< 時の流れに >
第二十五話.「私らしく」自分らしく・・・存在理由
「・・・生きてるか〜、ヤマダァ〜?」
私の目の前で、黒いスーツを着た長身の男性と床に倒れている人にそう話し掛けます。
話し掛けている男性自身、満身創痍といった感じですが・・・
「俺の名前は・・・ダイゴウジ ガイ・・・セ―――」
返事を返そうとして、床に倒れているヤマダさんは意識を失いました。
でもそれは当たり前です。
全身に大怪我をしていて、今まで意識があった事のほうが不思議なのですから。
「こりゃあ、連絡船の操縦は無理だな。
ミナトさん、頼めるかい?」
「勿論、私は最初からそのつもりよ、ナオさん。」
溜息を一つ吐いてから、黒服の・・・ナオと呼ばれた男性が栗色の長髪の女性にそう尋ね。
ミナトさんと呼ばれた女性は快諾をした。
そして―――
「フィリスさん、イリスさんの事をお願い致します。」
プロスさんが私にそう言ってお願いをする。
このプロスさんとはネルガルの研究所で何度か会っているので、まだ信用が出来た。
それにプロスさんに言われるまでも無く、私はイリスさんの側を離れるつもりは無かった。
木連に囚われている間に、確実にイリスさんは衰弱していた。
元々、高齢の為に身体が弱っていたところに―――あの監禁生活のストレスが堪えたのだろう。
木連の・・・あの草壁と呼ばれた男と、山崎の非情さに私の胸中は怒りで占められていた。
「はい、任せて下さい。
イネスの元に無事な姿で帰らないとね。
・・・あの娘、意外と泣き虫なんですから。」
そう、親友の大切な養母であり。
私の恩師にも当たるこの人を死なせはしない!!
「そりゃあ、意外な事実だ。」
片手を血に染めた男性・・・オオサキ提督が、イリスさんを背負いながらそんな返答をする。
私達が監禁室から脱出してから今まで、ずっとイリスさんを運んでくれた人だ。
「追っ手が引いていくぞ、どうやらテンカワと北斗の戦いが佳境に入ったらしいな。」
こちらも見覚えがあるゴートさんが、そう言いながら連絡船に乗ってきます。
そして次の瞬間―――
ドゴォォォォォォォンンンン・・・
激しい揺れが、私達が乗る連絡船を襲いました!!
「こりゃあ、また派手に戦ってやがるな、アキトの奴。」
「・・・本当に、アキト様を置いていくのですか?」
床に倒れているヤマダさんを連絡船のシートに縛り付けつつ、ナオさんがそう呟きます。
そして、ナオさんの言葉を聞きながら、青い顔で件の少年の事を心配する女性・・・
名前は確かカグヤ、と名乗っていた。
ズゥゥゥゥゥゥンンン・・・
そんな事を言っている間にも、間断なく振動が私達を襲う。
・・・本当に、これだけの衝撃を生身の人間が出せるというのだろうか?
もしそうならば、あの二人は―――
私が出会った、あの朱金と蒼銀の輝きを纏った二人は・・・人間では無い。
見る者を惹き付けてやまないあの姿は、人に有らざるべき美しさを持っていたから。
そう・・・現実感を吹き飛ばしてしまうほどに・・・
私が二人と出会ったのは、イリスさんとの脱走を考えている時だった。
艦内を先程から貫く衝撃に怯えながらも、私は必死でイリスさんの眠るベットを抑えていた。
実は私にこの監禁部屋の鍵をくれたのは、百華と言う名前の少女だった。
彼女が言うには、ナデシコに居る大切な人に頼まれたから・・・と言っていた。
『色々と・・・不利な立場なんだけど、ね。』
軽やかに微笑みながら、彼女はそう言って私に鍵を手渡して消えた。
しかし一瞬だけ見せた、悲しそうな顔が強く印象に残った。
そして、百華ちゃんから連合軍の人達が訪れている事を聞いた私は。
ベットに眠っていたイリスさんを背中に担ぎ、監禁部屋を抜け出しました。
どちらにしろ、今脱出をする機会を逃すと・・・イリスさんの身体がもたないでしょうから。
だから・・・私は、いちかばちかの賭けに出た。
ズゥゥゥゥンンン・・・
『きゃっ!!』
絶え間なく揺れる廊下・・・
幾ら背負っているのが女性とは言え、私の力では直ぐに限界が訪れる。
だけど、そう簡単に諦められない、この背に居る女性を!!
ドガァァァァァァァ!!
『えっ!!』
目の前の壁が、まるで紙細工の様に吹き飛び―――
一人の少年と思われる人物が吹き飛ばされてくる。
ドカァァ!!
そして信じられない勢いで次の壁にぶつかり、その壁に大きな窪みを作る。
『くぅ!! 怒り任せの攻撃・・・本当に俺が殺したと・・・信じているのか。』
蒼銀の輝きを纏い、普通なら即死をしていてもおかしく無い攻撃を受けて、なおも立ち上がる少年。
その目は前方の破壊された壁の穴を凝視していた。
そして―――
コツコツコツ・・・
朱金の輝きを纏った・・・一人の美しい少女が現れる。
その時気が付いたのだけど、二人共すでに全身が血塗れの状態だった。
だが、お互いに戦う事を止め様としない。
それは、荒事にはまるで関係の無い私でも分かるほどに―――
彼等の視線は、お互いしか見ていなかった。
『はぁぁぁぁぁぁ!!』
ダンッ!!
腰に構えた拳に朱金の光を収束させ、少女が凄い勢いで前方の少年に襲い掛る!!
ギュィィィィンンン!!
迎え撃つ少年の拳にも、蒼銀の輝きが宿っている。
そして激しい閃光が辺りを満たし・・・次に私が目を開けた時には、二人の姿は無かった。
まるで、全てが幻だったかの様に―――
ですが、目の前で砕けている壁が全てが現実だったと私に教えていました。
あの美しく幻想的で・・・背筋が凍り付ような、二人の戦いは現実に起こった事なのです。
暫く私が呆然としていると・・・前方から、騒がしい声が聞えてきました。
「ヤマダ!! 大丈夫か!!」
「けっ!! これしきの傷で俺がくたばるかよ!!
それと俺の名前はヤマダじゃねえ!!」
「早くアキト様を追いかけないと・・・」
こちらも血塗れの男性に肩を貸しながら、サングラスをした男性が歩いてきます。
直ぐ側には長い黒髪を持つ、一人の女性が暗い顔で歩いています。
そして、その女性の隣に居る男性は―――プロスさん?
「プロスさん!!」
「貴方は―――フィリスさん!! それに、イリスさんも!!」
珍しく、驚いた表情をするプロスさんの顔を見ながら私は安堵の溜息を吐きます。
少なくとも、敵ではなかったのですから・・・
「百華ちゃん、約束を守ってくれたみたいだな・・・俺達の現状を知ってるだろうに。」
「ま、惚れた弱味というやつだろうな。
この女の敵が。」
沈んだ声でそう呟くサグラスをした男性に、片腕を血に染めた男性が苦笑をしながら話し掛けます。
そして、私の隣まで足早に歩いてくると・・・私が背負っていたイリスさんを、自分の背に背負いました。
「ナオは続けてヤマダを頼む。
白鳥君はミナト君とカグヤ嬢を頼む。
プロスさんとゴートは済まないが、殿を努めてくれ。
俺はこの老女を運ぶ・・・ネルガルの関係者なんだろう?
インの奴がどうして北斗とアキトを見て逃げ出したのかは分からんが、これが最後の脱出のチャンスだろう。
気合を入れろよ!!」
「了解!!」
そして急な展開に付いていけない私は、呆然としたままこの一団に連れられて連絡船まで辿り付いたのです・・・
ただ確かな事は、少なくとも最悪の事態よりはマシになったという事でしょう。
連絡船の状態を綿密にチェックをするミナトさんの傍らで、白鳥さんは難しい顔で考え込み。
カグヤさんはしきりに連絡船の外を気にしています。
そして、ナオさんとプロスさんは船内外に仕掛けがされていないか、所々をチェックされて。
ゴートさんは廊下に隠れ、木連の人達の警戒をしています。
そして、私の目の前の席では自分で腕の手当てをしているオオサキさんが居ます。
時々、顔を顰めながら包帯を手馴れた仕草で巻いていかれます。
「・・・一つ自己紹介をしないかい?
考えてみれば貴方達の名前を俺は知らない。
プロスさんが君達を知っていた以上、ネルガルの関係者だと思うが。
俺の名前はオオサキ シュン、ナデシコの提督だ。」
不安そうに周りを伺う私を見て、オオサキ提督がそう聞いてこられました。
「あ、はい!!
私の名前はフィリス・クロフォード、ネルガルの研究員です。
そしてこちらで眠ってられるのが、イリス・フレサンジュ・・・私の恩師にして、研究所のチーフです。
プロスさんとは、火星の研究所でお会いした事があります。」
「そうか・・・失礼かもしれないが、君はもしかしてIFS強化体質かい?」
私の自己紹介を聞いて、暫く考えた後―――オオサキ提督はそう聞いてきました。
一瞬、私の心臓が跳ねる。
その質問は私にとって悲しい思い出しか無かったから・・・
でも、私の外見―――白髪銀眼を見れば、誰しも一度は聞いてくる質問です。
私は幼い頃に先天性の遺伝子障害の為、余命幾許もありませんでした。
唯一の治療方法として、ナノマシンの投与による細胞レベルでの遺伝子情報の書き換えがありました。
しかし、その治療には膨大な費用がかかる為、私の両親には支払える額ではなく・・・
ネルガルの強化型IFSの研究の披験体になることで、ネルガルに治療費の負担をしてもらいました。
私は・・・生き延びました。
髪を白髪に変え、瞳を銀色に染めながら。
そして、ネルガルから私を取り戻す為無理をした両親は早逝し。
残された私は、両親の為にも強く生きようと決意をし、今に至っています。
この外見に関する良い思い出なんて・・・殆ど思いつけません。
ですが、逃れられない現実、です。
「・・・御想像の通り、です。
私はIFS強化体質の披験体です。」
震える声で私が返事を返します。
「そうか、ホシノ君達の姉に当たるわけか。
なら、彼女達も喜ぶだろうな。」
「・・・喜ぶ?」
初めて聞く感想です。
私が視線を向けると、オオサキ提督は笑いながら頷きました。
「君が外見にコンプレックスを持っていることは、直ぐに分かった。
だが、ナデシコには君と同じ様にIFS強化体質の子供が3人乗っている。
彼女達がいなければ、ナデシコは前に進む事すらままならない。
・・・君の協力があったからこそ、地球は平和を取り戻そうとしている。
胸を張れ、内面から強い人間は外見をハンデとしない。」
そんな事を言われたのは初めてだった・・・
今まで、自分の外見と生い立ちに少なからず引け目を感じていた。
なにより、両親が早くに亡くなった事は自分のせいだと思っていたから。
驚いた目で私がオオサキ提督を見ていると。
オオサキ提督は、悪戯っぽく笑いながら小声でさらに言い募ります。
「ここだけの話だが、ナデシコクルーには本当の『化け物』が多数居座っているからな。
少々の外見の違いで驚くような奴は居ないぞ?
昨日だってだな・・・」
オオサキ提督から次々に明かされるナデシコクルーの実態に、私は唖然呆然としてしまいました。
・・・どんな戦艦ですか、それは?
何時の間に私は現状も忘れて、楽しそうに笑っていました。
少なくとも、緊張に張り詰めた心が少しは軽くなったみたいです。
この状況で意図的にこれだけの事が出来るなんて、凄い人ですね・・・オオサキ提督は。
「・・・なんか、凄く入り辛いんだけど。」
「そうですね・・・ヤガミさん、先に入って下さいよ。
カグヤ嬢は『自分の世界』から帰ってきてませんし。」
「むう、ヤマダの奴が我が神の元に召されかかってるぞ。」
「「え、本当ですか?(かよ?)」」
結局、仕掛けられた爆弾が5つ・・・見付かったそうです。
今、その爆弾は逆に格納庫の入り口に仕掛けられ、プロスさんがその起爆スイッチを握っています。
「準備OK!! こっちも機体のチェックはバッチリよ!!」
そして、ミナトさんが笑顔で私達にそう報告をされます。
「うむ!! なら俺が特訓の成果を―――バキッ!!」
ドサッ・・・
名乗り上げようとしたゴートさんの後頭部を、ナオさんが肘で痛打します。
その一撃により、無言で床に倒れ伏すゴートさん。
私は突然の出来事に、どう対処していいのか分かりませんでした。
「ナオ、ナイス判断だ。」
大きく頷くオオサキ提督。
「ま、後はナデシコに帰り着くまで大人しくしていて貰いましょう。」
まるで当然の事の様に、発進を促すプロスさん。
ヤマダさんは気絶中。
カグヤさんは未だに心配そうに格納庫の入り口を伺っています。
「じゃ、発進するわね。」
「ああ、頼む。
俺達が逃げ出さない事には・・・アキトの奴も北斗の相手をし続けるだろう。
どうやら、完全に誤解されてるみたいだったからな。」
「それはどう言う意味ですか?」
ミナトさんの確認の声に、オオサキ提督が渋い声で返事をします。
その返事を聞いて、オオサキ提督に詰め寄ろうとするカグヤさん。
どうやら、私達の立場はかなり危ないみたいです。
ドゴォォォォォォ・・・
そう言ってる間にも、爆音が響き渡り細かな振動が私達を襲う・・・
「・・・状況は最悪、か。
白鳥君の弁護が何処まで木連の兵士に通じるかが、打開の鍵と言えば鍵か。」
カグヤさんの質問を後回しにして、厳しい表情のオオサキ提督が呟くと同時に。
プロスさんが手元のスイッチを操作し―――
ドゴォォォォォォォォンンンンン!!
激しい衝撃が、私達の乗る連絡船を襲います!!
「よし〜!! 扉が開いたわ!!
皆、飛ばすから何かにしっかり捕まっていてよ!!」
「分かった!!」
「ちょっと待って下さい!! アキト様がまだ―――」
「心配するな!! アキトには『切り札』がある!!」
ミナトさんの気合の声に誰かが返事をすると同時に、連絡船が凄い勢いで加速していきます。
そして、私達が向かう先はナデシコ・・・
親友である、イネスが居る戦艦です。
「本当に舞歌様は殺されたのですか!!」
「くどいぞ、私の話が信じられないのか?」
「・・・元一郎、それくらいにしておけ。
氷室殿を責めた所で、舞歌様が生き返るはずもないだろう。」
「くっ!!
・・・それと!! 九十九の奴は何処に行ったんですか!!」
「さあな、私が最後に見た時は・・・ナデシコクルーと一緒に行動をしていたよ。
信じたくは無いが・・・裏切りの可能性もある。」
「そんな馬鹿な!!」
「落ち着け元一郎!!」
「・・・上官を殴ってタダで済むと思うなよ、月臣少佐。
それぞれの持ち場に早く帰れ。
月臣少佐は臨時で白鳥少佐の代わりに、ゆめみづきの指揮をとれ。
幾らテンカワ アキトが手負いで逃走したからといっても、我々の立場が危ういのは変わらないだからな。」
「くっ!! 失礼します!!」
カツカツカツカツ・・・
「テンカワ アキトが重症を負ったとしても・・・北斗様も同様に大怪我をされました。
やはり、一旦木星に帰られるのですか?」
「ああ、全ての決着をつける準備をしないとな。
秋山、月臣の暴走はお前が止めろ。」
「・・・了解しました。
では、決戦の場は何処に?」
「全ての始まりの地―――火星だ。」