< 時の流れに >

 

 

 

 

 

第二十一話.いつか走った「草原」・・・夢と消えし現実

 

 

 

 

 

 

 

 ―――俺の望みは何だった? 

 

 その答えは時と場合により、大きく変化をしてきた。

 アフリカでの日々には平穏を・・・

 西欧方面軍では生き残る事を・・・

  

 そして今は・・・

 

 

 

 

 

「オオサキ提督、アキトを宜しくお願いします。」

 

 地球行きの連絡船に向かう俺に、艦長から声が掛る。

 自分も着いて行きたい・・・と、目が主張をしているが。

 それを認めるわけにはいかない。

 俺が抜けた後は、艦長の判断でナデシコの運営をしてもらわないと駄目だからな。

 

 それが解らない艦長じゃない。

 既に俺がいちいち注意をする必要は無い。

 元々、俺より才能は豊かだったからな。

 俺に出来る事は、いまや本当に助言だけだろう。

 

「隊長、時間が惜しいですから急ぎますよ。」

 

「ああ、解ってるさ、アリサ君。」

 

 俺の乗船を促すのは、連絡船のコクピットに座っているアリサ君だった。

 彼女もアキトの事が心配なのだろう。

 ・・・実は、アキトの意識が一日経っても目覚めていない。

 今までどんな重症を負っても、次の日には意識を回復をしていた。

 だが今回は重力制御装置の許容量を遥かに超えるGの中―――

 DFSを使って放った、超弩級の攻撃が精神に深いダメージを与えているらしい。

 

 その事を踏まえて、俺の付き添いにはイネス君が同行している。

 またこれ以上ナデシコの防備を疎かに出来ないので、同行者はもういない。

 

 サラ君が泣き顔で俺に頼み込んできたが・・・今は地上こそが戦場である。

 下手に人員を増やすと、同じ悲劇を繰り返し兼ねない。

 そう考えた俺は、心を鬼にしてサラ君の嘆願を却下したのだ。

 

 ま、今は恨めしそうな目で見ているが、頭の悪い娘じゃない。

 俺の言いたい事にも気が付いてくれるだろうさ。

 

「じゃあ、行ってくる。」

 

「はい。」

 

 整備班全員と、艦長達に見送られながら。

 俺とアリサ君、そしてイネス君を乗せた連絡船は地上―――地球へと向かった。

 権力と言う、不条理な力に支配された決闘場に向けて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、私は夜空を舞う八匹の真紅の竜を見ました。

 そして、幾千万もの流星を―――

 

 

 暖房の効いた部屋で、私はある男性のベットの隣に座っています。

 ふと気が付き―――眠ってる男性の額の汗を拭います。

 穏やかな寝顔ではありますが、少なくとも今は魘されてはいませんね。

 初めてこの病室を訪れた時には、苦しそうな声で唸ってられましたから・・・

 

 ですが、この男性が私達の命の恩人なのです。

 まだ20歳にも満たない、少年とも言えるこの人が。

 

「・・・また、無茶をされたんですね。

 あまり早くあの娘の所に行くと、怒られちゃいますよ。」

 

 汗を拭いたタオルを水を張った洗面器に浸しながら、私はそう呟きました。

 でも止めても聞くような人じゃないですし。

 何より、彼が無茶をしていなければ、地球そのものが―――

 

 本当に色々な想いを背負っているんですね。

 私ではとても支えきれない様な・・・

 

 トントン・・・

 

 突然、病室のドアがノックされました。

 今、この部屋に訪れる事が可能な人物は限られています。

 何しろ彼はこの西欧方面軍―――いえ、ヨーロッパ各国にとって、本当に命の恩人なのですから。

 見張りをしてる兵士の方達の気合にも、見ていて凄いものがあります。

 そんな彼等がこの部屋に通す人物とは・・・

 

「どうぞ。」

 

     ガチャ!!

 

 やはり、私の想像通りの人物でした。

 その人物は何時ものサングラスにスーツ姿でしたが、吊るした左腕が痛々しいです―――

 

「や、お疲れ様、ミリア。」

 

「ナオさんこそ、寝てなくていいのですか?」

 

 私の問に、彼は苦笑をして応えてくれました。

 やはり心配なのですね、貴方にとっては・・・弟みたいな存在ですからね。

 この『漆黒の戦神』と呼ばれる少年、テンカワ アキトさんは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあ、ジュン・・・何度でも言うが、お前には向いてないぞ。」

 

「・・・そんな事、やってみなければ解らないでしょう?」

 

 ドウゥン!!

 

 俺の忠告を無視して、ジュンが再びブラスターを撃つ。

 だが、その弾丸は目標を貫通する事は無かった・・・

 

「ほら見ろ、お前は戦闘には向かないぜ。」

 

 チャキッ!!

 

   カチャッ、カチャッ・・・

 

 俺の言葉を無視して、そのままブラスターの弾丸を補充するジュン。

 その手を覆う包帯には、ブラスターの反動により再び傷口が開き・・・赤く染まっていた。

 だが今のジュンは自分の傷の事など、微塵も気にしてはいない。

 

「別に復讐が悪いとは言わない。

 だが、お前にそれに見合った実力があるのか?

 はっきり言って、返り討ちにあう可能性の方が高いぞ。」

 

    ジャキッ!!

 

「・・・自分の手で、仇を討つ事に拘って何が悪い。」

 

 俺に向けてブラスターの銃口を向け―――感情を伺えない声で話すジュン。

 その瞳には数日前・・・あの時から宿った暗い炎が、轟々と燃え盛っていた。

 

「敵討ちが達成出来れば、な。

 相手と自分の実力差も把握できない奴が、クリムゾンの刺客に勝てるものか。」

 

   ドゥゥゥゥゥゥンンンンンン!!!!!!

 

 俺の耳を掠めるように弾丸が飛び・・・

 背後の壁に大きな穴を穿つ。

 

 だが・・・

 

「一日や二日の特訓で、『フェザー』を使いこなせるものか。

 それはお前自身、痛感しているだろうが。」

 

 先程の弾丸にも、あらゆるモノを貫く―――あの赤い光は宿ってはいなかった。

 そして俺は視線を射撃訓練場の一角に向ける。

 俺の視線に釣られるように、ジュンもその方向を見る。

 

 そこには、胸に大穴を開けたターゲットが5つ程並んでいた。

 

 ナオがジュンに頼まれて、一度だけ放って見せた『フェザー』の破壊跡だ。

 あの5つのターゲットに周りには、ディストーション・フィールドが張られていた。

 だがそのフィールドを紙の様に貫き、ナオの放った真紅の軌跡はターゲットの胸に大穴を開けたのだ。

 

『・・・イメージが全てだ。

 この一点に、全ての意識を集中させる事。

 俺からアドバイス出来るのは、それくらいだな。』

 

 ジュンの質問にそう応えた後、ナオはその場を去った。

 重症のナオには悪いが、警護する対象がいる以上、ナオの奴が大人しくベットで眠る事はないだろう。

 例え、今俺達が連合軍に保護されていたとしても―――

 

 ナオが去り2時間が経過したが、ジュンが練習を止める素振りは無かった。

 俺は30分ごとに、ジュンの様子を伺いに来ていたのだ。

 

「アキトに鍛えられたナオでさえ、5発が限度だ。

 しかも、極限の集中力と―――特殊な才能が必要になる。

 お前にそれが備わっているのか?」

 

 良くも悪くも、使い手を選ぶ武器ばかりをアキトやナオ達は使用する。

 それは俺やジュンのような一般人には、到底扱いきれない代物ばかりだ。

 強力な武器故に―――資質を問われのだ。

 

 そう、あの『ブローディア』の様に。

 

「資格が無いと言うのなら、手に入れて見せますよ。

 これは僕・・・いや俺自身の誓いだ。

 彼女の無念を晴らす、その日まで俺は止まれない。」

 

     ドガァン!!

 

 その後は、俺の存在など無視をしてジュンは練習に集中していた。

 ・・・決してジュンに才能が無い訳じゃあない。

 訓練を続ければ、あるいはナオ以上に『フェザー』を扱えるかもしれん。

 だが、戦う手段を手に入れたジュンが、本当に仇討ちを成功するだろうか?

 はっきり言って、分が悪過ぎる―――

 

 何も復讐が悪いとは思わない。

 まだ彼女の死を悼んで、後追い自殺をされないだけマシだ。

 そう言う意味では、ジュンの気概はやはり軍人のモノだった。

 

「復讐、か―――」

 

 俺と隊長が一時期その道に染まった事がある。

 だからこそ、ジュンの気持ちも解るし復讐の困難さも知っている。

 ジュンは知っているだろうか?

 復讐者には、己の全てを捨て去る強さが必要な事を。

 孤独を唯一の友にする覚悟がいることを―――

 

   ガオゥーーーーーン!!

 

 射撃訓練場を後にする俺の背に、ブラスターの悲鳴が跳ね返る。

 それが俺にはジュンの心の悲鳴に聞えた。

 

 

 

 

 

 

「様子はどうだ?」

 

 俺はミリアの隣に立ち、アキトの事を訪ねる。

 地球に降りてきてから三日が経つが、一度としてアキトは目覚めなかった。

 肉体的には、何時もの超常の回復力で傷は癒えているのだが・・・

 後は、精神的な問題だろうか?

 

「やはり、目が醒める様子はありませんが・・・」

 

 ミリアが心配そうにアキトを見ている。

 俺としてはちょっと妬けるが、アキトの世話はミリアに任せておけば大丈夫だろう。

 

 ・・・ナデシコに帰ってから、『人の女に手を出した』と艦長達に密告してやる。

 

「でも、ナオさんも結構重症なのですよ?

 休んでなくていいのですか?」

 

 俺の事を気遣ってくれるミリアの事が嬉しくもあるが・・・

 俺は意識の無いアキトの警護をしないといけない身だからな。

 

「アキトの警護を休むわけにはいかないからな。

 今の俺達の敵は・・・連合軍だから。」

 

 ミリアを正面から見詰め、俺がそう説明をする。

 

「西欧方面軍の方達も・・・ですか?」

 

 暗い表情で俺にそう質問をする、ミリア。

 そんなミリアに向かって、俺は無言で頷いた。

 

「西欧方面軍全員がアキトの事を信用している訳じゃ無い。

 ましてや、今のアキトは意識不明の状態だ。

 普段のアキトなら歯牙にも掛けない相手でも―――今なら殺せる。」

 

 アキトの排除には、複数の理由が存在している。

 功名心、然り。

 嫉妬心、然り。

 そして、未来の脅威に対する保身―――然り、だ。

 既に俺は数名の不審人物を捕まえている。

 

 その全員が・・・西欧方面軍所属の軍人であった。

 

 今、アキトの療養しているこの部屋を中心にして、数々の陰謀が渦巻いている。

 こんな場所に、本当ならミリアを連れて来たくは無かった。

 だが、ミリア以外にアキトの世話を頼める人がいなかったのも、事実なのだ。

 今は全ての人物を疑わないといけない状態なのだ。

 

「でも、それでは私も疑われるのでは?

 私が一番、アキトさんに近い位置にいるんですよ。」

 

「・・・ミリアがもし裏切るなら。

 それを見抜けなかった俺の責任だ。

 その時には俺なりのケジメを取るさ。

 約束しただろう―――ずっと一緒だって。」

 

 無言で寄り添ったお互いの体温が、心まで温かくしてくれた。 

 

 

 

 

 

 

 カンカン、カン・・・

 

 スラスターの一部にスパナを軽く叩きつけながら、俺は眉を顰める。

 

「ディア、右足のスラスターの調子が悪いんだろ?」

 

「うん、正解。

 でもそんな方法でよく故障個所が解るね?」

 

 俺の耳にはディアの声だけが聞えた。

 今の場所を考慮して、ディアには姿を現さないように指示をしている。

 

「伊達に『ブローディア』の開発に最初から参加してないんだぜ?

 微妙な歪みとかは、一目見ただけで判断できらあ。」

 

 そう言いながら、スラスターの解体に掛る。

 だがこの場で出来る事は、外装の修理と簡単な調整だけだ。

 分解も出来ない事はないが・・・周囲の視線が痛すぎる。

 

 最早、この『ブローディア』の事を知らない軍人は存在しないだろう。

 アキトが操る・・・巨大隕石すら消し飛ばすこの漆黒の機体の事を。

 

「ディア、どれだけちょっかいを受けた?」

 

 視線をスラスターの部品に目をやったまま、俺はディアに問う。

 

「ん〜、6人程かな?

 昨日の深夜2時ごろに来たよ。

 何とかアサルトピットを開こうと頑張ってたけどね。」

 

「だから真夜中に警報が鳴ったんだな?

 まったく、ゆっくり眠る事も出来ね〜ぜ!!」

 

「それはこっちの台詞!!

 私達が動かしたら、いろいろと問題があるんでしょ?」

 

 まったくその通りだ。

 ディアとブロスが『ブローディア』を動かし、自己の安全を守るのは最終手段だ。

 これ以上、『ブローディア』の機能を公開するのは色々と都合が悪い。

 それでなくても、カオス・スマッシャーの威力を見せつけたのだ。

 自己進化をするディアとブロスの存在まで、世間に知らせるつもりは無い。

 それに拘束さえされていなければ、何時でもこの二人によって『ブローディア』は脱出出来るのだからな。 

 

 最後の保険としては、頼もしい限りだ。

 

「で、どうだった最大出力を振り絞った感想は?」

 

  カチャカチャ・・・

 

 細かな部品を交換しながら、俺はディアに訪ねる。

 こうしていても、周囲の視線は俺に集中している事を嫌でも感じる。

 

「死ぬかと思った。」

 

『同じく〜』

 

 俺とディアの話を今まで黙って聞いていたブロスが、突然会話に混じってきた。

 

「初めての全力戦闘が、いきなりアレだったからな〜

 お前達とアキトだったからこそ、地球は無事なのかもな・・・」

 

 並のパイロットとでは、絶対に無理な作戦だった。

 あの強烈なGと襲い掛かる熱の中、冷静にDFSを使って隕石を破壊する事は普通出来ない。

 『ブローディア』の性能の問題だけではない、アキトだからこそ不可能を可能に変えたのだ。

 そしてそのアキトのサポートをこの二人をしたからこそ、成功したとも言える。

 

「それはそうでしょう。

 伊達にアキト兄のサポートはしてないもん!!」

 

『・・・途中で泣き言を言ってたくせに。』

 

「何が言いたいのかな〜、ブロス君?」

 

『べ、別に〜』

 

 その後、二人の声は聞えなくなった。

 どうやら『ブローディア』の中で、激しい喧嘩でもしているのだろう。

 ・・・ま、本当に仲が良い二人だから、別に心配する事はあるまい。

 

「さてと、他の部分のチェックもしておくか。」

 

 

 

 

 

 もう直ぐ、オオサキ提督がこの基地に到着する。

 本当なら、僕は・・・俺はその出迎えをしないといけない立場だ。

 だが、今はそんな事に関わるつもりは無い。

 

 ただ―――無心に目標を睨みつける。

 

     ドウゥーーンンンン・・・

 

 俺が放った弾丸は、目標を穿つことなく弾き返された。

 

 何かが・・・足りない。

 胸の内には狂おしいほどの熱気がある。

 今まで感じた事の無い、圧倒的な力が湧き上がるのを感じている。

 その内圧を解放する為に、ガムシャラに周囲に当り散らしてみたい。

 叫び声をあげながら、ひたすらに何かを殴りつづけたい。

 

 でなければ、狂ってしまいそうだ。

 いや、俺は狂いたいんだ。

 そうすれば、全てから解放される―――

 

 自分の無力さを、忘れる事が出来るじゃないか。

 

 士官学校に在学中には、無能のレッテルと全然縁が無かった。

 天才とは言われなくても、努力をすれば秀才と呼んで貰えると知っていた。

 身近に天才の手本は居た。

 だから自分の分はわきまえていた。

 だが、今はその自分に足りなかったのは―――気概だったと理解している。

 

 

 

     ガシィ!!

 

『駄目だ、駄目だ・・・そんな攻撃と防御じゃ、アイツ等が相手だと一撃であの世行きだぞ。』

 

『くっ!! 手加減は無用と言ったはずだ!!』

 

       ドグッ!!

 

『がっ!!』

 

『・・・甘ったれた事を言うなよ、ジュン。

 アイツ等を相手に素手で戦うのは諦めろ。

 現に、片腕を吊っている俺にすら、手も足も出ないだろうが。』

 

『そ、それでも俺は・・・!!』

 

『―――冷静になれよ、数日で俺に追いつき尚且つアキトのレベルに達するつもりか?

 ・・・世の中そんなに甘くないぜ。

 少し眠って頭を冷やすんだな。』

 

                ゴスッ!!

 

 

 

 

 言われなくとも、そんな事は理解している。

 自分が無茶な事を望んでいる事も。

 格闘戦では幾ら頑張ろうとも、アイツ等に勝つ見込みが全然無い事も。

 

 ・・・だが、この想いを止める事は出来ない。

 そして狂う事も出来ない。

 

 それは―――彼女の事を忘れるという事だから。

 

 

    ドォウンンンン!!!!

 

 

 だが、俺のありったけの想いを込めた弾丸は・・・未だに標的の胸に届かない。

 

 何が足りない?

 俺の狂気では、テンカワ アキトの足元にすら及ばないのか?

 俺の覚悟では ヤガミ ナオに並ぶ事すらも出来ないのか?

 そして・・・復讐者になるには、資格が居るというのか?

 

 ならば、その資格とは一体―――

 

 噛み締めた唇から一筋の血が流れた。

 

 

 

 

 

 

 

第二十一話 その2へ続く

 

 

 

 

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