< 時の流れに >

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚めれば―――何時の間にか地球だった。

 

 

 

 

「・・・何時間、寝てたんだ?」

 

 ベットの上に身を起こしながら、俺は呟く。

 病室の様な部屋の窓から見える景色は―――地球の自然そのものだった。

 

「正確には59時間42分・・・今で29秒ね。」

 

 俺の質問に答えてくれたのは、予想通り白衣を着たイネスさんだった。

 約2日と半日か・・・

 

「へえ、結構寝てたんだな〜」

 

 あくびをしながら、俺はイネスさんに感想を述べる。

 寝ている時間を考えてみれば、実際は結構どころの話ではないが。

 ま、あの状況下から無事生還出来ただけでも奇跡に近いからな。

 

「・・・普通なら廃人になってる量の劇薬を投与されていたのよ。

 元気にあくびをしているアキト君が異常なのよ。」

 

 流石に呆れた表情で、俺の返事に突っ込むイネスさん。

 だが、その口調には俺を心配している様子が伺える。

 

 勿論、先日の誘拐事件の事は全て覚えている。

 そう、自分自身を制御出来なくなった時の事も・・・ナデシコに攻撃を仕掛けようとした事もだ。

 守ると誓った人達に向けて、自分の牙を剥いたのだ。

 

 ・・・もしあの時、北斗が現れなかったら俺は。

 

「どうやら、記憶の方も確かな様ね。

 何故地球に降りてきてるか、説明して欲しいかしら?」

 

「それは、勿論―――!!」

 

 俺が後悔をしたのは、自分の口から承諾の言葉が出た後だった・・・

 嬉々とした表情で、ホワイトボードを用意するイネスさん。

 

     ガラガラガラ・・・

 

 ・・・何処から持ってきたんですかそのボード。

 額に冷汗を流しながら、俺は自分の迂闊さを呪っていた。

 

「さて、それじゃあ何処から始めましょうか?」

 

 ボードの設置が終わり、眼鏡を掛けて気合充分のイネス先生が俺にそう尋ねる。

 今更―――寝たふりも出来ないよな。

 

 少し虚ろな目でイネスさんを見ながら、俺は頭の片隅で無駄な足掻きをしていた。

 

「・・・取りあえず、ナデシコが地球に降りて来た理由からお願いします。」

 

「宜しい―――あれは約45時間前の出来事ですが・・・」

 

 

 

 俺が起きた時は、だいたい午後一時位だった。

 イネスさんの説明が終ったのは―――午前3時だった。

 

 

 誰も巻き込まれるのを恐れて、部屋に入ってこないんだもんな。

 ・・・俺が気配を察知しただけでも、軽く十数人は来てたのに。

 御飯は出前を取って、しかも部屋の前に置いていくし。

 唯一安らげるトイレは―――この階のトイレで済ませた。

 そのまま逃げ出す事は不可能だった。

 ・・・だって、始終見張ってるんだもん、イネスさん。

 

 もしかして、これって俺に対する罰?

 ・・・アカツキやナオさん辺りなら考えつきそうだな。

 後で絶対問い詰めてやる!!

 

「と言うわけ、解った?」

 

「は、はあ。」

 

 ちなみに全然解っていない。

 見た目は起きているけど、意識は半分違う世界に跳んでいたからだ。

 かと言って、この場で「解りません」等と言えば―――第2ラウンドが始ってしまう。

 

 それだけは絶対に避けないといけない!!

 これ以上のイネスさんの説明を聞くほど、俺の精神はタフではない!!

 

「じゃ、私が先程した説明の要点を言ってみて。」

 

 そ、そんな手できますか?

 何時もとはパターンが違いますね・・・

 

「つ、つまりあれですね!!

 木連との和平を結ぶ為に、地球側の意思統一をすると。」

 

「・・・その他に、世論を味方に着けてクリムゾングループの暗躍を最低限に抑え。

 白鳥九十九さんの妹、白鳥ユキナちゃんの安全を確保。

 政治軍事、両方のトップ会談を開き木連の一部の武闘派の存在を知らせる事。

 それをしておかないと、草壁の行動が木連全体の総意と思われかねないわよ。

 ただでさえ、例のブーステッドマンの残りが行方をくらましているんだから。」

 

 呆れた声で俺の発言の足りない部分を補足するイネスさんだった。

 

「う・・・」

 

 俺はイネスさんのその言葉を聞き、進退極まる状況に陥る。

 このまま補習授業に入るのか?

 

 今後の事を考えた瞬間、俺の頭の中はパニックになる!!

 ボ、ボソンジャンプで逃げようかな?

 

 だが・・・ジャンプフィールド発生装置が手元に無い。

 

「まあ、一応病み上がりの身の上だし・・・今日はこれ位にしておきます。」

 

 そう言いながら、ホワイトボードを部屋の隅に片付ける。

 

(ほっ・・・)

 

 思わず安堵の溜息を吐く。

 もし、あのまま授業が続くなら、俺は本気で逃亡をしただろう。

 

 でも今の時間帯を考えたら、熟睡していてもおかしくないんだけど・・・

 俺は寝溜めした状態だし、基礎体力が桁違いだから大丈夫だけど。

 

「・・・何かしら?」

 

「いや、イネスさんってタフだな〜、と思って。」

 

 俺の視線に気が付いたイネスさんが、不思議そうに俺に尋ねてくる。

 まあ、今のところ動き様がないのであれば―――久しぶりに休養をするのもいいだろう。

 

 そう言えば、前回のこの時期にはユキナちゃんを連れて雪谷食堂に匿ってもらったんだよな。

 ・・・サイゾウさんに会いに行こうかな?

 ラピスやアカツキ達にお礼を言っておきたいしな。

 

 そんな俺の考えは、次のイネスさんの言葉によって消し飛んだ。

 

「それと、明日からは皆の送迎お願いね。」

 

「・・・は?」

 

 話の内容が理解できず、俺の頭の中にハテナマークが飛び交う。

 そして首を傾げながら、イネスさんに事情を視線で問う・・・

 

「以前から頼まれていた、ジャンプフィールドとディストーション・フィールドの同時生成の装置が完成したの。

 既にウリバタケ班長とレイナちゃんが、ブローディアに取り付けに掛っているわ。

 これを使えば計算上、ブローディアに2人は乗せてジャンプが可能よ。

 残念だけど携帯用では、二つのフィールドを同時に展開できるほどの出力は無いの。」

 

 そして、一呼吸を置いて俺が理解出来た事を目で問う。

 そのイネスさんの無言の問に、俺は静かに頷いた。

 

「この先の和平会談―――絶対に、一筋縄ではいかないでしょうね。

 相手は私達ナデシコ一隻で、和平会場に向かう事を指定してきたわ。

 勿論、相手を信用するのが和平の基本とはいえ・・・今までが今までだしね。

 もしもの事を考えてしまうのは仕方が無いでしょう?

 なら・・・クルーも家族に一目会っておきたいと思うわよ。」

 

 それは―――もっともな意見だ。

 

 草壁の思惑が何だか解らないが、すんなりと和平が成せるとは思えない。

 まだ、何か大きな事件があるだろう。

 ・・・それを皆が感じている。

 敵が万全の体勢で待ち構えているのだ。

 次の出航が最も過酷な戦いになる、と。

 

 ならば、せめて家族に会いたいと言う願いを否定するわけにはいかない。

 俺には家族は居ないが、他の皆は違う。

 それぞれに、思う事はあるはずだ・・・

 

 だが現在、ナデシコクルーの立場は微妙だ。

 また、メグミちゃんやラピスの様に狙われる可能性は高い。

 政治家・軍人その他の組織、全てがナデシコの動きに神経を尖らしている。

 

 そんな皆を安全に家族の下に運ぶためになら―――

 俺は喜んで動こう。

 今日まで俺の事を支えてきてくれたのは、間違い無くナデシコの皆なのだから。

 

「解った、俺が責任をもって送迎するよ。」

 

「お願いね。

 明日から忙しいわよ、早く寝なさい。」

 

 そう言い残して、イネスさんは病室を出て行った。

 最後に艶やかに俺に微笑みながら。

 

 

 

 ・・・寝かしてくれなかったのはイネスさんだろう。

 

 

 

 と思いつつ、俺は眠りについたのだった。

 明日からの忙しさを思いながら―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第二十三話 その3へ続く

 

 

 

 

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