< 時の流れに >
第二十二話.「来訪者」を守りぬけ?・・・悪夢(ナイトメア)
悪夢の始まりは・・・アカツキさんの、その一言からだった。
「僕達が今から迎え撃つ敵は―――
テンカワ アキト、「漆黒の戦神」と呼ばれる人物だよ。」
それを聞いた瞬間、作戦会議に参加していた全員の表情が・・・凍り付いた。
静まり返った室内に、アカツキさんの言葉だけが響く。
「勿論、彼が操る機体はブローディア。
はっきり言って、僕達のエステじゃあ基本スペックからして桁が違うね。
唯一の利点は彼がDFSを使えない事と、『ガイア』を装備していない事。
・・・それと、『ラグナ・ランチャー』も僕が持っている。」
淡々と現状を説明するアカツキさんに、最初の驚愕から一応立ち直ったリョーコとアリサが噛み付く。
「ちょっと待てよ!!
テンカワが俺達の敵ってどう言うことだ!!」
「そうですよ!! ちゃんと納得が出来る説明をして下さい!!」
二人が凄い剣幕でそう詰め寄っても、アカツキ君は落ち着いた表情を保っていた。
そして、暫し考え込んだ後―――
「正直に言うと、時間が無いんだけどね。
そんなに知りたい?」
私達をゆっくりと見回してから、そう聞いてくるアカツキさん。
「勿論よ、少なくとも事情を知らずに戦える相手ではないわ。」
私はその問に即答をした。
相手は間違い無く、最強の『敵』であり―――最も心強い『味方』だったのだ。
何故、こんな事態になってしまったのかを知る権利は、私達にもあるはず。
何しろ、その最強の敵を迎え撃つのは私達しかいないのだから。
―――正直に言うと、勝てる気など全然起きない。
「流石のイズミ君も、表情が険しいね〜
・・・ま、余り楽しい話じゃないんだけどね。
正直言うと、初めてその事を知った時僕も震えが止まらなかったよ。
さて、それでは時間ギリギリまで話そうかな?」
何時ものふざけた口調の中にも、アカツキさんが緊張をしているのが解った。
そして語られる、今回の事件のあらまし。
事件は2日前から始っていたのだ。
私達の知らない所で・・・
「そろそろ、予測していた宙域に着くな。
さて、皆準備はいいかい?」
アカツキさんのその言葉に、私達は無言で頷く。
一通りの説明は聞いた。
所々、疑問に思った点もあったが、今はその事を追及している暇は無い。
そう、私達の相手は―――あのテンカワ アキトなのだから。
「と、言う訳でヤマダ君、僕達が迎え撃つ敵はテンカワ アキト君だよ。」
「何が、『と、言う訳で』だ!!
全然、そうなった理由を説明してないじゃないか!!」
「だって、時間が無いのに作戦会議に参加しなかったのは君じゃないか。」
「仕方が無いだろうが!!
部屋でゲキガンガーを見てたんだからよ!!」
「・・・じゃ、せめて緊急召集のコールが聞える位には音量を下げようね。」
「・・・おう」
出撃前にそんな会話もあったが、私達は全員が揃って出撃をした。
リョーコとアリサは大分気負っているみたいだけど。
地球の衛星軌道上にいたナデシコは、私達を乗せて決戦の地に向かった。
そして、味方の軍には一切救援を求めないまま、私達はこの宙域に到着したのだ。
もっとも、連合軍に連絡をしなかったのは敵が『漆黒の戦神』と判明する事を避けるためだが。
・・・私達が生き残るかどうかは、二の次と言うわけね。
まあ、オオサキ提督のその判断に別に異論は無い。
どちらにしろ、テンカワ君が連合軍に戦闘を挑む頃には―――私達は生きてはいないわ。
ピッ
『ねえ、イズミ・・・本当に勝てるかな?』
ヒカルが複雑な表情で、私に通信を入れてきた。
もっとも、私達のなかで動揺をしていない人物など存在はしていないと思う。
私自身、自分が冷静だと信じてはいない。
現に・・・身体の震えが収まらないのだから。
「さあ、ね。
訓練では一度として勝てなかったけど・・・実戦だと本当に手加減無しだと思う。
それに、テンカワ君の状態が状態だしね。」
暗い考えしか浮かんでこないが、現実を否定した所で現状が変わる訳では無い。
それはヒカルにも解っているはず。
不安な気持ちを言葉にして紡ぎ出し、私に慰めの言葉を掛けて欲しいのだろうか。
だけど、私には曖昧な言葉で慰める事など出来ない。
現実は現実であり。
私達の敵は―――彼なのだから。
『それはそうだけど・・・
はぁ〜、これならまだ北斗が相手だと言われた方が楽だったよ。』
「そうかもね。」
その意見には私も賛成をする。
どちらも私達には手に負えない敵ならば―――北斗が相手の方が良かった。
少なくとも無意識のうちに、攻撃を躊躇うような事は無いと思うから。
ピッ!!
『―――来ました。』
小さな声で、ホシノ ルリから通信が入る。
その顔色は見ていて気の毒になるほどに青い。
何時もは騒がしいブリッジも、今は物音一つ聞えない。
そして―――
『各自散開!!』
アカツキさんのその言葉を聞いて、反射的に全員がその場から移動する!!
ドゴォォォォォォォンンンン!!!!!
ガオォォォォォォォォォォンンンンン!!
その瞬間、彼方から飛来したカノン砲の連射が私達のいた宙域を貫く!!
驚きながらも目を向けた先には―――
宇宙に溶け込むその漆黒の機体、それは間違い無く見慣れた相手。
私達にとって一番相対したくなかった敵。
『悪夢』そのモノを顕現した存在―――ブローディアだった。
『今のテンカワ君は暴走状態だ。
木連の科学者の手によって、多量の薬物を投与され―――理性を失っている。』
作戦会議の時に事情を説明してくれた、アカツキさんの言葉が脳裏に蘇る。
『彼は過去にそれに似た体験をしてきた。
そのトラウマが引き金となって・・・今回の様な状態に陥ったと思われる。
冷静な判断が出来ない為に、DFSの使用は不可能だが。
理性を剥ぎ取られた『獣』が相手だ―――逆に想像も出来ないような、苛烈な攻撃を繰り出してくるだろう。
実際の話、テンカワ君を捉えていた戦艦は内部から破壊されて沈んだらしい。』
嫌になる程に的確な射撃を、ギリギリ・・・ではなく装甲を削り取られながら避ける。
ブローディアが使用する、大型のカノン砲の前では私達が纏うディストーション・フィールドなど薄皮に過ぎない。
内包するエネルギー量の桁が違うのだ、当然戦闘能力にもそれだけの格差が生まれる。
後少し反応が遅れれば、一瞬にして私はこの宙域を漂うゴミと化すだろう。
機体にカノン砲が掠める衝撃を耐えながら、唯一のチャンスを狙い私達はブローディアから一定の距離を保つ。
相手は『獣』ならば・・・私達は檻となればいい。
それが、私達の考え出した戦法だった。
高速機動を繰り返すブローディアを、それぞれが必死の思いで追い縋る。
繰り出される攻撃に冷汗を流しつつも、少しずつ包囲網は狭まっていく・・・
あのヤマダ君でさえ、歯を食いしばり極度に集中をしている状態の為、余計な言葉を話せない。
そしてそれは、私達全員の状態でもあった。
『今から2日前・・・
月のドッグにナデシコが定期点検の為に立ち寄った事は、皆覚えていると思う。
実はその時、ラピス君とメグミ君が何者かに攫われた。
基地のガードをしていたネルガルのシークレットサービスは全滅していたし。
テンカワ君はその時、医療室で前回の戦闘の後遺症が無いか検査中だった。
またネルガルの施設内である事に、油断をした―――僕等のミスだった。』
ドガッ!!
「くっ!!」
右足に直撃!!
スラスターの出力が半減?
・・・大丈夫、まだいける!!
被害状況を表示するウィンドウを一瞥して、私は戦闘を継続する事を決意する。
この作戦には全員の協力がなければ、成功の確率は殆ど無いに等しいのだ。
かなりの無茶は全員承知の上だった。
『以前、この月のプラントの重役連中の息子達が殺された事件があった。
・・・もっとも、自業自得といえる事件だけどね。
そして、今回のラピス君達の誘拐をした犯人達を招き入れたのも―――その重役連中だった。』
苦々しい表情で、説明を続けるアカツキさん。
私達は既にアカツキさんがネルガルの会長である事を、確証は無いが気が付いている。
しかし、そんな事を別にしてアカツキさんは頼れる戦闘リーダーである。
それを認めているからこそ、私達のアカツキさんに対する態度に変化は無かった。
ガガガガガガガ!!
『おおおおお!!』
牽制を兼ねて放ったヤマダ君の一撃を、余裕で避け反撃をするブローディア。
その反撃により、左肩を吹き飛ばされるヤマダ君のエステ!!
『ヤマダ君!! 下手に手を出すのは止めたまえ!!
一瞬―――そう、全てを一瞬に賭けるんだ!!』
『ああ、解ってるさ!!』
そんな事を言ってる間にも、私達はブローディアを中心に据えて高速機動を繰り返す。
激しい減加速のGにより、意識が消えかかるのを唇を噛む事によりなんとか耐える。
私達は誰一人として、ブローディアに通信を入れなかった。
それは今の戦闘を維持するだけで精一杯な事もあるが―――
何より、殺意にギラつくテンカワ君の姿を見たくなかったからだ。
全員が無意識のうちにも、目の前の『獣』が放つ狂気を恐れていた。
『恩が仇になる―――そんな感じだよ。
その重役連中はね・・・死体で発見されたよ、笑った顔のね。
怖いよね、人間の感情ってさ。』
その時、アカツキさんが垣間見せた表情はネルガル会長でもなく、私達の戦闘リーダーでもなく・・・
一人の人間として、やり切れないという想いを乗せた表情だった。
そして、今―――
『・・・周り込めました!!』
カザマの叫び声に近い報告の声と共に、私達の賭けが始った。
やり直しの効かない、一度限りの無謀な賭けが。
『一瞬だけでいい、テンカワ君の動きを止めるんだ!!』
そう叫びながら、背中に取り付けてあった『ラグナ・ランチャー』を構えるアカツキさんのエステ!!
『了解!!』
私達は自分に気合を入れるようにそう叫び、全員が一斉にフルバーストを使用した!!
『おらぁぁぁぁぁっぁ!!』
殆ど相討ち覚悟でヤマダ君が接近戦を仕掛ける。
その攻撃を紙一重で見切り、反撃をしようとするテンカワ君に―――アリサが突撃をする。
『私が―――いえ、私達が止めてみせます!!
必ず貴方を!!』
ドギュンンンンン!!
次々に繰り出されるヴァルキリー・ランスの突き攻撃を、下がりながら避けるテンカワ君。
その隙を逃さず、ヤマダ君が同時に追い討ちを掛け様とするが―――
ドゴゴゴン!!
『ぐぅあ!!』
加速に入った瞬間、絶妙のタイミングで放たれたカノン砲の連撃により、逆に後方に吹き飛ばされてしまう。
攻撃自体は光翼で防いだみたいだけど、この瞬間に包囲網の一角が崩れた!!
ゴゥゥゥッ!!
その一瞬の隙を見逃さず、急加速でアリサの横をすり抜けながら―――違う!! 狙いはアリサだ!!
テンカワ君がヤマダ君の抜けた空間を狙うと考えていたアリサは、その攻撃に反応出来なかった!!
至近距離から繰り出される、ディストーション・フィールドを纏った拳の一撃にアリサのエステが吹き飛ばされる!!
『きゃあああ!!』
『―――しまった!!』
アリサが吹き飛ばされたのはリョーコが受け持っていた方向だった!!
リョーコも接近戦を仕掛ける為、居合の体勢を保ったままブローディアに接近をしていたのだ!!
そして、あまりに距離が近すぎた為、リョーコはアリサを受け止めるしか反応が出来ない!!
その隙を突き、リョーコの背後に回りこみつつカノン砲を連射するテンカワ君!!
ドドドドドドドドドンン!!!
『ぐぅ!!』
アリサを庇うように背中の光翼を使って、テンカワ君の攻撃から身を守るリョーコ!!
あの一瞬でリョーコとアリサを動けない状況に追い込み、なおかつこの容赦ない攻撃!!
本当にテンカワ君は私達を―――殺すつもりだ!!
ガオン!! ガオン!!
『逃がしません!!』
自分を鼓舞するように叫びつつ、カザマがリョーコのバックアップに入る!!
勿論、私達も包囲網を脱出されないように援護射撃はしている。
だが、相手の機動が凄すぎて当たらない!!
カザマの放った一撃を余裕を感じさせる動きで避け、次の瞬間いきなりヒカルに向けて加速をするテンカワ君!!
ドウッ!!
『距離を取れヒカル!!
至近距離の戦いじゃあ、お前は不利になるだけだ!!』
リョーコがヒカルに向かってそう叫ぶ!!
『そんな事言われても!!』
泣きそうな顔をしながらも、必死の操作でブローディアから距離を取ろうとするヒカル!!
体勢を立て直したリョーコとアリサも必死にテンカワ君の後を追う!!
そして私もテンカワ君の右後方から追撃をする!!
ドゴゴォォォォォ・・・
しかし―――まともに当たらない!!
どうしてこれだけの集中攻撃を避ける事が出来るの!!
いえ、当たったところでブローディアのディストーション・フィールドは戦艦を凌ぐ強度を誇る!!
このディストーション・フィールドを破るには、リョーコ達のDFSを使った攻撃か。
もしくはカザマの使用する『フェザー・スマッシャー』くらいの攻撃力が無ければ・・・
『駄目だ!! 間に合わない!!』
『きゃあ!!』
ヒカルの攻撃を嘲笑うかのように、一気にその距離を詰めて殆どゼロ距離からカノン砲を放とうとする!!
だが―――次の瞬間進行方向を真横に変更して飛び去るテンカワ君!!
ゴゥゥゥゥ!!
『アキト!! そう簡単に勝てると思うなよ!!
こっちも命を賭けて戦ってるんだからな!!』
左手を失ったヤマダ君のエステが、ヒカルのエステを庇うように飛び込んできていた。
そして再び対峙するヤマダ君とテンカワ君。
私達もその隙を突いて、再び包囲網を敷きなおす。
だが包囲網の中央にあっても、ブローディアには何処か余裕が感じられた。
DFS無しで何とか互角だなんて・・・つくづく、大変な人物を相手にして戦っていると思うわね。
『聞えてるかどうか知らないが―――俺は絶対にお前の面に一撃を入れてやる!!
いや、お前が俺達を鍛えたのが、自分を止めるためだったと言うのなら!!
その期待に応えてやるぜ!!』
そう宣言をして急加速をしながら、テンカワ君に挑むヤマダ君!!
それに連携をするように、アリサとリョーコが続く!!
その場にいた全員が、ヤマダ君の言葉に自分達の役目を思い出す。
肝心なところでテンカワ君の期待に応えることが出来なければ、私達がここにいる意味が無い!!
『やるよ!! イズミ!!』
『了解、ヒカル。』
既にフルバーストに入ってから結構な時間が経つ。
これ以上、チャンスを待っている余裕は無い!!
ここは、ヤマダ君やアリサとリョーコを巻き添えにして―――テンカワ君の動きを止める!!
『いくよ!! 永遠なる輪舞曲(エターナル・ロンド)!!』
ヒカルのエステの背後に搭載されている『ノイズ・クラッシュ』から、微かに緑色に光る波が放たれる。
その光に触れた瞬間、テンカワ君を取り囲みながら攻撃をしていた三人のエステが、弾かれた様に動き出す!!
『永遠なる輪舞曲』によって、スラスターの制御装置に狂いが生じたのだ!!
ブローディアにはこの手のトラブルに対応する為に、ディアやブロスが存在している。
しかし、今はあの二人は『休眠中』だ・・・
それでも、内在する修復プログラムにより、直ぐにブローディアの機能は回復するだろう。
今が、最後のチャンスなのだ。
『カザマちゃん、三人をお願い!!』
『了解しました!!』
身動きの取れないブローディアに至近距離から射撃を繰り返しつつ。
カザマが三人のエステを抱え込み、素早く離脱する。
そしてブローディアは不気味な沈黙を保ちつつ・・・
視認出来るほどの密度のディストーション・フィールドを全身に展開していた。
―――動きの止まった今ならば、私のこの『武器』を有効に使える!!
『キル・ディフェンス!!』
背中の光翼が一層激しく輝き、エステの右腕から目には見えないナニかがブローディアを包み込む!!
一瞬、赤い光を発した後―――ブローディアの展開しているディストーション・フィールドが消滅した!!
『これでチェックメイトだよ、テンカワ君!!』
ゴウゥゥゥゥ!!
今まで一歩下がった位置で待機をしていたアカツキさんがそう叫び―――
身動きを封じられたブローディアに向かって、『ラグナ・ランチャー』の引き金を引いた。
ドゴゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥンンンンン!!