< 時の流れに >

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでは行って来ます。」

 

『ええ、気を付けてね。』

 

「はい。」

 

  バシュゥゥゥゥゥ・・・

 

 舞歌様からの見送りの言葉を頂き、私は自分の愛機と共に宇宙空間に旅立った。

 

 目的は北ちゃんの回収―――

 

 あの二人が全力で戦っているのだ、優華部隊には手も足も出せない。

 でも、疲れ果てた北ちゃんを回収するくらいなら、私一人でも充分だ。

 それに戦艦内に滞在している、山崎博士と北辰さんに余計な疑いは持たれたくない。 

 その為に舞歌様が操る戦艦は動く事が叶わず・・・

 私一人による、北ちゃんの回収作業が決定したのだった。

 

 まあ・・・私としても異議は無かった。

 ただ、帰ってきた北ちゃんが北辰さんと喧嘩をしない事を祈るばかりだ。

 

「仲・・・悪いからね。」

 

 そんな事を呟きつつ、私は『四陣』の発する誘導電波を追って光神皇を加速させた。

 

 

 

 

 

   ドギャァァァンンン!!

 

 至近距離から繰り出されたブローディアの正拳をダリアが軽く避け。

 そして、延びきった腕を掴み身動きを封じながら、頭部に向かって掌底を繰り出す。

 しかし、その攻撃をブローディアはダリアの胸部を膝で蹴る事で避ける。

 

 次の瞬間には、お互いに少し離れた位置で睨み合う。

 

 私がこの戦場に到着してから既に10分・・・二人の戦いはヒートアップする一方だった。

 最初の頃は、私でもブローディアの攻撃が直線的だと感じていた。

 だが、北ちゃんとの戦闘の中―――その動きは徐々に変わってきた。

 

 フェイントは無い、二人共に一撃に全てを賭けている。

 

 それでも、二人はお互いの攻撃を紙一重で避け、次の攻撃を繰り出す。

 その繰り返しの中で、確実に・・・テンカワ アキトは成長をしていた。

 

 その事実に思い当たり、私の背中には冷たい汗が流れる。

 

「何て人なの・・・アキトさんは・・・」

 

 

 

 

 

『ふぅぅぅ・・・聞えてはいないと思うがな。

 アキト、やはりお前は最高だよ。

 最初はこのまま俺の勝ちで終るかと思ったが―――この短時間でここまで成長するとは、な!!』

 

  ドウッ!!

 

 至近距離から放たれたカノン砲の一撃を、素早く半身になって避けるダリア。

 そしてそのままの体勢から歪曲場に包まれた正拳を繰り出す。

 

    ガシィィィ!!

 

 対するブローディアはカノン砲を放った腕を折り曲げ、肘でその正拳を弾く。

 そして素早く後退をしながら、連続でダリアにカノン砲を発射!!

 

      ドウッ!!

              ドウドウッ!!

 

 しかし、ダリアは逆に間合いを詰めながらその攻撃を捌く!!

 その事に気が付いたブローディアが、至近距離でのカノン砲の不利を悟り距離を広げようとするが・・・

 

『遅い!!』

 

  ガシィ!!

              ・・・ドウゥン!!

 

 そのままの勢いで繰り出されたダリアの前蹴りに、カノン砲を破壊されるブローディア!!

 至近距離でのカノン砲の爆発に、お互いに体勢を崩す!!

 

 そしてその隙を狙うかのように、ブローディアも歪曲場を纏った拳を繰り出す!!

 しかし、ダリアはその攻撃を予測していたかの様に横に跳び退き・・・

 

 だが、それはブローディアの罠だった!!

 

    バシュゥゥゥゥンン!!

 

『何!!』

 

 何時の間にか広げられていた翼―――

 

 漆黒の羽の羽ばたきにより、左腕を切り裂かれるダリア!!

 そのまま追撃の体勢に入るブローディアに対して、牽制の回し蹴りを放つ!!

 

 しかし―――牽制にしても、距離が開きすぎている!!

 

 その攻撃が当たらないと判断したブローディアは、突進するスピードを少し落とす事で蹴りをやり過ごそうとする。

 

                      ガゴォォォォン!!

 

 だが次の瞬間に吹き飛ばされたのはブローディアだった!!

 

『ふっ、少しは知恵を使い出したみたいだからな。

 俺も不本意だが、小手先の技を使わせてもらった。』

 

 不敵に笑う北ちゃんの声が通信機から聞える。

 私の位置からは何とか見えたのだが・・・

 つまり、北ちゃんは『四陣』を素早く放出し、その中の一つを―――蹴ったのだ。

 攻撃が当たるはずが無いと予想をしていたブローディアは、その予想外の『飛び道具』に撃墜された。

 

 ・・・蹴られた青色のクリスタル『蒼天』が、激しく輝いてダリアのパイロットに抗議をしている。

 それはそうだろう、射出された瞬間に問答無用で蹴り飛ばされたのだから。

 だが、その一撃によりブローディアの左肩は陥没していた。

 予想外の一撃の為に、拳に纏っていた歪曲場を防御にまでまわせなかったのだ。

 あの壊れ方を見る限り、左腕を動かす事は不可能だろう。

 

 恐るべし、北ちゃん・・・味方すら攻撃に利用するとは。

 他の3つのクリスタル達も、心なしか怯えているように思える。

 

『ふふふ、心配しなくても修理はちゃんとしてやる。』

 

 周囲を飛ぶクリスタル達に言い聞かせるように話す北ちゃん。

 その言葉を聞いた瞬間、私は『四陣』のAI達に同情をしてしまった。

 

 周囲を旋回する『四陣』達が、不安げに瞬いたのは目の錯覚では無いだろう。

 

 

  ゴァァァァァァァァ!!

 

 暫く沈黙してたブローディアが、突然機体を震わせて声の無い咆哮をする!!

 宇宙空間に疾るその無音の圧力に、私は身体の芯から震えを感じた!!

 

『ふっ、良いぞその殺気・・・まだまだ楽しめそうだな!!』

 

 だが、その咆哮に逆に喜びの声を上げる北ちゃん。

 その瞳は爛々と輝き、口元には抑えきれない喜びが見える。

 

 そして、二匹の獣は再び死闘へと身を投じた―――

 

 

 

 

 

「それで、何処までお送りすればいいのかしら?」

 

「何、最寄の戦艦で良いわ。

 ここに立ち寄ったのは、御主に話したい事があるからよ。」

 

「・・・聞きましょうか。」

 

「草壁殿からの伝言だ、和平の事については舞歌―――御主に一任するとの事だ。」

 

「!!」

 

「ふふふ、どうした和平はお主の願いであろうが?」

 

「素直に喜べないわね・・・本当に草壁中将からの伝言なのかしら?」

 

「後で幾らでも確認をすればよいだろう。

 それに木連の限界も近い、有利な和平を結ぶには地球側にアイツが居る今しかあるまい。」

 

「その『彼』に貴方がした事を忘れて?」

 

「ふっ、それも済んだ事よ。

 こちらから和平に歩み寄るのだ、あの男が断るまいて。」

 

 

     コツコツコツコツ・・・

 

              プシュ!!

 

「舞歌様・・・どう言う事でしょうか?」

 

「氷室君、直ぐに草壁中将に確認の通信を入れてちょうだい。

 それと、優華部隊と優人部隊の集合を連絡して。」

 

「はい、解りました。」

 

     コツコツコツコツ・・・

 

 

 

「・・・素直に喜べないのはどうしてかしらね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 二人の戦いは際限無く続いていた。

 もともとからして、小型相転移エンジンを搭載した機体・・・

 その活動時間は故障か破壊をされない限り、ほぼ無限大だろう。

 

 お互いに相手の限界を引きずり出そうとするかの様に戦いを続けている。

 

 通信ウィンドウに映る北ちゃんの顔には、歓喜の表情が浮かんでいる。

 対するブローディアには通信は一切通じない。

 だが、当初その機体を覆い尽くしてた嫌な気配は―――徐々に薄まりつつあった。

 それはまるで、過去の戦いでテンカワ アキトが北ちゃんの狂気を昇華した時と同じ現象。

 

 テンカワ アキトの狂気を受け止め、尚且つ正気に戻すなんて・・・北ちゃんにしか無理だろう。

 

 私達には絶対に無理。

 ナデシコの機動部隊の人達も、止める事は出来ても助ける事は出来なかったと思う。

 それが解るからこそ、ナデシコの前で布陣をしている彼等は動かない。

 きっと、心中は凄く複雑だと思う。

 今まで最強の敵と考えていた北ちゃんに、自分達の大切な仲間の身を任せているのだから。

 

 それでも生きて帰ってきてくれれば良い。

 生きていればこそ、次の機会はあるのだから。

 

 北ちゃんも近頃は少し柔らかくなった。

 日々の生活でも、人として余裕を感じさせる。

 優華部隊の皆との仲も大幅に良くなった。

 それが、目の前で戦いを繰り広げている―――漆黒の機体のパイロットのお陰なのは皆が知っている。

 

「だから・・・今はそのお礼をしてるんだよね、北ちゃん。」

 

     ガシィィィィンン!!

 

 私の呟きと同時に、二つの機体が大きく距離を取る。

 どうやら、お互いに最後の一撃を放とうとしているようだ・・・

 

 

 

 

 

 

「大丈夫、ラピスちゃん?」

 

    コクン

 

「ミナトさん、ラピスちゃん疲れていますから部屋に連れて行ってあげて下さい。」

 

「了解、艦長。

 さあ、部屋に帰ろうか?」

 

    フルフル・・・

 

「ラピスちゃん?」

 

「ミナトさん、アキトさんの安否が解るまでは・・・動きませんよラピスちゃんは。」

 

「メグちゃんも顔色が悪いよ?

 無理をしない方がいいんじゃない?」

 

「艦長、今回の結末は意地でも最後まで見させて貰います。

 色々とあったんですよ、あの戦艦の中で・・・

 ですから、アキトさんの無事な姿を見ない限り、眠るなんて無理です。」

 

    コクコク

 

「あらあら、随分仲良くなったわね〜

 ラピスちゃんも、メグミちゃんの隣から離れようとしないんだから。」

 

「それだけ・・・大変な目にあったのでしょう。

 ラピス、アキトさんの心は―――見れますか?」

 

「・・・大分、落ち着いてきたよルリ。

 今は―――闇から抜け出そうと足掻いている。」

 

「なら、これが最後の激突だな。

 テンカワが心の闇から抜け出せるか、それとも北斗に沈められるか。」

 

「ジュン君、それって―――嘘!!」

 

 

 

 

 

 

   ギュワァァァァ!!

 

「ほ、北ちゃん!!」

 

『黙ってろ零夜!!

 もう大分『狂気』が『闘気』に変じてきている。

 そろそろ寝起きの悪い竜にも起きて貰わないとな。』

 

 

 DFSを青眼に構えるダリアに、私とナデシコの人達の間に緊張が走る!!

 それはそうだろう、ブローディアはDFSが使えない。

 いや、正確にはパイロットが使えない状態なのだ。

 それを承知で、北ちゃんはDFSを使うと言うのだ・・・驚かない方がどうにかしている。

 

 DFS―――それは両軍併せて、たった二人だけが使える最強の武器

 

 この武器が作り上げる真紅の刃の前には、あらゆる防御は無意味と化す。

 使い手の技量と、エネルギー総量の大きさによってその威力は際限無く肥大し・・・

 つい最近の出来事では、地球に落下する複数の隕石をアキトさんが消し飛ばしたくらいだ。

 

 そして、この攻撃を唯一防げるのは同じDFSによって作られた刃のみ。

 

 この二人の戦いに、何人たりとも介入できない大きな理由の一つがこのDFSの存在だった。

 その真紅の刃を構え、北ちゃんはブローディアを睨みつける。

 

『アキト・・・お前は以前、俺の狂気を受け止め昇華してみせた。

 俺にはそんな器用な真似は出来ん。

 そう、俺に出来る事は全力を持ってして―――

 お前の心に眠っている奴を叩き起こす事だけだ!!』

 

 

    ゴウゥゥゥゥゥ!!

 

 

 素晴らしい加速力を発揮して、一直線にブローディアに迫るダリア!!

 そのダリアを前にして、静かに佇むブローディア!!

 本能が告げているのだろう、DFSの刃を防御する事が不可能だと―――

 

 逃げる事は出来ない・・・ダリアに背を向ける事など、殺してくれと言うようなものだから。

 避けることも不可能だ・・・お互いの技量は伯仲している。

 

 この瞬間にブローディアの中のテンカワ アキトは何を思ったのだろうか?

 迫り来る死の刃を見詰めつづけるその心境は?

 そして、背後から二人を見守るナデシコの人達の心は?

 

 何時の間にか私も心の中で祈っていた。

 誰に対して祈っていたのかは解らない―――

 ただ、アキトさんが北ちゃんにとっても木連にとっても必要な人である事は確かだった。

 そう、私はアキトさんが生き残る事を切に祈っていたのだ・・・

 

 

 

   バシュゥゥゥゥゥンンンンン・・・

 

 

 

 激しい真紅の閃光が、この宙域を満たした―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、北ちゃんはあの時何か確証があったの?」

 

『そんなものは無い。

 だいたいアキトは話せる状況でもなかったんだ。

 ・・・まあ、『獣』が話せると言うのなら聞いてみたい気もするがな。』

 

 最後の激突により完全にオーバーヒートしたダリアを曳航しながら、私は北ちゃんに質問をする。

 

「でも、ギリギリだったね。」

 

『そうでもないぞ、頭部から約5cmは上で受け止めていたからな。』

 

「・・・それは本来ギリギリの距離と言うんだよ、北ちゃん。」

 

 頬に汗を掻きながら私は北ちゃんの意見に突っ込んだ。

 そう、最後の最後の瞬間にダリアが繰り出した一撃をブローディアは受け止めた。

 勿論、右手に掲げる真紅の刃を使って。

 

 

 

 

   バシュゥゥゥゥゥンンンンン・・・

 

 

 殆ど触れ合わんばかりの距離で停止する真紅と漆黒の機体

 

『随分と寝ていたなアキト。』

 

『ああ、ラピスの叫び声が無ければ本当に永眠しているところだったな。』

 

『あの子供のお陰か?

 まったく、『薬』ごときで自分を見失うとは情けない奴だ。』

 

  バシュゥン!!

 

 そう言って再び距離を開けるダリア。

 

『面目無い、俺もまだまだ修行不足だと言う事だな。

 今回はお前にも助けられたよ・・・

 勿論、アカツキ達にもな。』

 

 苦々しいアキトさんの口調に、私は正気でなかった時の記憶が残っている事を知った。

 それはナデシコの人達も感じただろう。

 

『・・・別にアキトに礼を言われるような事をしたつもりは無い。

 俺はただ戦闘本能に支配されたお前と戦ってみたかっただけだ。』

 

『そうか・・・感想は?』

 

 アキトさんのその質問を聞いて―――北ちゃんは不敵な笑顔を作った。

 

『飽きたな。

 所詮『獣』よ、殺気には瞠目するべきものがあったが・・・反射神経と力技しか知らん。

 やはり、お前との戦いにはこの―――』

 

   ブゥオン!!

 

 そう言いながら、DFSを再び構えなおすダリア。

 どうやら北ちゃんの飢えは、『獣』如きでは満たされなかった様だ。

 

『真紅の刃を使った緊張感がなければな。』

 

『俺としても今回は不本意な戦いが多かったからな。

 ―――今日はトコトン付き合うぜ、北斗!!

 自閉モード解除!!

 目覚めろ、ディア!! ブロス!!』

 

      ビュン!!

 

「グッ!! モーニン!! アキト兄!!」

 

      ピッ!!

 

『おっはよ〜!! アキト兄〜』

 

  ドゴォォォォォ!!

 

 そしてブローディアの右手が握るDFSから真紅の刃が現れる!!

 

『そうこなくては!! 気張れよ『四陣』!!』

 

 お互いに笑みを浮かべながら、二人はその後も延々と戦いを繰り広げたのだった。

 そう、機体が限界を越えオーバーヒートを起こすまで・・・

 

 

 

 

 

「あの時、アキトさんが目覚めなかったら・・・どうしてたの?」

 

『DFSの一撃で真っ二つ。

 木連の手によって地球連合は壊滅。

 かくて草壁の天下が訪れる・・・だな。』

 

 コクピット内でつまらない事の様にそう呟き、ブレスレットのサファイア・・・『蒼天』を睨んでいる。

 どうやら『蒼天』が今回の扱いについて、激しく抗議をしているのだろう。

 

「北ちゃんにとっては・・・どっちの方が良かったのかな・・・

 アキトさんが消えれば、もう戦う事はないよね?」

 

『その時は出奔するかもな。

 アキトの様な存在を知った以上、次の標的を求めて旅に出るだろう。

 もう、大人しく座敷牢に戻るつもりは無い。』

 

   バシバシ!!

 

 『蒼天』の付いているブレスレットを掌で叩きながらそう断言する北ちゃん。

 結構『四陣』の事は気に入っているみたいだ。

 北ちゃんが本気になって『昂氣』を使えば、破壊できない代物ではないもの。

 

 そんな北ちゃんの行動を見ながら、私は微笑んでいた。

 北ちゃんが旅立つなら、私はその後を付いていきたい。

 見届けたいのだ、この大切な友人が辿る道を。

 それはきっと、私には予想も出来ない道だと思うから・・・

 

「北ちゃん、次こそはアキトさんに勝ってよね!!」

 

「ふん、任せておけ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次回予告

 

「こんにちわ、ミスマル ユリカです。

 大切な仲間を守ってくれたユキナちゃん・・・

 彼女を迎え入れた私達は、和平への最後の準備をする為に地球へと向かいます。

 色々な事があったこの戦争も、もうすぐ終る・・・

 それぞれが、それぞれの想い出の地へと向かいます。

 家族に、亡くなった人に、最愛の人の元に。

 そして、アキトは―――

 次回、時の流れに 第二十三話 『故郷』と呼べる場所・・・それぞれの決意」

 

 

 

第二十三話へ続く

 

 

 

 

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