俺が笑ったと解るんだ?」

 

「俺が笑ったからさ。」

 

 その言葉を最後に・・・

 お互いのDFSに、再び真紅の刃が生まれる。

 

 

 ギュオォォォォォォォォオオンンン!!!

 

 

 チャンスは一瞬、それもこの一撃のみ。

 もう、俺のブラックサレナの小型相転移エンジンは限界にきている。

 それは、北斗の機体も同じだろう。

 何から何まで俺と同じ機体・・・

 だからこそ、誤魔化しは効かない。

 俺と北斗のどちらの腕が上か。

 

 ・・・この一撃で確かめる!!

 

 

 

 

 

   ドンッ!!

 

 お互いが、弾かれた様に前方に飛び出す!!

 通信を聞いていた限り、これが最後の攻撃!!

 私はアキトさんの勝利を願い、必死に目を凝らします!!

 

「言ったよな!! 改良された、ってな!!」

 

 

 ギュワァァァァァァンンンン!!

 

 

 北斗のその宣言と共に、DFSの刃を形成している柄の反対側からも、真紅の刃が出現する!!

 そんな!! 何て人なの!!

 刃を作るだけでも困難なDFSを、同時に二つ発生させるなんて!!

 

 

 ギャオォォォォンンンン!!

 

 

「くぉぉぉ!!」

 

 上からの北斗の攻撃を、アキトさんが右手に持つDFSで弾き飛ばし。

 お互いの武器が、北斗は上に、アキトさんは右に流れ。

 

 そして、その隙を北斗は逃さず・・・

 

「貰った!!」

 

 ギュン!!

 

 その場で柄を回転させながら、反対側に発生した真紅の刃が、アキトさんに襲い掛かります!!

 

「俺も言ってなかったな!!

 何も一刀とは限らん、と!!」

 

 

 ギユォォォォォォォォオオオオオ!!

 

 

 アキトさんの左手に発生する、DFSの真紅の刃!!

 そうか、ブラックサレナにはDFSは二つ、装備されていました!!

 

 

 ギャリィィィィィィィィイ!!!

 

 

                 バチバチバチ!!!

 

 

「ぐおぉおおおお!!」

 

「がぁあああああ!!」

 

 

    バシュウゥゥゥ・・・

 

 

 アキトさんのブラックサレナは右腕を・・・

 北斗の真紅のサレナは左腕を・・・

 お互いに傷を負い、静かに離れ二人。

 

「・・・く、くくくくく

 はぁはっはっはっはっ!!

 最高だ!! 最高だよテンカワ アキト!!」

 

「お前も、な。」

 

 お互いに動く力も無く・・・

 ただ、離れていく。

 

「今回は引き分けだ。

 次回もそうなのか・・・それは解らん。

 だが、俺はお前を逃しはしない。

 つまらないと諦めていた人生に、初めて見つけた生きがいだからな。」

 

「勝手に生きがいにするな、迷惑だ。」

 

「はははは!! また会おう、テンカワ アキト!!」

 

「何を勝手な事を・・・何だと!!」

 

 

 ゴオォォォォォォォォォ!!

 

 

 遠くに流れ去る北斗の機体・・・

 その先に一台の戦艦が姿を表します。

 しかし、その戦艦は・・・

 

『北斗様、敵の新造戦艦の奪取、成功いたしました。』

 

「ふん、ナデシコも居なければ、テンカワ アキトも不在だったんだ。

 成功しない方がおかしいだろうが。」

 

『ご、ごもっともで御座います。』

 

 北斗の氷の声に、怯えを含んだ返事が返ってきます。

 

 そのやり取りを、黙って見ている私達・・・

 アキトさんは動けない今、下手な行動は出来ません。

 相手はナデシコ四番艦シャクヤクと、北辰の部下達。

 今のナデシコの戦力では・・・余りに不利です。

 それが解っているのでしょう、ユリカさんも沈黙をしています。

 

 そして、アキトさんは・・・

 

「北辰を倒せば、北斗現る、か。

 ・・・これが歴史の答えなのか?」

 

 疲れた表情でそう呟いていました。

 

 歴史は・・・繰り返す事無く、アキトさんに更なる試練を与えます。

 私達は、何処まで試されなければなら無いのでしょうか?

 

 運命の神とは、皮肉が好きなのですね・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第十七話 へ続く

 

 

 

 

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