< 時の流れに >
第二十六話.「いつか逢う貴方のために」・・・贈る言葉
目の前に広がるのは・・・無人兵器の大群だった。
その攻勢を食い止めるために僕達は四苦八苦している。
どれくらい凄いかと言うと、眼下の二人を見る余裕も無いくらい。
勿論、眼下の二人とはテンカワ君と北斗だ。
どうやら、木連の全兵力を投入してきたらしいね。
―――草壁も勝負に出た、ということか。
あの二人の戦いに決着が着くと同時に、雲霞の如く無人兵器が襲い掛かってきた。
それを知った僕達は、急いでテンカワ君達の救援に向かったのだけど・・・
無人兵器の数が先程戦っていた時の比では無かった。
その時僕達は気付いた、真の敵がこの火星に到着した事に。
そして、最後の戦いが始まった事を。
「テンカワ君達がこの空域を脱出してナデシコに戻るまでは。
何としてでもこの大群を防ぐよ!!」
分かりきった事を叫んでみる。
それは自分に対する叱咤だったのかも知れない。
『無茶苦茶な事を言うな!!
見渡す限り敵ばっかりだろうが!!』
僕の号令に対して文句を言ってきたのは、ヤマダ君だった。
他の皆は僕と一緒で、無人兵器の掃討に追われている。
・・・まあ、別にヤマダ君がサボっている訳じゃ無いんだけどね。
愚痴の一つも言いたくなる状況なのさ、今はね。
でも、苦境に中にあっても変わらないヤマダ君の態度に皆の苦笑の声が聞こえる。
『分かりきった事を言う、アカツキもアカツキだが・・・』
『ヤマダさんも、少しは声量を落として下さいね。』
見事なコンビネーションで無人兵器を落としながら、リョーコ君とアリサ君が笑う。
『まったく、特攻癖が直っても大声だけは直らないみたいね。』
『でも、小声のヤマダさんって・・・想像出来ませんね。』
『あ、それは言えてるね、イツキ。』
三機で円を作り敵を迎撃していた、イズミ君とカザマ君、それとヒカル君の台詞だ。
「まあ、まあ、愚痴を言っても現状は変わらない、っと。」
ドドドン!!
突出をしてきた三機の無人兵器を狙い撃ちにする。
これだけの数が相手だと、フルバーストは逆に使えない。
何より、この無人兵器の大群の背後には草壁が控えている。
下手に・・・奥の手は使えない。
そして、その事はこの場に居る全員が気付いていた。
だからこそ、不利な条件下でも通常の攻撃方法でこの猛攻を凌いでいるのだ。
せめて、あの二人がナデシコに帰り着けば活路が見出せると思いながら。
それに、ナデシコにある相転移砲さえ使用出来れば―――
『皆さん!! 緊急回避!!』
「!!」
ルリ君のその声に反応出来たのは、我ながらさすがだったと思う。
勿論、他の皆も反射的に回避行動に入っていた。
キュン――――――――
ナデシコから発射された青白い閃光。
キュン――――――
そして、無人兵器達を巻き込みながら彼方から飛んでくる、青白い閃光。
シュパァァァァァァァァァァァンンン!!
その二つの青白い閃光が僕の目の前で絡み合い・・・弾け飛んだ。
そして、弾け飛んだ空間の一部が歪んでいるように、僕には見える。
・・・その光景を見て、僕の背中に嫌な汗が浮かぶ。
『・・・気をつけて下さい、木連側にも相転移砲が配備されているみたいです。
幸いな事に発射可能な戦艦は一隻だけのようですが。
今後、ナデシコは相転移砲の相殺に全力を尽くします。』
艦長が渋い声でそんな通信を入れてきた。
この一ヶ月という時間は、木連の側にも力を蓄える機会を与えたらしい。
・・・どちらにしろ、僕達は奥の手を一つ封じられた訳だ。
そして、今まで行われてきたナデシコからのバックアップの攻撃すらも。
長く・・・苦しい戦いになりそうだね。
ジリジリと僕達は追い詰められていった。
元々、物量では圧倒的な差があるのだ。
幾ら歴戦のナデシコクルーとはいえ、限界は存在する。
ましてや、ナデシコが最強の所以とされていたテンカワ君が動けない状況なのだ。
そして、切り札として期待していた相転移砲は・・・
キュン――――――――
キュン――――――
シュパァァァァァァァァァァァンンン!!
幾度目かの相殺現象が起きる。
必殺の一撃を封じられ、悔しい思いをしているのは僕だけでは無いだろう。
もっとも、この戦場の何処かにいる草壁本人は、楽しそうに笑っていると思うけどね。
「くっ、まさにジリ貧だね・・・
テンカワ君がナデシコに帰りついたとしても、直ぐに戦線復帰出来るとは思えないし。
ましてや、ラグナ・ランチャーを使えるのも一発だけ。
戦況を覆すのは不可能かな。」
僕の操るジャッジには『ガイア』を装着させていた。
北斗との戦いに『ガイア』は不要だと判断したテンカワ君が、僕に託したんだ。
確かに、フェザーで防ぎきれないDFSの攻撃を『ガイア』で防ぐことは不可能だろう。
それに、ダリアの移動スピードに追い付けない事態を恐れたのかな。
・・・どちらにしても、今の僕達の現状には有難い事だ。
それに木連の旗艦、嵯峨菊を落とせば戦況は変わるかもしれない。
現に相転移砲を撃っているのも嵯峨菊なのだから。
しかし、本当に嵯峨菊に草壁は乗っているのだろうか?
それ以前に、和平会談の時に救出されたフィリスさんの話によると。
嵯峨菊にはまだ火星で捕まったネルガルの科学者達が残っているそうだ。
だからこそ・・・下手に破壊する事は出来なかった。
「戦争に犠牲はつきもの―――昔の僕なら、そう割り切れていたんだけどね。
・・・弱くなったかな、僕は?」
いや、自分が弱くなったとか、そんな後悔はしない。
何故なら、今の自分が好きだからだ。
たとえ後になって笑われようと、今の自分を誤魔化すつもりは無い!!
その時、前方の無人兵器の群れの中から七機の機動兵器が突出してきた。
悠然とした態度で飛ぶ、先頭の暗褐色の機体に残りの灰色の六機が従っている陣形だ。
そして・・・先頭の機体を見た瞬間、僕の脳裏に最大限の警告が走った。
―――アレは無人兵器ではない、と。
『アカツキ!! 俺達はもう直ぐナデシコに到着する!!
先頭のその機体には絶対に手を出すな!!』
テンカワ君からの通信に、僕は敵の危険度を再認識した。
つまり、テンカワ君が警戒する必要がある敵・・・という事か。
勿論ブローディアが万全の状態なら、テンカワ君に譲ると思うけど。
今まで僕達の戦闘を黙って見守っていたテンカワ君が、忠告の通信を入れるほどだ。
―――生半可な相手ではない事は知ってるさ、僕もそれは分かってる。
そんな事を考えつつ、無人兵器を倒しながらレーダーに目を通す。
どう考えても、テンカワ君達があの暗褐色の機体より先にナデシコに辿り着けるとは思えない。
ナデシコ自体、相転移砲の相殺の為に、殆どその場を動く事が出来ない状態なのだから。
ならば、僕に・・・僕達に出来る事は少ないね。
「リョーコ君、君に皆の指揮を頼むよ。
あの灰色の六機は任せた。」
『おいおい、似合わない事を考えてるんじゃないだろうな?
そりゃあ、テンカワの『記憶』で見た敵なら・・・今の俺達なら勝てるけどな。』
リョーコ君の厳しい顔を見て、僕も思わず苦笑した。
テンカワ君の通信は、勿論全員が受け取っているはずだ。
実は、テンカワ君の『記憶』は・・・IFSを身に着けている者、全員にあった。
あの時、テンカワ君の意識に巻き込まれた僕達は、自分の知らないうちに朧げながら記憶を受け取っていた。
僕やアオイ君、それにホシノ君のように最後まで残っていなかった皆は、その記憶が曖昧なだけだった。
それがあの時の告白を機に、全員が思い出していたのだ・・・
「似合わない、か・・・僕自身、本当にそう思うよ。
でも、『ガイア』を装着している僕のジャッジが、一番防御力が高いんだ。
足止めの役割くらい、こなしてみせるさ。」
『・・・無茶すんなよ。
あんたはヤマダの奴みたいに頑丈じゃないんだからな。』
そっぽを向きながら僕にそう言うリョーコ君だった。
「ヤマダ君の頑丈さに勝てる人間なんて、限られてるさ。
じゃ、また後で何か奢るよ。」
『期待せずに待っててやるよ。』
ヤマダ君が騒ぐだろうと思って通信拒否をしておいたけど。
正解だったみたいだね。
ま、テンカワ君の通信も拒否してるんだけどさ。
・・・ここが最後の踏ん張りどころだろ、テンカワ君?
ザシュゥゥゥゥゥ!!
突然、スピードを上げて僕達を振り切ろうとした暗褐色の機体の前に、僕が立ち塞がる。
『・・・愚か者め、貴様ごときが我に勝てると思っているのか?』
「ま、少なくとも手負いの二人にしか仕掛けられない臆病者に、負けるつもりはないね。」
予想通り、通信ウィンドウに映っている人物は北辰だった。
テンカワ君の過去を体験した時に見た機体・・・『夜天光』
その実力の高さは勿論知っている。
そして、リョーコ君達が相対している『六連』の強さも。
・・・だが、あの6人なら初対決でも遅れはとらないだろう。
問題は僕の実力が、あの時のテンカワ君に何処まで近づいているか、だ。
『言ってくれるな、若造が・・・』
「おや、テンカワ君と北斗は僕より年下だよ?」
返答は錫杖の一撃だった。
信じられない速度で懐に飛び込み繰り出された一撃を、ギリギリの所で避ける!!
『最早語る必要は無し―――滅せよ。』
「こっちもそう簡単に負けられないんでね!!」
周囲を無人兵器に囲まれながら、僕達は更なる苦境に立たされる。
だが簡単に諦めるつもりは無い。
最後まで足掻くんだ、それがあのテンカワ君の過去を体験して知った・・・人の強さだったから。
次々に繰り出される攻撃を、大きく後退する事で回避する。
僕の腕では余裕を持って北辰の攻撃を避けることは不可能だ。
それに、テンカワ君の記憶で見た『夜天光』より・・・確実に強い!!
ドガガガガッ!!
「ちぃ!!」
片腕でガードを固めて、繰り出された連続攻撃を防ぐ。
『ガイア』を装備していなければ、確実にアサルトピットごと貫かれていただろう。
『ふん、丈夫な機体よな・・・』
「操縦者の腕前も誉めて欲しいね。」
『戯言を言う余裕があるとはな・・・一応、見事と言っておこうか。』
ドン!!
瞬時に背後に回りこまれ、火星の地表に向けて蹴り飛ばされる!!
ギリギリの所でスラスターを吹かせ、地面に激突する事を避ける!!
「くっ・・・何処だ、北辰!!」
返事は横手からの攻撃だった。
ガスッ!!
「!!」
錫杖の一撃により地面に叩き付けられ、そのまま大地を抉る・・・
地面を抉り取る凄まじい衝撃が、僕の体を襲う。
一瞬、意識を失いかけたが、ここで気絶するわけにはいかない!!
バウッ!!
地面から飛び上がりつつ、空中で体勢を整える。
そして目の前には、錫杖を構えたままの『夜天光』がいた。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・」
『思っていたより粘る。
・・・一応、名前を聞いておいてやろう。』
「それは、どうも、アカツキ ナガレ・・・僕の名前さ。」
息も絶え絶えに返事をする。
・・・しかし、これだけの実力差があったのか?
どう考えても北辰の実力が、テンカワ君の過去の記憶より遥かに上がっている。
ちょっとした差異とは考えられない。
実際、僕の今の腕前はあの時のテンカワ君にそれほど劣っているとは思えない。
『ふふふ、強化処理を受けた我の初の生贄として・・・その名は忘れる事は無いだろう。』
「貴様!! まさかクリムゾンのブーステッド手術を受けたのか!!」
『所詮外道の道を行く身よ・・・
強くなる為に、我が身を機械に換える事に、何の躊躇いがいる。』
―――予想外の展開だ!!
これなら先程までの異常な戦闘能力も説明がつく!!
北辰もまた、テンカワ君達と同じく・・・人外の力を手に入れていたとは!!
『・・・不本意ながら、生身のままの我の実力ではあの戦神にも羅刹にも勝てぬ。
ならば同じように人の身を捨てればよい、方法は違えどな。
勿論、我が部下達も同じ処理を施してある。』
「何!!」
思わず見上げた空では・・・『六連』相手に苦戦をしている皆の姿があった!!
僕の考えが甘かった!!
草壁の執念と、北辰の狂気は僕の予想の遥か上をいっていた!!
『最早、貴様らに勝ち目は無い。
そして、戦神と羅刹を葬ったとき・・・草壁閣下の大望は果たされる。』
「そう・・・簡単にいくかな!!」
ドン!!
タイミングを計っていた僕は、一気にジャッジを加速させつつDFSを振るう!!
「ブロス君、サポートを頼む!!」
『了解!!』
北辰との会話をしつつ、僕はブロス君が制御に入ってくれるのを待っていたのだ。
今のブローディアにブロス君の存在は重要ではない。
動きをサポートするだけならば、ディア君にも可能だ。
ブロス君には通信で僕のサポートをしてもらう・・・
これで、少なくとも北辰を倒す手立てだけは確保できた!!
『笑止!! 幾ら我を倒す手立てがあろうと。
当たらねば意味はなかろう!!』
僕の一撃を、やはり信じられない反射速度で回避する夜天光!!
勿論、僕もそう簡単に当たってくれるとは思ってはいないさ!!
真紅の刃を構えつつ、僕は垂直に飛び上がる。
「ブロス君、試しに聞くけど夜天光の位置は?」
『・・・無茶苦茶な機動性だね。
予測は僕じゃとても無理・・・せめてディアがいれば別だけど。』
「予測までは期待をしないよ!!
DFSの制御に力を貸してくれれば十分だ!!」
右手から襲い掛かってきた錫杖の一撃を辛うじて避ける。
本当ならDFSで斬り飛ばしたいところだけど・・・繰り出される攻撃を避けるだけで精一杯だ。
だけど、相手の動きを止める方法は―――幾らでもある。
「・・・せめて一目、か。」
自分らしくない台詞が思わず口からこぼれる。
一瞬、脳裏に浮かんだ女性は・・・誰だったのだろうか?
『何、それ?』
「最後の賭けに出るときのおまじないさ。」
正面から向かってくる錫杖を眺めながら、僕は苦笑をしつつブロス君の問いに答える。
その一撃がフェイントだと悟った瞬間。
・・・アサルトピットは錫杖に貫かれた。
『思ったより、手間取ってしまったな。』
「・・・まだ、終わってはいないよ。」
『何と!!』
『ガイア』の装甲により、辛うじて錫杖の一撃は外れていた。
もっとも、僕が手を伸ばせば届く場所に錫杖があるんだけどね。
まだ、ブロス君のサポートがあればジャッジは動くはずだ!!
「賭けは僕の勝ちだ!!」
右手に握っていたDFSの一振りにより、夜天光の右腕を肩ごと斬り飛ばす!!
『貴様!!』
「生憎と諦めは悪いほうでね!!」
夜天光の錫杖と右腕をぶら下げたまま、僕は距離を取る。
そして左手に装備したラグナ・ランチャーを夜天光に向けて放つ!!
右肩のターレットノズルを失った分、機動性は大幅に落ちているはずだ!!
ドギュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥンンンン・・・
・・・至近距離の一撃は確かに夜天光を捕らえた。
しかし、それは夜天光が切り離した背後の可変バインダーノズルだった。
あの一瞬で切り離し時の衝撃により、僕の一撃を避けた北辰を・・・誉めるしかないだろう。
だけど地面に横たわりながら、完全に動きを止めたジャッジの中で僕は笑っていた。
少なくとも、これで空を飛んでテンカワ君達を追いかける事は不可能になったのだ。
僕の実力と北辰との実力差を考えれば―――上出来だ。
『忌々しい限りよな・・・貴様のような奴に遅れを取るとは。
いや、人の執念の業か。』
ジャッジに突き立っていた錫杖を抜き放ち、アサルトピットに狙いを定める北辰。
僕は上空の皆と六連の戦いを見ていた。
・・・大丈夫、リョーコ君達ならきっと勝てるはずだ。
心残り、と言えば―――
『見事、と言っておこうか・・・アカツキ ナガレよ。』
そして、再びアサルトピットに錫杖が振り下ろされた。
ドシュゥゥゥゥゥ!!